番外編 龍宮 アルトの憂鬱 6-2
ジャップの無茶ぶりな頼まれ事を済ましたアルトは心に熱いものが残った。
そんなアルトはケレスの夢を叶えるべく多くの準備をしてケレスの下へ向かう。
だが、そこで、アルトはケレス達が言う【先生】に会うのだが……。
「何だい、ジャップ?」
足を止めたアルトがそう言ってジャップを見ると、
「アルト、本当に助かったぜ!」
と、言ったジャップはまたアルトの髪を狙ってきたので、アルトは軽やかにそれを躱した。
すると、勢い余ってジャップはコケた。
「おい、アルト! 避けんじゃねえぞ!」
それからコケてしまったジャップはバタバタと両足を地面に踏みつけ悔しがっていたので、
「避けるに決まってるよ。それに、君の単純な攻撃なんて、僕に通じる訳ないさ!」
と、言ったアルトが、ふっと笑って髪をかき上げてみせると、ジャップの同僚は腹を抱え笑い出し、
「これは、アルトに軍配が上がったな! ジャップ、お前の負けだ!」
と、言って、ジャップに右手を差し伸べたので、
「次こそは、俺が勝つぜ!」
と、言ったジャップはその手をしっかりと握り、立ち上がった。
「まあ、期待せず待っておくわ! しかし、相変わらずお前の交流関係は広いな」
そして、その手を離したジャップの同僚がそう言って一つ息を吐くと、
「まあな! だが、アルトは俺の広い交流の中でも、一番のマブダチだ!」
と、ジャップはアルトが赤面する事を平気で言ったので、
(な、なな何なんだ⁉ 彼は何を言っているんだ?
僕が、彼のマブダチだと⁉
勝手に決めないでほしいね‼)
と、思考回路が滅茶苦茶になったアルトの鼓動は静まる事を知らず、
アルトの体温をどんどん上昇させていった。
それでもアルトは胸を摩って少しでも体温を下げようとしたが、
それは、ジャップの悪戯により阻止された。
「へへぇーん! 油断大敵だぜ、アルト?」
アルトの髪をグシャグシャにする悪戯が成功したジャップはとても嬉しそうに笑っていたが、
「ジャップ⁉ 狡いぞ‼」
と、全てが恥ずかしすぎたアルトはそう言ったものの、ジャップの顔を見る事なく離れてしまい、
そのままアルトの飛行艇へ帰ろうとしたが、
「アルト! またな!」
と、ジャップの止めの言葉が背中に刺さり、逃げ込んだ場所でアルトは座り込んでしまった。
その場所で、
(もう、簡便してくれよ……)
と、思ったアルトはジャップにグシャグシャにされた髪をさらにグシャグシャにしてしまったが、
暫く俯いた後、髪を整えながら ふっと笑ってしまい、
「ジャップ……、次は、こうはいかないよ!」
という言葉が自然と口から出た。
それから夜風の力を借りてアルトは体を冷やして言ったが、
何故かアルトの胸の中にある温かいものは冷める事はなかった。
そして、そのままアルトがアルトの飛行艇の中に入ると、
「お帰りなさいませ、アルトお坊ちゃま。
おや? 本日は、とても良い顔をなされていますね?」
と、言った、少しだけ少女の気分が残っているアルトの婆やに出迎えられ、「
そうかい?」
と、言ったアルトの口元が緩むと、
「はい、それは、もう……」
と、言ったアルトの婆やの口元も緩み、
「婆や、話を聞きたいかい?」
と、そのアルトの緩んだ口からこの言葉と、ふっと息が漏れると、
「是非に」
と、言って、アルトの婆やはそのままの顔で頷き、アルト達は飛行艇のハッチを締めた。
それからアルトは今日あった事、心に決めた事、それに、感じた事、その全てを話した。
その全てを話し終える頃には日付をまたいでいたが、
アルトの婆やは少女の顔のままその全てに聴き入っていた。
そして、
「まあ、その様な事があったのですね。
しかし、アルトお坊ちゃまが、ケレス殿の家庭教師までなさるとなると、
アルトお坊ちゃま、学業との兼務、大丈夫でしょうか?」
と、悪戯な顔になったアルトの婆やが、ほほっと笑って聞いてきたが、
「婆や、僕を誰だと思っているんだい?」
と、アルトは、ふっと笑って返し、
「そうでしたわね……」
と、言ったアルトの婆やは嬉しさを漏らさぬ様に、口を閉じて笑ったが、
「でも、ケレスの言動からして、骨が折れそうだよ」
と、眉が下がったアルトの口からこの言葉と溜息が漏れると、
「でしょうねぇ……」
と、溜息交じりのこの言葉が、アルトの婆やの口から洩れてしまった。
そうこうしている内に朝を迎え、アルトは早速アカデミー受験の資料を集めた。
(ふぅーん……。相変わらず簡単な問題ばかりだね。
多少、僕の時と違うみたいだけど、大差ないね!)
