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№ 8 ケレス、昴で、雨上がりの太陽を感じる

 ケレス達は昴に到着し、ダーナの実り祭りの前夜祭に参加したのだが、そこで少年が暴れてしまい、祭りは混乱してしまう。そして、またもや根の一族の女が襲撃し、そこで、意外な状況となってしまう。

 船は、稲叢島の港に着き、そこでは色々な露店が拡がっていた。

「ねえ、ケレス。凄い店の数だね!」

 そこでミューから楽しそうに声を掛けられたが、

「ああ」

と、ケレスはあきらかに不機嫌な返事をしてしまった。

 何故なら、隣に高杉がいたからである。

(言っても仕方がないけど、イライラする‼)

 ケレスの顔は引き攣った。

 すると、

「ねえ、ケレス。あれ可愛い! あっ! あっちに美味しそうな食べ物もあるよ?」

と、ケレスの機嫌を直そうと何度とミューは話し掛けたが、無意味で、

もう、いい……」

と、溜息をつき、あきらめた。

 そして、ケレス達は無言のまま人込みの中を歩き続けた。

(しかし、人だらけだ。みんな昴に行くのか?

 店はここぞとばかりに値段、高いし……。誰があんな高い物を買うんだ?)

 そう思いながらケレスが店やら人やらを見ていると、

「あ、あれ⁉ ミュー? クリオネ? 何処に行ったんだ⁉」

と、ミュー達の姿が見えなくなっった事に気付き、

(やべっ‼ 俺、迷子か⁉)

と、時すでに遅しという事態に慌てたが、

(まてまて‼ 迷子な訳あるか‼

 そうだよ! みんな昴に行くんだから、みんなに付いて行けばいいだけじゃないか!)

と、開き直り、人の流れに従い進んだ。

(しかし、本当に人だらけだ……。イザヴェルより多くないか?

 てか、ミュー達何処に行ったんだ?)

 ケレスは目を皿にして歩いていた。

 すると、ある露店に目がいき、その店の前で足が止まった。

 その店はちょっとした土産屋で、多くの釣るされた鈴が並べられていた。

 その吊るされている鈴の下には土鈴が並べられており、その内の一つに、

(これ、クリオネに似てる……)

と、ケレスは目がとまったのだ。

 その土鈴は掌サイズで紅色、体に黄色の花弁が舞っている様な模様がある犬の土鈴だった。

 その土鈴を見て、ケレスはある事を思い出した。

 ある事とは、一〇年くらい前、ケレスがミューとニョルズの祭りに行った時の事である。

 その祭りをミューと二人で回っていると、ある店でミューがある物を欲しがった。

 それは、ニョルズの名物、風霊鈴ふうれいりんだった。

 風霊鈴はニョルズの名産物で、風の精霊のマナを享け、心地よい音を奏でる鈴だ。

 それをミューが何故欲しがったのかというと、ラニーニャが持っていたからで、

ミューはラニーニャの鈴を欲しがったが、それを断られていた。

 なので、ミューは自分の鈴をとても欲しがっていた。

 しかし、風霊鈴は当時のケレスにはとても高価で買えず、その時ミューは泣いた。

(そう言えばこういうの、ミューは好きだよな……。

 少しならバイトで貯めた金、使ってもいいか!)

 そして、ケレスはクリオネ似の土鈴を購入する事にした。

「お兄ちゃん、誰かにプレゼントだろ? ラッピング、どうするかい?」

 すると、にやにやしている店員に聞かれ、恥ずかしかったがケレスはそれを頼んだ。

 それからケレスがラッピングされた土鈴を見ながら歩いていると、足に何かが触れ、

「何だ?」

と、言って、ケレスが下を見ると、そこにはクリオネがおり、

「クリオネ⁉ 何処に行ってたんだよ?」

と、言ったケレスはしゃがみ、クリオネとの再会を喜んだが、

「何処か行ってたのって、ケレスよ? 探したんだから!」

と、腰に両手を当て心配そうな顔のミューと、その傍には、呆れ顔の高杉がいたので、

「ああ、ごめん。ちょっと色々見ていたら見失ってさ……」

と、ケレスが迷子になっていた事は見ぬかれており、

ケレスは恥ずかしくなって二人の顔を真面に見れなくなった。

 その時、土鈴はケレスのポケットに隠された。

「もう! しっかりしてね」

 すると、そう言ったミューからくすくす笑われ、

「しかし、よく俺を見つけられたな」

と、言ったケレスが、ほぉと息を吐くと、

「クリオネがいるから、簡単よ!」

と、言ったミューはクリオネを撫で、

「そっか! クリオネは犬だしな!」

と、言いながらケレスもクリオネを撫でると、

「犬じゃない。霊獣! 霊獣とか精霊はマナを感知できるの。

 だからケレスを見つけられたんだからね。クリオネに感謝してよ?」

と、言ったミューは、ふんっと息を鼻から出し、眉を下げ、

高杉は、はぁーと口で大きく溜息をついて、ケレスをチラッと見た。

「ああ、そういう事か! クリオネ、ありがとな!」

 その二人の呆れ顔から逃れる為、誤魔化す様にケレスがクリオネの頭を撫で続けていると、

「さっさと行くぞ」

と、高杉から目も合わさずにボソっと言われ、

(あーあ‼ 悪いのは俺だが、何かなぁ‼)

と、ケレスの顔は強張り、苛立ちを押さえながらもケレスは高杉に付いて行った。

 それから一〇分程歩くと厳重な検問所があり、そこに数人の人がいて検問所の門を見張っていた。

「ここを通るのか。どうやって入るんだ?」

 まじまじとケレスが足を止めその門を見ていると、

「黙って、付いてこい」

と、言った高杉の言葉は相変わらず少なく、その通りにすると門の前で一同は停められ、

「通行所を」

と、門番に言われた高杉は何かを見せた。

「どうぞ、お通りください」

 すると、それを確認した門番はすんなり通してくれたが、

(こんなもんでいいのか? てか、誰もが昴に行けるんじゃないのか⁉ 危なかった……)

と、ケレスは冷や汗を掻いてしまい、

「今度、迷っても知らんぞ」

と、それを見抜いてか、高杉がまたケレスを見らずに言ったので、

(くっそう‼ なぁーにが迷うだ‼ 誰がそんな事になるかってんの‼)

と、ケレスは心の中で舌を出して高杉に続き山道の入り口に着くと、

(まさか、この山を登るのか?)

