№ 7 ケレス、高杉と会う
ケレスは、またヒロの命令により、ミューと昴に行く事となった。そこで、憧れだった高杉と会うのだが……。
家族旅行から帰ってきて早一週間。
ケレスの王宮生活は何も変わっていなかった。
(はあ、どうしよう……。このままじゃいけないのに……)
これから何か起きるのかや、ミュー達はそれにどう立ち向かうのか等々、考えても仕方がない事。
そして、イザヴェルでの一人暮らしの方法や、アカデミー受験、学費等々、
目の前の現実問題を考えると何も考えが浮かばず、ケレスはまた大きな溜息をついた。
「何だ、その大きな溜息は? 幸せが逃げてくぞ?」
すると、そう言ったヒロがにやにやしながら窓から侵入し、
「う、うわっ⁉ 殿下‼」
と、驚いたケレスが叫ぶと、
「ヒロ、行儀悪いぞ。それからあまり彼で遊ぶな。嫌われてしまうぞ?」
と、ニックは普通にドアから入って来て言ったが、
「嫌われて結構! こいつの反応が面白くて、やめられん!」
と、言ったヒロはにやにやしっぱなしだった。
「あの……。俺に何か用があるんですよね?」
相変わらずケレスを揶揄う事を楽しむヒロに、ケレスが目を転がして尋ねると、
「ああ、そうだった! お前、またミューに付き合え」
と、要件を思い出したヒロは頷いて答え、
「はあ……。今度はいつ、何処にでしょうか?」
と、ヒロに逆らえない事を知っているケレスが溜息をついてまた尋ねると、
「今度も昴だ。そして、明日だ!」
と、答えたヒロは満足そうに笑い、
「また、いきなり⁉ どうしてですか?」
と、言ったケレスの鼓動が速くなると、
「明日はダーナの実り祭りの前夜祭なんだ。
その祭りと、明後日の本祭りにミュー様が招待されてね。
それに君も同行してほしいんだ」
と、ニックは爽やかに笑いながら説明した。
ダーナの実り祭りとは、昴で一年に一度行われる祭りである。
一年間のこの世界の平和と安定をダーナの一族がマナを通してアマテラスに捧げ、
そして、アマテラスから恵の光を享けるといった事が行われる祭事だ。
「えっ⁉ それって滅多に行けないやつですよね‼ 俺なんかが参加していいのか?」
ニックの説明を聴いたケレスの鼓動がさらに速くなると、
「ああ、勿論だ! それに今年こそは本祭も晴れると思う。
そうしたら君もアマテラス様の恩恵を享けれるかもしれないよ」
と、言った爽やかな笑顔のニックは頷き、
「アマテラス様の恩恵って、何ですか?」
と、言ったケレスが首を傾げると、
「まあ、もらえたら良い事があるってやつだ。お前がもらえるとは思えんがな」
と、言ったヒロがほくそ笑みながらケレスを見ていたので、
(はいはい、そうですか‼ 俺はどうせそんな大それた物、頂けないですよっと‼)
と、ケレスは心の中で愚痴りながら明日、昴に行く事になった。
次の日、まあまあ睡眠がとれたケレスは早朝、集合場所である謁見の間に行った。
だが、今日はジャップとラニーニャの姿はなく、
その代わりに見た事のない不機嫌そうな男性が立っていた。
(誰だ、このおっさんは?
