№ 17 ケレス、姉と再会する
ヒロが起きるまであと二日となった時、事態は急変し、滅びの呪いが宝珠の国を侵し始めた。
そして、ジャップ、高杉までもが滅びの呪いを享け、絶体絶命になる。
そんなケレスの前に、意外な救世主が現れるのだが……。
(あと二日も耐えれるのか?)
ケレスは不安を抱えながら働いた。
ケレスがそう思うのも仕方がない事だった。
何故なら、今日になって事態が悪い方へと向いてしまったからである。
ーー
「負傷者がまた来る! 担架を頼む!」
また同じ言葉が響いた。
「はい。わかりました!」
そして、返事をしたケレスは担架の準備をし、
(また負傷者が運ばれてくるのか。これで、何人目なんだ……)
と、眉を顰め腹に力を入れた。
暗くて実際の時刻がわからなくなっている中、
ミラの街の外にはいつの間にか大量の魔物が押し寄せて来ていたのだ。
その魔物達の奇襲攻撃を受け多くの兵士達が負傷しミラに運ばれて来ている。
「二二五番! そいつは重症だからこっちに運ぶぞ! 手伝え‼」
ケレスがそう言われそれに従って行った場所には多くの負傷者がいた。
そして、そこではサキがケレスに気付かない程忙しそうに治癒術を施していた。
「次、こちらを頼みます」
そんな中、そう声がすると、
「了解!」
と、返事をしたサキはその声の方を向いたが、
「おっ! 弟君、がんばってるね。私もがんばってるよ!」
と、ケレスに気付き、そう言って笑い掛けてきたので、
「はい。サキさん!」
と、言って、ケレスは笑顔で返し、その部屋を退出し、
(サキさん、凄いや! 俺も負けられない!)
と、思い、気合いを入れ直した。
それからまた多くの負傷者を運んだケレスだったが、
「おい。ちょっと、ヤバいぞ⁉」
と、言葉が聞えると、辺りが騒めき出し、
「どうしたんですか?」
と、言って、ケレスが人だかりに近づくと、ある負傷者の様子が明らかにおかしかった。
そして、ケレスがその負傷者を覗き込むと、
「こいつは滅びの呪いだ。どうする事も出来ない……」
という、誰かの声が聞こえ、
(滅びの呪いだって⁉ それに、この人は……)
と、思い立ち尽くしたケレスは、
「一一一番さん‼ しっかりしてください‼」
と、呼んだが一一一番と名のった軍人は魘されており、返事をしなかった。
それからケレスは、111と名のった軍人を揺さぶり何度も呼んだが、
「君、離れて。彼を別の部屋へ運ぶから‼」
と、言われ、一一一番と名のった軍人から引き離されてしまった。
(あの人はどうなるんだ?)
そして、ケレスが、一一一番と名のった軍人が運ばれていった部屋を見ていると、
「また呪いを享けた奴が来るぞ!」
という声と共に、次々と多くの人が運ばれ、
運ばれてきた人々は、一一一番と名のった軍人と同じ部屋に全員運ばれていった。
(何だよ、これ……。この人達はどうなるんだ?)
目の前で起こっている現実にケレスの足は竦み、何も言葉が出せなかったが、
「嘘だろ⁉ マルクさん‼」
と、ケレスは思わず叫んだ。
それは、見たくない光景だった。
運ばれて来た人の中にマルクがいたのだ。
しかも、滅びの呪いを享けた様で生気がない顔をし、意識がない様だった。
「マルクさん‼ しっかりして下さい! 俺です‼」
ケレスは叫びながらマルクに近づこうとしたが、
「君、離れて!」
と、征され、それでもケレスがマルクに近づこうとすると、
「やめなさい。弟君! 残念だけど、彼はもう、助からない」
と、言ったサキがケレスの前に立ち塞がり、
「どうしてですか? まだ助かるかもしれないでしょ?」
と、言ったケレスがサキを睨むと、
「いいえ、助からない。そこまで呪いが拡がってしまったらね。でも、まだ死ねるだけましな方よ」
と、サキから睨み返された揚句、厳しい現実を突きつけられ、
「そんなぁ……」
と、絶望の淵に追い込まれたケレスが下を向くと、
「ごめんね。私じゃ、どうする事も出来ない。奇跡でも起きればいいのに……。一三年前みたいにさ」
と、言ったサキは声をふるわせ、俯いた。
「一三年前の奇跡……」
その言葉を聞いて、ケレスは呟いた。
一三年前の奇跡とは、宝珠の国で起きた星降る夜の事である。
一三年前のある夜、宝珠の国に突如、流星群が現れた。
その流星群は次々と白銀に輝く星の光を宝珠の国に落としていき、
その光により大恐慌に侵されていた宝珠の国を滅びの道から救ったのである。
(あの時の夜の事か。そういえば、ミューと見たな……)
星降る夜をケレスが思い出していると、
「あの星降る夜の奇跡は凄かったな。あの光がなければ、私はここにいなかったんだもの!」
と、言ったサキは、ふふっと笑い出し、
「サキさん?」
と、ケレスがそのサキを見つめると、
「あの光のおかげで私は助かったのさ。そして、今の私になろうって決めたんだ!
