№ 14 ケレス、姉の正体を知る
ケレスは、高杉の家で、苦労しながらも住み込み生活を始める事になり、王宮生活は解消された。
そんな生活をしていたある日、ケレスは、ミューの誕生日会に招待される。
だが、そこで、花梨の父から、思いも寄らない事を言われ、揚げ句の果てに、次の日には、アルトからも、思いも寄らなかった事実を、告げられてしまう。
ケレスはジャップ達の助けを借り高杉の家で住み込み生活を始められたが、
そこでの生活は決して楽なものではなかった。
まず、朝九時には職場の掃除を終わらせなければならない。
そして、高杉にブラックコーヒーを淹れる事からケレスの一日は始まる。
そこから、電話対応、高杉が仕事で使う資料をまとめる事が、
今の処のケレスの仕事となっているのだが……。
☆*☆*☆
プルプルプルっと電話のベルが鳴り、
(また、電話か……)
と、ケレスが電話対応していると、高杉はケレスを横目で見ながら箇条書きにした紙を置いて行く。
(嘘だろ⁉ まだ、さっきのが終わってないのに……)
その紙を見て溜息をつきながらもケレスは仕事をし、休憩も取れず時刻は夕方の五時を回る。
五時を回れば一応、仕事の受付時間は終了となるがケレスは残業をしなければならない。
それが終わるのが六時半過ぎで軽く食事を取り七時には、
「やあ、ケレス」
と、言って、家庭教師のアルトが出現し、
「今日はこれをするよ」
と、言いながら分厚い参考書を見せ、
「お、お願いします……」
と、言って、ケレスの受験勉強が始まる。
アルトは勉強になると特に口うるさくなる。
しかし、アルトなりに分析しケレスの苦手の所や、アカデミーでの最近の出題傾向を研究し、
そこを重点的に指導してくれる。
大体それが九時に終わり、ケレスは軽く復習をして夜中の一二時には就寝する。
これが一週間の内、五日は続き、二日は休みがある。
勿論、勉強や時読みの鍛錬は休みの時もしたが、
一日はケレスの一番苦手な朱雀に乗る練習をジャップが指導する。
☆*☆*☆
「ケレス! そんなんでメタに乗れるか‼」
朱雀に乗る練習中、ジャップに注意されたが、
「無理だよぉ。兄貴……」
と、言ったケレスはメタの傍に座り混んだが、
そのケレスの顔をメタは励ます様にペロッと舐めた。
「ほら、メタがしっかりしろって言ってんぞ?」
すると、ジャップにもそう励まされたが、
「わかってるけどさ……」
と、ぼやいたケレスが座ったままでいると、
「わかってんなら、続けろよ! 折角メタが手伝ってくれてんのにさ!」
と、言いながらジャップはポンポンとメタを撫でた。
御庭番犬のメタは、ケレスの練習に付き合ってくれている。
今回で二回目だ。
朱雀は走る時、足が炎となり地を駆ける。
掛けると言うより滑る感覚なのでバランスを保つのが非常に難しいのである。
「よし、メタ。やるぞ!」
それからジャップ達の励ましで気合いを入れケレスが立ち上がると、
「やあ、がんばってるね」
と、爽やかに言ったニックが現れ、
「ニックさん。こんにちは!」
と、姿勢を正したケレスがそう言ってニックを見ると、
「こんにちは、ケレス君。少しいいかな? ジャップ君も」
と、ニックから聞かれ、
「はい。どうかしました?」
と、ケレスが返答すると、
「来週なんだけど、ミュー様の誕生日会を王宮でするんだ。
是非、君達に参加してほしいとミュー様から、言付かってきてね」
と、言ったニックは四通の手紙を出した。
「これは?」
そして、ケレスが四通の手紙を見ると、
「君と、ジャップ君、それにアルト君、あと、君のお姉さんへの招待状だよ。
是非、参加してほしいみたいだ。他の二人に、この招待状を渡してくれるかい?」
と、言ったニックは爽やかにその四通の招待状を差し出し、
「わかりました」
と、言ったケレスが四人分の招待状を受け取ると、
「頼んだよ」
と、言って、ニックは去って行こうとしたが足を止め、
「ケレス君……。君のお姉さんは、元気にしてるかい?」
と、振り返って聞いてきた顔は寂し気な顔をしていた。
「はい。大分良いみたいですよ!」
そんなニックにケレスがラニーニャの状態を教えると、
「そうか……。良かった。じゃあ、頼んだよ」
と、言い残したニックは哀愁を漂わせながら去って行った。
(ニックさん。姉ちゃんを心配してんだな。まあ、勝手にいなくなるからしょうがないけど……)
そう思っているケレスがニックの背を見送っていると、
「ふーん。俺はアルトに声を掛けるから、ケレス、お前は姉貴に声を掛けてくれ」
と、言ったジャップはケレスから自分の分とアルトの分の招待状を取り、
「えっ⁉ でも、姉ちゃんと兄貴は連絡取れんのにか?」
と、言ったケレスがラニーニャの分の招待状をまじまじと見ると、
「連絡は取れるが、こういうのは直接言った方がいいだろ? 俺は明日から忙しいし……。
ケレス、ついでに姉貴の顔を見て来いよ。きっと、姉貴の奴、喜ぶからさ!」
と、言ったジャップから任され、
「そうだな。わかった!」
と、ケレスは引き受けて朱雀に乗る練習を再開した。
そして、次の日は休みだったのでケレスは朝から うさ爺の家に向かった。
今日はイザヴェルからアンダー列車に乗り、九〇分程でミラに到着し、
そこから徒歩で うさ爺の家に向かった。
そんなケレスの足取りは軽かった。
(姉ちゃん、喜ぶかな? あんな事があったからミューの奴、仲直りしたいだろうし……)
わくわくしながらケレスは歩き、うさ爺の家に着いた。
だが、うさ爺の家の前に着くと うさ爺の家のドアが、ガラッと開き、
そして、またあの黄色い奴が不敵に笑いながらケレスを見上げてきた。
「また、お前か……。ぴゅーけん‼ てか、何で俺が来た事がわかったんだよ?」
そして、ケレスは ぴゅーけんをじっと見たが、ぴゅーけんはそのまま家に入っていってしまい、
「何なんだ、あいつは‼」
と、イラっとしたケレスは眉間にしわを寄せ軽く唇をふるわせたが、
「こんにちは、ケレスです。姉ちゃん、いるか?」
と、気を取り直し声を掛けると、
「ケレス君。どうしたの?」
と、元気そうなラニーニャが小走りで出てきた。
「姉ちゃん。元気にしてたか?」
そのラニーニャの元気そうな顔を見てケレスがほっとすると、
「もう大丈夫。元気になったよ!」
と、言ったラニーニャは、にこっと笑ったが、ケレスにはラニーニャの体が小さく見えた。
「姉ちゃん。少し痩せたんじゃないか?」
そんなラニーニャを心配したケレスの眉は下がったのに、
「そう? ダイエットしてたから、嬉しいな!」
と、言って、ラニーニャは喜んでしまって、
「姉ちゃん……」
と、ケレスが気持ちを目で訴えると、
「それよりケレス君、どうしたの? ま、まさか……、先生の所、クビになっちゃったんじゃ⁉」
