№ 9 ケレス、祟り神に遭遇する
ケレスの王宮生活は、一か月近くが経っても、何も変わらなかった。そんなある日、ケレスは姉に呼び出され、姉の職場に行くと、そこで、猪の祟り神と遭遇してしまう。さらに、クリオネが猪の祟り神を追い払うのだが……。
昴の実り祭りから戻ってきて早二週間が経ったが、相変わらずケレスは王宮生活をしていた。
(はあ……。日払いのバイト生活を何とかしなきゃ!
いつまでもミュー達に世話になる訳にはいかないんだ‼)
ケレスは頭を悩ませていた。
すると、
「やあ、ケレス君。調子はどうかな?」
と、ニックから爽やかに声を掛けられたが、
「何も変わりません……」
と、答えたケレスは肩を落とし、
「はは、そう落胆しないで」
と、笑って言ったニックがまた見せたアカデミーの資料は、さらにケレスを落胆させる物だった。
その資料には、アカデミーの学費、寮費等の生活費が書かれており、
(うわっ⁉ 学費って、こんなに……)
と、その衝撃的な現実に言葉が出ないケレスに、
「奨学金制度の資料も持って来たよ。
それと、こっちは僕の専門じゃないけれど、何か役に立てばと思って……」
と、言ったニックはアカデミー受験の参考書まで持って来ていて、
「ありがとうございます!」
と、言ったケレスがその参考書を開くと、
(うわ……。勉強してたつもりだけど、さっぱり、わからん⁉)
と、ケレスはまた言葉が出なくなってしまった。
そして、ケレスが参考書をそっと閉じると、
「これぐらい気にしなくていいんだ。それより、君に呼び出しが掛かってるよ?」
と、言ったニックから爽やかな笑顔で見つめられ、
「呼び出し? また、殿下ですか?」
と、尋ねたケレスが溜息をつくと、
「いや。今回は君のお姉さんからで、明日の午前一一時、君のお姉さんの職場に来てほしいそうだ」
と、ニックは首を軽く横に振った後、答え、
「じゃあ、ちゃんと伝えたからね」
と、言い残し、右手を軽く上げて部屋を出て行ったので、
(何の用だろう?)
と、考えながらケレスは一日をすごした。
次の日は雲一つない晴天だった。
ケレスが言われた時間にその場所に行くと、
「ケレス、早く来いよ!」
と、楽しそうなジャップから大声で呼ばれ、
「兄貴、どうしたんだよ?」
と、首を傾げたケレスがジャップの所に行くと、
「ケレス、誕生日おめでとう!」
という言葉と、パン パン!と、いくつかのクラッカーが鳴り、
「な、何だ? これって⁉」
と、ケレスはその音と目の前の光景に驚いた。
高杉の職場の庭はテーブルと椅子が人数分置かれ、テーブルには豪華な食事が並べられていた。
「ケレス、遅くなってすまん。姉貴とアルトとで、用意したんだ!」
そして、満足そうな顔のジャップが笑いながらラニーニャを見ると、
「ケレス君、あの日出来なかったから、二人に頼んだの。
ちょっとしたお祝いと、ケレス君の功労をねぎらって今日は楽しもうね!」
と、嬉しそうに言ったラニーニャは、にこっと笑ってジャップと視線を合わせたので、
(相変わらず姉ちゃんは子供っぽいな……)
と、その二人を見たケレスは心がくすぐったくなった。
すると、
「じゃあ、乾杯からしよう」
と、ジャップの言葉から、
「乾杯!」
と、集まった皆で乾杯をした。
今日の食事はピザがメインで、やはりケレスの好みの具材だらけだった。