次の日に陽の光がなくても、がんばって生きていけた。
そして、遂に陽の光が世界に戻って私は治癒術師になったんだけど……」
と、笑って言ったサキの頬に涙の道が出来、
「ちょっと、サキさん⁉」
と、その道を見たケレスは慌ててサキの傍に駆け寄ったが、
「やっぱ、私は凡人なんだ……。大して人を助けれないんだもの‼」
と、怒鳴ったサキは下唇を噛みしめ、何粒もの涙を床に落とした。
ケレスはそんな事はないと、今の状況では言えなかった。
だが、何か言おうと考えていたその時、さらに負傷者が運ばれてきた。
そして、
「サキさん。こちらに来てください。重傷者です!」
と、言われ、
「すまない。直ぐに行く!」
と、言って顔を上げたサキは涙を拭い、走って行った。
(俺もやれる事は、やらなきゃ‼)
そんなサキを見てケレスは大きく頷き、
(どうか、兄貴は無事でありますように)
と、瞳を閉じて強く願った。
しかし、その儚い願いは次の日に打ち砕かれた。
ヒロが眠らされて六日目。
多くの負傷者が運ばれてきた中に、ジャップがいたのだ。
「あ、兄貴⁉ 嫌だ‼ 嫌だ‼」
そのジャップを見たケレスが泣きながら呼び掛けると、
「すまん、ケレス……。俺、しくじっちまった。マルクの仇を取ろうとしたのが、間違いだった……」
と、笑って言ったジャップだったが、その声は弱弱しく、
「兄貴……。そんな弱気になるな……。しっかりしろよ‼」
と、言ったケレスはジャップの右手を両手で強く握ったが、
「ケレス、しっかりしろよ……。そして、生きろ……」
と、言ったジャップはケレスの手を握り返す事なく、瞳を閉じた。
「兄貴ぃーーーーーーーーーーー‼」
ケレスは、ジャップの手を握り締めたまま叫んだ。
しかし、ジャップは目を開けなかった。
そして、ジャップの手を握り締めたまま泣き続けるケレスに、
「弟君……」
と、徐に近づいて来たサキが声を掛け、
「彼はまだ死んでない。でも、もってあと二日だ。その間、一緒にいてあげて」
と、泣きながら伝えてきた現実に、ケレスは唯、頷く事しか出来なかった。
(兄貴、嘘だと言ってくれ‼ 何で兄貴がこんな目に合うんだ? 何で、祟り神なんて生まれたんだ?
夢なら覚めてくれ‼ 神様、いるんならみんなを助けてくれ‼)
ケレスは何度もそう願った。
しかし、その願いは叶いそうになかった。
すると、
「おい」
と、泣き続けるケレスに今度は不愛想な声で高杉が話し掛けてきた。
「せ、先生……」
そして、悲しみに満ちたケレスが顔を上げると、
「お前の知り合いか?」
と、聞いた高杉はジャップを見つめ、
「兄貴だ。大切なんだ。死んでほしくない‼」
と、答えたケレスの目からまた涙が零れると、
「そうだな」
と、言った高杉は、ポケットに右手を入れたまま頷いた。
「先生……。どうしたんだ? 右手を見せろ‼」
その様子が変だという事に気付いたケレスがそう言って高杉を見ると、
「どうもない」
と、言った高杉はポケットに右手を入れたままケレスから顔を背け、
「嘘だ! 先生。先生は嘘が下手だ‼」
と、叫んだケレスは立ち上がり、高杉の右手を掴んでポケットから出させた。
「せ、先生。これって……」
だが、高杉の右手を見たケレスは手を離す事が出来なかった。
高杉の右手はジャップの様に呪いを享け、冷たくなっていたのだ。
「何で、先生迄こうなったんだ……」
そして、ケレスがその手を離せずにいると、
「さあな。なってしまったものは仕方がない」
と、平然と言った高杉はケレスを優しく見つめ、
「そんな事を言ってる場合じゃないだろ‼ どうするんだよ? 先生まで、死んじまうのか⁉
もうそんなのは嫌だ! 誰か助けてくれ‼」
と、気が触れそうになったケレスが叫び、高杉の手を離すと、
「おい、落ち着け……。俺は、死なん」
と、言った高杉は左手で優しくケレスの頭を小突いたが、
「嘘だ‼ 呪いを享けたら死んじまうんだろ?」
と、ケレスがそう言いながら疑いの眼差しを高杉に向けると、
「この右手と引き換えに、生き残るさ」
と、言った高杉は、だらんとして動かない自身の右手を見つめ、ふっと笑った。
「右手と引き換えって、まさか、先生……」
その高杉の言葉でオルトを思い出したケレスの顔は青褪めたが、
「右手がなくとも、生きていけるからな。まあ、祟り神の奴が消えたら、そうする事になるだろう」
と、言った高杉は穏やかな顔で右手を見つめたまま一つ息を吐き、
「何で、平気な顔をしてそんな事が言えるんだ?」
と、言ったケレスの声はふるえたが、
「生きてないと出来ない事があるだろ? 俺は、まだ死にたくないんでね。
だから、お前も生きろ。一緒にあいつを助けるんだろ?」
と、高杉はその深みのある茶色いの瞳でケレスを見つめ、覚悟を伝えてきた。
その高杉の覚悟を伝えられたケレスは、腹に力を入れ、自身を奮い立たせた。
「外は、俺達が何とかする。お前は、そいつの傍にいてやれ」
そのケレスを見てそう言った高杉は頷き、部屋を出て行ったが、ケレスは、また涙が溢れてきた。
何故なら、高杉を見送って部屋を見たせいでこの部屋に多くの人がいる事がわかり、
その人達がジャップと同じ運命を辿ろうとしている事がわかってしまったからである。
「兄貴……。俺は、どうすればいいんだ? 何か、言ってくれよ……」
ケレスはジャップに縋る様に言ったが、ジャップは目を閉じたまま何も言わなかった。
それからケレスは静寂の中、少しでもジャップが長く生きる様に願い、
ジャップの冷たく土の様になった手を握り、ジャップに蹲って過ごした。
すると、小さな地響きを伴った爆音が空にバチバチと轟いた。
その爆音は段々大きくなり、空気も震え、地響きは大きくなり、ガタガタと窓ガラスを揺らした。
「な、何だ⁉」
その爆音に驚いたケレスはジャップから手を離し窓から空を見ると、
空は紅蓮に燃え滾っている様に見えた。
そして、紅蓮の炎は雲の様に進み、爆音と共にある方へと向かっている様だった。
それから紅蓮の炎が向かった方から再度大きな爆音がした時、
空の紅蓮の炎は消え、陽の光を遮っていた暗黒の雲も消えていた。
「もしかして、あれは殿下なのか?」
ケレスは久しぶりの陽の光を浴びたが、
(きっと、殿下が祟り神を倒したんだ。でも、もう、兄貴は……)
と、また涙がこぼれ、その光は闇へと消えた。
やはり、あの爆音はヒロの仕業だった。
そして、ヒロが祟り神を倒したという報告が夕刻にはケレスにも伝わってきた。
「そうですか……」
目に涙が無いケレスはその報告を受け取り、
「兄貴……。終わったみたいだ。この国は、兄貴達のおかげで救われたんだ」
と、ジャップに報告すると、ジャップは笑った様に見え、
「笑ってないで、さぁ……。起きてくれよ、兄貴……。何か、言ってくれ……」
と、そのジャップにケレスが言っても夕日が照らす中、
その部屋にいる者はジャップを含め誰も喋らなかった。
「ここにいる全員、死んじゃうのか……。こういう時に、救いの神子様が助けてくれないのか?
