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№ 13 ケレス、人の優しさを知る

 剣の国から、無事に宝珠の国に帰って来た傷心のケレスに、次々と、嬉しい出来事が舞い込んでくる。

 そこでケレスは、自身の周囲の人への感謝の気持ちに溢れていく。

 ケレスは部屋に戻り考え込んでいた。

(姉ちゃん……。大丈夫かな……)

 一応、紅にこの敷地の警備について、ケレスは尋ねた。

 紅によると、警備タイプのp?が常時この屋敷の見回りをしているらしい。

 しかし、それを掻い潜りあのローブの男は侵入した。

(紅さんに不審者がいた事を伝えて警備を強化してもらったけど……。やっぱり、心配だ……)

 ケレスが椅子に座り窓の外をぼんやり見ながら考え込んでいると、

「よお、僕ちゃん! 豪勢な部屋に泊まってますな♪」

と、突如ヘルがそう言いながら窓の外に現れ、

「ヘ、ヘル⁉ いつの間に?」

と、驚いて叫んだケレスが勢いよく椅子から落ちると、

「ははっ。俺様は闇なら何所でも現れる事が出来るのよん♪」

と、ヘルは揶揄ってきて、

「意味がわからない⁉ そして、何故、硝子があるのに声が聞こえるんだ?」

と、ケレスがすくっと立ち上がって聞くと、

「細かい事は気にすんな♪」

と、ヘルは適当に答え、

「僕ちゃん? あの嬢ちゃんが心配かい?」

と、笑いながら聞いてきた。

「当たり前だろ‼」

 そのヘルの言い方に苛立ったケレスが、ドンッ‼と窓を叩くと、

「心配するんなら、どうして嬢ちゃんを見捨てた?

 お前は、もう一人を選んだんだ‼」

と、怒鳴ったヘルからケレスは金色の鋭い目で睨みつけられ、

「そ、それは……」

と、痛い所を突かれたケレスが何も言えずにいると、

「嬢ちゃんは俺様達が守る‼

 だから、僕ちゃんは嬢ちゃんにこれ以上関わるな‼」

と言い残しヘルは闇夜に消えてしまい、

「ヘル‼」

と、ケレスは呼んだが、ヘルは姿を見せなかった。

「俺は……」

 そして、窓に凭れたケレスはそれ以上、言葉が出なかった。

 それからずっとケレスの頭の中には、ヘルの先程の言葉だけが駆け巡り続けた。

 そして、そのままケレスは剣の国での最後の朝を迎えてしまった。

 そんなケレスの部屋に、

「ケレス。起きてるか?」

と、元気良く言ったジャップが入ってきたが、

「兄貴……」

と、元気のないケレスを見て、

「何だ? その声は。今更、昨日の約束を破る気か?」

と、陽気にジャップは聞いたが、

「そうじゃないんだけど……」を見ると、

と、答えたケレスの強張った顔を見ると、

「何か歯切れが悪いな……。でも、行くぞ!」

と、言ったジャップは眉を顰めたがケレスを連れ部屋を出た。

 すると、そこにはミューとクリオネがいた。

 そして、

「お兄ちゃん、ケレス、おはよう!」

と、いつも通りに言ったミューに、

「おはよう」

と、いつも通りにジャップは返し、

「じゃあ、行くぞ!」

と、言って、三人+一体でラニーニャの部屋に向かった。

 しかし、ラニーニャの部屋の前では険しい顔のアルトが壁を叩いていた。

「アルト……、どうした?」

 すると、アルトの異様な雰囲気にジャップの陽気さは薄れていき、

「先輩なら、帰ってないよ」

と、誰とも目を合わさずに告げたアルトの言葉で、

「何だって⁉ どうしてお前がわかるんだ?」

と、血相を変えたジャップが怒鳴りながらアルトに詰め寄ると、

「僕は、ずっとここで先輩を待ってたんだ。だけど……。先輩は帰ってこなかった‼」

と、ケレス達はふるえた声で言ったアルトから睨みつけられ、

「そんな馬鹿な‼ 姉貴、入るぞ‼」

と、真っ蒼な顔のジャップが叫びながら部屋に入ったが、部屋には誰もいなかった。

「姉貴‼ 何処だ? 返事をしろ‼」

 それからジャップは部屋中を探したが、やはりラニーニャの姿は何処にもなく、

「姉ちゃん、まさか……」

という言葉がケレスの口から出て、

(まさか、またあの男が⁉)

と、ケレスの頭には悪い結果だけが巡り、全身が震撼した。

 そして、目の前が真っ白になったケレスがその場に立ち尽くしていると、

「君達が言う家族って、どういう関係をいうんだい?

