私の子宮が恋をした
現実はそう甘くないぞ……すでに亡くなっているが、私の父が飲酒をして酔っぱらうと、嫌となるほど口癖で言ってきて聞かされた。父は酒が入ると母さんや私に怒鳴ったり、時には暴力を振るったりするクズ人間だった。
しかし、クズは父だけではなかった。私が18歳の時、母は父と一緒に生活するのが限界と感じたのだろう。娘である私を置いて、勝手に家から出て行った。朝起きると家には誰も居なくて、当時の私は混乱して過呼吸になりかけた。
その後、私はバイトをして貯金をすることにした。貯金をして一人暮らしをするためだ。大嫌いな父と1年間、生活をしたが……父は母が勝手に家を出たことに腹を立てて、怒りの矛先を私に向けて……私はほぼ毎日、罵声を浴びせられて暴力を振るわれた。
身体中に痣ができてしまい、片目は半分しか開けることができない時期もあったが、それでも私はなんとか苦しい人生を歩み続けた。バイト仲間から痣のことをについて聞かれると、嘘をついて誤魔化していた。本当は警察に通報でもすればよかったのかもしれないが、当時の私は警察に通報すると言う選択肢が頭の中になかった。
頭の中はバイトをして貯金をし、家を出て一人暮らしをすることしか考えられないくらい精神が壊されてしまっていたのだろう。
そして、私は銀行の口座に入っている、バイトで1年間貯金をした金額……110万円ほどを持って家から出て東京に上京することに成功した。その時の私は、たくさんの高いビルが並んでいる東京の景色を見て、口角を上げて微笑んだ。
やっと私は自由になれるんだ。これから誰にも邪魔されずに、自分の好きなように生きれるのだと思ったからだ。その後、私は家賃の低いアパートを借りて一人暮らしをした。もちろん、貯金が尽きたらアパートに住んでいられなくなるため、アルバイトの求人募集を近所のスーパーで見て面接をし、採用されてアルバイトとして雇ってもらえることになった。
そして、私――子宮理沙は20歳で初めて恋をした。その相手は黒髪短髪で眼鏡をかけている高身長の男性――富永栄太。彼と私は同じ職場で同じ部門だったため、顔を合わせることが多々あった。
彼に一目惚れをしたわけではないが、彼が話しかけてきて会話をしているうちに心を惹かれていった。彼は穏やかな性格で微笑みながら会話をしてくる……そんな人物だった。
やがて、彼と私は連絡先を交換して――私が22歳の時に彼に告白をした。時刻は21時頃で、場所はイルミネーションが光っている六本木だったのを覚えている。
あなたのことが好きです、付き合ってくださいと……。
失恋をしたとしても後悔をするよりはマシだ。そんな覚悟で彼に告白をしたところ、彼は微笑みながら私のことを抱きしめた。そして、一言。
僕もあなたのことが好きでした。
こうして私たちは交際をし、その1年後には結婚をした。
当時の私は、お互い老いて死ぬまで一緒に暮らすのだと思っていた……が、現実はそう甘くない。
現在、私は25歳で夫の栄太は29歳になって幸せな結婚生活……とは真逆の結婚生活を送っていた。
「なんだよこの味の薄い味噌汁は! ろくに飯も作れねぇのかよ!!」
そう言うと栄太は味噌汁の入ったお椀を私に投げてきた。顔や衣服に味噌汁がかかって、私は涙目になりながら大きな声で叫ぶ。
「もう限界! これ以上、あんたと一緒に生活するなんて無理ッ!」
「僕も同じこと思ってるよ! お前の顔なんてもう二度と見たくねぇ! 離婚だ……役所から離婚届貰ってこい!!」
「あんたが貰ってくればいいでしょ!」
「僕は仕事で忙しいから役所なんて行ってる時間がねぇんだよ! それに比べて、お前は家事さえすればいいんだから楽でいいなぁ! 役所で離婚届を貰ってくる時間ぐらいあるだろ!!」
「主婦には主婦なりの大変さがあるの! そんなことも分からずに――」
「あー、うっせぇんだよ! いいからさっさと離婚届を役所から貰ってこいよぉ!!」
そう言うと、栄太は自分の部屋へと行ってしまった。
毎日、料理を作り続けてきたのに……文句を言われたら腹が立って当然のこと。私は大きなため息をつくと、衣服を脱いで床にこぼれている味噌汁を拭いた。そして、洗濯機に味噌汁を拭いた衣服を入れると、新しい衣服を着て外出をする準備をする。
味噌汁がかかっている髪を洗面台で水を出して洗い、髪をタオルで拭くと――財布だけを持って家を出た。
どこに向かうか目的があって家を出たわけではない。ただ、あの家にいるのがとても苦痛だと感じて外の空気を吸いながら気分転換をしたいと思ったから家を出た。
栄太とどうして夫婦仲が悪くなったかと言うと、私が作る料理が口に合わなかったらしく……結婚して1年目は嘘をついて美味しいと栄太は私に言ってくれていたが、次第に美味しいと言ってくれなくなった。そして、結婚して2年が経ったある日……私の作った料理を床に投げつけて怒鳴ってきた。
僕は一生懸命働いて仕事を頑張っているのに、どうしてこんなにもクソ不味い料理を食べないといけないんだ。今まで嘘をついてきたけど、お前の料理はクソ不味くて食えねぇんだよ……と。
その時、私は栄太の本音を聞いて絶望した。毎日、栄太のために一生懸命料理を作っていたのに、美味しいと嘘をつかれて騙され、クソ不味くて食えないと言われた私の気持ち。この気持ちは私自身しか理解できない。他社が理解しようとしても理解できやしない。
そう言われた日から私たちの夫婦仲は悪くなっていき、私は料理を上達するために努力をしたが……栄太の口には合わなかったようで、しまいには離婚届を役所から貰ってこいと言われてしまった。
現在、私は家から出て近所の公園のベンチに座って下を向いている。手には公園の自販機で買った250ミリリットルのミルクティーが入っている小さなペットボトルを持っている。
「明日、役所に行って離婚届を貰いに行ってこよ……」
そう言うと、私は手に持っているペットボトルをぎゅっと握りしめた。
結婚して3年目になるが、まさか離婚をするなんて結婚する前の私は考えてもなかった。……いや、私の考えが甘すぎたんだ。クズ人間でDV男だった父が口癖で言っていたし……現実はそう甘くないと。こうなってしまったのは、料理が下手な私が全て悪いのだろうか?