と、言って、その舌を引っ込めた。

 ケレス達の前にはビフレスト山が聳え立っていた。

 水鏡の国の中心の島である稲叢島にビフレスト山はあり、ビフレスト山の中腹に昴はある。

 ビフレスト山には多くの精霊や霊獣、動物が住んでおり、

その中には守り神である四大精霊神もいる。

 四大精霊神はダーナと共にビフレスト山を守る事で世界樹を守り、

アマテラスを守っている精霊神である。

 そして、昴に行くにはこの山道を約一時間程かけて登らなければならなかった。

「ここ、登るんだね……」

 ビフレスト山を見上げたミューの顔に不安が滲んでいたので、

「そうだな。まあ、山道自体は綺麗で登り易そうだ!」

と、ミューを安心させようとケレスはそう言って余裕を見せたが、

「うん、そうだけど。結構、大変そう……」

と、ミューの不安が取れずにいると、

「若いから大丈夫だ」

と、高杉が会話に入りそのまま黙ってしまったので、

(このおっさん……。しれっと、話を聴いてるんかい‼)

と、険しい顔のケレスは高杉を横目で見てからビフレスト山を登り始めた。

 山道はそんなに厳しい登り坂ではなく道も手入れされており、綺麗だった。

 その山道の周りは自然に溢れており、樹には小動物や精霊をよく見る事が出来た。

「何か、見られている感じがする……」

 そんな彼等を見たミューが、きょろきょろすると、

「見ているんだ、奴らは」

と、言った高杉は彼等の視線を全く気にも留めていない様で

「えっ⁉ やっぱり見られてるんですか! 何か、怖いな……」

と、怖気ずいたミューがケレスの服を引っ張ると、

「何も悪い事してなければ、何もしない」

と、不愛想に高杉はそう言い放ったので、

(おっさんは感じが悪いぞ!)

と、ケレスは心の中でまた舌を出したが、

「ミュー、大丈夫。俺達は悪い事なんかしてねえし!」

と、笑いながらそう言ってミューを見ると、

「うん、そうだね」

と、言ったミューはケレスの服を引っ張ったまま少し笑ったので、

(服を離してほしいが……。まあ、いっか)

と、ケレスはそのまま山道を進んだ。

 一時間程すると昴が見えてきた。

 昴は祭りの準備が施されており、お祝いモードだった。

「うわぁ、何か凄く楽しそう! 人も、結構いるんだね!」

 その楽しそうな雰囲気で燥いだミューがケレスの服を放すと、

「昴自体は約百人程しか住んでいない。

 今日、明日は祭りに招待されている奴等が集まっているだけだ」

と、ケレスを見ていない高杉から教えられ、

「へぇ。そうなんだ」

と、ミューは普通に高杉と話しており、

(何か、このおっさん……。ミューには普通に話してないか?)

と、ケレスが眉間にしわを寄せながら高杉を横目でみていると、

「ミュー! よく、来たのぅ!」

と、声を弾ませた花梨が駆け寄って来た。

「か、花梨様⁉」

 その花梨を見たミューが手で口を覆うと、

「ミュー! 花梨様などと他人行儀な呼び方はやめてくれ‼」

と、言った花梨は嬉しそうにミューに抱き着き、

「ええええぇ⁉ 花梨様? どうなされたのですか?

 私なんかが呼び捨てなどと、恐れ多い事です‼ 出来ません‼」

と、言ったミューが花梨に抱き着かれたまま直立不動状態になると、

「ミュー、そう言うな! 其方は わらわの恩人ではないか?

 それに、わらわは其方の事を気に入ったのじゃ! だから、花梨と呼んでくれ!

 呼ぶまでは、わらわはこのまま其方を離さんぞ‼」

と、花梨は嬉しそうに瞳を閉じ、ミューをさらに抱きしめた。

(どこかで見た光景だ……)

 その二人をケレスが微笑ましく見ていると、

「これこれ、花梨様。ミュー様が困っておられますぞ?」

と、男の声がして、

「父上! こればかりは、譲れん‼

と、花梨が顔だけその男に向け言うと、

(父上? じゃあ、お父さんなのか、あの人……。

 だけど、いくら花梨様が救いの神子だからって言っても、

自分の娘に、様って付けるのって、どうなんだ?)

と、ケレスは違和感を覚えた。

 花梨の父は、四、五〇代くらいで、黒髪の短髪。

 そして、目力がある眼を持った端正な顔立ちをしており、

身長はケレスより大分高く、中肉中背の体型だった。

「花梨様には困りましたの。ミュー様、すまないが花梨様の願い、聴いてもらえぬか?

 花梨様はこの前あなた方とお会いしてからというもの、

あなた方の仲の関係を大層気に入られてな。

 ご自分もミュー様とそういう仲になりたいと、ずっと願っておられてまして……」

 その花梨の父は目尻を下げながら懇願したが、

「しかし、私なんかが何故?」

と、困惑したミューの眉は下がり、

「ミュー、駄目なのか?」

と、悲しそうな花梨がミューを見上げ言うと、

「駄目ではないのですが……。本当に宜しいのですか?」

と、根負けしたミューはそう言って花梨と視線を合わせ、

「勿論じゃ、ミュー‼」

と、言った花梨に笑顔が戻った。

 そして、

「では、あの。か、花梨……」

と、ミューが恥ずかしそうに花梨をそう呼ぶと、

「ミュー。嬉しいぞ‼」

と、言った花梨はミューに顔まで擦り寄せたので、

「ほっほっ。花梨様、宜しかったですな! いやぁ、本日はめでたいな!」

と、言った花梨の父の目尻は下がりっぱなしだった。

(ミュー、スゲェ‼ 花梨様に気に入られるなんて!)

 花梨の願いは叶い、感動したケレスにふるえがくると、

「おじ様!」

と、言った花梨は高杉の所に駆け寄り高杉から何かの袋を受け取ると、

その袋を大事そうに抱きしめたので、

「花梨、それは何?」

と、ミューが、興味津々な顔で尋ねたが、

「内緒じゃ! じゃが、後でミューにだけには教えてやるぞ!」

と、ミューを見て言った花梨の笑顔が弾けたので、

(何だそれ⁉ もうミューはすっかり花梨様のお気に入りかよ!)