 失望したよ‼」

と、怒鳴ったアルトはケレス達を軽蔑する目で睨みつけたまま唇をふるわせていて、

「ケレス、ミュー。姉貴を探しに行くぞ‼」

と、叫んだジャップが部屋を出てケレス達も部屋を出様としたその時だった。

 俯いたラニーニャが、たぬてぃと帰ってきたのだ。

 しかし、

「姉ちゃん⁉」

と、呼びながらケレスはラニーニャに駆け寄り、他の者達もラニーニャを呼んだが、

それ等を無視したラニーニャは無言のまま部屋に入ろうとした。

「先輩……」

 そんなラニーニャに眉が下がったアルトが口を小さく開けて呼び掛けラニーニャの手に触れると、

「アルト……。ごめんね。私、ちょっと風邪を引いたみたい。うつすと悪いから一人にしてくれる?」

と、言ったラニーニャはアルトに笑い掛けた後、ゴホゴホッと重い咳を数回し、

肩で息をしながら部屋に入り施錠した。

 そして、ラニーニャの部屋の前にいた者は全員黙ってしまい、

その静寂の中、美しいグリンカムヴィの鐘の音だけが空しく響き渡った。

 それから朝食会は中止になり、そのまま宝珠の国からの迎えの飛行機が到着した。

 その迎えの飛行機には、ヒロとニックが乗っており、見送りには、帝と紅が来ていた。

 そして、重苦しい空気の中でケレス達は迎えの飛行機に搭乗する事となってしまった。

 「お兄様。ご迷惑をかけました」

 その重苦しい空気の中、ヒロと再会したミューがそう言って頭を下げると、

ヒロは口を真一文字に結んだままミューを睨みつけていたので、

「ヒロ。そんな怖い顔をするなよ。みんな、無事だったんだしさ」

と、ニックはフォローし、それからニックの指示で飛行機にケレス達は搭乗しようとした。

 だが、

「ラニーニャちゃん……、何してるんだ?」

と、ケレス達から少し離れて歩いていたラニーニャにニックは声を掛け、

「ニックさん?」

と、虚ろな目のラニーニャが、顔を上げると、

「君は、何をしてるんだ‼」

と、目を見開いたニックから怒鳴りつけられ、

「ごめんなさい。迷惑を掛けて……」

と、小さな声で言ったラニーニャがニックを見つめると、

「そうじゃない‼ 立ってるのもやっとの癖に、どうして誰かを頼らないのかい‼」

と、怒鳴りつけたニックは拳を握り締め、

「言ったじゃないか……。僕を、頼ってくれって……。

 そんなに僕は、頼りないのかい?」

と、眉を下げ拳を開き優しくそう言ってラニーニャを見つめると、

「ニックさん……。あなたは、やっぱり……」

と、穏やかな顔のラニーニャはそう言って、その場に倒れそうになった。

 しかし、地面に倒れる前にニックが抱えそれを阻止した。

 だが、ラニーニャは息が荒くなっていた。

 そして、そのままニックがラニーニャを飛行機に連れて行きケレスは追いかけたが、

「さっさと荷物を持って帰れ」

と、ヒロを睨みつけた帝が言葉を投げつけ、

「お前に言われるまでもない」

と、帝を睨み返したヒロは言葉を返し飛行機に乗り込んだので、

(この二人って、知り合いなのか?)

と、そんな不思議な二人を見たケレスは飛行機に乗り込み、

それから飛行機は宝珠の国に向け出航した。

 そして、その飛行機の中に設置されている医務室にラニーニャは連れられ、

他の者はその前でラニーニャの容態を窺っていた。

(姉ちゃん。大丈夫か?)

 ケレスが心配していると、一時間程でニックが医務室から出て来たので、

「ニックさん⁉ 姉ちゃんは?」

と、ケレスがそのニックに詰め寄って尋ねると、

「はっきり言って、良くないね」

と、浮かない顔のニックからの答えに、

「良くないって、どうあるんですか?」

と、聞いたケレスの不安がさらに募ると、

「彼女は熱が四〇度近くあって、肺炎を起こしている可能性がある。それに、衰弱が酷い。

 まあ、数日間無理をしたから仕方がないけれど、脱水や、凍傷までしてる。

 まさかとは思うが、ニーズヘッグの寒空の下にずっといた訳じゃあるまいし……。

 どうしてここまで酷くなってるんだ?」

と、ニックはラニーニャの病状を冷静に答えた。

 それに対して、ケレス達は何も言えなかった。

「まあ、彼女も大人だから変な事はしてないだろうけれど。

 取り合えず、今は絶対安静だ。

 帰ったら、入院させなきゃいけない。僕は今から病院に連絡をするよ」

 そして、そう言って溜息をついたニックが医務室に戻ろうとすると、

「あの……。僕に先輩を看病させてくれませんか?」

と、アルトが申し入れたが、

「君は、医者じゃない。

 それに、君達といたから彼女はここまで何も言わずに無理をしていたんじゃないのかい?

 彼女に今、必要なのは休養だ。

 君達といたらまた無理をする。治るものも治らなくなってしまう」

と、首を横に振ったニックから冷静に断られ、

それに対してアルトは下を向いて何も言えなかった。

「君達も疲れているだろうから、休む事だね」

 それからニックはそう言い残し医務室に入ろうとしたが、

「君は、主人の所にいてあげるといいよ。安心すると思うから」

と、耳が下を向いているたぬてぃに優しく声を掛け、

たぬてぃを抱きかかえて医務室に入っていった。

 その後、ケレス達は誰とも話す事なく宝珠の国までの時間を過ごした。

(どうして、こんな事になったんだろう?

 もっと、俺がしっかりしていればこんな事にならなかったんじゃないのか?

 姉ちゃんは、俺なんかを頼らないのか?)

 ケレスは、飛行機の中で自分の未熟さを痛感しつつ、

(ヘルに、あんな事を言われても仕方がいな……)

と、ヘルの言葉を思い出しながら不貞寝した。

 そして、飛行機は一日以上かけ宝珠の国へと到着し、

宝珠の国の上空でヒロに呼び出されたケレス達はある事を知らされた。

 その知らせとは、飛行機はイザヴェルではなく、ミラに着陸する事だった。

 到着地は本来ならイザヴェルだったが、ゴンズの襲来でイザヴェルの空港は使えず、

復旧までもう少し時間がかかる為、ミラとなったらしい。

 しかし、何故かそこで歓迎の式典が行われるという事も知らされた。

「どうしてその様な事が行われるのですか?」

 その式典の知らせを聴かされたミューが首を傾げると、

「一応、祟り神を払った事には代わりないからな。

 国民はお祭り騒ぎだ。お前の帰還を待ち望んでいるみたいだぞ?」

と、穏やかな口調でヒロは教えたが、

「そんな⁉ 私、大して何もしてないのに?