と、言ったラニーニャは右手で口を覆い何度か瞬きをしたので、
「そうじゃないよ。話があるんだ!」
と、何か勘違いしているラニーニャにケレスがその不安を飛ばす様に笑いながら言うと、
「話? いいよ。入って」
と、言って、ラニーニャはケレスを招き入れてくれた。
そして、いつもの大きな机がある部屋で二人は向かい合わせに座り話す事にした。
ぴゅーけんにより、二人分の緑茶が運ばれた後、
「ケレス君。話って何?」
と、ラニーニャに聞かれたがケレスは何を一番先に話すかは決めていた。
「姉ちゃん。ありがとう。誕生日プレゼント」
そして、それを伝えたケレスがラニーニャを真直ぐ見つめると、
「ケレス君。どうだった?」
と、ラニーニャは恐る恐る聞いてきたので、
「嬉しすぎた。感謝の言葉しかない!」
と、ケレスが満面の笑みで答えると、
「良かった。受け取ってくれて!」
と、言ったラニーニャも笑顔になり、
「姉ちゃん。俺、がんばるから。絶対アカデミーに受かって、それから、卒業する。
早いかもしれないけど、高杉先生みたいな凄い人になってみせる‼」
と、ケレスが胸を張って決意表明をすると、
「ケレス君。信じてる。絶対、そうなれるよ!」
と、言ったラニーニャは穏やかに笑って期待してくれ、
「ところで、高杉先生の所はどう? 順調かな?」
と、聞いてきたので、ケレスはラニーニャと別れてからの二週間にあった事を全部話した。
引っ越しをジャップ達が手伝ってくれた事。
そこからジャップだけでなくアルトまで協力してくれている事、
それに高杉の仕事の手伝いの一日の流れをケレスは少し愚痴を交えラニーニャに話したが、
ラニーニャはそれをにこにこしながらずっと聴いていた。
「大変そうだけど、さすがケレス君。がんばってるね!」
ケレスの話を聴き終わるとラニーニャは、ふふっと笑ったが、
「まだまだ、全然だよ……」
と、言ったケレスが溜息をついてしまうと、
「あれぇ? さっきの自信はどうした? そんなので約束守れるの?」
と、ラニーニャは、くすくす笑いながら揶揄ってきたので、
「姉ちゃん……」
と、ケレスがそのラニーニャをじとんと見つめると、引き戸が、すっと開き、
「昼飯を食っていきなさい」
と、うさ爺から誘われ、
「えっ、あ、はい。いただきます!」
と、言ったケレスが頷くと、ぴゅーけんが食事を運んできた。
そして、大きな机を使い昼食を三人で始めた。
「ケレス、何か、言いに来たのではないのか?」
その昼食中、うさ爺はケレスとは目を合わさなかったがそう話し出し、
「そうだった! 姉ちゃん、これ……」
と、肝心な要件を思い出したケレスはミューからの招待状をラニーニャに渡した。
「これは何?」
すると、ラニーニャは招待状を見て聞いてきたので、
「これは、ミューからの招待状さ! 来週、ミューの誕生日会を王宮でするんだって!」
と、答えたケレスが自身の招待状を見せたが、
ラニーニャは自身の招待状を見つめたまま無言でいたので、
「姉ちゃん? どうした?」
と、様子が変なラニーニャにケレスが聞くと、
「私、行ってもいいのかな?」
と、ラニーニャは思いも寄らない事を言い出し、
「何言ってんだ⁉ いいに決まってるだろ‼」
と、怒鳴ったケレスが机から乗り出すと、
「そうかな? ミューちゃん。私には来てほしくないと思うんだ……」
と、小さな声で言ったラニーニャは箸を置いた。
「どうしてそんな事言うんだ?」
そして、机から乗り出したままのケレスがラニーニャの目を見ようとしたが、
「私、ミューちゃんに嫌われちゃったと思うから……」
と、呟いたラニーニャは俯き、ケレスから視線を逸らしてしまい、
「嫌いなら招待状なんか姉ちゃんに出さないよ‼」
と、ケレスが説得しても、ラニーニャは俯いたままだった。
(どうしたんだ……。姉ちゃん、ミューと喧嘩なんかした事がないせいか臆病になってるのか?)
ケレスはどうする事も出来ず、唯、ラニーニャを見つめる事しか出来なかった。
すると、
「チビ、行ってきなさい」
と、うさ爺が静かに話に入り、
「うさ爺? 私……」
と、言ったラニーニャが うさ爺を見ると、
「本当は、行きたいんじゃろ? 話したい事が沢山あるんじゃろ?」
と、うさ爺からラニーニャは真意を汲み取られ、
「うん」
と、潤んだ瞳のラニーニャは小さく頷き、
「ケレス君。お願いがあるの」
と、言って、ケレスを見つめてきたので、
「何? 姉ちゃん」
と、言ったケレスがラニーニャの潤んだ瞳を見ると、
「ミューちゃんの誕生日会、一緒に行ってほしいの」
と、ラニーニャから頼まれ、
「いいけど。どうして?」
と、不思議に思ったケレスが聞くと、
「いざとなったら、私、逃げちゃいそうだから……」
と、答えたラニーニャの声はふるえていたので、
「勿論、いいさ!」
と、ケレスは大人っぽく格好良く言ったが、
「チビ、儂も行こう」
と、うさ爺がまた話に入って来た。
「うさ爺?」
そして、ラニーニャがケレスから うさ爺に視線を移すと、
「ケレス一人じゃ、心許ないからのう」
と、相変わらずケレスを見ないで言った うさ爺は食事を続けていたので、
「何だそれ⁉ そんなに俺は信用ならないのか?」
と、意気揚々だったケレスが うさ爺を見て聞くと、
「そうじゃな」
と、やっとケレスを見たうさ爺から即答され、
「そんなあ……」
と、うさ爺のその一言だけでケレスが意気消沈すると、
「私は、うさ爺とケレス君がいてくれた方がいいな!」
と、涙を拭ったラニーニャは、くすくす笑いながら言ったが、
「ところでケレス君。ミューちゃんのプレゼントは決めてるの?」
と、笑うのをやめて聞いてきたので、
「プレゼント? 決めてない……」
と、ケレスが正直に答えると、
「駄目じゃない! せっかくの誕生日会なのに‼」
と、眉が上がっているラニーニャから怒られたが、
「まだ一週間はあるから何とかなるよ!」
と、ケレスは楽観的に考えた。
そして、昼食を終えケレスは うさ爺の家を御暇する事となり、
「じゃあ、姉ちゃん。来週な!」
と、言ったケレスが右手を振ると、
「わかった。ケレス君、プレゼントちゃんと用意するんだよ?」
と、言ったラニーニャも右手を振ってケレスを見送った。
それから一週間が経った。
その一週間、ケレスは変わらない生活を過ごし、それなりに忙しい生活をしていたので、
一週間等あっという間に過ぎてしまった。
なので、当然ケレスにプレゼントを選ぶ暇等なかった。
(どうしよう……。もう、明日じゃないか‼)
誕生会前日の夜、ケレスは頭を抱えていた。
だが、
(これ、ミューにやろうと思っていたんだっけ……)
と、ふと昴で買った鈴を思い出したケレスは鈴が入った袋を探し出して呟いた。
