番外編 龍宮 アルトの憂鬱 11
アルトの窮地を救ったのは、まさかの存在だった。
その存在にアルトが呆然となると、ラニーニャの祖父がその名を呼ぶ。
それから辺りを確かめたアルトは漆黒の炎を操る男の正体に近づいてしまった。
だが、それがアルトの想像通りならば、
決してラニーニャをその男に近づけてはならないという事になってしまうのだが……。
アルトの前にいたのは掌程の大きさの小さな赤い牛だった。
「モウ、モウ、モウ……」
その牛はそう鳴きながら何度も首を縦に振り、アルトに何かを語り掛けてきた。
「君は、一体……」
アルトがその牛の気持を汲もうとすると、
「ベコ殿。助かりました……」
と、言ったラニーニャの祖父がその牛に深々と頭を下げたので、
「ベコ殿? 彼女はベコ殿と言うのですか?」
と、アルトがラニーニャの祖父に尋ねると、
「そうじゃ。ベコ殿は地のマナを吸収し、他のものに分け与える事が出来る精霊じゃ。
それとお前さんの様に、治癒術も使えるんじゃ」
と、頷いたラニーニャの祖父は答え、
「そうだったのか……。
ベコ殿、数々の行為、感謝します!」
と、言ったアルトも深々とベコに頭を下げ、その感謝の意を伝えると、
「モーウ、モウ、モゥ……」
と、その意を受け取ったベコはゆっくりと頭を縦に振って鳴いた。
(しかし、どうしたものか……)
それからアルトがケレス達の方に目をやると、そこは惨状が広がっていた。
そう、木々も、そこに生えていたであろう草も、地面ですら焼け焦げていたのだ。
いや、そうではない部分もあった。
それは、場所によっては地が死んでいたのである。
(あの部分はあの男の漆黒の炎のせいだろう……。
だとすれば、まずい事になったね……)
アルトは漆黒の炎の力を使った男の正体を考えた。
そして、一つの答えに辿り着いた。
だが、これがアルトの予想通りならば、決してラニーニャをその男に近づけてはならない。
そういう事になってしまう。
(さて、どうするか……。
とりあえず先輩を避難させる事が優先だけど、何所に)それがあるんだ?
アルトは考えたが、答えはなかった。
すると、アルトの携帯電話が振動した。
「誰だ? あっ⁉ ば、婆や⁉」
その発信者を見たアルトは思わず叫んだ。
そう、その発信者はアルトの婆やだったからである。
(何で今、電話してくるかな!
今電話している場合じゃないのに……)
アルトはその発信者の名を見て、イラっとした。
だが、ある事を思い出した。
ーー
そして、覚えておいてください。
あなたは、一人ではない、という事を。
私は、いつ、如何なる時も、アルトお坊ちゃまの味方である、という事を……。
ーー
(婆や……。君を信じるよ!)
そして、意を決したアルトは電話に出た。
だが、
「早く出なさい!」
と、電話越しにアルトの婆やに叱られた。
その事にさらに苛立ったアルトだったが、ぐっと堪え、アルトの婆やと話す事にした。
「婆や、いきなり怒る事じゃないだろう? 僕だって色々と大変だったんだ!」
「お黙りなさい! 昨日から私は何度も電話しているのですよ‼
それを何ですか? 謝るどころかその様な口草は‼」
「そ、それは悪かったよ……」
そして、アルトは何も言えなくなった。
だが、
「……今からそちらに向かいます」
と、アルトの婆やから思いも寄らない事を言われ、アルトは息を飲んだが話しを続けた。
「婆や⁉ 君は何を言ってるんだい⁉」
「……ラニーニャ殿に何かあったのでしょう?」
「そ、そうだけど、どうして……」
「話は後です。
そちらを出立する準備をなさってください」
そう言うとアルトの婆やは電話を切った。
(婆や……)
そして、切られた電話をアルトが呆然と見つめていると、
「今のは?」
と、ラニーニャの祖父から問われ、
「僕の執事です。とても信頼出来る人物です。
ですので、今からここを離れる準備をなさってください」
と、一つ息を吐いたアルトはラニーニャの祖父に指示し、
「じゃ、じゃがそれではお前さん達に迷惑が……」
と、困惑したラニーニャの祖父が言ったが、
「言ったでしょう?
