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№ 15 ケレス、姉と別れ、そして、過去を知る

 ケレスは、姉がダーナだった真実を知り、悩むが、姉の願いを、一緒に叶える事を決意する。

 しかし、そこにまたもや、根の一族の女が現れてしまった。

 さらに、ヒロまで加わってしまい、大混乱となり、ケレスは、意識を失ってしまう。

 そして、意識を取り戻したケレスの目の前には、惨劇が広がっているのであった。

 時刻はいつの間にか夜になっていた。

(姉ちゃんが、ダーナだったとは……。

 それにしても大丈夫か? 最近、すぐに倒れるし。

 それに、代替わりって、何だ? スレイプニルって誰だ?

 あと、姉ちゃんは俺には何も言ってくれなかった……)

 ケレスは一人で大きな机がある部屋で悩んでいた。

 すると、ぴゅーけんが部屋に入ってきてそっと緑茶を机に置いた。

「ありがとう、ぴゅーけん。なあ、少しいいか?」

 その ぴゅーけんにケレスが声を掛けると、ぴゅーけんはチラッとケレスを見てその場に止まった。

「俺は、ここにいてもいいのか?」

 そして、そう言ったケレスが何かを求める様に ぴゅーけんを見つめると、

ぴゅーけんは、はぁっと溜息をつき、それから嫌な目でケレスを見つめたので、

「そんな目をするなよ、ぴゅーけん。俺だって、どうしていいのかわからないんだ。

 姉ちゃんの助けににはなりたいけど、アルトみたいに何か出来る訳でもないしさ……」

と、眉が下がったケレスは訴えたが、ぴゅーけんはさらに大きな溜息を一つついて部屋を出て行った。

「もっと、聞いてくれよ、ぴゅーけん……」

 それからケレスが俯いてそう呟くと、

「ケレス。君は、またレディーに失礼な事を言ったんじゃないのかい?」

と、言いながら眉間にしわを寄せたアルトが部屋に入ってきたが、

「アルト。そのさ……。レディーって、誰だ?」

と、顔を上げたケレスがアルトを見て聞くと、

「ぴゅーけん君に決まってる。そういう所が駄目なんだよ」

と、言ったアルトは ぴゅーけんと同じ様な溜息をついたので、

「ぴゅーけんが、レディーねぇ……。それは、失礼でした」

と、言ったケレスがまた溜息をついて、ずずっと音を立てながら緑茶を飲むと、

「何だい? その溜息は?」

と、怪訝な顔をしたアルトに聞かれ、

「どうせ、俺は駄目な男だよ‼」

と、怒鳴ったケレスは緑茶を苛立った気持ちと共に一気に飲みほした。

「今更どうした?」

 すると、そのケレスにアルトが感情鳴く冷たく言い放ったので、

「なあ、アルト。聞いてもいいか?」

と、湯呑を置いて助けを求める様にケレスがアルトを見て聞くと、

「僕が先に聞いたんだけど……。まあ、言ってごらん?」

と、答えたアルトは怪訝な顔になったがケレスの右隣に座った。

 それから、

「なあ、アルト。俺、ここにいてもいいのか?」

と、言って、顔を右に向けたケレスはアルトに言ってほしい事があったが、

「いたくなければ、帰ればいいさ!」

と、即答したアルトには言ってもらえず、それどころかアルトの眉間にはしわが増え、

「もう少し何か言ってくれよ……」

と、また助けを求める様にケレスは言って、アルトを見たのに、

「ふーん? では、どうしてそんな事を言うんだい?」

と、聞いたアルトはケレスから視線を逸らしてしまった。

 本当のところ、ケレスはアルトに一緒にいてラニーニャの手助けをする様に言ってほしかった。

 だが、アルトは是が非でも言ってくれそうにはない。

 だから、ケレスは苦しい胸の内を曝け出してしまった。

「お前って奴は……。まあ、いいけど。なあ、アルト。

 俺はお前みたいに何か出来る訳じゃないし何も知らないのに姉ちゃんの傍にいてもいいのか?」

 ケレスは気持ちを曝け出した後、アルトを見続けた。

 すると、アルトはケレスを真直ぐ見つめてきた。

「君は、何か勘違いをしている。僕だって、先輩の為に特別何か出来る訳じゃないよ。

 それに、知らない事があったなら、何故知ろうとしないのかい?