花梨様なら、みんなを救ってくれるんじゃ……」
そして、そんな独り言を言ったケレスは花梨を思いだしたが、
「えっ? でも、花梨様って何であの時、姉ちゃんに助けを求めたんだ?」
と、ふと思い、出てしまった言葉にはっとすると、
「よぉ、僕ちゃん。どうしたんだい? 大分、泣いちゃったみたいだけど?」
と、聞き覚えのある声がし、
「その声は、まさか、ヘル⁉」
と、叫んだケレスが辺りを見渡すと、
「御名答! ヘルだよん♪」
と、夕日が沈むと同時に、暗闇からヘルがケレスの前に姿を現した。
「何でお前がここにいるんだ⁉」
そのヘルを見たケレスがたじろぐと、
「前にも言ったろ? 俺様は闇なら何処でも現れるのよん♪」
と、言ったヘルは笑いながら、優雅に尻尾を横に振り、
「何しに来たんだ⁉ また、俺を馬鹿にしに来たのか‼」
と、イラついたケレスが前のめりになり怒鳴ると、
「つれないねぇ……。折角、良い事を教えてやろうと思ったんだがなぁ?」
と、ヘルは言いながら、尻尾を左右にゆっくりと動かし、
「そこの檀那……。もう駄目みたいだね」
と、首だけをジャップに向け、言った言葉に何かがプツンと切れる音が聞え、
「兄貴は死なない‼ デタラメな事を言うな‼」
と、ケレスは喉が張り裂ける程怒鳴った。
「本当にそうと言えるのかね?」
しかし、全く怯まず聞いたヘルは欠伸をし、
「言えるさ‼ きっと助かる‼」
と、答えたケレスは胸を張ったが、
「ほう……。どうやってかね?」
と、真顔になったヘルに聞かれ、
「そ、それは、その……。花梨様が救ってくれる、と思う……」
と、答えたケレスの姿勢が少し前かがみになってしまうと、
「お前はわかってるはずだ……。本当は誰ならこいつ等を救えるのかって事をな‼」
と、姿勢を低くしたヘルはケレスを金色の鋭い目で睨み、怒鳴った。
そして、睨まれたケレスは頭に唯一人だけが浮かんだ。
「まさか……、ヘル⁉ 姉ちゃんなら兄貴達を救えるのか?」
それからケレスが出した答えに、
「わかってるじゃねえか! 僕ちゃん♪」
と、言ったヘルは可愛らしく頭を右横に向けて揶揄ってきて、
「でも、ヘル。姉ちゃんは今、何処にいるのかわからないんだ!」
と、両手を拡げたケレスが状況を説明すると、
「だから、良い事を教えてやるって言ってんだ! 僕ちゃん、時間がない。どうするかね?」
と、問うてきたヘルはまた金色の鋭い目でケレスを睨みつけた。
「ヘル……。まさかお前、姉ちゃんの居場所を知ってるって言うのか?」
その鋭い眼光にケレスが、ゴクッと息を飲むと、
「またまた、御名答! 知ってるよん♪」
と、答えたヘルは、くるりとその場を回り、
「さーーて、どうしますか、僕ちゃん? あの嬢ちゃんの所に行く勇気はあるかい♫」
と、言って不気味に笑うと、
「勿論、行くさ! ヘル、頼む。姉ちゃんの居場所を教えてくれ‼」
と、ケレスは迷うことなく言ったが、
「あの嬢ちゃんは、水鏡の国にいるよん♪」
と、呑気なヘルの答えに、
「水鏡の国だって⁉ そんなぁ……。それじゃあ、間に合わない……」
と、ケレスは脱力し、ガクンと膝をついてしまった。
「おいおいおい⁉ どうしたんだい?」
そのケレスに驚いたヘルは、パチパチと瞬きをし、
「兄貴は、もう明日には死んじゃうんだ……」
と、答えたケレスの目からはまた涙が溢れてきたが、
「そんな事はないだろうに?」
と、言ったヘルは首を傾げ、
「無理だ……。そもそも水鏡の国にどうやって行くんだ?
まして行けたとしても、往復したら間に合う訳がない……」
と、言ったケレスの涙は止まらなかったが、
「俺様が力を貸すと言ったら、どうするかね?」
と、言いながらヘルは徐にケレスに近づき、見下してきた。
「ヘル⁉ お前なら何とか出来るのか?」
そして、ケレスが顔を上げヘルを見ると、
「ああ、出来るさ。ただし時間がない! どうするんだい? 俺様の気が変わらない内に、答えな‼」
と、ヘルは語気を強め問い、金色の目を輝かせ、
「ヘル、頼む! 俺を姉ちゃんの所に連れて行ってくれ‼」
と、その目にケレスが願いを込めると、
「じゃあ、僕ちゃん? 俺様の背に乗りな!
俺様の背は一人乗りなんでな。僕ちゃん一人で頼むよ?」
と、願いを受け取ったヘルは姿勢を低くし、
「背に乗るのか? わかった」
と、言って、ケレスがヘルの背に跨って乗ると、
「行くぜぃ!」
と、叫んだヘルはケレスを乗せたまま闇に溶け込んだ。
すると、ケレスの周りは闇で、何も見えず聞こえなかった。
「ヘ、ヘル⁉ どうなってるんだ⁉」
その闇の中であきらかに動揺しているケレスの問いに、
「ははっ♪ これだから僕ちゃんは困る。
何度も言わせるな! 俺様は闇の中を自由に移動出来るのさ♪ そして、自由に操れるのさ♪」
と、ヘルは笑いながら答えたが、
「答えになってない‼ ここは、何処なんだ?」
と、ケレスがヘルの頭の上から怒鳴っても、
「男の癖に細かい事を気にすんだな! そんなんじゃ、良い男になれないぜ?