何か近寄りにくいな……)
ケレスがそう思いながらその男を見ていると、
「ケレス、おはよう」
と、お洒落な格好をしたミューから声を掛けられ、
「ミュー、おはよう。あの、この人は誰?」
と、ミューに目を転がしたケレスが聞くと、
「ケレス、この人が、高杉さんよ。今回、私達に同行してもらえる事になったの」
と、紹介したミューは嬉しそうに笑ったが、
「あ、あなたが、高杉さん⁉」
と、叫んだケレスは高杉をまじまじと見てしまった。
ケレスの想像していた人物とは程遠いその男は、五〇歳くらいで、
身長はジャップよりは低いが、ケレスよりは大分、高かった。
そして肌はベージュ色、髪は寝癖がある黒色の短毛、髪と同じ色の口髭を鼻の下だけ生やしていて、
深めの茶色の瞳に眼鏡を掛けていた。
その高杉は眉間にしわが寄っており、目もあまり開けてない為、機嫌が悪そうな顔に見えた。
さらに、彼の周りには煙草の匂いがした。
(何か違う……。威厳とか、〇だし、怖い……)
高杉の理想が壊れてしまったケレスの眉が下がると、
「ケレス、自己紹介したら? 会いたかったんでしょ?」
と、ミューに促され、
「あ、そうだ! あの、俺、ケレスって言います。初めまして。ずっと、お会いしたかったです」
と、気を取り直しケレスは自己紹介をしたが、
「はあ」
と、返答はそれだけで、変わった声の高杉はケレスを全く見なかったので、
(うわあ⁉ 声まで想像と違う‼ 何か、高い。そして、カンジ悪っ‼)
と、高杉の第一印象があまり良くないなとケレスは思いながら出発する事となってしまった。
今回の旅はミラまで精霊列車で行き、船で水鏡の国まで行き、そこから徒歩で昴まで行く様だった。
昴は水鏡の国の中で一番大きな島 稲叢島にあり、
その島は他の小さな水鏡の国の島々に囲まれている。
その道中で、
「なあ、ミュー。
水鏡の国に行くんならわざわざ船で行かなくても、
イザベルから直接飛行機で行った方が早くないか?」
と、ふと気になった事をケレスが聞くと、
「うん。だけど、船に乗ってみたかったの。帰りは飛行機だからすぐ帰りつけるよ」
と、何故かミューは元気なく答えたので、
「そっか……」
としか、ケレスは言えなかった。
(どうしたんだ? 何か俺また悪い事言ったか?
こういう時、兄貴や姉ちゃんがいたら良かったのに‼)
ニューとの間に流れている気まずい空気を打開する為、ケレスはミューと色々と話す事にした。
「そう言えば今日、兄貴達は一緒じゃないのか?」
まずはケレスはそう聞いたが、
「うん。二人共、予定があるって……」
と、答えたミューはさらに元気を無くしてしまい、
)(何で、そんなに落ち込むんだ? 兄貴、助けてくれ‼)
と、次に掛ける言葉が見つからないケレスは頭を抱えたが、
高杉からは部外者という空気を前面に出され無言を貫かれてしまった。
(うう……。何か、空気が重い‼ 本当に、良い事なんかあんのか?
このままじゃ、殿下の言う通りになる‼)
これからの旅に不安しかないケレスはミラまでの道を足が重く感じた。
それでも、精霊列車の中でこの重い空気をどうにかしようと、
「なあ、ミュー。俺が言うのも変だが、王宮生活には慣れたか?」
と、ケレスが、ミューに話し掛けると、
「うん。何とかね。覚える事が多くて大変な事もあるけど、みんな優しいから、がんばれてる」
と、クリオネと戯れながら答えたミューは微笑んだが、
「そっか。俺は中々上手くいかない……。
早く独立しなくちゃいけないのに。何の進歩もない……」
と、言ったケレスは重い空気を良くしようとしたが逆になってしまい、
(何やってんだ俺‼ しかし、ミューとこんなに差がついてしまうとは……)
と、ケレスが肩を落とすと、
「ケレス⁉ そんなに急いで王宮を出なくったっていいよ‼ なんならずっといたっていいんだよ‼」
と、クリオネから手を離したミューが言ってくれたが、
「ははっ。まあ、気持ちは受け取っておくよ」
としかケレスは言えず、そうこうしている内に精霊列車はミラに到着した。
そして、ミラは以前来た時よりも人が多かった。
「人が前より多くないか?」
そう感じたケレスがきょろきょろすると、
「多分、昴に行く人が多いんだよ。みんな、アマテラス様の恩恵を享けたいからね」
と、笑顔のミューから言われ、
「ふーん。そっか、まあ、そりゃそうだ!」
と、ケレスが納得すると、
「下らん」
と、ボソっと、恐らく高杉の声がして、
(何で、この人……。怒ってんだ? てか、姉ちゃん。よくこんな人と仕事出来るな。俺には無理‼)
と、しれっと思ったケレスはチラッと高杉を見て、船着き場まで行った。
ミラの船着き場は精霊列車から見た通り、多くの大型船があり、
そして、大勢の華やかな服装の人達が楽しそうにしていた。
(この人達もみんな、昴にいくんだろうか?)
