番外編 龍宮 アルトの憂鬱 9
ラニーニャの秘密を知ったアルトはケレすと話す事にした。
それは、ケレスの覚悟を確かめる為だった。
これからラニーニャを支え、起こる何かに立ち向かう為には半端な覚悟はいらない。
そう思ったアルトはケレすと話し、ケレスの決断を待つのだが……。
アルトはケレスがいる部屋の扉に手を掛けた。
すると、
「もっと、聞いてくれよ、ぴゅーけん……」
と、情けないケレスの声が聞えた。
(全く、ぴゅーけん君が呆れるのも仕方がないな。
こんなにも、ケレスがだらしないのだから!)
アルトは先程、ぴゅーけんの意思を汲み取っていた。
それは、ぴゅーけんがケレスに幻滅していたという事だったが、
実際、ケレスの声を聞いたアルトも幻滅しそうになった。
(はあ……、先輩のお爺様にああは言ったものの、ケレスが逃げ出したらどうしようか……)
だが、一抹の不安を覚えつつも、アルトはその扉を開けた。
そして、
「ケレス。君は、またレディーに失礼な事を言ったんじゃないのかい?」
と、言いながら眉間にしわを寄せてしまったアルトが部屋に入ると、
「アルト。そのさ……。レディーって、誰だ?」
と、顔を上げて聞いてきたケレスの頭の上に、?マークが見えたので、
「ぴゅーけん君に決まってる。そういう所が駄目なんだよ」
と、答えたアルトは、ぴゅーけんと同じ様な溜息をついてしまうと、
「ぴゅーけんが、レディーねぇ……。それは、失礼でした」
と、それを見たケレスがアルトと同じ様な溜息をついて、ずずっと音を出しながら緑茶を飲んだので、
「何だい? その溜息は?」
と、ムッとしたアルトが聞くと、
「どうせ、俺は駄目な男だよ‼」
と、答えたケレスは何故か不貞腐れ、一気に緑茶を飲みほした。
(何なんだ? 今度は何故、怒ってるんだ?
まあ、これからの事を考えると情緒不安定になるのも仕方がない事なんだけど……)
そのケレスの態度に今度はアルトの頭の上に、?マークが出現し、
「今更どうした?」
と、アルトは素気なく言ってしまったが、
「なあ、アルト。聞いてもいいか?」
と、湯呑を置いたケレスが助けを求める様にアルトを見て言ったので、
「僕が先に聞いたんだけど……。まあ、言ってごらん?」
と、心苦しくなったアルトはそう言ってケレスの右隣に座り、話を聞く事にした。
すると、
「なあ、アルト。俺、ここにいてもいいのか?」
と、ケレスは顔を右に向け、アルトに何か言ってほしい様な顔をしてそう言ったが、
「いたくなければ、帰ればいいさ!」
と、考える間もなく言ったアルトの眉間には深めのしわが出来てしまい、
「もう少し何か言ってくれよ……」
と、また助けを求める様にアルトを見つめ言ったケレスの顔が情けなかったので、
「ふーん? では、どうしてそんな事を言うんだい?」
と、アルトはケレスから視線を逸らしてしまったが聞いてみると、
「お前って奴は……。まあ、いいけど。なあ、アルト。
俺はお前みたいに何か出来る訳じゃないし何も知らないのに姉ちゃんの傍にいてもいいのか?」
と、答えたケレスはその顔同様情けない事を言ったが、逃げずにアルトを見続けた。
そのケレスからアルトは頼られている事を感じ取った。
ケレスよりアルトの方が優れ、ラニーニャの為に何か出来るからだとケレスは思っている。
だが、それは違う。
だから、
「君は、何か勘違いをしている。僕だって、先輩の為に特別何か出来る訳じゃないよ。
それに、知らない事があったなら、何故知ろうとしないのかい?