その資料を見たアルトが口角を上げて大きく頷くと、
「おはようございます。おや? 早速、ケレス殿の家庭教師の準備ですか?」
と、言いながらアルトの婆やが朝食を運んで来たので、
「ああ、そうだよ。でも、簡単すぎて僕が手伝う事はないかもしれないよ」
と、椅子に座ったまま言ったアルトが振り返ると、
「それは、アルトお坊ちゃまの場合でしょう? 今回、受験に挑むのはケレス殿ですよ」
と、言った後、アルトの婆やは、そっと朝食をのせたお盆を机に置いたので、
「どういう意味だい? こんな簡単な問題が、わからないとでも言うのかい?」
と、そのお盆を全く見ずに右眉が下がったアルトがアルトの婆やを見上げて聞くと、
「私共からすれば、わかる方が不思議ですわ」
と、答えたアルトの婆やの右眉も下がっていて、
「そ、そうなのかぁ……⁉ どうしよう……」
と、想像できないケレスの学力の不安が、アルトの方に重く伸し掛かってきたが、
「大丈夫ですよ。アルトお坊ちゃまなら、ケレス殿を良い方向へ導けます。
功を焦らないでください。
ケレス殿をしっかりと観察しておれば、宜しいのですから」
と、アルトの婆やが優しくアルトの肩に触れ、告げた言葉でアルトは身軽になれた。
「わかったよ、婆や。ありがとう!
また、難題に突き当たったら、その時は頼むよ?」
そして、眉が戻ったアルトがそう言いながら笑って頷くと、
「承知しております」
と、同じく眉が戻っていたアルトの婆やも、そう言いながら笑って頷いた。
それからアルトは朝食を済ませ、ケレスの家庭教師の準備を着々と進めていった。
そして、いざ、その時を迎え、アルトがラニーニャの職場のドアベルを鳴らすと、
「やあ、アルト……」
と、何故か疲れきっているケレスからそう言って出迎えられ、
「何だい、その顔は?」
と、怪訝に思ったアルトがそう言って腕を組むと、
「まあ、中に入ってくれよ……」
と、猫背になったケレスはそう言って、すごすごとラニーニャの職場の二階へ上がって行ったので、
それにアルトが付いて行くと、途中に眼鏡を掛けた髭面の中年の男性がいた。
(彼が、先輩とケレスの先生か……。
何だろう……。何処かで見た事がある気がする……)
足を止めたアルトがその髭面の男性を見ていると、
「フン」
と、その髭面の男性から鼻息で何かを言われ、
(何が、言いたいんだ……?)
と、戸惑ったアルトはその場で立ち尽くしてしまい、何度か瞬きすると、
「おーい、アルト? 何してんだ?」
と、二階からアルトを呼ぶケレスの声がしたので、
「今、行くよ……」
と、呟いたアルトは二階へ向かった。
そしてケレスの部屋に行くと、何故かケレスはベットの上でうつ伏せ状態で寝そべっていた。
「君……、何してるのさ?」
そのだらしないケレスの姿を見たアルトの左眉が、ピクッと動くと、
「だってぇ、先生が扱き使うんだよ……」
と、枕に顔を埋めているケレスはそう言って駄駄を捏ねる様に両足をバタつかせ、
「仕方がないだろう? それが、条件だったのだから」
と、言ったアルトが大きな溜息をつくと、
「アルトォ……。お前って奴は、何か優しさとかはないのかよぉ?」
と、顔だけアルトに向けて言ったケレスの顔は情けなく、
「優しさがあるからこそ、僕はここにいるんだけど?」
と、言ったアルトは今度は軽く息を吐いてみせた。
「そうかもしれねえけど、さぁ……」
すると、そう言って起き上がったケレスの瞼は仲良く、くっついていたので、
「ほら、無駄口叩かないで、机に向かいなよ。
もし、筆記が上手くいかなかったら、僕がジャップに何されるかわかったもんじゃないからね!」
と、瞼が仲良くないアルトが厳しくケレスに指示すると、
「わかったよぉ……」
と、言ったケレスは、しぶしぶベットから下りて机に向かおうとしたが、
ケレスの頭の上で、水の泡が弾けた。
そして、ケレスに水しぶきが降り注がれた。
「うわわわ⁉ な、何だっ?」
水しぶきの悪戯で瞼が離れたケレスは何度も瞬きしていたが、
「よくやったね、浦島」
と、その犯人を知っていたアルトが左手にのせた浦島を讃えると、
「何が、よくやったね、だぁ! びしょ濡れじゃないか‼」
と、言ったケレスは肩を上げる程 怒ってしまったが、
「いいじゃないか。結果的に目が覚めたのだから」
と、言ったアルトが、にこやかに浦島と目を合わせると、浦島は頷いてくれた。
「何だよ、それぇ……。浦島までさぁ……」
それからそのアルト達を見たケレスは肩を落とし、顔のパーツは中心に集まったが、