 それに、ゴンズを倒したのは帝様なんだよ。感謝するんならあの方なんじゃないのかな?」

と、戸惑ったミューが言うと、

「国民の気持はちゃんと受け取っておけ、ミュー。

 それからな、あれはあいつの国の災いを我が国に持ち込んだんだ。

 感謝なんかするな‼

 あれはあいつが解決するべき問題であって、俺達には関係のない事だ‼」

と、語気を強め言ったヒロは何故か怒りの眼差しをミューに向け、

「わかりました。お兄様……」

と、その眼差しに怯んだミューは下を向いて」そう言った。

 すると、ニックがスタスタと歩いて来た。

「ニック。あいつはどうなんだ?」

 そして、怒りの眼差しが消えたヒロがニックを見て聞くと、

「今は大分落ち着いたよ。ぐっすり、眠ってる」

と、答えたニックの表情は少しだが緩んでおり、

「そうか……」

と、言って、ふっと笑ったヒロはケレス達に視線を移し、

「あいつはニックに任せておくとして、お前達、よく無事でいた。

 それに、ミューを助け、そして祟り神を排除した。

 感謝する。何か褒美を取らせよう」

と、言いながら穏やかな表情になると、

「殿下⁉ その様な事は言わないでください‼

 俺達は当たり前の事をしたまでなんです‼」

と、言ったジャップは焦っていたが、

「まあ、そう言うな。俺にも立場っていうものがあるんだ」

と、ヒロは諭した後、

そろそろ、ミラに着く。準備しろ」

と、告げると、飛行機はその後すぐにミラに到着した。

 夕暮れに近い時刻にも関わらずミラの空港に降り立つと、

そこではヒロの言う通り、大勢の人が集まっていた。

 そして、

「ミュー様! お帰りなさいませ!」

「ありがとうございます!」

「ミュー様‼ こちらを向いてください!」

「さすが、マーサ様の子供だ‼」

 等といった歓喜の声が、ミラの空港では飛び交っていた。

 しかし、その大歓声の中、ミューを先頭にケレス達が歩いて行こうとした時、

ニックが慌てて飛行機から出てきた。

「ニックさん⁉ どうしたんですか?」

 ケレスがそのニックを見て尋ねると、

「ラニーニャちゃんがいないんだ‼」

と、息を切らしながらニックはケレスを見て答え、

「どういう事ですか⁉ 姉ちゃんがいないって‼」

と、言いながらケレスがニックに詰め寄ると、

「わからない。でも、たぬてぃ君もいなくなってて……。

 探したけど、飛行機の中には二人共何処にもいないんだ‼」

と、言ったニックの顔はどんどん青褪めていき、

「そんな⁉ 姉ちゃん‼」

と、青褪めてしまったケレスは飛行機の医務室に向かった。

 だが、医務室にはベットは使った形跡はあったが、誰もいなかった。

 そこで、

(何かわかればいいんだけど……)

と、ケレスは姉のマナを感じ取り時読みを始めた。

 これは、飛行機が着陸した時の記憶だろうか……。

 少し前の医務室の記憶がケレスには見えた。

 その記憶の中の医務室にラニーニャと、たぬてぃはいた。

 そして、

「たぬてぃ、頼みがあるの……。力を貸して。私、うさ爺の所に帰りたい」

と、言って、ラニーニャが自身の右手の人差し指を出すと、

たぬてぃはラニーニャの傍に来て自身の鼻をその人差し指にくっつけた。

「たぬてぃ、ごめんね……。忍び足……」

 それからラニーニャが たぬてぃの鼻を触りながら呟くと、ラニーニャ達の姿は消えた。

 ケレスが見れたのはここまでだった。

(忍び足? 何かわからないけど……。姉ちゃんは家に帰るつもりなんだ‼)

 それがわかったケレスはラニーニャの家に向かう事にした。

 ケレスは飛行機を降り大観衆の中を駆け抜け、人がいないミラの街の端まで来た。

(姉ちゃん。何処にいるんだ?)

 そして、ケレスがキョロキョロとラニーニャを探しているとそよ風が吹いてきて、

「少年よ、こっちじゃよ……」

という優しい年老いた男の声が聞こえ、

「誰だ?」

と、ケレスがその声の方を見ると、そこにラニーニャが蹲っており、

その傍には たぬてぃがオロオロとしていた。

「姉ちゃん‼」

 そのラニーニャの傍にケレスが駆け寄ると、

「ケレス君? どうしたの?」

と、言ったラニーニャは、へらへらと笑っていたが息は粗く苦しそうだったので、

「姉ちゃん、何してんだ⁉ 早く病院行かなきゃ‼」

と、怒鳴ったケレスがラニーニャを病院に連れて行こうと左肩を触ると、ラニーニャの体は熱く、

「姉ちゃん……。熱があるよ‼」

と、驚いたケレスがそう言ってその肩を掴むと、

「これぐらい大丈夫だから。平気、平気……」

と、言ったラニーニャはへらへらしながら立とうとしたが倒れそうになり、ケレスは支えたが、

「うさ爺。今、帰るから……」

と、苦しそうなラニーニャはそう呟きケレスの助けを拒み、その場にしゃがみ込んでしまった。

「姉ちゃん。どうして……?」

 ラニーニャの拒絶でケレスは失意の底に落とされた。

 すると、

「何してんだ」

という不機嫌そうな声と共に、煙草の匂いを纏わせた高杉が現れ、

「おっさん……」

と、ケレスが煙草の匂み釣られ高杉を見ると、

「おっさんで、悪いな」

と、眉間にしわを寄せた高杉はそう呟いてケレスを睨み、

「おい。お前、しっかりしろ」

と、その視線をラニーニャに向け言うと、

「先生? 今日は部屋を綺麗にしてます? 何か、必要な物があるの? でも、私今日もう帰るね?」

と、ラニーニャはいきなり支離滅裂な事を言い出したので、

「何言ってんだ、お前?」

と、高杉が問い掛けると、

帰りたい……。「うさ爺、助けて……」

と、苦しそうなラニーニャはそう答えたので、

「わかった」

と、言って、高杉はいきなりラニーニャを負ぶり、

「おい、たぬき。さっさとその爺さんの所に案内しろ」

と、たぬてぃを睨んで言うと、たぬてぃはムッとしたが、

高杉の右肩に乗り鼻息をフンッと掛け案内を始めた。

 そして、高杉はラニーニャを負ぶったままもの凄い速さで走り去ってしまった。

 それにケレスは付いて行こうとしたが全く追いつけなかった。

「嘘だろ⁉ どうなってんだ? おっさんのくせに……。

 それに、姉ちゃんを負ぶってるんだろ⁉ 何て速さだ‼」

 ケレスは、走り続けた。

 ケレスはそこそこ足は速く、しかも体力には自信があった。

 そのケレスが人を負ぶって走る中年の男に全く付いて行けず、それどころか離されてしまったのだ。

(何でだ‼ くそ‼)

