番外編 龍宮 アルトの憂鬱 5
フェンリル山で出会った男は、この国で一番出会ってはならない男、帝 氷月だった。
その帝からアルト達は、ニーズヘッグへ招待されてしまう。
ラニーニャの存在に気付いてしまったアルトは、ある決意の下、ニーズヘッグで過ごすのだが、
そこで、アルトは不可が居な現象に次々と遭遇する。
アルトは最近ではすっかり減ったはずだった眉間にしわが寄ってしまった。
何故なら、ゴンズの止めを刺したのは、剣の国で最も会ってはならない男、
皇帝、帝 氷月だったからである。
(マズイ事になったね……。何とかこの男にだけは先輩の正体を知られない様にしなきゃ‼)
アルトはそう思いながら月夜に写る剣の国の若き皇帝の姿を見ていた。
そして、剣の国の若き皇帝と目が合い、話し掛けられた。
「名は忘れたが、貴様は確か、龍宮家の者だな……。何故、宝珠の国の者といる?」
剣の国の若き皇帝から話し掛けられたアルトは鋭い目で睨みつけられ、
「僕なんぞを覚えていただいていたとは、光栄です。
僕は宝珠の国のアカデミーに通っておりまして、この騒動に巻き込まれたまでです」
と、言って、アルトが話をはぐらかすと、
「そう言えば、お前は龍宮家の部屋住みだったな」
と、言った剣の国の若き皇帝からアルトは蔑んだ目で見られた。
それから剣の国の若き皇帝はアルトの存在を自身から消し、
宝珠の国の皇女と、宝珠の国の軍人であるジャップから詳しく話を聞いていた。
(彼は感じが良いとは言えないね……。だが、このままだと彼は先輩からも話を聞くのだろう……。
さてさて、気付かないでくれと願うしか方法はないのが現状化……)
そして、アルトに為す術がなくなったが、
「話は、もうよい。我が国の厄介事で迷惑を掛けた。これより、ニーズヘッグより迎えが来る。
我が責の下、貴様らを無事に宝珠の国へと帰還させると約束しよう」
と、剣の国の若き皇帝はアルトの願いが叶う様な事を言い出し、
(どういう気紛れかはわからないが……。
とりあえず、先輩が彼と話さなくても良くなったのは、不幸中の幸いってとこだ!
だが、まだ油断は出来ないね……)
と、ほっとしたアルトは今後の行く末をある決意の下、見守る事にした。
すると、
「いやぁ! アルトは、つえーな‼ びっくりしたぜ‼」
と、言ったジャップからアルトは左肩をバシッ!と叩かれるという手洗い祝福を受けたが、
「痛いよ、ジャップ……。やめてくれないか?」
と、だけしか言わない素気ない態度ををアルトはしてしまい、
「アルト……。どうしたんだ?」
と、ジャップから心配されても、
「すまない。少し考え事をしていたんだ……」
と、言って、アルトは、また話をはぐらかした。
「ふーん……。まっ、別に怪我とかじゃなければいいんだがな……」
そのアルトの様子を見たジャップは何かを言いたそうにしたが、
「じゃあ、俺はケレスに朗報を伝えてくるわ‼」
と、言い残し、ケレスの所へ向かった。
それからニーズヘッグからの迎えが来る約一時間の間、
アルトは剣の国の若き皇帝を見張っていたが、特に彼は何か行動を起こす事はなかった。
そして、ニーズヘッグからの迎えの飛行機が到着し、アルト達はその飛行機に乗り込んだ。
だが、そこでは意外な展開となった。
それは最後に飛行機に乗ったアルトの直前に乗ったラニーニャが、
ケレス達家族とは離れた処に座った事だ。
それなのに、ケレス達はそれについて何も言わなかった。
(どうして先輩はケレス達の所に行かないんだ?
まさか、宝珠の国の皇女に遠慮をしているのか?
だとしても、誰も何も言わないなんて見ている側としては良い気分にはなれないね‼)
色々と考え込んでいるアルトの眉間にしわが寄ったがアルトはそれを直し、
「先輩、隣に座っても宜しいでしょうか?」
と、ラニーニャの顔を覗き込んで聞くと、
「ええ、どうぞ」
と、窓際に座っているラニーニャはそう答えて、にこっと笑い、
ラニーニャの膝にいる たぬてぃもアルトを見上げて目を細めた。
「では、失礼しますね」
そして、そう言ってアルトがラニーニャの隣に座ると、飛行機はニーズヘッグへ向け出航した。
そのニーズヘッグまでの時間、ケレス達は朱雀を含め、とても楽しそうだった。
しかし、ラニーニャはその様子を見ずに唯、窓の外を眺めていた。
(やはり、先輩の様子が変だ……。こういう時、僕はどうするべきなのか……)
アルトは悩んだが、
「先輩、無事で良かった。どこも怪我をしてませんか?」
と、ラニーニャに話し掛けると、
「うん、怪我はしてないよ。アルトも怪我してない?」
と、穏やかな顔のラニーニャは頷いてそう言い、
「はい。僕も怪我はしてません」
と、言ったアルトが笑って頷くと、
「さすが、アルト。魔物達と戦ったのに、無傷だなんて、凄いね」
と、ラニーニャから褒められ、
「そ、そんな事、ないです……。全部、浦島が助けてくれたって言うか……」
と、言ったアルトの目が泳ぎ出すと、
「そんな事、あるよ。だって、浦島さんがそう言ってたから」
と、ラニーニャは不思議な事を言った。
(先輩、やはり、あなたは……)
その言葉である事をさらに確信したアルトがラニーニャを見つめると、
「ご、ごめんね! ちょっと、疲れてて、変な事、言っちゃった!」
と、今度はそう言ったラニーニャの目が泳ぎ出してしまったが、
「すみません。先輩が疲れているのに、話してしまって。
ニーズヘッグに着いたら僕が起こしますから。先輩は、ゆっくり休んでください」
と、言って、アルトが優しくラニーニャを見つめると、
「アルト……。ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね?」
と、また穏やかな顔に戻ったラニーニャはそう言って瞳を閉じ、すぐに眠りについた。
そのラニーニャをアルトがそっと見守りながら、
アルト達を乗せた飛行機は着々とニーズヘッグへ近づいて行った。
そして、アルト達はニーズヘッグへと降り立ったが、
ニーズヘッグは朝焼けをしており、その紫の空の出迎えにアルトは不気味さを感じた。
(さて、遂に来てしまったね……。このまま剣の国が僕達を無事に帰してくれれば良いけど……)
そう思いながらアルトが剣の国の若き皇帝を見張っていると、
「お帰りなさいませ。氷月様」
と、剣の国の民族衣装を着た女性からそう言われたアルト達は出迎えられ、
(ふーん。彼女は剣の国の若き皇帝に、かなり近い者みたいだね……。
彼女にも、目を光らせておかないといけないな!)