 無知が悪いんじゃなくて、何もせずに無知でいる事が悪いんだよ」

 そして、そう言ったケレスを真直ぐ見つめているアルトの眉間のしわはさらに増えたが、

「あと、一緒にいる事は、誰かに言われなきゃ決めれない事かい?」

と、言ったアルトの眉間の下にある真直ぐな瞳を見るとケレスは何か胸につかえていたものが消え、

「そうだよな! それぐらい、自分で決めなきゃな! アルト、俺さあ、姉ちゃんの傍にいるよ‼」

と、言ったケレスが力強くアルトを見ると、

「ふーん。まあ、当然だけどね」

と、言ったアルトからは視線を逸らされたが、

「アルト、色々と聴いてもいいか?」

と、言ったケレスがアルトを見続けていると、

「僕に答えれる事ならね……」

と、言ったアルトは頷いてくれた。

 ケレスは、アルトに色々と聞いた。

 まず、代替わりについてだ。

 代替わりとは、簡単に言えばその地の守り神である精霊神の入れ替わりの事である。

 守り神は神とは言え、いつかは死が訪れる。

 しかし、守り神はその地のマナを基にし、生まれ変わる事が出来るのだ。

 そして、生まれ変わった守り神は、先代の守り神の記憶を受け継ぎ、

新たな守り神としてその地に降臨するとされている。

 これが、代替わりの全貌である。

 続いて、ダーナについて聞いてみた。

 ダーナとは祈りの力を使う者達で、今はこの世界には十数人しか存在しない。

 祈りの力とは、祈る事で、治癒、マナの供与、

増幅、創造、その地の浄化、荒ぶるものの鎮静といった奇跡を起こす事が出来る力の事である。

 故に、ダーナは昔からその力を狙われてきた。

 そのダーナを守る者として、イヴの様な水鏡の国の者や、昴に住む、力の民といった者がいる。

 これらの説明を聞いた後で、

「じゃあ、代替わりは今までどうやってきたんだ?」

と、ケレスが聞くと、

「数少ない神話の中だけど、数人のダーナがその祈りの力によって土地を豊かにする事で、

老いた神から若き神を誕生させている事ぐらいはわかっているんだけど……。

 具体的にはわからないね」

と、冷静にアルトは答え、

「そうか。アルトでもそこまでしかわからないのか……」

と、言ったケレスが肩を落とすと、

「そうだね。でもね、そのいずれの神話でもダーナと豊になった土地は狙われている。

 中には、命を落としたダーナの話もあるんだ」

と、アルトから続けられ、

「嘘だろ⁉ どうしてそんな事になるんだ?」

と、言ったケレスが目を丸くすると、

「それは、ダーナの力があればその土地は豊かになる。誰もがその力を欲しがるのは必然だ。

 それにね、そのダーナの亡骸でさえ争いの種になってきたんだよ。

 そして、ダーナ自体は他に危害を加える力はない。簡単に、奪われる。

 だから、僕達の様な水鏡の国の者や力の民が協力し、ダーナを守ってきたんだ」

と、溜息交じりにアルトは話し、

「亡骸までもって……、どういう事だ?」

と、アルトの話を聴いて目を丸くしたままのケレスから聞かれ、

「ダーナの亡骸はね……、土地を再生する事が出来るんだ。

 だから、ダーナが祈りを捧げなければ人柱としても利用されていたんだ。

 だけど、これは昔の話だけじゃない‼

 一六年前のあの時も、ダーナは多くのものに狙われていたんだ‼」

と、声をふるわせながら答えたアルトを見て、

「そんな……」

としか、ケレスは言葉が出なかったが、

「だから、何故先輩がここに一人でいるんだ? 誰かに狙われるかもしれないのに‼

 まして、剣の国なんかに行って、もしダーナだとばれたらどうなっていたか……」

と、思いつめた顔になったアルトがそう言いながら拳を握り締めたので、

「剣の国に姉ちゃんがダーナだとばれたらヤバかったのか?」

と、ケレスが息を飲んで聞くと、

「ああ、そうさ‼

 あの国はね……、昔からダーナの力を奪ってきたんだ‼ 水面下でね‼

 上手く証拠を残さない様にしてきたから僕達も手が打てなかったんだ‼」

と、怒鳴ったアルトはその右拳を、ダンッ‼と机に叩き付け怒りを露わにした。

 ケレスはアルトと話して、ヘルが言った意味がやっと、わかった。

 そして、ラニーニャが「言わないで」と言った意味も。

(あの髭の中年のおっさんの事を考えると姉ちゃん、

もしかして剣の国と何か関係があったのかもしれない……。

 それにあの時アルトが「こんな国を助けなくっても」て言ったのにはそういう意味があったのか……)

 それからケレスの頭にあの時のラニーニャの悲しそうな顔が浮かぶと、

「とりあえず、今は先輩の代替わりの手助けだ‼

 全く……、先輩は一人でそんな事をしようなんて無茶な事を考えるんだから‼

 そのスレイプニルも何を考えているんだか……。

 先輩が大事なら、どうして無茶をさせる事を言ったんだ?」

と、アルトが一人でぶつぶつと愚痴を言っていたので、

「そんなに無茶な事なのか?」

と、ケレスが聞いてみると、

「当たり前だ‼ 君もあの雪桜の園を見ただろう?

 あの場所のマナの豊富さは、異常だ‼ 恐らく、あそこで代替わりは行われる。

 もし、あの環境を先輩が一人で創りあげたとしたら、

どれだけ先輩が祈りの力を使ったのかわからない。

 祈りの力は決して無限じゃないから、

力を使いすぎて先輩のマナが無くなってしまったら先輩はどうなると思うんだい?」

と、答えたアルトわなわなとふるえ出した。

 そして、

「力を使いすぎると、どうなるんだよ?」

と、ケレスがその先を恐る恐る聞くと、

「マナを使い果たす。つまり、マナの枯渇さ……。死ぬよ」

と、アルトは声をふるわせながらも恐ろしい未来を答えた。

「死ぬなんて嘘だろ⁉ 何とかする方法はないのか?」

 その恐ろしい未来を聴いたケレスが立ち上がると、

「だから代替わりは数人のダーナで行われてきたんだ。

 互いが、互いを供与や増幅といった力で助け合ってね。

 でも、先輩は何らかの理由で、それを望んでいない。

 悔しいけど、僕に出来る事はほとんどない。僕に出来る事と言えば……」

と、座ったままのアルトはそこまでしか言わなかったので、

「アルトに出来る事って、何だ?」

と、ケレスが心を落ち着かせ元の場所に座り直して聞くと、

「僕に出来る事は、先輩と、雪桜の園を守る事だけだ。

 今、代替わりが行われるという事は、守り神が弱っているって事だからね。

 何事もなければ良いのだけれど、昔から何かは起こっているのは確かで、

何者かが豊かなマナや先輩を狙ってくる可能性が十分あるんだ」

と、アルトはケレスを真直ぐ見つめ、自身の覚悟を答え、

「でも、それは神話の中の話だろ? 誰が狙ってくるっていうんだ?」

と、そのアルトをケレスも真直ぐ見つめて聞くと、

「例えば、ゴンズの様なものさ」

と、答えたアルトは軽く息を吐き、

「ゴンズ⁉ だって、あいつは消滅したじゃないか?」

と、その息ごとゴンズという言葉が耳に入ったケレスの心はまた乱れ叫んでしまったが、

「ゴンズは消滅しても他にそういう輩はいるさ。

 祟り神は自分の世界を壊す者を憎む。

 だから、この間のゴンズの襲来は、実は先輩を狙っていたのかもしれない。

 それに、魔物だって、豊かなマナを欲するからね。何が来てもおかしくはないんだ」

と、言ったアルトは冷静なままで、

「そんな……」

と、恐れたケレスは言葉を詰まらせてしまったが、

「逃げるのなら、今の内だよ?」

と、言ったアルトの顔は、ラニーニャを命に代えても守るという覚悟が現れていた。

 そのアルトの顔を見て、ケレスは頭にヘルの顔と言葉が浮かんできた。

ーー

 「心配するんなら、どうして嬢ちゃんを見捨てた?」

                          ーー

 そして、

(違う‼ 俺はもう見捨てたりしない‼ 何か出来る事はあるはずだ‼)

と、ケレスも覚悟を決め、

「逃げないさ」

と、言って、その覚悟が伝わる様にアルトを真直ぐ見つめた。

「ふーん……。まあ、半端な決心じゃない事を祈るよ」

 すると、そう言った後、アルトは立ち上がって何処かへ行こうとしたので、

「何処に行くんだ、アルト?」

と、聞いたケレスがアルトを見上げると、

「バル君が僕と色々と話したいみたいでね。彼の所に行かなくちゃいけないのさ」

と、答えたアルトは髪をかき上げながら引き戸を開け部屋を出て行き、そして、引き戸を閉めたので、

(だから、どうして霊獣と話せるんだよ?)