と、思ったケレスはまたふるえに襲われた。

 それからケレス達は花梨の屋敷に案内された。

 そこは龍宮家の様な造りで靴を脱ぎ長い廊下を暫く歩くのは同じだったが、

龍宮家と違い、煌びやかさはないが高級感はあった。

(ひえぇ……。何か廊下も凄い。その辺の壺とか古くて、いかにも年代物って感じだし……)

 そして、ケレスがびくびくしながら踵を付けず歩くと、

「ここじゃ、わらわの部屋は」

と、言った花梨はある部屋の前で止まり、

「さあ、ミュー。入っておくれ。クリオネもの!」

と、言って、部屋の戸を開いた。

「では、花梨。お邪魔します」

 すると、ミューは軽く礼をして中に入り、それにクリオネも続いたが、

(俺はどうすればいいんだ? 入る訳にはいかないし……)

と、気兼ねしたケレスがその場で立ち尽くしていると、

「ケレス、何をしておるのじゃ?」

と、言った花梨は小鳥の様に首を傾げ、

「い、いやあ。俺なんかは、入れませんよ……」

と、ケレスが苦笑いをしながら言って首を横に振ると、

「何を言っておるのじゃ? 其方はミューの良い人であろう? ならば、入っても構わん。

 さっさと入ってたもれ!」

と、言った花梨からにこやかに見つめられ、

「な、なっ、何を言ってるんですか⁉ お、俺が、ミューの良い人だなんて??」

と、叫んだケレスは顔が赤くなっていくのがわかり、それはミューも同じだった。

 そして、

「其方等、わかりやすいのう!」

と、ケレス達を見ていた花梨から、ひらひらと手招きをされ、

(なんて、ませているんだ花梨様は‼)

と、赤い顔のままでケレスは花梨の部屋に入る事となった。

 花梨の部屋は、やはり広かった

 畳が敷き詰められた部屋には大きな木で造られた机があり、

壁には棚や風情のある絵が吊るされていた。

 その机の傍には座布団があり、そこに花梨は座り、ミューを隣に座らせ、クリオネがその真横に、

ケレスは机を挟んで花梨達とは反対側に座った。

「さて、これを見るかのう!」

 その花梨の部屋で花梨は先程の袋から嬉しそうに一冊の本を取り出し、

「花梨、それは?」

と、ミューがその本に目を転がして尋ねると、

「本来ならミューだけじゃが、今日は特別にケレスも見て良いぞ!

 これは、おじ様が外に行けないわらわの為に年に一度持ってきてくれる代物じゃ。

 外の世界がどの様な物か知れる様に写真を沢山撮って貼ってくれておるのじゃ!」

と、答えた花梨が本を拡げると、その本の中には自然を写したものから、街の様子、人々等と、

色々な風景を写した写真が貼られていた。

「ふむ、今年も良い写真ばかりじゃの……」

 すると、それを見た花梨は満足そうに頷き、

「本当ね、素晴らしい写真ばかり! これは高杉さんが全部撮ったの?」

と、ミューがその本を見ながら尋ねると、

「そうじゃ! おじ様が、わらわの為だけに集めてくれたのじゃ!

 毎年、わらわは楽しみにしておる。

 外に行けぬわらわは、これがないと外の様子がわからぬからの……」

と、答えた花梨は少し寂しそうな顔で下を向いてしまい、

「えっ⁉ 花梨は外に行けないの?」

と、驚いたミューは花梨と視線を合わせ様としたが、

「そうじゃ。わらわは、生まれてからずっと昴の外に行った事はないのじゃ……」

と、寂しそうな顔のまま笑って言った花梨とその視線が合う事はなかった。

「そんな⁉ どうして?」

 そして、そう尋ねたミューの瞳に花梨の寂しそうな顔が写ると、

「この世界には、まだ災いがおっての……。

 それに わらわが侵されぬ様にする為じゃ」

と、答えた花梨はその寂しさを息にのせて吐き、

(災い? やっぱり、何か起こるのか⁉)

と、ケレスが、ゴクッと唾を飲むと、

「そうじゃ! ミュー。其方の国の事を話してはくれぬか?

 おじ様は年に一度しかここに来れぬのでな。

 写真だけで話は聴いた事はないのじゃ!」

と、顔を上げて言った花梨は目を輝かせ、

「私の国の事ですか?」

と、言って微笑んだミューは宝珠の国について話しだした。

 蕾とやどり木の家の事、ニョルズの事、イザベルの事……。

 ミューの思い出を混ぜながらミューは話し、

それを花梨はとても興味津々に、そして楽しそうにずっと聴いていた。

「外はとても良い世界なのじゃな。一度は見てみたいのう……」

 すると、話を聴き終わった花梨は悲しく笑ったが、

「花梨。あなたが救ってくれたこの世界は素晴らしいものよ。

 特に私達の国は安全だから絶対、一度は来てほしい」

と、伝えたミューは花梨を見つめ、クリオネも鼻で、ヒューンと鳴きながら花梨を見つめると、

(花梨様はこの世界を救ったのに、一度もこの世界を見た事がないんだ……。何か、かわいそうだ)

と、ケレスの心は物悲しくなったが、

「のう、ミュー……。わらわ、其方の国を見てみたい……」

と、ミューを見つめた花梨が唐突に願いを告げた。

「其方とイブがいれば、災いから わらわを守ってくれよう? だから、その……」

 だが、花梨はここまで話すと目線を下げ、話す事をやめてしまった。

 そんな花梨にミューはそっと寄り添った。

 そして、

「花梨。あなたが救ってくれた私の国を是非見てほしい。イブさんとね!」

と、優しく言ったミューが花梨の両手をしっかりと握ると、

「ミュー……。本当か? わらわ、絶対に見に行くからのう。約束じゃ!」

と、言った花梨は顔を上げ、その花梨に笑顔が戻った。

(花梨様、良かった! しかし、ミューは変わったな。こんな事を言える様になるなんて……。

 王家で成長したのか?)