と、アルトがその民族衣装を着た女性をそういう目で見ていると、
何処からか、カラン、コロンと美しい鐘の音が響き渡った。
(これは……。彼の有名な、グリンカムビの鐘の音⁉ ここまで美しい音色を奏でるとは……。
だが、グリンカムビの鐘はヘルヘイムにあったはず……。
どうしてこんなにもはっきりと聞こえるんだ⁉)
アルトがグリンカムビの鐘の音色について色々と考えていると、
「紅、部屋はどこだ?」
と、剣の国の若き皇帝は、意識のないラニーニャを抱きかかえていた。
「せ、先輩⁉ どうしたんですか⁉」
そう叫んだアルトは剣の国の若き皇帝の傍に駆け寄ったが、剣の国の若き皇帝はアルトを無視し、
民族衣装を着た女性にラニーニャを休ませる部屋へと案内させた。
そして、ラニーニャを休ませるまでアルト達は誰一人、ラニーニャに声すら掛ける事も出来ず、
「誰も、あの女を見てねえんだな」
と、言った剣の国の若き皇帝に蔑んだ目で見られてしまい、
(何をしていたんだ、僕は‼ これじゃあ、先輩を守るどころか、真逆の事じゃないか‼)
と、アルトは拳を握り締め、後悔した。
それからアルト達は、それぞれ用意された部屋で待機する事となった。
アルトの部屋は剣の国での古き伝統食が強い造りとなっており、
そこで落ち着けない時間をアルトは過ごす事を強いられた。
そこで、
(全く……、何て、悪趣味な部屋なんだい?
まあ、そんな事より、先輩だ‼ 守るって決めていたのに、僕は何をしているんだ‼
だから、僕は……。
いや、今はそんな事より、次こそは先輩をしっかりと守る事だけに集中するんだ‼)
と、アルトが、気持ちを切りかえていると、
「アルト様、お茶が入りましたよ」
と、先程の民族衣装を着た女性が部屋に入って来て、その横にはp?が浮いており、
「お気遣い、感謝します。ですが、結構です」
と、アルトが断ると、
「左様ですか……。では、執事ロボットのp?を、お渡ししておきます。使用方法は、わかりますか?」
と、聞いた民族衣装を着た女性は表情を変えず、
「ああ、大体ならね」
と、答えたアルトも表情を変えずにその民族衣装を着た女性を見ると、
その民族衣装を着た女性はそのまま静かに部屋を出て行った。
(ふーん。これが噂に聞く、剣の国の技術を集合させた傑作のp?か……。
まあ、こいつで僕達は監視されている、という事だね……。全く、厄介な物を配備するもんだ)
その後、そう考えているアルトはp?を睨みながら、アルトの部屋の前の事に聞き耳を立てていた。
何故なら、アルトの部屋の前は、ラニーニャの部屋だからである。、
(ここで、僕が変に行動すると疑われてしまうね……。
そんな事はさせずに、しっかり気を張り詰めて、見張っておかないと!)
そう心に決めたアルトが緊張の糸を張ると、
浦島がアルトのポケットから顔を覗かせアルトを見上げてきたので、
「わかってる。君も、しっかり見張ってくれ!」
と、言ったアルトが浦島の目を見ると、浦島は両前足を上下に動かして、了解した意志を示した。
それからアルト達は、そのままの状態で日が沈むまで過ごした。
すると、p?からベルの音がし、p?の画面には、紅 湖藍という文字が写し出され、
どうするかとp?に聞かれ、
(面倒だけど……、変に疑われない様にしなきゃね!)
と、眉間のしわを直したアルトが、p?に対応すると、
民族衣装を着ていた女性から夕食会の招待を受けてしまった。
そして、アルトは不本意ながらも食事会に参加する事になったが、
そこにはラニーニャの姿はなかった。
(はぁ……。先輩を浦島に任せているとはいえ、早くこんなつまらない会は終わってくれないかな?
しかし……。先輩がいないというのに、どうして彼等はこんなにも楽しめているんだ?)