僕は先輩の傍で、先輩を守るって。
それに彼女も同じ気持ちです。
今はそれしか言えませんが、どうか僕達を信じてください!」
と、アルトは言葉で、そして目で自身の覚悟を伝えた。
すると、ラニーニャの祖父は目を潤ませ、アルトに深々と頭を下げた。
(さて、ケレスには申し訳ないけど、ここでお別れだね……)
そんなアルトはこれ以上ケレスを巻き込まない様にする為、そう決めた。
なので、ラニーニャ都、その祖父とでここを離れ様とした。
だが、そのアルトの目の前で有ろう事か、漆黒の炎を操る男が覚醒した。
その男は顔を顰め額に手をやって首を横に振っており、
どうやらまだ状況が飲み込めていない様だったが立ち上がったのだ。
(な、何であの男が目を覚ましたんだ⁉
マンドレイクの悲鳴を聞いた者は一週間は目を覚まさないはずなのに……)
目の前で起きている事実に動揺したアルトが動けずにいると、
「……バルがあの男に蜜を飲ませたのであろう」
と、ラニーニャの祖父の呟きが聞え、
「そ、そうか……。
悲鳴を聞かせたマンドレイクの蜜は、気絶させた者を覚醒させる事が出来るのでしたね……」
と、小声で言ったアルトが眉を顰めると、
「今はあの男と敵対しても仕方があるまい」
と、ラニーニャの祖父から諭され、
「そ、そうですね……」
と、言ったアルトが俯くと、そこに浦島がいた。
そして、その浦島の顔は、自分に任せてほしい!と言っていた。
「浦島……。わかった!」
その浦島を信じアルトが立ち上がると、
「喜蝶は無事化?」
と、駆け寄って来た漆黒の炎を操る男はラニーニャを見て、違う名を呼んだ。
(えっ? キチョウ……?
もしやその名は昴での先輩の名⁉
だとすれば、どうしてこの男がその名を知っているんだ⁉)
その名を聞いたアルトは漆黒の炎を操る男を色々と勘ぐった。
すると、
「……お前さん、どうしてその名を知っておる?」
と、聞いたラニーニャの祖父の顔は恐ろしくなっていたが、
「……昔、彼女から聞いていた。
すまない。俺がもう少し早く到着していれば喜蝶をこんな目に合わせなかった……」
と、言葉少なく話した漆黒の炎を操る男は眉を顰め、深々と頭を下げた。
(昔……。それは、いつの事なのだろう?
まあ、今はそんな事を考えても仕方がない。
早く婆やと合流して……)
そんな二人を静かに見守っていたアルトが警戒しながらもこれからの事に事を進め様としたその時、
紅蓮の炎がラニーニャを傷つけた男を守る様に取り囲んだ。
それからその紅蓮の炎はそのまま空へとその男を連れ去って行った。
「宝珠の国の守り神か⁉ どこまで彼は主人に忠実なんだ‼」
そして、その紅蓮の炎を見送るアルトの顔は怒りに満ちたが、不意に浦島が大きくなり、
「ああ、そうだったね……。悪かった、浦島。
先輩のお爺様。早く先輩を浦島に乗せてください!」
と、言ったアルトが怒りを鎮め支持すると、
「わ、わかった!」
と、返事をしたラニーニャの祖父はラニーニャを浦島の背に乗せた。
そんなアルトはラニーニャを見つめた。
すると、浦島の背に横たわっているラニーニャの顔は白蝋の様に白く、かろうじて息はしていた。
そう、早く安全な所で休ませなければどうなるのかわからない状態だったのだ。
そんなラニーニャを見たアルトの眉間にしわが寄ると、
漆黒の炎を操る男はそっと自身の上着をラニーニャに掛け、その上にふわっと たぬてぃが座った。
(先輩、申し訳ありません……。
あなたを守ると言っておきながら……。
そう覚悟を決めていたのに、僕は……)
そして、アルトは後悔の念に襲われた。
そんなアルトの胸に突き刺さる後悔は激しい痛みとなりその痛みを堪える為、
アルトは拳を強く握り締めた。
すると、
「キャ!」
と、鳴いたバルがアルトの傍に駆け寄り、
「バル君、どうしたんだい?」
と、そのバルにしゃがんで目を合わせたアルトが聞くと、
「キャア!」
と、鳴いたバルは、「頼んだよ!」と訴えてきたので、
「バル君……。ああ、わかってる!