結局、プレゼントをろくに選べないままケレスはラニーニャの所へ行く事となった。
そして、
「ケレス君。待ってたよ!」
と、玄関先でお洒落したラニーニャから出迎えられ、
「姉ちゃん。待った?」
と、ケレスが聞くと、
「ううん。そんなに待ってないよ。ただ、何か張り切っちゃって……」
と、言ったラニーニャは少し頬を赤くし、
「ケレス君。ちゃんとプレゼントを準備した?」
と、聞いて来たので、
「一応ね……」
としかケレスが答えられずにいると、
「一応?」
と言ったラニーニャが首を傾げたので、
「大分前に買ってたんだけど……」
と、苦笑いしながらケレスはクリオネ似の鈴が入った袋を見せた。
そのクリオネ似の鈴が入った袋は所々破れ、グシャグシャだった。
それはあの時、勢い余ってケレスがポケットに突っこんだからだ。
なので、宝珠の国に帰ると既に袋は汚くなっており、
今までケレスはミューにそれを渡せずにいたのである。
「結局、プレゼントを選ぶ暇がなくって渡そうと思ってた物をプレゼントにし様と考えたんだけど……。
ラッピングがこんな風にさ……」
苦笑いをしながらケレスがこう言い訳をすると、
「そっか……。じゃあケレス君、ちょっと待っててね?」
と、言ったラニーニャは家に戻り、
「お待たせ、ケレス君、ちょっとそれを貸してくれる?」
と、言いながら右手を差し出してきたので、
「ああ。いいよ、姉ちゃん」
と、言ったケレスがその袋を渡すと、
「これ、開けてもいいかな?」
と、聞いたラニーニャが優しくケレスを見つめてきたので、
「いいけど……」
と、答えたケレスが頷くと、ラニーニャは袋を開けた。
「うわあ! 可愛い‼ これ、クリオネに似てるね。ミューちゃん、絶対喜ぶよ‼」
すると、中身を見たラニーニャは喜び、持ってきた包装紙にそれを包み直し、
さらに赤色のリボンを巻いて綺麗にラッピングし直してから、
「はい。こんなのでどうかな?」
と、言って、ラッピングされた袋をケレスに渡してくれたので、
「姉ちゃん、ありがとう! 助かったよ!」
と、言いながらそれを受け取ったケレスが笑顔になると、
「じゃあ、行こうか?」
と、誘ったラニーニャは軽く頷き、
「うん。行こう!」
と、言ったケレスも頷いて、イザヴェルに向け出発した。
今回はハイウェイ列車に乗ってイザヴェルに向かった。
精霊列車の中で、
「ところで姉ちゃんはプレゼントを何にしたの?」
と、ケレスが聞いてみると、
「私はアップルパイを焼いたの。いつも通りだけどね……」
と、答えたラニーニャは持っている装飾された箱をみつめ、
「今回で最後になるかもしれない……」
と、寂しそうに呟いたので、
「そんな事はないだろ⁉」
と、その呟きで叫んだケレスが立ち上がると、
「ミューちゃんも忙しくなると思うし。それに……」
と、暗い表情のラニーニャは何かを言いかけたが、
「何でもない! 今日は楽しまなきゃね。折角、ミューちゃんが招待してくれたんだし!」
と、言いながら明るく笑ったので、
「そうだよ! 兄貴も楽しみにしてるし。姉ちゃん、楽しもう!」
と、言ったケレスも笑った。
それから精霊列車は夕暮れにはイザヴェルに着き、ケレス達は王宮に向かった。
そして、
「儂はこの近くで待っておるからの。終わったら連絡しなさい」
と、王宮の近くで立ち止まった うさ爺はそう言ったので、
「うん、わかった。うさ爺、ありがとう。いってきます!」
と、言いながらラニーニャが右手を振ると、うさ爺は頷いた。
「じゃあ、行こうか? ケレス君」
それからラニーニャがケレスを見て誘うと、右肩にのっている たぬてぃは鼻息を出して合図し、
「行こう、姉ちゃん!」
と、誘いに乗ったケレスもラニーニャを見ると、二人+一体は王宮に向かったが、
「待ちなさい‼」
という男の声から呼び止められた。
そして、その声の方を見ると、そこには恐ろしい顔をした花梨の父が立っていた。
「花梨様のお父様⁉ どうしたんですか?」
異様な様子の花梨の父を見て身構えたケレスは尋ねたが、
「貴様‼ 何をしようというのだ?」
と、恐ろしい声で怒鳴った花梨の父が近付いて来たので、
「何言ってんだ⁉」
と、怒鳴ったケレスが花梨の父を睨むと、
「ゆ、許して……」
と、呟いたラニーニャがふるえ出した。
「姉ちゃん⁉ どうした‼」
そして、ケレスがラニーニャを見ると、
「ここに今宵、花梨様がおられる。意味はわかっておるな……」
と、また花梨の父は恐ろしい声を出し、恐ろしい眼差しでラニーニャを睨んだ。
すると、その眼差しにラニーニャは怯え、逃げようとした。
「待てよ姉ちゃん‼」
そのラニーニャをケレスは止め様としたが、ラニーニャはこけてしまい、
揚げ句の果てに持っていた箱を落し頭を抱え、さらにふるえ出した。
そして、たぬてぃがラニーニャに擦り寄ったが、ラニーニャはふるえたままだったので、
「姉ちゃん。どうしたんだよ?」
と、ケレスが呼び掛けたが、ラニーニャは全く答えずふるえており、
「貴様ぁ! 二度と花梨様に近づくな‼ さもないと……」
と、花梨の父から鬼の様な形相でラニーニャは、怒鳴りつけられ、
「ごめんなさいぃ……。許してぇ……」
と、ラニーニャがふるえながら何度も言うと、
「帰らなきゃ……」
と、言ったラニーニャが過呼吸気味になり息苦しそうになったので、
「姉ちゃん、しっかりしろ‼ どうしたってんだ⁉」
と、ケレスがラニーニャに寄り添うと、
「私、帰らなきゃ……。お父様の所に……」
と、言ったラニーニャは落ち着きを取り戻したが、虚ろな目で何処かを見つめていた。
(姉ちゃん⁉)
様子が変なラニーニャにケレスが動揺していると、
「貴様達こそ、チビに近づくな‼」
と、恐ろしい顔と声の うさ爺が怒鳴りながら今にも花梨の父に襲いかかる勢いで近づいてきた。
「貴様は⁉ な、何故‼」
すると、うさ爺の恐ろしさに花梨の父は息を飲み後ずさりしたが、
「チビの優しさを、無碍に扱わぬ事だな……」
と、怒りを鎮めながら うさ爺が言って睨むと、花梨の父は何処かへ逃げていった。
そして、
「チビ、大丈夫か?」
と、優しい顔と声になったうさ爺が話し掛けると、
「うさ爺?」
と、ラニーニャは我に返り、
「何してるんだろう。私ったら……」
と、地面に落ちている拉げた箱を見ながら呟き泣き出してしまい、
「帰るぞ、チビ。帰ってそれを食べよう……」
と、言いながら、うさ爺が箱を拾っても、
「うさ爺……。でも、これグチャグチャだし……」
と、ラニーニャは泣いたままだったが、
「なぁに、腹に入れば一緒じゃ。ぴゅーけんも食べたがっとったし。帰って、三人で食べるぞ」
と、言った うさ爺から優しく背を撫でられると、
「うん。うさ爺……」