食事会中、ケレス達を見ていたアルトの眉間にしわが寄りかけると、
剣の国の民族衣装を着ていた女性から、剣の国を観光する事を提案された。
そして、宝珠の国の皇女を筆頭に、アルト以外は皆、それに参加する意思を示したが、
「僕は、遠慮させてもらいます」
と、アルトは無論、そう言って断った。
それからアルト以外は何か楽し気に話していたが、
アルトはケレス達を見る事なく、それを全て聞き流した。
それは、特に興味がなかったというのもあったが、
それ以外に集中して考えなくてはならない事があったからである。
しかし、
(さて、どうするか……。先輩を無事に宝珠の国に送り届けるには……)
と、部屋に戻る間もアルトが考えていると、ケレスが宝珠の国の皇女の機嫌を損ねた様で、
(全く……、これ以上、事を拗れさせないでほしいね‼)
と、そんなケレスに、カチンときたアルトは、
「おやすみ」
とだけ言葉を残し、ケレスを見ずに部屋に入った。
そして、
「浦島、お疲れ様。変わった事はなかったかい?」
と、アルトが聞くと、ラニーニャを見張っていた浦島は首を縦に振り、その意思を伝えてきたので、
「そうか……」
と、アルトは胸を撫で下ろした。
それからアルトも加わりラニーニャの部屋を見張ろうとしたその時、
アルトの部屋のドアが勝手に開いた。
そして、
「よっ! アルト、ちょっと、いいか?」
と、ドアを開けたのはそう言ったジャップで、
「君……。相変わらずだね。何か用かい?」
と、言ったアルトの眉間にしわが寄ると、
「明日……、姉貴を頼む」
と、言ったジャップの眉間にもしわが寄り、
「随分、無責任な事を言うんだね……。どういうつもりだい?
君達は大事な妹君と、明日、楽しむのだろう? 今の先輩を放っておいて……」
と、そのジャップの顔を見て胸に何かが閊えたアルトはそう言ってジャップから顔を背けたが、
「頼む……。お前にしか、頼めねえんだ……」
と、ジャップのふるえた声を聞くと、その閊えていたものは薄れた。
「君に言われるまでもなく、そうするさ」
そして、ジャップの顔を見ないまま、アルトが意志を伝えると、
「すまん……」
と、ジャップの声が聞こえ、その気配は消えたので、
「全く……。開けたら、閉めていってほしいものだね」
と、言って、アルトは開けっ放しのドアを静かに閉めた。
アルトはジャップの様子を見て、わかった。
彼も悩んでいる。
何故なら、彼はどちらの見方も出来ないからだ。
(兄弟の上の者は、大変なんだね……。まあ、僕は彼に言われるまでもなく、先輩を守るさ!
そして……)
アルトは、そんなジャップの見方もする事を決めた。
それからアルトは浦島と交代しながら、ラニーニャを見張った。
夜通しそれを続け、何も異変はなかった。
そして、朝を迎えるグリンカムビの鐘の音が響いた。
(さて、先輩の様子を伺いにいってみよう。少しは良くなっていれば良いんだけど……)
そう思ったアルトは自室を出た。
だが、グリンカムビの鐘の音が静まった後、アルトは自分の目を疑った。
(ど、どうなってるんだ⁉ どうして、先輩が部屋の外にいたんだ⁉)
何故なら、アルトの前を顔色の悪いラニーニャが たぬてぃと通り過ぎ、
そのまま部屋に入り、施錠したからである。
(そんな馬鹿な‼ 僕達は、ずっと見張っていたはずだ‼ なのに、どうして……)
考えてもアルトに答えは見つからなかった。
そんな心境の中、アルトは気が進まない朝食会に出席し、足早に部屋に戻った。
そして、窓際にある長椅子に腰掛け、俯き、考え込んだ。
(僕は、何をしてるんだ……。こんなんだから、誰も僕を頼ってはくれないんだ‼)
悔しがっているアルトが右拳を握り締めると、浦島がその右手にのってきたので、
「浦島?」
と、アルトが浦島を見ると、浦島は、口を引き締め、アルトを見つめてきた。
その浦島を暫く見つめ、
「わかっているさ。こんな事をしてないで、僕がすべき事をしよう!」
と、言って、アルトは顔を上げ、立ち上がった。
それからアルトはp?に注文した。
かなり無理がある注文だったが、p?はすんなりとアルトの注文を引き受けた。
そして、
(気に障る機械だが、少しは役に立ちそうだね……)
と、アルトは、p?を冷ややかな目で見送った。
アルトが、p?に注文した事は二つ。
その一つが、これからアルトが行う事を監視するなという事。
もう一つは、これからアルトが行う事の準備だった。
二つ目の準備に時間が掛かる為、アルトは、その時を静かに待った。
そして、準備が整う予測時間まで、あと一〇分前になり、
(もう、次はない‼)
と、アルトは気合いを入れ、部屋を出た。
アルトが向かったのは、無論、ラニーニャの部屋である。
ラニーニャの部屋の前で深く息をし、アルトはラニーニャの部屋のドアをノックして声を掛けた。
すると、
「アルト?」 どうしたの?