 そんなミューを見たケレスが一つ頷き、関心していると、

「随分楽しそうですな、花梨様。しかし、そろそろ準備をなさってください」

と、言いながら、目尻が下がっている花梨の父が部屋に入って来て、

「もう、そんな時間かの? 仕方がない。

 では、ミュー。約束忘れるでないぞ! わらわは必ず守るからの!」

と、言った花梨は立ち上がり、

「さて、ミューも行くぞ!」

と、言ったが、そのまま部屋を出て行こうとしたので、

「花梨?」

と、ミューは不思議そうに花梨の名を呼んだ。

 すると、

「今宵の前夜祭の準備じゃ。ミュー、其方も共に準備してくれ!」

と、振り返って言った花梨はにこやかに笑い、ミューに手招きをし、

「は、はい。花梨!」

と、返事をしたミューはクリオネと一緒に花梨に付いて行ったので、

「あの、俺はどうしたら?」

と、一人になったケレスが、じぃーと花梨の父を見上げ尋ねると、

「あなた様はこちらでお待ちください」

と、言われ、花梨の父から別の部屋に案内されると、そこには不機嫌な高杉がいた。

(えっ⁉ まさか、このおっさんと一緒に待つのか……)

 そして、嫌な顔が出てしまったケレスに、

「フン」

と、高杉は口ではなく鼻で何かを伝えてきたので、

(何なんだ? 全く‼)

と、イラっとしたケレスは歯軋りしながら高杉と顔が合わない様な所に座った。

 それから一時間程すると、花梨とミューが着飾ってケレス達の部屋に入ってきた。

「おじ様、どうじゃ?」

 まずは嬉しそうに花梨が振袖を振って見せると、

「ああ、良く似合う」

と、素気なく高杉は言ったが、

「そうか!」

と、花梨は飛び跳ねる程喜び、

(もう少し気の利いた事、言えねえのかよ?)

と、ケレスが心の中で舌を出してつっこんでいると、

「ケレス、どう? 着物なんて初めて着るんだけど……」

と、言ったミューも花梨と同じ様に振袖を振って見せて来たので、

(水鏡の国の人が着ていた服は、着物と言うのか!)

と、ケレスは理解した。

 ミューは髪をアップにし一つにまとめ、髪飾りをいくつか付けており、それらは揺れていた。

 着物のベースは紅色で、何かの花が描かれており、その花の花弁が少し舞っている模様だった。

 そして、腰には黒い帯を巻き、後ろで結んでいた。

「ああ、似合うよ」

 結局、高杉と同じ事しか、言えないケレスに、

「んっもう! もうちょっと何か気の利いた事は言えないの?」

と、言ったミューは機嫌を損ね、頬を少し膨らませたが、

「これからクリオネが宝珠の国のかがり火を捧げるの。ケレス、一緒に来て!」

と、誘ってきたので、

「かがり火?」

と、ケレスが首を傾げると、

「宝珠の国と昴の有効の為、宝珠の国のマナを昴に捧げるの。クリオネの炎を介してね。

 その炎は昴を守るかがり火として前夜祭でビフレスト山を周るんだって!」

と、ミューはクリオネを撫でながら説明し、

「はあ、それはまた、凄いなぁ……」

としか言えなかったケレスはミュー達に付いて行き、

途中で花梨達と別れたがミューとクリオネと共に花梨の家の前庭まで行った。

 すると、外は既に暗くなっていたがそこに多くの着物を着た人や正装の服の人が集まっており、

その中心には牧が組まれていた。

 そして、その牧の前に櫓が組まれており、その一番上に花梨が登ると、

集まった人からは地響きがする程の大歓声が沸き起こった。

(すげぇな……。さすが、花梨様!)

 ケレスがその空気に飲まれ、動けずにいると、

「今宵、宝珠の国からかがり火が奉納される。皆、それに感謝せよ!」

と、花梨の言葉でまた大歓声が沸き起こり、

「宝珠の国の時期女王、ミュー! そのかがりに火を!」

と、花梨が指示すると、ミューは頷き、かがりにクリオネと朋に近づいた。

 ミュー達が一歩ずつ歩く度に歓声が沸き起こり、その場は盛り上がった。

 そして、ミュー達がかがりの傍に着くと、ミューが一礼しクリオネに火をともす様に促し、

、クリオネはミューの指示通りに火をともした。

 すると、かがり火が一気に燃え上がり、辺りは明るくなり、

さらに温かさまで加わったので、この場はとても幻想的な光景となった。

 それから集まった人からは祝福の言葉が多く聞かれ、櫓に花梨の父が登場した。

「皆、今宵宝珠の国からダーナを守るかがり火が届いた。この力に感謝と、祝福を‼」

 そして、花梨の父の言葉で、さらに祝福と感謝の言葉が大きくなった。

「花梨様、今宵は、本当にめでたいですな!」

 祭りが最高潮になり、花梨の父が花梨にそう言った時、

「何がめでたいんだ‼」

と、その場の声をかき消す男の声が響き、

「何だ⁉ あいつ‼」

と、驚いたケレスがその声の主を見ると、それは少年だった。

 その少年はケレスより年下に見え、身長はケレスより低く、

髪は金髪で腰までの長毛、目は黒色で肌は、色白のベージュ色だった。

 服装は黒をベースとした地味な格好だったが、その格好がこの場では逆に目立った。

「みんなで楽しそうだな。えぇっ‼」

 すると、その少年はいきなり怒鳴って祭りの飾りを蹴飛ばしてしまい、

それが他の飾りにぶつかり、ガシャーン!と大きな音が鳴った。

 そして、その音を聞いた祭りに集まっていた人は悲鳴を揚げ、逃げだした。

「やめなさい‼ 今宵を何と心得ているのか‼」

 その混乱の中、花梨の父が櫓から身を乗り出し怒鳴ったが、

「お前こそ、今日が何の日かわかってるんだろうなぁ? えぇっーー‼」

と、櫓を見上げたその少年は言葉を返し、

(何だこいつ⁉ 何か危なそうだ‼)

と、ケレスは感じ、

「ミュー、離れるぞ!」

と、叫んでミューを引っ張りその場から逃がそうとしたが、

その少年が今度はかがり火を蹴っ飛ばし、そのかがり火が花梨がいる櫓へと飛び火した。

「花梨‼」

 その火を見たミューは叫んだが、火は櫓を勢いよく燃やし、花梨とその父は逃げ場を失ってしまい、

「どうしよう、ケレス……。また、クリオネの炎のせいでこんな事になっちゃった……」

と、呟いたミューは小刻みにふるえ出し、その場から動けなくなり、

「ミュー、とりあえず、ここを離れるぞ‼」

と、言ったケレスがミューを引っ張ったが、それでもミューは動けず、

まるで蕾とやどり木の家が焼けた時を見ている様にミューは放心状態になっていた。

 ケレスは、どうする事も出来ずにいた。

 だが、リーンと姉の鈴の音が聞え、

「ミューちゃん⁉ 大丈夫?」

と、叫びながらラニーニャが走ってきて、

「ミューちゃん。ここは危ない。離れよう」

と、言って、ミューを優しく抱きしめると、

「お姉ちゃん、どうしてここに?」

と、ミューは反応し、

「今は、非難が先よ」

と、言って、ラニーニャがミューを安全な所に誘導したので、

(姉ちゃん、助かった!)