「さあ、始めるよ?」
と、そんな事は気にせずにアルトはそう言って机の方へ歩いて行った。
そしてケレスも机に着き、やっとアルトは家庭教師としての務めを始められたが、
予想以上にケレスの学力は低かった。
今回、アルトはアルトが受験した時のアカデミーの過去問を持参していた。
どの過去問でも良かったのだが、話の種にでもなればと思いアルトはそれを選んでいた。
だが、話の種になるどころか沈黙の種となってしまい、
過去問を解き終わったケレスの顔色は真っ蒼になり、それ以上にアルトの顔は青褪めてしまった。
そして、
「アルト……。俺、駄目かもしれない……」
と、真っ蒼の顔のケレスは弱音を吐き、
「何を言っているのかい⁉ まだ、受験まで一年以上もあるというのに」
と、それに呆れたアルトが溜息をついて言うと、
「だってぇ……。俺、それなりに勉強してたのに、さっぱりわかんねえし、時間は足りねえし……。
もう、終わりだぁ‼ 俺は、アカデミー受験に落ちるんだーーー‼」
と、頭を抱えたまま怒鳴ったケレスは色んな方向へ頭を振り出してしまった。
ここで、アルトは考えた。
何とか、お調子者のケレスを励まして勉強へ向かわす方法を。
そして、ケレスをこう宥めた。
「ケレス、落ち着きなよ。
確かに、このままでは落ちるだろうね。
でも、それは、このままだったら、の話だ。
所詮、試験なんて人が作った物だよ?
答えがない物なら兎も角、人が作り、答えがある物だから大丈夫だ!
それに、君だって全く解けていない訳ではないんだし、何も、満点を取る必要なんてないのだから、
その辺を踏まえて受験までをゲームの様に計画してみよう!」
すると、
「本当か、アルト?」
と、アルトの話を聞いて少し落ち着きを取り戻したケレスは両手を下し、潤んだ目でアルトを見つめ、
「ああ、勿論さ。君なら、それが出来て合格出来るよ」
と、言って、アルトがさらに調子に乗せると、
「そ、そうか⁉ アルトが言うんなら、俺、受かるかもしれないな!」
と、計画通り調子に乗ったケレスは元気を出してそう言った。
そして、アルトはケレスの誤答を修正していった。
その間、アルトは余計な事は言わず、じっくりケレスを観察していた。
何故なら、表情にすぐ出てしまうケレスはどこは理解出来ており、
どこが理解出来ていないのか、わかるからだ。
そして、言葉に出すとケレスは拗ねてしまう可能性が高い。
ならば、この方法でケレスを観察していれば、
ケレスのウィークポイントがケレスに気付かれないままわかるとアルトは考えたのだ。
そうやって、アルトの家庭教師としての一日目は終了した。
「では、ケレス。明日もこの時間に」
そう言って、アルトは爽やかに帰ろうとしたが、
「は、はぁい……」
と、『明日もかい?』という言葉が顔に出ているケレスを見て、
「何だい、その顔は?」
と、つい言葉に出してしまったアルトの眉間にしわが寄ると、
「いや、別に?」
と、言ったケレスは苦笑いで誤魔化そうとした。
そのケレスを見てアルトはイラっとしたが、ぐっと堪え、
「君は、先輩達の希望なんだ。そこの所、忘れない様に!」
と、大切な事を伝え、そのまま飛行艇へ帰って行った。
それからアルトはケレスが挫けない様に、勉強の計画を立てた。
ケレスが理解出来ている所、いない所を分析し、
アカデミーの最近の傾向等も踏まえアルトは教えていった。
すると、初めはつまらなさそうな顔をしていたケレスだったが、段々と興味が湧いていったのか、
その様な顔をする事はなくなっていった。
そのケレスを見ていて、何故かアルトは楽しくなっていき、
次々とケレスの夢を叶える為の計画を練る事が出来た。
そんなアルトをアルトの婆やが静かに見守っていた事に、アルトは気付かなかった。
そうした日々が続いたある日、家庭教師を終えたアルトがアルトの飛行艇に戻ると、
「お帰りなさいませ、アルトお坊ちゃま……」
と、言ったアルトの婆やに出迎えられたが、その顔は何か思いつめた顔だったので、
「婆や……、何か、あったのかい?」
と、それを察し、そう言ったアルトの表情がアルトの婆やの表情の様になると、
「ここでは、何ですので……」
と、言ったアルトの婆やは飛行艇の中に静かに入って行き、アルトも静かに続いた。
いや~、アルト君!
私、こういう青春的な感じのを書きたかったんだよねぇ♪
でも、いいでしょ? 沢山、大切な人が出来るっていうのも!
次回の番外編からは、こうはいかないのだから……。




