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№ 16 ケレス、祟り神の誕生を見る

 姉達の行方を追おうとしたケレス達だったが、王宮で何かが起き、ニックに同行を求められる。

 そんな中、ケレス達は、雪桜の園へ向かえたが、そこで、大木の祟り神の誕生を目の当たりにし、

宝珠の国は大混乱になってしまう。

「誰だ?こんな時間に」

 高杉がドアを開けると、そこには雨の中、傘もささずにニックが立っていた。

 そして、

「こんな時間にすみません。高杉さん、内密に同行出来ませんか?」

と、ニックは申し入れ、

「何故だ?」

と、聞いた高杉が怪訝な顔をすると、

「あなたにしか頼めない事が発生しました、とだけ今は言います。

 どうか至急、王宮に同行していただけませんか?」

と、答えたニックは一礼し、

「出来れば君にも同行を願いたい。ケレス君」

と、顔を上げケレスに目を転がして申し入れたので、

「俺もですか⁉」

と、大声を出したケレスがニックと視線を合わせると、

「ちょっとね……」

と、ニックは少し顔を顰め、言い難そうに言った。

(何の用だろう?)

 そのニックをケレスが見つめていると、

「わかった。同行しよう」

と、高杉の了承する声が聞こえ、

「お前はどうする?」

と、聞いた高杉がケレスを見たので、

「俺も行く!」

と、高杉を見てケレスはそう答えて頷き、ニックに同行する事となった。

 ザアザアと雨の降る中、車に乗ってケレス達は王宮に向かう事となった。

 その車の後部座席でケレスが高杉の隣に座っていると、

 「おい、聞こえるか?」

と、高杉の声が聞こえてきた。

「はっ⁉ 何だ?」

 その声に驚いたケレスがキョロキョロと周りを見ると、

 「黙れ‼ 何事もない顔をしてろ‼ 俺は今、読心術でお前の心に語り掛けてるんだ‼」

と、高杉の怒鳴り声がケレスには聞こえ、

(何だ、そういう事か!)

と、ケレスが心でそう思うと、それから高杉との心の中での会話が始まった。

ーー☆ーー

「よく聞け。恐らく王宮では何らかの事が起きている」

(何らかの事? まさか、姉ちゃんの事か⁉)

「 だろうな。」

(まさか、明石様が姉ちゃんの事を言ったんじゃ⁉)

「いや、それはない。あいつ等は面子の塊だからな。身内の不祥事は言わんだろう。

 それと、あんな野郎に、様なんて付けるな‼」

(先生?)

ーー★ーー

 高杉が気になりケレスが高杉の顔を見ると、高杉の顔は平然としていたが空気がピリピリしてきた。

 そして、高杉はまたケレスの心に語り掛けてきた。

ーー☆ーー

「あの野郎はな……。あいつに酷い事をした揚げ句、あいつの目の前であいつの両親を殺したんだ‼

 そして、あいつも殺そうとした‼」

(えっ⁉ 嘘だろ……)

「嘘じゃない‼ 本人がそう言ったんだ‼ 

 あいつの両親の首をあいつの目の前で斬り落としてやったとな‼

 そして、あいつも殺そうとしたが、何かがあってあいつを取り逃がしたらしい……。

 だから、一六年前 昴で唯一時読みが出来る俺にあいつを探す協力を求めてきやがったんだ‼

 無論、断ってやったがな!」

(そうだったのか……。酷すぎだよ……)

ーー★ーー

 高杉の話を聴いたケレスの胸は締めつけられ苦しくなった。

 それでも高杉はケレスの心に語り掛ける事を続けた。

ーー☆ーー

「あいつ等はそういう奴等だ。知っておけ!

 あと、この話はこれまでだ。お前はすぐに顔に出るからな。それより今はあいつの事だ」

(姉ちゃんの事?)

「そうだ。王宮で知りたがっているのはあいつと根の一族の関係だろう」

(あれは、操られていただけだ! 関係なんてない‼)

「そうだが、それを証明する方法はない。だから、俺達からあいつの情報を得ようとしているんだ。

 気を付けろ。お前の記憶を狙ってくるぞ」

(俺の記憶を狙う? どうやって?)

「俺がやった様にお前の記憶を覗くって事だ」

(何で俺の記憶を覗くんだ?)

「あいつに関しての情報を得る為だ。

 それに、宝珠の国に何かが入り込んでいる可能性がある……」

(どうして姉ちゃんの情報を欲しがるんだ? それに、何かが入り混んでいるって……)

「自分で少しは考えろ‼ 時間がない‼

 いいか! もし、読心術等をされたら、あいつの事を出来るだけ考えるな‼

 それでも記憶を覗かれたら、強い意志を持って、記憶を渡さないと願え‼」

(そんなぁ……。無理だ……)

ーー★ーー

 ケレスは表情を出さなかったが高杉の言葉に気後れした。

 しかし、その心は高杉に筒抜けだった。

ーー☆ーー

「しっかりしろ‼ 何が、『無理だ』だ? クビにするぞ‼」

(いぃ⁉ 何で、わかるんだ?)

「心は嘘をつけんからな。お前のだらしなさなんて筒抜けだ」

(そうだったな! なあ、先生。姉ちゃんは無事だよな?)

「さあな。唯、多少の事では死にそうにないから信じろ」

(うん、信じるよ!)