と、ドアは開かなかったがラニーニャの声がし、
「先輩、ちょっと、お時間をいただけませんか?」
と、アルトはもう一度、声を掛けたが、
「ごめんね。何か、気分が優れなくって……」
と、ラニーニャに断られた。
そこでアルトは、自分の気持ちを正直に伝える事にした。
まずは、
「先輩に、大切な話があるんです……。どうか、ここを開けてください」
と、言ったアルトは一礼した。
「急に、どうしたの?」
すると、ラニーニャの怯えた声がし、
「先輩、お願いがあります。どうか、僕が点てた茶を飲んでいただけませんか?」
と、言ったアルトがドアを真直ぐ見つめると、暫くして鍵を開ける音が聞えた。
そして、ドアを半分だけ開けたラニーニャは何処か怯えた顔でアルトを覗く様に見つめ、
「どうしたの、アルト? 何か、あったの?」
と、アルトを心配してきたので、
「別に、何もありませんよ。唯、気分転換でもと思ったまでです。
まあ、僕の茶でそうなるか微妙な所ですが……」
と、そんなラニーニャを優しく見つめたアルトの眉に少し、しわが寄ったが、
「じゃあ、お誘い、ありがたく受けるね!」
と、言ったラニーニャはふふっと笑って、残りのドアを開けてくれた。
それからアルトはラニーニャの左横を歩幅を合わせ、歩いた。
ラニーニャは時々、アルトの顔を見て、ゆっくりと歩いていた。
勿論、ラニーニャとアルトの間には たぬてぃが浮遊しており、アルトに目を光らせていた。
その間、特に二人は話す事はなかった。
だが、アルトは、ラニーニャが自分を頼っている事を感じ取れた。
そして、
(ここで、あの事を正直に伝えるんだ‼ 僕は、水鏡の国の者だから……)
という、決意を固め、p?が用意した畳の所へ向かった。
そこは剣の国の若き皇帝の庭園で、茶会を開くには最適な場所であり、
さらに、茶会の道具は全て揃っていた。
(ふぅーん……。機械が選んだ場所にしては、まあまあじゃないか。
それに指示通り、僕達を監視していないみたいだね……)
アルトが辺りを観察した後、畳に敷かれた座布団に正座し、
「さあ、先輩、どうぞ」
と、言いながらラニーニャを見つめると、
「失礼します」
と、言ったラニーニャは穏やかに笑って、アルトの前に敷かれた座布団に正座した。
そして、
「では、始めさせてもらいますね」
と、アルトは、茶を点て始めた。
まず、茶釜から取り出した湯で、茶碗と茶筅を温めた。
そして、程好く温まった茶碗から湯を捨て、茶碗を拭いた。
それから、茶匙を使い、茶筒に沿って抹茶をたっぷり掬い、茶碗にそっと入れた。
最後に、茶筒の抹茶の山から抹茶をいただき、また、茶碗にそっと入れた。
(よし! 順調だ!)
アルトは一度、深呼吸し、湯を注ぐ手順へと進んだ。
まずは、茶釜から柄杓を使い、湯を茶碗の壁に沿って、ゆっくりと注いだ。
それを、もう一度、行った。
(さあ、集中するんだ‼)
アルトは、最期の山場を迎えた。
いつもここまではアルトの婆やの指導通りに行い、
アルトの婆やから扇子を額に叩きつけられる事はなかった。
だが、ここからは、何故か上手くいった事がない。
(どうか、僕の気持が伝わる様に……)
アルトはラニーニャへの思いが伝わる様に、心を込めて茶を点てた。
すると、アルトが点てた茶は、ふわっとした泡が出来ており、
それを崩さない様にアルトは、泡を中心に集め、そっと、茶筅を抜いた。
(婆や程ではないけど、上出来だ‼)
そして、自身の点てた茶を見たアルトの顔は綻び、
「先輩、どうぞ。それと、茶菓子なのですが……。
さすがにあの店の様な物はなくって……」
と、茶を出した後、そう言って茶に合いそうな菓子を出した。
それは、龍鬚糖という、剣の国でポピュラーな駄菓子だった。
だが、その龍鬚糖を見たラニーニャは何か思いつめた顔になってしまった。
「あ、あの……、先輩、お気に召しませんでしたか?」
そのラニーニャの顔を見たアルトの眉が下がり、そう言うと、
「ううん、違うの。私ね、龍鬚糖、とても好きなの!」
と、言ったラニーニャは嬉しそうに笑い、
「じゃあ、いただきます」
と、言って、茶を飲んで龍鬚糖を食べた。
すると、ラニーニャはさらに嬉しそうに笑った。
「アルト、御馳走様でした。とても、美味しかった」
それから茶を飲み終えたラニーニャが穏やかに笑ってそう言うと、
「先輩。龍鬚糖、もっと食べませんか?」
と、言って、アルトはアルトの分の龍鬚糖を差し出した。
「えっ? でも、これは、アルトの分でしょ?」
すると、そう言ったラニーニャは、きょとんとしたが、
「先輩だって僕達に先輩の分のリンゴを全てくれたじゃないですか?」
と、言ったアルトが、ふっと笑うと、
「もう、アルト……。気付いてたの?」
と、言ったラニーニャは、くすっと笑い、
「すみません。気付いていたのですが……」
と、眉が下がったアルトが、軽く息を吐いて言うと、
「さすが、アルト。秀才だね!」
と、言ったラニーニャは、くすくす笑った。
「どうか、召し上がってください」
それからアルトがそう言って龍鬚糖を差し出したが、たぬてぃが龍鬚糖を転がし遊び出してしまい、
「た、たぬてぃ⁉ それは、おもちゃじゃないの‼」
と、言いながらラニーニャが、たぬてぃを抑えても、たぬてぃはまだ龍鬚糖を狙っており、
「たぬてぃ君。すまないが、これは先輩にあげたんだ」
と、言って、アルトが、たぬてぃを優しく撫でると、たぬてぃは鼻息を出したがあきらめてくれ、
「じゃあ、遠慮なく、これはもらうね!」
と、しょんぼりしている たぬてぃを離したラニーニャは龍鬚糖を拾い、
そう言って、アルトに笑顔をくれたので、
「はい。どうぞ!」
と、言えたアルトの眉は元に戻った。
しかし、
「姉ちゃん。体調、良くなったのか?」
と、聞いたケレスが現れると、
「ケレス君。あの……」
と、答えかけたラニーニャからは笑顔が消え、
「ごめん。アルト、戻るね。御馳走様でした……」
と、呟いたラニーニャは龍鬚糖を置き、俯いて逃げる様に たぬてぃと屋敷に入ってしまい、
「先輩、待ってください‼」
と、アルトが呼び留めたが、ラニーニャはそのまま戻って来なかった。
アルトは気付いていた。
何故、ラニーニャが逃げたのかを。
「君がそんな怖い顔をするから先輩が逃げたんだ‼
どうして君はそんな事が出来るんだい?」
それは、宝珠の国の皇女がラニーニャを戦慄の目で睨んでいたからだった。
そう言ったアルトは拳を握り締め、宝珠の国の皇女を睨んだが、
「お姉ちゃんは私達よりアルトさんを択ぶんだね……」
と、言った宝珠の国の皇女はアルトと視線を合わす事なくクリオネを抱いて屋敷へ戻って行き、
「お姉ちゃん、だって? 家族なら、そういう態度はしないだろうに……」
と、アルトが呟くと、ケレス達が何か言い合っていたが、
(まあ、どこの家族も変わらないという事か……)
と、思ってしまい、心が苦しくなったアルトは、ケレス達に気付かれないまま屋敷に戻って行った。
そして、自室に戻る前に、
(こういう時、どうしたら良いんだ? 教えてくれ、婆や……)
と、思ったアルトは苦悶の表情を浮かべ、ラニーニャの部屋を見つめた。
それからアルトは自室に戻り考え込んでいたが、
p?を通し、最後の夕食会に剣の国の若き皇帝が参加する事がわかり、
(こんな時に、奴が来るなんて……)
と、思ったアルトの眉間には、また、しわが出来てしまった。
そして、アルトは剣の国の若き皇帝を見張る為、その食事会に参加した。
だが、その食事会にはラニーニャだけでなく、ケレスまでもが不参加だった。
(ケレスめ……。どういうつもりだい?
