№ 6 ケレス、旅先で光と闇を知る
ケレス達は光の神殿に向かったが、そこで救いの神子が、有ろう事か根の一族の女に襲われていた。ケレスは救いの神子を守り、そして、ミューはアマテラスの加護を享けれるのであろうか……。
湖の上で飛行艇は浮かんでいる様で、周りには水辺しか見えなかった。
(ここって、湖の上だよな? ここからどうやって昴に行くんだ?)
その水辺を見ながらケレスが考えていると、
「さっさと降りるよ」
と、ケレスから顔を背けている龍宮 アルトに言われ付いて行き、ドアの前で止まると、
「婆や、開けてくれ」
と、龍宮 アルトは誰かに話し掛けた。
すると、ドアは音もなく開いた。
(俺達以外にも誰か乗ってるんだ。まあ、操縦してる人がいるか!)
その龍宮 アルトの様子を窺っていたケレスが当たり前の事を考えていると、
目の前に湖の水面が見えたので、
(まさかと思うけど、泳ぐ訳ないよな?)
と、ケレスが変な想像を膨らませると、
「浦島、頼んだよ」
と、龍宮 アルトはしゃがみ、誰かに優しく話し掛けたので、
(へえ、こいつ、こんな喋り方もするんだ!)
と、ケレスがそういう目で龍宮 アルトを見ていると、ケレスの目の前に巨大な水色の亀が出現した。
「はっ⁉ な、何だ、こいつは⁉」
その亀を見たケレスが驚き、大声を出すと、
「こいつとは⁉ 君は本当に失礼だね!
いいかい? 彼は僕の霊獣、浦島。
今から彼に乗って、我が龍宮家に行くんだ‼」
と、眉間にしわを寄せた龍宮 アルトから説明され、
「こいつに乗るのか? 大丈夫なのかよ?」
と、弱腰になったケレスが言うと、
「じゃあ、君は泳いで来たまえ」
と、言った龍宮 アルトからまた、顔を背けられ、
(何でそうなるんだ‼ 本当に捻くれてる奴‼ 嫌いだ‼)
と、ケレスが苛立っていると、いつの間にかケレス以外浦島に乗り込んでいた。
そして、
「ケレス、早く乗れよ! スゲエ、乗り心地良いぜ!」
と、楽しそうなジャップに誘われ、
「兄貴⁉ ちょ、ちょっと待ってくれよ‼」
と、言って、急いでケレスも浦島に乗り込んだ。
ジャップの言う通り、浦島の甲羅は硬すぎず、柔らかすぎず、程好い硬さで、
座り心地がとても良かった。
その浦島はケレス達を乗せたまま透き通った湖を泳ぎ続けた。
(はあ……。このまま何処まで行くんだ?)
透き通る湖を見ながらケレスが考えていると、数分で陸地が見え出し、
岸にいた十数人程の人達からケレス達は豪華な歓迎で出迎えられた。
その岸にいた人達は風変わりだが、色鮮やかな服を着ていて、男女共服を前で交差させていた。
その内の男達は多少異なれど、皆、髪を束ね、腰に長い刀を差し、
ダボっとしたズボンをはいていた。
そして、女達は交差させた服を数枚着ている様で、
腰辺りには太い帯が巻かれ、その真ん中に紐が巻かれていた。
それから服は上下分かれてなく、髪はやはり束ねていて、綺麗な髪飾りを付けていた。
その待ち構えていた人達はケレスが見た事もない笛や太鼓、弦楽器を使い、
ケレスが聞いた事もない音を奏でだし、それがこの場をさらに異国情緒溢れるものにしたが、
(綺麗な音だな。やっぱ、何課凄い!)
と、感想はそれぐらいしか出ないケレスだった。
そして、演奏が終わると、特に煌びやかな二人がケレス達に近づいて来た。
「ようこそ、宝珠の国の次期女王よ」
まずは近づいてきた二人の内の男がミューに話し掛けてきた。
その男は五〇代ぐらいで、色白のベージュ色の肌、青色の髪を束ね立派な口髭を生やしていた。
「歓迎の意、心より感謝します」
そして、その男にミューが言葉を返し、ケレス達はミューを筆頭に上陸した。
先程の男の先導で道を進み立派な門の前に着くと、
「さあ、ミュー様。こちらへ」
と、その男はミューだけを誘導し、
「あなた方はここまでです。後は任せた。アルト」
と、優しい声で言ったが、ケレスには冷たい言葉に聞えた。
さらに二人の内の女の方からはケレス達は蔑む様に見られ、
ケレスは二人からとても嫌な感じを受け、先程までの気分は悪くなった。
「どういう事ですか? 俺達は何で入れないんですか?」
そんなケレスが門に近づこうとすると、
「ケレス、やめろ!」
と、ジャップから征され、
「何でだ? ミュー一人をあんな奴等の所に行かせんのか⁉」
と、言ったケレスがジャップを見ると、
「ケレス君」
と、今度はラニーニャから征された。
(姉ちゃんまで⁉)
何故二人から征されたのかわからないケレスが動揺していると、
「ミューちゃん! 私達、ここで待ってるから!」
と、目を潤ませて言ったラニーニャはミューを見送り、
「うん、お姉ちゃん。行ってきます!」
と、言ったミューは笑ってクリオネと入って行き、そして、門は静かに閉じられた。
「何で、ミューだけ行かせたんだ? みんなで、昴に行くんじゃなかったのか‼」
その閉ざされた門を見て納得がいかないケレスがジャップに詰め寄ったが、
「ケレス、そう怒るな。仕方がない事なんだ」
と、気まずそうな顔をしているジャップは言葉を濁したので、
「兄貴……」
としか言葉が出なかったケレスに、
「彼を責めるなよ。悪いのは父上達の方なんだから」
と、眉間にしわが寄っている龍宮 アルトが話しに入ってきたので、
「父上? さっきの男の事か?」
と、言って、ケレスが龍宮 アルトを見ると、
「ああ、そうだよ。だが、あんなのを親と思いたくないけどね」
と、言った龍宮 アルトは冷たく悲しく笑い、
「お前……。それ、どういう意味だ?」
と、言ったケレスが複雑な思いで龍宮 アルトを見つめると、
「そのままの意味さ‼ あんなクズ野郎達と血が繋がっているなんて思いたくない‼
反吐が出るよ‼」
と、悲しい目をした龍宮 アルトからその目の様な言葉が返ってきて、
(こいつ……、何か親とあんのか?)