無知が悪いんじゃなくて、何もせずに無知でいる事が悪いんだよ」
と、言って、アルトはケレスの間違いを正し、
「あと、一緒にいる事は、誰かに言われなきゃ決めれない事かい?」
と、ケレスを真直ぐ見つめ問い、ケレスの決断を待った。
「そうだよな! それぐらい、自分で決めなきゃな! アルト、俺さあ、姉ちゃんの傍にいるよ‼」
すると、何かが吹っ切れた顔のケレスはそう言いながら力強く、アルトを見たので、
「ふーん。まあ、当然だけどね」
と、安心感と恥ずかしさが生まれたアルトはそう言ってケレスから視線を逸らしたが、
「アルト、色々と聴いてもいいか?」
と、聞いたケレスがアルトを見続け揺るぎない覚悟を見せたので、
「僕に答えれる事ならね……」
と、答えたアルトは、そのまま頷いた。
それからアルトは、代替わりとダーナについて話した。
その話をケレスは一度も見た事のない真剣な顔で聞いていた。
(ふぅーん。そういう風に集中して聴く事も出来るんだね……。
これが勉学の時にも出てくれれば、もっと楽なんだけどなぁ……)
説明し終わったアルトがそう思いながら一息ついていると、
「じゃあ、代替わりは今までどうやってきたんだ?」
と、ケレスは問いを重ねてきたので、
「数少ない神話の中だけど、数人のダーナがその祈りの力によって土地を豊かにする事で、
老いた神から若き神を誕生させている事ぐらいはわかっているんだけど……。
具体的にはわからないね」
と、冷静にアルトはそれに答えたが、
「そうか。アルトでもそこまでしかわからないのか……」
と、言ったケレスは肩を落としてしまい、
「そうだね。でもね、そのいずれの神話でもダーナと豊になった土地は狙われている。
中には、命を落としたダーナの話もあるんだ」
と、アルトが続けると、
「嘘だろ⁉ どうしてそんな事になるんだ?」
と、怒鳴ったケレスは目を丸くしてしまったので、
「それは、ダーナの力があればその土地は豊かになる。誰もがその力を欲しがるのは必然だ。
それにね、そのダーナの亡骸でさえ争いの種になってきたんだよ。
そして、ダーナ自体は他に危害を加える力はない。簡単に、奪われる。
だから、僕達の様な水鏡の国の者や力の民が協力し、ダーナを守ってきたんだ」
と、そのケレスに呆れたアルトはため息交じりに話した。
「亡骸までもって……、どういう事だ?」
そして、アルトの話を聴いて目を丸くしたままのケレスに、
「ダーナの亡骸はね……、土地を再生する事が出来るんだ。
だから、ダーナが祈りを捧げなければ人柱としても利用されていたんだ。
だけど、これは昔の話だけじゃない‼
一六年前のあの時も、ダーナは多くのものに狙われていたんだ‼」
と、怒りを抑えているアルトは声をふるわせながらも憎むべき事実を話し、
「そんな……」
と、言葉が出た後、ケレスの口は開けっ放しになった。
ダーナの悲しい過去を聞いたケレスは、ショックを受けている様だった。
だが、アルトは揺るぎないケレスの覚悟を信じ、話を続けた。
「だから、何故先輩がここに一人でいるんだ? 誰かに狙われるかもしれないのに‼
まして、剣の国なんかに行って、もしダーナだとばれたらどうなっていたか……」
なるべく怒りを抑える為、拳を握り締めながらアルトがここまで話すと、
「剣の国に姉ちゃんがダーナだとばれたらヤバかったのか?」
と、聞いたケレスの息を飲む音が聞え、
「ああ、そうさ‼
あの国はね……、昔からダーナの力を奪ってきたんだ‼ 水面下でね‼
上手く証拠を残さない様にしてきたから僕達も手が打てなかったんだ‼」
と、話したアルトは抑えきれなくなった怒りが籠った右拳を、ダンッ‼と机に叩き付けてしまった。