ーー★ーー

 ここで一旦、ケレス達の心の中での会話は終了した。

 そして不安を抱える中、ケレス達を乗せた車は王宮へ到着した。

 だが、そこでは意外な事がケレス達を待っていた。

 ケレス達が王宮内に到着すると、

「ケレス‼」

と、泣き叫びながらミューが、ケレスに駆け寄って来た。

「ミュー⁉ どうしたんだ?」

 そのミューに驚いたケレスがミューの肩に両手を置いてそう宥めると、

「お兄様がぁーーー……」

と、ミューはその場に泣き崩れてしまい、

「殿下がどうしたんだ?」

と、聞いたケレスがしゃがむと、

「ヒロが意識不明状態で今朝帰ってきたんだ。

 そして、フィードも負傷していて休眠状態なんだ」

と、ニックがケレス達に近づきながら説明し、

「どうしてそんな事に?」

と、聞いたケレスがニックを見上げると、

「ヒロに精密検査をしたんだが特に異常は認められなかった。

 そして、色々と調べた結果、ヒロが意識が無い事の一つの可能性として

マンドレイクの悲鳴を聞いたからではないかという事になってね……」

と、ニックが冷静に説明していると、

「雪桜の園にいたあいつよ‼ あいつが、お兄様をこんな目に合わせたんだ‼ 許せない‼」

と、涙の中に憎しみが生まれた瞳のミューはその感情を吐いた。

 感情を吐いた後もミューの呼吸は粗く、肩で息をしていたが、

「落ち着いてください、ミュー様。

 もし、マンドレイクの悲鳴を聞いたのならば一週間 眠り続けるだけですし、

その間にも目を覚まさせる方法はありますから」

と、ニックから聞かされ、

「方法? 教えて、ニックさん!!」

と、言ったミューの表情が緩むと、

「悲鳴を聞かせたマンドレイクの花の蜜をヒロに飲ませるんです」

と、教えたニックは軽く頷き、

「そのマンドレイクを探す事を高杉さんに手伝ってほしいのです」

と、高杉に目を転がし頼んできた。

「なるほど。だが、何故、俺なんだ? 他にも時読みが出来る奴なんているだろう?」

 すると、腑に落ちない高杉は首を傾げたが、

「マンドレイクは地の守り神 アーズングラの執事霊獣と聞きます。

 そして、彼等は非常に警戒心が強く、そこに住んでいる者にしか姿を見せないそうですね?」

と、眼鏡を少し上げたニックの説明に、

「だから、俺か……」

と、言った高杉が一つ息を吐くと、

「それもありますが、事が事だけに何が起きたのかを解明しないといけなくて……。

 あなたが適任だと思いますが?」

と、言ったニックの右口角は少し上がり、

「わかった。調べよう」

と、言った高杉の顔は険しくなったが、

「せ、先生! 俺も連れて行ってください‼」

と、透かさずケレスがそう言ってその二人の間に入ると、

「ケレス君⁉ 君にはミュー様のお傍にいてほしいのだけど……」

と、言ったニックは当てが外れた様な顔をしたが、

「俺は先生の助手ですし。サボるとクビにされます。

 それに、雪桜の園なら俺が案内出来ますから!」

と、言って、ケレスは上手くすり抜け、

「そうだな。お前も来い」

と、高杉がケレスを見てそう言ったので、

「わかりました。先生!」

と、ケレスは言って、ケレス達は当初の予定通りに事を運んでいった。

 しかし、それにはオマケが付いて来た。

 オマケというのは、ニックとオルト、メタ、パラの朱雀三兄弟だった。

 ニックは国の一大事に参謀の彼が動かない訳にはいかなかった為、

朱雀三兄弟は耳や目が良い為、ケレス達と同行する事となった。

(予定とは違うけど、雪桜の園に行けるな。しかし、俺が気を失ったのはバルのせいだったのか……。

 じゃあ、姉ちゃん達はどうしたんだ? それに、俺は何ですぐに目を覚ます事が出来たんだ?)

 ケレスは色々と考えながら無言で飛行船に乗っていた。

「姉ちゃん、無事か……」

 だが、ついケレスがそう呟くと、

「おい。心の声がだだ洩れだ」

と、いつの間にか後ろにいた高杉から注意された揚句に溜息をつかれ、

「先生⁉ すみません!」

と、言ったケレスが振り返り頭を下げると、

「はあ……」

と、高杉は額に右手を当てさらに大きな溜息をついたが、

「なあ、先生。これからどうするんだ?」

と、ケレスが高杉を真直ぐ見つめて聞くと、

「どうするもないだろう。雪桜の園で時読みをするまでだ」

と、右手を下した高杉は意外な事を答え、

「えっ⁉ でも、それじゃあ……」

と、言葉を詰まらせた正直なケレスとは真逆で、

「誰も正直に言うとは言ってないだろ? 俺が情報を得るだけだ。

 それにお前の話だと、アルトとかいう奴もいたんだろう?

 だったら、あいつはそいつに任せておけばいい。マンドレイクは探すふりをするまでだ」

と、言った高杉は策士だった。

「でも、殿下は大丈夫なのか?」

 それでも正直なままのケレスが心配していると、

「マンドレイクの悲鳴は一週間眠り続けるだけで、体に害はない。

 ヒロ殿下は眠らせておいた方が良いだろう。問題はその後だ。

 間違いなくお前は色々と調べられるぞ?」

と、高杉から脅され、

「うええぇ⁉ そ、そんなぁ……」

と、言ったケレスの目の前には底無しの崖下の闇が広がったが、

「だから、お前は時読みをするな! 知らなければそれまでの話だからな」

と、高杉から助言されるとその闇は消え、

「でも、それじゃあ先生はどうなるんだ?」

と、ケレスの目の前にはっきりと見えた高杉に聞いたその時、

「そろそろニョルズに到着します」

と、ニックから声を掛けられた。

 そして、

「あ、はい。わかりました!」

と、言ったケレスがニックを見ると、

「くれぐれも俺の言う事を忘れるな

 そして、聞け……」

と、ケレスの視界にいない高杉から忠告されたが、

「はい」

としかケレスは言えなかった。

 それからニョルズに到着し、ケレスの案内によって雪桜の園に向かった。

 今夜の雪桜への道は非常に不気味だった。

 何故なら、いつの間にか雨は上がっており星空は綺麗に輝いていたにも関わらずその道は暗く、

それに加え吸い込まれる様な異常な静かさまでもがあったからである。

(何か怖いな……)