と、ケレスは安心し、ケレスも非難した。

 その後、すぐに火は消し止められたが、櫓は黒焦げになり崩壊していた。

 焦げ臭い臭いが残る中、

「花梨、何処?」

と、叫びながらミューが花梨を探すと、

「ここじゃ、ミュー!」

と、元気な花梨の声が聞こえ、その方へ行くと花梨には怪我はない様に見え、

「花梨、良かったぁ‼ どこも、怪我をしてない?」

と、ミューが心配すると、

「見ての通りじゃ!」

と、言った花梨は元気に体を軽く動かし、

「そっか!」

と、ミューがほっとしていると、誰かが何かを叫んだ。

 それは、花梨の父が、櫓の下敷きになっていたからだった。

「父上ーーー‼」

 そして、泣きながら花梨が花梨の父の所へ駆け寄ったが、反応はなく、

「目を開けておくれ‼ 父上‼」

と、花梨の父を揺さぶって泣きじゃくりながら何度も呼んだが、花梨の父はピクリともしなかった。

 すると、

「お姉ちゃん、花梨のお父様を助けて‼」

と、ミューがラニーニャを見て言ったが、ラニーニャは帽子を深くかぶり、下を向いて返事をせず、

「お姉ちゃんたら‼ 早く‼」

と、ミューが怒鳴ると、ラニーニャは我に返ったがその顔色は悪く、何故かふるえており、

肩に乗っていた たぬてぃまでもふるえていた。

「姉ちゃん、たぬてぃ、大丈夫か?」

 そして、心配になったケレスは眉を顰め聞くと、ラニーニャは下を向いたまま小さく頷き、

「ミューの姉、其方は父上を救えるのか? だったら、早く、頼む‼」

と、必死の花梨の訴えにラニーニャは花梨の父に近づき、治癒術を施しだしたが、

普段より光の輝きは弱く、

(姉ちゃん、どうしたんだ? 何か様子がおかしい⁉)

と、思いながらケレスがラニーニャの様子を窺っていると、

花梨の父の治療を終えたラニーニャは無言でその場を去ろうとした。

 しかし、

「待て! 其方。まだ礼を……」

と、叫んだ花梨がラニーニャの腕を掴むと、

「離して‼」

と、叫んだラニーニャは花梨を突き飛ばしてしまった。

「お姉ちゃん⁉ 花梨に何するの‼」

 すると、ミューはラニーニャを睨みながら怒鳴りつけ、

「ごめん……」

と、一瞬ミューを見たラニーニャは目を反らし、今にも泣きそうな顔で呟いたので、

「なあ、ミュー。そんな言い方をしなくてもさぁ。姉ちゃんも、ワザとじゃないんだし」

と、そんな状況を見兼ねたケレスは言葉だけでなく両手を使い事態を収め様としたが、

ミューも、ラニーニャも一言も喋らず、

(何で、二人共、喋らないんだ……)

と、その両方の手を下して途方にくれていると、

「ははっ。あんた、本当に馬鹿だな‼ そんな奴助けるなんてさ‼」

と、笑いながら先程暴れた少年が少し火傷を負った状態で現れ、

「其方! わらわを助けてくれた……」

と、花梨がその少年を見て言ったが、

「はあぁっ? 寝惚けた事を言ってんじゃあねえぞ‼ そんな事してねぇし‼」

と、その少年は今にも花梨に殴りかかる勢いで花梨を睨み怒鳴った

「じゃあ、馬鹿な事するの、今度で最後にしよう。二人ともさ……」

 すると、泣き顔のラニーニャはその少年に治癒術を施した。

 だが、今度は光の輝きはいつも通りだった。

 そして、治癒術が終わるとその少年は申し訳なさそうな顔をしてラニーニャを見つめ、

「悪かった……。あんたに、そんな顔させるつもりはなかったんだ……」

と、軽く頭を下げたが、ラニーニャはその少年と目も合わさずに離れてしまい、

(何だ、姉ちゃん⁉ こいつと知り合いか?)