水鏡の国と剣の国。
この二国は文化的に近いものがあるが、決して交わる事のない国である。
何故なら、ダーナを巡っての考え方が真逆だからだ。
水鏡の国は、ダーナは世界の為に。
そして、剣の国はダーナを支柱に収めた者の為にあると考えている。
なので、決してこの二国が交わる事はないのである。
(本当、ケレスは何も知らないんだね……。
剣の国が昔から行ってきた、憎むべき行いを‼
まあ、先代の皇帝になってからはあれは公では行っていない事になっているから、
ケレスが知らないのは仕方がない事なのか……。
でも、先輩があれにされなくて本当に良かった……)
アルトは剣の国が密かに行っていた行いを思い出し、胸を撫で下ろした。
その行われていたものには名が付いているが口に出すのも悍ましく、
アルトは二度とその名が心に浮かばぬ様その行いに対する激しい怒りと共に心の奥底へそれを鎮めた。
そして、アルトは今やるべき事に話を修正させ様とした。
「とりあえず、今は先輩の代替わりの手助けだ‼
全く……、先輩は一人でそんな事をしようなんて無茶な事を考えるんだから‼
そのスレイプニルも何を考えているんだか……。
先輩が大事なら、どうして無茶をさせる事を言ったんだ?」
こうやって話を修正させたアルトだったが、
心に余裕がなかったせいで、ぶつぶつと愚痴を言う形となってしまった。
すると、
「そんなに無茶な事なのか?」
と、まだ事の重要さがわかっていないケレスが聞いてきたので、
「当たり前だ‼ 君もあの雪桜の園を見ただろう?
あの場所のマナの豊富さは、異常だ‼ 恐らく、あそこで代替わりは行われる。
もし、あの環境を先輩一人で創りあげたとしたら、
どれだけ先輩が祈りの力を使ったのかわからない。
祈りの力は決して無限じゃないから、
力を使いすぎて先輩のマナが無くなってしまったら先輩はどうなると思うんだい?」
と、カチンときたアルトは怒りがこみ上げてきて、わなわなとふるえ出し、喋ってしまうと、
「力を使いすぎると、どうなるんだよ?」
と、そのアルトを見て聞いたケレスは事の重要さに少し気付いた様だったので、
「マナを使い果たす。つまり、マナの枯渇さ……。死ぬよ」
と、アルトが最悪の結末を声をふるわせながらも教えると、
「死ぬなんて嘘だろ⁉ 何とかする方法はないのか?」
と、言ったケレスは青褪め、立ち上がった。
「だから、代替わりは数人のダーナで行われてきたんだ。
互いが、互いを供与や増幅といった力で助け合ってね。
でも、先輩は何らかの理由で、それを望んでいない。
悔しいけど、僕に出来る事はほとんどない。僕に出来る事と言えば……」
ここまで話したアルトだったが、
先程ラニーニャの祖父から聞かされた真実を全てケレスには話せなかった。
何故なら、その真実を知ってしまったらケレスは後戻りできなくなる。
ラニーニャの希望であるケレスを命の危険を伴う事に巻き込む訳にはいかなかったのだ。
「アルトに出来る事って、何だ?」
すると、その真実を知らないケレスが元の場所に座り直して聞いてきたので、
「僕に出来る事は、先輩と、雪桜の園を守る事だけだ。
今、代替わりが行われるという事は、守り神が弱っているって事だからね。
何事もなければ良いのだけれど、昔から何かは起こっているのは確かで、
何者かが豊かなマナや先輩を狙ってくる可能性が十分あるんだ」
と、アルトがケレスを真直ぐ見つめながら話すと、
「でも、それは神話の中の話だろ? 誰が狙ってくるっていうんだ?」
と、ケレスは、おずおずと聞いてきたが、
「例えば、ゴンズの様なものさ」