 息があがったケレスが足を止め、唇を噛みしめると、

「若いんじゃから、まだ、がんばれるじゃろう?」

と、先程聞えた男の声がまた聞こえ、

「うわわぁ⁉ どうなってるんだ?」

と、羽が生えた様に体が軽くなったケレスは叫びながら走った。

 と言うより、追い風によって走らされた。

 だが、いつもよりも早く走ったがケレスは少しも疲れなかった。

 そのケレスが うさ爺の家に着くと、時刻は夜に近づいていた。

 そして、辺りが暗くなる中、うさ爺の家のドアの前にケレスが立つと、

勝手にドアが開き、中から無表情の ぴゅーけんが出てきた。

「えっ、ぴゅーけん⁉ 何でわかるんだ?」 

 そして、びっくりしたケレスが聞くと、ぴゅーけんはまた、ふふっと不敵に笑って中に入って行き、

「また、あいつは……。くそっ‼」

と、ケレスは少し苛立ちながらも、

「お邪魔します」

と、言って、うさ爺の家の中に入った。

 そして、大きな机がある部屋に入ると、眉間にしわを寄せた高杉が立っていた。

(うわぁ……。こぉえぇぇ……)

 それでもケレスは高杉を横目で見ながら部屋に入り、それから高杉と離れた所に座った。

 二人は話す事はなく座っているケレスとは対照的に高杉は部屋中をウロウロと歩き回っていた。

「あのぉ、座ったらどうですか?」

  その高杉の動きが気になったケレスはチラッと高杉を見て聞いたが、

「黙れ‼」

と、歩くのを停めた高杉から睨みながら怒鳴りつけられ、

「す、すみません‼」

と、怖くなったケレスはそう言って下を向いてしまい、

「何があった? 話せ‼」

と、怒鳴った高杉から詰め寄られても、ケレスは姉との約束だったので黙っていたが、

「おい。聴いてるのか‼」

と、鬼の形相になった高杉は怒鳴りながら迫ってきて、それでもケレスが黙っていると

「いい加減にしろよ‼」

と、怒鳴った高杉からケレスは左腕を鷲掴みされると不思議な事が起きた。

 ケレスは、何故かニーズヘッグでの出来事が頭に浮かんだ。

 数秒の間でニーズヘッグでの出来事がくっきりと思い出され、

一瞬その時の中にケレスはいた感じになったが、気が付いたら元の部屋にいた。

(何だったんだ?)

 何が起きたのかわからないケレスが呆然としていると、

「どういう事だ⁉ 何なんだ! あの髭の男は?」

と、鬼の形相のままの高杉から聞かれ、

「何の事だよ?」

と、ケレスは、はぐらかしたが、

「惚けるな‼ わかってんだ‼ あの髭の男は何処に行った?」

と、何故か高杉から他にもケレスしか知らない事を多く聞かれたので、

「ちょっと待て‼ 何でおっさんが色々と知ってんだ⁉」

と、動揺してしまったケレスが怒鳴りながら高杉の右腕を振り払うと、

「いいから答えろ‼」

と、怒鳴った高杉はまたケレスに詰め寄ってきた。

 すると、引き戸が、ガラっと開き、

「うるさい‼ 病人がおるんじゃ。静かにせんか‼」

と、殺気立った うさ爺から怒鳴りつけられ、ケレスと高杉は目を合わせ俯き、黙り込んでしまった。

「はあ、全く……」

 それから うさ爺はぼやいたが、ぴゅーけんからズボンを引っ張られ何かを伝えられると、

「おお、そうか……」

と、言うと、少し表情が緩み、

「二人共、来なさい」

と、言って、ケレス達をある部屋に案内した。

 そして、案内された部屋はラニーニャの部屋で、

敷布団の上でラニーニャは横になっていたが意識はある様だった。

 そのラニーニャをケレス達が見ると、

「先生、ケレス君。色々とありがとう」

と、言ったラニーニャはケレス達の顔を見て、くすっと笑い、

「知ってしまったんですね……」

と、言いながら寂しそうに高杉の顔を見たので、

「姉ちゃん⁉ 俺、おっさんに何も言ってない‼」

と、ケレスは訴えたが、

「ケレス君が言わなくても、先生は知っちゃったみたい。

 先生、時読みの力をケレス君に使ったでしょ? 顔に、かいてるよ」

と、悲しい目のラニーニャに指摘されると、

「すまん」

と、高杉は苦虫を噛み潰した様な顔で素直に謝罪したので、

「時読みって。腕をつかんだ時にか⁉」

と、仰天したケレスが叫ぶと、

「ああ。そうだ。時読みの中で記憶見と呼ばれているやつだ」

と、また高杉は素直に白状し、

「あの一瞬でか⁉ そんなぁ……。姉ちゃん、ごめん‼」

と、言って、ケレスが頭を下げると、

「いいのよ、ケレス君。何れ、わかっちゃう事だったと思うし……」

と言った、ラニーニャはまた、くすっと笑い、

「たぬてぃ、あれを持ってきてくれる?」

と、言いながら悲しそうな顔で たぬてぃを見ると、

たぬてぃは何かの紙を咥えて来てその紙をラニーニャに渡した。

「はい。先生」

 そして、何か思いつめた顔になったラニーニャが体を起こし、その紙を高杉に渡すと、

「何だ、これは……」

と、言いながらその紙を見た高杉は不機嫌になり、

「退職届です。あと、日付をいれれば出来上がる様にしてますから」

と、言ったラニーニャの目には、涙が見え出すと、

「何のつもりだ?」

と、言った高杉はさらに不機嫌になり、

「先生にはご迷惑をかける訳にはいきません」

と、言ったラニーニャの目が潤んでくると、

「あの髭の男のせいか?」

と、高杉は聞き、

「それだけじゃありません。私は、人を不幸にします。だから……」

と、答え、今にも泣きそうなラニーニャがまだ何かを言おうとした時、

「いい加減に白‼」

と、高杉は怒鳴り、ラニーニャにその先を言わせなかった。

「なぁーーにが俺に迷惑がかかるだ? そうさ! 迷惑だったよ‼」

 それからそう言った高杉は大きな溜息をついて、

「お前がいなかった日がどれだけ迷惑だったと思うんだ?

