轟雷電~ウェザーライトニングの習得
「いい? ソウス。究極魔法っていうのはね、単に威力が高い魔法のことじゃないの」
領地の外れ。普段は騎士団が演習に使っている、見渡す限りの荒野。 そこで、リズ先生は仁王立ちで俺を見下ろしていた。
「その属性の概念そのものに干渉し、世界法則を一時的に書き換える。それが究極魔法よ」
「……はい。あの、帰っていいですか?」
「だめ」
即答だった。
事の発端は、今朝の朝食の席だ。 空間魔法習得のきっかけをくれたお礼に、雷属性の究極魔法轟雷電を教えると言い出したのだ。
正直、嫌な予感しかしなかった。 だって、この人の基準は、いつだって災害級なのだから。
「まずは、お手本を見せるわね。離れていて」
リズ先生はそう言うと、空を見上げた。 雲一つない快晴だ。
「……多重並行起動術式、展開。第一から第十三層、接続。対象座標、上空三千フィート」
リズ先生の周囲の空気が、ピリリと変わった。 いつもの無邪気な雰囲気ではない。宮廷筆頭魔導士の顔だ。
彼女を中心に、目に見えるほどの魔力の奔流が渦を巻き始める。髪が逆立ち、バチバチと青白い火花が散る。
(……待って。これ、俺がここにいたら巻き添え食わないか?)
本能的な危機感に従い、俺は全力で後退した。岩陰に隠れる。
次の瞬間。
「――穿て、轟雷電」
リズ先生が手を振り下ろした、その動作に合わせて。
ドォォォォォォォン!!!!
世界の音が消えた。 そう錯覚するほどの轟音と共に、快晴だった空が、一瞬で真っ黒な雷雲に覆われた。 そして、雲の切れ間から、直径数メートルはあるであろう極太の雷の柱が、荒野の一点に突き刺さったのだ。
衝撃波で体が浮き上がる。目を開けていられないほどの閃光。
数秒後。恐る恐る岩陰から顔を出すと――。
そこには、巨大なクレーターができていた。 地面はガラス状に溶解し、湯気を上げている。
「……」
俺は、静かに回れ右をした。
「あ、逃げた。捕縛!」
「うわっ!?」
足元から影が伸びて、俺の体を拘束する。複合魔法による捕獲だ。無駄に手際がいい。
「どう? すごいでしょ!?」
目の前にテレポートしてきたリズ先生が、目をキラキラさせて同意を求めてくる。
「すごい、ですね。国が一つ滅びますね」
「えっへん。じゃあ、次はソウスの番ね!」
「……正気ですか?」
「大丈夫、大丈夫。ソウスの魔力量なら、理屈さえ分かれば撃てるわよ。コツはね、こう、空の機嫌を損ねないように、雲さんたちにお願いする感じで、バーンと!」
(出た。天才特有の感覚論)
案の定、指導は難航した。 リズ先生の言う雲さんにお願いが、全く理解できない。
...一瞬、リズ先生はすごいと思ったのが間違いだった。
「違うわよソウス! もっとこう、魔力で空を撫でるように!」
「撫でるって言われましても……」
俺が放つ雷魔法は、せいぜい中級レベルの雷撃止まり。空の天候を変えるなど、夢のまた夢だ。
「むー。なんでできないのかなぁ。魔力は足りてるのに」
リズ先生が頬を膨らませる。 いや、あなたの基準で足りてると言われても困るのだが。
俺は、一旦魔法を撃つのをやめ、空を見上げて考えた。
(感覚でダメなら、理屈だ。現代知識を総動員しろ)
雷とは何か。 それは、積乱雲の中で、氷の粒や水滴が擦れ合うことで発生する静電気の放電現象だ。 ならば、『轟雷電』の本質は、「魔力で強制的に積乱雲を作り出し、その中の静電気を一気に解放する」ことではないか?
俺は意識を集中する。
魔力で上空の空気を急激に温め、上昇気流を作る。 同時に、周囲の水蒸気をかき集め、上空で急速に冷却する。 強制的に作り出した雲の中で、魔力をプラスとマイナスの電荷に変換し、限界まで溜め込む。
「……お?」
リズ先生が、面白そうに声を上げた。
上空に、小さな黒雲が発生する。 俺の魔力を核にした、人工の積乱雲だ。
(……重い)
魔力の消費量が尋常ではない。全身の魔力回路が悲鳴を上げている。 だが、ここで止めたら暴発する。
俺は歯を食いしばり、溜め込んだ電荷の引き金を引いた。
「いっけぇぇぇぇ!! 轟雷電!!」
バリバリバリバリッ!!
リズ先生のものとは比べるべくもないが、それでも普通の雷よりは遥かに太い稲妻が、荒野に落ちた。 小さなクレーターができる。
「はぁ……はぁ……」
俺は地面に膝をついた。魔力切れ寸前だ。
「……うん。合格点ね」
リズ先生が、しゃがみこんで俺の顔を覗き込んだ。
「まさか、初日で形にするとは思わなかったわ。やっぱりソウスは面白いわね」
にへら、と笑う。 その笑顔は可愛らしいが、俺は知っている。この後、とんでもないことを言い出すのがこの人だ。
「じゃあ、コツは掴んだみたいだし。夕食まであと三時間。あと十発くらい撃ってみようか!魔力は私が譲渡するわね」
「……鬼だ」
「えっへん。千年生きたエルフよ!」
この自称千年生きたエルフは、俺をしごくのだった。
こうして、俺の地獄の三日間が幕を開けたのだった。 なお、この日の夕食のカレーをスプーンを持つ手が震えてうまく食べられなかったことは、言うまでもない。