と、思ったケレスが首を傾げながらその引き戸を見ていると、

引き戸が開き、今度は うさ爺が部屋に入ってきた。

 そして、

「ちょっと、よいか?」

と、聞いた うさ爺がケレスを見てきたので、

「はい」

と、返事をしたケレスが頷くと、うさ爺はケレスの右横に座った。

 そんな うさ爺をケレスが見上げると、

「お前さん。チビをどう思っておるか?」

と、複雑な顔をした うさ爺から聞かれ、

「どうって……。姉ちゃんは姉ちゃんとしか思ってませんけど?」

と、ケレスが素直に答えると、

「チビの事を、色々と知ってもか?」

と、言った うさ爺の顔は少し怖くなったが、

「はい。姉ちゃんが誰であっても、姉ちゃんは俺の自慢の姉ちゃんです!」

と、心の底から正直に言ったケレスが頷いて笑うと、

「ふむ、そうか……。すまんな」

、と言った うさ爺の顔は穏やかになり、立ち上がった。

「今日は、もう遅い。泊まっていきなさい」

 それから優しい声でそう言った うさ爺が引き戸に手をやったので、

「あ、あの。姉ちゃんは大丈夫なんですか?」

と、ケレスが立ち上がって聞くと、

「今はお前さん達のおかげで久しぶりにぐっすり眠っておるわ」

と、うさ爺は振り返って答え、そして、引き戸を開けて部屋を出て行った。

 そうしてケレスはまたこの部屋で泊まる事となった。

 そして、次の日の早朝、

(いい匂いがする……。バターと卵の匂いだ……)

 そう思ったケレスの腹が、ぐぅーーと、鳴ると、

「あっ、ケレス君。起きた? おはよう」

と、鈴の音と共にまだ目が腫れているラニーニャが声を掛けてきた。

「姉ちゃん⁉ 大丈夫なのか?」

 そのラニーニャの姿を見たケレスが飛び起きると、

「少し気分がいいの。それにね、体を動かした方が何となく気がまぎれるし……」

と、言ったラニーニャは笑ったが、その顔色はまだあまり良くない様にケレスには見えたので、

「姉ちゃん。俺さ、何が出来るかはわからないけど、一緒にいるからな!」

と、言って、ケレスが励ますと、

「ありがとう、ケレス君。

 ねえ、ケレス君。ちょっと、話をしてもいいかな?」

と、言ったラニーニャがケレスの前に座ってきたので、

「いいよ、姉ちゃん」

と、言ったケレスが座り直すと、ラニーニャはケレスを真直ぐ見て、話しだした。

「今ね、うさ爺は、ぴゅーけんと果樹園に行ってて、

アルトはバルちゃんが散歩に連れ出しててさ。

 たぬてぃは寝てて……。

 この家には私達の他には誰もいないんだ。でね、聞いてほしい事があるの」

 そうラニーニャは話した後、目を潤ませ、

「馬鹿だな、私ってさ……。

 昨日アルトに言われるまで何でスレイプニルの気持ちがわからなかったんだろうね。

 でも、もう大丈夫。彼の気持ちがわかったから。私、彼の願いを絶対叶えてみせる。

 代替わりを絶対、成功させてみせる。そして、この地に幸せが来る様にするね」

と、言ったラニーニャは穏やかな顔になったが、ケレスは少し違和感を覚えた。

 だから、

「姉ちゃん……、あのさ、代替わりを成功させた後、その幸せの中に、姉ちゃんはいるんだよな?

 姉ちゃんは一緒にいれるんだよな?」

と、ケレスはラニーニャを真直ぐ見つめそう聞いてその違和感を拭おうとしたが、

ケレスを真直ぐ見つめているラニーニャは悲しい顔になり、首を横に振った。

「どうしてだ? あのニーズヘッグで会ったおっさんのせいか?

 それとも、高杉先生のせいか? それとも、花梨様のお父様のせいか?」

 そして、思い当たる事全てをケレスは聞いたが、

ラニーニャは口を閉ざしたままその全てに唯、首を横に振り続け、

「姉ちゃん、訳を話してくれ‼

 この地が幸せになるんなら、何で姉ちゃんはそんな悲しそうな顔をしてるんだ?

 この地の人を幸せにする癖に、どうして姉ちゃんは幸せになれないんだ?

 俺は姉ちゃんがいなくちゃ、絶対に幸せになんかなれない‼」

と、納得がいかないケレスが必死に思いを訴えると、

「だって……、私は、わ……」

と、ラニーニャはふるえた声で何かを言おうとしたが頭を抑え、苦しそうに倒れた。

「姉ちゃん⁉」

 そのラニーニャにケレスが声を掛けたが、ラニーニャはそのまま苦しんでおり、

(どうしよう……。俺じゃあ、どうする事も出来ない……)

と、ケレスは考えた後、

「待ってろ姉ちゃん‼ うさ爺を呼んでくるから‼」

と、言い残し、うさ爺の家を出た。

 しかし、それからケレスが少し走った時、何故かラニーニャの鈴の音が聞こえた。

 そして、ケレスがその音の方を見ると、ラニーニャが歩いているのが見えた。

「姉ちゃん⁉」

 ケレスはそう叫んだが、ラニーニャは虚ろな目で何処かを見つめながら歩いており、

(あの時と同じだ‼)

と、その目を見たケレスはミューの誕生日会の日を思い出した。

 あの時、ラニーニャは、

「 私、帰らなきゃ……。お父様の所に……」

と、言った。

 今は、その時と同じ目をしている。

(停めなきゃ! 姉ちゃんが操られてる⁉)

 そう確信したケレスは急いでラニーニャの所に行ったが、

「キチョウ。やっと、会えた……」

と、言いながら根の一族の女がラニーニャを抱きしめており、有ろう事か、

「姐様……。会いたかった……」

と、その腕の中でラニーニャはそう言って幸せそうにしていたのだ。

「姐様だって? お前、姉ちゃんに何をした⁉」

 その二人の異様な関係を見たケレスがそう叫ぶと、

「何かしたのはあんた達の方でしょ? 私の大事なキチョウをかどわかしておいてさ……。

 でも、今度こそ、返してもらうわ‼」

と、言った根の一族の女は鞭を地面に叩きつけた。

 すると、地面が大きく揺れ巨大なクレイドールが地面から生え、

そのクレイドールは拳を振り上げた。

 そして、

「邪魔をする奴は……、殺す‼」

と、言った根の一族の女の目は本気だった。

(ヤバい……。あいつ、俺を殺す気だ⁉)

 ケレスはその目から自身の命の危機を感じた。

 背筋が凍り息が出来なくなり、動けなかった。

 だが、その時だった。

 クレイドールが何処からともなく現れた紅蓮の炎に一気に包まれたのだ。

「熱っ⁉ この炎は?」

 そして、ケレスが炎から身を守ると、炎は業火となりクレイドールを燃やし尽くし、

「な、何なのよ⁉」

と、言った根の一族の女が身構えると、

「土人形ごっこはもう、終わりか?」

と、言いながらヒロが紅蓮の炎の中から徐に現れた。

「殿下⁉」

 救いの手を伸ばされたケレスがヒロを見ると、

「下がってろ」

と、ヒロから睨まれたケレスはそう指示されたので、

(殿下が来た。助かった!)