と、ラニーニャは泣きながら笑った。
「ケレス、すまんの。今日は帰らせてもらう」
それから うさ爺がラニーニャを連れて帰ってしまったが、
ケレスはその光景を唯、黙って見る事しか出来なかった。
暫くケレスが立ち尽くしていると、
「ケレス君、どうしたんだい? もうすぐ始まるよ」
と、いつの間にか後ろにいたニックから声を掛けられ、
「ニックさん。あの……」
と、振り返ったケレスが言葉に詰まると、
「お姉さんは、欠席なんだね……」
と、ケレスの顔で悟ったニックはそう言って寂しそうな顔になってしまい、
「すみません……」
としかケレスは言えなかったが、
「君が謝る事じゃない。さあ、行こうか?」
と、言ったニックは優しい顔になった。
そして、二人でミューの誕生日会が行われる会場に行くと、そこにはミューとジャップ、
それに、花梨がいた。
「ケレス。遅いぞ‼」
そこで陽気にジャップから声を掛けられたが、
「ああ、すまない」
と、気持ちが乗らないケレスがそれしか言えずにいると、
「あれ……。姉貴はどうした?」
と、言いながらジャップは、キョロキョロとラニーニャの姿を探し出し、
「姉ちゃんは、その……。まだ体調がイマイチで欠席するんだって……」
と、心苦しくなったケレスがジャップの顔を見て言うと、
「そっかあ……。アルトの奴も欠席するし。何か、つまらんな」
と、溜息交じりで言ったジャップのテンションは下がってしまったが、
「そんな事ないよ! お兄ちゃんと、ケレス、それに花梨がいるんだから‼」
と、場の空気を良くしようとしたミューはそう言いながらケレスとジャップの顔を見た。
それから、
「そうじゃ、ミュー! わらわがいるからな‼」
と、大声で言った花梨がミューに抱き着き、それにクリオネも加わりミュー達が楽しそうに笑うと、
「すまんな、ミュー。今日は楽しもうな!」
と、笑って言ったジャップはミュー達の輪に加わった。
だが、ケレスはその輪に加われずにいた。
それに特に理由はなかった。
唯、入りたくなかったのだ。
すると、
「ケレス君。君も楽しんでくるといいよ」
と、言ったニックから優しく背を押されると、ケレスはミュー達の輪に入る事が出来た。
そして、乾杯の言葉で、誕生日会は始まった。
そこには豪華な食べ物やケーキ、飲み物が並べられており、
そこにいる者はケレスを除いて会を楽しんでいた。
(花梨様に姉ちゃんが近づくなってどういう意味だ?
そう言えば姉ちゃん、昴に行った時も変だった……。
あんなに怯えるし、それにどうして昴にいたんだ?)
色んな考えが頭を蠢いているせいでケレスは誕生日会を楽しめなかった。
(花梨様のせいで、姉ちゃんは怯えなきゃいけないのか……)
そして、そんなケレスが花梨を見ると、何所からともなく嫌な感情が湧き出て来て、
ケレスの顔は引きつってしまった。
すると、
「ケレス、どうした? そんな顔をして……」
と、眉が下がっているジャップから声を掛けられ、
「いや、兄貴⁉ その……」
と、ケレスが慌てて引きつった顔を戻すと、
「わかった! ケレス、プレゼントを忘れたな?」
と、言ったジャップからケレスは額を右指で突かれてしまい、
「そんな事はない! 持って来たさ‼」
と、怒鳴ったケレスがプレゼントを見せると、
「おお、ちゃんと持って来たか! おい、ミュー。ケレスがお前にプレゼントがあるって!」
と、ジャップがミューに声を掛け、
「本当? ケレス‼」
と、その言葉に笑顔が弾けたミューがケレスの傍に駆け寄って来たので、
「ああ。大した物じゃないけど……」
と、言いながらケレスがプレゼントを渡すと、
「開けてもいい?」
と、頬を赤くしたミューから見られたケレスは聞かれ、
「ああ。勿論だ」
と、答えたケレスは頷いた。
それからミューはラッピングを綺麗に剥がして袋の中から鈴を取りだした。
すると、
「可愛い……。これ、クリオネに似てる!」
と、ミューはその鈴を見て、コロロッと鈴を鳴らし、
「ケレス、とっても嬉しいよ! ありがとう。大切にするね‼」
と、言って、ラッピングと鈴を大切に握ってケレスを見ると、
「良かったの、ミュー。わらわからも其方にプレゼントがあるぞ‼」
と、言った花梨は包装された箱をミューに渡した。
「花梨、いいの?」
そして、ミューがそう言って箱を受け取ると、
「当然じゃ! 早う、開けてみよ‼」
と、言った花梨は、わくわくしながらミューを見つめ、
ミューが箱を開けると中から、美しい金色に光り輝くケープが出てきた。
「花梨、これは?」
それからミューがそのケープの美しさに見とれていると、
「これは、霊獣の光羊、ハマルの毛糸で織られた羽衣じゃ。
そして、ここの刺繍はわらわが入れたのじゃぞ!」
と、言いながら花梨は赤い糸で μ と刺繍された所を指さし、
「花梨が入れてくれたの? 上手……」
と、言ったミューが刺繍部分を指で触ると、
「ほれ、ミュー。羽衣をかけてみよ!」
と、花梨から促され、
「こうかな?」
と、ミューが羽衣を肩に軽く巻くと、光の羽衣は不思議な事にミューに馴染む様に光が変化した。
「どうかな?」
そして、ミューが羽衣を腕に絡ませて見せると、
「ミュー。とても似合っておる!」
と、言った花梨は満足そうに頷き、
「スゲェ! ミュー、何か神々しいな!」
と、手を叩いたジャップの言う通り、ケレスにも今のミューは神々しく見えた。
「当然じゃ! ハマルはアマテラスの執事霊獣じゃからの。
その羊毛はアマテラスと同じ光のマナを纏っておるのじゃ!」
それからそう言って花梨が大きく頷くと、
「そんな凄い物をいただいてもいいのかな?」
と、躊躇したミューは花梨を見たが、
「受け取ってくれ、ミュー。わらわの感謝の気持じゃ‼
其方のおかげで、わらわは、ここに来れた……。
今宵の会だけでも幸せじゃが、明日はこの国を見れるのじゃ。
外の世界など、到底見れないとあきらめていたのに……。本当、ミューには感謝してもしきれぬ‼」
と、言った花梨の目は潤んできて、
「花梨。あなたは……」
と、呟いたミューは、じっと花梨を見つめた。
「花梨。これはありがたくいただきます。明日はこれを纏って行くね!」
そして、暫く見つめ合った後、ミューがそう言ってにこっと笑うと、花梨の笑顔が弾けた。
そうしてミューの誕生日会は進み、話はケレスの知らない所でどんどん進んでいった。
その話の中でいつの間にか明日はニョルズに花梨を案内する様になっており、
しかも、それにケレスが同行する事となっていたのだ。
そして、誕生日会は終わり王宮から高杉の家に辿り着き、
「ただいま」
と、言ったケレスは自室に逃げ込んで、明日について考える事にした。
(はっきり言って、行きたくない……。断れば良かった。何か言い訳を考えよう!)