 お前がいなくて、俺が、どれだけ大変だったと思う?

 部屋は散らかるし、コーヒーは切れるし、

ゴミの日はわからんし、資料の場所はわからんし、仕事は進まんし……」

と、くどくど愚痴を言い出した。

「それって、半分以上は自分ですれば良い事なんじゃないのか……」

 そんな高杉の愚痴を聞きながらケレスはつい言葉が出てしまったが、

「どれだけ俺が心配したと思うんだ? 連絡もなく休んで……」

と、ケレスを無視した高杉はそう言って、ラニーニャの書いた退職届をビリビリに破り捨て、

「先生⁉ 何をするんですか?」

と、言いながら涙が零れたラニーニャがその紙きれを拾おうとすると、

「こんな下らん事をする前にその顔を治せ‼」

と、高杉はラニーニャを怒鳴りつけたが、

「先生……。顔は治せません……」

と、つっこんだラニーニャの涙はさらに溢れてきてしまったので、

「おっさん。顔、じゃなくて、顔色、って言わなきゃ駄目でしょ?」

と、言って、ケレスは訂正したが、

「うるさい! わかってる‼」

と、高杉はムッとした顔をでケレスを睨みながら怒鳴り、

「さっさと治ってから戻ってこい‼」

と、その顔のままラニーニャを見て怒鳴ったが、

「だけど、先生……」

と、言ったラニーニャは泣きじゃくり、これ以上話せる状態ではなくなってしまった。

 そんなラニーニャを見た高杉はあきらかにイライラし、右手で頭を掻きむしった。

「あの鈴を出せ‼」

 それから高杉がそう命令したので、ケレスは言う通りにラニーニャの鈴を手渡した。

 すると、高杉は鈴を握り何かを念じ、その高杉の手は橙色に光ったかと思ったら消えた。

 それから高杉が手を拡げると鈴は元通りに直っていた。

 その一連を見届け、

「ええぇ⁉‼ まさか、巻き戻しか⁉」

と、ケレスは驚嘆し叫んだが、それ以上声が出なくなった。

 巻き戻しとは、物体の記憶を読み取ってその物体を戻したい時まで戻す力の事である。

 性格に言えば、時読みで正確にその物体のマナの痕跡を読み取り、

その戻したい時までの状態に物体を修復する能力の事だ。

 そして、巻き戻しとは時読みの能力者の中でもごく僅かの者しか使えないのだ。

(おっさんは、本当に凄い奴だったんだ……)

 ケレスが一人で感動している内に話は進み、

「俺が、信じられんのか?

 お前をそんな顔にさせる奴の所なんかに、お前を帰したりはせん‼」

と、言った高杉は鈴をラニーニャに渡し、

「いいから、一か月は休め」

と、命令したが、

「そんな……。そんなに休んだら先生の仕事場はどうなっちゃうの?」

と、ラニーニャから懸念を抱かれてしまい、

「そんな事はどうにかなる!」

と、言った高杉が堂々と胸を張ると、

「どこからそんな自信がくるの?」

と、懸念を抱いたままのラニーニャが聞いて来たので、

「こいつを借りてく!」

と、言った高杉は、ぐいっとケレスの腕を掴んだ。

「えっ、お、俺?」

 すると、感動に浸っていたケレスは現実に戻され、

「これで満足か?」

と、聞いた高杉の眉間にはしわが増えたが、

「えへへっ。さすが先生!」

と、言ったラニーニャには笑顔が戻ったので、

「姉ちゃん。どういう事だよ?」

と、状況を読み込めないケレスが聞くと、

「俺の家に住み込みさせてやる。但し、一か月使って、駄目なら、辞めてもらう」

と、高杉はケレスを見ずに説明し、

「本当なのか⁉」

と、高杉を見たケレスが目を丸くして言うと、

「嫌ならいいんだが……」

と、不服そうに言った高杉は横目でケレスを見たが、

「嫌な訳ないだろ!

 おっさん、じゃなくて、高杉先生みたいな人の所で学べるんなんて、滅茶苦茶ラッキーじゃないか!

 よろしくお願いします‼」

と、胸が高鳴ったケレスがそう言って勢い良く頭を下げると、

「急に態度が変わるんだな……」

と、呆れた高杉はそう言って大きな溜息をついた。

「ケレス君。がんばってね」

 すると、くすくす笑いながらラニーニャはそう言って、

「ケレス君。やっぱり、アカデミーには行くの?」

と、聞いてきたので、

「当たり前だろ! 姉ちゃん、見ててくれよ‼

 俺はアカデミーを出て、この人の様なスッゲェ奴になってみせるから‼」

と、ケレスが胸を張って答えると、

「ケレス君、これを……」

と、穏やかな顔になったラニーニャはそう言いながら見た事のない鈴付きの鍵を手渡してきたので、

「姉ちゃん、これは?」

と、ケレスがその鍵を受け取って聞くと、

「遅くなったけど、私とジャップからの誕生日プレゼントだよ」

と、答えたラニーニャは、にこっと笑い、

「ええぇ⁉ 姉ちゃん、ありがとう!