と、思いながらケレスがラニーニャを見ていると、パチパチッと拍手の音がし、

「最高! あんたの、暴れっぷり!」

と、上機嫌の根の一族の女がまた現れた。

「お前何でこんな所に⁉」

 その根の一族の女を見たケレスは身構えたが、

「あんたになんか用ないの! ねぇ、そこの彼、私と一緒にこの世界を壊しに行かない?」

と、ケレスに舌を見せた根の一族の女はその少年を色っぽく誘惑し、

「いいねぇ。そういうのってさ! 俺、好きだぜ?」

と、その少年は笑いながら誘いに乗ったが、

「駄目! さっき、もう馬鹿な事しないって言ったじゃない‼」

と、厳しい顔のラニーニャにそれを制されると、

「冗談だって……。あんたは、もう、すぐ本気にする……」

と、呟いたその少年から笑みは消えた。

 すると、ラニーニャは、ほっとした顔になったが、

パンッ!と根の一族の女がラニーニャの左頬をいきなり はつった。

 そして、ラニーニャは何が起きたのかわからないといった顔をで、ぼーっとしていると、

「あんたさあ……。何かムカつく‼ 弱い癖に私の邪魔ばかりしてさぁ‼

 そういう奴、私、大嫌いなのよねぇ‼」

と、怒鳴った根の一族の女は鞭を地面に叩きつけた。

 すると、巨大なクレイドールが地面から生え、その拳でラニーニャを握り締め、

「姉ちゃん⁉ 姉ちゃんを離せ‼」

と、ケレスは叫んだが、

「嫌よ! だって私、こいつのせいで痛い目に合ったんだから。仕返ししなきゃ気が済まない‼」

と、根の一族の女はせせら笑いながら言って、クレイドールにもっと拳を握る様に命じた。

 すると、その拳の中で苦しんでいるラニーニャを助け様とその拳に たぬてぃが噛みついたが、

ラニーニャを解放する事は出来ず、

「てめえ、その人を離せ‼」

と、怒鳴ったその少年が、根の一族の女に飛びかかろうとしたが、

「あのさぁ……。私を袖にした奴に、もう、用なんか、ないの‼」

と、冷たく言った根の一族の女が地面に鞭を叩きつけると、

もう一体のクレイドールが根の一族の女の傍に生えた。

 そして、そのクレイドールはその少年を遠くまで殴り飛ばしてしまい、

その様子を見たラニーニャは何かを言おうとしたが、苦しくて上手く声を出せなかった

(どうしよう……。このままじゃ、姉ちゃんが危ない‼)

 ケレスはラニーニャを助ける為、傍に近づこうとした。

 だが、周りにいた人達は皆、叫びながら逃げ出し、

「花梨様、お逃げください‼」

「ミュー様、こちらです!」

等と言って、花梨とミューを優先的に逃がしている様で、

「そんな⁉ 誰か、力を貸してくれ‼ 姉ちゃんを助けてくれ‼」

と、ケレスは叫んだが、誰もその言葉を聞く者はおらず、

「あーあ! あんた、誰も助けてくれないみたいよ? 何か、かわいそう……。

 でも、まあ仕方ないよね! じゃあ……。そろそろ、何して仕返し、しようかな?」

と、言った根の一族の女は、ペロリと唇を舐めた後、笑みを浮かべ、

「そうだ! 私の怪我の代償、あんたのマナで払ってもらおうかな?」

と、何かを思いつき、笑みを浮かべながらラニーニャの首を左手で握った。

 すると、ラニーニャの体が白く光、その光は根の一族の女に取られていき、

そして、ラニーニャはクレイドールの拳の中でぐったりとした。

 ところが、根の一族の女から笑みは消え、驚いた顔になり、

「な、何で⁉ どうして、キチョウ?」

と、根の一族の女は急に態度を変え、クレイドールの拳を緩めさせ、

「ごめんね。あなたにこんな事、するつもりはなかった……。キチョウ、やっと見つけた……。

 もう、離さないから……。一緒に帰ろう!」

と、言いながら、ラニーニャを穏やかな顔で優しく抱きしめた。

(な、何してんだ⁉ あの女。何にせよ、姉ちゃんがヤバい事には変わらない。何とかしなくちゃ‼)

 そして、ラニーニャの危機を感じたケレスはラニーニャを助け様としたが、

「邪魔は、させない」

と、言った根の一族の女はケレスを戦慄の目で睨み、クレイドールをもう一体生やし、

「げっ⁉ 何しやがる‼ あんなのが三体って……。とりあえず、姉ちゃんを返せ‼」

と、怒鳴ってケレスは闘おうとしたが、

「あんた達……。私の大事なキチョウ、返してもらうね」

と、言った根の一族の女はクレイドールにラニーニャを握らせてしまい、

(くっそう‼ どうすればいいんだ?)

と、ケレスが動けず考えていると、

「情けない……」

という中年の女の声がしたが、ケレスの周りには誰もいなかった。

「誰だ⁉」

 その声にケレスは怒鳴り、辺りを見渡していると、

「返して‼ そのコ、私のよ‼」

と、何故か根の一族の女が叫んだので、ケレスがラニーニャの方を見るとラニーニャの姿はなく、

ラニーニャを握っていたクレイドールの腕は崩れ落ち、しかも、クレイドールは黒い炎で燃えていた。

「どうなってんだ⁉ 姉ちゃんは?」

 そして、ケレスが叫びながらラニーニャの姿を探すと、

いつの間にか根の一族の女から離れた処に見知らぬ男性が立っていた。

 さらに、その男性の傍には白く、高さはその男性の肩くらい、体長は二メートルくらいの虎がいて、

その背にラニーニャは載せられており、まだ意識はない様だった。

)何だ⁉ あの白い虎の化け物は‼ それに、あの人、味方なのか?)

 その男性達を見たケレスが混乱していると、現れた男性は無言でその場を白い虎と共に去った。

 しかし、それは去ったというより、闇に消えた。

「ちょっと、何処に行ったの⁉ 返して‼」

 すると、根の一族の女がキョロキョロしながら叫んだが、ガラガラと大きな衝撃音がし、

「何⁉ 何の音だ?」

と、ケレスが音の方を見ると、クレイドールは残り二体共砕けていて、

ケレスの近くにあったクレイドールの傍には機嫌の悪そうな高杉がいた。

「おっさん……」

 その高杉を見たケレスの口から思わずその言葉が漏れると、

「おっさんで悪かったな! さっさと、たぬきにあいつを探させろ‼」

と、高杉から怒鳴なれたが、その言葉に、たぬてぃがムッとした顔をしたので、

「あああ、ごめん。てか、たぬきって、もしかして、たぬてぃの事か?」

と、ケレスが、たぬてぃに目を転がして聞くと、

「たぬき、早く行け‼」

と、高杉から睨みつけられた揚げ句、大声で怒鳴りつけられ、

「よくわからないけど、たぬてぃ、姉ちゃんを探すの手伝ってくれ‼」

と、ケレスは、たぬてぃを抱きかかえて案内させた。

 たぬてぃの言う通りに進んだ方向は、ビフレスト山の麓だった。

「なあ、たぬてぃ。疑う訳じゃないんだが、こっちであってるか?」

 そして、ケレスがミューの言葉を思い出しながら たぬてぃを見ると、

たぬてぃは鼻息で、フンッと返事をし、

(良いって事か? 本当に大丈夫かよ?)