それからケレスは掛布団を被って考えていたが朝を迎えてしまい、
「朝だ。良い考えは浮かばなかった……」
と、掛け布団を被ったままのケレスは呟き、中々ベットから下りれずにいると、
「さっさと、準備しろ」
と、不機嫌な高杉がケレスの部屋に入って来てそう言ったので、
「はっ? 何のだよ?」
と、ケレスが掛布団の間から高杉を覗いて聞くと、
「ニョルズに行くんだろ。俺も行くんだ。早くしろ」
と、答えた高杉は部屋を出て行ってしまい、
「えっ⁉ 先生も行くのかよ?」
と、ケレスは逃げれなくなり、ニョルズに行く準備をしぶしぶ始めた。
そして、ケレスが準備を終え一階に下りると、
何故か牛乳たっぷりのホットコーヒーと食パンがテーブルに並べられていた。
「さっさと、食べろ」
そのテーブルの前で不機嫌な高杉はケレスを見ずにそう言ってホットコーヒーを一口飲んだので、
「先生、ありがとう!」
と、言ったケレスはホットミルクコーヒーを一口飲んだが、
「甘っ‼」
と、思わず言ってしまう程ホットミルクコーヒーは甘く、
「何だその顔は」
と、瞳を強く閉じているケレスを見た高杉の不機嫌さが増したが、
「先生はいつもはブラックだろ? こんな甘いやつ、いつ飲んでるんだよ?」
と、しかめっ面のケレスが高杉を見て聞くと、
「偶にな」
と、答えた高杉は眉間にしわを寄せ、ホットコーヒーを飲みほし、
「ははっ。さいですか……」
と、呟いたケレスはホットミルクコーヒーを飲み、そして食パンを食べた。
それから二人で集合場所に行くと、そこにはジャップ、それにアルトがいた。
「アルト、どうしてここに?」
そのアルトを見て、ケレスが何度か瞬きしながら聞くと、
「僕にも色々と事情があるんだよ、ケレス」
と、はぐらかす様に答えたアルトはケレスとは視線を合わせず、
「ふーん。事情ね……」
と、呟いたケレスがそのアルトを見ていると、
「皆の者、待たせたの」
と、言って、近づいて来た花梨の傍にはイヴがいたので、
「ほーぅ。そういう事か!」
と、含み笑いをしてしまったケレスがそう言ってアルトを見ると、
「何だよ、君は……」
と、眉間にしわが出来たアルトはそう言ってケレスから顔を背けた。
そうこうしている内に、ハマルの羽衣を纏ったミューが来て、皆を飛行船に案内した。
今回は飛行船に乗ってニョルズに行く様だった。
飛行船は宝珠の国の代表的な炎と風のマナを使い空を飛ぶ乗り物である。
と言っても、ケレスは乗った事はない。
まして、今回乗る飛行船は王家の特製品で普段では決して乗れる訳がなく、
その飛行船に乗っていつもとは違う風景を眺めながらケレスはニョルズに到着した。
すると、お忍びだったが花梨が到着するや否や、ニョルズは大歓声に包まれた。
集まった人々からは花梨の名前が呼ばれ、
この場は花梨への感謝の言葉に溢れて歓声が沸き上がった。
そこにミューまで加わったので、ニョルズは大騒ぎになった。
(二人共、凄い人気だ……)
ケレスがその光景に身震いしているとショルズが現れ、
何かを話した後、ニョルズの案内を始めたので、それに、ケレス達は同行した。
その中で花梨は、ケレスからしたら大した事のない事でも興味津々に見て、嬉しそうに笑った。
それを見た周りの人達は皆、幸せそうに笑っていた。
(これも、救いの神子様の力か……。周りに幸せを齎してるしな)
そんな花梨をケレスが見ていると、
「花梨。私ね、絶対見せたい場所があるの!」
と、言ったミューが花梨と視線を合わせ、
「ミュー。それは何処じゃ?」
と、聞いた花梨がまた興味津々な顔をすると、
「雪桜の園よ」
と、答えたミューは優しく笑い、
「雪桜の園?」
と、雪桜の園という言葉を聴いた花梨が、ゆっくり瞬きすると、
「凄く、綺麗な所よ。ね、ケレス?」
と、言ったミューがケレスを見たので、
「ああ。とても綺麗な所さ。
今は雪桜は咲いてないけど、花が咲くと真っ白な花が木に一杯咲いて、
それが散っても花弁の絨毯がまるで雪が積もった様な感じになるんだ」
と、ケレスが説明すると、
「それだけじゃないぞ!