そして、そろそろ着くから、心の準備をしておきな♪」
と、言ったヘルはケレスを見らず、
「心の準備って、何のだ? そして、何処に着くんだよ?」
と、ケレスが言ったその時、ケレスの目の前に見た事のない夜の景色が広がっていた。
「ここは何処なんだ?」
そして、その景色に辺りを見渡しながらケレスが言うと、
「何言ってんだ? 僕ちゃんの希望した場所だぞ♪」
と、言ったヘルはケレスを乗せたまま尻を上げて背伸びをし、
「はっ⁉ そんな訳ないだろう! あんな数分で移動出来るか‼」
と、怒鳴ったケレスがヘルにしがみつくと、
「それが出来ちゃうのよねぇ♪ まあ僕ちゃんが乗ってたせいで、遅くなっちゃったけどな!」
と、言ったヘルは笑いながら振り返り、ケレスを見たので、
「じゃあ、ここは本当に水鏡の国なのか?」
と、聞いたケレスがヘルと視線を合わせると、
「何のつもりじゃ! この馬鹿虎が‼」
という声がケレスの足下から聞こえてきて、
「えっ⁉ この声って、あの時の鼠?」
と、言ったケレスが下を向くと、
「鼠とは失礼な! 儂は、精霊じゃぞ‼」
と、言って、地面からケレスの肩にビフレスト山の麓で見た鼠がトトッと駆け登ってきた。
「うわあぁ⁉ 鼠ぃーーー‼」
その鼠に慌てふためいたケレスがヘルから落ちて尻もちをついたが、
「だぁーかぁーらぁー‼ 儂は精霊っと言っとるじゃろ‼
そこい等の小動物と一緒にするでないぞ、この小童が‼」
と、怒鳴って、その鼠はケレスの頭にまで登り、そこでピョンピョン飛び跳ね、
「でえぇ⁉ 精霊? この小さな鼠が?」
と、信じられないでいるケレスがその鼠をどけようとすると、
「ムキーッ! この小童がぁ‼」
と、怒鳴ったその鼠はケレスの髪を引っ張り、
「痛たたたた‼ やめてくれ‼ 鼠さん‼」
と、叫んだケレスが髪を押さえながら暴れると、
「ぷはっはっ! 僕ちゃん、爺さんがかわいそうだろう? その辺でやめてあげなさいよ♪」
と、腹を出したヘルはそう言いながら笑い転げてしまい、
「この馬鹿虎が! とんでもない奴を連れてきおって‼ 何のつもりじゃ‼」
と、ケレスの髪を引っ張ったままのその鼠が怒鳴ると、
「爺さん。言わなくってもわかってるくせにぃ♪」
と、起き上がったヘルはそう言ってその鼠をチラッと見た。
「わかっておるわ‼ じゃが、あの娘に何を求める?
あの国は自業自得じゃぞ? これ以上あの娘を苦しめるでないわ‼」
すると、その鼠はケレスの髪を離さずに怒鳴ったが、
「何も知らせない事の方が、あの嬢ちゃんを苦しめるんじゃないのかい?」
と、問うたヘルは金色の鋭い目でその鼠を睨みつけ、
「どういう意味じゃ?」
と、言ったその鼠がケレスの髪を離すと、
「嬢ちゃんが出来る事をしないで、嬢ちゃんの大切なものを守れなかったと知ったら、
嬢ちゃんはどう思うよ?
それこそ、嬢ちゃんを苦しめるんじゃないのかい?」
と、また問うたヘルの金色の目はさらに鋭さを増した。
「そ、それは、そうじゃが……」
そして、その鼠がそれ以上何も言えずにいると、
「わかったぁ? 爺さん。さっさと僕ちゃんを嬢ちゃんの所に連れて行ってあげなさいや♪」
と、言って、目を細めたヘルは胸を張り、その鼠がケレスの頭の上で悩んでいると、
「あの、俺からも頼みます。姉ちゃんの所に案内してくれませんか?」
と、間に挟まれたケレスは頭の上にいるその鼠を見てそう言った。
すると、
「小童が! 生意気な‼」
と、その鼠がまたケレスの頭の上で飛び跳ねながら怒鳴ったが、
「小童でも何でもいいです‼ 時間が無いんです‼
早くしないと兄貴がしんじゃいます。お願いします‼」
と、ケレスの必死の訴えに、
「ぐぬぬ……。仕方がない。こっちじゃ‼」
と、負けたその鼠はそう言って、またケレスの髪の毛を引っ張ったので、
「痛てて⁉ そんなに引っ張るな! 鼠さん‼」
と、ケレスが髪を押さえながら言うと、
「鼠ではないと言っておるじゃろうが‼ もう、案内せんからな‼」
と、その鼠は臍を曲げてしまい、
「じゃあ、何て呼べばいいんだよ?」
と、聞いたケレスが髪を押さえるのをやめると、
「ふむ、そうじゃな……。儂は長生きしておるから、その長から、長とでも呼んどくれ!」
と、その鼠は答えたので、
「長? わかった。長殿、頼みます。姉ちゃんの所へ案内してください‼」
と、ケレスが頭を下げ、もう一度頼むと、
「ふむ……。まあ良かろう。ただし、小童の望み通りにならんでも知らんぞ?」
と、座り直しそう言った長の態度は威厳に満ち溢れた。
(長殿は気位が高いな……。まあ、でもこれで、姉ちゃんの所に行ける。兄貴を助けれる‼)
そして、希望を掴んだケレスは 長に案内され走った。
すると、数分走った後、闇の中に家の明かりが見えた。
「あそこか?」
その灯りにケレスが足を止めると、
「そうじゃ。あの屋敷にあの娘はおる」
と、言った長はケレスの髪を引っ張るのをやめ、
「わかった。ありがとうございます。長殿!」
と、礼を言ったケレスがその屋敷に近づこうとしたが、
「止まれ」
と、袴スタイルの着物を着たイェンがケレスの前に立ち塞がった。
「イェンさん⁉ どうしてあなたがここに?」
そのイェンに驚いたケレスの足が止まると、
「ヘル。貴様の仕業か?」
と、言ったイェンはヘルを睨み、
「御名答! でも、今は忙しいの♪ 早く僕ちゃんをあの嬢ちゃんの所へ行かせなさいな!」