そんな事を考えながらその人達の間を通り過ぎ、ケレスはとある大型船の乗り場まで来た。
その大型船の乗り場は稲草島行きの船の乗り場で、かなりの人で賑わっていた。
だが、ケレス達は稲叢島行きの大型船に何故か優先的に乗る事が出来た。
「な、なあ、乗って良かったのか?」
そして乗船したケレスがびくびくしながらミューを見ると、
「まあ、一応、私がいるからねぇ……」
と、言ったミューは苦笑いし、
(あっ、そうだ! ミューは王族の者だからか!)
と、ケレスは思い出した。
そして、案内された部屋は最上階で、勿論その部屋は豪華だった。
「今更だけど、いいのか? こんな贅沢な部屋⁉」
その部屋を見てびくびくしっぱなしのケレスに対し、
「ぎりぎりになって決めたから、部屋がここしか空いてなかったの」
と、言ったミューは落ち着いていた。
部屋はまるでホテルの様で、三人にいしては広く、ソファー、テーブル、カフェセット、
そして泊まるわけでもないのに真っ白なシーツが敷かれたベットまであった。
(王宮の部屋とあまり変わらない……)
豪華すぎる部屋に少し嫌気がさしていたケレスはある事を思い付き、
「なあ、何処か船を散策に行かないか?」
と、ミューを誘うと、
「えっ⁉ 行きたい‼ ケレス‼」
と、嬉しそうにミューは誘いを受け、
「あの、高杉さん。私達、言ってきていいですか?」
と、高杉を見て聞くと、
「勝手に白」
と、ミュー達を見る事なく答えた高杉は、ベットに寝転んでしまい、
(えっ⁉ よくそんな事出来るな‼)
と、高杉に呆れたケレスは部屋を出た。
部屋を出て散策を始めると部屋の数自体が少なく、
しかも、使用している部屋はここ以外見当たらなかった。
「貸し切り状態だね」
すると、ミューにそう言われ、
「そうだな。ここって凄く高価な所なんだろうし……」
と、言ったケレスが一つ息を吐くと、
「まあね。お父様が用意してくださって」
と、言って、ミューはふふっと笑い、
(ミューの奴、陛下と仲良くしてんだな……)
と、ケレスは思いながら散策を続け、そして、変わった部屋を見つけた。
「ここは何だ?」
その部屋をケレスがまじまじと見ていると、
「ここ、ラウンジだよ。入ってみる?」
と、言ったミューはその部屋に入り、そのあとにケレスも続いた。
ラウンジの中は雑誌や軽食、それに、色々な飲み物等があり、大きなソファーと窓があった。
「ケレス、何か飲もう!」
そのラウンジでミューが勝手に飲み物を取ろうとしたので、
「おい、ミュー⁉ 勝手に飲んでいいのか?」
と、焦ったケレスが聞くと、
「ここはそういう所だよ!」
と、笑いながら答えたミューは二つの飲み物を持ってきて、
「はい、ケレス。メロンソーダーあったよ。どうぞ!」
と、言いながらその内の一つを手渡してきたので、
「ああ、ありがとう。ミュー」
と、言って、ケレスはそれを受け取った。
そして、飲み物を飲む為、ソファーに二人で座ったその時、汽笛と共に船は動き出した。
それから暫くすると、窓の外には雄大な海の景観が広がっていた。
「綺麗だね、クリオネ」
その景色を見ながらミューがクリオネに言うと、
クリオネは尻尾を振りながら不思議そうな顔をして鼻を窓にくっつけ窓の景色を見ていた。
「そう言えば、ミュー。
この前、アマテラス様からの加護ってクリオネの宝珠に享けたけど、あれで、良かったのか?」
そんなミューに、ずっと、気になっていた事の一つをケレスが聞いてみると、
「多分……」
と、答えたミューからは笑顔が消え、
「多分って、どういう事だ?」
と、そんなミューをケレスが見つめながら聞くと、ミューは昔話を始めた。
ミュー達の一族 炎の瞳の一族(は、その炎の瞳と、炎の守り神と、
その執事霊獣、朱雀一族とで宝珠の国を守ってきた。
だが、その昔、原因不明の世界をも亡ぼす災い 大いなる災いと世界が闘っていた時、
炎の守り神は一度、倒された。
しかし、救いの神子によって炎の守り神は救われたのだ。
