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№ 18 ケレス、姉の力を目の当たりにする

 姉の協力で、ミラの街は救われたが、長は、代替わりが失敗に終わると告げる。

 代替わりが失敗に終われば、ニョルズは滅ぶ事になるのだが……。

 プレジャーボートはケレス達を乗せたまま順調に進んでいた。

「で? どうやって、一時間で宝珠の国に行くのかい?」

 そこでアルトが意地悪くヘルに聞くと、

「まあ、見てなさいって♪」

と、答えたヘルは瞳を閉じて前足を伸ばし、

「さぁて、やりますかね!」

と、言うと、瞳を開けて全身の毛を逆立て、ヘルの白い体から黒い縞模様が浮かび上がった。

 すると、その黒い縞模様から黒い霧が出てきたかと思うと、

その霧はプレジャーボートをあっという間に包み込み、月明かりを遮断した。

「な、何なんだ⁉」

 その現象に驚いたアルトが辺りを見渡すと、

「ふっふっふっ。俺様の力の一つだよん♪」

と、言ったヘルは大きな鼻を上に向け、得意気にアルトを見下し、

何故か、ヘルの背にいる たぬてぃも小さい鼻を目一杯上に上げてヘルの真似をしたので、

「君の力の一つだって⁉ これじゃあ、周りが見えないじゃないか!

 どうやって、目的地まで移動するんだい?」

と、怪訝な顔のアルトが聞いたが、

「んん~ん? 周りが見えないのは、当然なぁ~の! 見えなくしてんだからぁ♪

 それに、どうやって目的地に行くかなんて、お坊ちゃんが心配しなくてもいーの。

 俺様が、連れて行ってやるからさ♪」

と、ヘルはアルトに纏わりつきながら、揶揄う様に答え、

「君が連れて行くだって⁉ 言っている意味がわからない!」

と、言ったアルトがヘルの動きを目で追っていると、

「まあまあ。大船に乗った気持ちでいなさいって!」

と、ヘルはアルトの前で止まり、堂々と胸を張ってそう言った。

 暗闇の中でもプレジャーボートの中は明るく、この様なヘルとアルトのやり取りが見えた。

 一方、ラニーニャとイェンは二人寄り添って見つめ合い、言葉がなくとも何かを話していた。

(うぅ……。俺は、何処にいればいいんだ?)

 そして、ケレスは一人寂しくいた。

「はぁ……」

 そんなケレスが大きな溜息をつくと、

「こぉーれ‼ 何じゃぁ、その態度は‼」

と、ケレスの頭の上で怒鳴った長がピョンピョン飛び跳ね出し、

「だあぁ⁉ 何だよ? 長殿。溜息ぐらいつくだろう?」

と、言ったケレスが頭を押さえると、

「小童が! 自分の願いを叶えてもらおうとしておる時に、その態度はないじゃろう‼」

と、長からさらに怒鳴りつけられてしまい、

「そうだけど……」

と、言ったケレスの口から、また溜息が漏れ、

「なあ、長殿。聞いてもいいか?」

と、腕を下して上を見たケレスの口から言葉が漏れた。

「何じゃ? 言ってみよ!」

 すると、そう言った長がケレスを覗き込んできて、

「俺は、兄貴を助けたい。それには、姉ちゃんの力が必要なんだよな?」

と、聞いたケレスにその長の姿が少しだけ見えると、

「そうじゃ」

と、言った長は頷いた様に見え、

「それに、多分、宝珠の国を姉ちゃんは救えると思うんだ」

と、呟いたケレスが視線を下すと、

「そうじゃろうな」

と、考える間もなく言った長の声が聞え、

「やっぱり……」

と、俯いたケレスの口から、また溜息が漏れると、

「何が言いたいのじゃ?」

と、長がケレスの前髪を握りながら聞いてきたので、

「あのさ……。長殿は姉ちゃんの味方、だよな?」

と、その長を見らずにケレスも聞くと、

「当たり前じゃて! 何を今更言っておるのじゃ‼」

と、さらに強くケレスの前髪を握って答えた長に、

「じゃあ、長殿を信じて言うよ。みんなの前でさっきは言えなかったけど、さ……」

と、意を決し、ケレスは高杉から聴いた話を全て話した。

「先生も言ってたけど、俺も姉ちゃんが災いを齎すとは思えないんだ。

 俺が知る限り、姉ちゃんはあんなに優しいし、それに姉ちゃんは多くの人を救える。

 それなのに、どうしてアマテラス様は姉ちゃんを災いと思ったんだ?

