№ 37 ケレス、姉にまた守られる
ケレス達の前に現れたのは、ケレス達も知っている人物だった。
そして、その人物から耳を疑う事を言われ、それを拒絶したジャップがその人物に立ち向かう。
その末路にラニーニャが出した答えとは……。
「あ、あなたは、イヴさん⁉」
声の主を見て驚いたケレスは思わず叫んだ。
ケレス達の目の前に現れたのは、龍宮 イヴだったのだ。
「すまない。出来るだけ被害を出したくなかったのだ」
そのイヴはそう言いながら静かにケレス達の近くに歩いて来たが、
「被害だと? アルトの姉さん。何が言いたい?」
と、ジャップから低い声で聞かれると、
「貴殿達の姉上をこちらへ渡してほしい。
素直に渡せば、貴殿達には危害は加えないと約束しよう」
と、イヴは信じ難い事を平然と答えた。
「イヴさん⁉ 何を言ってんですか?
まさか、昴の人に唆されたんじゃ⁉」
その恐ろしい言葉を聞いて叫んだケレスはイヴを信じたかったが、
「これは、私個人の意志だ」
と、答えたイヴは首を横に振り、
「やめてください‼ そんな事をしても、花梨様や先生は助けられない‼
それより、みんなで協力しましょうよ‼ 全員が助かる方法は、必ずあるはずです‼」
と、ケレスが必死に訴えても、
「方法は、一つだけです」
と、言ったイヴは頑なにケレスの希望を受け入れず、冷酷な目でラニーニャを見つめた。
その目にラニーニャが怯えると、
「すまない。姉貴は物じゃないんでね……。
渡すとか、気安く言わねえでくれ」
と、低い声で言ったジャップがラニーニャの前に立ち塞がり、
「大丈夫だ、姉貴。
そんな顔をさせてすまねえな」
と、振り返らず優しく言って、自身の斧を取りだした。
「あ、兄貴⁉ 何をする気だ?」
そのジャップの行為にたじろいだケレスが言うと、
「誰であろうと、姉貴を悲しませる奴は許さねえ。
姉貴を傷付けさせねえ」
と、言ったジャップは戦闘態勢をとったが、
「やめた方がいい。貴殿では私には勝てない」
と、刀に手を触れていないイヴが静かに言うと、
「えらい自身だな……。俺は、女だろうと、手加減しねえぞ?」
と、言った瞬間、ジャップはイヴに攻撃を始めた。
しかし、ジャップの攻撃は全く当たらなかった。
何度切り掛かっても、ジャップの斧はイヴにかすりもしなかったのだ。
「いつまでもそうやってられると思うなぁーー‼」
そして、ジャップの攻撃をかわし続けるイヴにジャップはそう叫びながら一点集中で攻撃したが、
何故かイヴはそれを避け様とはしなかった。
「あ、兄貴……⁉」
一点集中の力を宿したジャップの斧がイヴに直撃した瞬間、ケレスの息を飲む音が聞えたが、
「どうなってんだ⁉」
と、ジャップの焦った声が聞こえ、ジャップの斧はイヴの前で止まっていた。
そして、ジャップが力をさらに入れたが、斧は少しも動かなかった。
「貴殿の攻撃など、かわすまでもない」
それから、そう言ったイヴは微動だにせず溜息をつき、
「もう、あきらめてくれ。貴殿では、私には勝てない」
と、静かに言ったが、
「誰があきらめるか!
