第1話
「こ、これは……」
宝箱を開けた俺の眼の前に、鈍く輝くバングルが現れる。
「たいちょー、どうっすか中身は?」
「ここまで来たんだ、なにかいいものが入っていないと困る」
「隊長さん、少し顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」
パーティメンバーの心配をよそに、俺はバングルを手に取り、まじまじとみつめる。
長年の勘がささやいていた。これはただのバングルではないと。
「におうっすね。これはお宝の匂いっす」
「ばかいえ。どちらかというと呪いを振りまきそうなオーラがあるだろ」
「ならさっさと帰りたいっすね。そろそろ滞在時間も限界にちかいし」
「ああ、他の戦利品を漁りきってからな」
パーティメンバーはそれぞれバラけて、部屋の宝箱を漁り始める。なかなか敵の数がいたのもあり、報酬もそれなりに多く、カバンはすぐにパンパンに膨れ上がった。
「そろそろ引き上げるぞ。各自準備しろ」
このときはまだ、このバングルがあんな効果をもたらすことになるとは考えてもいなかった。
★
「ちくしょう、どうなってるんだ」
次々と襲い来る魔獣の頭に風穴を開けて、マナクリスタルを装填する。
「次から次に湧いてくるっす。さすがにやばいっすよ」
「集中して。次、左の通路から」
「ひえーおっかないっす!」
通路を走り抜けながら、追手の魔獣たちを撃ち抜く。もう残弾は残り僅かだった。
「確か……こっちだ!こっちにワープゲートがある!」
その時の俺は逃げることに必死で、足元への注意がおろそかになっていた。
カチリ
明らかにスイッチを踏んだ音がした。瞬間、足元に魔法陣が広がる。
「まずいっす!転移罠っすよ」
パーティの皆がこちらに手を伸ばしてくるも、その手を押しのける。
「たいちょー!?何してるんすか!」
「隊長……外で待ってる」
「隊長さん!」
思い思いの言葉が聞こえたあと、俺の視界は白く染め上げられる。思わず目を細めて、次の衝撃に備えた。
「くそ……まじかよ」
転移罠の転移先はランダムだと言われている。子供のしつけにつかう童話では、神様が行き先を決めているなんて話もあった。
ならば俺は神を恨まなければいけない。
「ブモォォォォォォォ!」
転移先はボスモンスターの眼の前だった。
ごぅと風を切り、ボスの戦斧が振り下ろされる。
限界にちかい体力を振り絞って、身を投げ出すように攻撃を避けた。
「っちくしょう、出口は」
「ブモォォォォォォォ!」
視界を一瞬外した瞬間、ビリビリとひびく雄叫びに体が一瞬怯む。
その一瞬は、戦闘では命取りだ。
ごぅ
「ぐっガハッ」
鋭い横薙ぎが、胴体を捉える。なんとか武器で刃は防いだが、勢いは止めきれずに体が吹き飛んで壁に埋まる。
「くそ、死に戻るしかないか?」
首に下げた帰還用刻印石を手に握る。宝物はロストするものの、痛みには変えられない。
そのとき、まるでアイテムが囁いたかのような気がした。
「……どうせロストするんだ、試してみるか?」
先程ひろったバングルを手に取る。
効果もわからずにロストするなんて、探索者の名折れだ。
「頼む、せっかくならアタリであってくれよ」
バングルを腕につけ、いかにも引いてくださいと言わんばかりのピンを抜く。
次の瞬間、バングルから出てきた茨のような装飾が俺の腕に食い込んだ。
「うぐっ……はずさせねえってことかよ!」
バングルからの光が溢れ、次第に強まっていく。
「5?」
眼の前に突然数字が浮き上がる。
なにもないところに文字が見えるなんて不思議体験より、その数字が示す意味に気を取られた。
「4」
「3」
「2」
嫌でもわかる。これはいわゆるカウントダウンというやつだ。
バングルの光は部屋を満たしきり、ボスでさえも目を庇ってしまうほどに光り輝く。
「1」
最後にこれだけは言わせてほしい。
「自爆効果なんてサイテー!」
「0」
痛みを感じるまもなく体が霧散していく。俺の意識はそこで途絶えた。
★
【蘇生シークエンス開始】
【ユーザーデータ読み込み開始ID:L9T4Y6R2V】
【読み込み完了】
【記憶再構築開始】
【エラー発生:データ破損】
【再実行開始】
【エラー発生:データ破損】
【再実行開始】
【エラー発生:データ破損】
【記憶復元処理開始】
【復元完了】
【素体データ読み込み開始】
【エラー発生:データ破損】
【素体データ読み込み開始】
【エラー発生:データ破損】
【素体データ読み込み開始】
【エラー発生:データ破損】
【素体データ読み込み中止】
【素体データバックアップ確認】
【バックアップが存在しません】
【素体データを再構築します】
【参考データ読み込み】
【データ取得完了】
【素体再構築開始】
【完了】
【意識投影開始】
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ガバッ、と体が無意識に跳ね上がった。
「はぁ、はぁ……生き、て……いや、生き返ったのか?」
先程の薄暗いダンジョンとはうってかわって、清潔感のある白い部屋の中心に俺は倒れていた。
見覚えのある蘇生室にほっと一息をつく。
「んんっ、あーあー。なんだ?」
声が変だ。それになんだか体の感覚もおかしい。
「なんかへんだな。蘇生失敗なんて聞いたことがねえぞ」
喉をぺたぺたと触ると、そこにあったはずの喉仏がなくなっている。
そのまま手は下へと下がっていき……
ふにっ
「は?」
ないはずのものにふれ、
「は?」
あるはずのものがなくなっていた。
「な、な、なんじゃこりゃーー!!!」
聞き覚えのない声が、蘇生室中に響き渡った。
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