と、龍宮 アルトの見方が変わったケレスが呆然としていると、
「君、そんな悲しい事言わないで。君の御両親は立場上、仕方がないのよ」
と、言ったラニーニャの顔は泣きそうだったが、
「ははっ。君には本当に呆れる。あんな下衆達を庇うとは‼
君の様に両親に恵まれ、呑気に平和ボケし、幸せに生きてきた人間に僕の苦労はわからないだろう‼」
と、龍宮 アルトはラニーニャを憎しみの目で睨みながら怒鳴りつけ、ラニーニャは怯んだ。
すると、
「アルト……。姉貴には、もう両親はいねえぞ。それに、俺にも、ケレスにもな」
と、ジャップから低い声で言われた龍宮 アルトは、はっとし、
「アルト。俺達な、お前みたいに両親と何かあったとか、なかったとか言う前に両親を失っててな。
お前の気持をわかってはやれんが、そんな悲しい事は言うな」
と、ジャップがそのままの声のトーンで続けると、
「すまない……。少し、言い過ぎた……」
と、龍宮 アルトは俯いて呟いた。
だが、
「まあ、気にすんな! でも、アルト。お前、やっぱ良い奴だな!」
と、言ったジャップは龍宮 アルトの髪をグシャグシャにしながら笑い、
「何するんだい⁉ ああ‼ 髪が滅茶苦茶じゃないか‼ 全く、君は乱暴なんだから‼」
と、龍宮 アルトが髪を整えながらいつもより崩れた言い方をすると、
「ああ、すまんな。アルト!」
と、ジャップは笑いながら謝った。
すると、
「また、君は⁉ 僕を呼び捨てにするなって言ったろ? 大体さ……、君って、いくつな訳?」
と、ムッとした龍宮 アルトはジャップに聞き、
「俺か? 俺はつい一か月前に二三歳になったぜ! アルトは何歳だ?」
と、ジャップは陽気に答え、聞くと、
「僕かい? 僕は二三歳だ。だが、君より前に二三になっている……。
だから、僕の方が年上なんだ。呼び捨てはやめたまえ!」
と、眉間のしわが無くなり髪を整え終わった龍宮 アルトは髪をかき上げながら答え、
「まあまあ! そんな細かい事は気にすんな、アルト!」
と、ジャップがまだ続けていると、
「ふふ! ジャップ。アルトさんと仲が良くなったね」
と、言ったラニーニャはくすくす笑い出し、
「な、何を言っているんだい⁉ どこをどう見たらそうなるんだい?」
と、言った龍宮 アルトが何度も瞬きし、ラニーニャを見ると、
「さすが、姉貴! わかってんじゃん‼」
と、ジャップは喜んだ。
そんな三人がケレスには何となくだが良い関係に見えてきて、
(兄貴も、姉ちゃんも凄い。俺も見習わなきゃ!)
と、思えたケレスの口元が綻ぶと、
「アルト? こんな所で何をしているのですか?」
と、落ち着いた女性の声がして、
「姉上⁉」
と、叫んだ龍宮 アルトは畏まってしまった。
龍宮 アルトが姉上と言った女性は、歳は、二〇代後半ぐらい、
髪、肌、瞳は龍宮 アルトと同じ色だった。
違いは身長が龍宮 アルトより少し高め、髪に癖はなく、ポニーテールにし、
吸い込まれる様な美女であり、服装は先程見た男性が着ていた様な服装で、
腰には二振の刀を差している所だった。
(うわぁ……。凄い美女だ……)
ケレスが龍宮 アルトの姉に見惚れていると、
それはケレスだけでなく、ジャップ、ラニーニャまでも見惚れている様だった。。
そして、
「アルト、この方々はどうなされたのですか?」
と、龍宮 アルトの姉から聞かれ、
「この者達は、宝珠の国の皇女の、そ、その、か、家族の者でして、今回、同行してきたのですが……」
と、龍宮 アルトがしどろもどろに説明すると、
「そうでしたか。私の名は、龍宮 イヴと申します。現龍宮家の当主です。以後、お見知りおきを。
あなた方の名を聞いても宜しいですか?」
と、イヴは暫くケレス達を優しく見つめた後、そう言った。
(うえぇ⁉ 名乗るのか……)
そのイヴの吸い込まれる様な美しさにケレスが緊張して何も言えずにいると、
「初めてお目にかかります。俺の名はジャップ。こちらがラニーニャと、ケレスと言います。
訳あって俺達には名字はありませんが、こちらこそ、以後、お見知りおきを」
と、言ったジャップが全て解決してくれたので、
(兄貴、助かったぜ!)
と、ケレスがほっとしたのも束の間、
「そうですか。アルト、この者達を我が龍宮家に案内しますよ」
と、思いも寄らない事をイブは優しく、流れる水の様な声で言った。
すると、
「あ、姉上⁉ 宜しいのですか?」
と、驚いたアルトは言ったが、
「私が良いと言っているのです」
と、言ったイヴからにこっと見つめられると、
「はい、姉上! 承知しました!」
と、言ったアルトはいつもの顔ではなく、ぱっと目を開けた。
(へえ。あいつでもあんな顔をすんだ。それにしても、イヴさんは龍宮家の当主なのか……。
これはまた凄い人に会ったな!)