 精霊の長殿なら、何かわかるんじゃないのか?」

 そして、ケレスは長に思いをぶつけたが、長は、黙り込んでしまい、

「長殿?」

と、無言を貫く長にケレスが声を掛けると、

「そうじゃな……。何故、そう思われたんじゃろうな……」

と、言った長の声は寂しくケレスの体を通り過ぎて行った。

 それから長は何も喋らなくなってしまい、ケレスも黙っていると、

「大変長らく、お待たせしましたぁ! 当船はミラの港に到着しました♪」

と、頭の上に たぬてぃを載せた上機嫌のヘルがプレジャーボート中に響く声を出した。

「もう、着いただって⁉ そんな訳ないだろう?」

 すると、アルトは右口角を上げヘルを横目で見ながらそう言ったが、

「それがそうなのよねぇ……。お坊ちゃん♪ まあ、自分の目で確かめなよ♫」

と、言って、ヘルが不気味に笑ったその時、プレジャーボートを包んでいた闇の帷は消え去り、

アルトの屋敷で見送ってくれたはずの満月がケレス達を出迎えた。

 そして、ケレス達の前には、ミラの港の灯りが見えた。

「う、嘘だ……」

 それから目の前の光景に自身の目を疑ったアルトの口が、ぽかんと開いてしまうと、

「ねぇ、俺様は嘘をつかなかったでしょ? わぁかったぁ、お坊ちゃん?」

と、言いながらヘルはアルトに纏わりついて喉をゴロゴロと鳴らしたが、

「これこれ、馬鹿虎‼ おふざけはそのくらいにして、さっさと用事を済ますのじゃ‼」

と、ケレスの頭の上にいる長に叱られると、

「へえへえ。爺さんは、うるさいんだから……チッ!」

と、言ったヘルは喉を鳴らすのをやめ、舌打ちをし、

「さあて、お坊ちゃん? 出番だよ♪」

と、アルトにそう言って、金色の鋭い目を向けた。

「出番って、一体何のだい?」

 そして、その目を見てアルトが不思議そうに聞くと、

「何って……。俺様達を陸までその亀さんで運んでおくれなさいな♪

 目立つこの船じゃ、ここが限界だもんね?」

と、ヘルは楽しそうにリズムを取りながら首を横に振って答え、

「浦島でかい⁉」

と、思わず言ったアルトは何度も瞬きしたが、

「他に、亀さんはいるのかい?」

と、首を振るのをやめたヘルから聞かれ、

「そうだけど……」

と、言ったアルトは口を尖らせたが、

「浦島、頼むよ」

と、優しく言うと、プレジャーボートの傍に大きくなった浦島が海中から姿を現した。

「ほっほう。これは、これは♪ じゃあ、レディーファーストって事で!」

 その浦島を見たヘルは、たぬてぃを頭に載せたまま、浦島の甲羅に、一番先に飛び乗り、

「じゃあ、次は嬢ちゃんだ。イェン坊ちゃん。ちゃんと、エスコートしなよ?」

と、背を向けたまま顔だけで、チラリとイェンを見て言うと、

「お前に言われるまでもない」

と、言ったイェンはヘルと目を合わさず、

「喜蝶、行くぞ」

と、優しくラニーニャを見つめながら言って左手を差し出した。

 すると、ラニーニャは頷き、自分の右手をイェンの左手に合わせて握り、

イェンがラニーニャの手をしっかりと握ると、二人で一緒にゆっくりと浦島の甲良に乗り込んだ。

 ケレスが、そんな二人を見ていると、

「ケレス。行くよ」

と、まだ不機嫌そうなアルトから言われ、

「ああ。行こう」

としか、ケレスは言えなかった。

 それから、

「浦島、出発してくれ」

と、全員浦島に乗り込むと、アルトの号令で浦島はミラの船着き場へと進んだ。

 そのミラの船着き場は、人気がなかった。

 余り灯りもなく、はっきりとはわからないが、ミラの街は滅びに向かっている感じがし、

そのミラの街を海辺から見つめていたラニーニャは悲しそうな顔をしていた。

 すると、

「さあ、嬢ちゃん。俺様の背に乗りな!」

と、言って、ヘルが姿勢を低くし、ラニーニャがその背に座り、

たぬてぃはラニーニャの膝に移動してラニーニャが合図をする様にヘルの頭を撫でると、

「よぉーし。行くぜぃ♪」

と、言ったヘルはラニーニャ達を乗せたまま闇に消え、

そして、一瞬で数メートル離れた船着き場に姿を現した。

「ヘル⁉ 姉ちゃん? たぬてぃ⁉」

 何が何だかわからないケレスが船着き場と浦島の甲羅を交互に見ていると、

「野郎共は、自分でここまで来るんだな♪」

と、言ったヘルは尻尾を優雅に左右に振りながらケレス達を見つめ、

「ど、どうなってるんだ⁉ 信じられないよ‼」

と、自身の目をまた疑っているアルトが叫んだが、

「アルト。俺達も行こう!」

と、ケレスはそう言って、今、やるべき事を示すと、

「そ、そうだね!」

と、冷静さを取り戻したアルトは何かを念じ、アルトの前に青色に光る大きな泡を出現させると、

「さあ、これに乗ってくれ」

と、アルトは、ケレス達に指示し、

「これって、バルの時の泡か?」

と、その泡を右手の人差し指で突きながらケレスが聞くと、

「そうだよ。僕達が乗っても割れないから、これに乗って上陸しよう」

と、アルトはその泡を右手でポンポン叩きながら答えた。

 それからアルトの指示通りにケレス達が泡に乗ると、泡は浦島の甲羅の様な感触だった。

「じゃあ、行くよ」

 その泡の上でアルトが言うと、泡はケレス達を乗せゆっくりと船着き場まで浮遊して行った。

「やっと来たのかい? 待ちくたびれたよぅ……」

 だが、ケレス達が船着き場迄到着すると、ヘルは尻尾を上下に動かしながら不服そうに言って、

尻を上げ背伸びをしてから、

「さあて、嬢ちゃん。出番だぜ? 周りは気にすんな。俺様がいるんでな!」

と、左隣にいるラニーニャを見上げて言うと、ラニーニャは頷き瞳を閉じた。

 そして、ラニーニャが祈りを捧げると、

ラニーニャの体はケレスが目を開けれなくなる程白銀に輝きだした。

(あの時と同じだ⁉)

 その光が見えなくとも、ケレスは全身に鳥肌が立ち、身震いした。

 だが、ケレスは薄目を開け今、起きている奇跡を目に焼き付けた。

 ケレスの薄目の間から見えた奇跡は、

フレースヴェルグを回復させた時と同じ様な神々しい光がラニーニャから溢れ出すものだった。

 そして、その光はミラの街を優しく包んでいき、

その輝きが薄れるとケレスは、はっきりと目を開ける事が出来、起きた奇跡を目に焼き付けた。

(何となく、わかる……。この街は、助かったんだ‼)