そんな事をしたら、てめぇは姉貴を傷付ける。そんな事は絶対にさせねえ‼」
と、ジャップは怒鳴り、全体重を斧に掛けイヴに攻撃し続けた。
だが、
「しかたがありませんね」
と、言ったイヴは瞳を閉じて短刀を取り出し、ジャップの目の前で空を斬った。
すると、何故かジャップは声もなくその場に倒れ込んだ。
「あ、兄貴ぃーーーーー‼」
目の前で何が起きているのかわからないケレスが狂乱し叫ぶと、
「この男はこの程度では死にません。直に、気を取り戻すでしょう」
と、イヴはジャップを見下しながら冷酷に言った後、ラニーニャを見つめ、
「これ以上、被害を出したくありません。大人しく私に従ってくれますね」
と、脅し文句ともとれるナイフをラニーニャに突きつけ、近づこうとした。
だが、そのイヴの足はその場から進まなかった。
何故なら、イヴの袴の裾をジャップが右手で引っ張っていたからである。
「あ、姉貴は……傷つけ……させねって、言ってんだろ?」
そして、そのジャップがイヴの裾を引っ張ったままそう言うと、
「驚きました。意識を保ったままでいるとは……」
と、言ったイヴは何度か瞬きしたが、
「ですが、状況は大して変わりません。離していただけませんか?」
と、冷酷な目に戻って言うと、
「誰が、離すか……。離す……訳ねえだろ‼」
と、言ったジャップは裾をさらに握った。
「仕方がありませんね……」
すると、イヴはそう言って、腰に付けていた長い方の刀を抜き、ジャップの右手を斬り捨てた。
「がああーー‼」
その後すぐに血と共にジャップの悲痛な叫び声が溢れ、
「あ、兄貴ぃーーーーーーー‼」
と、ケレスは絶叫し、ラニーニャは声鳴くして泣き叫んだ。
「命まで奪おうとは言いません。
ですが、貴殿の右手の命である腱を斬りました。
貴殿のその右手はもう使えないでしょう」
ジャップが苦しんでいても、イヴがジャップを見下しながら冷酷にそう言い放すと、
多くの涙の粒を落としながらラニーニャはジャップの所へ駆け寄って行った。
そして、ラニーニャがジャップの傍でしゃがみ込んで泣きじゃくると、
「姉貴、泣く……なよ……。ちょっと、ミスった……だけだろ?
治して、くれ……。もう一度、守らせ……、てくれ‼」
と、悲痛な面持ちのジャップは訴えたが、
悲しみに満ちた顔のラニーニャは首を横に振って涙を拭い、ジャップに笑いかけた。
その顔は笑っていたが、心が苦しくなる様な悲しい顔をしており、ジャップに別れを告げていた。
「あ、姉貴? やめろ……。そんな馬鹿な事を考えるな‼」
その顔でラニーニャの意思を感じ取ったジャップが真っ蒼な顔でそう言うと、
微笑んでいるラニーニャはジャップの腹付近を優しく撫で、立ち上がった。
そして、笑みが消えたラニーニャは真直ぐイヴを睨みつけた。
「貴殿の決意は、立派だ……。さあ、行こう」
すると、そのラニーニャの睨みに怯む事なくイヴはそう言って、
二人はケレス達から離れて行こうとしたので、
「待ってくれ‼ 姉ちゃん‼」
と、叫んだケレスはラニーニャに近づこうとしたが何故か動けず、
「な、何で、動かないんだ⁉ まさか、ヘイムダル⁉」
と、動けない事に動揺したケレスがヘイムダルを睨んで怒鳴ると、
「濡れ衣だ‼ 僕は鼠爺さんのせいで何も出来ないよ‼」
と、ヘイムダルは無実を叫び、
「早く、鼠爺さん! 僕を自由にしろ‼
でなきゃ、喜長、殺されちゃうぜ?」
と、長に訴えたが、長はヘイムダルへの攻撃をやめ様とせず、
「ヘイムダル? 長殿? じゃあ、何で俺は動けないんだ⁉」
と、言ったケレスが辺りを見わたすと、たぬてぃがケレスに影踏みをしていた。
「なっ、たぬてぃ⁉ やめろ‼ このままじゃ、姉ちゃんが連れて枯れるんだ‼」
そして、その たぬてぃにケレスは叫んだが、たぬてぃが影踏みをやめ様とせずにいると、
「そうか……。貴殿は、ダーナだったな。念の為だ。許してくれ」
と、静かに言ったイヴは小型の銃を懐から出し、ラニーニャに向け発射した。
すると、ラニーニャは意識を失い、崩れる様にその場に倒れた。
「ね……、姉ちゃーーーーん‼」
ケレスは叫んだ。
叫ぶ事しか出来なかったのだ。
そして、ラニーニャは気を失ったまま動かなかった。
「すまない。恨むなら私だけを恨んでくれ……」
それから悲しそうな顔をしたイヴはケレスにそう言い残し、
ラニーニャを抱えてその場を去って行った。
その後、ケレス達以外 誰もいなくなり、静寂が訪れた。
その静寂の中、ケレス達は泣き続けた。
泣いても何も変わらない事ぐらいわかっていたが、泣いて、泣き続けた。
だが、
「モウ、モウ、モウ……」
と、鳴きながら ごそごそとジャップの服の中から出て来たベコが白銀に輝き、
その輝きがジャップの傷口に触れると、ジャップの傷は全て癒えた。
「ベコ……。この力って、姉貴の……だよな?