「ケレス君、美味しい?」
それから飲み物を飲んでいるラニーニャに聞かれ、
「凄く美味いよ、姉ちゃん!」
と、ケレスが答えながら三枚目のピザを取ると、
「良かった! ジャップとアルトに昨日から手伝ってもらってて、結構大変だったの」
と、ラニーニャは喜び、
「良かったな、姉貴! アルトと手伝ったかいがあったぜ!」
と、言ったジャップは豪快にピザを食べ、
「僕が手伝ったんだ。上手く出来るに決まってるさ!」
と、言ったアルトはピザを上品に食べながらジャップを睨んでいた。
そうやってほとんどの者が楽しんでいたが、ミューだけはあまり楽しそうではなかった。
「ミューちゃん、どうしたの? 美味しくなかった?」
すると、それに気づいたラニーニャが声を掛けたが、
「そんな事はないよ……」
と、答えたミューはラニーニャと視線を合わせず、素気無く答えたので、
(ミューの奴、今日は特に静かだ……)
と、違和感を覚えつつも、、ケレスはピザを食べていた。
その様子が変なミューの周りには護衛の霊獣がクリオネ以外四体いる。
それはクリオネの家族の朱雀達だ。
いずれもクリオネより大分大きく、一番大きいのはクリオネの母、ララである。
あとの三体は同じ大きさだが、高さはケレスの肩くらい、長さは二メートルはあった。
彼らは三つ子で、名は長男が、オルト、次男が、メタ、次いで、パラである。
そんな彼等とクリオネは仲が良く、クリオネを囲んで楽しそうにじゃれ合っていた。
彼等の特徴としては、ララはクリオネと同じ様な水晶の色と形を持ち、
オルトは、額に赤色の下向き三角形とその両隣に対称的な赤色の三角形の水晶が生えている。
そして、メタとパラは、オルトと同じ額の水晶だが、メタは両頬に下向きの三角形、
パラは喉元付近に上向き三角形の赤色の水晶が生えている。
そんな楽しそうなクリオネ達を前にしてもミューは、つまらなさそうな顔をしていたので、
「ミュー、どうしたんだ? 何かあったのか?」
と、ケレスも聞いたが、ミューの答えは大して変わらなかった。
だが、
「おーい、ミュー! これ、俺が作ったんだぜ? 食ってみろよ!」
と、言ったジャップがピザを一カット渡すと、
「ありがとう、お兄ちゃん」
と、それを受け取ったミューも食べだした。
ジャップの気遣いの甲斐あって会は何とか進行し、ピザもなくなりデザートが出てきた時、
「姉貴、そろそろ、あれを……」
と、言ったジャップがラニーニャを見ながらそわそわし出し、、
「ジャップから渡してよ……」
と、言ったラニーニャは顔を少し赤くし、二人で照れていて、
(何だこの二人⁉)
と、ケレスが変な想像を膨らませそうになると、空からヒラヒラと雪が舞い落ち、
「あれ、雪? 珍しいね……」
と、雪を見ながらラニーニャが言うと、さっきまで晴天だった空が、暗く重い雲に包まれた。
「何か変だ、この雪⁉」
すると、その異変にいち早く気付いたアルトが険しい顔になり警戒したが、
ラニーニャは脱力し、そのまま座り込んでしまった。
「姉ちゃん⁉」
そして、ケレスはラニーニャを呼びながら近づき、他の者もラニーニャに近づいて声を掛けたが、
ラニーニャは俯いたまま返事をしなかった。
その時、クリオネ達が同じ方向を見て一斉に唸り声をあげた。
「クリオネ、どうしたの?」
それからそう聞いたミューの声はクリオネには届かず、