と、安心したケレスは言う通りに下がった。

 すると、

「ふーん……。何か、感じ悪いなぁ。でも、あんたと遊ぶ期はないの」

と、言った根の一族の女は不敵に笑い、口笛を、ピューっと吹いたが、何も起こらなかった。

「どうしたの? フレースヴェルグ?」

 何も起こらない事に根の一族の女が動揺していると、

「ギャぉス……」

と、か細い声で鳴きながら光の神殿で見た巨大な翼を持った化け物が、

酷い火傷を負った状態でふらつきながら現れ、

「フレースヴェルグ⁉ どうしたの? そのケガは?」

と、言いながら根の一族の女がその化け物に近づくと、

心配そうにしている根の一族の女の傍でその化け物は崩れる様に倒れた。

「ああ……。それは、お前のペットだったか?

 来る途中、邪魔だったから燃やしておいた」

 そして、そう言いながら笑っているヒロの顔は恐ろしく、

(殿下……。今日は、一段と怖いな……)

と、思っているケレスが息を飲むと、

「さて、次はどうやって遊ぶんだ? ないのなら……」

と、言ったヒロが笑った時、

「姐様? どうして、そんな顔をしてるの?」

と、虚ろな目のラニーニャがそう言いながら根の一族の女に近づき、

「そのコ、怪我してるの? かわいそう……」

と、言って、治癒術を施したが、その治癒術はいつもの治癒術とは違い、

治癒術の光が鳥肌が立つ程恐ろしく神々しかった。

(姉ちゃん⁉ 何でそんな奴助けるんだ?)

 その神々しさにケレスが動けずにいると、

「はい、治ったよ。もう、委託ない?」

と、言いながらラニーニャはフレースヴェルグの頭を撫で、

フレースヴェルグがラニーニャに感謝する様にラニーニャに擦り寄ると、ラニーニャは笑ったのだ。

(姉ちゃん⁉ やっぱり、おかしい‼

 あいつに操られてるんだ! 何とかしなきゃ‼)

 その様子を見たケレスが焦っていると、

「キチョウ、ありがとう! さあ、帰るよ」

と、言った根の一族の女はフレースヴェルグの背にラニーニャを乗せ、

「じゃあね。宝珠の国の王子様♡」

と、言って、笑いながらフレースヴェルグの背に乗った後、手を振ったが、

「それで逃げれるとでも?」

と、殺気に塗れたヒロがそう言うと、その瞳は深紅色に輝きだした。

(殿下⁉ あの瞳の輝きは、一体?)

 そして、ケレスがそのヒロを見ていると、何処からか深紅の炎が湧き出る様に出現し、

フレースヴェルグ達をあっという間に取り囲んだ。

 それからその炎は炎の球体となり、フレースヴェルグ達の逃げ場を完全になくしてしまった。

「姐様⁉ 熱いよ。助けて……」

 その炎の球体からケレスにはそんなラニーニャの声が聞えた。

「殿下‼ やめてください‼ 姉ちゃんがいるんです‼

 姉ちゃんは操られているんです‼ 助けてください‼」

 ケレスは必死にそう訴えたが、ヒロは真直ぐ炎の球体を見つめたまま沈黙を保っており、

(殿下⁉ まさか、姉ちゃんまで殺す気なのか⁉)

と、ケレスが恐ろしい未来を想像していたその時、炎の球体を打ち壊す突風が空から吹き降ろされた。

 そして、その突風は何故かラニーニャだけを優しく包み込み、

フレースヴェルグ達を何処かに吹き飛ばした。

 それから残った優しい風は、

「お嬢さん、大丈夫かい?」

と、ラニーニャに優しく語り掛け、透けているが鬣は枯れ葉色、クリーム色の体毛の馬の姿となった。

(あの声は、あの時の声だ!)

 その馬の声を聞いたケレスは高杉に付いて走った時の事を思い出した。

 風と共に現れた馬の声は、その時にケレスに聞えた声だった。

 そして、その馬の姿がはっきりとし、

「ス……レイプ……ニル?」

と、優しい風によって髪がふわっと靡いたラニーニャがそう呟くと、

「良かった。お嬢さん。儂、格好良かったじゃろ?」

と、その風と同じ優しい声でスレイプニルと呼ばれた馬は、

灰色がかった青緑色の瞳を黒い長いまつ毛の間から覗かせラニーニャを見つめそう言った。

 しかし、スレイプニルはその場に崩れる様に倒れた。

「スレイプニル⁉ どうしたの? まさか、私を助けたせいで?」

 すると、血相を変えたラニーニャはスレイプニルに寄り添い、治癒術の様な事を始めた。

 だが、その治癒術の光はいつもの光とは違い、白銀で神々しさがあった。

(あれは、治癒術? いや、違う‼ けど、何かの癒しの力だ!)

 そして、ケレスがそう考えていると、

「ああ……、お嬢さん。相変わらず、お前さんのマナは、温かいの……。

 じゃが……もう良いんじゃ……。お前さんのその力は……後世の者……に使っておくれ……」

と、声がか細くなっていくスレイプニルから優しく諭す様に言われたが、

ラニーニャは何度も首を横に振って泣きながらその行為をやめ様とはしなかった。

 すると、深紅に輝く冷たい眼差しのヒロが徐にラニーニャ達に近づいて来た。

 そして、ヒロは腰に付けていた銃を取りだし、スレイプニルに向けた。

「何をする気? 彼は、この地の守り神よ⁉」

 そのヒロにラニーニャが気付くと、

「お前の様な奴が、崇める神等、唯の邪神だ……」

と、言ったヒロは深紅の冷たい眼差しをラニーニャにも向け、

「邪神? どうして、彼がそんな事を言われなきゃいけないの?」

と、言ったラニーニャは俯き、

「私のせいだ……。私なんかのせいで……」

と、声をふるわせたその時、ズドンっと、音がこの地に響いた

(えっ⁉ 殿下?)

 ケレスは一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 だが、その音の後、ケレスが目の当たりにしたのは恐ろしい惨劇だった。

 何と、ヒロが打ち抜いたのはラニーニャの心臓付近だったのだ。

「姉ちゃーーーーーーーん‼‼」

 信じられない現実にケレスは叫んだ。

 だが、ラニーニャはその場に糸が切れた操り人形の様に倒れて動かなかった。

 そして、打ち抜かれた所からは止まらない血が溢れ出し、服を真っ赤に染めた。

 それからまた虚ろな目になったラニーニャは苦しそうに息をしようとしたが、

その口からも真っ赤な血が溢れ出し息をするのを邪魔した。

 その後、風に乗りケレスの所にまで血と皮膚が焼け焦げた臭いが漂ってきた揚げ句、

「すまんな……。少し情が入ったせいで、急所を外してしまった……。

 だが、直に、お前の命は終わる……。

 お前に残された残り少ない時間で、己の罪と向き合い、そして、共に地獄に堕ちろ」

と、ヒロの冷酷な台詞が聞えてきた。

 そして、そのヒロはか細くなっていく息のラニーニャを深紅に輝く冷酷な目のまま見つめていた。

(どうして……、殿下?)