そして、ケレスがその二人を見ていると、
「君! こっちに来たまえ!」
と、髪をかき上げながら顔を軽く上に上げたアルトから見られたケレスは言われ、
(何か偉そうだな‼)
と、イラっとしたケレスは唇をふるわせながら、龍宮家へと入る事となった。
ケレス達が先程門前払いされた門をイヴを筆頭に抜けると、
そこには、飛び石の道がいくつも広がり、飛び石の隙間には砂利が敷き詰められていた。
そして、飛び石の通り道の周りには立派な木々が植えられ、
さらに、小さいながらも川まであり、それに合う様に岩までもあった。
(凄い金持ち‼)
なんて事を思いながらケレスが歩いていると、五分程で龍宮家の前に着いた。
龍宮家もまた豪華な造りを前面に出していて、華やかな玄関を抜けると、長い廊下があり、
そこに頭を下げた待女達がズラッと並んでいたので、
(凄い……。けど、ここでも靴を脱ぐのか……。面倒だ)
と、やはり踵を付けきれないケレスは、冷や汗を掻きながら皆に続いた。
そして、イヴに付いて行くと、
「父上。イヴです」
と、イヴはある引き戸の前で止まり、声を掛け、引き戸を開けた。
すると、その部屋は壁や床が海の様な青色で柱の白さが目立ち、
漆黒の窓ぶちと天井にあるステンドグラスから美しい光が降り注がれていた。
そう、その部屋はまるで飛行艇から見えた景色を彷彿させる空間となっていた。
しかし、そこには家具等はなく、ミュー、クリオネ、それにアルトの両親がいた。
「ケレス、どうしてここに⁉」
そして、ケレスを見たミューが驚くと、
「何か入れてもらえたんだ」
と、言ったケレスはイヴに目を転がしたが、
「初めまして。私は、現龍宮家当主 龍宮 イヴと申します。
今日は私達が光の神殿まで案内致します」
というイヴの言葉で、
(光の神殿? そこって、世界樹がある所だよな?)
と、ケレスにまた謎が増えたが、
「初めまして。私は宝珠の国の次期女王、ミュー・ムスペルです。今日は協力に感謝致します」
と、ミューは上品に自己紹介した。
「なあ、兄貴。これから俺達はどうするんだ?」
その慣れない雰囲気にケレスが小声で聞くと、
「さあ? 俺にもわからん」
と、ジャップも小声で答えたが、
「君達、静かにしたまえ」
と、注意したアルトから横目で見られ、気まずくなったケレス達が顔を見合わせると、
「姉上。僕達も御供させてもらいます」
と、言ったアルトはイヴを真直ぐ見つめた。
すると、
「あなた達も宜しくね」
と、イヴに吸い込まれる様な笑顔で言われたケレス、ジャップ、ラニーニャは、
「はい‼」
と、三人共、姿勢を正し、同時に言ったが、
「父上、母上、客人に失礼ですよ」
と、イヴに言われたアルトの両親は顔を見合わせ、苦笑いをした様にケレスには見えた。
そして、これからケレス達は光の神殿に向かう事となったが、
ケレス達が同行するには条件が出された。
その条件とは、光の神殿にはミューとクリオネのみ入れるというものだった。
その条件を聞き終わり、
「ところでミュー。光の神殿で何をすればアマテラス様の御加護とやらがもらえるんだ?」
と、ケレスがミューを見て聞くと、、
「私も詳しい事はわからないの。
唯、光の神殿には救いの神子である花梨様がいらしてて、
花梨様がアマテラス様を呼び出してくれる。
そこで、私達が認められればいいみたいなんだけど……」
と、言ったミューの顔には不安が滲み、
「大丈夫さ! アマテラス様は太陽の化身なんだろ?
日頃の行いが良いお前なら絶対に認められるに決まってる‼」
と、言って、ケレスが元気付けると、
「ありがとう。何か元気が出た!」
と、言ったミューは笑ってくれたが、
「てか、ミュー⁉ 花梨様に会えるんだ‼」
と、言ったケレスの声は大きくなってしまった。
ケレスの声が大きくなってしまったのも仕方がない事だった。
救いの神子 花梨とは、一六年前に起こった大恐慌を終わらせたダーナの最高位の者である。
彼女は大昔、世界を救った救いの神子の末裔で、彼女が約一二年前に生まれ、
アマテラスに祝福を享けた事により世界に光が戻り、大恐慌は終わりを迎えた。
だから、この世界の全ての者は彼女を崇め、感謝している。
「私もびっくりしてるんだ。花梨様は人の姿をした神と言われてるから緊張する……」
花梨という名が出てまた自信をなくしたミューに、
「花梨様はお優しい方だ。そんなに肩に力を入れなくとも良い」
と、言って、イヴが優しくミューの左肩に手を置くと、
「あの、イヴさんは花梨様を御存じなのですか?」
と、言ったミューはイヴを見た。
すると、
「ああ。私は花梨様の守り人だからな」
と、言ったイヴは穏やかな顔で微笑み、
「守り人?」
と、ケレスが不思議そうな顔をすると、
「花梨様を命に代えても御守りするのが、私という事だ」
と、言ったイヴは穏やかに、そして、力強く頷いた。
そのイヴを見て、
(花梨様は凄い人だけど、イヴさんみたいな人に守られてるなんて羨ましい!)
と、思ったケレスが大きく息をすると、
「そろそろ参りましょう」
と、言ったイヴの先導で、飛行艇が着水した湖へとケレス達は向かった。
その湖畔に着くと、イヴは畔に立った。
そして、
「アルト」
と、イヴにその湖畔で言われたアルトは頷き、しゃがんで何かを念じ出したので、
(あいつ、何してんだ?)
と、不思議そうにその光景を見ていたケレスの目の前に先程より大きくなった浦島が出現し、
「何かさっきよりデカくなってないか⁉」
と、見上げたケレスが叫ぶと、
「当たり前だよ。乗る人数が増えたんだから」
と、言ったアルトが溜息をついたので、
「そうじゃなくって‼ 何で、デカくなれんだよって言ってんの‼」
と、ケレスが驚きを前面に出して聞くと、
「はあ……。君は何も知らないんだね。いいかい?