雪桜の園は良い風が吹いて、花がなくても俺達の心を癒してくれるんだ!」
と、ジャップが補足した。
「ほう。その様な所があるのか。是非行きたいぞ!」
すると、その説明を聴き終わった花梨が、ぎゅっとミューの右腕を掴み、
「じゃあ、今から行きましょう!」
と、言ったミューが優しく花梨の腕を取り、雪桜の園へと向かう事となった。
ちなみに雪桜の園とは、ケレス達が勝手に読んでいるだけで、本当は特に名前はない。
そこは、雪桜の木がいくつか集まった場所で、
ニョルズから山に入った うさ爺の果物園に近い所にある。
そして、一五分程歩くと うさ爺の果物園が見えてきて、
「あれは、何じゃ?」
と、聞いた花梨が うさ爺の果物園を指差すと、
「あれは、果物園だよ。赤き女王も栽培されているんだよ!」
と、ミューは教え、
「赤き女王とは、何ぞや?」
と、聞いた花梨がミューを見たので、
「私の母様の為に作られたリンゴの事だよ。とっても美味しいんだから!」
と、説明したミューが、嬉しそうに笑うと、
「わらわ、それを食べてみたい!」
と、言った花梨は目を輝かせたので、
「お土産に渡すね!」
と、その花梨の目の輝きで嬉しそうに言ったミューが頷くと、
「ミュー。約束じゃぞ!」
と、言った花梨は右手の小指を出してミューの右手の小指に絡ませ、
「約束ね」
と、ミューが言って、二人は指切りをした。
それから少し歩くと雪桜の園に着いた。
「ここがそうか……」
そして、そう言った花梨がケレス達より少し前に出ると、
「そうなんだけど……」
と、ミューは言葉を失い、
「ミュー、どうした? この様な素晴らしい景色がどうかしたか?」
と、振り返った花梨が聞くとミューだけでなく、
ケレスもジャップもアルト達も雪桜の園のいつもとは違う絵にも描けない美しさに心奪われていた。
いつもとは違う理由の一つに今の時期、雪桜は咲いていないはずだった事が揚げられる。
しかし、ケレス達の前に並んでいる雪桜達は何故か五部咲きぐらいになっており、
さらに、その雪桜達はその花弁が薄っすらとだが白銀に光っていたのだ。
そして、雪桜だけでなくその他の植物も生き生きとしており、マナに溢れている感じがした。
「あの美しい花が雪桜かの?」
そんな雪桜達を花梨が目を輝かせながら見ていると、
「ええ、そうよ……」
と、呟いたミューは瞬きも忘れる程雪桜を見つめ、
「わらわ、もっと傍で見てみたい!」
と、言った花梨が雪桜の木の方へ駆け寄って行ってしまい、
「花梨様、お待ちください! 走ると危ないですよ‼」
と、叫んだイブが花梨を追い掛け、他の者もそれに続いた。
すると、
「何じゃ、其方は?」
と、言って、花梨は立ち止まった。
花梨の目の前には、体長二〇センチメートル程の丸顔で人参の様なものが、
親指を咥えて二足で立っていたのだ。
その人参の様なものの頭には、一本の白い蕾付きの茎無しの草が生えており、
顔の様な所には目や口があり、そのつぶらな目は数回瞬きをしてケレス達を見つめていた。
(これは、精霊? それとも、霊獣か? どちらにしても見た事がない‼)
そう思っているケレスがその人参の様なものを見ていると、
「其方は、もしや、マンドレイクか⁉」
と、目を輝かせた花梨が叫び、
「マンドレイク? 何だそれ?」
と、言ったケレスが花梨を見ると、
「植物の霊獣さ。僕も、本でしか見た事はない。
もう、絶滅したと言われてたけどまさかこんな所でお目見え出来るとはね。驚いたよ!」
と、一心にマンドレイクを見つめているアルトが説明し、
「へえ。そんなのがここにいるとは!」
と、言いながらケレスがまじまじとマンドレイクを見ると、
「マンドレイク。わらわの所に来い!」
と、嬉しそうに言った花梨は手を差し出した。
だが、マンドレイクは首を横に振って瞳を閉じた。
そして、
「ギーーーャァーーーー‼」
と、この辺り一帯に響き渡る程の奇声を発した。
その奇声はケレスの聴覚を奪い、さらに体は痺れ意識が朦朧となり、
ケレスはその場に倒れ込んだ。
それはケレスだけでなく、この場にいる者全員が同じ様になり、倒れ込んだ。
(な、何なんだ⁉ 頭が、割れる? 気分が悪い……)
そんなケレスが意識を失いそうになったその時、
「バるちゃん⁉」
と、叫びながらラニーニャが現れ、
「バるちゃん。もう、大丈夫よ……」
と、言いながらマンドレイクをあやすと、マンドレイクは泣き止み、奇声も消えた。
それからケレス達の痺れ等は解消された。
痺れが解消されたケレスが体を起こしラニーニャを見ると、
ラニーニャとマンドレイクが楽しそうにしていた。
「姉ちゃん……」
ケレスがそんなラニーニャに声を掛けると、ラニーニャの顔は急に青褪め、
「お許しください花梨様!」
と、言ったラニーニャは土下座し、
「御無礼を承知で申し上げます。
このコはまだ小さくて、力のコントロールが上手く出来ないのです。
だから、このコに代わって私が謝ります。そして、どうか、この場を去ってくれませんか?」
と、頭を地面に擦りつけながら嘆願した。
「姉ちゃん⁉ そんな事、すんなよ‼」
そして、ケレスがそう言ってもラニーニャは頭を地面に擦りつけたままだったので、
(どうしたんだよ、姉ちゃん。やっぱり、姉ちゃんと昴には何かあるんだ……)
と、推測したケレスが動けずにいると、
「ミューの姉。やめてくれ。その様な事はするな‼」
と、言った花梨がラニーニャに近づいたが、
「どうか、ここから去って下さい」
と、ラニーニャは土下座をやめず言い続けた。
すると、
「いい加減にして‼」
と、ミューが怒鳴り、
「お姉ちゃん、花梨が困ってるじゃない。どうしてそんな事するの?」
と、花梨の傍に駆け寄って聞いたが、それでもラニーニャが土下座をやめないでいると、
「お姉ちゃん……。私を困らせたいだけなんでしょ? 私の事、嫌いだから……」
と、言ったミューは蔑む目でラニーニャを見た。
「ミューちゃん。違う……」
すると、小さな声を出したラニーニャがそっと顔を上げミューを見たが、
「違わない‼ お姉ちゃんは、私の事を嫌いになったんだ‼
だから、昨日も来なかったし、
こんな事をして花梨を困らせて、花梨と仲良くしている私に嫌がらせをしてるんだ‼」
と、涙目のミューは怒りをラニーニャにぶつけ、
「そんな事ないよ……」
と、言ったラニーニャの目にも涙が見え出したが、
「じゃあ、何で昨日は来てくれなかったの? それに、どうして花梨がここを去らなきゃいけないの?
ここは、お姉ちゃんのものじゃないでしょ?」
と、ミューは立て板に水が流れる様に言葉を続け、ラニーニャに反論させなかった。
「おじ様……」
そして、そう呟いた花梨の目から一粒の涙が零れ、花梨は高杉の所に行きしがみつくと、
「花梨……」
と、言った高杉は優しく花梨の頭を撫でた。
だが、
「先生……?」
と、ふるえた声のラニーニャは呆然と高杉達を見た。
それを見た高杉は、はっとした顔になったが、
「何が、俺を信じられんのか、よ……。嘘つき……」
と、ラニーニャは俯いて呟き、
「おい。話を聞け」
と、言った高杉はラニーニャに近づこうとしたが、
「近づかないで‼ 大っ嫌い‼」
と、怒鳴ったラニーニャは高杉を軽蔑する目で睨み、
涙の粒を零しながらマンドレイクお連れて何処かへ走って逃げてしまった。
そして、それを見た高杉は苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。
(先生もどうしたんだよ?)