栄太からしたら、料理が下手な私のせいで離婚をすることになったと思っているだろうけど……果たして本当に私が全て悪いのか? 栄太にも悪い部分があったんじゃないかと私は思ってしまう。
私は正面を向いてため息をつくと、錆びている滑り台をぼーっと見つめる。
しばらくすると、私の隣に誰かが座ってきた。その人物はため息をつき、ぼそぼそと独り言を話している。私はどんな人物なのか気になり、目線だけを移して隣に座ってきた人物を見る――私の子宮が恋をした。
年齢は20代前半と言ったところだろうか。灰色の髪に十字架のピアスを耳に付け、鷹のような鋭い目つきをしている男性……思わず子宮が震えだしてしまう。
すると、男性は私のことを見つめる。
何も言わずに見つめられて、恥ずかして目を逸らそうとするが……男性は頬を赤らめながら口を開いた。
「とても綺麗な女性だ……」
「えっ……」
男性はハッとした表情をすると「こ……これは失礼しました! 突然、驚かせてしまい申し訳ございません」と言って謝ってきたので、私は口角を上げて白い歯を見せながら「いえ、全然大丈夫です」と返事をする。
「そうですか。あっ、えっと……俺、中野谷辰巳って言うんですけど、妹が既婚者である男性との間に子供を作ってしまったらしく……電話で説教をしたんですが、なんだかものすっごくイライラしたので外の空気を吸おうと思いまして……それでこの公園に来たんです」
ヤりたい……彼と子供ができてしまってもいいと思うほど、今の私はものすごく性欲が湧いてしまっている。彼に一目惚れをしたのとは違い、性欲の目標を見つけてしまったのだろう。こんなにも子宮が震えているのは生まれて初めての感覚だ。
「そうなんですか……。私は子宮理沙って言います。私も外の空気を吸って気分転換をしようと思い、この公園のベンチに座っているんです」
「俺たち、似た者同士なのかもしれませんね! いや~、生きると言うのはとてもハードゲームですよね。生きていれば苦行に耐えないといけない時もある。ほんっと困っちゃいますよ!」
「えぇ、人生は遥かなるハードゲームです」
彼と話していると性欲が増して興奮してしまい、息遣いが荒くなってしまう。体が熱い……おそらく顔が赤くなっているのだろう。
すると、彼は真剣な表情で私の手を握ってきた。私は握られた手に視線を移して見つめると、彼がどんな表情をしているのかは分からないが、告白をしてきた。
「子宮さん、突然で驚かせてしまうのは重々承知で言いますが……俺と付き合ってくれませんか!? もちろん、最初は友達からでもいいので――」
もう我慢の限界と感じるのと同時に、彼が告白をしてきたときに言わないと伝えるタイミングがないと思った私は……彼の顔を見ながら、酒に酔っぱらったような表情で言ってしまった。
「中野谷さん、私はあなたのことが大好きです。なので、私と……セックスしてくれませんか!?」
栄太のことなんてもうどうでもいい。もし仮に彼とセックスをして子供ができたとしても、何も問題はないだろう。だって、栄太とは離婚をする予定なのだから……。
彼は「子宮さん……」と言いながら私のことを見つめると……ニヤリと笑い、白い歯を見せながら右手の親指を立てて一言。
「はい、よろこんで!」
その後、私は彼の家で朝チュンをした。お互い裸姿でベッドに寝ていたわけだが、私は彼と性行為ができてとても満足している。他者のことなど気にせずに大きな喘ぎ声を出して、激しくプレイをすることができた。早く元気な子供が生まれればいいなと思っている。
すると、彼は目を覚ましてベッドの上にスマホをいじり始めた。不思議そうに彼がスマホをいじっている姿を見ていると……彼が額に青筋を浮かべながら口を開いた。
「既婚者だと分かっていて交際している妹も悪いが、不倫をしている男も悪い……子宮さん、そう思うだろ?」
「あっ……うん」
「不倫をしている男、こんな奴なんだ」
そう言って彼はスマホの画面に映っている一つの写真を見せてきた。私はその写真を見て大きく目を見開き、思わず言葉を失ってしまう。なぜなら、写真に写っている男は――。
「栄太……」
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