霊獣に与えるマナの量や質によって霊獣は姿を変えれるんだ。わかったら、さっさと乗りなよ」
と、アルトは呆れながらも教えてくれた。
そして、また乗り心地の良い浦島の背に乗って見送るアルトの両親に、
「では、言って参ります」
と、イヴが言うと、浦島は水のヴェールに包まれ、
「な、何だ⁉」
と、叫んだケレスがその水のヴェールを見渡すと、
「心配は無用。これは私の力です」
と、言ったイヴはケレスに目を転がし、
「浦島。頼みましたよ」
と、言うと、浦島はそのまま湖に潜った。
「う、嘘だろ⁉ 濡れる‼ 息が出来ない‼」
そして、ケレスは慌てたが、
「ケレス君、落ち着いて‼ 濡れてないし、息も出来るよ‼」
と、ラニーニャに教えられ、
「本当だ⁉ 何で?」
と、言ったケレスが普通に呼吸すると、
「姉上の力さ。姉上の力のおかげで、僕等は守られているんだ」
と、余裕な顔をしたアルトから説明され、
「何でもありなんだ……」
と、またケレスは不思議な力を見せつけられた。
ケレスが落ち着きを取り戻している間も浦島は何処かに向け湖の中を泳いでいる様だった。
ケレス達の周りには普通に魚が泳ぎ、暫く魚達と泳いでいた浦島だったが、
もっと深くに潜り、暗い洞窟へと進んだ。
(うわぁ……。暗くて、何も見えなくて、怖っ‼)
ケレスは怯えたが、浦島は音のない暗い世界をどんどん進み、そして明るい世界へと浮上した。
すると、水のヴェールは解け、バシャバシャと叩きつける水の音が聞え出した。
「ここは、もう光の神殿か?」
そして、ケレスは辺りを見渡したが、その様な建物はなく、滝があるだけで、
「ここは龍神の滝。ここから龍神の力を借り、光の神殿へと向かいます」
と、イヴが説明したので、
(今度は龍神か。もう、そんな事ぐらいで驚かないぞ!)
と、多少の事で驚かないつもりだったケレスだったが、それはこの後すぐ修正されてしまった。
それから浦島は滝壺付近にある岩出出来た島に近づき、イヴはその島に上陸した。
そして、イヴの身長の倍はある岩にイヴが祈りを捧げると、
浦島の周りに透き通る鯉の群れが集まってきた。
それからイヴが浦島へ戻り、浦島は鯉の群れに連れられ滝に近づいた。
(うわっ‼ 水がかかる‼)
滝に近づき、水飛沫をケレスが振り払っていると、浦島はまた水のヴェールに包まれ、
それからそのままの体制で滝を登りだした。
「はっ⁉ どうなってんだぁ‼」
そして、やっぱり絶叫してしまったケレスを無視し、浦島はどんどん滝を登って行くので、
「何で滝を登ってんだ⁉」
と、叫びながら浦島の甲羅をしっかりと握っているケレスに、
「見ろよ、ケレス! さっきの鯉達が一緒に上ってんぞ!」
と、燥いでいるジャップから教えられ、
ケレスが良く見ると、先程集まって来た鯉の群れが浦島を押し上げる様に滝を登っているのが見えた。
「もしかして、この鯉達も霊獣なのか?」
透き通る鯉を見ているケレスが言うと、
「彼等は龍神様の執事精霊だよ」
と、教えたアルトから見られ、
「はあ、たぬてぃと同じ精霊か……」
と、ケレスが たぬてぃを見ると、たぬてぃはラニーニャにしがみついていて、
(なんだ。怖がってんのは俺だけじゃないんだ!)
と、ケレスはふっと、笑った。
そして、浦島が滝を登りきるとそこは別世界だった。
川には太陽の光が降り注がれ、光の水飛沫は舞い、まるで天の川の様な中を浦島が泳ぎ進むと、
さらに光がいくつもの色で輝いており、まるで天の川のトンネルを潜っている様だった。
そして、川岸には多くの生き物が集まり、ケレス達を出迎えていて、
その全ての景色がケレス達を神秘的な世界へと誘うものだった。
(スゲエ……。この世の世界とは思えない……)
ケレスがその世界に引き込まれていると、それは他の者も同様だったが、
顔色が悪いラニーニャだけは俯いていて、
「姉貴⁉ 顔色が悪いぞ?」
と、ジャップに心配され、
「へへ。私、酔っちゃったみたい……」
と、言って、ラニーニャがジャップを見ると、
「大丈夫ですか? もうじき当直します。それまで耐えれますか?」
と、美しい顔のイヴにも心配され、
「はい。大丈夫です」
と、言ったラニーニャは少し頬を赤くして頷いたが、
「そんなんだったら、来なきゃ良かったのに」
と、言ったアルトはラニーニャを見ずに溜息をついた。
すると、
「アルト、その様な言い方はやめなさい!」
と、イヴに叱られ、
「姉上。すみません」
と、アルトが素直に謝ったので、
(こいつ、イヴさんにはこんな態度をするんだ……)
と、ケレスがアルトの新たな一面に気付くと、風情のある建物が見え出した。
その建物は古めかしかったが、不思議な光に溢れていた。
「あれが光の神殿?」
そして、真直ぐその建物を見つめているミューが言うと、
「そうです。あれが……」
と、イヴが何かを言いかけたその時、光の神殿で何かが崩れる音がした。
「な、何だ⁉ 何か壊れたぞ‼」
その音に驚いたケレスが叫ぶと、
「花梨様‼」
と、叫んだイヴは川に飛び込み、そのまま川の上を走りだした。
「はっ⁉ 何で、水の上を走ってるんだ‼」
そして、ケレスがまたもや叫ぶと、
「姉上、お待ちください‼ 浦島、急いで追いかけるんだ‼」
と、アルトが命令し、浦島はスピードを上げたがイヴには追い付く事は出来なかった。
ケレス達はそのまま光の神殿に到着したが、
光の神殿の門まで行くと、門は無残にも崩れ落ちていた。
そして、その付近には夥しい血を流して倒れている二人がいて、
そこは目を覆いたくなる様な惨状が拡がっていた。
「お姉ちゃん、この人達を助けて‼」
その二人の近くで、ミューが頼んだが、
「駄目みたい。事切れてる……」
と、言ったラニーニャから首を横に振られ、
「そ、そんなぁ……」
と、呟いたミューが顔を覆うと、また光の神殿からズズーンッ!と何かが壊れる音が聞えた。