と、呑気なヘルから言われたが、
「断る」
と、イェンはバッサリとケレスの願いを断ち切った。
「はぁ、イェン坊ちゃん……。何で、そんなつまらない事言うんだい?」
すると、鼻のラインにしわを作ったヘルがイェンをチラリと見たが、
「黙れ!」
と、言ったイェンは刀をヘルに向け、
「おいおいおい⁉ イェン坊ちゃん? こんな所で殺り合うのかい?」
と、叫んだヘルが身構えると、
「イェンさん、やめてください! 俺を姉ちゃんに会わせてください‼
大変なんです。姉ちゃんじゃないと兄貴を助けれないんです‼」
と、二人の間に入ったケレスが必死に訴え、イェンに頭を深く下げると、
「どういう意味だ?」
と、言ったイェンが刀を鞘に納めてくれ、ケレスが、訳を話そうとしたその時、
ガシャーン!という音が屋敷の中から聞こえた
「何の音だ⁉」
その音でケレスが屋敷を見ると、
「喜蝶⁉」
と、イェンは顔色を変え屋敷の中に入って行き、
「あっ、待ってください!」
と、ケレスはイェンを追いかけた。
イェンを追いかけて入った屋敷は、立派な屋敷だった。
(いかにも金持ちって感じだな……。花梨様の屋敷みたいだ……)
そう思っているケレスがその屋敷の廊下を走って行くと、ある部屋でまだ騒音が聞え、
「チビ、落ち着け! 大丈夫じゃ! 儂じゃ‼」
という うさ爺の声もその部屋から聞こえてきたので、
「うさ爺⁉」
と、叫んだケレスがその部屋に入ると、うさ爺が暴れるラニーニャを抑えつけていた
「何してんだ⁉ 離せ‼」
それを見たケレスは、うさ爺の所に行こうとしたが、
「やめなよ。ケレス」
と、静かに部屋に入って来たアルトから止められ、
「アルト⁉ 何で止めるんだ?」
と、怒鳴ってケレスがアルトを見ると、
「まあ、見てなよ……」
と、冷静なアルトから言われ、
「どういう事だ?」
と、ケレスがアルトに従ってその光景を見ていると、
「喜蝶、俺だ。しっかりしろ……」
と、イェンがラニーニャに優しく話し掛けた。
すると、ラニーニャは落ち着きを取り戻し、暴れるのをやめたが、
息が上がっていて、顔色が悪かった。
それから うさ爺いがそのラニーニャを布団に寝かしつけた。
「アルト……。姉ちゃん、どうしたんだ?」
今のラニーニャの様子をみたケレスは、ぞっとし、その場に立ち尽くした。
すると、
「どうしたもこうしたもないだろう? あんな事があったんだ」
と、溜息交じりにアルトは話し出し、
「殿下のせいか……」
と、呟いたケレスの脳裏にあの惨劇が蘇ると、
「ああ、そうさ。あれから先輩は三日間、意識が戻らなかったんだ。
そして意識が戻ったのは良いけれど、それからというもの、眠れていない。
眠ったとしても、一時間もしたらあんな状態さ。
ほとんど眠れていないのと同じだね。
まあ、あんな目に合ったんだ。ああいう状態になるのも仕方がないよ」
と、瞳を閉じているアルトから説明され、
「そんな……」
と、アルトの説明を聴いたケレスはそれ以上何も考えたくなかったが、
「それだけじゃないんだけどね……」
と、瞳を開けそう言ったアルトは険しい顔になり、
「それだけじゃないって、どういう事だ?」
と、言ったケレスがアルトを見ると、
「ケレス。こっちに来なさい」
と、うさ爺から呼ばれ、
「うさ爺?」
と、ケレスが うさ爺の傍に行くと、布団から体を起こしたラニーニャがケレスを見つめてきた。
そのラニーニャは頬はこけ鎖骨が浮き上がる程痩せこけていて、目の下に隈があり、
あれだけ綺麗だった黒髪には艶が全くなくなっていた。
「姉ちゃん、俺だ。生きてて、良かった……」
今のラニーニャを見てケレスはそれだけしか言えずにいたがラニーニャは微笑んでくれた。
しかし、ラニーニャは何かを言おうとして口を動かすだけで、何も喋らずにいたので、
「姉ちゃん? どうしたんだ?」
と、そのラニーニャにケレスが違和感を覚えると、
「すまんな。今、チビは喋れんのじゃ」
と、言った うさ爺はラニーニャの左肩に優しく手を置き、ケレスを見つめ、
「喋れないって、どうして?」
と、うさ爺の右手の動きを見ていたケレスが聞くと、
「所謂、失語症って言うやつだ。あの事が原因だろうけどね」
と、アルトが教え、
「そんなぁ⁉ 治るんだよな?」
と、言ったケレスは縋る様にアルトを見たが、
「さあね。治るかもしれないけど、治らないかもしれない」
と、アルトは答えになっていない答えを言ったので、
「何言ってんだ‼」
と、ケレスは怒鳴りながら詰め寄ったが、
「僕に怒ってどうするんだい? そんな事をしても、先輩の失語症は治らないよ」
と、言ったアルトから蔑んだ目で見られ、
「それは、そうだけど……」
と、逃げる様にケレスがラニーニャを見ると、
ラニーニャは何かを言いたそうにケレスを見つめてきた。
すると、ラニーニャのその目は、ケレス君、どうしたの?っと言っている様にケレスには見え、
ケレスの目からは止まらない涙が溢れてきた。
そして、ケレスは瞳を強く閉じた。
(俺、こんな目に合っている姉ちゃんに助けを求めようとしてたんだ……。
馬鹿だ‼ 助けてなんて言えない‼)
ケレスは後悔した。
辛い目に合っていたのは、自分だけではなかったのだ。
それ以上にラニーニャが辛い目に合っていたのを知っていた癖に、それを考えず行動してしまった。