 その静寂の中、そう思っているケレスが小さなランプの灯り一つで歩いていると、

朱雀三兄弟が一斉に唸り声をあげた。

「どうしたんだい君達⁉」

 それから驚いたニックの声が聞こえると、何処からか地響きの様な音が闇夜を震わせ、

「何だ⁉ この音は?」

と、言ったケレスが身構えると地響きは段々と大きくなりケレス達に近づいて来た。

 そして、地響きに紛れ、ズルズルという音が聞こえると、

「キャワン‼」

と、朱雀三兄弟の誰かの悲痛な鳴き声が響き、

「オルト、メタ、パラ⁉」

と、ニックが叫ぶとメタが蔦の様な物に絡みつかれ引きずられていった。

「メタ‼」

 そのメタをケレスは助け様と駆け寄ったが、

「やめろ‼」

と、怒鳴った高杉に左腕を掴まれ、

「先生⁉ 何すんだ‼ このままじゃ、メタが‼」

と、怒鳴ったケレスはその腕を振り払おうとしたが、

「良く見ろ! 祟り神だ‼ あれに障ると滅びの呪いを享けるぞ‼」

と、怒鳴り返した高杉はケレスを引っ張りメタから遠ざけた。

 高杉の言う通り、メタを巻き込んでいる蔦の先は、ゴンズを見た時と同じ感じをケレスは受けた。

「だけど、このままじゃメタが……」

 眉を顰めたケレスがそう言って高杉を見ても、

「あきらめろ! メタは助からない‼」

と、高杉からは酷な現実をつきつけられ、

「そんな……」

と、ケレスがどうする事も出来ずにいると、

「オルト⁉」

と、ニックの叫び声が響き、

「オルト⁉」

と、ケレスがオルトを見るとオルトは前足でメタを抑えつけメタを締め付けている蔦を噛みつき、

メタを助けようとしていた。

「オルト離すんだ‼ このままじゃ君までやられてしまう‼」

 そして、ニックが征しても、オルトはその蔦に噛みついたまま離れなかった。

「どうしよう……」

 そんなオルト達を唯、黙って見ていたケレスだったが、

「オルト‼」

と、叫んでオルトの傍に駆け寄り、オルトを引っ張ったが、

その蔦はオルト達だけでなくケレスまでも飲み込もうとしてきたので、

「うわぁあぁ⁉ やめてくれ‼」

と、瞳を閉じたケレスは叫んでその場で腰を抜かしたが、

「あーぁ……。やっぱ、だらしねえ奴!」

と、聞き覚えのある声が聞こえると、勢いよくケレス達はその蔦から引き離された。

「な、何だ⁉」

 そして、ケレスが辺りを見渡すとその蔦からかなり離れた所にケレスはオルトとメタといて、

その傍には目が金色に光っているフェイトが立っていた。

「フェイト⁉ 何でお前がここにいるんだ?」

 そのフェイトを見たケレスが何度も瞬きしながら聞いたが、

「はぁ? それが恩人に対する口の利き方かよ?」

と、答えたフェイトからは唾を吐いた様に見下され、

(うぅ……。そうだが、こいつには、ありがとう、なんて言いたくない‼)

と、ジレンマに陥ったケレスが歯軋りしていると、

「油断するな‼ 来るぞ‼」

と、高杉が叫んだその瞬間、

「コロス。ホウジュノクニノモノ……」

と、呻き声と共に祟り神が姿を現した。

 そいつは、見上げる程の高さの大木の化け物で、蔦を伸ばしている様だった。

 そして、そいつはゴンズと同じ様な禍々しい気配を纏っていた。

「これが、祟り神か⁉」

 その威圧感にケレスは嘔吐を催し手で口を覆ったが、

「いやぁ……。こいつは、まだまだヒヨっこさぁ。

 これから立派な祟り神になるんだ!」

と、言ったフェイトは愉快に笑い、

「これからだって? でも、こんなにヤバそうなのにか?」

と、言ったケレスがやっと立ち上がると、

「ユルサナイ‼ ホウジュノクニ‼ ホロボシテヤル‼」

と、呻き声を上げた大木の祟り神は、バチンッ!と蔦を地面に叩きつけた。

 すると、叩きつけられた地面は大木の祟り神と同じ様な禍々しい気配を纏った。

 そして、その気配は瞬く間もなくケレス達の方へ広がってきた。

「どうなってるんだ⁉」

 それを見たケレスはあたふたしたが、

「お友達を欲してんだろ? これは、またデカくなりそうだ……。

 さっさと離れんぞ!」

と、ポケットに両手を突っこんだまま言ったフェイトは冷静で、

「お友達? よくわからないけど……」

と、言ったケレスはこの場を離れ様としたが、

オルトは逃げずにメタの後ろ首を噛みつき持ち上げ様としていた。

「オルト⁉ メタはあきらめろ‼ このままじゃ、お前まで、死ぬぞ‼」

 そのオルトにケレスは言ったが、オルトはメタを離そうとせず、

「オルト……」

と、言葉が出たケレスが良く良くオルトを見るとオルトの右前足は有らぬ方向を向いており、

大木の祟り神と同じ気配を纏い始めていた。

(このままじゃ、オルトは祟り神になる‼)