その音を聞くとミューは覆っていた手を戻し、光の神殿へと突っ走って行き、
それをクリオネが追いかけた。
「ミュー、待てよ‼」
そのミューをケレスが停めたが、ミューはそのまま帰ってくる事なく、
「だああぁっ‼ 何してんだ⁉」
と、言ったケレスが頭を抱えると、ケレスの周りには誰もいなくなっており、
「はっ⁉ みんな、何処に行った?」
と、言ったケレスが辺りを探すと、ケレス以外の者は光の神殿の中へと向かっていて、
「ちょ、ちょっと待ってくれ‼」
と、ケレスも光の神殿の中へと向かった。
光の神殿は門こそ壊れ堕ちていたが、その他の道は壊れてなくケレスが、そのまま進むと、
龍宮家の様な飛び石と砂利で出来た道がった。
それを突っ切って玄関まで来ると、本来なら靴を脱ぐ所でケレスは靴を脱がず、
そのまま廊下を走った。
(こっちで良いんだろうか? まあ、道は一つしかないけど……)
そう思いながらもケレスが走っていると、中庭が見え出し、そこに二メートル程の光輝く木があり、
その木の下には黒髪を膝まで伸ばした少女がいた。
そして有ろう事か、その少女の前にはクリオネを襲った根の一族の女がいて、
その少女を挟み、仁王立ちしているイヴと根の一族の女が睨みあっていた。
「兄貴、あいつは⁉」
ジャップ達に追い付いたケレスが叫ぶと、
「ああ、あの根の一族の女だ……」
と、言ったジャップは低い声になり、ケレス達が事の成り行きを見守っていると、
「貴様、何者だ? 花梨様から離れろ‼」
と、イヴの言葉で静寂が破られ、
「イヴ‼」
と、少女はイヴに助けを求める様にイヴの名を呼んだ。
「花梨様だって⁉ じゃあ、あの方が?」
そのやり取りを見ていたケレスが畏まると、
「ああ、あの御方が救いの神子である花梨様だよ」
と、アルトが静かに紹介した。
花梨は身長はミューよりかなり低めで、色白のベージュ色の肌、丸顔の童顔で、
くりっとした黒い瞳を持っていた。
そして、白い服の袖は揺れ、紫色のダボっとしたズボンをはき、
それと同じ色のケープの様な物を肩に掛けていた。
「なあに? こんなに集まってきちゃってさ!」
ケレス達に気付いた根の一族の女が不敵に笑い、
腰に付けていた鞭を右手で取り地面に叩きつけると、地面が揺れ巨大なクレイドールが生えてきた。
そして、その巨大なクレイドールがイヴに襲いかかったが、イヴは流れる水の如くそれを避けた。
「あいつ、また‼ でも、イヴさん、凄い‼」
ケレスがその攻防を見ていると、
「ケレス、余所見すんな‼」
と、ジャップの声がし、
「へっ? 兄貴?」
と、言ったケレスが辺りを見渡すと、ケレス達の前にもクレイドールが生えていて、
悪い事に花梨の傍にもクレイドールが生えていた。
「何であんなのが三体もいんだよ⁉」
そして、竦み上がったケレスが叫ぶと、
「誰も一体だけとは言ってねえだろ‼」
と、ジャップは怒鳴り、
「お、お姉ちゃん、たぬてぃに影踏みを‼」
と、言ったミューがラニーニャを見たが、
「同じ手に引っ掛かるとでも思ってる訳?」
と、言った根の一族の女は笑い、
「クレイドール‼ その目障りな黒髪の女を殺しちゃえ‼」
と、命令すると、クレイドールは両拳を振り上げ、そのままラニーニャに振り下ろし、
「ね、姉ちゃぁーーん‼」
と、叫んだケレスの声はガラガラという音にかき消されてしまい、
その後から聞こえてきたパラパラという音の後に砂埃によって視界までもが消されてしまった。
(姉ちゃんが殺された⁉)
その砂埃を唯呆然と見つめケレスが嫌な未来を創造していると、
「全く、君は何をしてるんだい?」
と、アルトの呆れた声が聞こえ、砂埃の中から巨大化した浦島に守られた
たぬてぃを抱きかかえているラニーニャが現れた。
「よぉーしっ、さすがはアルト‼」
そのラニーニャをジャップは助け出し、
「ジャップ、ありがとう」
と、礼を言ったラニーニャに、
「礼ならアルトに言ってやってくれ」
と、言って、頷いたジャップは、腰に付けていた斧を右手で取り、
「アルト、頼んだ‼」
と、言って、アルトを見たが、
「何を頼んでいるのかわからないんだけど?」
と、言ったアルトは首を傾げてしまい、
「お二人さん、連携がなってないんじゃなぁい?」
と、言った根の一族の女は余裕を見せたが、
「それはどうかな? アルトは天才だぜ?」
と、言ったジャップも余裕を見せた。
すると、クレイドールより巨大化した浦島が二足で立ち上がってクレイドールに伸し掛り、
クレイドールの動きを止め、
「そのまま抑えててくれ、浦島‼」
と、叫びながらクレイドールに飛び掛かったジャップが持っていた斧を振り下ろすと、
クレイドールは真っ二つに割れ崩れた。
「ふう、一体、終わりっと!」
そのクレイドールの残骸の前で一つ息を吐いたジャップが斧を腰に戻すと、
「何て馬鹿力なんだい⁉」
と、言ったアルトは息を飲んだ。
ジャップは力が強いだけでなく、自身のマナを一部分に集中させそこの力を何十倍にも出来る、
一点集中の能力者である。
「さすが、兄貴‼ スゲエよ‼」
ジャップを見てケレスが喜ぶと、
「なあに? 嫌な感じ……」
と、言った根の一族の女は口を尖らし、引いたので、一時的だが、ケレス達の方は落ち着いた。
だが、花梨はクレイドールに狙われ、イヴが攻撃を出来ずにいた。
「このままじゃ、花梨様が危ない‼」
その花梨達を見たミューは叫び何かを思いつき、
「クリオネ、行くよ‼」
と、その言葉を残しまたクリオネと突っ走ってしまい、
「あっ⁉ ミューちゃん、待って‼」
と、ラニーニャが呼び止めたが、
「アルト‼ 姉貴達を頼んだ‼」
と、叫んだジャップはアルトに丸投げし、ミューを追いかけ突っ走ってしまい、
「何で僕が……」
と、愚痴を言いながらもアルトはケレス達の傍に来た。
「なあに? 逃げてばかりじゃなくってさ。あんた達、私の大事なもの、何処に隠したのよ?