と、ケレスの覚悟を確かめる為、アルトは一例を述べると、
「ゴンズ⁉ だって、あいつは消滅したじゃないか?」
と、それを聴いたケレスはあきらかに動揺した。
それからそのケレスにアルトは淡々とこれから起こりうる事を話し、
さらにゴンズ襲来のアルトがたてた仮定までもを話した。
それは、ケレスの覚悟がこの程度で逃げる様なものなら不要だったからである。
アルトはラニーニャとその祖父には悪いと思ったがそうなってしまったらあきらめるつもりだった。
「逃げるんなら、今の内だよ?」
そして、アルトはこの言葉で言葉を詰まらせたケレスの覚悟を確かめた。
(先輩、申し訳ありません。
もし、ここで彼が逃げてしまったら……)
アルトは少し後悔していた。
正直に言わず、唯ケレスをラニーニャの傍にいさせた方が良かったのか。
それとも、正直に言って、もしケレスが逃げてしまったら……。
その二つの未来をアルトは描いていた。
だが、
「逃げないさ」
と、アルトを真直ぐに見つめたケレスが出した答えはこれで、
「ふーん……。まあ、半端な決心じゃない事を祈るよ」
と、言ったアルトが内心ほっとすると、引き戸の向こうにバルの気配を感じた。
(バル君、心配してくれてるんだね……)
それを察したアルトが立ち上がり、バルの処に行こうとすると、
「何処に行くんだ、アルト?」
と、不思議そうな顔をしているケレスから聞かれ、
「バル君が僕と色々と話したいみたいでね。
彼の所に行かなくちゃいけないのさ」
と、髪をかき上げながらアルトは言って引き戸を開け、部屋を出て行き、そして、引き戸を閉めた。
すると、そこにはアルトを心配しているバルが指を咥えて立っていた。
「バル君、ごめんね。
心配してくれてたんだね」
そのバルにアルトがしゃがんで声を掛けると、
「キャ?」
と、バルは、あの緑頭の人はどうするの?と聞いてきたので、
「彼も一緒に代替わりの手伝いをしてくれるみたいだよ」
と、アルトが優しく教えると、
「キャア!」
と、その結果に喜んだバルはアルトに飛び掛かって来たので、
「おっと! 相変わらず君は腕白だね!
でも、君も宜しく頼むよ。
一緒に代替わりを成功させよう!」
と、そのバルを抱きかかえアルトがそう言うと、
「キャア‼」
と、バルは、任せて‼と言う様に鳴いて返事をした。
すると、ぴゅーけんがアルトの傍に徐に近づいて来た。
「ぴゅーけん君、どうしたんだい?」
その ぴゅーけんに、首を傾げたアルトが声を掛けると、
「今日、お前さんが泊まる部屋を案内したいそうじゃ」
と、近付いて来たラニーニャの祖父から言われ、
「そうか。ぴゅーけん君、頼むよ」
と、言ったアルトが、ぴゅーけんに笑い掛けると、
頬を赤く染めた ぴゅーけんはアルトの案内を始めた。
「先輩のお爺様。今日はお世話になります」
そして、アルトがそう言ってラニーニャの祖父に頭を下げると、
「気にするでないわ」
と、言ったラニーニャの祖父は意味深な顔で笑い、
それ以上何も言わずケレスがいる部屋へ入ってしまった。
(先輩のお爺様、ケレスに何を言うつもりなのだろう……)
そのラニーニャの祖父の背を見送ったアルトは気にはなったが、
ケレスとラニーニャの祖父を信じ、ぴゅーけんの案内に従う事にした。
アルト君、今回も、ずっと話ばっかでしたね。
お疲れ様です!
しかし、ケレス君と話している時にそんな事を考えてたんだねぇ~。
ケレス君の世話係としては苦労が絶えませんな♪
そんな苦労人のアルト君の心情がわかるお話は、
2025/10/9に投稿予定の【番外編 龍宮アルトの憂鬱 10】となっておりやんす!
読んでみてねぇ~☆