」まさか、また根の一族が近くにいるんじゃないのか⁉」
と、ケレスが警戒すると、辺りが急に寒くなった。
その寒さは体の芯から冷える異常な寒さで、
ふるえがどこまでも止まらないのがわかった。
「みんな仕事場に入ろう。何か変だ‼」
そして、ケレスは皆と非難しようとしたが、それは出来なかった。
何故なら、地面は凍り付き、凍った地面の下の草は何故か枯れていたからである。
「な、何だ⁉ 何で地面が凍ってんだよ?」
その凍った地面を見たケレスが後退りすると、
「ヤバいな、これは……」
と、静かなジャップの声の後に、
「お前ら気を付けろ‼ 祟り神が来る‼」
と、ジャップの叫び声が響いたので、、
「祟り神⁉」
という言葉をケレスは思わず口にした。
祟り神とは、この世界に災いをもたらす邪神である。
祟り神が現れるとその地は災いに侵されマナは枯渇し、
そして滅びを迎えるとして恐れられている。
「そんな奴がこの国に⁉ どうすればいいんだ、兄貴‼」
その言葉を口に舌ケレスがあたふたすると、
「そんな事は俺が聞きたいぐらいだ……」
と、言ったジャップの顔は深刻になり、降る雪も多くなってくると、
有ろう事か、その雪までもが草木を枯らし始めてしまった。
「このままじゃ僕達も危険だ。何処かに非難しないと……」
そして、アルトがそう言った時、それは、現れた。
ケレスは思った。
(何だ、この化け物⁉ いつの間にいたんだ……)
それは毛は灰色で、目は赤黒く、下牙が目の辺りまで伸びた高さ三メートル程の大きさの、
所々膿んで爛れがある、老いた猪の化け物だった。
その猪の化け物は禍々しい気配を纏い、殺意に満ちた目でケレス達を睨んでいる様だった。
その威圧感にケレスは背筋が凍る程恐怖を感じ、ウルブルふるえ何も言えなくなった。
それはここにいる者は皆そうで、皆が動けずにいると、
その猪の化け物は徐にケレス達に近づいてきた。
(げぇぇ⁉ あいつ、こっちに来る気だ‼)
ザクッ、ザクと足音を鳴らしながら近づいて来る猪の化け物を前にケレスが冷や汗を掻いていると、
ケレス達の前に朱雀の五体が一斉に立ち塞がった。
そして、朱雀達の水晶は赤く光り出し、朱雀達の体は炎を纏い凄みを増したが、
それを見た猪の化け物は一度怯んだだけで前に進む事をやめなかった。
その猪の化け物に対しオルトが最初に口から炎を吐き、その炎は猪の化け物に直撃したが、
猪の化け物は何も傷を負っていなかった。
続いて、パラとメタが同じ様な攻撃をしたが、やはり猪の化け物には効いてなく、
それどころか猪の化け物は炎を気にもせず、さらに足を前に進めた。
(あいつ、オルト達の攻撃が効いてない⁉)
近づいてくる猪の化け物に打つ手がないケレス達が動けずにいると、
今度はクリオネが全身の毛を逆立て牙を剥き出しにした。
すると、クリオネの模様のタビーから金色の火の粉がぶわっと溢れ、クリオネを一気に取り囲んた。
そして、その火の粉でクリオネはまるで金色の炎の羽を生やした別の生き物に見え、
その炎と共鳴する様にクリオネの宝珠が美しい太陽の光の様に輝き出した。
その宝珠の輝きは猪の化け物を怯ませた。
そして、怯え出した猪の化け物は一目散に逃げ出して行き、クリオネは追い掛けて行った。
それから猪の化け物が離れるとケレスのふるえは消えた。
(何だったんだ。あれが、祟り神なのか?)