 そのオルトを見たケレスはそう直観した。

 そして、

「オルト、行くぞ‼」

と、叫んだケレスはメタを持ち上げたが、その重さにケレスは耐えきれず、

「くっそぅ。重っ……」

と、言いながらケレスが、ふるふるしていると、

「そいつは見捨てろ! 早く逃げるんだ‼」

と、高杉から命令されたが、

「嫌だ‼」

と、怒鳴ったケレスがメタを持ち上げる事を続けていると、

「出来もしねえ事をすんなよ‼」

と、怒鳴ったフェイトからメタを引き離されそうになったが、ケレスは、メタを離さなかった。

 すると、ケレス達の傍に、タタッと誰かが駆け寄って来た。

「フェイトちゃん、お願い! そのコ達を助けて‼」

 それは、ウェイライだった。

「ウェイライ⁉」

 ケレスがウェイライを見ると、

「はぁ、しゃぁない……」

と、フェイトは面倒臭そうな言い方をしたが、オルトとメタを一人で抱えてしまい、

「はっ⁉ 嘘だろ⁉」

と、身軽になり何か他のものまで無くしてしまった気分になったケレスが言葉を漏らすと、

「さっさと行くぞ! この役立たず‼

 俺はこいつ等を持つので精一杯なんでな、お前なんか助けてやる余裕はないぜ‼」

と、言い残し、フェイトはオルトとメタを抱えたまま逃げた。

 ケレスがその様子を呆然と見ていると、

「ケレスちゃん、逃げるぞ! ヨルちゃんに乗れ!」

と、大きくなったヨルに乗り込んだウェイライから言われ、

「ああ、わかった!」

と、言ったケレスがヨルによじ登ると、

「行くぞ。ヨルちゃん‼」

と、ウェイライの号令でヨルは一鳴きして走り出したが、

「ニガサン‼ コロシテヤル‼ ユルサン‼」

と、大木の祟り神はこの辺り一帯に轟く唸り声を上げた。

 そして、ケレスがその呻き声の方を見ると大木の祟り神は先程よりかなり大きくなっており、

「どうなってんだ⁉ 何であんなにデカくなってんだ?」

と、言ったケレスの口が、ガクガクなると、

「あいつ、かなりこの国を恨んでる」

と、前を向いたままのウェイライに言われ、

「恨んでる? 何で?」

と、聞いたケレスがウェイライを見ると、

「そう、恨んでる……。その恨みの分だけ祟り神は大きくなるんだ」

と、答えたウェイライの星空から覗かせる顔は今にも泣きそうで、

「何でそんなに恨んでるんだ?」

と、聞いたケレスの心は苦しくなったが、

「わからない。でも……」

と、答えたウェイライの目から一粒の涙が零れたその時、

空から、バチンッ‼とヨル目がけて蔦が叩きつけられ、

「ヒャーーーーーーーーゴ⁉」

と、叫んだヨルはバランスを崩した。

「ヨルちゃん⁉ 大丈夫か?」

 そのヨルにしがみついているウェイライに聞かれ、

「ヒャーーゴ‼」

と、ヨルは気合いを入れる様に鳴いてバランスを取り戻したので、

「よし! ヨルちゃん、頼んだ!」

と、言ったウェイライも元通りに座ると、

「ヒャーーーーーゴ‼」

と、叫んだヨルは速度を上げて走り、その速さに大木の祟り神は付いて来れなかった。

 それからケレス達は無事にミラに到着した。

「何とか逃げれたな……」

 そう言ったケレスがヨルの上で安堵していると、

「そうだな。危なかったな」

と、言ったウェイライも安堵して笑い、

「先生達は無事か?」

と、言ったケレスがヨルの周りを見渡すと、

「当たり前だ」

と、言った高杉はいつの間にかヨルにしれっと乗っていた。

「せ、先生⁉」

 そして、その高杉を見て叫んだケレスの安堵が吹き飛ぶと、

「ったく……。俺の言う事を聞けと言ったのに、お前は‼」

と、舌打ちをした揚げ句、怒鳴った高杉からケレスは頭を小突かれたが、

「す、すみません。先生‼」

と、頭を押さえながら謝ったケレスから笑みが零れると、

「何処にも呪いは享けてないな?」

と、聞いた高杉は、ふぅーと鼻から息を出し、

「ああ。大丈夫だ!」

と、元気良く答えたケレスが頷くと、

「君達、無事かい?」

と、ヨルの下にいるニックから声を掛けられた。

「ニックさん⁉ こっちは無事です!」

 そのニックにケレスがそう言いながら大きく手を振ると、

「そうか……。良かった!」

と、ほっとしたニックはそう言って頷き、

「フェイトちゃんは何処?」

と、言ったウェイライが、キョロキョロと辺りを見渡すと、

「こっちだ。ウェイライ!」

と、返事をしたフェイトの傍にはぐったりとしたオルトとメタがおり、

「オルト、メタ‼」

と、ケレスが二体の傍に行くと、オルトはメタを何度も舐めていた。

 そのメタは体の大部分が壊死し、息をかろうじてしている状態だった。

 そして、オルトは右前足が壊死しており立つ事も儘らなかったが、

首を伸ばしてメタを励ます様に舐め続けていた。

 賢明なオルトの姿を見ていたケレスだったが、

「二体をこっちに運ぼう」

と、ニックの指示で軍の施設に二体を密かに運んだ。

 そこに二体を運ぶと軍の関係者らしき人達が集まって来て、

その人達とニックは何かを話し始めた。

 それからピンっと張り詰めた空気の中、オルトとメタは施設の奥の部屋へと静かに運ばれていった。

「なあ、先生……。あいつ等は助かるよな?」

 唯、その光景を黙ってみていたケレスが口を開くと、

「無理だろう。特にメタは駄目だな」

と、高杉からは厳しい返答があり、

「何とかならないのか?」

と、聞いたケレスが縋る様に高杉を見ると、

「おっさんに言っても、無理なもんは無理さ!」

と、言ったフェイトは小馬鹿にする様に笑い出した。

 そして、

「お前……。よく笑ってられるな‼」

と、ケレスが、わなわなしながら怒鳴ると、

「じゃあ、泣けばあいつらは助かるのかい?」

と、言ったフェイトからは笑みが消え、

「そうじゃないけど……」

と、それ以上何も言えないケレスがふるえている両拳を握り締めると、

「ケレス‼」

と、叫びながらミューが現れた。

「ミュー⁉ どうしてここに?」

 そんなミューを見たケレスが驚いてその拳を開くと、

「ララが教えてくれたの。何かが起きてるって! だから私、ここに来たんだけど……」

と、思いつめた顔になったミューはそう言ってパラを見た。

 すると、悲しそうな顔をしたパラは伏せた態勢で二体が運ばれて行った部屋をずっと見つめていて、

その横ではクリオネが寄り添っていた。

「ねえ、ケレス……。オルトとメタはどうしたの?」

 そんなパラ達を見たミューからふるえた声で聞かれ、ケレスが答えられずにいると、

「教えてやろうか? あいつらは、もう駄目だってさ!」

と、ケレスの代わりにフェイトが笑いながら答え、

「どういう事⁉ それに、何であなたがここにいるの?」

と、語気を強めて聞いたミューがフェイトを睨むと、

「質問が多いな。どういう事って言われても、祟り神がお怒りって事しか俺にはわからねえよ。

 それとな、俺が何処にいようがお前には関係ねえだろ?」

と、言って、フェイトはミューを茶化し、

「祟り神ですって⁉」

と、驚いたミューが言葉に詰まると、

「そうなんだ。俺達、雪桜の園に行く途中で祟り神に会ったんだ。大木の化け物だったよ」

と、ケレスは説明した。

「どうして、祟り神なんて現れたの?」

 すると、そう聞いたミューの声はふるえ出し、

「さあな? だが、結構お怒りだったぜ? この国を滅ぼすってね!」

と、答えたフェイトがまた茶化す様に笑うと、

「何が、おかしいの?」

と、言ったミューの声のふるえはなくなったが、

「おかしいさ! この国に祟り神が誕生したんだからな!」

と、言ったフェイトは腹を抱える程、笑い出してしまい、

「あなた達のせいじゃないの? 祟り神が現れたのって……」

と、ミューが突拍子のない事を言うと、

「はぁっ? どういう意味だ?」

と、聞いたフェイトからはまた笑みが消え、