 そのミラの街を眺めたケレスは確信し、

「ほっほう。さすが、嬢ちゃん♪」

と、満足したヘルはそう言って大きな鼻を上に上げ、

「せ、先輩。凄すぎる……」

と、ふるえたアルトは言葉を失い、

「やはりな……」

と、ケレスの頭の上にいる長の口から言葉が漏れると、ケレスの右肩にいるベコは何度も頷き、

「喜蝶、やったな」

と、言ったイェンは優しくラニーニャの肩を抱き寄せ、ラニーニャは嬉しそうに頷いた。

 そんなラニーニャを見て心が温まり、

「姉ちゃん。ありがとう!」

と、ケレスが感謝を伝えると、ラニーニャは首を横に振って微笑んでくれたが、

「先輩、こんなに目立つ事をしたら人が集まって来ます! 早く帰りましょう‼」

と、言ったアルトは慌てていたが、

「はぁーあ……。これだから、お坊ちゃんは、さぁ……」

と、言って、何度も大きな溜息をついたヘルは、チロリとアルトを横目で見て、

「何だい? その言い草は⁉」

と、言ったアルトの眉間にしわが出来ると、

「俺様がいるんだよぅ? 周りの奴等に見せるヘマをするとでも思うのかい?」

と、顔を上に上げてアルトを見下したヘルから小馬鹿にする様に言われ、

「まさか……。君はそんな事も出来るのかい?」

と、眉間のしわが無くなったアルトが聞くと、

「御名答! お坊ちゃんも出来る様になったねぇ♪」

と、答えたヘルは、アルトの頭を尻尾で撫でた。

「意外と君はやるんだね……」

 そして、腕組みしてヘルを見直しているアルトに、

「そうでしょ? もっと、褒めて、褒めて♪」

と、ヘルが喉をゴロゴロ鳴らしながら言うと、ラニーニャがある方向を急に見つめ、

何かを言いたそうにイェンを見つめたので、

「喜蝶、どうした?」

と、イェンが聞くと、ラニーニャはイェンの腕を引っ張り、

「何処かに行きたいのか?」

と、イェンがラニーニャの左肩に右手を置いて聞くと、

「まさか、この感じは⁉」

と、長が叫んだ。

「長殿⁉ どうしたんだ?」

 その声に驚いたケレスが見上げると、

「代替わりが、始まる……」

と、長の声が聞こえ、

「代替わりだって⁉ スレープニルのか?」

と、さらに驚いたケレスが大声で言うと、

「そうじゃ。じゃが……」

と、長は奥歯にものが挟まった様な言い方をし、

「何だよ? 何か言いたそうだな……。はっきり、言ってくれ!」

と、言って、ケレスがその挟まっているものを突くと、

「このままでは、代替わりは失敗に終わる」

と、長は挟まっていたものを出す様に言った。

「失敗だって⁉ どうしてだよ?」

 それから慌てたケレスとは対照的に、

「祟り神のせいじゃ。あやつのせいでマナが失われておる。

 それに、滅びの呪いにあの地は侵されておるからの。

 代替わりに必要なマナは、もう残ってはおらんわ」

と、言った長は落ち着いており、

「そんな⁉ もし、代替わりが失敗したらどうなるんだよ?」

と、聞いたケレスがさらに焦っても、

「簡単な事じゃ。守り神がいなくなる。それだけじゃ」

と、言った長は落ち着いたままだったので、

「守り神がいなくなると、どうなるんだ?」

と、ゴクッと唾を飲んでケレスがその先を聞くと、

「質問が多いな!」

と、怒鳴ったヘルがケレスの目の前に立ち、

「あの地はなぁ……、終わるんだ。何もかも失って、なぁ♫」

と、言って、多くの歯を見せながら不気味に笑ったが、

「終わる? 失う?」

と、ケレスはその意味がわからなかった。

 すると、

「守り神はその地のマナを守ってきた。

 その守り神がいなくなるって事は、その地にマナがなくなると言う事だろう」

と、険しい顔のアルトが冷静に説明し、

「御名答! さぁすが、お坊ちゃん♪」

と、上機嫌で言ったヘルは、くるっと一回その場で回り、

「そんな⁉ それじゃあニョルズはどうなるんだ?」

と、ケレスはヘルに言い寄ったが、

「滅ぶんじゃなぁい?」

と、首を少しだけ傾けたヘルは、猫撫で声で言うだけで、

「簡単に言うなよ‼」

と、カチンときたケレスが怒鳴ると、

「仕方がないじゃない? 爺さんも言ってたでしょ? 自業自得なーの‼」

と、言って、トンッとヘルは、ラニーニャの傍に飛び跳ねて行って、

「嬢ちゃんをこれ以上、困らせないでね‼」

と、怒鳴り、鋭い金色の目でケレスを睨んだ。

 それからケレスがヘルを睨み返すと、

「ヘル。やめろ!」

と、言ったイェンが仲裁に入り、

「どういうつもりだい……、イェン坊ちゃん‼」

と、言ったヘルがその目で今度はイェンを睨みつけたが、

「喜蝶、お前はどうしたいんだ?」

と、イェンがヘルを無視してラニーニャに話し掛けると、ラニーニャはイェンを見つめて微笑み、

「わかった……。俺も行く。安心しろ」

と、言ったイェンはラニーニャに微笑み返したので、

「おいおいおい⁉ 勝手に話を進めてるんじゃない!」

と、ヘルは焦って言ったが、

「先輩は代替わりを成功させたいんだ。スレープニルとの約束を守る為にね」

と、言って、アルトが話に入り、

「僕も行きますよ。約束ですからね」

と、髪をかき上げながら言うと、ラニーニャは嬉しそうに笑って頷き、

「おいおいおい⁉ 俺様の話を聞けって‼」

と、さらに焦ったヘルはそう言いながらラニーニャとイェンの間に入ろうとしたが、

「姉ちゃん。勿論、俺も行くからな‼」

と、ケレスがヘルの声をかき消す程の大声を出すと、

そのケレスの声にもラニーニャは嬉しそうに笑って頷いた。

「おいおいおいおい⁉⁉ 爺さん。いいのかい?」

 そして、自棄糞になったヘルがその場で足踏みしながら長を見たが、

「仕方があるまい。あの娘が決めた事じゃ。それに、守り神がいなくなっては色々と困るからの」

と、言って、長は溜息交じりにラニーニャの望みを受け入れたので、

「そうかもしれねえけど、さぁ……」

と、足踏みを止めたヘルが尻尾を上下にピンピン早く動かしながら不服そうに言うと、

「さっきお前は、何と言うたかの?」

と、長から静かに聞かれ、

「何ていったかしらねぇ?」

と、答えたヘルは尻尾を左右に動かし、明後日の方向を見て長とは目を合わさず、

「確か、姉ちゃんが出来る事をしないで、姉ちゃんの大切なものを守れなかったらどうするとか、

じゃなかったっけ?」

と、代わりに答えたケレスがヘルを見ながら含み笑いをすると、

「僕ちゃんは余計な事を言うなぁーーー‼」

と、ヘルは強く瞳を閉じて尻を上げ怒鳴った。

「時間がない、行くぞ! 馬鹿虎め‼」

 それから長がケレスの頭の上でピョンピョン飛び跳ねながら大声を出し、

「だああぁ‼ 長殿、やめてくれ‼」

と、言いながらケレスが頭を押さえると、

「はぁ……。全く、嬢ちゃんはどこまで、お人好しなのかしらねぇ?」

と、ぶつぶつ言いながらヘルはトボトボとラニーニャの周りを一周回り、

「乗りな、嬢ちゃん!」

と、言って、ラニーニャの前で姿勢を低くすると、ラニーニャは不思議そうな顔をしたが、

「嬢ちゃんに何かあったら困るんでな! この時間なら俺様が絶対、嬢ちゃんを守ってやる!

 野郎共には任せられねえし‼」

と、そんなラニーニャをヘルが、じとんと見ながら言うと、ラニーニャは、くすっと笑い、

ヘルの頭を優しく撫でてヘルの背に乗った。

  そして、ラニーニャの右肩に乗っていた たぬてぃがヘルの頭の上に乗ると、

「じゃあ、行くかね♪」

と、ヘルの号令でケレス達は歩いて雪桜の園へと向かった。

 その雪桜の園へ行く途中もラニーニャの体は輝いており、

その輝きが星屑の様に落ちて地面に触れると、その地面が浄化されていくのがわかった。

(これって、星降る夜みたいだ……。まさか、姉ちゃん、あの時にも俺達を助けてくれたのか⁉)