猪の化け物が消えた辺りを見ながらケレスが息を整えていると、
「クリオネ⁉ 待って‼ ララ、お願い‼」
と、叫んだミューはララの背に乗ってクリオネを追いかけてしまい、
「ミュー、待て‼」
と、ジャップが叫んだが、ララはミューを乗せたまま凄い速さでその場を去り、
「兄貴、どうしよう?」
と、狼狽えたケレスがジャップを見ると、
「先輩⁉ 待ってください‼」
と、今度はアルトが叫び、
「えっ⁉ 姉ちゃん?」
と、ケレスがラニーニャを見ると、ラニーニャは たぬてぃとオルトの背に乗っていた。
「なっ⁉ 姉ちゃんまで! 何やってんだ‼」
そのラニーニャを見たケレスは混乱して叫んだが、
「俺も、行く‼」
と、叫んだジャップはメタの背に乗り、
「僕も行きます!」
と、言ったアルトはパラの背に乗っていて、
「ちょ、ちょっと待って⁉ 俺はどうすれば……」
と、叫んだケレスが三人の顔を交互に見ると、
「ケレス、後ろに乗れ‼」
と、怒鳴ったジャップがメタの背に乗れる様にスペースを作ったので、
「ええぇぇ⁉ わ、わかった‼」
と、ケレスは流れに身をまかせメタの背に乗り込んだ。
「よし、ケレス‼ しっかり捕まってろよ‼ じゃあ、メタ、頼んだぜ‼」
それからジャップの号令でメタは勢いよく走りだし、
「ひえぇぇ⁉ 早っ‼ 落とさないでくれぇーー‼」
と、ケレスは瞳を強く閉じ、叫びながらジャップにしがみついた。
ケレスは今、振り落とされない様にジャップにしがみつくので精一杯だった。
周りがどうなっているかなんて、さっぱりわからなかった。
(兄貴、絶対、落とさないでくれ‼)
そんなケレスは願いながら目を瞑っており、
わかるのは、兄の体温とメタが凄い速さで走っている振動だけだった。
それからどのくらいの時間が経ったのかわからないが、かなり長い時間メタは走り続けた。
すると、メタは止まった。
(やっと、止まったか?)
そして、恐る恐るケレスが目を開けると、そこはイザベルから大分離れた所の様で、
周りに建物や人の姿はなく、目の前は氷の海が広がっていた。
「海が凍ってる⁉」
その氷の海が目に飛び込んで来たケレスが目を見開くと、
「ケレス、これからどうする?」
と、前を向いたままのジャップに聞かれ、
「はっ⁉ どういう事だ、兄貴?」
と、何度も瞬きしたケレスがジャップの背に聞くと、
「ここは宝珠の国の果ての地、メンカルだ。ここから先は危険だ。どうなるかは、わからん‼
だが、俺達はこの海を渡ってミュー達を追いかける。ケレス、残りたかったら降りろ‼」
と、ジャップは背を向けたまま答え、
「そんな⁉ 姉ちゃんは、どうするんだ?」
と、ケレスがラニーニャに目を転がして聞くと、
「私、行くよ」
と、氷の海を一心に見つめたままのラニーニャは即答し、
「先輩が行くんなら、当然、僕は御供しますよ?」
と、髪を軽くかき上げたアルトも行く気満々だった。
(みんな、どういう神経してんだ⁉ でも……)
皆に呆れたケレスだったが答えは、決まっていた。
「兄貴、このまま行ってくれ‼」
そして、そう言ったケレスがその意志を伝える様にジャップの背をしっかりと掴むと、
「わかった。しっかり捕まっていろ、ケレス‼」
と、言ったジャップは大きく頷き
「みんな、行くぞ‼」
と、叫ぶと、メタ達は走り出した。
それからまたメタの走る振動をケレスは感じた。
(凄い速さだ。さすが王宮の御庭番犬‼)
だが、今度はちゃんと目を開けていたケレスはそう思った。
ララ達は王族を守る番犬で、御庭番犬と呼ばれている。
ララを含め彼ら三兄弟達は霊獣に使うのは正しいかわからないが、かなりの強者だ。
そして、彼等だけでなく朱雀は炎のマナを使って走る時、足が炎と化し地を駆けて行く。
それは走ると言うより地を滑る感覚で、バランスを取るのが非常に難しいのである。
「兄貴、よくメタに上手く乗れるな!」
だが、ジャップは平然とメタに乗っているので、ケレスが感心していると、
「当たり前だ。俺は軍人だぞ? それにメタが上手く乗せてくれてんだ。メタに感謝しろよ!」
と、ジャップから笑いながら言われ、
「そっか! メタ、ありがとな!」
と、メタを左手で撫で右手でそのままジャップをしっかりと掴んだままで言ったケレスに、
「ケレス。お前アカデミーにいくんなら、朱雀に乗る練習しとかないといけないな。
確か実技試験に朱雀に乗るヤツがあったろ?」
と、ジャップが指摘すると、
「えっ、そうなのか⁉ はぁ……。帰ったらやる事また増えたな……」
と、ケレスは肩を落として言ったが、
「ははっ。まあ、帰ったら俺が教えてやるから心配すんな!」
と、陽気な声でジャップが言ったので、
「ありがとう、兄貴!」
と、ケレスは明るく言えて、
(やっぱり、兄貴は頼りになる! こんな時でも安心させてくれる‼)
と、強く感じたケレスはジャップの背をまた強く握った。
そして、また長い時間メタの背に乗りケレスは氷の海を渡ったが、
何処までも氷の海は広がっており、氷の海以外何も見えなかった。
(何処までこの氷の海は広がってるんだ?)