そのやり取りを見ていたケレスがどうする事も出来ずにいると、どこからか風が吹いてきて、
「お嬢さん。泣かないでおくれ……」
という、最近ケレスが聞いたあの老いた男の声が聞こえ、
「誰だ⁉」
と、叫んだケレスは周りを見わたしたがその声の主は見当たらなく、
「ケレス、どうした?」
と、不思議そうな顔をしているジャップから聞かれたが、
「いや。何でもない……」
と、答えたケレスは、空を見上げる事しか出来なかった。
それから気まずい空気のまま夕暮れにさしかかったので、
ケレス達はそのままイザヴェルに帰る事となった。
しかし、
「ケレス。ちょっと、いいかい?」
と、ケレスは飛行船に乗ろうとした時アルトに呼び止められ、
「何だ、アルト?」
と、ケレスが足を止めて聞くと、
「聞きたい事があるんだ。こっちに来たまえ!」
と、答えたアルトは髪をかき上げ、
「姉上。僕は彼と用事が出来たので、ここで失礼させてもらいます」
と、言って、イヴに頭を下げると、
「わかりました。こちらは、私に任せなさい」
と、言ったイヴは軽く頷いた。
そして、飛行船はケレスとアルトを置いて飛び立った。
「アルト。聞きたい事って何だ?」
飛行船を見送った後、ケレスがアルトを見て聞くと、
「先輩の家に連れて行ってくれ」
と、答えたアルトは突然、真面目な顔になり、
「はっ⁉ いきなり何を言い出すんだ?」
と、アルトの言葉を聞いたケレスが目を見開いて言うと、
「僕は先輩の家を知らないからね。君が案内してくれないと!」
と、アルトは涼しげな目でケレスを見ながら言った後、髪をかき上げ、
「だから、何で姉ちゃんの家に行きたいんだよ?」
と、聞いたケレスが何度か瞬きをすると、
「つべこべ言わず、早く案内してくれ‼」
と、言ったアルトは有無も言わさず決めてしまった。
その勢いに負けたケレスはアルトをラニーニャの家に案内する事となった。
そして、ラニーニャの家に着くとドアベルをアルトが鳴らした。
しかし、玄関が開くと中から明らかに怒っている うさ爺が出てきて、
「帰れ‼」
と、怒鳴なれたが、
「僕は、龍宮 アルトと申します。先輩に会わせてください。会うまで、僕は帰りません」
と、アルトは臆することなく真直ぐ うさ爺を見つめそう言った。
「お前さんが何と言おうと、チビにはもう誰も会わさん‼」
すると、また うさ爺から怒鳴なれたが、
「お願いいたします」
と、言って、アルトは怯まず頭を下げたが、
そのアルトを見ている うさ爺から湯気が見え、さらに怒っている様にケレスには見えた。
(おいおい……。アルト、これ以上うさ爺を怒らせない方がいいんじゃないか?)
ケレスが胃を痛めていると、何処からか光の神殿で見た光る蝶が、ひらひらと飛んで来た。
そして、その光る蝶は光の粉を撒きながらアルトの頭の上に止まった。
「ん? 君は……」
すると、アルトは目線を上げ、
「アマテラス様の使いじゃと⁉」
と、叫んだ うさ爺は光る蝶を見つめ暫く黙った後、
「……入りなさい」
と、言い残して家の中に入り、
「ありがとうございます」
と、言ったアルトは家の中に入ってしまった。
それから玄関先に取り残されたケレスが戸惑っていると、光る蝶がケレスの頭の上に止まった。
「これは、一体?」
そんなケレスが光る蝶の方を見ていると、ケレスはズボンを引っ張られ、
ケレスが目線を下すと、黄色いあいつがケレスのズボンを引っ張りながら見上げていた。
「ぴゅーけん⁉ 何だよ?」
そして、ケレスが、ぴゅーけんを睨みながら怒鳴ると、ぴゅーけんはやはり不敵に笑った後、
ケレスのズボンを離して家に入ってしまったので、
「俺も、中に入れって事か……」
と、ケレスも家の中に入る事にした。
それから、ぴゅーけんに付いて行くといつもの大きな机がある部屋に案内された。
そこにはアルトと、うさ爺、それにあのマンドレイクがいた。
そのマンドレイクは悲しそうにしていて、何となくだが頭に生えている草も萎れていた。
「さっきの奇声の奴⁉」
そのマンドレイクをケレスが大声を出しながら指差すと、マンドレイクは泣きそうになったが、
「君は、やっぱり失礼な奴だね。少しはデリカシーを持ちたまえ‼」
と、眉間にしわを寄せたアルトが怒鳴ってケレスを一度睨んだ後、マンドレイクの傍でしゃがみ、
「バる君。ごめんね。泣かないでくれ。お詫びにいいものを見せてあげるよ」
と、穏やかな顔で優しくそのマンドレイクに話し掛けたので、
「バる君?」
と、言って、ケレスがそのマンドレイクを見ると、
「そのコの名じゃ」
と、うさ爺から教えられ、
「キャ?」
と、バルはアルトを見上げ不思議そうに鳴いた。
そして、
「紹介するよ。僕は、龍宮 アルト。それから、彼はパートナーの浦島。
君に今から僕達で、ちょっとした芸をお見せするね」
と、言ったアルトが何処からか取り出した小さな浦島の甲羅に手を置いて何かを念じると、
浦島の体は淡く青色に光り出し、浦島は口を開けた。
すると、その口から浦島と同じ光の小さな泡がいくつか出て来てバルの傍に集まって来たので、
「キャ??」
と、バルが不思議そうにその泡を見て鳴くと、
「さわってごらん、バル君?」
と、言ったアルトが優しくバルに笑い掛け、バルは恐る恐る泡を触ってみたが、
その泡はパシャンと弾け、その水しぶきがバルに降り注がれた。
「キャーア! キャー!」
水しぶきが気持ち良かったのかバルは楽しそうな声で鳴き、
バルは周りに集まっていた泡を全て割ってしまった。
「キャー‼」
それからバルはそう鳴きながらアルトの傍に駆け寄って泡を強請り、バルは数回泡を壊して遊んだ。
そして、
「バル君。今度はこんなのはどうかな?」
と、言ったアルトが浦島の頭を撫でると、
「キャア?」
と、首を傾げたバルが鳴いている内に浦島が今度は少し大きめの泡を出し、
「バル君。さわってみてくれ」
と、アルトから促されバルがその通りにその泡を触ったが今度は割れなかったので、
「キャー⁉」
と、不思議そうな顔をしたバルがその泡を何度かポンポンと叩くと、
「多少な事では割れないから。乗ってごらん?」
と、言ったアルトがバルを泡に乗せたが、泡は弾力があって割れなかった。
「しっかり捕まっててね」
それからそう言ったアルトが何かを念じると、バルを乗せた泡はどんどん宙に浮かび、