 てか、これ……、何?」

と、いったものの、ケレスがその謎な鈴を鳴らしてみると、

「ジャップに聞けばわかるから。それまでのお楽しみ!」

と、言ったラニーニャは、ふふっと笑って悪戯な顔をした。

「何だよ、それ……」

 そんなラニーニャの顔にケレスがもやもやすると、

「そろそろ帰るぞ」

と、言った高杉はケレス達の話しを終わらせ、

「失礼する」

と、言って、うさ爺に軽く頭を下げると、

「ふむ……。チビが世話になった」

と、言った うさ爺も軽く頭を下げた。

 そして、高杉は一人で うさ爺の家を出て行ったので、

「先生⁉ 待ってくれ‼」

と、言ったケレスは慌てて高杉を追って うさ爺の家を出様としたが、

「お邪魔しました。姉ちゃん、またな!」

と、足を止めて言った後、うさ爺の家を後にした。

 そうしてケレスがうさ爺の家を出ると辺りはすっかり暗くなっていた。

 暗闇の中、高杉を追ってケレスが走っていると、

「がんばるんじゃ、若者よ……」

と、姿はないがまたあの老いた男の声が聞えた。

 しかし、その声は暗闇の中に聞こえたが不思議と怖くなく、

それどころかケレスを勇気付けるるものだった。

 その声にケレスは足を止めた。

 そして、

「がんばります‼」

と、空に向かって返答し、また高杉を追いかけた。

 それからミラを経由してイザヴェルの高杉の仕事場にケレスは到着した。

 だがやはり、高杉の仕事部屋は散らかっていた。

「先生。一応聞くけど、これは先生の仕業だよな?」

 ケレスが部屋の散らかりから、チラッと高杉の顔を見て尋ねると、

「俺のせいじゃない。あいつがいないせいだ」

と、答えた高杉はケレスと目を合わさず、

「そうかぁ?」

と、ケレスが揶揄うと、

「つべこべ言わず、片付けろ。クビにするぞ」

と、臍を曲げた高杉はそう言って、椅子に座ってしまった。

 それから高杉は椅子から立ち上がる気配すらなかったので、

「マジかい……」

と、ケレスは一人で片付けを始める事となった。

 そして、片付けが終わった時には時刻は深夜になっていた。

「はあ……。やっと、終わった……」

 疲れ果てているケレスが溜息をつくと、

「おい、お前。こっちに来い」

と、高杉から不愛想に声を掛けられ、

「ちょっと待ってくれよ⁉ 俺、片付けで疲れてんだ‼」

と、言ったケレスは目をしょぼしょぼさせて高杉を見たが、

「来ないんなら、クビにするぞ」

と、言い捨てた高杉はそのまま二階に上がってしまったので、

「またそうやって脅すんだから……」

と、言いながらケレスもしぶしぶ二階に上がった。

 そんな高杉の仕事場は二階が自宅となっていて、高杉は幾つかの部屋を見せてきた。

 そして、

「ここを使え」

と、言った高杉はある部屋を見せてきた。

 しかし、その部屋は狭く、電気と窓があるだけで他には何もなかった。

「ここを使っていいのか?」

 ケレスが、その部屋を見渡しながらそう言うと、

「ここしかない。嫌なら……」

と、高杉はまたあれを言いかけたが、

「いいに決まってる! ありがとう先生!」

と、そう言って高杉の言葉を遮ったケレスはその部屋に足取り軽く入った。

「後は知らん。明後日から仕事に入れ。ここでのルールはその時にでも話す」

 すると、それを見届けた高杉はそう言い残し部屋を出て行った。

 その何もない部屋でケレスは寝転び、そして、天井を見つめ笑った。

 それから、

「何か落ち着く……」

と、瞳を閉じたケレスは呟き、そのまま眠りについた。

 次の日、ケレスは窓から入る日の光で目が覚めた。

 そして、背伸びをして起き上がり窓を開けて外を眺めながら、

「いい眺めだ……」

と、言ったケレスが外の景色に惚れ惚れしていると、

「おーい、ケレス! 起きたか?」

と、窓の下には何故かそう言って手を振っているジャップがいて、

「何で⁉ 兄貴? どうしているんだ?」

と、大声で言ったケレスは慌ててジャップの所に行った。

 それから、

「兄貴、何でここに?」

と、息を切らしながら聞いた。

 ジャップによると、ラニーニャからケレスについて連絡があり、

今日はケレスの引っ越しの手伝いに来たという事だ。

「兄貴、いつもありがとな!」

 その話を聴かされたケレスは気恥ずかしくなったがそう言うと、

「なーに。気にすんな! それに、アルトの奴も手伝ってくれるみたいだ。

 早く街に行くぞ! 遅くなるとアルトがうるさいぜ?」

と、言ったジャップの先導でケレスはイザヴェルの中心街まで移動した。

 そこでまずは、

「さて、まずは家具からだな!」

と、ジャップの提案でイザヴェルの中心街にある机等の家具を見に行った。

「おお! これなんか良いんじゃないか?」

 すると、ジャップがある机に一目惚れしてそう言ったが、

「君さあ……。サイズとか、測ってるのかい?」

と、合流したアルトから呆れ顔でそう聞かれ、

「アルト! いい所に来た。どうよ、この机? デカくていいだろ?」

と、言って、ジャップが自慢すると、

「君は僕の話を聴いてたのかい?」

と、聞いたアルトの眉間にはしわが増えたが、

「ケレス。部屋の大きさを教えてくれ」

と、気を取り直してケレスに聞いてきた。

 しかし、

「実は、測ってない……」

と、正直に言ったケレスが苦笑いをすると、

「どうするんだい⁉ 部屋の大きさがわからなければ、家具なんか置けないだろう‼」

と、怒鳴ったアルトの眉間にさらにしわが増えたが、

「よーし! ケレス。あれをやるぞ!」

と、言ったジャップがケレスの肩に手を置いてきたので、

「兄貴、頼む!」

と、ジャップの意図がわかっているケレスはそう言って時読みを始めた。

 時読みは使い方によっては相手に自分の心を見せたり、相手の心見る事も出来る。

 それは、時読みの中で読心術と呼ばれる。

 読心術は、相手と心の中で相互の心を交わすもので、

相手の記憶を覗くだけの記憶見とは少し違う。

 ケレスは昔から読心術が得意で、ジャップと読心術で遊んでいたのだ。

 時読みとは違う話になるがジャップは読心術で伝えた事はケレス本人より何故か性格にわかる。

 なので、ケレスは自分のマナとジャップのマナを共鳴させ、

(兄貴、いくぞ)