今度こそ、守ると約束する!
だから、僕を信じてくれ!」
と、伝えたアルトは優しい目でも語り掛け、大きく頷いた。
だが、ボンッ!と何かが爆発する音が聞えた。
「何だ⁉」
その音に驚いたアルトがその音の方を見ると、
そこには開いた扇子で埃を払う様な仕草をしたアルトの婆やがいた。
「申し訳ありません。少々、蠅が気になったものですので……」
そんなアルトの婆やが静かにそう言うと、
「婆や……」
と、少し安心したアルトの口から言葉が漏れたが、
「さあ、急ぎますよ!」
と、パンッ!と扇子を閉じたアルトの婆やから指示され、
「ああ、わかった!」
と、言ったアルトは頷き、
「先輩のお爺様。行きましょう!」
と、ラニーニャの祖父に目を転がして言うと、
「わかった……」
と、言ったラニーニャの祖父は頷いた。
それからアルトは後ろめたかったが、ケレスを放置して歩みを進めた。
そして、ニョルズの片隅に停泊させていたアルトの飛行艇に乗り込み、宝珠の国を出航した。
(とりあえず誰にも会わなかったのは良かった……)
そんなアルトが胸を撫で下ろして空の海を眺めていると、
「安心するのはまだ時期尚早ですよ?」
と、茶を運んで来たアルトの婆やに注意され、
「すまない、婆や……」
と、言って、茶を受け取ってアルトの眉が下がると、
「何があったのか話していただけますね?」
と、厳しい顔のアルトの婆やに言われ、アルトは何があったのか全てを話した。
そんなアルトはアルトが辿り着いた真相をも話した。
こんな事を話しても誰も信じる訳がないと思ったが、アルトは話した。
だが、
「そうでしたか……」
と、全ての話を聴き終わったアルトの婆やはその一言だけを発し、
「婆や⁉ 君は何か言いたい事はないのかい?」
と、それに驚いたアルトが何度も瞬きしながら言うと、
「言いたい事とは?
と、言ったアルトの婆やが首を傾げたので、
「いや、だから君はこんな馬鹿げた話をすんなり信じるのかい?」
と、おずおずしながらアルトが聞くと、アルトの額に扇子がバシッ!と叩き付けられた。
「……っ! わかっていたけど、痛い‼
そして、そう言葉を漏らし歯を喰いしばり額を押さえながら涙目のアルトがアルトの婆やを睨むと、
「馬鹿げた事ではありませんよ!
それに私を誰だと思っていらっしゃるの?」
と、言ったアルトの婆やの目尻はキッと釣り上がっており、
「わかっているけど……。何も、扇子を叩き付けなくってもいいんじゃ……」
と、それに臆して言ったアルトの眉が下がると、
「……私も少々腑に落ちない処があったのです」
と、眉が戻ったアルトの婆やは厳しい顔のまま言ったので、
「腑に落ちない処?」
と、言ったアルトが首を傾げると、
「ええ。あの大恐慌が終わってもビフレスト山に続いている異変……。
アルトお坊ちゃまもお気づきでしょう?」
と、アルトの婆やに言われ、はっとしたアルトの頭の中でどんどん点と点が繋がっていった。
(そうか……。やはりそうなんだ!
先輩のお爺様が言った事は間違っていなかった!
証拠はこんなにあるのに、それなのにどうしてこんな事になっているんだ……。
どうして先輩は……)
アルトはやっと今のこの世界の真相に辿り着いた。
だが、どうしてもわからない事が二つあった。
一つはアマテラスのお告げがあった日の真相。
もう一つはラニーニャの望みの意図……。
一つ目のそれは考えても徒労に終わる。
何故なら、それを考えた処で証明出来ない限り、それは推論でしかないからだ。
では、もう一つはどうか?