 それに気付いたケレスは一三年前を思い出しながら無言で歩き、

そうやって歩いて行くと、雪桜の園へと到着した。

 すると、

「キャ……」

という聞き覚えのある声が聞こえ、

「この声って、バルか?」

と、言ったケレスがその声が聞えた方を見ると、

「キャ!」

と、鳴いて月明かりの中、右の親指を咥えたバルが姿を見せ、

「キャ……」

と、ケレスに何かを伝える様に鳴いたので、

「バル? どうした?」

と、ケレスがしゃがんで聞くと、

「君に危害を加えた事を、謝りたいみたいだね」

と、アルトから教えられ、

「危害って、気絶させた事か?」

と、目をぱちくりさせたケレスがバルに聞くと、

「キャァ……」

と、バルは頷きながら悲しく鳴いた。

「気にすんなよ! お前が助けてくれなかったら、どうなってた事か……。

 てか、俺を目覚めさせてくれたのも、お前か?」

 そんなバルを見て笑い掛けたケレスは、驚き、声が大きくなってしまったが、

「キャー‼」

と、バルは、ポンポン飛び跳ねながら、嬉しそうに鳴き、

「じゃあ、あの何とも言えない苦味とえぐ味は……」

と、ケレスが苦い思い出を思い出し、あの時の顔になると、

「バル君の花の蜜の味だね」

と、涼し気な顔のアルトから答えを言われ、

「やっぱり、そうか……」

と、答え合わせが出来たケレスが一つ息を吐くと、

「まあ、ヒロ殿下はフィード様と共にいなくなってしまってね……。

 何処に行ったのかは捨て置いて、僕達は先輩を非難させる事を優先させたんだ」

と、アルトは成り行きを説明し、

「そうだったのか……。でも、どうして俺は連れて行ってくれなかったんだ?」

と、ケレスが怪訝な顔で聞くと、

「それは、僕ちゃんが頼りないからでしょ?」

と、答えたヘルは目尻付近まで口角を上げた顔になり、

「まあ、そうかもしれないけど、さぁ……」

と、言ったケレスがヘルと目を合わさずに肩を落とすと、

いつの間にかドレスアップしている ぴゅーけんがケレスの横にいて、不敵に笑っていた。

「でえぇぇ⁉ ぴゅーけん? いつの間に?」

 そして、驚いたケレスが叫び、腰を抜かすと、

「静かにせぬか‼」

と、長から怒鳴なれ、

「長殿?」

と、ケレスが見上げると、またケレスが目を開けれなくなる程の輝きが雪桜の園を包み込み、

「ね、姉ちゃん⁉」

と、叫んだケレスが目を開けると、雪桜は月明かりの中、

神々しい白銀の光を放ちながら美しく咲き乱れていた。

 さらに雪桜の白銀の花弁は月明かりを反射し、色んな色の金平糖の様な星屑を巻き散らした。

「雪桜がこんなに……」

 ケレスが、雪桜の美しさに見とれていると、

「始まるぞ」

と、静かな長の声が聞こえ、

「始まるって、もしかして、代替わりか?」

と、ケレスが言った瞬間、月明かりと雪桜の光が一点に集まり、雪桜の花びらを纏ったそよ風が吹き、

そよ風はさらに光を集めながら渦を巻いていきその強さを増していった。

 すると、そよ風は、馬の姿へと具現化していった。

 その馬を見て、

「あれは、スレープニル⁉」

と、言ったケレスは自身の目を疑ったが、

「そうとも言える」

と、長は良くわからない事を言い、

「どういう意味だ?」

と、言ったケレスが首を傾げると、

「先代の記憶を持って生まれた、新生スレープニルってトコかな」

と、アルトに教えられ、

「そう言えば、姉ちゃんが言ってたな……」

と、言って、ケレスはその馬を、まじまじと見た。

 その馬は体長は、普通の馬と同じくらい、鬣は、若菜色、体毛は、クリーム色で、

黒いまつ毛の間から、先代と同じ灰色がかった青緑色の優しい瞳を覗かせていた。

 そして、

「ダーナの者よ。私は、貴殿のおかげで誕生する事が出来た。感謝する」

と、新生スレイプニルは先代と同じ優しい声で話し掛けてきたので、

(少し違うけど、やっぱり、スレープニルだ!)

と、ケレスは大きく頷いた

 すると、ラニーニャは何かを言いたそうに口を動かしたが声が出ず、

今にも泣きそうな顔になり、

「どうしたのですか? ダーナの者よ。まさか、言葉を失ったのですか?」

と、新生スレイプニルから聞かれ、ラニーニャが小さく頷くと、

「そうでしたか……。申し訳ありません。私のせいで……」

と、悲しそうに言った新生スレイプニルの顔を見たラニーニャは泣き出してしまった。

 そして、

「あーあ⁉ お馬さんが、泣かしちゃったぁ……」

と、言ったヘルの口は大きく開けっ放しになり、

「こおーーれ! 馬鹿虎‼ 煽るでないわ‼」

と、長が怒鳴ったが、

「でもさぁ、嬢ちゃんを泣かしたんだよ? どうすんの?

 嬢ちゃんが何かを伝えたいみたいだけど……、今のままじゃ、無理じゃん?」

と、言って、ヘルはさらに煽り、

「そうじゃが……。その様な言い方はやめぬか‼」

と、長は怒鳴り、二体が喧嘩腰になったので、

「なあ、二人共やめてくれ。俺に考えがあるんだ!」

と、言って、ケレスはある提案をした。

 すると、

「ふむ……。それが、小童に出来ると言うのか?」

と、長から確認され、

「無理じゃね? 僕ちゃんだよ?」

と、言って、ヘルは疑ったが、

「やってみせるさ!」

と、言ったケレスはヘルの疑いを晴らす様な顔で笑い、

「姉ちゃん。俺の手を触っててくれ!」

と、言って、ラニーニャに右手を差し出すと、

ラニーニャはケレスの右手に、そっと自身の左手を添えた。

 それから、

「あの、スレイプニル様。俺の手に触れてくれませんか?」

と、言ったケレスはラニーニャが触れていない方の手を差し出し、

「わかりました」

と、言って、新生スレイプニルがケレスの手に自身の鼻を突き合わせると、

(よし。やるぞ!)