参加したくない気持ちはわかるが、これ以上、宝珠の国の皇女の機嫌を損ねないでほしいよ‼)
アルトは色々な事に苛立ちながらも剣の国の皇帝を見張る為、食事会に参加し続けた。
その食事会は、会の進行を剣の国の民族衣装を着ている女性が行い、
ジャップは宝珠の国の皇女の機嫌を取り、剣の国の若き皇帝は無言でいた。
そして、
(しかし、奴等は本当に、気付いていないのだろうか……。
だとしても、何故、今になって剣の国の若き皇帝はここに来たのか?
何事も起こらなければ、良いんだけど……)
と、アルトがそう考えながら剣の国の若き皇帝を見ていると、
「アルト様、お食事が進んでおられない様ですが、お口に合いませんか?」
と、聞いた剣の国の民族衣装を着た女性の眉が下がっており、
「申し訳ありません。小食なものでして……」
と、答えたアルトが軽く頭を下げると、
「すみません。アルトの代わりに、俺が食べますから!」
と、言ったジャップは陽気に笑った。
ジャップのおかげで、アルトと剣の国の若き皇帝を除き、皆、楽しそうにしていたが、
(しかし、本当に退屈だ……。もう、退席させてもらおうかな?)
と、思っているアルトの眉間にしわが出来ると、浦島が、ふらふらとアルトの足元に近付いて来た。
「う、浦島⁉ どうしたんだい?」
そして、アルトが浦島を拾うと、浦島は口をパクパク開け、何かを伝えてきたので、
「ま、まさか……」
と、アルトは血の気が引いて行き、
「ア、アルト⁉ どうしたんだ?」
と、ジャップの呼ぶ声が聞えない程、アルトは急いでラニーニャの下へ走った。
(先輩! 先輩‼ どうか、無事でいてください‼)
アルトは、唯、そう願い、走った。
そして、ラニーニャの部屋まで来たが、アルトはその場に呆然と立ち尽くした。
何故なら、ラニーニャの部屋のドアは開けっ放しで、その部屋には、誰もいなかったのだ。
息が上がったアルトが何も考えられなくなっていると、
耳を下げたパラが顔を顰め、アルトに近づいて来た。
「パラ君⁉ どうしたんだい?」
そのパラにアルトが駆け寄ると、パラはアルトを見つめ、何かを伝え様とし、
「先輩に、何かあったんだね……」
と、言ったアルトの息が整ってくると、パラは、「そうだ」と返答する様に一鳴きした。
そして、アルトはパラの目を見つめ、その意思を汲んだ。
その中でアルトがわかった事は、ラニーニャがいなくなった事、
それに、何故か霊獣であるパラ達でもその居場所がわからないという事だった。
「わかったよ、パラ君。
僕は今から先輩と、たぬてぃ君を探しに行くから、君はここで待っててくれるかい?」
パラの意思を汲む事が出来たアルトがパラを優しく見つめそう言うと、
パラはラニーニャの部屋の前まで行き、また一鳴きしたので、
「よし! 浦島、行くよ!」
と、言ったアルトはラニーニャを探しに急いだ。
しかし、この広い街を当てもなく探しても、ラニーニャが見つかるはずはなかった。
時間と不安がどんどん増していき、アルトはある場所で足を止めた。
(僕は、何をしていたんだ? こんなんだから、僕は駄目なんだ‼)
そして、息が上がっているアルトは唇を噛みしめ、顔を歪めた。
すると、夜空を彩る何発もの花火が大輪の花を咲かせ、
その後に遅れ、体に響く程の音が聞えてきた。
その花火は約三〇分程、夜空を彩り、ニーズヘッグを明るく染めた。
しかし、アルトの心を明るく染める事はなく、俯き続けているアルトはその場から動けずにいた。
それから静寂が訪れると、
「ケレス君。花火、とっても綺麗だったね!」
という、ラニーニャの声が聞こえてきた。
「せ、先輩⁉」
驚いたアルトが顔を上げてその声の方を見ると、そこにケレスとラニーニャに、たぬてぃ、
そして、ラニーニャの右隣には見知らぬ男性がいた。
その三人は談笑しており、それから皆で剣の国の若き皇帝の屋敷の方へ足を進めた。
(先輩、良かった! ケレスも一緒だったのか……。それにしても、あの男性は誰なんだろう……)
複雑な心境のアルトはその三人の後ろ姿を無言で見つめた。
そして、その三人に気付かれる事なく、アルトも剣の国の若き皇帝の屋敷まで帰り着くと、
見知らぬ男性はラニーニャ達と別れ、ラニーニャはその男性の後ろ姿を切なく見送っていた。
すると、ケレスが、キョロキョロと、辺りを見渡し出し、
「ケレス‼」
という、宝珠の国の皇女の声が聞こえ、ケレス達と合流した。
しかし、宝珠の国の皇女とラニーニャが何かを言い合い出してしまい、
ジャップが合流するとラニーニャはケレス達から たぬてぃと離れて行った。
「せ、先輩⁉ 何処に行くんですか‼」
そのラニーニャをアルトが追い掛け様とすると、アルトの前に、ララとオルトが立ち塞がり、
「君達、そこをどいてくれ‼」
と、怒鳴ったアルトがララ達を睨むと、ララはアルトを見つめて何かを訴えてきた。
そのララを肩で息をするぐらい興奮しているアルトは暫く見つめ、その意思を汲み取り、