正直に言いなさい‼」
そんな中、根の一族の女が花梨を追い詰めると、
「何の事じゃ? わらわは其方の物等、取っておらぬ‼」
と、花梨は強く言ったが、
「仕方がないなぁ……。私、嘘つきは嫌いなのよね‼」
と、言った根の一族の女は、クレイドールと共に近づき、花梨をさらに追い詰めた。
その時だった。
「クリオネ、今ヨ‼」
というミューの叫び声と同時に、クリオネが口から炎を出し、クレイドールは炎の渦に巻かれ、
「ちょっと、危ないじゃないの?」
と、その炎の勢いに根の一族の女が引くと、
「よっしゃ‼ 花梨様救出作戦、成功だぜ‼」
と、叫んだジャップは花梨を救出し、
「何すんのよ、あんた⁉」
と、焦った根の一族の女が言うと、クレイドールは二体共同時に粉々になった。
「な、何が起きたんだ⁉」
何が起きているのかわからないケレスが何度も瞬きすると、
「姉上さ。あの様な芸当が出来るのは!」
と、言ったアルトは誇らしげにイヴを見て、
「あーぁ、何すんのよ? あん……」
と、まだ何か言いかけた根の一族の女にイヴは無言で切りかかり、
「あっぶないな! いきなりさ!」
と、言った根の一族の女はその截ちを鞭で受けとめ、そこから二人の戦いは激しさを増していった。
二人の攻防は互角に見えた。
だが、時が経つにつれ、イヴに余裕が出来、根の一族の女が攻撃してもイヴは軽やかに避け、
イヴが攻撃する回数が増えてきた。
それが続いたある時、イヴの攻撃で根の一族の女の無知は弾かれ、
根の一族の女はその場に転んだ。
「いったぁーいっ‼ 酷い事すんのね‼」
そして、転んだ根の一族の女がイブを見上げると、
「言い残す事は?」
と、イヴは冷酷な言葉と刃先を根の一族の女に向けたが、
「なあに? それで勝ったつもりな訳?」
と、言った根の一族の女が不敵に笑い、余裕を見せたので、
(あいつ、まだ何かをする気だ‼)
と、気を引き締めたケレスが状況を見守っていると、
「ギャオーーーーーーーーーーーーーーーーーース‼‼」
と、この一帯に奇妙な鳴き声が轟き、皆が気を取られていると、
「勝負は最後までわからないものよ‼」
と、叫んだ根の一族の女は立ち上がり、イヴの右手首を握ると、
イヴは何故か脱力し刀を落としてしまった。
「じゃあね、龍宮のお姉さん♡」
そして、根の一族の女は笑ってそう言いながら、イヴの落とした刀を拾い、イヴを斬り捨てた。
「イヴゥーーーーーー‼‼」
その後、花梨の叫び声とイヴからは大量の血が飛び散り、血の海が出来、そこにイヴは崩れた。
「あーあ、きったないなぁ。まあ、いっか!」
それからそう言った根の一族の女は、血を払いながら笑った。
ケレスは目の前で人が殺されるという事実を受け入れられず、前を見れなかった。
だが、アルトは前を見つめていた。
「あ、あ、姉上? う、う、嘘だ……」
そのアルトは放心状態になり、
「さて、そこのあんた達? よくも、邪魔してくれたわね?
私がこんな目に合ったのはあんた達のせいだから、命で償ってね!」
と、言った根の一族の女はイヴの刀を捨てたが、まだ殺戮を続けようとジャップ達に近づいて行った。
「ど、どうしよう……」
そして、どうする事も出来ずケレスがアルトと同じ様に放心状態になっていると、
「アルトさん。君のお姉さんは死んでない。強い人だもの……」
と、穏やかな顔と声のラニーニャがイヴの所に近づき、治癒術を施し出したが、
「無駄だよ……。姉上は、もう……」
と、そのラニーニャを見ずに言ったアルトは拳を握り締め俯き、涙を流した。
だが、イヴは目を開けた。
そして、イヴは勢いを付ける為ラニーニャを突き飛ばし、
ラニーニャは体を擦りながら吹き飛ばされたが、
「な、何で? あ、あんた、生きてんのよ?」
と、イヴの刀は根の一族の女の背に刺さり、根の一族の女はそう言ってその場に倒れた。
そして、
「イヴ‼ 心配したぞ‼」
と、歓喜の声を上げた花梨がイヴに駆け寄り、抱き着くと、
「花梨様。お召し物が汚れます……」
と、言いながらもイヴは花梨を強く抱きしめ、二人で強く抱き合った。
「良かった。姉ちゃん……」
その二人を見てケレスがラニーニャを見ると、
「うぇっ⁉ ね、姉ちゃん‼」
と、ケレスは驚いて叫んでしまった。
何故なら、ラニーニャはぼーっとし、涙を流していたからである。
「姉ちゃん、泣いてんのか⁉ どこか、怪我をしたのか?」
そのラニーニャに慌てたケレスが聞くと、
「へ?」
と、ラニーニャは我に返り、頬を伝わった涙を指で触り、
「何、これ……」
と、泣いている事に今気付いたラニーニャは呟き、逃げる様にこの場を去ってしまい、
たぬてぃが慌てて追い掛けて行き、
「あっ⁉ 待ってよ‼」