お前……、こんな事が出来るんなら、どうして、もっと早く使ってくれなかったんだ?」
すると、手の傷は癒えても心の深い傷が癒えないジャップがそう聞くと、
「モゥ、モゥ、モゥ……」
と、ベコは悲しそうに鳴くだけで、何も答えず、
「ベコ‼ 今更遅いんだ‼ どうして、早くそうしてくれなかったんだよ‼」
と、立ち上がる事が出来ないジャップは怒鳴って再び涙を流し、
治ったばかりの右手を傷つける様に何度も地面に叩き付けた。
そして、
「たぬてぃ……。
お前……、どうして影踏みなんかしたんだ? 姉ちゃん、攫われちゃったじゃないか……」
と、ケレスが静かに言うと、たぬてぃは耳を下げて悲し気に俯き、
「長殿だってそうだ‼ 長殿は、姉ちゃんの味方じゃなかったのか?
長殿は姉ちゃんを見捨てたんだ‼
姉ちゃんじゃなくって昴の奴等の味方をしたんだ‼」
と、涙を流したケレスが怒りを頭の上にいる長にぶつけると、
「いい加減にせぬかぁ‼ 小童共よ‼」
と、長はケレス達を一括し、
「小童達よ……。あの娘の気持が、まだわからぬのか?」
と、静かにケレス達に問うてきたが、
「姉ちゃんの気持だって?」
と、わからなかったケレスはそう言って首を傾げた。
すると、
「お姉さん。ケレスちゃん達、守りたかったんだ」
と、泣きながら答えた未来にはわかっており、
「俺達を守るだって⁉」
と、その答えを聞いたケレスがそう言って、もう一度考えると、
「そうじゃ。赤色戦士は傷を早く治したら、どうしたかの?」
と、長から聞かれ、
「アルトの姉さんに、また戦いを挑んだ……」
と、座ったままのジャップが冷静に答えると、
「そうじゃろう。そして、赤色戦士は死んでいたやもしれぬ。
そうなると、いくらあの娘の力があろうとも、死んだ者を生き返す事は出来ぬ。
あの娘の前で小童達が死んだら、あの娘は耐えれぬじゃろうて……」
と、長は続け、
「だけど……。だけど‼ それじゃあ姉ちゃんはどうなるんだ?
昴の奴等、姉ちゃんを平気で殺す気だ‼
そんなの、俺は絶対に嫌だ‼
何とかしなきゃ‼ このままじゃいけないんだ‼」
と、変えれない絶望を前にケレスが怒鳴る事しか出来ずにいると、
「ほら見た事か! 人の子、どうすんだよ⁉
このままじゃ喜蝶、殺されちゃうじゃんか‼
僕も、どうなっちゃうんだ……⁉
……大体、姉御が悪いんだ。勝手に突っ走るから、こうなっちゃったじゃんか‼
このままじゃ、僕、お父様に殺されちゃう⁉」
と、氷から解放されていたヘイムダルも怒鳴り、青褪めた。
「ヘ、ヘイムダル⁉ いつの間に?」
そのヘイムダルを見たケレスが目を丸くして言うと、
「しししっ☆ 三十六逃げるにしかず!