 さらに信じ難い現実を見せつけられたケレスがその場に立ち尽くしていると、

「何故……、この様な事をした? 宝珠の国の若き者よ‼

 貴様には、何ガ見えてイタノじゃ? 何ガ、聞こエテいタのジャ?

 周りヲ、ミテミヨ‼」

と、スレイプニルが先程とは打って変わって地響きの様な恐ろしい声を発した。

 すると、

「許さない……」

「恨むぞ……」

「殺してやる‼」

「ノロッテヤル‼」

「コノクニヲ、ホロボシテヤル‼」

といった声が騒めき出し、

(誰だ⁉ この声? それに……、この寒気は、殺気?)

と、思ったケレスが周りを見渡すと、いつの間にか精霊や霊獣、

それに動物といった、あらゆる生き物が集まっていたがいずれの生き物も殺気立っていた。

(何だ⁉ どうしたんだ?)

 ケレスがその生き物達に戸惑っていると、

「ユルサン……。コロシテヤル……。この地を滅ぼしてやる‼」

と、言ったスレイプニルは唸り声の様な声を発し、瞳は赤黒く、鬣は禍々しい青紫色になって逆立ち、

その姿は化け物へと変わり始めていた。

(これって、ゴンズみたいだ‼ まさか、祟り神になるのか⁉)

 その恐ろしさに、ケレスが身震いしていると、

「スレイプ……、ニル……。お願……い。……私の好きな、あなた、のままで、いて……」

という、ラニーニャの優しい声が聞こえ、

「姉ちゃん?」

と、ケレスがラニーニャを見ると、ラニーニャの体が、淡い青色に光り出した。

 すると、その光はスレイプニルを優しく包み込んだ。

「オ、お嬢サん……。そん、な体になってまでも、儂を……救おうという、のか……」

 そして、そう言ったスレイプニルの声はまた優しい声に戻り、

「すまない……。お前さんに……」

と、言った後、スレイプニルは優しい姿のまま風景に溶け込む様に消えた。

(スレイプニル? 何処に行ったんだ?)

 ケレスが、スレイプニルが消えた辺りを見ていると、

「チビ⁉ どうしたんじゃ‼」

という声と共に うさ爺が持っていた果物を落としながらラニーニャの傍に駆け寄ってきた。

 そして、ラニーニャを見たうさ爺は、絶句し、呆然となったが、

「先輩‼」

と、叫びながらアルトが駆け寄り、

「先輩、絶対たすけますから‼ しっかりしてください‼」

と、呼び掛けながら治癒術を施したが、ラニーニャの傷口は、一向に塞がらなかった。

 そこに たぬてぃが浮遊してきて動かないラニーニャを見て、くんくんと匂い、顔を舐めたが、

それでもラニーニャは動かなかった。

「無駄じゃ……。もう、やめてくれ……。このコは、助からん」

 そのラニーニャを見た うさ爺は声をふるわせたが、

「嫌です‼ 僕は、絶対あきらめません‼

 約束したんです‼ 一緒にいると。一緒に代替わりを成功させるって‼ 頼ってくださいって‼」

と、目に涙を浮かべたアルトは怒鳴り、治癒術をやめなかった。

 すると、何処からかひらひらと舞って来た白銀に輝く小さな一枚の白い花弁が、

アルトの手の甲に落ちた。

(あれは、雪桜の花弁?)

 ケレスがその雪桜の花弁を見つめていると不思議な事に、

その雪桜の花弁はアルトの手に吸収される様に消えた。

 その瞬間だった。、

「な、何だ⁉」

 アルトの治癒術の光がケレスが目を開けれなくなる程、光輝いたのだ。

 そして、ケレスが目を開けるとラニーニャの血は止まっており、

か細いながらもラニーニャは息をしていた。

(姉ちゃん。助かった⁉)

 ケレスはそう確信した。

 そして、この場にいた全員が今、起きた奇跡に驚いていた。

 だが、ヒロがまた銃口をラニーニャに向けたのだ。

「何をするんだ⁉ あなたは、間違っている‼」

 そう叫んだアルトはラニーニャの前に立ち塞がり、

「先輩はもう傷つけさせません‼」

と、怒鳴って戦闘態勢をとったが、

「すまんな……。水鏡の者とはもめたくない。それに、お前には関係のない事だ。邪魔をするな」

と、言ったヒロが溜息をつくと、紅蓮の炎の塊が、ドンッ‼とアルトを突き飛ばし、

声も出せないケレスがその炎の塊を見ると、それは犬の姿をしていた。

(あれは、御庭番犬? いや、違う……。精霊だ‼)

 ケレスがその炎の犬の精霊を見ていると、その炎の犬の精霊が顔を覗かせた。

 炎の犬の精霊は体毛が紅蓮に燃えている様に見え、見た目は朱雀一族に似ていた。

 だが、美しい黒褐色の瞳が際立つのに加え鋭い目つきの為、

顔立ちが朱雀一族より一段と凛々しいものに見えた。

「フィード。手加減しろよ」

 すると、ヒロがその炎の犬の精霊をそう呼んだので、

(あれが、フィードだって? じゃあ、あの炎の犬の精霊が、宝珠の国の守り神なのか⁉)

と、ケレスはわかったが、ひろは視線をまたラニーニャの方に向けた。

 そして、

「殿下……。どうしても、このコを殺すというのですか?」

と、うさ爺から尋ねられても、ひろはその質問に唯、黙っており、

「そうか……。仕方がないの。殿下、この老いぼれの最後の頼みを、聞いてはもらえぬか?」

と、俯いたまま笑った後、うさ爺がそう訴えると、

「何だ。言ってみろ」

と、銃口を向けたままのヒロから言われ、

「どうしても、このコを殺すというのならば、儂と共に、殺してはくれまいか?」

と、うさ爺はラニーニャを抱きしめながら願いを告げ、たぬてぃがその二人の間に入ると、

「よかろう……」

と、ヒロは感情鳴くそれを了承した。

(ちょっと、待ってくれ‼ うさ爺、殿下、何を言ってんだ⁉)

 うさ爺もヒロも恐ろしく、ケレスが動けずにいると、

また何処からともなく深紅の炎が轟音と熱気と共に沸き上がった。

 それにフィードが溶け込むと、炎の色は紅蓮のものへと変化した。

「チビ、すまんな……。儂に出来る事は、これぐらいじゃ。

 なぁに……、怖くないからの。もう、お前一人に、苦しい思いはさせん……」

 周りでそんな事が起きていても、うさ爺はそう言いながらラニーニャを強く抱きしめるだけだった。

 そして、その二人と たぬてぃを無情にも紅蓮の炎はまるで意志を持った様に取り囲んでいった。

「殿下。いい加減にしてください‼ 姉ちゃん達が何をしたって言うんですか?」

 ヒロの愚かな行為を停めるべく、ケレスは喉が張り裂ける程叫んだが、

「見たくなければ、目を閉じろ……。すぐに終わる……」

と、言ったヒロはケレスの声に耳を傾けてはくれず、

(そんな……。誰か、停めてくれ‼ 頼む‼)