と、ケレスは思い、瞳を閉じて読心術を始めた。

 ケレスは、ラニーニャと新生スレイプニルのマナを感じ取った。

 すると、ケレスの心の中にラニーニャと新生スレイプニルの姿が見えた。

「これは?」

 そして、ケレスの心の中でラニーニャが不思議そうに言うと、

「これは、はしわたしですね」

と、新生スレイプニルは理解してくれ、

「そのつもりです。だけど、俺の力じゃ、あまりもたないんです。

 だから、姉ちゃん。伝えたい事があるんなら、早く伝えなよ!」

と、頷いたケレスはそう言いながらラニーニャを見た。

 箸渡しとは、精霊と人との互いのマナを繋ぎ、心を伝える技で、

読心術の応用である。

「ケレス君……」

 ケレスの言葉を聴いたラニーニャはそう呟いた後、

「スレイプニル……。ごめんなさい」

と、言って、新生スレイプニルに深々と頭を下げた。

 すると、

「何故、謝るのです? ダーナの者よ」

と、驚いた新生スレイプニルに聞かれ、

「私のせいで、先代はあんな事を言われた……。

 早く、死期が訪れてしまった……」

と、ラニーニャは泣きながら答え、顔を両手で覆いながら謝り続けたが、

「謝らないでください。ダーナの者よ。先代の心が悲しみます」

と、言った新生スレイプニルはラニーニャに近づき、

「先代は、貴殿との出会い、そして、過ごした時間に、とても感謝していました。

 とても大切に思っていたのですよ?」

と、先代の思いを伝え、ラニーニャの右手に口付けをし、

「そして、大切な貴殿に、辛い荷を負わせ、申し訳なかったと思っていたのです」

と、さらに思いを伝えると、ラニーニャは覆っていた手をはずし、新生スレイプニルを見つめた。

「泣かないでください。先代は、貴殿の笑顔が大好きだったのだから」

 そして、そう言った新生スレイプニルは長いまつ毛の間から優しい瞳を覗かせ、

「私も同じです。ダーナの者よ。貴殿の笑っている顔が、実際に見たい」

と、自身の思いを伝えると、

「スレイプニル……。私の事、許してくれるの?」

と、聞いたラニーニャは口付けをされた手を他の手で包み、

まだ涙が残っている瞳で新生スレイプニルを見つめ、

「許すもなにも、私達は貴殿に感謝はすれど、謝ってもらう故はないのです」

と、言った新生スレイプニルもラニーニャを優しく見つめたが

「唯、望みがあるのです……」

と、思いつめた様に言葉を続けた。

「望み?」

 その言葉を聴いたラニーニャが首を傾げると、

「私は、貴殿のおかげで誕生出来た。だから、貴殿に名を付けてほしいのです」

と、新生スレイプニルは望みを伝え、

「そんな大それた事なんて、私は、出来ません‼」

と、ラニーニャが首を横に振って断ると、

「お願いです、ダーナの者よ」

と、新生スレイプニルは頭を下げ、懇願し、

「そんなぁ⁉」

と、ラニーニャが、おろおろしてしまうと、

「姉ちゃん。聞いてあげなよ。こんなに頼んでるんだからさ!」

と、笑ってケレスはラニーニャにそう伝えたが、

「出来たら、早めにしてくれ。俺がもたないんだ……」

と、苦笑いしながら伝えると、

「ケレス君……」

と、そのケレスの顔を見たラニーニャは少し考え、

「グラニューとか、どうかな?」

と、思いついたラニーニャは笑顔でそう言った。

「グラニュー? 姉ちゃん、それじゃあ、お菓子みたいじゃないか?」

 だが、それを聴いたケレスは気が抜け、ガクッとなり、

「そっかぁ……」

と、ラニーニャはガッカリしたが、

「ダーナの者よ。その意を教えてくれますか?」

と、顔を上げた新生スレイプニルは聞いて、優しくラニーニャを見つめたので、

「何かね、さっきの雪桜の花弁が集まった時の輝きって、

アップルパイのカラメルが上手く絡まった時みたいな感じがしたの。

 私ね、それが上手くいった日って、いつも良い日になって幸せな気分でいられるんだ。

 だから、良い事がいっぱい訪れて、幸せになれたらいいなって思ったんだけど……」

と、ラニーニャは言葉を重ねる度に、笑顔から恥ずかしそうな顔に変わったが、

そのラニーニャを見ていた新生スレイプニルは目を細めて微笑み、

「良い名ですね。ありがたく受け取らせてもらいます」

と、優しい声で言ったその時、ケレスの目の前は真っ暗になり、

「ケレスくーーーーん‼」

と、叫ぶラニーニャの声が聞えたケレスが目を開けると、

ケレスは仰向けになっており、目の前には星空を背景に泣きそうな顔のラニーニャの顔があった。

 そして、ここが元の空間である事に気付き、

「姉ちゃん……。そんな顔するなよ。グラニュー様にも、言われただろ?」

と、言って、ケレスが笑うと、ラニーニャも笑った。

 それからケレスが起き上がると、

「人の子よ。私は、貴殿にも感謝する」

と、言って、グラニューはケレスに一礼し、

「ここに集い氏ものよ‼ 私の名は、グラニュー!