と、ケレスが追いかけ様とすると、
「ギャオーーーーーーーーーーーーーースッ‼‼」
と、先程轟いた奇妙な鳴き声がまた轟き、ケレスが振り返ると、その泣き声の主が姿を見せた。
そいつは、どう見ても、化け物の姿をしていた。
そいつは全長三メートルはあり、両足は、白色で四つ足歩行だったが、
その背には美しい茶色と白色の翼が生え、その翼と同じ色の尾が生えていた。
そして胴体部分は、やや紫がかった褐色で、白い斑点があり、灰色の嘴がある顔は鷲で、
威嚇しているせいか黒褐色の頭頂部の逆立った白い羽が王冠の様に見えた。
そいつは、根の一族の女を背に載せていて、黄色のアイラインが入った黒い瞳でイヴ達を睨みつけ、
「ギャオーーーーーーーーーーーースッ‼」
と、叫び、翼を広げると、ビューーッ‼と突風が起き、そいつはそのまま飛び去って行った。
(何だ、あいつは⁉ てか、今は、姉ちゃん‼)
化け物が気にはなったが、ケレスは首を強く横に振り、ラニーニャを探しに行った。
そして、当てもなくラニーニャを探していると、何処からともなく美しく光る蝶が、
ケレスの目の前にひらひらと飛んできた。
「うわ! メッチャ、綺麗な蝶だ‼」
そして、ケレスが光る蝶を見ていると、光る蝶はケレスを誘う様に踊り、
その蝶にケレスは導かれ、導かれた場所は光の神殿の外にある泉だった。
その泉の畔で、リーン……と聞き覚えのある鈴の音が聞え、その方をケレスが見ると、
そこに俯いたラニーニャと、ぴったりと寄り添っている たぬてぃがいて、
「姉ちゃん!」
と、ケレスが声を掛けると、ラニーニャはビクっとし振り返ったが、その眼にはまだ涙が残っていた。
「姉ちゃん、どうしたんだよ? 心配した‼」
そのラニーニャにケレスが近づくと、
「ごめんね、ケレス君。なんか、怖くなってさ。
でも、みんな泣いてないのに私だけ、泣いちゃって、恥ずかしくなっちゃったの」
と、言ったラニーニャは怪我をしている手で涙を拭い、
「それにしてもみんな凄かったね」
と、言って、一生懸命涙をこらえ、笑った。
その姿を見たケレスは胸が苦しくなり、何も言えなかった。
すると、何所からともなく出現した浦島が大きくなり、ラニーニャに擦り寄ってきた。
「うわぁ。う、浦島さん⁉ どうしたの?」
そして、ラニーニャはくすぐったそうにし、
「凄いのは、君のほうだ。ラニーニャ様‼」
と、言ったアルトが目を輝かせながらラニーニャの傷に治癒術を施し、
「あ、ありがとう。アルトさん。
さっきも助けてくれたのに、浦島さんも、私、何もお礼してなくて……。でも、様って何?」
と、言ったラニーニャが何度か瞬きすると、
「アルトって、呼んでください。ラニーニャ様‼」
と、言ったアルトは真顔でラニーニャを見つめ、
「無理だよ‼ アルトさん、君を呼び捨てにするなんて‼
それに、私なんかに、様、なんてつけないで‼」
と、言ったラニーニャは首と両手を横に速く振ったが、
「じゃあ、お師匠様では? それに僕の事は、アルトって呼んでください‼」
と、アルトは一歩も引こうとせず、
「どうしよう……。ケレス君⁉」
と、ラニーニャはケレスに助けを求めてきた。
「じゃあ、先輩っていうのはどう? 姉ちゃんは、アカデミーの先輩にあたるんだし。
姉ちゃん、この人は誰かさんみたいに一度決めたら譲らないみたいだから、
あきらめて、アルトって呼んであげたら?
それに、姉ちゃん。兄貴は呼び捨てに出来るんだから、大丈夫でしょ?」
なのでケレスはそう提案してみたが、
「そうだけど……。うぅーん‼
アカデミーは彼と私じゃ比べ物にならないし、それにジャップと彼とは違うよぅ‼」
と、まだ、ラニーニャは渋り、
「先輩!」
と、言ったアルトがさらに目を輝かせたので、
「ほら、姉ちゃん!」
と、ケレスは促してみると、まだ駄目だったが、
「ケレス! 君も、僕を呼び捨てで呼んでくれても良い‼」
と、言ったアルトがケレスに目を転がしてきたので、
「どういう風の吹き回しだ?」
と、言ったケレスが奇異の目でアルトを見ると、
「君がそう言えば、先輩も言いやすいだろ!」
と、言ったアルトの眉間にしわが寄り、
「そういう事! では、生越ながら……。ア、ル、ト!」
と、ケレスが少しお茶目に言うと、
「何かムカつく……」
と、眉間のしわが増えたアルトに睨まれたが
「ほら、姉ちゃん! アルトって、呼んでみて!」
と、それを無視したケレスがラニーニャを見て言うと、
「うぅ、ケレス君……。裏切り者‼」
と、あきらめたラニーニャは深く、息を吸って、
「あ、アルト」
と、顔を真っ赤にし、やっと言えた。
すると、アルトは大喜びで、浦島までも喜んでいた。
(何か、こういうのも良いな!)