そして、救いの神子は炎の瞳の一族と、炎の守り神と、朱雀達とで協力し、
宝珠の国を守ったのである。
その功績がアマテラスによって認められ、宝珠の国の代表として朱雀達に宝珠が授けられた。
それから宝珠は救いの神子と、宝珠の国との絆の証となった。
しかし、災いは全て消えた訳ではない。
避けられない災いから宝珠の国を守る為、宝珠には災いを祓う力がやどったのである。
だが、宝珠の力は協力故、使用するのに誓約が出来た。
それは、力を使うにはアマテラスの加護と、朱雀達の力が必要というものだ。
ここまではアルトに言われ調べていたので、ケレスでも知っている事だったが、
その先をミューは話しだした。
「クリオネは私と力を合わせて宝珠の国を守らなきゃいけない。
だから、この前は私とクリオネとで認められなきゃ駄目だったの。
クリオネは、認められた。
後は、私の炎の瞳が開眼しなきゃいけないの……」
そこまで言うと、ミューは俯いた。
「炎の瞳って、何だ?」
そして、ケレスが聞くと、ミューは俯いたままで、ある事を話した。
「炎の瞳ってね、私達の一族が持つ、力なの。
私達の感情をマナの力に変えて、邪悪なものを祓える力に出来るんだ。
だけど……」
すると、ミューは口を閉ざした。
「どうした、ミュー?」
そんなミューをケレスが心配すると、
「私、炎の瞳の一族なのに、その力、無いみたいなの……」
と、言ったミューは泣き出してしまい、
「おい⁉ ミュー。泣くなよ‼ 何で、無いっていえるんだ?」
と、慌てたケレスが言うと、
「だって、もうすぐ一六歳にもなるのに、そんな力なんて、微塵も感じないもの‼
お母様も、お兄様も一〇歳には開眼してたっていうんだよ‼ なのに私には……」
と、そこまで言ったミューは顔を覆って泣きじゃくった。
すると、クリオネがミューの膝に前足を置き、ミューの涙をペロペロっと舐めた。
「なあ、ミュー。クリオネが、泣くなっていってる!
ミューとクリオネは力を合わせるんだろう? そんなんじゃ、協力出来ないって言ってる‼」
そのクリオネを見たケレスが笑って言うと、
「クリオネ?」
と、ミューは覆っていた手を外し、クリオネを見て、
「上手く言えないけど、きっとミューなら大丈夫‼ まだ、お前は一五歳じゃないか?
それに、この前だってアマテラス様がお前達を認めたからこそ加護を享ける事が出来たんだ‼
それを信じろって‼
それに、俺はお前なら出来ると思うぜ‼ だって、お前はマーサ様の子供だろ?
だから、絶対、マーサ様みたいになれるさ‼」
と、ケレスなりにミューを励ました。
すると、
「ケレス、ありがとう! ちょっと、意味わからないトコあるけど……」
と、ミューには少し笑顔が見えたが、
「しかし、クリオネって凄いんだ。だけど、何で朱雀の力が必要なんだろう?」
と、ケレスには疑問が出来て、
「それは、炎の瞳の一族と、朱雀達の絆が関係しているの。
朱雀達は炎の守り神に仕えているから、
朱雀達の繁栄は私達、炎の瞳の一族の炎の守り神に対する感謝に繋がると言われているんだ」
と、ミューが説明したが、ケレスには全くわからなかった。
その後も、ミューは時間をかけて説明し続けた。
そして、
「結局、救いの神子は精霊審の恩人でもあり、その神子を守る為、凄い力を神様が与えて、
その力を使うのにこの世界の人が精霊審に仕える霊獣とかと仲良くしろって事だよな?」
と、ラウンジにある菓子を一通り食べ終わったケレスが何とかそう理解したが、
「うー……。ちょっと、違う‼
救いの神子が救ったこの世界が平和であれば、霊獣や精霊達と人間との調和が……」
と、ミューがまだ説明を続けそうだったので、
「なあ、ミュー。他の所に行ってみようぜ!」
と、言って、ケレスはミューを連れ出した。
ケレス達が船の下の階に行くと、そこは多くの人がおり、この階はフードコートになっていた。
そこでは多くのテーブルや椅子があり、そこで皆和気藹々とし楽しそうに話していた。