と、ケレスがそう強く願っている事しか出来ずにいると、

「ギャワワン‼」

という鳴き声が響き、

「何だ⁉」

と、ケレスが鳴き声の方を見るとラニーニャ達を取り囲んでいた紅蓮の炎が漆黒の炎に焼き尽くされ、

フィードが紅蓮の炎から犬の姿へと戻っていた。

(この黒い炎は……。もしかして、ヤンさん⁉)

 それはケレスの思った通りだった。

 漆黒の炎の持ち主は、ヤンだった。

「お主は?」

 そして、うさ爺がヤンを見上げると、

「彼女と、下がってくれ」

と、言ったヤンは静かに刀を下し、うさ爺が呆気にとられていると、

「こちらです!」

と、負傷しているアルトがそう言って、うさ爺達をヒロから遠ざけた。

 すると、

「貴様。その力は、もしや……」

と、言ったヒロは何かに気付いたが、

「彼女に、手は出させん」

と、言ったヤンが鋭い目つきになり刀を構えると、

「おもしろい。かかってこい!」

と、言ったヒロは右人差し指を上に、クイクイ動かし、挑発した。

(おいおい……。喧嘩はやめてくれ‼)

 その二人を見ているケレスが頭を抱えているとヤンとヒロの周りにいくつもの深紅の火柱が出現し、

その火柱は周辺に生えている木々よりも高く燃え上がった。

「ヤンさん‼」

 ヤンの危機を感じたケレスは叫んだが火柱はやはり、漆黒の炎でかぎ消され、

辺りには黒焦げた地面だけが残っていた。

 どうやらヤンが刀に漆黒の炎を宿らせ漆黒の炎を操っている様だった。

「やはり、そうか。貴様は……」

 何かを確信したヒロがそう言って笑うと、ヤンはヒロに斬りかかったが、

「おっと、危ない!」

と、言ったヒロは余裕を見せそれを躱し、銃口をヤンに向けて、ズドンと放った。

 しかし、放たれた炎の銃弾をヤンは漆黒の炎を宿らせた刀で斬り捨てた。

 そして、またヤンがヒロに斬りかかると漆黒の炎がヒロを少し掠めた。

「おっと! これは危なかったな……。

 そろそろ、本気でいくか……」

 その掠めた部分を見たヒロがそう言って不敵に笑い、ヒロの深紅の瞳がさらに輝き出すと、

その人にを見たヤンは少し身構えた。

(凄い、ヤンさん‼ だけど、このままじゃ二人はどうなるんだ?

 何とか、停める方法はないのか?)

 ケレスがその二人を停める方法を考えていた時、

「キャーーーーーーーーーーーーー‼」

と、ケレスの鼓膜が裂ける程の奇声が轟いた。

 そして、その声を聞いたケレスは、意識を失った。

 どのくらい時間が経ったのだろうか……。

 ケレスは何処までも広がる暗い中にいた。

(あれ? ここは何処だ? 俺は、何をしていたっけ?)

 そして、ケレスが目を開けると、リーンとラニーニャの鈴の音が聞えた。

(そうだ! 姉ちゃん‼)

 ケレスは、その鈴の音を暗闇の中、追いかけた。

 しかし、鈴の音は近づくどころか離れていき、小さくなった。

 そして、鈴の音は聞こえなくなったが、

「どうなってんだ⁉ 姉ちゃん‼ てか、苦い⁉」

と、何故かケレスの口の中に急に一度も経験した事のない苦味とエグ味が広がった。

 そんなケレスがそう叫ぶと、目の前に無表情の ぴゅーけんがいたので、

「うえぇぇ⁉? ぴゅーけん?⁉」

と、舌を出しながらケレスが叫ぶと、ぴゅーけんは溜息をついて何処かに去ってしまい、

「おいおい、ぴゅーけん⁉」

と、言ったケレスが ぴゅーけんの後を追いかけ様としたが、ケレスの足はその場で動かなかった。

「何だよ、これ……。そうだ、この焼け跡は‼」

 ケレスはそう呟いた後、思い出した。

(あれは、夢じゃないんだ……)

 ケレスの目の前には夕日に浮かび上がる黒焦げた地面だけが残っており、

そこにはケレスだけがいたのだ。

(みんな、何処に行ったんだ?

 姉ちゃん、どうなったんだ? 殿下? ヤンさん? アルト? うさ爺、たぬてぃ!)

 ケレスの頭の中には皆の顔が次々と浮かび、

(ここで、時読みをすればわかるか!)

と、思ったが、ケレスにはそれは出来なかった。

(また、あの惨劇を見る? 俺がか?)

 ケレスはそう考えると、ブルブルふるえがきて熱くもないのに汗が出て喉が渇いてきた。

(無理だ。怖くて出来ない……)