「ゴンズの時の様に、私達の国に災いを持ってきたんじゃないのかって言ってんの‼

 この国から出て行ってよ‼ あなた達が来ると、ロクな事がないわ‼」

と、ウェイライを睨みつけたミューは部屋中に響く様な声で怒鳴りつけ、

ケレスの心には耳を通してミューの憎しみの心が深く残った。

「フェイトちゃん……」

 その余韻の中、今にも泣きそうなウェイライがフェイトに近づくと、

「あーあぁ‼ 言われなくとも、こんな腐った国、出て行ってやるさ‼」

と、怒鳴ったフェイトはウェイライをミューから隠し、ミューに敵意を向け、

「まあ、精々、がんばるこった。お姫様?」

と、言って、馬鹿にし、

「おい、ウェイライ! 行くぞ‼」

と、怒鳴った後、右手でウェイライの左腕を引っ張りながら施設を退出して行った。

 その後、暫くケレス達は一言も喋らず静寂が続いた。

「なあ、ミュー……。あいつ等は俺達を助けてくれたんだ。

 あいつ等がいなかったら俺もどうなっていたかわからなかったんだ」

 それから静寂の中、ケレスがミューを見てそう言うと、

「そう……」

と、呟く様に言ったミューはケレスを見る事なくオルト達が運ばれて行った部屋を見つめていた。

 すると、また、静寂が続いた後、オルト達が運ばれて行った部屋から白衣を着た男性が出てきた。

 そして、

「ミュー様。私は、軍の霊獣医です。少しお話があるのですが……」

と、深刻な顔の霊獣委に言われ、

「何でしょう?」

と、言ったミューの顔が引き攣ると、

「申し上げ難いのですが、メタ様は助かりませんでした」

と、霊獣医から聞きたくなかった答えが返ってきたので、

「そ、そんな……」

と、ミューは愕然としてしまったが、

「それと、オルト様なのですが……」

と、霊獣医はまた言い難そうにしたので、

「オルトが何か?」

と、口を両手で覆っているミューが聞くと、

「右前足を切断しなければなりません」

と、霊獣医からまた厳しい現実を突きつけられた。

「そ、そんな⁉ 何か他に良い方法はないの?」

 そのオルトの未来を聞かされたミューはその霊獣医に詰め寄ったが、

「出来るだけ早く御決断を。時間がありません」

と、首を横に振った霊獣委の意見は変わらず、

「時間がないって、どういう事なの?」

と、聞いたミューの声がふるえ出すと、

「壊死している部分は呪いを享けています。

 それを離さないと、呪いはオルト様の体全体に拡がり死んでしまいます」

と、霊獣医は淡々と答えたが、

「そんな……」

と、ミューが決断出来ずにいると、

「ミュー様、早く御決断を。このままではオルトは祟り神になる可能性があるんです」

と、いつの間にかいたニックがさらに厳しい現実を突きつけてきた。

「オルトが祟り神になる⁉」

 そして、そう言ったミューが勢いよくニックを見ると、

「その可能性は捨てきれません。ですから、早く御決断を!」

と、霊獣医から逃れられない決断を迫られ、

その決断を迫られたミューは下を向いた。

「わかりました。お願いします」

 すると、ミューはそのまま決断し、涙を流したが、

「わかりました。すぐに処置します」

と、感情なくそう言った霊獣医が処置に向かおうとすると、

「私、オルトの傍にいてもいいですか?」

と、言って、涙を堪えているミューは霊獣委の傍に駆け寄り、

「どうぞ。ですが、気を確かにしてください」

と、今まで表情を変えなかった霊獣医の眉は下がり、同情する様な顔でそう言ってミューを見た後、

二人でオルト達がいる部屋に入って行った。

「ミュー……」

 そして、ケレスがその部屋を見ている事しか出来ずにいると、

「大変だったねケレス君。これから忙しくなる。避難する事を考えてくれ」

と、言ったニックから左肩に優しく手を置かれ、

「避難ですか⁉」

と、驚いて言ったケレスがニックを見ると、

「これからニョルズからミラまでを封鎖する。祟り神を駆除するまでね」

と、頷いたニックから説明があり、

「でも、何処に避難するんですか?」

と、ケレスが尋ねると、

「取り合えずはイザヴェルかな。この時間から大勢の人を避難させるのは骨が折れそうだが……」

と、ニックは溜め息交じりに答え、

「そうですか……」

と、言ったケレスが肩を落とすと、

「じゃあ、ケレス君。しっかりするんだよ。生き延びてくれ」

と、言い残してニックは何処かへ小走りで行った。

 そんなニックの背をケレスが見送っていると、

「よお、ケレス!」

と、いきなりジャップに背後から声を掛けられ、

「あ、兄貴⁉ どうしているんだ?」

と、びっくりしたケレスが振り返って言うと、

「おいおい……。俺は軍人だぞ? ここにいて当たり前だ!」

と、言ったジャップは陽気に笑い、

「なあ、パラ?」

と、パラの傍に徐に近づいて声を掛けた。

 しかし、パラは、ヒューンと悲しそうな声を出し続け、俯いていた。

「なあ、パラ……。俺は、お前の気持がわかるぞ。

 悲しいよな? いきなり兄妹がこんな事になっちまうんだから……」

 そんなパラにジャップはしゃがんで優しく語り掛けた後、パラの頭に右手を置き、

「悲しいだろうが、まだオルトは死んだ訳じゃないだろ? 兄弟のお前が信じなきゃいけないんだ……」

と、その手からもジャップの心を伝えると、

「キューン?」

と、鳴いたパラは顔を上げジャップを見つめた。

 そして、ジャップとパラの視線が合うと、

「俺もいる。一緒にオルトを待とうじゃないか!」

と、言ったジャップは大きく頷き、パラの頭を撫で、

「ワオーーーン‼」

と、パラは、すっと立ち上がり、オルトがいる部屋に向け吠えた。

 それから一時間若で泣いているミューが出て来た。

「ミュー。どうだった……?」

 そのミューに恐る恐るケレスが聞くと、

「手術は成功したわ……。オルトの命はもう、大丈夫みたい」

と、ミューは泣きながらも答え、

「そうか! パラ、良かったな!」

と、叫んだジャップがパラに抱き着くと、

「ヒューーーーーン!」

と、パラは嬉しそうに鳴いたが、

「でもね、右前足は失ったの。もう、御庭番犬としては働けないんだって」

と、ミューはふるえた声でオルトの現状を話した。

 それからミューは顔を覆って泣き出してしまったが、

「でも、オルトは助かった。それだけでも良かった」

と、ジャップが優しくミューを見つめながら言うと、

「そうね。本当に良かった……」

と、ミューの声はふるえたままだったがそう言えた。

 そして、ミューのその言葉を聴いたジャップは一つ首を縦に振って、

「さて、パラ。そして、ケレス、ミュー。俺は行くからな」

と、立ち上がり思いも寄らない事を言い出したので、

「兄貴⁉ 何処に行くんだ?」

と、ケレスがジャップを見て聞くと、

「決まってるだろ! 俺は軍人だぞ。宝珠の国民を守らなきゃな!」

と、言ったジャップは自信満々に胸を張り、

「ミュー。辛いだろうが、お前はマーサ様の娘だ。出来るな?」

と、ミューに優しく言うと、

「うん。お兄ちゃん。私、やるよ!」

と、言いながらミューは涙を拭い、

「ケレス。私、この国を守ってみせる。だから、無事でいてね!」

と、ミューは凛々しい顔でケレスを見つめそう言った。

 だが、ケレスがそのミューに何も返事を出来ずにいると、

「なーに、今生の別れじゃないんだ。またなって言ってやれよ!」

と、言ったジャップは陽気に笑い、

「そうだよ。ケレス!」

と、言ったミューも笑って、

「じゃあ、ケレス、お兄ちゃん。行ってきます!」

と、言い残し、クリオネと部屋を出て行き、

「さぁーて、俺も行くかな!」

と、言いながら背伸びをしたジャップも部屋を出て行った。

(兄貴、ミュー。どうして笑ってられんだ? 何かあればメタの様になるんだぞ? 怖くないのか?