「何か美味そうな匂いがするな!」
店を見渡しながらケレスが腹を摩っていると、
「さっき食べたのに。もう、お腹すいたの?」
と、言ったミューから呆れた顔をされ、
「だって、何かこんな食べ物久しぶりだしな!」
と、言ったケレスが腹の虫を抑えると、リーンと何処かで聞いた事のある鈴の音が聞えてきた。
(えっ⁉ この音って‼)
その音の方をケレスが見ると、皆、華やかな服装の中で、一人だけ落ち着きのあるグレーの服を着たラニーニャと、たぬてぃがいて、ラニーニャ達は隅の方に座り窓の外を見ていた。
「おい、ミュー‼ あれって、姉ちゃんだよな?」
ラニーニャ達に気付いたケレスがラニーニャ達を見ると、
「本当だ‼
普段と違う髪型だし、帽子をかぶっていて雰囲気が違うけど、たぬてぃがいるからそうだよ‼」
と、ミューもラニーニャ達に気付いた。
そして、ケレス達はラニーニャの所に行く事にした。
「姉ちゃん」
ラニーニャの傍まで行ったケレスが声を掛けると、
「ケレス君、ミューちゃん⁉ どうしてここにいるの?」
と、言ったラニーニャは少し驚いた様子でケレス達を見て、
「お姉ちゃんこそどうしたの? まさかお姉ちゃん、アマテラス様の恩恵を享けに行くの?」
と、ミューがくすっと笑って聞くと、
「違うよ。私、人と会うんだ」
と、くすくす笑いながらラニーニャは答え、
「ミューちゃん達こそどうしたの?」
と、聞いてきたので、
「俺達、昴に行くんだ。ミューが花梨様に招待されて、俺はその付き合いだ」
と、ケレスが答えると、
「ふうん……。ミューちゃん、凄いね」
と、言ったラニーニャは目をパチクリさせた。
「そうだ‼ お姉ちゃん。高杉さんも一緒だよ。今は部屋で眠っているけど」
すると、ミューがラニーニャにその事を教えたが、
「先生が、ここに? まさか……」
と、言ったラニーニャの顔は急に険しくなって、暫く考え込んでしまい、
「姉ちゃん、どうした?」
と、心配になったケレスが声を掛けると、
「ミューちゃん、ケレス君、お願いがあるの!
私、これからちょっと買い物してくるから、その後、先生の所に連れて行って‼」
と、真面目な顔になったラニーニャは頼み事をし返事も聞かず、たぬてぃと何処かに行ってしまった。
「あっ、お姉ちゃん、何処に行くの?」
当然、そう言ったミューの声はラニーニャには届かず、
「ああいうトコ、お前にそっくりだな!」
と、言ったケレスが笑うと、
「私、そんな事しないよ、ケレス‼」
と、言ったミューは頬っぺたを膨らましたが、
そのミューにクリオネが、そうだ!と言わんばかりにじゃれてきたので、
「クリオネはわかってるなぁ!」
と、言って、ケレスがクリオネを撫でると、
「どういう事よ。こら‼ クリオネまで‼」
と、言ったミューはクリオネの首をこちょこちょしながら笑った。
それから二〇分程してラニーニャが何かを持って戻って来た。。
「お待たせ! ごめんね。混んでて。じゃあ、先生の所に連れてってもらえる?」
そのラニーニャが三つの飲み物を持っていたので、
「姉ちゃん、何、買ってきたんだ?」
と、ケレスが聞くと、
「んっと、ケレス君とミューちゃんはフルーツジュース。二種類あるから好きな方取ってね。
二つ共この船のお薦めらしいよ。あとは、先生の分」
と、答えたラニーニャからジュースを渡され、
「あ、ありがとう。姉ちゃん……」
と、ケレスはリンゴとオレンジのミックスジュースを受け取った。
そして、ミューがリンゴと桃のミックスジュースを受け取ると、
「これって、赤き女王だよね!」
と、言ったミューの笑顔が弾けた。
赤き女王とは、ミューの母 マーサに捧げられたリンゴの事である。
宝珠の国のブランドリンゴで、大人気の果物であり、ミューの一番好きな果物だ。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
それから嬉しそうにミュはそういってすぐ飲み始めたので、
(さっき、自分は何て言ってたっけ?)