何所までも広がる氷の海に不安が過り、ケレスの表情が曇ると、
「メタ、ここで休むぞ。今日はここで野営すんから、アルト、ケレス、準備を手伝ってくれ」
と、ジャップが言うと、メタはある島に上陸した。
「ああ、わかった。兄貴」
そして、ケレスがそう言ってメタから降りると、
「ジャップ⁉ まだ進めるよ! こんな所で休めない‼」
と、オルトに乗ったままのラニーニャが必死に訴え、
「駄目だ! 今日はここで休む‼」
と、メタから既に降りているジャップからその訴えを退けられ、
「そんな⁉ まだミューちゃんに追い付けてない‼ 早く見つけなきゃ‼」
と、訴えたラニーニャがオルトから降りずにいると、
「先輩。ここはもうじき暗くなります。彼はここにいる皆の命を預かっているんです。
ここは彼の言う事を聞きましょう」
と、パラから降りているアルトに説得され、
「そうね、そうなんだけど……」
と、言ったラニーニャがそれでもオルトから降り様とせずにいると、
「姉貴。ミューにはララが付いてる。ララは一番頼りになる御庭番犬だ。だから、ララを信じろ!」
と、ジャップに諭され、
「わかった……。ごめんね、ジャップ」
と、言って、俯いているラニーニャはオルトから降りた。
「よし! 実はここは、俺が軍の訓練で来た事がある所だ。だから、野営する為の物は任せろ!」
そして、ジャップはケレス達に色々と支持を出し野営の準備を始めた。
それからジャップの言う通りにしていて良かったとこの後すぐにケレスは思う事になる。
何故なら、空は雲で覆われわかり難かったが、島に上陸してから辺りは一時間程で暗くなったのだ。
だが、暗くなる前に水辺の近くで樹の枝や石、木の実やキノコ等の食材等野営の準備を整え、
朱雀達の力を借り火を起こす事が出来たのだ。
そして、
「よし、こんなもんか!」
と、ジャップの指示通りに野営の準備を整え終わってから集めた食材で作った軽食を食べ始めた。
「これ、結構イケる!」
ケレスがその軽食を食べながら言うと、
「そうだろ? ケレス。もっと食え! アルトもな!」
と、ジャップから薦められ、アルトも朱雀達もそれなりに食べていたが、
ラニーニャだけはほとんど食べておらず、
「姉貴、食わないのか?」
と、聞いたジャップの眉が下がると、
「ごめん。私、ミューちゃんが心配で……」
と、答えたラニーニャは俯いてしまい、
「そっか……。まあ仕方がない。でも、出来るだけ食えよ!」
と、眉が戻ったジャップから励まされると、ラニーニャは軽く頷いた。
その時、メタがラニーニャのリュックをゴソゴソと匂いだした。
「メタ、どうした?」
そして、ジャップがそのメタを見て聞くと、
「あっ! メタ、もしかして……」
と、何かを思いついたラニーニャはリュックからリンゴを取りだし、
「これ、食べたいの?」
と、リンゴを見せながら聞くと、メタは、ヒューンっと鼻で鳴く程興奮し、ラニーニャに擦り寄り、
「待ってメタ。みんなで分けようね!」
と、言って、ラニーニャが二つの小ぶりのリンゴを取り出して切り分けたので、
「姉ちゃん。よくそんな物を持ってたな⁉」
と、言ったケレスがラニーニャのリンゴをじっと見ていると、
「今日、うさ爺に持って行く様に言われてて、五つ持って来てたの。
たぬてぃがリュックを持っててくれて良かった!」
と、言ったラニーニャは たぬてぃを見ながら微笑んだ。
すると、たぬてぃは小さい鼻を目一杯上に向け鼻息をフンっと出して目を細めラニーニャを見た。
野営の準備で集めた食材で作った軽食も良かったが、
(これ、あの うさ爺が作ったとは思えない程美味しい!)