と、疑心暗鬼になりながらもケレスは、たぬてぃの指示通りに進んだ。

 山道は今は暗く足元はほとんど見えなかったが、

それでもその中を たぬてぃを信じてケレスは進み一時間もかからず、ビフレスト山の麓に着いた。

「でっ、たぬてぃ。姉ちゃんは、どっちだ?」

 ビフレスト山の麓に着いたケレスが息を切らしながら聞くと、

たぬてぃは人気のない方に顔を向け、行きたい方向を示した。

 そして、その方向に行くと、薄明りの中、昴で消えた男性がしゃがみ、

その傍に、ラニーニャは横たわっていた。

「姉ちゃん‼」

 ラニーニャの傍にケレスが駆け寄ると、その男性から無言で見つめられ、

ケレスの足は止まってしまった。

 その男性は暗くてよくわからないが、身長はケレスより高め、短毛、

服装はジャケッととパンツスタイルの正装で、金色のカフスボタンを付けている様だった。

 すると、その男性は暫くケレスを見つめてから、口を開いた。

「この者は、お前の知り合いか?」

 そして、聞かれたケレスが頷くと、

「そうか……」

と、その男性は一言だけ言って、ラニーニャの顔を見つめ、その場を去ったので、

(何なんだ、あの人?)

と、思ったが、ケレスはラニーニャの傍でしゃがみ、

「姉ちゃん、大丈夫か?」

と、声を掛けたが、返事はなく、

(どうしよう……。姉ちゃん、顔色悪いし。誰か人を呼ばなきゃいけない‼)

と、考えていると、

「まったく、困ったものじゃ……」

と、辺りに人はいないのに、何処からか老人の男の声が聞えた。

「誰だ⁉」

 その声に恐怖を感じつつも、ケレスが辺りを見渡し叫ぶと、

「おい、お前さん。しっかりなされ! ベコよ、頼んだぞ!」

と、ケレスの足元から声がしたが、

「はっ⁉ 何だ、こいつは⁉」

と、ケレスは絶叫した。

 何故なら、声の主は鼻先から尻尾の付け根までが約五センチメートル程、

尻尾の長さはそれより少し長めの灰色の鼠だったからである。

 しかも、その鼠はその鼠より少し大きめの赤色の牛に起座姿勢でいたのだ。

(何で、鼠が喋るんだ? しかも、赤牛に座ってる⁉)

 その鼠を見たケレスが混乱し、何度も瞬きすると、赤色の牛が、赤い光を出し始めた。

 その光はまるで木漏れ日の様で、丸い光がふわふわと赤色の牛から沸きあがり、

その光がラニーニャに降り注がれ吸収されると、ラニーニャは目を開けた。

「姉ちゃん⁉ 良かった、気が付いて‼」

 そのラニーニャを見て、ケレスがほっとすると、

「ケレス君? ここ、何処?」

と、言って、ラニーニャは起き上がったが、まだ、ぼーっとしていて、

「姉ちゃん、覚えてないのか?」

と、聞いたケレスの気が抜けると、

「これこれ! お前さん。時間は大丈夫なんか?」

と、鼠から話に割り込まれ、

「へっ? ひえぇぇ⁉ 今、何時? 帰りの飛行機に乗り遅れるぅ‼」

と、叫んだラニーニャは、たぬてぃを連れて一目散に何処かに走って行ってしまった。

「あっ、姉ちゃん。何処に行くんだ?」

 そして、しゃがんだまま聞いたケレスに、

「ケレス君、ごめん! 私、これから飛行機で帰るんだぁ!

 明日、先生に頼まれている事がおおくって、早く帰らないと!」

と、ラニーニャは軽く振り返りながら言って、ラニーニャの声と姿は闇に吸い込まれていき、

「ええぇぇ⁉ 姉ちゃん……?」

と、ケレスはその場に呆然となり、そして、その場はケレス以外誰もいなくなった。

 ケレスはまるで狐にでも抓まれた様な気がしたが、それは恐らく現実だった。

 そんなケレスは門番に一言申し入れ、またビフレスト山を一人で登り昴に着いた。

 そして、

「あいつは、どうした?」

と、待ち構えていたムスッとしている高杉に聞かれ、

「帰った。飛行機で」

と、ケレスが淡々と答えると、

「な、何だと⁉ 何で、一人で帰らせた‼」

と、怒鳴った高杉は眼鏡がズレる程取り乱し、

「飛行機に間に合わないから」

と、それでもケレスが棒読みで答えたので、

「ケレス、どうしたの? 何か変だよ?」

と、同じく待っていたミューがケレスの異変に気付くと、

「鼠って喋るのか? 疲れた……。眠りたい……」

と、呟いたケレスはそのまま意識を失った。

 そして、夢を見る事なくケレスは次の日を迎えた。

 その日は少し肌寒く、外は薄暗く、しとしとと、雨が降っている様だった。

「今、何時だ?」

 そんな中、目を開けたケレスが言うと、

「もう昼だよ、ケレス。心配したんだから‼昨日、あのままいきなり、眠っちゃうんだから‼」

と、そこには、涙目のミューがいて、

「ごめん、ミュー。でも、もうそんな時間か。お前、本祭に行かなくていいのか?」

と、ぼんやりとしているケレスが聞くと、

「うん、いいの。本祭は中止になっちゃったし」

と、悲しそうにミューは答えた。

「何だって⁉ まさか、昨日の事で中止になったのか‼」

 すると、眠気が吹っ飛んだケレスは叫びながら起き上がり、

「ううん、それだけじゃないの。一番の原因は、今日の雨なの」

と、言ったミューは寂しそうな顔で首を横に振り、。

「雨だって? このくらいの雨で中止になるのか?」

と、外を見たケレスが首を傾げると、

「ダーナの実り祭りの本祭りは、一一年間ずっと、雨だったみたい。

 今年こそ晴れてアマテラス様を迎えれると花梨は思ってたみたいなんだけど……。

 それが、駄目になっちゃって……。花梨が祭りに参加出来る状態じゃないの」

と、ミューの静かな説明が聞え、

「雨は花梨様のせいじゃないのにな……」

と、言ったケレスの心が外の雨の様に悲しくなると、

「うん。だけど、花梨は凄く落ち込んじゃってて……。

 私、どうしたらいいのかな?

