№ 41 ケレス、虎踞竜蟠の盾を破る慧可断臂の意の矢を目撃する
豪雨の中の交渉は未だ続いていた。
人質の数では根の一族の女の方が有利だったが、イヴはそんな事を感じさせずに有利に進める。
すると、まずは高杉が解放され、続いて花梨が解放されると、
ラニーニャも解放されたのだが、その時に乾いた音が豪雨の中響く……。
フレースヴェルグは轟く声と共に上空に舞い戻って来た
「うげっ⁉ もう戻ってきたのか?」
その泣き声にあたふたしたケレスがアルトを見ると、
アルトはその鳴き声が聞こえない程集中しており、
(アルト! 早くしてくれ‼)
と、ケレスがやきもきしながら願っていると、
「約束通り、無事に連れて来てやった! 早く、喜蝶を解放しろ‼」
と、根の一族の女は怒鳴った。
すると、龍神の岩がある島の近くに雨に打たれないイヴが姿をみせた。
「まず、こちらの要求からだ」
そして、そんなイヴは静かに交渉を始め、
「何でそっちからなの?」
と、根の一族の女が唇を噛みしめながら言うと、
「先に高杉殿を渡してもらおう。寿族に乗せなさい。
そうすればあの者の周りにある水の盾を解除する」
と、その言葉に聞く耳を持たずイヴは言って、根の一族の女を睨み、
「寿族ですって?」
と、睨み返した根の一族の女が言うと、水面から赤い寿族の亀が浮かび上がってきた。
「ふーーん……。フレースヴェルグ!」
すると、その寿族に目を転がした根の一族の女はそう命じ、
フレースヴェルグの左前脚に捉えられていた高杉が寿族の亀の上へと落とされた。
「先生! 良かった。無事みたいだ!」
その高杉は縛られてはいたが怪我も治っており、ケレスがほっとすると、
高杉を乗せた寿族の亀がケレス達から離れる方へと泳いで行ったので、
(よしっ! これで先生は助かった!
あとは姉ちゃんと花梨様だ!
きっとイヴさんには何か考えがあるに決まってる!
イヴさんなら二人共助けてくれるはずだ‼)
と、高杉の無事を確認したケレスは信じたかった。
本当は、イヴはラニーニャも助けてくれる。
ケレスの心の片隅にはそんな希望があった。
だから、そういう風になる未来に希望が持てた。
だが、その希望は儚く砕け散った。
「おいっ⁉ 目を開けろ‼ これは何の冗談だ⁉
さっきのは何だ? 遺言のつもりか? そんな下らんもん、俺は認めんからな‼」
ケレスが希望を持てている間、高杉はそう叫んだが、ラニーニャにはその言葉は届かず、
「おい! 龍宮の女‼ この亀を止めろ‼
俺はこいつを助けるんだ‼」
と、高杉はイヴに必死に訴えたが、
「高杉殿。大人しくしていてください」
と、その訴えを受け入れないイヴが首を横に振って言うと、
高杉を乗せた寿族の亀はどんどんケレス達から離れて行った。
「ちょっと⁉ 約束を守りなさい!」
そして、明らかに動揺している根の一族の女がそう言うと、
「わかっています」
と、言ったイヴは龍神の岩がある島を取り囲んでいた冬夏青々を解除したので、
どしゃ降りの雨がラニーニャに降り注がれ、
「喜蝶⁉ 今、助けるから!」
と、叫んだ根の一族の女はフレースヴェルグと共に龍神の岩がある島へと下り立った。
その島にいたラニーニャは龍神の岩に鎖で縛られており、
ラニーニャの胸の辺りには青色に輝く短刀が刺さっていた。
そして、その部分から白銀に輝くラニーニャのマナが漏れ出していたが、
根の一族の女はまずラニーニャを縛っている鎖を破壊し、ラニーニャを解放した。
「早く、この矛を解除しなさい‼」
それからしゃがんでラニーニャを抱き寄せた根の一族の女は怒鳴ったが、
「花梨様が先だ」
と、言ったイヴはその要求を受け入れず、
「あんた……。そう言って、喜蝶を助けないつもりじゃないでしょうね?」
と、唇を噛みしめている根の一族の女がイヴを睨みつけながら言うと、
「時間がないのでは?」
と、それに臆する事なくイヴは冷静に言ったが、
「イヴ‼ わらわは無事じゃ‼
それより、ミューの姉に酷い事をするでない‼
この様な馬鹿げた事は今すぐやめよ‼」
と、フレースヴェルグの右前足に捕まっている花梨は必死に訴えた。
だが、
「花梨様。寿族にお乗りください」
と、花梨の願いをも受け入れないイヴが言うと、
龍神の岩がある島の近くにまた赤い寿族の亀が現れ、
「イヴ⁉ 頼む‼ 先にミューの姉を解放せよ‼
わらわの命令が聞けぬのか‼」
と、叫んだ花梨は寿族の亀に乗る事を拒んだが、
「あなた様の安全が優先です。
どうか、私の言う事を聞いてください」
と、それでも切なく花梨を見つめるイヴに言われ、
「イヴ……」
と、言った花梨が泣きそうな顔になると、
「……さっさと行きなさい。
あんたがいると喜長、解放してもらえないじゃない」
と、根の一族の女が感情なく言うと、フレースヴェルグはそっと花梨を解放した。
「其方……」
すると、何か言いた気な花梨だったが寿族の亀に乗り、
寿族の亀はそのまま花梨を乗せイヴの傍へ泳いで行ったので、
「これでいいんでしょ?」
と、根の一族の女が言うと、イヴは頷いて衡陽雁断を解除した。
そして、ラニーニャの胸にあった短刀は音もなく、すぅっと消えたが、
ラニーニャはぐったりとしたまま動かなかった。
「ねえ、喜蝶? もう、大丈夫よ。返事をしてよ……。
ねえ、どうして、こんなに冷たくなってるの……。
痛かったから?