と、素直に感想が出る程うさ爺のリンゴは美味しく、ケレスはリンゴを食べた。
そして、朱雀達を含め皆で集まって眠る事となった。
勿論、屋根はなく枯れ葉などを敷いてそこに寝るというスタイルだ。
「明日は早く出る。厳しいかもしれないが、もう寝るぞ」
それからジャップに言われ皆で床に就いた。
(寝ろって言われても無理だ‼ 何か暗くて怖いし。何かに襲われたりして……)
だが、そう考えているケレスは中々眠れなかった。
ジャップとアルト、それに朱雀達は既に眠った様だった。
「はぁ……」
そんな中、瞳を閉じてケレスが溜息をつくと、
「ケレス君、眠れないね。ちょっと、話、しよっか?」
と、優しい声のラニーニャから話し掛けられ、
「いいよ、姉ちゃん」
と、瞳を開けたケレスはそれを了承した。
そして、
「姉ちゃん。あのさ、昴の事なんだけど、あの後大丈夫だった?」
と、ずっと気になっていた事をケレスが聞いてみると、
「うん、大丈夫。でも、私ね、あの時の記憶があいまいで……。
何であんな所で眠っていたのかな?」
と、ラニーニャは不思議そうに答えたが、
「それよりケレス君。イザベルにはもう慣れた?」
と、話を変えられ、
「まあまあかな。でも、一人暮らしには程遠いよ……」
と、ケレスは溜息交じりに返した。
それから二人で他愛無い話をした。
「姉ちゃん、何か怖いね」
だが、何も見えない空を見上げたケレスが思わずそう言うと、
「どうして?」
と、不思議そうにラニーニャに聞かれ、
「だって、こんなに空は星一つ見えない程暗いし……。
またあの猪の化け物が来たらとか思ったらさ……」
と、苦笑いしながらケレスが答えると、ラニーニャから、くすくす笑われ、。
「姉ちゃん‼ そんなに笑わなくったっていいじゃないか……」
と、言ったケレスは怖がっていたのに、
「ごめん、ケレス君」
と、言ったラニーニャは平然としていて、
「姉ちゃんは怖くないのか?」
と、怖がったままのケレスが聞いても、
「怖くないよ。だって、みんないてくれてるし。それに、こんなのは暗いとは言わないもん」
と、ラニーニャは余裕のある言い方で答え、
「はあ、そうなんだ……」
と、言ったケレスはまだ恐怖心が残っていたが、
「そろそろ寝よっか? ケレス君」
と、優しい声でラニーニャに言われると、
「うん、姉ちゃん」
と、ケレスは頷いて言えた。
「おやすみ」
それから二人でそう言って眠る事となった。
(姉ちゃんと話して少し安心出来た。なんだか眠れそうだ……)
すると、ケレスがまた瞳を閉じると、その通りに眠る事が出来た。
そして次の日のまだ朝焼けがしている早朝だったがケレスが起きると、ケレス以外全員起きていた。
「ケレス、おはよう。それを食べたら、直ぐに出発だ」
それから前日の残りの軽食を出したジャップに言われケレスが食事を終えると、
メタの背にジャップと一緒に乗り出発した。
だが、また数時間氷の海を駆け抜けても周りは氷の海しか見えなかった。
(このまま何処にいくんだろう? 無事にミューに会えるのか?)