 何か、出来る事があればいいんだけど……」

と、言ったミューの声も外の雨の様になってしまったが、

「そうだな……。ミュー。昨日の約束を実行させてみるとかは、どうだ?」

と、ケレスがミューを見て提案すると、

「そっかあ! その手があった。花梨を元気付ける事が出来るかも!」

と、言ったミューの顔は晴れた。

 それからケレス達が花梨の部屋の前まで行くと、花梨の泣き声が聞こえてきた。

「花梨、まだ、泣いてるね……」

 そして、ミューが戸の奥の花梨に思いを寄せると、

「そうだな。何とか泣きやんでくれたらいいんだけど……」

と、ケレスは不安になったが、

「花梨? ミューです。ちょっと、話をさせてほしいんだけど。開けても、いいかな?」

と、ミューが花梨の部屋の戸をトントンと叩き、暫く待つと、

「入れ」

と、戸が開いたが、開けたのは高杉で、

「高杉さん。どうして?」

と、驚いたミューが聞いたが、高杉はそれを無視し部屋を出た。

(何してたんだ、あのおっさんは?)

 暫くケレスが高杉の背を見ていると、

「ミュー、どうしたのじゃ?」

と、少しかすれた声の花梨に聞かれ、

「花梨、入るね」

と、言って、ミューは花梨の部屋に入り、ケレスも続いた。

 そして、部屋に入ると、そこには目が腫れる程泣いていた花梨がいた。

「すまぬのう。わらわ、アマテラスを迎える事が出来んかった」

 だが、花梨はミューを真直ぐ見つめ、はっきりとそう告げ、

「ううん、花梨のせいじゃないよ」

と、言ったミューは首を横にふり、

「花梨。今度、私の国に来てほしい。きっと、晴れるから」

と、言って微笑むと、

「えっ、ミューの国に? じゃが、わらわはやはりここから出る事は出来ぬのじゃ……」

と、言った花梨は俯いてしまったが、

「約束って言ったじゃない! 花梨のお父様に頼んでみようよ!

 イヴさんや、私のお父様にも頼んで、みんなでそう出来る様にしよう!

 きっと、出来るから。災いから、花梨を守るから!

 私、花梨に、花梨が救ったこの世界を実際に見てほしいの。

 どれだけこの世界が素晴らしく、美しいものか、自分の目でね!

 そして、私、花梨にはずっと笑顔でいてほしいの!」

と、ミューが花梨を見つめ必死に訴えると、

「ミュー……。わらわ、行ってみたい……。其方の国に!」

と、顔を上げて言った潤んだ瞳の花梨の顔は笑顔になり、

「うん、来て。私の国の自慢できる所、いっぱい紹介するから!」

と、言ったミューも笑顔で花梨を見つめると、

「ミュー、約束してくれ! 其方の国をみせると!」

と、笑顔の花梨の目から涙が一粒零れ、

「約束する、花梨。だから、花梨も約束して。私の国に、来るって!」

と、同じく涙を零したミューの言葉で、二人は指切りをした。

 そんな話をしていると雨は止んだ様で、薄日が部屋に刺してきた。

 それは、まるで花梨の笑顔が雨を止ませ、太陽のぽかぽかした温かさを招き、

部屋を暖めてくれた様だった。

 そして、ケレス達は昴を去る事となり、帰りは飛行機に乗りイザベルに直行したので、早く着いた。

 だが、イザヴェルに到着した時には夕暮れだった。

 それでもケレスはすぐに高杉の仕事場に向かった。

(姉ちゃん、大丈夫か?)

 そして、不安を抱えながらもケレスが高杉の仕事場の前に着くと、

中から楽しそうな声が聞こえてきたので、

「あの、こんにちは」

と、声を掛けてケレスが中に入ると、

そこには、ラニーニャとジャップ、アルト、それに、たぬてぃがいた。

「おっ、ケレス。どうした?」

 すると、笑っているジャップに聞かれ、

「三人共、何してるんだ?」

と、ケレスがその三人+一体を見て聞くと、

「姉貴の手伝いだ。それに、アルトが姉貴に会いたいっていうからさ。連れて来てやったのよ!」

と、ジャップは陽気に答え、

「先輩に用があるだけだったんだけど……。何で、君までいたんだい?

 話が出来なかったじゃないか、ジャップ!」

と、言ったアルトは眉間にしわを寄せジャップを睨んだが、

「まあまあ、いいじゃないか! 手伝いも終わった事だしさ!」

と、言ったジャップからアルトは肩をバッシッ!と叩かれてしまい、

「いったいな! 全く、君は乱暴なんだから!」

と、怒鳴ったアルトはジャップから離れて睨んだが、

「二人共、ありがとう。今度、何かお礼させてね」

と、嬉しそうなラニーニャに言われると、

「先輩⁉ そんな、礼なんていりませんよ‼」

と、言ったアルトは真面にラニーニャを見る事が出来ずにいたが、

「おっ! じゃあ、姉貴、俺達にアップルパイ作ってくれよ! アルトにも、食わしてやりたいし!」

と、普通にラニーニャを見れているジャップが提案すると、

「いいよ。でもアルトはそれでいいのかな?」

と、ラニーニャはアルトを見て聞いたが、

「そ、そんな⁉ 僕こそ、作ってもらえるんですか?」

と、答えたアルトは照れて指遊びを始めてしまい、

「勿論よ。まかせて、アルト!」

と、ラニーニャが、ふふっと笑って言うと、

「姉貴、俺の分、忘れんなよ!」

と、言ったジャップは二人の間に入り、

「わかってるって!」

と、言ったラニーニャは笑って頷き、

「ケレス君、ところで、どうしたの? 何か用があるの?」

と、ケレスを見て聞いてきた。

 そのラニーニャとケレスは目が合った。

(何か、言いにくい……。また、次の機会にしよう。今は、姉ちゃんが無事ならそれだけでいいや!)

 そして、ケレスはそう思い、

「姉ちゃん、ただいま!」

とだけ伝えると、

「おかえり、ケレス君。お疲れ様!」

と、言ったラニーニャは笑顔をくれた。

 そして、ケレスはまた、王宮生活に戻る事となった。

 ケレス君、高杉さんは、格好良かったでしょ? 唯の、おっさんじゃないんだよ!

 えっ⁉ やっぱり、おっさんだって⁉ そ、そんな、馬鹿な‼

 ごめんなさい……。イメージとしては、格好良いおじ様だったんだけどなぁ……。

 でも、その内、高杉さんの魅力がわかる日が来る‼

 作者の私が言うんだから、絶対だ‼

 そんな話の前に、次回の話は、【ケレス、祟り神に遭遇する】なのだ。

 気を付けてね、ケレス君。


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