悔やんでも悔やみきれなくなり、胸の中から何かが体を突き破る感覚に襲われ、
ケレスの体はまるで氷の世界にでもいるみたいに急激に冷やされ、立てなくなってしまった。
すると、ケレスは誰かから優しく手を握られた。
そして、ケレスが瞳を開けると、そこには穏やかな顔をしたラニーニャがおり、
握られた手からはいつもの優しい姉の温もりが伝わって来た。
「姉ちゃん……」
その優しさに甘えたケレスは泣きながらラニーニャに宝珠の国であった事、全てを話し、
その話をラニーニャはケレスから目を離さず見つめたまま聴いていた。
そして、ケレスが話し終わると、ラニーニャは うさ爺を見つめ何かを言いたそうにし、
「チビ。いいのか?」
と、うさ爺から聞かれ、ラニーニャは うさ爺を真直ぐ見つめ頷くと、
「そうか……。そうなら、儂は何も言うまい。行ってきなさい」
と、言った うさ爺は大きく息を吐き頷いたが、
「何を言っているのですか⁉
先輩をあんな所に行かせるなんて、僕は反対です‼ 行かせませんよ‼」
と、取り乱したアルトは うさ爺を険しい顔で睨みながら反論し、
「アルト……。でも、このままじゃ、兄貴は死んじまうんだ……」
と、涙が残っているケレスがアルトを見上げながら言うと、
「だけど……。行かせる訳にはいかない‼」
と、アルトが言ったその時、バシッ‼と、いう音がした。
それからその音がケレスの頭にも衝撃と共にもう一度聞こえ、ケレスの涙は吹き飛んだ。
「痛っ‼」
そして、叫んだケレスは額を押さえ、
「何するんだい! 婆や⁉」
と、同じく額を押さえているアルトが怒鳴ると、
「女子が決心した事柄に、殿方がとやかく言うものじゃありませんよ!」
と、群青色の着物姿で、グレーヘアーの、鬢は、左右に張り出し、
前髪は眉がはっきり見えるまでのパッツン前髪、後ろ髪を結った、
凛々しい顔の老婆がそう言ってしずしずと歩いて来たが、その老婆の手には、扇子が握られていた。
「婆や? そう言えばあの時、アルトが呼んでたっけ……。
てか、オナゴって、もしかして、姉ちゃんの事か⁉」
その老婆を見て先にケレスが口を開いたのに、
「婆や、先輩を行かせるって言うのかい⁉ どうかしてる‼」
と、アルトから割り込まれてしまったが、
「さあ、邪魔者は、退却しなさい‼」
と、アルトから婆やと呼ばれた老婆は怒鳴り、アルトの背を押してアルトを部屋から追い出した後、
「喜蝶殿。行かれるのですね?」
と、ラニーニャに優しく問い掛けると、ラニーニャはその老婆としっかりと目を合わせ大きく頷いた。
「わかりました」
すると、そのラニーニャを見てアルトの婆やは頷き、
「イェン殿。この方をお任せしても宜しいですね?」
と、厳しい顔でイェンに目を転がして問うと、
「任せてくれ」
と、何の迷いもなく答えたイェンは頷き、
「わかりました。少々、準備がございますので、殿方は退出願います」
と、言ったアルトの婆やはラニーニャの傍に近づいたが、
「あの、急いでいるんですけど……」
と、それを見ていたケレスが水を差すと、
アルトの婆やから額に扇子をバシッっ‼と叩きつけられてしまい、
「いっ痛っ‼」
と、額を押さえながらケレスが叫ぶと、
「女子にこの様な格好で外出させられません! さあ、退出願います!」
と、扇子を見せつけてきたアルトの婆やから言われたケレスは追い出されてしまった。
「また、オナゴ? たくっ……。何なんだ。あの人⁉」
それから涙目のケレスが額を撫でながら追い出された部屋を睨んでいると、
「すまない。婆やは頑固者でね」
と、落ち着きを取り戻したアルトがそう言いながらケレスに近づいて来たので、
「アルト⁉ あの人は、お前の祖母なのか?」
と、まだ額を撫でているケレスが聞くと、
「祖母じゃないよ。僕の執事さ。ここで僕と二人で暮らしてるんだ」
と、アルトは溜息交じりに教え、
「ここで暮らしてるって⁉ じゃあ、ここはお前の家か?」
と、言ったケレスが驚きのあまり額を撫でるのをやめると、
「ああ、そうだよ。僕の屋敷さ。と言うか、この島自体が僕のだけどね」
と、言ったアルトは髪を軽くかき上げた。
「はあ……。やっぱり、金持ち……」
そして、アルトの答えと仕草を見て拗ねたケレスが、レモンを丸かじりした様な顔をすると、
「余計な話はやめよう。ところで、どうやって宝珠の国に行くんだい?」
と、腕を組んだアルトに聞かれ、
「さあ。わからない……」
と、ケレスがお手上げポーズで答えると、
「わからないじゃないだろう? 大体、君はどうやってここまで来たんだい?」
と、聞いたアルトから怪訝そうな顔をされたが、
「それは、ヘルに連れて来てもらったんだ」
と、ケレスがそのポーズをやめて正直に答えると、
「ヘルだって? 誰だい、そいつは?」
と、言ったアルトの右眉が少し上がったその時、
「俺様だよん♪ お坊ちゃん?」
と、突如、笑いながらヘルが闇から現れた。
「な、何だ⁉ 何で君は喋ってるんだ?」
すると、驚いたアルトは腕を崩しヘルをまじまじと見てしまい、
「ははっ! そう言うの、俺様、好きだな♪」
と、言ったヘルはアルトに体を擦り寄せ、御機嫌だったが、
「こらぁ馬鹿虎‼ いい加減にせぬか! こんな時に、いつまで遊んでおるんじゃ‼」
と、ケレスの頭の上にいる長が怒鳴ると、
「うわっ⁉ 今度は小さい鼠の精霊までも喋ってる⁉ どうなってるんだ⁉」