と、思いながらもケレスも飲み始めた。
そしてケレス達が部屋に戻ると、高杉はベットの上で動いていなかった。
「先生、大丈夫ですか?」
その高杉にラニーニャが駆け寄って聞いたが、何も返事はなく、
「なあ、姉ちゃん。この人、どうしたんだ?」
と、ケレスがラニーニャを見て聞くと、
「先生、酷い船酔いするの。多分、酔い止めを飲んでないんだ」
と、答えたラニーニャは高杉の荷物をあさり出した。
すると、
「ああー‼ やっぱり‼ もうっ‼ 先生、何でこれを飲んだの? これは胃薬‼ 全然違う‼」
と、ラニーニャは薬瓶を出して怒り出してしまい、高杉は何かボソっと言ったが、
「そんな子供みたいな事言わないの‼ それから、煙草も駄目だって言ったよね‼ これは没収‼」
と、ラニーニャが高杉のポケットから煙草の箱を取り上げて言うと、
「おい、返せ」
と、高杉の声が何とかそう聞えたが、
「駄目です‼ それよりまた朝食食べずに来たんでしょ?
そんなんだから酔いが酷くなるんですよ! とりあえず、これでも飲んでください!
それから、酔い止め薬、買ってきましたからね!」
と、怒鳴ったラニーニャからジュースと薬を高杉は強引に渡された。
そして、
「何だこれ……。どうせなら、コーヒーがいい……」
と、言った高杉は体を起こし、不服ながらもそれ等を飲み始め、
「それから、はい、これ! 冷たくて気持ち良いですよ?」
と、言ったラニーニャからおしぼりを受け取っていた。
(何だ、このやりとり……)
そう思ったケレスは唖然となった。
憧れの高杉はだらしないし、姉は小間使いみたいに高杉の世話をする。
「姉ちゃん。あの、さ……」
そして、ケレスは何かを言いかけたが、その後は続かず、
出なかった言葉をラニーニャからもらったジュースと共に一気に飲もうとした。
だが、いつの間にかストローを奥歯で噛んでいた為、ジュースは飲み難いものとなっていた。。
すると、
「あの、お姉ちゃん。その飲み物って、何?」
と、ミューは興味津々に聞いたが、
「豆乳と、赤き女王と、野菜のスムージーだよ。
どうせ先生は何も食べて来ていないだろうから、胃に優しくて飲みやすいものにしたんだ」
と、ラニーニャは淡々と答え、ミューは、なるほど、と頷いていた。
それから三〇分程経過し、
」先生、どうですか?」
と、ラニーニャに聞かれ、
「ああ」
とだけ、横になったままの高杉は答え、
「良かった。これからは気を付けてくださいね」
と、言ったラニーニャはふふっと笑い、
「じゃあ、そろそろお暇します。先生、弟と妹の事、お願いします」
と、言って、軽く頭を下げた。
「えっ⁉ お姉ちゃん。もう行くの? まだ数時間は船の中なのに?」
すると、ミューが悲しそうにラニーニャを見たが、
「うん」
と、笑っているラニーニャは頷き、
「そう……。お姉ちゃん。気を付けてね」
と、呟いたミューの顔がさらに悲しさを増すと、
「おい、お前。何しに稲叢に行くんだ?」
と、少し眉間のしわが減った高杉は起き上がって聞いた。
「えっ、人に会いに行くんですけど……」
そして、その高杉をラニーニャは見て答えたが、
「男か? 女か?」
と、聞いた高杉の眉間にはまたしわが増え、
「秘密です」
と、悪戯な顔をしたラニーニャが、くすっと笑って答えると、
「何だ、誰と会うんだ⁉」
と、高杉はしつこく聞いたが、
「秘密は、秘密です。大丈夫、今日中に帰りますから」
と、ラニーニャが揶揄うと、
「おい、お前……」
と、また眉間にしわが増えた高杉はその言葉の後にラニーニャを睨み、
どうでもいい様な頼み事を言い出した。
しかし、ラニーニャは笑いながら、はいはいと言って聴いていた。
(姉ちゃん、どうしてそんな奴に笑っていられるんだよ?)
そんなラニーニャを見て、ケレスは、姉がわからなくなったが、
「じゃあ、先生。また……」
と、言い残し、ラニーニャは たぬてぃと部屋を出て行ってしまい、
「ケレス、どうしたの?」
と、ミューに聞かれても、
「別に」
と、ケレスは明らかに不機嫌な返事をしてしまった。
それから数時間、無言の時が続き、船は、稲叢島に到着した。
ケレス君、高杉さんは、どうだったかい? イケ面で、格好良かったでしょ?
えっ⁉ 全然、駄目だって⁉ そんなぁ……。
そんな事を言っても、無駄です‼
次回の話、【ケレス、昴で、雨上がりの太陽を感じる】では、高杉さんと行動するんだからね‼