ケレスの身長ぐらいの高さにまで浮かび上がった。
「キャー! キャー!」
その泡の上でバルは楽しそうにポヨンと飛び跳ね、はしゃいでおり、
「バル君。どうだい、そこからの景色は?」
と、聞いたアルトがバルを見上げると、
「きゃーー‼」
と、バルは叫ぶ様に鳴いてアルトに飛びかかったが、
「おっと! 腕白なのは良いが、気を付けないと!」
と、そのバルを受け止めたアルトがそう言ってバルを撫でると、バルはアルトに擦り寄った。
「相変わらずアルトは霊獣の扱いが上手いな。てか、バルは牡なのか?」
その光景を見ていたケレスがそう言ってバルを見ると、
「どう見ても、彼は男の子だろう?」
と、言ったアルトの眉間にはしわが寄り、
「キャー‼」
と、アルトの左肩に移動したバルが鳴いて仁王立ちしケレスを見ると、
「ほら、バル君がそんな事もわからないのか?って言ってる」
と、そんなバルをアルトがそう言いながら優しく撫でたが、
(わからん‼ 何でアルトにはわかるんだ⁉)
と、思ったケレスの眉間にもしわが寄ると、
「バルちゃん?」
と、弱弱しいラニーニャの声がし、引き戸の隙間からラニーニャがケレス達を覗いてきた。
「姉ちゃん⁉」
ケレスがラニーニャの方を見ると、ラニーニャは顔色が悪く目は腫れていた。
そして、ラニーニャは引き戸を全て開き、
「ケレス君、アルト。悪いけど、帰って……」
と、言って、悲しそうな顔でケレス達を見つめてきたので、
「姉ちゃん、そんな事言うなよ‼ どうしたんだ?」
と、言ったケレスがラニーニャに近づくと、
「理由なんてない。もう、私には関わらないで」
と、言ったラニーニャは泣きそうな顔でケレスから離れ様としたが、
「帰りません。先輩」
と、言ったアルトがそうはさせなかった。
「アルト……。お願いだから、帰って……」
すると、そう言ったラニーニャは目でも訴えたが、
「嫌です。先輩をほっとけませんから」
と、言ったアルトはラニーニャを優しく包み込む様に見つめ、
「どうして、私なんかをほっとけないの?」
と、アルトの優しさに包まれたラニーニャが聞くと、
「僕は、水鏡の国の者ですから」
と、答えたアルトは優しい眼差しのまま笑い、
「だから、何でそれが関係あるの?」
と、聞いたラニーニャがその眼差しから逃げ様とすると、
「煩わしいのは、やめます」
と、言ったアルトは一つ、息を深く吸って、そして吐き、
「先輩はダーナですね」
と、アルトが凛々しい眼差しで答えると、ラニーニャは、はっとして黙ってしまった。
(姉ちゃんが、ダーナ⁉)
その言葉にケレスが息を飲むと、
「だったら何?」
と、言ったラニーニャはふるえた声で笑い、
「だったら、じゃないでしょ‼ しかも、先輩は代替わりを一人で成功させようとしている‼」
と、怒鳴ったアルトがラニーニャの傍に近づくと、
「さすが、アルト。秀才ね……。何でも、お見通しなんだから……」
と、呟いたラニーニャは悲しい目をして、ふふっと笑った。
「ふざけないでください‼ 先輩、どうして僕に相談してくれなかったんですか?」
そのラニーニャにアルトが感情をぶつける様に訴えると、
「相談した所で、何も変わらないでしょ?」
と、言ったラニーニャは、すさんでしまい、
「そんな事はない‼ 僕を頼ってください‼」
と、アルトがまた気持ちをぶつけると、
「君も、そういう事を言うんだ……」
と、言ったラニーニャはまた、ふふっと笑い、
「じゃあ、頼ってみようかな?」
と、言って、悲しい目でアルトを見ると、
「何でも言ってください」
と、言ったアルトは、ラニーニャを真直ぐ見つめた。
すると、
「私ね、スレイプニルに言われて、代替わりの手伝いをしてるの……。
私ね、スレイプニルが大好きなの。彼も私の事、大好きだって言ってくれてる。だけど……」
と、話した後、ラニーニャは涙を一粒流し、
「だけどね。彼はもうじき死んじゃうんだって……。
なのに、彼は私に死ぬ時に一緒にいてほしいって言うの。
そして、彼が死んで代替わりを成功させて、喜んでほしいって……。
どうしてかな? 彼は、死んじゃうんだよ?
私は、死ぬ時に一緒になんかいたくない‼ 彼が死ぬトコなんか、見たくない‼
彼が死んで私は喜べない‼
代替わりで記憶を持ったまま生まれ変わっても、姿が同じでも、もう、彼じゃないんだよ……」
と、言うと、泣き崩れてしまった。
そんなラニーニャをアルトはずっと優しく見つめていた。
そして、
「先輩。僕はこう思います。そのスレイプニルは、先輩が大好きなんです。
だから、最期の時まで、先輩に傍にいてほしいんだと。
それに、代替わりは仕方がない事です。どんな生命にも、命に限りがある。
逃れられない宿命なら、受け入れるしかない。
その宿命をスレイプニルは、先輩と乗り越えたいんだと」
と、言ったアルトはラニーニャの傍でしゃがみ、
「先輩……。僕にも、一緒にいさせてください。
一緒に乗り超えましょう、先輩!」
と、言って、ラニーニャの泣き顔を見つめた。
「アルト……」
すると、声を絞り出したラニーニャは、アルトを見つめ、
「一緒に、いてくれるの? 頼っても、いいの?」
と、言うと、ラニーニャの表情は少し緩み、
「当たり前じゃないですか! それに、お願いするのは僕の方です。一緒にいさせてください」
と、言ったアルトの優しい笑顔に包み込まれると、
「アルト、ありがとう……」
と、安心しきったラニーニャはそう言って、そのまま意識を失った。
「先輩‼」
「姉ちゃん⁉」
そして、アルトとケレスが同時に叫び、うさ爺がラニーニャを部屋に運んで行った。
ケレス君、大変そうだけど、がんばってるね♪
けど、まだまだ、大人には程遠いよ!
あっ、そうそう。
黄色いあいつに、また会えた感想は、如何?
えっ、何何?
同じ様な奴が出て来たから、迷惑⁉
それに、あの奇声に、酷い目に合ったとな⁉
えぇ……、私、バル君、結構好きなんだけどなぁ……。
んもうっ‼
そんな事を言っている暇はないよ‼
次の話では、大変な事になるんだからね‼
そんな次回の話のタイトルは、【ケレス、姉と別れ、そして過去を知る】だ。
うわわわっ⁉
ラ、ラニーニャちゃんが……。
ケレス君、遂に、高杉さんの秘密も知っちゃうんだね……。
そ、それに、黄色いあいつの秘密が⁉
次の話は、結構、残酷だから、苦手な人は、御用心!