と、言ったアルトが目を丸くし、ビクっと後退りしたので、
「貴様もか! この小童共がぁ‼」
と、長はさらに大きな声で怒鳴り、
「はっはっは! このお坊ちゃんも面白いね♪」
と、ヘルは腹を出してそう言いながら笑い転げてしまい、
そのやり取りがいつまでも終わりそうにないので、
「あの……。そろそろ、どうやって宝珠の国に行くのか考えないか?」
と、言って、ケレスはやり取りを終わらせた。
「おっと、そうだった¡」
そして、そのケレスの言葉を聞いたヘルは元の体制に戻り、
「なあに。俺様の力を使えば宝珠の国まで一瞬よ!」
と、大きな鼻を上に向け、余裕を見せつけながら言ったので、
「俺の時みたいにか?」
と、ヘルの背に乗った事を思い出しているケレスが聞くと、
「そうとも! 任せなさい!」
と、ヘルは目を細めて胸を張り、自信満々に答えたが、
「これこれ、待つのじゃ。それは、一人の時の話じゃろうが」
と、長にツッコまれ、
「そうだが?」
と、その長にヘルがぐるんと頭を左に傾けて言うと、
「はあ……。これだからお馬鹿者には手が焼ける」
と、言った長から大きな溜息をつかれ、
「どういう事だい?」
と、聞いたヘルが頭を戻すと、
「あの娘一人を宝珠の国に向かわせるつもりなのかえ?」
と、小さい鼻を上に向け数回盾に動かしながら長が指摘した事に、
「あっ。そうだったわ……」
と、言葉を漏らしたヘルは開いた口が閉まらなかった。
「ま、まさか……。ヘル、お前は一人しか運べないのか⁉」
すると、ヘルの間抜けな顔を見てしまったケレスは冷や汗をかいたが、
「御名答! 俺の背は一人乗りなんでな♪」
と、言ったヘルは何故か胸を張り、自信満々な顔でケレスを見てきたので、
「御名答!じゃないだろう⁉ どうするんだよ? 時間がないんだぞ‼」
と、ケレスが前のめりになりながら怒鳴ると、
「まあまあ、落ち着きなって! さっきより時間はかかるが俺様の力で速く行けるからさ♪
そう言えば、何人で行くつもりな訳?」
と、ヘルは口を窄め可愛らしく聞いてきて、そのヘルに少々苛立ちながらも、
「俺は、行く」
と、ケレスは答え、
「当然、僕も行くよ」
と、ヘルを横目で見ながらアルトも答えると、
「俺も、行く」
と、答えたイェンはヘルを睨みながら頷いた。
「ひい、ふう、みいっと、三人と、あの嬢ちゃんね♪了解!」
それからヘルがケレス達を一人ずつ見て頷くと、
「うさ爺はどうするんですか?」
と、聞いたケレスは うさ爺を見たが、
「申し訳ないが、儂は残る」
と、うさ爺から意外な答えが返ってきたので、
「えっ⁉ 一緒に行かないんですか?」
と、驚いたケレスが聞くと、
「儂の様な老いぼれは足手まといになるからのう。
それに、儂が行かない方が速く着けるのだではないか?」
と、答えたうさ爺がヘルを見ると、
「御名答! 爺さんわかってるじゃねえか♪」
と、言ったヘルがまた口を窄めたので、
「そうなのか?」
と、ケレスがヘルを見ると、
「そうなのよ……。運ぶのに力はいるし、意外と大変なワケよん♪」
と、言ったヘルはしをらしく両耳を下した。
すると、
「で、運ぶって、どうやって僕達を運んでくれるんだい?」
と、アルトが意地悪く聞いたが、
「そうねぇ……。船とかどう?」
と、答えたヘルは可愛らしく首を右に傾け、
「はっ⁉ 船? そんな物で行ったらどれだけ時間がかかると思ってるんだい?」
と、アルトが小馬鹿にしながら聞くと、
「そうねぇ……。一時間かねぇ?」
と、ヘルも小馬鹿にしながら答え、
「冗談もほどほどにしなよ! どう考えても行ける訳ないだろう‼」
と、眉間にしわが寄ったアルトが激怒して怒鳴ると、
「それが出来ちゃうのが俺様なのよねぇ、お坊ちゃん♪」
と、言ったヘルはゴロゴロと喉を鳴らし胸を張った。
「君の言う事は信じられないね‼」
そのヘルの態度で怒鳴ったアルトの眉間のしわはさらに増えたが、
「アルト、信じられないかもしれないけど本当なんだ。
ヘルのおかげで俺は宝珠の国から数分でここまで来れたんだ」
と、ケレスが宥める様に説明すると、
「そうだよね~♪ 僕ちゃんの方が話がわかるねぇ!
さあ、わからず屋のお坊ちゃんはさっさと船を用意しなさいな。
それとも……、口だけで船を用意出来ないのかい? 龍宮家なのに?」
と、言ったヘルの目は三白眼になりアルトを見下したので、
「船ぐらいすぐに用意出来るさ‼ 僕を誰だと思ってるのかい?」
と、アルトはヘルを逆に見下す様に言って、
「まあ、嘘か本当か、この後わかるさ♪」
と、言って、髪をかき上げながら、ふっと笑うと、
「ははっ。精々楽しみにしときなさいな♪」
と、言ったヘルは尻尾を優雅に振りながら右目でウィンクした。
そんなやり取りをしていると、
「お待たせいたしました!」
と、アルトの婆やがラニーニャと歩いて来た。
そのラニーニャの髪は、アップになっていて、少しだけ鬢を出しており、
サイドから編み込みながら一つにまとめられていて、それが、くるっと巻かれ、
その巻いた部分には薄桃色の簪が刺されていた。
そして、青みが買った白色の着物を着ていて、その袖にはクリーム色の停め具が付いており、
その停め具には金色の龍が描かれていた。
さらに、いつもとは違う化粧だが薄っすらとしており、顔色が良く見えた。
(姉ちゃん、何か別人みたいだ!)