 そして、ケレスは、泣いた。

 悲しいからではなく、恐怖と自分の情けなさが苦しかったから、泣いた。

 歯を喰いしばったが涙は止まる事を知らなかった。

 頭の中では何も考えられなくなる程、泣いた。

 ケレスが泣き続けていると辺りは暗くなり、しとしとと雨も降り出していた。

 それでもケレスは泣き続けた。

 だが、そんなケレスに誰かが近づき、声を掛けてきた。

「おい。何してる?」

 ケレスは見なくともそれが高杉だとわかったが誰とも話したくなかったケレスは無視した。

「聞いてるのか?」

 すると、その声と共に高杉の煙草の臭いが漂って来たが、それでもケレスは無視した。

 だが、

「帰るぞ」

と、言った高杉は拡げた傘を差し出し、ケレスを雨に濡れない様にした。

「何のつもりだ? 俺は、帰らない……。ほっといてくれ‼」

 そして、何も考えたくないケレスは駄駄をこねる様に言ったが、

「ここで立ち止まって、何か変わるのか? 帰るぞ」

と、高杉から優しく語り掛けられその言葉にケレスの涙はさらに溢れてきた。

 結局、ケレスは高杉に付き添われ、高杉の家に帰る事となった。

 その道中、高杉とケレスは一言も喋らなかった。

 パラパラと傘に当たる雨の音と、ケレス達のピチャピチャと鳴る足音だけが聞える中、

ケレスはまだ起こった事を受けとめられずにいた。

 そして、その心境のままケレスが高杉の家に到着する頃には深夜帯に近づいていた。

「風邪をひく。これで、拭け」

 高杉の家で高杉から大きめのタオルを差し出され、ケレスは、それを受け取り、

頭にのせ、グシャグシャっと雑に髪を拭き、タオルで顔を隠した。

 すると、

「何があった?」

と、聞いた高杉は今度はホットミルクの甘い香りを漂わせてきたが、

「別に」

と、不貞腐れたケレスはそれしか言えず、

「何もない訳ないだろう? 話してくれ」

と、高杉の優しい声と優しくカップを置く音が聞えても、

「言いたくない」

と、言ったケレスは更に深くタオルを被り、何も聞こえない様にした。

「話してくれ」

 それでも高杉はまた優しく話し掛けてきたが、

「言いたくないって、言ってんだろ‼

 そんなに知りたかったら、また、記憶見でも、何でもすればいいじゃぁ、ないか‼」

と、その優しさを受け止められないケレスがタオルの中から怒鳴ると、

「お前の口から、聞きたいんだ。話してくれ」

と、優しく言った高杉の声はふるえていたので、

ケレスは何となく高杉の顔が気になり、タオルの間から高杉の顔を覗いた。

 すると、高杉はとても悲しそうな顔をしていた。

 その顔を見てタオルをどけたケレスは高杉を真直ぐ見た。

 暫く高杉を見つめた後、ケレスは、ホットミルクを一口飲んだ。

 すると、ケレスの口の中に砂糖入りのホットミルクの甘さが広がった。

 そして、ケレスは、あの時ケレス達がニョルズに残った時からの事を話す事が出来た。

 ラニーニャが、ダーナだった事も話し、そして、根の一族の女がラニーニャを狙っていた事、

最後に、ヒロがラニーニャを殺そうとした事をケレスは泣きながら全て話した。

「何で、姉ちゃんが殺されなきゃいけないんだ?

 それに、花梨様のお父様が姉ちゃんに花梨様に近づくなって言ったのも、変だ‼

 先生、何か知ってるよな?」

 泣きながらもケレスが高杉を見て薄々感じていた事をぶつけると、

「ああ。知ってる」

と、高杉はケレスを真直ぐ見つめそう言って頷いたので、

「やっぱり! 先生、教えてくれ。何で、姉ちゃんがあんな目に合うんだ?」

と、言ったケレスが涙を拭うと、

高杉は自身を落ち着かせる様に煙草に火をつけ煙草をゆっくりと吸い、

「今から言う事は、真実だ。どう思うかは、お前次第だ……。

 俺は、花梨の伯父だ。そして、一六年前、お前の姉を殺そうとした」

と、煙草の煙を、ふぅと出した後、そう告げた。

 ケレスは高杉が何を言ったのかわからなかった。

「どういう事だ?」

 そんなケレスがそれしか聞けずにいると、

「俺は、花梨の母の実の兄だ。そして、ダーナを守る力の民だった」

と、高杉は煙草を持ったまま答え、

「答えになってない‼ 先生が、花梨様の伯父だったから何だって言うんだ?

 どうして先生が姉ちゃんを殺す事になるんだ?」

と、怒鳴りながらケレスが高杉に詰め寄ると、

「全てを話す」

と、言った高杉は灰皿に煙草の灰を、トントンと落とした後、

ケレスを真直ぐ見つめ一六年前の真実を話始めた。

 一六年前の、ダーナの実り祭りの前夜祭が行われる日の朝の事である。

 その日は快晴で、昴の者は皆、祭りを楽しみにしていた。

 しかし、それを壊すアマテラスのお告げが下った。

 アマテラスは、言葉を持たない。

 だから、昴に住むラタトスクの民を界し、その意思を伝えるのである。

 そのお告げと言うのが今後生まれてくる救いの神子に災いを齎す者が昴にいるというものだった。

 それが、ケレスの姉、ラニーニャだった。

 ラニーニャは昔、喜蝶として昴に両親と幸せに暮らしていた。

 ここまで話すと高杉はケレスから目線を外し、沈黙した。

「姉ちゃんが、災いを齎すだって? じゃあ、花梨様が言ってた災いって、姉ちゃんの事なのか?」

 そして、ケレスがそう言って沈黙を破ると、

「アマテラスによればだがな」

と、言った後、高杉は煙草を咥え、

「力の民はダーナを守る一族だ。だから、災いを齎すあいつを排除する命令が下ったんだ」

と、告げると高杉はまた少し沈黙し、そして、煙草を吸った。

 それから、煙草の煙を吐き、

「俺は、見てられんかった……。

 力の民はお告げだからと言って大の大人が十数人がかりで、

わずか八歳の少女を皆のいる前で災いと罵んだ揚げ句、

暴行を加え陽の光が届かない岩戸の地下の牢に閉じ込めたんだ」

と、高杉が告げた真実をケレスが呆然と聴いていると、

「嫌な役だったよ……。

 俺が、救いの神子の一族で、力の民だって事だけで、あいつを殺す命令が下ってな。

 しかも、処刑はその日の深夜だった……。

 俺は、それまであいつを見張らなきゃいけなかったのさ。 泣き続けるあいつの傍で、ずっとな。

 俺は見かねてあいつに話し掛けたよ。何か、菓子でもいるか?ってな。

 だが、あいつは泣き続け、何も欲しなかった。まあ、当然だがな……。

 そして、あいつが泣きやんだのは処刑される数分前だった。

 最後に俺は、あいつに聞いたよ。何か、望みはないのか?っと。

 そしたら、あいつは、さあ……」

と、話した高杉は、ははっと笑い、また沈黙した。

「姉ちゃんは、何て言ったんだ?」

 静寂の中、その先が気になったケレスが聞くと、

「『お父さんと、お母さんはどうなるの?』だとよ……」

と、静寂の中、高杉の答えが響き、

「自分の事より両親の心配をする奴が本当に、災いなのかって、俺は思ったよ。

 俺は、せめてもと思って、心配するな、お前の両親は、何の御咎めもないと、言ってやった。

 そしたら、あいつは、何て言ったと思う?