ここらで、おさらばさせてもらう!」
と、言ったヘイムダルはギャラルホルンを吹いた。
すると、
「ピィーーヒョルルル!」
と、鳴きながらカルトップが空から現れ、
「こらぁ‼ カルトップ‼ 今度、僕を見捨てたら焼き鳥にして食ってやるからな‼」
と、カルトップに飛び乗ったヘイムダルが怒鳴ると、
「ピィーーヒョルルル‼」
と、カルトップは凛々しく鳴き、ヘイムダルを乗せて何処かへ飛び去って行った。
「あいつ、しぶとい!」
それからヘイムダルの行方を見つめている未来が眉を顰めそう言うと、
「そういう奴じゃて」
と、言った長は頷いて溜息をつき、
「そ、それはそれとして! これからどうすんだ?
俺はこのまま姉ちゃんが殺されるのは絶対、嫌だ‼」
と、慌ててケレスがそう言って話を修正すると、
「俺も嫌だぜ、長。
何か方法ねえのか?」
と、ジャップは聞いたが、
「ない」
と、長は即答し、
「そんな事ないはずだ! 長殿‼」
と、ケレスが怒鳴ると、バシッ!とケレスの額に扇子が当たった。
「い、痛っ⁉」
そして、何が何だかわからないケレスが額を押さえながら叫ぶと、
「その通りですわ!」
と、しずしずと歩きながらアルトの婆やが現れ、
「アルトの婆やさん⁉ どうしてここに?」
と、涙目のケレスが尋ねると、
「話は後です。こちらへいらしてください。
あの方を助けたい、ならば!」
と、答えたアルトの婆やは何処かへと歩き出してしまった。
「アルトの婆やさん、ちょ、ちょっと待ってくれ!
てか、どうする? 兄貴?
いくらアルトの婆やだからって言っても、水鏡の国の人なんだ!」
それから悩んでいるケレスがジャップを見て言うと、
「うーーん……。
まあ、今はあの人を信じるしかねえかな!」
と、言ったジャップはパンッと両手で両太腿を叩いて立ち上がり、アルトの婆やの後を追ってしまい、
「兄貴、人を簡単に信じすぎじゃ……」
と、ジャップの単純さに呆れたものの、そう言ったケレスも後を追おうとしたが、
「ケレスちゃん。私、行けない……」
と、その場から動かない未来は思いも寄らない事を言った。
「未来?」
そして、その未来をケレスが見ると、
「私、おじさん置いてけない。
このまま、ここで寝てたら、凍死するかもしれない。
魔物だって、まだ沢山いる。
おじさん、本当はとても良い人。だから、見捨てられない」
と、言った未来の目からは涙が零れており、
「わかった……。未来、俺達行ってくる!」
と、そんな未来にケレスが優しく言うと、
「うん。ケレスちゃん。気を付けて。そして、お姉さんを助けてくれ!」
と、真直ぐケレスを見ている未来から希望を託された。
その言葉を聴いたケレスは走ってジャップを追い掛けた。
(姉ちゃん。俺、また姉ちゃんに守られちゃった……。
いつも守るって言っておいて、いつも守られてる……。
姉ちゃん、そんなの、狡いよ……。
俺達にも、守らせてくれよ! 頼ってくれよ、姉ちゃん!
絶対、助けるから‼)
そして、ジャップを追い掛ける間、ケレスはそう強く思っていた。
そんなケレスは暫くしてジャップ達に追い付く事が出来た。
ケレス君、大丈夫かい?
大変な事になっちゃったね……。
でも、あきらめないで!
君達なら、必ずラニーニャちゃんを助けれるって信じてるから!
いや、助けなくっちゃいけないんだ‼
がんばれ!
そんな次話のタイトルは、【ケレス、大切な家族を取り戻す命を懸けた旅へ出立する】だ!
い、命を……⁉