 先生、何処に行ったんだ? 姉ちゃん……)

 いつの間にか高杉もいなくなっており、部屋に独りぼっちになったケレスは不安に襲われていた。

 誰もいなくなった部屋でケレスには悪い未来しか見えなかったのだ。

 ケレスがこのままどうすればいいのかわからずにいると、

「よっ、弟君!」

と、言った誰かにケレスは右肩を、ポンっと叩かれ、

「サキさん⁉」

と、それにケレスがビクッとして振り返ると、そこには笑っているサキがいた。

「そんなに驚いてくれるとは! でも、どうしたんだい? そんなシケた顔しちゃってさ?」

 すると、そのケレスの反応に悪戯な顔のサキから揶揄われたが、

「サキさん……」

としかケレスが言えずにいると、

「ん? どうした。早く非難しなよ」

と、言ったサキからは軽く首を傾げられたが、

「あの……。何か俺にも出来る事はないですか?」

と、聞いたケレスがサキを真直ぐ見つめると、

「おお? どういう風の吹き回し大?」

と、聞き返したサキは目をパチクリしてケレスを見たが、

「その……」

と、ケレスは言いたい事を言えずに俯いてしまった。

 ケレスは今、ジャップやミューと離れたくなかった。

 それは、今、離れたら、一生会えなくなる気がしたからである。

 ケレスにその思いはあったが、上手く言えずにいると、

「いいよ、弟君。実は、メッチャ人手不足なんだよね。雑用係になるけど、いいね?」

と、その心を見抜いてかサキはそう言って優しくケレスを見つめてくれたので、

「は、はい。お願いします!」

と、返事をしたケレスが頭を下げると、

「よし。こっちにおいで!」

と、言って、サキはケレスを他の部屋に案内した。

 それからサキが案内した部屋は数人の軍人がおり、皆、忙しそうに動いていた。

 その部屋で、

「おーい。ちょっと、いいかい?」

と、サキの呼びかけに、

「何でしょう? サキさん」

と、その内の一人の男性が返事をすると、

「貴重な人手だ。雑用係として使ってくれ」

と、凛々しい顔のサキは命令し、

「そうですか。協力、感謝します」

と、その男性がそう言って笑顔で敬礼すると、

「ふむ。じゃあ、私は行くね。がんばるんだよ、弟君!」

と、言ったサキは答礼し、ケレスに敬礼した後、部屋を出て行った。

「ありがとうございました!」

 そして、ケレスがサキに頭を下げると、

「じゃあ、君。これを着けてくれ」

と、言いながらその男性から、二二五と書かれた軍の腕章を手渡され、

「は、はい!」

と、返事をしたケレスはそれを受け取り、左腕に装着した。

 それからケレスは雑用の内容を聴いた。

 ケレスがする事は、物資の調達の手伝いと国民の非難の誘導だった。

 まだ国民はそんなに見かけなかったが物資の調達は既に始まっていたのだ。

 その第一陣の物資を載せた精霊列車が後三〇分程でミラの駅に到着するので、

まずはその物資を列車からトラックに運びこの施設まで運ぶ事をケレスは手伝う事となった。

 そして、その運搬用のトラックにケレスは乗り込んだ。

(これからどうなるんだろう……。何で祟り神は生まれたんだ?

 あの祟り神がゴンズの様に強かったらこの国は六日間も耐えれるのか?)

 そのトラックの中でケレスは考えていた。

 何故、六日間耐えるのかと言うと、今この国で祟り神を倒せるのはヒロだけだったからである。

 そのヒロはバルによって七日間眠らされている。

 その七日間の間にヒロを起こすには、バルの頭に咲いている花の蜜が必要だ。

 だが、バルを見つけられない今、ヒロを起こす術がない。

 なので、ヒロが眠ってから一日経った今、ヒロが起きるまであと六日間と言う訳だ。

(殿下。早く起きてくれ!

 でも、それじゃあ姉ちゃんは……)

 ケレスは複雑な思いを抱えていたが、

「おい、二二五番。降りるぞ!」

と、一緒に乗っていた軍人に言われ、

「はい。行きます!」

と、ケレスは自身を奮い立たせる様に力強く返事をし、

(今は変な事を考えている暇はない。目の前の事をしなきゃ‼)

と、邪念を振り払う様に首を強く横に振ってトラックから降りたが、

「えっ⁉ 何だこれ……」

と、ケレスはその場に立ち尽くしてしまった。

 何故ならミラは朝日をとうに迎えたはずなのに外は夜の様に暗く、風はないのに肌寒かったのだ。

「どうなってるんだ⁉」

 そう叫んだケレスが空を見上げると、

「しょうがないっしょ? 祟り神よ? あの暗黒の雲のせいで空も暗くなるさ」

と、ケレスはある軍人から言われ、

「また、一六年前みたいにならなきゃいいがな……」

と、その軍人は空を見上げて呟き、駅へ走って行き、

(一六年前か……。そんな事には、させない‼)

と、ケレスは強く願い、駅へと走って行った。

 そして、駅には既に荷物が届いており、大勢の人が避難しようと集まっていたが、

「早く行け‼」

「どいて! 邪魔よ‼」

「俺が先だ‼」

「痛い。お母さん何処にいるの?」

等々と声が飛び交い、ミラの駅は避難する人達で混沌としていた。

(二か月くらい前まではあんなに明るかったのに。やっぱり、祟り神のせいか……)