「わかった……、君達を信じる。だから、必ず、先輩を守ってくれ‼」
と、握り締めていた拳を下しながら言うと、
ララは一つ吠え、オルトと共にラニーニャの後を追って行った。
それからアルトがケレス達に気付かれず合流し、剣の国の若き皇帝の屋敷前まで来ると、
「先輩も、怪我をしてたみたいだけどね」
と、言ったアルトはケレスに治癒術を施した後、例を言ったケレスを見ずに屋敷へと入った。
そして、アルトはラニーニャの部屋の前で静かに待機した。
しかし、どんなに待っても、ラニーニャが戻って来る事はなかった。
(先輩、どうして……。
どうか……どうか無事で帰って来てください!)
アルトは心の中で、唯々、ラニーニャの無事を祈り続けた。
だが、そのアルトの心の中のラニーニャは何故か悲しそうな顔をしており、
アルトに別れを告げていたのだ。
(どうしてだ‼ どうして、こんな顔の先輩しか思い出せないんだ⁉)
そんなアルトの心は苛立ちの炎で燃え上がり、
アルトは心だけでなく、全身が体の中から燃やされる様な痛みに襲われた。
それは、アルトの治癒術では、決して治せない痛みだった。
その痛みから逃れる為、アルトは壁を、ダンッ‼と右拳で殴った。
すると、楽しそうなジャップ達の声が聞こえてきた。
その声を聞くとアルトの苛立ちの炎はアルトの全身を燃やし尽くし、
アルトの中で何かが、プツリと切れる音が聞えた。
そんなアルトは、
「アルト……、どうした?」
と、ジャップから声を掛けられたが、
「先輩なら、帰ってないよ」
と、ラニーニャの部屋だけを見て、早口で喋ってしまい、
「何だって⁉ どうして、お前が知ってるんだ?」
と、言ったジャップから詰め寄られると、
「僕は、ずっと、ここで先輩を待ってたんだ。だけど……。先輩は帰ってこなかった‼」
と、言ったアルトはジャップ達を自身の両親を見る目で睨んだ。
すると、
「そんな馬鹿な‼ 姉貴、入るぞ‼」
と、真っ蒼な顔になったジャップが叫びながら部屋に入り、
「姉貴‼ 何処だ?」
と、叫んで部屋中を探していたが、ラニーニャがいる訳もなく、
「君達が言う家族って、どういう関係をいうんだい? 失望したよ‼」
と、言ったアルトの眉間にしわが寄り、唇がふるえ出した。
それからジャップ達がラニーニャの部屋の物にぶつかる程慌てながら部屋を出て、
ラニーニャを探しに行こうとしたその時、俯いたラニーニャが、たぬてぃと帰って来た。
だが、ラニーニャの周りには孤独という壁が張り巡らされ、アルトは近づき難かった。
それでもケレス達はその壁を越えてラニーニャに声を掛けていたが、
ラニーニャは孤独と言う殻に閉じ籠っており、ケレス達の声に全く反応しなかった。
だが、
「先輩……」
と、その壁を後から超えたアルトが口を小さく開けてそう言いながらラニーニャの手に触れると、
「アルト……。ごめんね。私、ちょっと風邪を引いたみたい。うつすと悪いから、一人にしてくれる?」
と、言ったラニーニャはアルトに笑い掛けてくれたが、ゴホゴホッと重い咳を数回し、
肩で息をしながら部屋に入ってしまい、そのまま施錠した。
そして、ラニーニャの部屋の前にいた者は全員、黙ってしまい、
その静寂の中、グリンカムヴィの鐘の音だけが美しく響きわたった。
それから朝食会は中止になり、
そのまま宝珠の国の迎えの飛行機が到着し、アルト達は帰国の途に就くはずだったが、
「君は、何をしてるんだ‼」
と、宝珠の国の参謀は、アルト達から少し離れて歩いていたラニーニャを怒鳴りつけた後、
「そうじゃない‼ 立ってるのも、やっとのくせに、どうして誰かを頼らないのかい‼」
と、言って、握り締めた拳をふるわせ、
「言ったじゃないか……。僕を、頼ってくれって……。そんなに僕は、頼りないのかい?」
と、穏やかな顔でラニーニャに優しく語り掛けると、
「ニックさん……。あなたは、やっぱり……」
と、穏やかに笑って言ったラニーニャはその場に倒れそうになった。
そのラニーニャが倒れる前に宝珠の国の参謀は抱えたがラニーニャは息が荒くなっており、
そのまま宝珠の国の参謀がラニーニャを飛行機内に連れて行き、アルトは追い掛けた。
だが、アルトが行けた場所は医務室の前までであり、
開かないドアの前でアルトはその向こうにいるラニーニャの無事を唯、祈る事しか出来なかった。
何も出来なかったアルトは今までにない無力感に襲われ、目の前が真っ暗になっていたが、
そんなアルトの前に医務室から宝珠の国の参謀が出て来たのが見えた。
「ニックさん⁉ 姉ちゃんは?」
そして、最初にそう言ったケレスが宝珠の国の参謀に詰め寄ると、
「はっきり言って、良くないね」
と、言った宝珠の国の参謀の顔は気難しく、その顔でラニーニャの容態が悪い事はわかったが、
「良くないって、どうあるんですか?」
と、ケレスが聞いてしまったので、