アルトはラニーニャの傍にいて、ラニーニャの事を知ったはずだったがわからなかった。
それこそラニーニャが望めば全ては解決する話なのに、ラニーニャはそれを望んでいない。
そのラニーニャの気持がどうしてもアルトにはわからなかったのだ。
そして、答えが出ないアルトは頭を抱え俯いた。
すると、
「モウ、モウ、モウ……」
と、聞き覚えのある泣き声が聞こえ、
「こ、この声は、ベコ殿⁉」
と、言ったアルトが顔を上げると、
「あなた様は⁉」
と、息を飲む程驚いたアルトの婆やとアルトの間に、徐にベコがトコトコと歩いて入って来た。
「婆や。彼女はベコ殿だ。
彼女の贈与と治癒の力で僕は助かったんだ!」
そして、そのベコを見たアルトの声が弾むと、
「そう……でしたか……」
と、ベコを見て呟いたアルトの婆やの顔は一瞬で何かを察していたが、
「ベコ様。アルトお坊ちゃまを助けていただき、誠にありがとうございました」
と、言って、深々とベコに頭を下げると、
「ゥモウ、モウ、モウ……」
と、ベコは満足そうに鳴きながら首を縦に振った。
「ベコ殿。いつの間に飛行艇に乗り込んだのですか?」
それからそのベコにアルトが聞くと浦島がアルトのポケットから抜け出し、
のそのそとベコの前まで歩いて行った。
「ウモウ、モウ、モウ……」
すると、ベコが浦島に感謝する様に鳴きながら首を縦に振ったので、
「そうか。浦島が乗せてあげたんだね!」
と、言って、アルトが浦島に笑い掛けると浦島は首を縦に振り、
「さて、状況を整理出来た処で、私の方も少し話させていただきますね」
と、一つ息を吐いたアルトの婆やは話始めた。
「ああ、婆や。そう言えばどうして僕の居場所がわかったんだい?」
そんなアルトの婆やにアルトがそう聞くと、
「はい。昨日イヴ様からご連絡がありましたので」
と、小さく頷いたアルトの婆やは答え、
「そうか。姉上が……」
と、言ったアルトは少し気恥ずかしくなり、頬が赤くなると、
「はい。それで大体のアルトお坊ちゃまの居場所は把握していたのですが、
乙姫がどうも胸騒ぎがすると申しまして……。
それで私はニョルズ付近に待機していたのです」
と、厳しい顔のままのアルトの婆やは話を続け、
「さすが乙姫だね」
と、言ったアルトが一つ息を吐くと、のそのそと赤い肌を持った乙姫がアルトの前まで歩いて来た。
「ほほ。そこは乙姫ですので」
そして、そう言ったアルトの婆やは乙姫の甲羅を撫で、
「さて、これからラニーニャ殿をアルトお坊ちゃまの屋敷に運びます。
そこでひとまずは落ち着けるでしょう。
ですが、あの男の正体がアルトお坊ちゃまの想像通りでしたら厄介な事になりましたね……」
と、言うと、アルトの婆やの眼光は鋭くなり、
「そうだね。まだ何とも言えないけれど、あの男は先輩の昴での名を知っていたんだ。
これが何を意味するのかが重要だね」
と、言ったアルトの顔が厳しいものに変わると、
「そうですね……。
いずれにせよ、ラニーニャ殿に危害を咥え様ならば、誰であろうと容赦は致しませぬ!
アルトお坊ちゃま、宜しいですね?」
と、閉じられた扇子でピシャリッ!と手を叩いたアルトの婆やは覚悟を伝え、
「ああ。構わないよ。
僕達で先輩を守ろう!」
と、アルトも覚悟を伝えた。
そうやって話をしているとアルト達は水鏡の国の端にある島に到着した。
この島は丸ごとアルトの所有物となっており、この島にアルトの屋敷がある。
さらに、アルトとアルトの婆や以外の人間は立ち入る事が出来ぬ様に、
アルトの婆やによる結界が張り巡らされているのだ。
そんなアルトの屋敷に密かにラニーニャを運ぶと時刻は夕暮れに差し掛かっていた。
ここまで来ると一時しのぎとは言え、アルトは少しだけほっとする事が出来た。
だが、これは本当に一時しのぎにしかならなかった。
何故なら、この後にまた運命の悪戯が倒したドミノが襲いかかってくるのだから……。
アルト君♪
番外編ももう、11まで来ちゃったね!
私、どれだけ君を良く書き続けられるのだろうか……。
……、じ、実はこのシリーズ、来月の【番外編 龍宮 アルトの憂鬱 12】で終了しちゃうんだ。
なので、2025年12月11日(木)の投稿で終わっちゃうのだ!