 ケレスはその光景を見て心を痛めながらも荷物を運んだ。

 それは単調な作業だったが大変だった。

 何度荷物の積み下ろしをしたかわからないまま、ケレスは何も考えずにひたすら働いた。

 すると、

「おい。二二五番。休んでくれ」

と、ある軍人に声を掛けられ、

「えっ? でも、まだ働けます‼」

と、ケレスは姿勢を正してその軍人を見て言ったが、

「気持ちは嬉しいが休んでくれ。明日もあるんだ」

と、その軍人から言われケレスは休憩室に案内された。

 その休憩室は部屋と言うより、ベットが一つ置かれただけのものだった。

 そこで、

「食料はあっちの部屋にあるからな。そして、シャワーはこっちの部屋だ。

 あと何かあれば言ってくれよ」

と、その軍人から説明され、

「ありがとうございます。えっと、名前は?」

と、ケレスが礼を言った後に聞くと、

「名前は、一一一番と呼んでくれ」

と、答えたその軍人は左腕の腕章を見せつけたので、

「一一一番ですか⁉」

と、驚いたケレスがそう言ってその軍人の垂れて眠たそうな目を見ると、

「ああ、そうさ。いい番号だろ?」

と、言ったその軍人はライトグリーンの髪の刈り上げ部分までその腕章を上げたが、

「はあ……」

と、ケレスが素気なくしか言えずにいると、

「すまんな。俺の願掛けみたいなものでね。

 この戦が終わるまでは俺の名は言わない事にしてるのさ!」

と、その軍人は笑いながら話した。

「願掛けですか?」

 その話を聴いたケレスが、きょとんとしていると、

「ああ、そうさ。この戦に勝って、お互い生き残ったら俺の名をお前に教えてやるよ。

 その時、お前の名前も聞かせてくれ」

と、その軍人から勝手に約束され、

「わかりました、一一一番さん! 必ず名前を聞かせて下さいね‼」

と、ケレスも約束するとその軍人は笑って頷き、その場を去って行った。

 そして、ケレスがその軍人を見送っていると、

「よっ、弟君。がんばってるみたいだね」

と、ケレスの背後からサキが声を掛け、

「サキさん⁉」

と、言いながらケレスがまた、ビクッとすると、

「相変わらず面白いね弟君は! ほれ、がんばった御褒美だ!」

と、言ったサキは、くすくす笑いながらホットドッグとソーダドリンクをケレスに手渡してきた。

「ありがとうございます。サキさん!」

 それから満面の笑みのケレスがそれ等を受け取ると、

「ふむふむ。しっかり食べるんだよ!」

と、言ったサキは満足したが、

「あの、サキさん。ちょっと聞いてもいいですか?」

と、ホットドックの良い香りの中からケレスが言うと

「ふん? いいよ、弟君。言ってごらん?」

と、言ったサキは興味津々な顔でケレスを見た。

 ケレスは今の外の状況が気になっていた

 なので聞いた。

 ミラの外の事、ニョルズの事、祟り神の事等々をサキに聞くと、

「ミラの外は魔物が沢山集まって来ててね。あまり良いとは言えないね。

 それから、ニョルズとは連絡が取れないんだ。祟り神の奴が邪魔しててさ」

と、サキは感情なく答え、

「そんなぁ……」

と、言葉を漏らしたケレスの顔が引き攣ると、

「これこれ、そんな顔しないの! みんな、がんばってるんだから!」

と、言ったサキから頭を、コツンっと小突かれたが、

「はい……」

と、返事をしたケレスが俯くと、

「この国を信じなさいって、弟君!」

と、言ったサキはケレスの両肩に、トンッと手を置いた。

 そのサキはケレスを優しく見つめてきたので、

「サキさんは、余裕がありますね……」

と、不安に襲われ続けているケレスがそう言ってサキの目を見ると、

「ん? だって、私はまだお呼びがかかってないもん」

と、言ったサキの目には余裕があったので、

「どういう事ですか?」

と、ケレスが首を傾げると、

「私の様な治癒術師の力がまだ必要じゃない程、この国は余裕って事よ。みんな強いものね!」

と、言ったサキは笑っていたが、

「まあ、それが続けばいいんだけどね……」

と、言うと、表情を曇らせてしまい、

「サキさん……」

と、呟いたケレスの表情も暗くなると、

「こーら、暗くなるなよ! しっかりしな! 軍人さんが、がんばってるんだぞ‼」

と、怒鳴ったサキからまたケレスは頭を小突かれ、

「す、すみません‼」

と、謝ったケレスが小突かれた部分を押さえると、

「これは私が見張ってなきゃいかんな!」

と、言ったサキは難しい顔で一つ大きく頷いた。

「見張る? 何をですか?」

 それからそう言ったケレスがその手をどけると、

「あなただよ。弟君」

と、言ったサキから真面目な顔で見つめられ、

「はっ⁉ 俺を、ですか?」

と、言ったケレスの目が泳ぎ出すと、

「そうだよ。あなたは、どっかの誰かさんと同じで私が見張ってなきゃいけないの!」

と、言ったサキの目からケレスは目をしっかりと捕まえられ、

「どっかの誰かさんって、姉ちゃんですか?」

と、捕まってしまったケレスが聞くと、

「そうとも、弟君!

 あなたは私がちゃんと見てないといけないから、明日も私に顔を見せなさい!」

と、答えたサキは黒淵眼鏡から綺麗な緑の瞳を見せつけた後、

「返事はどうした?」

と、聞いて、またケレスの頭を小突いたので、

「良くわからないけど……、わかりました!」

と、小突かれた部分を撫でながらケレスが笑って答えると、

「相変わらず一言多いが、宜しい! では、また明日。ちゃんと働くんだぞ!」

と、言ったサキは顎を引いて右手をこめかみ部分に添え敬礼し、

「わかりました!」

と、言ったケレスは答礼した。

 それからサキはケレスがいる部屋から出て行った。

 そして、ケレスはサキからもらった食べ物を食べてシャワーを浴び、ベットに寝転んで、

(サキさん、ありがとう! それと、一一一番さんも!

 どうか、みんな無事でありますように‼)

と、瞳を閉じて強く願い、眠った。

 ヒロが眠らされて二日目。

(まだ、五日もあるのか……)

 ケレスはそう思いながら働いた。

 今日は昨日と同様の荷物の扱いに、負傷者や迷子等の扱いの仕事が増えてしまった。

(怪我人が増えてきたな。それに、街の機能が止まってるからか異様な雰囲気だ……)

 そう考えながらもケレスは働いた。

 そして、夜になりサキと少し話した。

 その話の中でまだサキが治癒術を使う程の負傷者はいない事がわかった。

 それを聴いたケレスがほっとし、食事を終えると、

「弟君。良く働き、食べてるね。感心、感心!」

と、言ったサキは満足そうな顔で頷き、

「じゃあ、また明日」

と、言いながら敬礼した後、去って行った。

(サキさん、気を使ってくれてありがとう! 姉ちゃんとは違う優しさだ……)

 それからそのサキにケレスは感謝して休んだ。

 ヒロが眠らされてから三日目

 ケレスは昨日と変わらない仕事をしていた。

 しかし、

(空、メッチャ暗くないか?)