 今度は、『そう。良かった』って言ってまた泣き出し、頼み事をしてきやがった……」

と、言った後、高杉は大きく煙草を吸った。

 そして、その煙を吐いて自身の表情を隠した。

「頼み事?」

 ケレスが、煙草の煙の間に写る高杉を見ると、

「ああ、そうさ……。

 両親に、『今まで、ありがとう。そして、生まれてきて、ごめんなさい』と、伝えろだとさ」

と、言った後、高杉は煙草を灰皿に圧し潰し、

「ふざけるな‼ おかしい‼ 間違ってる‼ 俺は、そう思った。その後、直ぐに処刑命令がきた。

 俺は断った。もう一度、アマテラスの奴に確認しろと言った。

 だが、それは却下された‼ 俺がやらなきゃ、他の者がするまでだとさ‼

 そうやってもめている内に、あいつの両親が来て、あいつを攫っていった。

 俺は、考えるまでもなく、それを助けた。近くにいた、力の民を攻撃してな」

と、話した後、高杉は一呼吸し、

「あいつ等は逃げた。これで、良かったんだ。そう何度も自分に言い聞かせた。

 だが、事態は思わぬ方向にいってしまったのさ」

と、続けた。

「思わぬ方向?」

 その言葉を聴いたケレスが数回、瞬きすると、

「ダーナの実り祭りの日、アマテラスの奴が怒って光のマナを出さなくなった。

 所謂、大恐慌ってやつの始まりさ。それから俺は、四年間地下の岩戸の牢に閉じ込められた」

と、話した高杉は小馬鹿にする様に笑い、

「どうしてアマテラス様は怒ったんだ?」

と、聞いたケレスが瞬きせず高杉を見つめると、

「自分の意志が、通らなかったからだろう? あいつを、殺さなかった……。

 唯それだけでお怒りになったのさ。

 下らん‼ そんな事で、四年間も怒り、世界を滅びに向かわそうとしやがって‼」

と、話した後、高杉は、新たな煙草に火をつけた。

 そして、それを咥え、

「アマテラスの奴が怒りを鎮めた後、俺は、この責を負わされ、死刑を言い渡されたんだ。

 そして、昴の者達の前でそれが行われる事になった……。

 俺は、久しぶりに日の光を見て、苛つついたよ。

 何が、世界の中心の神だ? 俺は、間違った事をしていない‼

 死んだら、アマテラスの奴を呪ってやる‼とまで、考えたよ。

 そして、愈々、死刑が執行されそうになった時、

何の気まぐれか知らんが、アマテラスの使いが、俺の前に現れやがったのさ」

と、話した高杉は乾いた笑いと共に煙草の煙を吐き、

「アマテラスの使い? それって、光る蝶の事か?」

と、その高杉の笑いが耳を掠めたケレスが瞬きすると、

「ああ、そうさ。そして、俺に光の力を齎しやがった」

と、話した高杉は灰皿に煙草を押し付けたので、

「光の力?」

と、ケレスが首を傾げると、

「まあ、アマテラスの恩恵ってやつだ。おかげで、死刑は免れたがな。

 それから俺は昴を出た。

 いくらアマテラスが許したからと言っても、昴の奴とはしこりが残ってしまってるからな」

と、話した高杉は灰皿の煙草の火が消えるのを確認し、

「先生……」

と、ケレスは、高杉に掛ける言葉が見つからなかったが、

「別に、昴に心残りなんてない。力の民の責は、まっぴらだったしな。

 そうすれば、もうそんな煩わしい事に二度と巻き込まれないと思っていたんだがな……」

と、ひょうひょうとしている高杉はそう話した後、新たな煙草に火をつけ、

「だが、それは叶わなかった……。

 明石の野郎が一昨日俺の所に来て、また下らん事をほざいていきやがったんだ‼」

と、言って、憎しみを込める様に煙草を噛んだ。

「アカシ?」

 その名を聞いた事がないケレスがまた首を傾げると、

「花梨の父の名だ。一六年前、あいつを殺す様に言った本人だ。

 そして、一昨日も同じ様な事を言いやがった‼

 俺が、あいつを殺したら、昴での地位を戻し、暮らせる様にするんだとさ!」

と、言った後、高杉はまた感情無く笑い、

「まさか、先生……」

と、息を飲み、ケレスが高杉の返答をまっていると、

「勿論、断ったさ。

 俺があいつを傍に置いていたのは、全くの偶然で、油断させる為じゃない。

 だが、明石の野郎はあきらめてなかった……。

 花梨に、災いを齎すあいつを、必ず殺すと言っていきやがった」

と、言った後、高杉はまた怒りを込めて煙草を灰皿に圧し潰し、

「なのに、あの馬鹿‼ 勘違いしやがって‼ くそっ‼」

と、言った高杉は眉間にしわを寄せ机を灰皿が揺れる程、ダンッ‼と叩いた。

「先生は、味方って信じていいんだな?」

 そんな高杉を見ていたケレスが高杉を信じ安心すると、

「当たり前だ‼ 信じないなら、クビにするぞ‼」

と、怒鳴った高杉から睨まれ、

「わかった。信じる。だから、姉ちゃんを助ける方法を一緒に考えてくれ‼」

と、言ったケレスが笑って頷くと、

「そうだな。まず、お前の言う通りなら、あいつ等が何処に行ったのかを調べるのが先決だ」

と、言った高杉も頷き、

「俺があそこで時読みをしていたら良かったんだけど……」

と、悔やんだケレスはそう言って俯いたが、

「いや。やらなかった方が良かった」

と、高杉は意外な事を言った。

「どうしてだ?」

 その言葉に驚いたケレスが顔を上げて聞くと、

「安易に時読みをして、恐怖の中に精神が閉じ込められる可能性があったからだ」

と、答えた高杉は軽く息を吐き、

「精神が閉じ込められる?」

と、何も知らないケレスが数回、瞬きをすると、

「簡単に言えば、恐怖や快楽の精神状態から抜け出せなくなる事だ。

 時読みで読み取れたマナに宿る思念の強さで抜け出せるかは変わるがな」

と、高杉から教えられ、

「精神が閉じ込められると、どうなるんだ?」

と、ケレスが、ゴクッと息を飲んで聞くと、

「廃人になる」

と、高杉はあっさりと答えたので、

「えっ⁉ 嘘だろ?」

と、それを聴いたケレスがそう言って一歩後退りすると、

「嘘な訳ないだろ? 俺も数人、そうなった奴を知っている。ちなみに、廃人から戻った奴は知らん」

と、呆れた高杉はそう言って大きく溜息をつき、

「そんなぁ。怖いな……」

と、怖気ずいたケレスの左口唇が、ぴくぴく動くと、

「まあ、何にしても、それなりのリスクがあるって事だ。覚えて桶」

と、またもや高杉に教えられ、

「しかし、方法はそれしかない。明日の早朝にでも行って俺がやってみる」

と、高杉が言ったので、

「わかった。先生、俺も行く‼」

と、言ったケレスは、一歩、高杉に近づいた。

 すると、ジーっと、訪問者の訪れを知らせるドアベルが鳴った。

 ケレス君、今回も大変だったね……。

 ラニーニャちゃん達、何所に行ったのかな?

 ケレス君、一人置いてきぼりって、何課、かわいそうになっちゃった!

 だけど、高杉さんと、必ず、君は、 この窮地を乗り越えられる‼

 私は、信じてるから♡

 ん? 何々?

 あの、変な味は、何だったかだって?

 それは、秘密でーす☆

 いずれ、わかる事だから♪

 それまでの、お楽しみって事で!

 あっ⁉ でも、次回の話は、番外編、【龍宮アルトの憂鬱 3】だった……。



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