「彼女は、熱が四〇度近くあって、肺炎を起こしている可能性がある。それに、衰弱が酷い。
まあ、数日間、無理をしたから仕方がないけれど、脱水や、凍傷までしてる。
まさかとは思うが、ニーズヘッグの寒空の下に、ずっといた訳じゃあるまいし……。
どうして、ここまで酷くなってるんだ?」
と、宝珠の国の参謀はラニーニャの病状を冷静に全て答えた。
それに対して、アルト達は何も言えなかった。
そして、
「まあ、彼女も大人だから、変な事はしてないだろうけれど、とりあえず今は、絶対安静だ。
帰ったら、入院させなきゃいけないね。僕は今から、病院に連絡をするよ」
と、言った宝珠の国の参謀が、医務室に戻ろうとすると、
「あの……。僕に先輩を看病させてくれませんか?」
と、アルトは申し入れたが、
「君は、医者じゃない。それに、君達といたから、彼女は、ここまで何も言わずに、
無理をしていたんじゃないのかい? 彼女に今、必要なのは休養だ。
君達といたら、また無理をする。治るものも、治らなくなってしまう」
と、言った宝珠の国の参謀から首を横に振られ、断られた。
それは、まるで水と油が決して混ざらない様にラニーニャとの何かの壁を感じさせられるもので、
アルトは下を向いて何も言えなかった。
それから、
「君達も、疲れているだろうから、休む事だね」
と、言った宝珠の国の参謀は医務室に入ろうとしたが、
「君は、主人の所にいてあげるといいよ。安心すると思うから」
と、耳が下を向いている たぬてぃに優しく声を掛け、
たぬてぃを抱きかかえて医務室に入っていった
それからアルトは宝珠の国に帰るまでの間、鬱ぎ込んで誰とも話さず過ごした。
その間、何も考えずに唯々、瞳を閉じて自分が何一つ出来なかったという事実の沼に嵌り続け、
その沼の中で藻掻き続けていた。
そして宝珠の国付近まで帰り着くと、アルトは宝珠の国の皇子から呼び出され、
到着地はミラの空港、そこで歓迎の祝典が行われるという説明を受けた。
詳細はアルトがぼんやりして聞いていなかった為、わからなかったが、
ある程度話が終わった後、宝珠の国の参謀が澄ました顔で歩いて来た。
「ニック。あいつはどうなんだ?」
その宝珠の国の参謀に宝珠の国の皇子が目を転がして聞くと、
「今は、大分落ち着いたよ。ぐっすり、眠ってる」
と、それと視線を合わせた宝珠の国の参謀は一つ息を吐いて答え、アルトが胸を撫で下ろすと、
「そうか」
と、言った宝珠の国の皇子はまたケレス達に視線を移し、
「あいつは、ニックに任せておくとして、お前達、よく無事でいた。
それに、ミューを助け、そして祟り神を排除した。感謝する。何か褒美を取らせよう」
と、穏やかに話すと、ジャップは焦っていたが丸く言い包められていた。
それから飛行機はミラに着陸し、アルト達は大歓声に包まれながらミラの空港に降り立ったが、
宝珠の国の参謀が血相を変えて追い掛けて来た。
「ニックさん⁉ どうしたんですか?」
そんな宝珠の国の参謀をケレスが見て聞くと、
「ラニーニャちゃんがいないんだ‼」
と、息を切らしながら答えた宝珠の国の参謀の顔は青褪めており、
「どういう事ですか⁉ 姉ちゃんがいないって‼」
と、言ったケレスが宝珠の国の参謀に詰め寄ると、
「わからない。でも、たぬてぃ君も、いなくなってて……。
探したけど、飛行機の中には、二人共、何処にもいないんだ‼」
と、言った宝珠の国の参謀は表情を歪めたが、アルトは考えるより前に、医務室へと向かっていた。
(先輩、先輩‼)
アルトの頭の中は、ラニーニャの事だけだった。
そのアルトが医務室に着くと、ベットを使っていた形跡はあったが、
ラニーニャと、たぬてぃの姿は何処身もなかった。
そして、アルトはすぐに医務室を退室し、飛行機の中を探し出した。
しかし、何所を探しても、ラニーニャもたぬてぃも何所にもいなかった。
「先輩‼ 返事をしてください‼」
アルトはラニーニャへの思いをのせ喉が裂ける程、大声を上げた。
それでもラニーニャからの返事はなく、アルトはその場に崩れる様に座り込んだ。
すると、アルトのポケットにいる浦島が両前足を使い、訴えてきた。
「浦島……。君は先輩の居場所がわかったのかい⁉」
アルトが浦島を見て言うと、浦島は何度も頷き、アルトが進むべき道を示した。
そしてアルトがそれに従ってミラの街の端まで来ると、
そこに中年の男性に負ぶられたラニーニャがおり、その隣にはケレスがいた。
それからその中年の男性はラニーニャを負ぶったまま、もの凄い速さで走り、
それにケレスは続いて行った。
アルトは、その光景を唯、黙って見る事しか出来なかった。
ケレス達に続く事は出来なかった。
浦島に、ラニーニャの居場所を聞く事も出来なかった。
それは、無力感がそうさせたのだ。
そんなアルトが出来た事と言えば、逃げる様に自家用機の所へ行く事だけだった。
そして、アルトが足を進めると、
「アルトお坊ちゃま⁉」