 今宵、ここに新たに誕生した。ここで、皆と共に生きようぞ‼」

と、夜空に輝く満月と星々に向かい叫んだ。

 その叫びにケレスが辺りを見渡すと、いつの間にか精霊や霊獣、それに動物が大勢集まっており、

彼等はグラニューを中心にし、喜びを全身で表していた。

「いつの間にこんなにいたんだ?」

 そんな彼等を見たケレスの顔から自然と笑みが零れると、

「僕ちゃんがここに来た時には、けっこう集まってたぜ♪」

と、たぬてぃを頭の上にのせ言ったヘルも満面の笑みだったので、

「そうだったのか⁉」

と、叫んだケレスの顔が驚きに変わると、

「キャー‼」

と、鳴きながらバルがケレスの服を引っ張ってきた。

「バル? どうした?」

 そして、そう聞いたケレスがバルに視線を下すと、

「一緒に踊りたいみたいだよ」

と、アルトの答える声が聞こえ、

「踊るっていわれても、俺、踊れない!」

と、左口角が上がったケレスが視線も上げ、アルトを見て言うと、

「成り行きに任せなよ」

と、言ったアルトの肩には小動物が数体乗っていたので、

「アルト……、そいつ等は、一体?」

と、ケレスが、その小動物達に目を転がして聞くと、

「僕も誘われているから、失礼!」

と、答えたアルトは髪をかき上げ、舞踏会の輪へ歩いて行ってしまい、

「アルト……。人気者だな!」

と、笑顔でアルトを見送ったケレスは言って、

「バル。行こう!」

と、バルの誘いを受けると、

「キャー!キャー‼」

と、バルは鳴いて、ポーンっと飛び跳ね、ケレスの服を強く引っ張った。

 それからバルの導きでケレスも舞踏会の輪に近づくと、そこでは小鳥が囀り、

霊獣や精霊、動物が口ずさむ様に鳴き、それらが共鳴し、心地良い音楽の様になって聞こえたので、

「楽しそうだ」

と、思わずケレスが言うと、

「小童にしては、良くやったの」

と、長の声が紛れてきたので、

「長殿⁉ いたのか?」

と、言いながらケレスが辺りを見渡すと、

「ずっと、おったわい!」

と、長は言って、ケレスの頭の上から肩へと下り、

「儂は、お主を見間違っておったわ」

と、思いがけない事を言って、そこに腰掛け、

「どうしたんだよ⁉ 急にそんな事を言ってさ?」

と、その長の言葉に驚いたケレスが瞬きしながら右肩にいる長を見ると、

「お主のおかげでこの地のものは救われたのじゃ」

と、ケレスを見上げそう言った長は大きく頷いたが、

「何言ってんだ⁉ それをしたのは姉ちゃんだろ?」

と、ケレスが必死にそれを否定すると、

「いや。そうかもしれんが、あの娘の心を動かしたのは、お主じゃぞ?」

と、言った長からそれを否定され、

「でも……。それは偶然で、ヘルがいなかったら俺は何も出来なかった……」

と、呟く様に言ったケレスが視線を下すと、

「呼んだぁ?」

と、上機嫌のヘルが、突如そう言って現れた。

 すると、

「ヘ、ヘル⁉ いきなり、びっくりするじゃないか!」

と、驚いたケレスは叫んで飛び跳ねたが、

「驚いてくれて、ありがとな♪」

と、言ったヘルは、ゴロゴロと喉を鳴らしながら大きな鼻を上に向けたので、

「相変わらずだな、お前って奴は……。でも、ありがとう。全部、お前のおかげだよ」

と、苦笑いをしたケレスはそう言ってヘルの大きな鼻を右手の人差し指で突くと、

「褒めて、褒めて♪」

と、言いながらヘルがさらに大きな音で、ゴロゴロと喉を鳴らしながらケレスに擦り寄ってきたので、

「お銚子ものだな、お前って奴は!」

と、言ったケレスがヘルの頭を撫でると、

「なぁに。俺様は、お前をずっと見てたから協力してやったまでよ……」

と、言ったヘルは喉を鳴らすのをやめ、ケレスを上目で見た。

「ヘル? 見てたって、何をだ?」

 そして、ヘルを撫でるのをやめたケレスがそう聞いて首を傾げると、

「あの七日間だよ。僕ちゃん♪」

と、答えたヘルはにこやかにケレスを見つめ、

「な⁉ あの時か?」

と、驚いたケレスが何度も瞬きをして聞くと、

「そうだよん♪ ちょくちょく、見てたのさ! 

 例えば、桃色眼鏡嬢ちゃんと仲良くお話ししてたとか、髭眼鏡おじちゃんに泣きついてたとかな♪」