寒かったから?
ごめんね。私が温めてあげるからさぁ……。
返事をしてよ……。目を開けてよ……。お願いだから‼」
そう言った根の一族の女はそんなラニーニャを強く抱きしめ、
大雨に負けない、いくつもの大きな涙の粒を、ぽろぽろと落とした。
その光景はケレスの心にぐっとくるものがあり、心を温めたが、
ラニーニャはぴくりとも動かなかったのだ。
(まさか、姉ちゃん……⁉)
そして、ケレスは想像したくない未来を想像してしまい、
そのせいでケレスの温められた心は一瞬で冷え切ってしまった。
すると、パンッ!という乾いた音が豪雨の中 響いた。
「……えっ⁉」
何が起きているのかわからないケレスの目の前では、
左肩付近から血が滴り落ちている根の一族の女がそのままの状態でラニーニャを抱きしめていた。
「だ、誰だ⁉」
そして、そう叫んだケレスが辺りを見渡すと、また、パンッ! パンッ!と乾いた音がし、
根の一族の女の背からも血が溢れ出した。
この時、ケレスには何が起こっているのかわからなかった。
だが、わかっている根の一族の女がさらにラニーニャを庇う様にすると、
ラニーニャは意識を取り戻したが暴れ出した。
すると、
「大丈夫……。喜蝶、私が守るから。
あなたは心配しないで……ねぇ?」
と、根の一族の女から優しく言われ、ラニーニャは暴れるのをやめたが、
「あぁーーらぁ。まぁーーだ生きてるの? し、ぶ、と、い、やぁーつ!」
と、言いながら足取り軽く川の上を歩いている洲之が現れた。
そして、雨に濡れていない洲之の右手には傘ではなく、拳銃が握られていたのだ。
「洲之のおばさん⁉ 卑怯者‼
それにイヴさんも卑怯だ‼」
その洲之を見て希望を打ち砕かれたケレスは怒りに任せ叫んだが、
「外野は黙ってなさい! 煩いだけで、何も出来ない癖に‼」
と、洲之はケレスに怒鳴りつけた後、
「しかし、あなたも本当に馬鹿ねぇ?
そんな災い女なんかを助けにこなきゃ、死なずにすんだってぇーーのに?」
と、困った顔で根の一族の女に言うと、
「はは……。馬鹿はあんた達の方よ?
喜蝶は災いなんかじゃない!
命を懸けても守る価値はあるわ‼」
と、根の一族の女は、せせら笑いながら言った。
(あの根の一族の女の人は、どうしてそこまでして姉ちゃんを守ろうとするんだ?)
そのやりとりを見てケレスは考えた。
だが、
「あぁーーっはっはっはっ! 何それ?
あのクソ女が命を懸けて守る価値がある、ですって?