そんなケレスに一抹の不安が過ると、
「陸地が見えたぞ‼」
と、ジャップに言われたが、
「えっ、本当か⁉ 見えないけど?」
と、目を皿にしてもわからないケレスが言うと、
「ほら、あそこだ‼」
と、叫んだジャップは指を差し、
「本当だ! 陸地だ‼」
と、陸地の一部が見えたケレスは歓喜の声を上げた。
ジャップの言った陸がはっきりと見え出し、徐々にそれに近づきその陸に上陸したが、
もう時は昼を過ぎていた。
すると、オルトがある方向を見て他の二体に鳴き声で何かを知らせたので、
「オルト、どうしたの?」
と、ラニーニャが聞くと、オルトはいきなり走り出してしまい、それに他の二体も続き、
ケレス達もそのオルト達に続いて向かった所にはミューとララがいた。
「ミュー‼」
そして、ミューを見つけたケレスがミューの名を大声で呼ぶと、
「ケレス⁉ どうしてここに?」
と、驚いたミューはそう言いながら何度も瞬きし、
「ミューちゃん‼ もうっ、心配したんだからね‼ 勝手に突っ走るんだから‼」
と、泣いているラニーニャに怒られたミューは抱き着かれると、
「お、お姉ちゃん⁉ もう、心配症なんだから! でも、ごめんね……」
と、ミューは恥ずかしがったが喜び、
「ミューちゃん、お腹、空いてない?」
と、優しく笑っているラニーニャから聞かれ、
「実は、空いてるんだ……」
と、恥ずかしそうにミューが答えると、
「はい、これ!」
と、笑って言ったラニーニャは残った軽食とリンゴを出しリンゴを半分に切り分けた。
「うわ! お姉ちゃん、ありがとう。しかも、赤き女王だ!」
それからミューがその半分のリンゴを食べると、
「はい、ララ。あなたの分。ミューちゃんをありがとうね!」
と、言ったラニーニャは残りのリンゴをララに与え、
それをララは美味しそうに シャリシャリと音を出しながら食べた。
それを見てまたメタがリンゴを欲しそうに鼻で、ヒューンと鳴いたので、
「メタ、リンゴ欲しいの? まだあるから食べてね」
と、言ったラニーニャはリンゴを四分の一個ずつに切り分け、
「オルト、パラも食べてね!」
と、オルト達にも四分の一個ずつ与え、
「ジャップ達も食べて。もう切っちゃった物だから早く食べないと変色して美味しくなくなる」
と、ラニーニャに言われ、ケレス達も食べた。
そして、
「ここは、何処なの?」
と、リンゴを食べ終わったミューが辺りを見渡しながら聞くと、
「恐らく、ここは剣の国のアウストラリス地区にある アルタルフだ」
と、一つ息を吐いたジャップは険しい顔で答えた。
アウストラリス地区とは、剣の国の南部にある地域の事である。
剣の国とは、一年中氷と雪に覆われている国だ。
しかし、アウストラリス地区にあった剣の国の王都、霧の街 ヘルヘイムは、
一三年前、大いなる災いが発生し、先代の皇帝が命懸けで戦ったが滅んだ。
「ここがアルタルフだって? でも、ここは……」
辺りを見渡したケレスは言葉に詰まってしまった。
何故なら、ケレス達が到着した土地は海こそ凍っていたが、
陸地には雪や氷は何処にも見当たらなかったからである。
「だって、ここがアルタルフなら雪や氷は何処にあるんだよ?」
そんなケレスが聞くと、
「一三年前のヘルヘイムの災いがここまで及んでいるんだろう。
だから、雪や氷はなくここも滅びを迎えようとしているみたいだね」
と、冷静に分析したアルトが答えた。
それを聞いたケレスは自分の両親の事を思い出し、 さらに、蕾とやどり木の家の事も思い出した。
(大いなる災い……。大恐慌とは違うけど、一つの国をも亡ぼすんだ……。
あんな事はもう絶対に起きてほしくない‼)
そう考えたケレスは、
「俺、この国の者じゃないけど何とかならないのか?」
と、アルトに聞くと、
「ならない事はないけど……」
と、険しい顔のアルトは答えたがその後の言葉はなかったので、