と、ヘルはケレスしか知り得ない事を笑いながら話し、

「そうだったのか……。全然気付かなかった……」

と、言ったケレスが右手で頭を掻きながら顔を顰めると、

「気付く訳ないっしょ? 僕ちゃんごときがさ♪」

と、言ったヘルはケレスを小馬鹿にする様に上あごを上げたので、

「うぅ……。何か、ムカつく‼」

と、そのヘルの顔でそう言ったケレスの眉間にしわが寄ると、

「まあまあ、僕ちゃん! 俺様は陰ながら応援してたんだよ♪」

と、言った時は笑っていたヘルだったが、

「お前が途中で逃げ出したりしたら、俺様は協力しなかったがな……♫」

と、言うと真顔になり、金色の目を不気味に輝かせケレスを睨んだので、

「ヘル。お前……」

と、ヘルの瞳にケレスが、ゴクッと唾を飲むと、

「まあ、人と精霊の協力の賜物ってトコかね?」

と、言ったヘルはまた、いつもの顔になり、ラニーニャをチラリと見て、

「見てみろよ。あの嬢ちゃんの嬉しそうな顔をさ!」

と、言って、尻尾でケレスの頭を数回、ぽんぽんと叩いた。。

 ヘルの言う通り、ラニーニャは幸せそうな顔をして、たぬてぃを膝にのせて座っていた。

 そのラニーニャに多くの動物達や精霊達、それに霊獣達が挨拶をし、何かの果物等を捧げており、

途切れる事のない彼等の感謝の意にラニーニャは一つ一つ対応していた。

(姉ちゃん。やっぱり凄いな……)

 ケレスがその様子を静かに窺っていると、リスや小鳥といった小動物が数匹寄って来て、

彼等は小さな果物や木の実をケレスの足元に置いてきた。

「これは?」

 そう言いながらケレスがその一つを拾い上げると、

「彼等なりの感謝の意じゃろう。お主へのな」

と、言って、長はケレスが拾った貢物を奪い、食べた。

「ちょっと待てよ⁉ それは俺のじゃないのか?」

 その長の行為にケレスがそう言いながら眉を顰めたが、

「ケチケチ言うものではないわ!」

と、言った長はケレスの肩から下り、また貢物を口に入れ、

「ベコよ。お前さんも食べるのじゃ!」

と、頬をぱんぱんに膨らませた長がそう言ってベコに貢物を渡すと、

「ウマ、ウマ、ウマ……」

と、ベコは目を細め、それを食べたので、

「ベコ殿。もっと食べてくれ!」

と、美味しそうに貢物を食べるベコを見たケレスが貢物を与えると、

「ちょいと⁉ 差別しておらぬか?」

と、ムッとした長から言われたが、

「そうかもな!」

と、久しぶりに優しい気持ちになれたケレスはそう言って雪桜の園を見わたし、

(みんな、ありがとう!)

と、言って、目を潤ませた。

 それからケレスは舞踏会に参加した。

 そこでは色々な生き物が自分なりに踊り舞っており、グラニューにその雄姿を見せつけ、

ケレスも強制的に踊らされたが、楽しかった。

 だが、やはり一番の人気はアルトで、多くの誘いを受けており、

その光景をラニーニャはイェンの傍で偶にヘルのちょっかいを受けながら幸せそうに見守っていた。

 そうやって楽しい時は早く過ぎ去り、辺りは朝焼けをしてきた。

「もう、朝か……」

 そして、後ろ髪を引かれる思いになったケレスが朝日が昇る方向を見ると、

「キャー‼」

と、バルが、ポンポン飛び跳ねながらラニーニャの傍で鳴いたが、

ラニーニャはイェンに寄りかかって眠っており、反応がなかったので、

「キャァ……」

と、悲しそうにバルが鳴くと、

「そっとしておいてくれないか?」

と、イェンから優しく言われたが、

「キャァァァ……」

と、さらにバルが悲しそうに鳴くと、ぴゅーけんから宥められ、

「キャーーー‼」

と、元気良く鳴いてバルはアルトに飛びかかった。

 すると、

「おっと、バル君⁉ 危ないよ! でも、行こうか?」

と、言ったアルトがバルを受け止めて優しく頭を撫で、

「キャー‼ キャー‼」

と、バルが嬉しそうに鳴くと、

「ケレス、行こう。宴のフィナーレだそうだ」

と、アルトから言われたので、

「もしかして、バルが言ったのか?」

と、ケレスが聞いてみると、

「勿論そうだ」

と、答えたアルトはケレスを真直ぐ見つめ頷いたので、

(どうして、アルトにはわかるんだ?)