そして、ケレスの心が温かくなると、泉の上で舞っていた光達が集まり、
数メートルの大きさの白銀に輝く羊の形へと具現化した。
その白銀の羊の姿は美しさと、恐ろしさが同居していて、
神々しいという言葉を見える形にしていた。
そして、
「あ、アマテラス様⁉」
と、白銀の羊を見たアルトが目を丸くして叫び、
「あれが、アマテラス様⁉ 本物か?」
と、その言葉の後にアマテラスの神々しさにケレスは息を飲んだ。
「アマテラス、来たのか!」
暫くケレス達とアマテラスの静かな見つめ合いは続いたが、それは花梨の叫びによって破られた。
そして、花梨は走ってきて、それに続いて他の者も全員集合し、
「アマテラス、わらわの願い、きいてくれ‼」
と、花梨はアマテラスを見つめ、訴えた。
すると、アマテラスは漆黒の瞳でミューを暫く見つめた。
そして、ミューはその視線を会わせたまま、じっとしていた。
(うぅ……。ミュー。がんばれ‼ 絶対、お前なら認められる‼ そうじゃなかったら俺が、許さん‼)
ケレスがそう願っていると、アマテラスの白銀の羊毛の光の強さがさらに強くなり、
その光から零れ落ちたスパンコールの様な金色の光の玉が集まり一つの玉となった。
そして、その光の玉はクリオネの首に生えている水晶に吸い込まれていった。
「クリオネの水晶に光が⁉」
それからミューがクリオネの水晶を見つめていると、
アマテラスはその姿が風景に溶け込むかの様に消えた。
そして、ミューがアマテラスが消えた辺りを見つめていると、
「ミュー、やったの‼」
と、花梨は喜び出し、
「どういう事何でしょうか、花梨様。私、アマテラス様に認められたのでしょうか?」
と、言ったミューの顔には不安の色が宿ったが、
「当然じゃ‼ アマテラスからの加護、しかと宝珠へと伝授されたぞ‼」
と、言った花梨は大きく頷き、笑うと、
(宝珠って、もしかしてクリオネのあれがそうだったのか⁉)
と、ケレスは思った後、
「てか、そんな大事な宝をクリオネが持っていたのか⁉」
と、大声で言ってしまうと、
「実は、そうなんだ。ははっ……」
と、ミューは舌をペロッと出して、苦笑いをしながら、告白した。
宝珠の国はその名の通り、宝珠がある。
その昔、救いの神子を守る為、アマテラスはこの世界に三種の神器を授けた。
その一つが宝珠で、災いを祓う力を秘めている。
「そんな凄い神器を持ってるクリオネは、よく今まで無事だったな!
てか、宝珠に、加護って、どういう事なんだ?」
色々な不思議から襲われているケレスが聞くと、
「君はそれで良くアカデミーにいくなんて言えるね。
いいかい? 君達の国、宝珠の国の宝珠とは、彼女の種族が持つ水晶の事を言うんだ。
そして、残りの三種の神器は僕達の国、水鏡の国と、剣の国にそれぞれ一つずつあるんだ。
さらに教えてあげると、三種の神器とは何事もないと、ただの、玉、剣、それに鏡だ。
それ等に特に力なんてないんだ。
でも、アマテラス様の力が宿るとそれ等は強大な力を持ち、
その神器は持ち主を択ぶと言われている。
まあ、簡単に言えば、アマテラス様の力を頂ける事が加護を享けるという事で、
択ばれた者が神器を持つという事になるんだ」
と、アルトは長々と説明してくれ、
「はぁ、さすがアルト。博識。でも、強大な力って、どんな力だ? そんな力なんて、いるのかよ?」
と、ケレスがそう言い、感心し、聞くと、
「さあね。だが、さっきの奴みたいなのがいるから、何れは必要になるかもしれない。
それに、一六年前の様な事だって起きる可能性はあるよ」
と、アルトは冷静に答え、
「じゃあ、また一六年前の様な災いが起こるのか⁉」
と、ケレスが恐る恐る言うと、
「そうならない様に、私達がいるのです」
と、イブが話に入り、まだケレスが色々と質問しようとしたその時、
バタンっと音をたてラニーニャが、その場に倒れた。
「姉ちゃん‼」
そして、皆、各々の呼び方でラニーニャを呼んだが、ラニーニャは気を失っていて返事がなかった。
その後、急いで龍宮家までケレス達は戻った。
戻る間、ラニーニャは気を失ったままで、そのラニーニャをアルトはずっと介抱していた。
(姉ちゃん、どうしたんだ……)
ケレスは、心配でたまらなかった。
いつも元気な姉が今は青白い顔で気を失っている。
このまま目を覚まさなかったらとケレスに不安がよぎった。
だが、龍宮家の前の湖に着くと、ラニーニャは目を覚ました。
「先輩! 良かった。大丈夫ですか? 僕がわかりますか?」
そのラニーニャにアルトが嬉しさのあまり立て続けに質問したが、
ラニーニャはぼうっとして、反応がなく、
「早く先輩を龍宮家で休ませましょう‼」
と、眉間にしわが多く出来ているアルトが提案したが、
「大丈夫よアルト。ごめんね。ちょっと疲れてたにたい」
と、ラニーニャは少し元気そうに言って、
「ですが、先輩。まだ、顔色が悪いです……」
と、眉が下がっているアルトは心配したが、
「本当に大丈夫だから! それに早く帰らないと明日も仕事あるし。
私でもいないと先生が困るんだ」
と、言ったラニーニャが笑うと、
「姉貴、それは大変だ⁉ 早く、帰ろう! 目的も達成したしな!」
と、言ったジャップがラニーニャを見たので、
「そ、そうですか……。では、僕がちゃんと送り届ますから……」
と、言ったアルトは肩を落としたが、
「アルト、しっかりと送り届けるのですよ」
と、イヴに任されると、
「はい、姉上。任せてください!」
と、明るく、凛々しく言えたアルトは顔を上げた。
そして、帰りの飛行艇の中でアルトはラニーニャと色々と話していた。
そのアルトは生き生きとし、ラニーニャも楽しそうだった。
「なあ、アルト。お前等いつからそんなに仲が良くなったんだ?」
そして、それを見たジャップがアルトを見ると、
「いつからだっていいだろう? そして、いい加減に君は僕を呼び捨てにするな‼
何度言ったらわかるんだい?」
と、言ったアルトの言葉に棘はなく、
「ふーん。まっ、いいけどな。アルト」
と、言ったジャップはふっと笑い、永遠に終わりそうにないやり取りを二人は続けていたが、
それをラニーニャは嬉しそうに笑って見ていた。
(良かった、姉ちゃん。元気になって……)
そのラニーニャを見たケレスはほっとし、ケレス達は帰国の途についた。
「
ケレス君、御苦労様でした!
大変な目に合ったけど、良い事もあったでしょ?
やっぱ、旅行は良いね! 私も、行きたくなったよ!
お金と、体力があればなんだけどね……。
さて、そんなケレス君に朗報だ! 次回、また君は旅行に行ける!
しかも、あの、憧れだった、あの方とだ‼
そんな次回の話のタイトルは、【ケレス、高杉と会う】だぞ。