そのラニーニャの姿を見てケレスの頬が少し赤くなり、
「婆や……。結構、張り切ったんだね」
と、頬が赤くなっているアルトが恥ずかしそうに言うと、
「当然です! しかし、もう少し時間があれば宜しかったのですが……」
と、言ったアルトの婆やは眉間を右手で握る様に抑え、俯き、悔やんだ後、
「とてもお似合いですよ?」
と、言って、穏やかな顔でラニーニャを見つめると、
ラニーニャは頬を少し赤くして何かを言いたそうにアルトの婆やを見つめた。
「礼等、無用です。それより、しっかりやり遂げてきなさい」
すると、そのラニーニャの目をしっかりと見つめ凛々しい顔になったアルトの婆やが言って頷くと、
ラニーニャも頷き、ケレス達の所へ歩いて来た。
「姉ちゃん。兄貴の事、頼む!」
そのラニーニャにケレスが視線を合わせると、ラニーニャは、任せてという様に微笑み、
「喜蝶、俺がいる」
と、言ったイェンと視線が合うと、ラニーニャは、嬉しそうに頷き、
「先輩。僕も行きますから!」
と、言ったアルトと視線が合うと、ラニーニャはさらに大きく頷いた。
それから最後に たぬてぃがラニーニャの肩に乗り、鼻息をフンッと掛け、
そのたぬてぃにラニーニャは頬を擦り寄せた。
すると、
「準備が出来たみたいだね、嬢ちゃん?」
と、ヘルに聞かれ、ラニーニャは力強く頷き、
「そぉーか。了解! では、お坊ちゃん。船を頼むぜぃ♪」
と、言ったヘルがアルトに目を転がすと、
「わかったよ。船だね。じゃあ、みんなこっちに来てくれ」
と、言ったアルトはヘルと目を合わさずに何処かへ案内を始めた。
そのアルトが案内したのは、小さいながらも立派な船着き場で、
そこには当然大きな船が停泊していた。
「これもアルトの所有物か?」
その船を見たケレスが恐る恐るアルトを見て聞くと、
「そうだよ。僕のプレジャーボートさ。いつでも乗れる様に点検もバッチリしてる」
と、アルトは平然と答え、
「やっぱり、スゲー金持ち……」
と、しかめっ面のケレスが呟くと、
「そうかなぁ? こんな物を所有してるくらいでそんな事言われても……」
と、言ったアルトは困った顔でケレスを見つめた。
「はあ……。まあ、言っても仕方がないか。
ところでこれはアルトが操縦するのか?」
そして、気を取り直したケレスが聞くと、
「そうだね。正確に言えば、僕と浦島で操縦するんだ」
と、アルトはポケットにいる浦島を優しく見つめながら答え、
「アルトと浦島だって⁉ どうやるんだ?」
と、言ったケレスがアルトと浦島を交互に見ていると、
「まあ、乗船しなよ。時間がないんだろ?」
と、言って、アルトは乗船し、それにラニーニャがイェンに付き添われ乗船した。
それからケレスが乗船しようとした時、
「ちょい待ち‼」
と、言った長がケレスの髪の毛を引っ張り、
「痛たたた! 何するんだ?」
と、叫んだケレスが髪を押さえると、
「ベコ。お前さんも来るんじゃろ?」
と、長が誰かに話し掛けたので、
「ベコ? 誰の事だよ?」
と、言ったケレスが辺りを見渡すと、足元に赤い小さな牛がゆっくりと歩いていた。
「まさか、この牛の事か⁉」
その牛を見て驚きのあまり叫んだケレスがその赤牛を避けると、
「そうじゃ! 儂の友じゃ。小童よ、ベコを連れて行くのじゃ!」
と、長はケレスに命令し、
「連れて行くって、この牛を持てばいいのか?」
と、言ったケレスが長を見ようとしたが、
「ムキィー‼ この小童が! ベコは、唯の牛ではないぞ! 丁重に扱うのじゃ‼」
と、怒鳴った長はケレスの頭の上でピョンピョン飛び跳ね、
「だあぁぁ! わかったよ。ベコ殿をお連れするからやめてくれ‼」
と、ケレスが頭を押さえながら嘆願すると、
「全く! 最近の若い者は、これだから困るんじゃ!」
と、落ち着きを取り戻した長はそう言って、ケレスの頭に座った。
「では、ベコ殿。こちらに乗ってください」
それから、ケレスがベコに右手を差し出すと、ベコは、ケレスの右手に徐に乗り、
「じゃあ、行きますよ?」
と、ケレスは言って、ケレス達は乗船した。
すると、プレジャーボートでラニーニャが不思議そうにケレス達を見つめてきたので、
「姉ちゃん。もしかして、長殿とベコ殿が気になるの?」
と、ケレスがベコを見せながら聞くと、ラニーニャは軽く頷き、
「この方々は成り行きで俺がお連れしたんだ」
と、ケレスが説明すると、ラニーニャは、そう、という様に頷いき、
「そろそろ、出発するから。じゃあ、浦島頼むよ」
と、アルトが言うと、プレジャーボートは軽快に動き出した。
そして、それを見送る うさ爺とアルトの婆やにラニーニャは手を振っていた。
そのラニーニャを見送る様に満月はラニーニャを優しく照らし、
普段見えないラニーニャの細い項をくっきりと見せ、ラニーニャを大人っぽく見せた。
(姉ちゃん。何か頼もしいな!)
そのラニーニャを見たケレスはそう思い、
(兄貴、今、行く! 必ず助けるからな‼)
と、願いを込め、強く思った。
ケレス君、良くがんばったね。
さあ、急いでラニーニャちゃん達と、ジャップを救いに行くんだ。
多くの味方と、共に!
ぅうん?
この味方達は、何だって?
何で、精霊が喋るのかって?
そういう設定じゃなかっただって?
ふふん♪
それは、すぅーーんごく、後になるとわかるから!
それまでのひ、み、つ♪
あっ⁉
でもでも、次の話は、アルト君を主人公にした話、【番外編 龍宮 アルトの憂鬱 4】なのよ……。
し、しかも、アルト君、メッチャ格好良く書いてみました!
うぇい?
何で、アルト君は、そう書いて、ケレス君は書けないのかって?
ケレス君、ごめん!
私の今の実力では、君を格好良く書けそうにない……。
しかも、一生かかっても、無理な気がするよ……。