「アルト‼ 何か知っているんなら方法を教えてくれ‼」
と、ケレスは頼んでみたが、
「知った所で、君がどうか出来る話じゃないんだけど?」
と、眉間にしわが出来ているアルトから意地の悪い言い方をされ、
「アルト、頼む‼」
と、ケレスがまた嘆願すると、
「……。救いの神子様の力なら出来るかもね」
と、大きな溜息をついたアルトから教えられ、
「それって、花梨様なら出来るって事か?」
と、その答えをケレスが確認する様に聞くと、
「そうだ! 花梨様の浄化の力なら、きっと出来る。
でも、君も知っての通り花梨様は昴から出られないんだ。
だから無理だろうね」
と、眉間のしわが増えたアルトは嫌な目でケレスを睨みながらそう答え、
「そんな⁉ 無理の一言で解決するのかよ‼」
と、あきらめきれないケレスが怒鳴ると、
「仕方がないだろう‼ だから、君がどうにか出来る話じゃないって言ったんだ‼
それに、君達がこんな国を助けなくともいいだろう‼」
と、アルトは怒鳴り返し、ケレスの希望を受け入れなかった。
それでもケレスはあきらめきれなかった。
すると、
「ケレス! 私、花梨に頼んでみる‼ だから、そんな顔しないで。花梨なら、きっと助けてくれる!
私達が災いを祓って花梨に安心して世界をまた救ってもらおう!」
と、ミューが提案した時、ララが急に顔を上げ、ミューに何かを伝えてきた。
「ララ、どうしたの?」
そのララに不思議そうな顔でミューが聞くと、
「もしかして、クリオネが近くにいるの?」
と、言ったラニーニャはララを見て、
「キューン」
と、高い声で鳴いたララがラニーニャに擦り寄ったので、
「ララ、お願い! 私達をクリオネの所に連れて行って!」
と、言ったラニーニャがララと視線を合わせると、
ララは、付いて来いという様に尻尾を速く横に振り、何処かに案内を始めた。
それからララに付いて行くと寂れた家が幾つか並んでおりその家の一つの前でララは止って吠えた。
ララが示した家は随分寂れており、屋根は所々崩れ壁も剥がれている所が目立ち、
塀も壊れていて生活感はなかった。
しかし、おかしな事に地面には雑草は生えてはなく、蜘蛛の巣等もなかった。
「ここにクリオネがいるのね」
そして、そう言ったミューはその家に入り、
(氷の国だから草とかも生えないのか?)
と、辺りを見渡しながらそう思ったケレスも家に入ると、
「あの、誰かいますか? クリオネ、ここにいるの?」
と、ミューが声を掛けたが、返事はなく、
「クリオネ‼」
と、ミューがもう一度大きな声でクリオネを呼ぶと、
「キューン……」
と、小さな声が聞こえ、
「クリオネだ‼ 私には、わかる‼」
と、言ったミューは家の奥に入って行き、それにケレス達も続いた。
すると、掃除された綺麗な部屋に、毛布を掛けられ座布団の上に横たわっているクリオネがいた。
「クリオネ‼ 良かった‼」
そして、ミューがクリオネの所に行くとクリオネは首を少しだけしか上げれず、
「クリオネ、大丈夫?」
と、ミューが聞いても、クリオネからは良い返事が聞けず、
「どうして⁉ どこも怪我してないのに?」
と、言ったミューの目には涙が見え出した。
すると、誰かがこの家に入って来て、それに逸早く気付いた朱雀達は部屋の外を見た。
「オルト、どうした?」
その朱雀達の異変に気付いたジャップがその方向を見ると、部屋にある人物が入ってきた。
ケレス君、みんなが作ってくれた料理は、どうだった? 美味しかったかな?
な、何だって⁉ まだ、食べたりないだと‼
ふっ、ふっ、ふっ! そんな君は、次回、美味しいものが食べれるよん!
楽しみにしておく事だね!
そんな次回の話のタイトルは、【ケレス、祟り神の終焉を見る】だ。
あっ……、ラニーニャちゃんが……。
それに、あの人まで登場するんだ……。