と、思ってケレスの記憶をジャップに見せると、

「よし! 部屋の間取りはわかった‼」

と、言って瞳を開けたジャップは数秒で家具を選び直した。

 そうやってジャップとアルトの助けを借りケレスは家具を揃えていった。

 そして、必要な家具を揃え終わった後、

「これだけ買ったのは良いけれど、どうやって運ぶんだい?」

と、アルトに聞かれ、

「それは俺に任せなって! もう少し待ってたらいいから!」

と、言ってジャップは余裕を見せ、それから一〇分程待つと大型のトラックがケレス達の傍に来た。

 すると、

「おーい。ここだ‼」

と、そう言いながらそのトラックにジャップが手を振ると、

「ジャップ。待たせたな」

と、言いながらジャップと同年代くらいの男性がそのトラックから降りて来た。

 その男性は、身長はジャップより少し低め、体格の良い刈り上げの緑頭で小麦色肌、

そして、緑色の瞳を持っていた。

「すまんな、マルク。せっかくの休暇に」

 それからその男性にジャップがそう言いながら駆け寄ると、

「いいのって。お前の頼みだからな!」

と、マルクと呼ばれた男性はそう言って大きく頷き、

「こいつがケレスかい? 思ったより小さいな!」

と、言って、アルトを見ると、

「小さいとは失礼な‼ それに、ケレスはこっちだ‼」

と、怒鳴ったアルトは不機嫌そうにケレスを見た。

「そうか。すまんなケレス! 俺はマルク。ジャップの同僚だ。今日はよろしく!」

 すると、マルクから右手を差し出され、

「はい、マルクさん。よろしくお願いします!」

と、言いながらケレスも右手を差し出し握手をしたが、

「ところで、何がよろしくなんですか?」

と、聞いたケレスが首を傾げると、

「おいおいジャップ⁉ 説明してねえのか?」

と、ガクッとなって言ったマルクは苦笑いしながらジャップを見たが、

「言ってない」

と、ニッコリしながら言ったジャップから大きく頷かれてしまい、

「お前らしいな……。じゃあ、俺が説明する。

 大した事じゃないからどうかと思うが、俺は荷物を運びに来たんだ。

 そして、仲間から集めた古着も持って来た。

 つまり、ケレス、お前の引っ越しを手伝いに来たって訳だ!」

と、気を取り直したマルクは説明し、

「本当ですか⁉ ありがとうございます‼」

と、笑顔になったケレスが礼を言うと、

「そう言うのは言いっこなしだ! 困った時はお互い様だろ?