と、思いながらもケレスは一つ息を吐き、アルトに付いて行った。

 アルトに付いて行くとグラニューを中心に朝日が顔を覗かせ様としている中、

また多くの生き物達が集まっていた。

 そこで、

「皆‼ 私の為に、この様な会を設けてくれた事に感謝する!

 私は、誓う。この地を守ると!

 そして皆、共に、この地を守ると誓ってくれ‼」

と、グラニューが叫ぶと、周りにいた全ての生き物が叫んで誓いを交わした。

(何か凄いな。俺も、誓うよ。ここを守るって‼)

 そして、ケレスも誓うと朝日が顔を覗かせグラニューは風景に溶け込む様に消え、

優しいそよ風がケレスの頭を撫でる様に吹き、

「人の子よ、ありがとう……」

という声がケレスには聞こえ、

「ありがとう。グラニュー様!」

と、ケレスが空を見上げ言うと、そのそよ風はラニーニャを優しく吹き抜けた。

 すると、ラニーニャは穏やかな眠りから覚め、

「姉ちゃん……」

と、ケレスがラニーニャに声を掛けると、ラニーニャは周りを見渡して少し寂しそうな顔をした。

 雪桜の園は宴の後、朝日が薄っすら照らす中、ケレス達を除いて誰もいなくなっていた。

 その静寂の中、ラニーニャは何かを感じ取る様にゆっくりと一歩ずつ踏みしめながら歩き出した。

 そして、ラニーニャはケレスを見て笑った。

 その笑顔は、

 「ケレス君。ありがとう」

と、言っている様だった。

 そんなケレスとラニーニャが見つめ合っていると、

「よお、良い感じだね、お二人さん♪ イェン坊ちゃん、うかうかしてられねえな♫」

と、ヘルの揶揄う声が聞えたが、その姿は見えなかった。

「ヘル⁉ 何処だ?」

 そう叫んだケレスが辺りを見渡すと、

「残念だけど、俺様と会える時間は終わったのさ」

と、ヘルの声だけが聞え、

「どういう意味だ?」

と、ケレスが聞くと、

「その言葉の通りさ。やい、野郎共‼ さっさとここを去りやがれ‼」

と、ヘルは答えたがその後、声もしなくなったので、

「ヘル……」

と、ケレスが呆然としていると、

「彼女の言う通りだ。早くここから去らないと」

と、アルトに忠告され、

「どうしてだ?」

と、ケレスがアルトを見て聞くと、

「先輩をヒロ殿下の力の及ばない所へ避難させなきゃ」

と、答えたアルトの顔は、厳しいものになっており、

「そうだった! 殿下は、目を覚ましてたんだった……」

と、思わずケレスは言って、

(何で、姉ちゃんがそんな事をしなくちゃいけないんだ‼)

と、思ったケレスが拳を握り締め、唇を噛みしめると、

「さあ、行こう。ケレス!」

と、アルトに言われ、ケレスは歩き出した。

 そして、雪桜の園を抜け暫く歩くと、あの惨劇があった場所に着いた。

(そう言えば、ここって……)

 ケレスは来る時には見えなかった物を見てしまい、

(何度みても、嫌だな……)

と、思い、その惨劇から目を反らしてしまったが、ラニーニャが慌てて小走りである所へ行き、

「姉ちゃん⁉ どうしたんだ?」

と、言ったケレスがラニーニャを目で追うと、ラニーニャはある焼け焦げた大木の所まで行った。

「これって、祟り神の残骸じゃないか⁉」

 それは、ケレスが思わず叫んだ通り、見上げる程の焼け焦げた大木で、祟り神の残骸だったが、

その躯からはもう何の恐ろしさも感じ取れなかった。

 そして、その躯を見つめたラニーニャが涙を流し、しゃがみ混んで瞳を閉じて祈りを捧げると、

ラニーニャの体が輝き出し、その輝きは躯を包み込んだ。

(姉ちゃん。何をしてるんだろう……)

 ケレスが黙ってその光景を見ていると、ラニーニャは祈りを捧げるのをやめ、

ケレス達を見て穏やかに笑い、ケレスの表情はその笑顔で綻んだが、

「喜長、急ごう」

と、イェンに言われラニーニャが頷くと、何かを知らせる様にこの辺りが騒めいた。

「何だ⁉」

 そして、ケレスが辺りを見渡すと、誰かが、ザッザッと足音を鳴らしながら近づいて来た。


 ケレス君、今回は特にがんばったね!

 いつの間に、あんな術が使えたの?

 びっくりしちゃいました!

 それに、ラニーニャちゃんの心を動かせるなんて……。

 君は、偶には主人公らしい事が出来たんだね!

 関心、感心♪

 さあ、後は、無事にラニーニャちゃんを……。

 あっ⁉

 ま、ままま、まさか……、この足音の主は……。

 どーしよう⁉

 そんな次回の話のタイトルは、【ケレス、神の使徒に会う】だ。

 うわぁ……。

 すんごく、変なキャラ達の登場かぁ……。  

 

 

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