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リカーcoRe.

 駅舎のガラス天井は畏怖を覚えてしまうほどの高さがあった。冬の夕方にしては明るい空がガラス越しにホーム全体を照らして、停車していた列車が出発の時刻を迎えようとしている。汽笛が鳴って、まだ座席で眠っていた僕は飛び起きると急いで列車から降りた。ホーム内に多言語のアナウンスが同時に鳴り響いて、なんとなくガラスの天井が崩れて降り注ぐイメージが湧いてくる。もちろんそんなことが起こる訳がない。この駅舎は昔、そのすさまじい耐用年数を称えられて県から表彰されたこともあったほどだ。それはたくさんの専門家たちが集まって、デザインと丈夫さと経路の簡略化の天秤を司った結果なのだから、そうそうバラバラに崩れて落ちてくるなんてことがあるはずないんだ。多言語アナウンスの層は萎んだり膨らんだりを繰り返している。ガラス天井のずっと向こうに汚い高層の建物が見えている。あれは僕の住んでいるアパートだった。

 僕の住んでいるアパートは100階の高さがあり、人の手に追えず老朽化が着々と進んでいた。僕は30階に住んでいる。そして31階から98階までは誰も住んでいない。99階にはヴィクトリアンメイドの恰好をしたアンドロイドと70歳の天然ガス学者が二人で一緒に住んでいて、100階には誰も住んでいない。屋上の鍵はいつでも開いていた。

 屋上まで上るには根気が必要で、数週間前まで元気だったエレベーターは40階あたりで壊れている。だから今は階段を使ってしか屋上へ上れず、僕が屋上へ上ると到達するのはいつも夜になってしまっていた。それは今日も同じことだった。屋上の扉を開けるなり、隣にある少し低いビルに反射した高速道路の夜景がきれいだった。青白く淡い光がブラインドの閉じた窓の上を駆け回って、いくつもの楕円形を形成している。100階の屋上から聞こえる高速道路の喧騒は空へ立ち昇っていく霧のように柔らかかった。つい眠りそうになってしまう。ぼんやりとした目が夜空に流星群を夢想した。あの駅舎の天井が崩れ落ちたらあんな風だろうというように。

 冬の夜は寒い。眠ってしまう前に屋上を出ていった。

 99階の扉の前でヴィクトリアンメイドの恰好をしたアンドロイドと遭遇する。

「こんばんは。」音声は聞き馴染みのあるフリーソフトが使われていた。

「こんばんは。」

 アンドロイドは扉の前を箒で掃き掃除していた。見比べてみれば、確かに扉の前だけが異様に白くなっていた。部屋の中から小爆発の衝撃が伝わってくる。

「うるさくてすみません。」

「いえいえ。」

 四方の壁から遅れてみしみしという音がした。僕は疲れていたから、アンドロイドはアンドロイドだからどちらも心配する素振りすら見せなかった。このボロアパートの中で伊達に孤立してきていなかった。

「じゃあ僕は帰りますので。」

 アンドロイドは静かにおじぎを返した。駆動音も関節のきしみも一切の音がなく、そのせいで帰りの階段のコツコツという自分の音がやけに大きいような気がした。

 部屋に帰るころには朝になっていた。幸い、階段の途中で仮眠をとっていたのですぐにでも仕事へ出かけることは可能だった。軽くシャワーだけ浴びて駅へ向かった。

 相変わらず複数のアナウンスがホーム内を駆け回っている。今日もなんとなく天井のガラスを見ていた。ひょうたん型になって分離しかかっている太陽が眩しい。天井からホームに視線を落とすと、なぜかあの99階に住むヴィクトリアンメイドの恰好をしたアンドロイドが立っていた。

「あの、こんにちは。珍しいですね。どうしたんですか。」

「私、話つけてあそこを出ていくことにしたんです。」

「へえ、よく許してくれましたね……ん? でもそういえば、昨日部屋に帰るときにすれ違わなかったですよね。エレベーターも壊れているのに。まさか飛び下りたんですか。」

「ああ、やっぱり気づいてなかった。階段で寝ていたところを私が部屋まで運んであげたんですよ。力持ちなんです。」

「ええそうだったんですか。ありがとうございます。」

「いえいえ。」

 二人を中心に天井から陽光が降り注いで、この朝のホームという空間をパッケージングしている。平和過ぎだった。平和過ぎて、その分が作用して地球の裏側でブレイクコアを爆音で聞いている青年は血反吐寸前になっていた。そのブレイクコアが地盤越しに伝わってくるほどで、ズンズンタッツタツタ……あれ、全部同じに聞こえるのよね……だからこそ人々に安寧を与えるんだよ! 大西洋に面したヨーロッパ地方のある家庭内の言い合い、アジアの小学校の工事現場では鉄骨が落下してしまう。バカヤロー! 南米のブランド豚が泥で遊び、研究対象に選ばれた微生物が顕微鏡の中、反撃のダンスを開始する。プレパラートの狭間、微ミラーボールが回り出した。その球の回転はちょうど、黄土砂漠にテント小屋を構えるイスラム系バレエ集団が繰り出す10人合体技に似ていた。グロテスクをグロテスクのまま愛するおさげの女子中学生と、ジャンプスケアに定評のある一人称ホラーゲームデベロッパー。ブレイクコアのズンズンタッツタツタ……駅のホームには多言語アナウンスが反響し合っている。天井の日差しが強くなってきている。

「あの、聞いてますか? とりあえず私行くとことないのであなたに付いて行きます。」

 平和過ぎて僕には世界の全てが聞こえていた。聞こえた端から脳内で映像化される……。どうせこの目の前の相手はアンドロイドなんだ。気味悪がられようが構わないじゃないか。

「あの、なんか、今、全部聞こえません? 本当に全部。全部聞こえてきません?」

「全部ですか? うーん、半分くらいは聞こえてるかも?」

 音声は聞き馴染みのあるフリーソフトが使われていた。

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