 さあ、荷物を積むぞ‼」

と、言ったマルクは荷物を次々とトラックに積み込みだした。

 そして、三〇分程で全ての荷物を積み終える事が出来たが、

「よし、お前ら。俺は先に行くぞ」

と、言って、マルクは一人でトラックに乗り出発したので、

「別行動か」

と、呟いたケレスがマルクを見送っていると、

「そう言えばケレス。姉貴から何か預かってないか?」

と、急に聞いてきたジャップが、そわそわし出し、

「そうだった! これ……」

と、言ったケレスはラニーニャからもらった鈴付きの鍵を出し、

「これ、何だ? 姉ちゃんが、兄貴との、俺へのプレゼントだって言ってたけど……」

と、鍵を見せて聞いた。

 すると、

「これって……」

と、何かに気付いたアルトがその答えを言いかけたが、

「だああ‼ アルト言うなぁ‼」

と、叫んだジャップは慌ててアルトが何かを言おうとしたのを止め、

「ケレス、ついて来い!」

と、言って、何処かへ走って行ってしまったので、

「兄貴⁉ 待てよ‼」

と、言ったケレスはジャップを追いかけた。

 そして、ジャップを追い掛けて行った場所は銀行だった。

 ジャップはその銀行のある部屋に行って何かのカードを差し込み、

それからボタンを数回押した。

 すると、ある鍵付きの箱が出て来た。

「ケレス。その鍵でこれを開けるんだ」

 そして、ジャップにそう指示され、

「わかった」

と、言って、ケレスが箱を開けると、中には通帳と印鑑が入っており、

「これは?」

と、ケレスが首を傾げながらそれ等を見ていると、

「まあ、その通帳の中身を見てみなって!」

と、明らかに上機嫌なジャップから指示され、

「何だよ?」

と、ケレスが通帳を開け中を見ると、中には驚く程の金額が記帳されていた。

「すごい額だな⁉ どうしたんだこれ?」

 その金額を見たケレスの手は、ふるえ出したが、

「へっへーん。これは、俺と姉貴が四年間貯めた、お前の学費だ!」

と、ジャップから自慢され、

「はっ ?どうして?」

と、手がふるえたままのケレスがジャップを見て聞くと、

「どうしてって……。それは、お前がアカデミーにいきたがっていたからな。

 姉貴が意外とアカデミーは金が掛かるからって心配してて……。

 だから、二人で出来るだけ貯めてた訳よ!」

と、ジャップは、嬉しそうに説明したが、

「兄貴……。これは、もらえない」

と、言ったケレスは通帳をジャップに返した。

「どうしてだ?」

 すると、不思議そうな顔をしたジャップは通帳を受け取ろうとせず、

「こんなに、金をもらえる訳ないだろ……」

と、言ったケレスの声はふるえてしまったが、

「だから、どうしてだ?」

と、ジャップに低く優しい声で聞かれると、

「それは……」

と、ケレスは下を向いて言葉を詰まらせてしまった。

「なあ、ケレス……。受け取ってくれ。俺達の気持を、さぁ」

 だが、ジャップがそう言いながらケレスの傍に来て、

「ケレス。お前は姉貴の希望なんだ。姉貴は途中で、アカデミーを辞めた。

 だから、お前には絶対アカデミーを無事に卒業してほしいんだ。

 俺も、姉貴と同じ気持ちだ。俺も、お前の夢を叶えてやりたい。

 俺達が出来る事は、これぐらいしかないが、ケレス、受け取ってくれ」

と、ケレスの左肩に自身の右手を置いて、言葉とその手からもジャップ達の思いを伝えてくると、

「兄貴……」

と、ケレスの目からは涙が溢れてきた。

 暫く、ケレスは涙が止まらなかった。

 泣き続けるケレスは涙の止め方がわからなかった。

 そんなケレスだったが、

「泣くなよ。ケレス」

と、ジャップに優しく言われると、

「ありがとう。受け取るよ!」

と、ケレスは顔を上げて言う事が出来たが、

「おう! 姉貴にも礼を言っとけよ!」

と、言ったジャップにケレスは頭をグシャグシャにされ、

「だーかーら‼ それは、やめろって‼」

と、怒鳴ったケレスは幸せだったのに、

「君は、呑気だね。以前も言ったけれど、アカデミーに合格してからの事を想像するなんてさ。

 ケレス、アカデミーの受験勉強はしてるのかい?」

と、それに水を差したアルトから聞かれ、

「それは、その……。まあ、それなりに……」

と、目が泳ぎ出したケレスがしどろもどろに答えると、

「はあ……。これだから君は……。

 全く、僕ぐらい秀才ならいいが、君は違うだろ?」

と、言って溜息をついたアルトは徐にケレスに近づき、

「僕も手伝うよ」

と、言って、ケレスを真直ぐ見つめてきた。

「ア、アルト? 手伝うっていうのは、一体……」

 そして、アルトの視線から逃れられないケレスに、

「特別に僕が家庭教師をしてあげるよ。感謝したまえ!」

と、髪をかき上げながら言ったアルトは涼し気な目でケレスを見つめ、

「家庭教師だって⁉」

と、嫌な予感がしたケレスは一歩、後ずさりしたが、

「もし、君がアカデミーに合格しなかったら、先輩が悲しむからね。それは、困るし」

と、言ったアルトは一歩ケレスに近づき、距離を縮め、

「おお、それは頼もしいな‼

 実技は俺がいればいいとして、アルトがいれば鬼に金棒だ!

 やったな、ケレス‼」

と、ジャップはケレスの良い未来予想図を勝手に描いたが、

「いくら僕が協力したからってケレスが努力しなくちゃ意味ないからね。

 落ちても僕のせいにするなよ」

と、言って、アルトはその未来予想図を壊しかけ、

「おう、そりゃそうだ! まあ、ケレス、がんばろうや!」

と、ジャップは励ました後、また、ケレスの頭をグシャグシャにしたが、

「だああぁ! わかったから、それは、やめろ‼」

と、怒鳴ったものの、心の内は嬉しくケレスはまた涙が溢れてきた。

 それからケレスが落ち着くのを見届け、

「そろそろ引っ越しの続きをしに行くぞ!」

と、ジャップに言われ、ケレス達は高杉の家に向かった。

 そして、高杉の家に着くと高杉の家では既にマルクが到着しており、

さらにほとんどの荷物を運び終えていた。

「すまんな、マルク!」

 そんなマルクにジャップが駆け寄ると、

「いーのって! 荷物って言ってもこれぐらいしかねえし」

と、言ったマルクは陽気に笑い、

「運ぶのは俺達がするから、ケレスは、設置に回るといい」

と、ケレスを見ながら言って頷いたので、

「わかりました。ありがとうございます。マルクさん!」

と、礼を言って、ケレスは二階に上がった。

 すると、そのケレスの部屋の前には荷物がズラッと並べられていた。

(どうやって入れようか……)

 その荷物を見たケレスが悩んでいると、

「僕が手伝うよ」

と、言いながらアルトが近づいて来たので、

「アルト、ありがとう!」

と、ケレスがアルトを見て言うと、

「まあ、成り行きだから。しかし、この部屋は使われていない割には綺麗だね」

と、部屋を軽く見渡したアルトに言われ、

「そう言えば綺麗だな……」

と、ケレスも部屋を見渡し、

(まさか、高杉先生が掃除したのか? だったら、後で礼を言わなきゃ‼)

と、心に決め、ケレスはケレスの部屋を完成させていった。

 それから机、ベット、本棚、クローゼット等配置し部屋が完成した時にはもう外は暗くなっていた。

 そして、完成したケレスの部屋で、

「おお、良い感じになったじゃないか!」

と、言いながらジャップはケレスの部屋を見渡し、

「じゃあ、今日はこれまでだな。またな、ケレス!」

と、言って、帰ろうとしたが、

「待ってよ、兄貴!」

と、ケレスがジャップを呼び止めると、

「ん? どうした、ケレス? まだ、何か用があるのか?」

と、不思議そうな顔をしたジャップに聞かれ、

「用はないけど。もう帰るのか?」

と、後ろ髪を引かれる思いになったケレスが言うと、

「もしかして、寂しいのか?」

と、ケレスの心境を察したマルクから茶化されてしまい、

「違う‼」

と、ケレスが両拳を握り締めながら否定すると、

「まあ、ケレス。また来てやるからな!」

と、言ったジャップは軽く振り返りながら右手を上げ部屋を出て行き、

「勉強の件は追って、連絡する」

と、言ったアルトはジャップに続き部屋を出て行き、

「なーに。何かあれば俺にも言いな!」

と、最後にそう言ったマルクが部屋を出て行った。

 それから、ケレス以外、誰もいなくなった部屋で、

「みんな、ありがとう‼」

と、ケレスは大声で感謝の気持ちを伝え三人を見送った。

 ケレス君、大変だったけど、いっぱい良い事があったね!

 これから、もっと、がんばるんだよ?

 じゃないと……、作者の権限で、色々としちゃうからね!

 それから、高杉さん、素敵だったでしょ?

 黄色いあいつとの感動の再開も、素敵だったはず!

 えっ⁉ それは、いらなかった……。

 ガックリ‼

 そんな君は、次の話で、黄色いあいつみたいなキャラと出会うんだよん!

 そして、次回の話のタイトルは、【ケレス、姉の正体を知る】だ……。

 あぁ……、ケレス君。

 遂に、ラニーニャちゃんの秘密を知っちゃうんだね……。

 それに、……。



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