と、アルトの婆やに声を掛けられ、
「婆や……。どうして?」
と、何日も砂漠を彷徨った様な顔のアルトが、アルトの婆やを見て言うと、
「心配しましたよ……。本当に、無事で良かった……」
と、言ったアルトの婆やは瞼の裏に貯めていたものを流し、頬を伝わらせた。
それからアルトはアルトの婆やに付き添われ自家用機まで帰った。
その後の記憶は、全くないが、アルトは眠り続けていた。
そして、目を覚ますと、
「アルトお坊ちゃま、お目覚めでしょうか?」
と、そこにはそう言った、木漏れ日の様なアルトの婆やの穏やかな顔があった。
「ああ、婆や……」
その木漏れ日をみたアルトが優しく笑い掛けて言うと、
「何か、召し上がられますか?」
と、聞いたアルトの婆やからも優しく笑い掛けられ、
「では、軽いものを頼むよ」
と、答えたアルトが頷くと、アルトの婆やも頷いて部屋を出て行った。
アルトは十分睡眠をとれたはずだった。
なのに、重力に勝てずに体は一向に動きそうになかった。
そして、何も欲しなかった。
だが、今の今までほとんど腹等減っていなかったのに、
アルトの婆やの顔を見ると何故か、腹が減ってきたのだ。
「不思議だ……」
今まで経験した事のない事ばかりのアルトは天井を見つめ、呟いた。
まだアルトの胸の奥に何かが居座り、胸はつかえていたが、
アルトの周りを安らぎの様な感覚が包んでくれているのがわかるとアルトの頬を温かいものが伝った。
すると、アルトの婆やが食事を運んで来てくれた。
「アルトお坊ちゃま、起きれますか?」
そう言って、食事を運んできたアルトの婆やの顔を見て、
「ああ、起きれるよ」
と、アルトが重力に打ち勝って体を起こして言うと、
にこにこしながらアルトの婆やは匙を使い、アルトに粥を食べさせ様としたので、
「……婆や、ワザとだろ?」
と、むっとしたアルトがつっこむと、
「まあ、アルトお坊ちゃま⁉ 私が、その様な事をするとでも⁉」
と、匙を戻したアルトの婆やは大袈裟に右手で口を覆いながらそう言ったので、
「全く……」
と、言ったアルトが溜息をつくと、
「食事を進めながらで構いませんので、話していただけますね」
と、言ったアルトの婆やも一つ溜息をついた。
その溜息から、アルトはアルトの婆やの気持を受け取った。
だから、アルトは全て話した。
祟り神を追ってからの事。
そして、アルトが感じ取った事、その全てを。
アルトはそれを伝えた後、ある覚悟を告げた。
すると、アルトの婆やの表情は厳しいものへと変わった。
その表情を見てアルトは自身の覚悟は、己のみのものだと察し、俯いた。
が、アルトの頭頂部に扇子が、バシンッ!と一刀両断の如く、叩きつけられ、
アルトの目の前に火花が飛び散った。
「い、痛っ⁉ な、何するんだい⁉ 痛いじゃないか‼」
火花と共に出た涙を抑えれなかったアルトが、顔を上げて怒鳴ると、
「その様な顔で覚悟等、軽々しく口にするものではありませんよ‼」
と、そこには鬼神の様な顔で怒鳴ったアルトの婆やの顔があったが、
「軽々しく言ってない‼ 誰が何と言おうと、僕は、そう決めたんだ‼
例え婆やであろうと、邪魔はさせない‼」
と、アルトがその鬼神に立ち向かって怒鳴ると、今度は、額に扇子が叩きつけられ、
また目の前に火花の花畑が出現した。
だが、その花畑の中から、
「その覚悟とやらが本物ならば、まずは、食事をすませなさい。
そして、覚えておいてください。
あなたは、一人ではない、という事を。
私は、いつ、如何なる時も、アルトお坊ちゃまの味方である、という事を……」
と、アルトの婆やの声が聞こえ、花畑が消えた時にはアルトの婆やの姿はなく、
代わりに、アルトの携帯電話が置かれていた。
「婆や……」
そして、アルトが自身の携帯電話を見ると、
そこには、ズラッとジャップからの不在電話の表記が並んでいた。
「ジャップ……。これじゃあ、ストーカーだよ?」
と、言ったアルトが、ふっと笑い、携帯電話を弄っていると、一通のメッセージ通知があり、
「珍しいね。ジャップがメッセージを送るなんて……」
と、言って、首を傾げたアルトがメッセージを開くと、そこには、こう書かれていた。
☆・☆
アルト、ありがとう
アルトのおかげで、私、家に帰れた
お礼に、今度、アップルパイ作るから、また、お茶を点ててね
☆・☆
それは、ラニーニャからだった。
そのメッセージは滲んでいた揚げ句、振るえていた為、とても見にくいものだったが、
しっかりとアルトは自身の目と心にそれを焼き付けた。
アルト君、まずは、お疲れ様と言わせてほしい。
でも、君には、くよくよしている暇はないんだ!
やるべき事は、沢山あるのだから……。
あっ、いや、本当に次の君の話では、結構、君は苦労しちゃうんだよん♪
がんばってね!
それと、ラニーニャちゃんからの初めてのメッセージ、どうだったぁ?
にゃははん♪
そんなに照れちゃって ……、愛い奴ですな!