あんた、ほぉーーんと、どこまでお目出たいの、か、し、ら?」
と、洲之が腹を抱えて笑いながら言ったので、
「ギャオーーオォォ」
と、怒りに満ちた鳴き声のフレースヴェルグが洲之に襲いかかろうとしたが、
「フレースヴェルグ、やめなさい‼
喜蝶と約束したでしょ?」
と、言った根の一族の女がそれを制すると、フレースヴェルグは大人しくなったので、
「いいコね? フレースヴェルグ」
と、それを確認した根の一族の女は優しく言って、
「話はそれだけ?」
と、言いながら洲之を睨みつけた後、
「さあ、喜蝶。帰るよ?」
と、優しい顔でラニーニャに言って、立ち上がろうとしたが、
「あなた。ここから生きて帰れると思ってるの?」
と、言った洲之は根の一族の女に近づき、銃口をその頭に当てた。
すると、
「洲之‼ やめるのじゃ‼
わらわはもう無事じゃぁ‼ その様な事をするでない‼」
と、イヴの傍にいた花梨が叫んだが、不敵に笑った洲之はさらに銃口を押し当てたので、
「イヴ‼ 頼む‼ わらわこの様なものを見とうない‼ 聞きとうない‼」
と、泣きじゃくる花梨はイヴに嘆願したが、
「花梨様。私がおります。
目をお閉じください。耳は、私が塞ぎますので……」
と、言ったイヴは花梨を誰にも見せない様に覆い隠して抱きしめた。
そして、
「さぁーて、喜蝶? また、あんたの目の前で人が死ぬね♡
一六年前のあんたの両親が死んだ時の様に……。
わかる? これは、ぜぇーんぶ、あんたの、せ、い、よ!」
と、笑っている洲之が満足そうに言うと、根の一族の女はその場に崩れそうになったが、
「あーーらぁ⁉ まだ、死なないで、く、れ、る?
あなたには、喜蝶にあなたの頭がグチャグチャに吹っ飛んで死んでいくのを見せてほしいの……。
喜蝶に、生きてた事を後悔させる程の絶望を与えて、ほ、し、い、の……♡」
と、それでも満足しない洲之が冷酷な顔になって言うと、
手を伸ばしたラニーニャが洲之の拳銃を奪い取った。
すると、遂に根の一族の女はその場に崩れ落ちたが、ラニーニャがその前に立ち塞がった。
「何すんのよ⁉ この死にぞこないがぁ‼ 返せ‼」
そう怒鳴った洲之はラニーニャと拳銃を奪い合い始めた。
それから二人は暫くもみ合った後、洲之が腕を振り上げた反動で、
ラニーニャは拳銃を握ったまま少し飛ばされる形で地面に叩きつけられた。
「はぁ はぁ……。でっ? あんた、それで私を殺すつもりなの?」
そして、そう言って息が挙がった洲之から恐ろしい形相で睨みつけられたラニーニャは怯え、
「ははっ! やっぱり、あんたは災いねぇ?
一六年前、死んでてくれてたら私は……。いえ、世界中の全ての人は幸せだったのに‼
ほぉーーんと、あんたなんか昔から大嫌いだったわ‼
あんたなんか、生まれて来なきゃ良かったのよ‼」
と、洲之の憎しみが籠った怒号が飛ぶとラニーニャの右目から涙が一粒流れ落ちていき、
その涙の一粒が雨に混じり地面に落ちた瞬間、ラニーニャは優しく微笑んだ。
その顔を見たケレスは、ラニーニャの考えがわかった。
「姉ちゃん⁉ 馬鹿な事を考えるな‼」
ケレスは嫌な未来を変える為に叫んだ。
だがその未来を変える事は出来ずラニーニャは何の迷いもなく拳銃を握ったまま滝壺へ身を投げた。
「ねぇーーちゃあぁーーーん‼」
それからケレスの泣き叫ぶ声が大雨の中 空しく響いた。
そして、滝壺から聞こえた水しぶきの音がそれに続き、
「き……。き、ちょ……う……。
もう、一人、なんかに……させないわ‼」
と、言った根の一族の女も滝壺に飛び込み、大きな水しぶきを上げた。
その時だった。
「急げ‼ アルト‼」
そんなジャップの叫び声が響き、
「わかってるよ‼ 気が散るから黙っててくれ‼」
と、アルトの叫び声も響くと、そのアルトの左手には青色に輝く弓が握られていた。
そして、そのアルトの手の親指と中指の上には青色に輝く弓矢の鏃が置かれ、
右手には同じく青色に輝く弓矢の矢羽と弦が握られており、アルトはそれらを引いていた。
「ア、アルト⁉ そんな物どこから持ってきたんだ?」
そのアルトの弓を見て思わずそう言ったケレスの目が丸くなると、
「よっしゃぁ‼ アルト! 射貫くんだぁ‼」
と、ジャップは叫び、
「わかってるって‼」
と、叫んでアルトが矢を射貫くと、イブの冬夏青々はガラスが砕け散る様な音を立て砕け散り、
ケレス達にバシャバシャと叩き付ける激しい雨が降り注がれた。
ケレス君⁉
大変な事になっちゃってる処悪いんだけど、前回言った事、覚えてるかい?
【虎踞竜蟠】と【慧可断】なんだけど……。
読めたかしらね?
あと、意味は簡単に言えば凄く硬い守りをそれをも上回る意志で……って聞いてないのねぇ……。
また、次は凄い事になるんだもの!
そいじゃ、次話のタイトルコールいっとこ!
ダラララ……。じゃん!
次話のタイトルは、【ケレス、逆鱗に触れた者の最期を見る】です!
……最期って事は、誰かの最期なのか……。