と、前日より重く伸し掛かって来る空にケレスは一抹の不安を覚えながらも働いた。

 そして、その夜サキと話していると、

「実はね、今日、遂に私の力が必要となったのだよ!」

と、立っているサキから笑いながら話され、

「えっ⁉」

と、座っているケレスの食事の手が止まると、

「まあ、魔物さんも強いからねぇ。軍人さんも大変だよ……。

 あーぁ! こんな時、誰かさんがいてくれたらなぁ……」

と、サキは大きく背伸びをしながら言ったので、

「誰かさんって、誰ですか?」

と、サキを見ているケレスが聞くと、

「あなたのお姉さんだよ。弟君」

と、答えたサキから、ふふっと笑われ、

「姉ちゃんか⁉」

と、叫んだケレスの顔が少し赤くなると、

「そうだとも! あいつがこういう時にいてくれたら楽なんだけど……」

と、言ったサキの顔には寂しさが見え隠れした。

「サキさん……。サキさん。姉ちゃんの事、教えてくれませんか?」

 そのサキの顔を見て、居た堪れなくなったケレスが聞いてみると、

「えっ⁉ あいつの何を知りたいんだい?」

と、聞いたサキの顔からその寂しさが少しだけ消えたので、

「そうだな……。姉ちゃんって、どういう学生だったとか?」

と、ケレスは具体的に聞いてみたが、

「……。一言で言えば、「変な奴かな?」

と、少し考えた後、サキは真顔で答えた。

「はっ⁉ 変な奴……ですか?」

 そして、それを聞いたケレスが驚いて何度も瞬きすると、

「そう、変な奴。一人でいてばかりいたしね」

と、教えたサキは頷いた後、

「いや、違うな……。一人を好んでいたって感じかな?」

と、少し上を向いて言い直したので、

「姉ちゃんは一人を好んでいたのか⁉」

と、言ったケレスの瞬きが驚きすぎて止まってしまうと、

「そうだね。だから私、ほっとけなかったの。一人にしたら何か消えちゃいそうだったし……」

と、言ったサキの顔にまた寂しさが訪れ、

「そうだったんですか……」

と、呟く様に言ったケレスの顔にも寂しさが訪れると、

「そうだとも! 私がいなきゃあいつはいけないのだよ!」

と、サキは鼻高々に言って、その寂しさを吹き飛ばしたが、

「そうよ、私が守ってきたつもりだったけど……」

と、言ったサキにもっと深い寂しさが訪れてしまい、サキは俯いてしまった。

「サキさん?」

 そのサキにケレスが声を掛けると、

「なのに……。あいつは突然、消えたの。二年生の終わりにね」

と、サキは俯いたまま話し、

「消えたって、どういう事ですか?」

と、聞いたケレスが勢いよく立ち上がると、

「あいつ、私に何も言わずにアカデミーを去ってしまったの……。凄く、ショックだった……。

 何で、私に相談してくれなかったんだ?とか、

私の勝手であいつの事わかってたつもりなだけだったのか?とか、色々悩んだよ……」

と、サキは俯いたまま寂しそうに話していたが、

「それからさぁ、あいつったら二年以上、音里もなくいたんだよ‼ その癖に何処にいたと思う?」

と、急に顔を上げて怒って聞いてきたので、

「さ、さあ……?」

と、サキの勢いに圧倒されたケレスがそれしか答えれず立ちっぱなしになると、

「何と、イザヴェルにいたんだよ! 街で偶然会ってさ‼

 どれだけ私が心配したかって怒りまくってやったさ!

 そしたらさ、あいつったら笑いながら泣いちゃって……。

 そして、『ごめんっ』て言ったけど、私、許さないって言ってやった‼」

と、サキはケレスの傍まで近づいてそう話したので、

「許さなかったんですか⁉」

と、言ったケレスが仰け反る様に引くと、

「ああ、そうとも! 二度と、私に黙っていなくなるなって言ってやったさ‼

 そしたら、あいつったらさらに泣いちゃって……。周りの人が心配してさ。私が困ったよ。

 だけど、あいつはね、『約束するね。だから、サキ、私の憧れでいてね』て言ったの!」

と、サキは嬉しそうに笑って話したので、

「憧れですか?」

と、言ったケレスが姿勢を戻すと、

「そうとも! 私がこういう風にいる事こそ、あいつの憧れなんだとさ!」

と、サキは上を向いて自慢げに答えたが、

「だから私、がんばってるんだけどなぁ。でも、何か辞めたいな……

と、言いながら、また俯いてしまった。

「何を言ってるんですか⁉ サキさん‼」

 そして、今度はそう言ったケレスが近づくと、

「だって、今日であんなに私の力が必要だったんだよ? あと、何日耐えなきゃいけないのか?とか、

助けられなかったらどうしよう?とか考えちゃうよ……」

と、言ったサキは自信をなくしている様だったので、

「サキさん。そんな事を言わないでください!」

と、言って、ケレスはサキの頭を小突いた。

「弟君?」

 すると、サキは顔を上げてケレスを見たので、

「姉ちゃんが悲しみます。憧れのあなたがそんなのでどうするんですか?

 また、姉ちゃんがいなくなったらあなたのせいですよ?」

と、ケレスはサキの目をしっかりと見つめ、ケレスの真直ぐな思いを伝えると、

「弟君……。そうだね! その通りだよ‼

 ああ。やだやだ! しっかりしなきゃね‼」

と、言って、サキは自身の頬をパンッと叩き少し涙を流してケレスを見て、

「私も、まだまだだな。弟君。こうなったら絶対、全員助けてあいつに見せつけなきゃね‼

 そして、あいつを泣かせてやる‼ そうじゃなきゃ気が済まない‼」

と、まだ目が潤んではいたが自信を取り戻したサキはそう言ったので、

「はい。サキさん! 姉ちゃんを泣かしてやってください!」

と、笑って言ったケレスが頷くと、

「任せて、弟君‼ ありがとう。また、明日、会おうね!」

と、言ったサキも頷き、

「はい。サキさん。また、明日会いましょう!」

と、言ったケレスは敬礼し、答礼したサキと別れた。

 ヒロが眠らされてから四日目。

 相変わらずケレスは忙しかった。

 運んでも、運んでも、物資は足りなかった。

 それでもケレスは出来る事をし続け、

(あと三日間だ。きっと、殿下が祟り神を倒してくれる)

と、信じて体を動かし続けていると、また夜が訪れた。

「サキさん!」

 そして、ケレスは元気良くサキに声を掛けたが、

「よっ、弟君。元気だったかね? 私は結構、疲れちゃったよ……」

と、元気なくサキに言われ、

「サキさん。大丈夫ですか?」

と、ケレスがそれしか聞けずにいると、

「ちょっと、はりきりすぎたが大丈夫だ!」

と、答えたサキは笑いながら頷き、

「あと三日間だって言ってたな。殿下を信じてお互い、がんばろう!」

と、言って敬礼したので、

「はい。サキさん!」

と、言ったケレスは答礼したが、

「今日はこの変で失礼するね。弟君。また、明日」

と、サキはそれ以上話す事なく帰って行った。

(サキさん、無理してるんだな……。しかし、殿下の件、みんなに上手く伝わってるみたいだ)

 そのサキを見送りながらそう思ったケレスは、胸を撫で下ろした。

 ヒロは実際の処、バルに眠らされている訳だが、

軍の中では祟り神達のせいで動けなくされてしまった事となっている。

 詳しい理由はともあれ、ヒロが自由に動ける様になるまで一週間はかかると伝えられており、

それまでの間、軍隊が祟り神や魔物を抑え込む事となった。

(何か後ろめたい。殿下には目を覚ましてほしいけど……。そうなると、姉ちゃんは……。

 複雑な気持ちだなぁ……)

 ケレスはそんな誰にも打ち明けられない思いと共に眠る事となった。

 そして、ヒロが眠らされてから五日目。

 事態は悪い方絵と急変した。


 ケレス君、今回も大変だったね。

 でも、しっかりがんばってるんだね!

 素晴らしいじゃないか♪

 作者として、誇らしいっす!

 うん?

 あっ、気付いた?

 作者名が変わった事に……。

 そして、黄色いあいつの設定が変わった事に……。

 理由は聞かないでくだされ♪

 これも、【嘘と秘密】 なのだから!

 そこが変わっても、話は続くのだよ‼

 次回の話のタイトルは、【ケレス、姉と再会する】だ!

 って、事は……、ケレス君、ラニーニャちゃんに再開出来るのね?

 そして、つ、遂に、あのキャラの全貌が明らかに⁉

 さらに、色んなキャラ達との感動の再開が⁉

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