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№ 12 ケレス、時読みの力を使う

剣の国で過ごす間に、ミューと姉の仲は、さらに悪くなってしまった。そんな中、姉が行方不明になってしまう。ケレスは時読みの力を使い、姉を探しに行くのだが……。


 ミューと紅は、同じ様な服を着ていた。

 その服は着物の様に色鮮やかで、きめ細かい刺繍がされたスカートにはひだが幾つかあり、

前で結ばれた帯は腰より上の方にあった。

「遅くなって申し訳ありません」

 その二人に見惚れているケレスに紅がそう言って軽く頭を下げたが、

「いいえ。大丈夫です」

と、言って、ケレスが首を横に振ると、

「おお、ミュー。雰囲気が変わって良いぞ! なあ、ケレス?」

と、ジャップに話しを振られケレスがミューを見ると、

「そう? 嬉しいな! 紅さんに手伝ってもらったんだけど、着替えるのに時間がかかっちゃって……」

と、言ったミューは恥ずかしそうにケレスを見つめてきた。

 そのミューの服も紅の服も美しい白色に金色が混じった鶏の絵が刺繍されていたので、

「綺麗な鶏の刺繍だな!」

と、ケレスが感想を述べると、

「この国は雷鶏ライケイを大変重宝してて、雷鶏はこの国の象徴なんだって!」

と、言ったミューはその鶏の刺繍を見せつける様にし、

「ライケイ? 何だ、それ?」

と、ケレスが聞くと、

「雷の鶏と書いて、雷鶏と言います。

 雷鶏は昔からこの国にマナを齎してくれておりますので、

彼らがいなければこの国は本当に滅んでいた事でしょう」

と、微笑んでいる紅が説明し、

「だから、この国の建物に神聖な鶏の名前が使われてるんだ」

と、ジャップが補足すると、

「その通りです。よく、御存じですね!」

と、感心した紅は言ったが、

「また、p?で調べたんだろ?」

と、透かさずケレスがつっコんでみると、

「それを言うな!」

と、言ったジャップは苦笑いをした。

 そして、

「ふふっ、仲が宜しいのですね。では、そろそろ参りましょうか?」

と、言った紅から立派な車へと案内された。

 その車は広さ、長さ共に普通見る車と違って大きく、車の中には座席の他にテーブルもあり、

座席は向かい合わせに座るタイプだった。

 そして、車の中は四人が乗ってもまだ余裕がったが、運転席はなく運転手もいなかった。

 だが、

「皆様、出発しますよ」

と、言った紅はp?を見て、

「p?、お願いします」

と、言うと、車は勝手に動き出したので、

「どうして動いてるんだ⁉」

と、驚嘆したケレスが叫ぶと、

「全て自動運転ですわ。

 今日の予定を、p?に登録しておりまして、p?と連動して車は行動するのです」

と、ふふっと笑った紅は説明し、

「凄い技術ですね!」

と、言ったケレスはわくわくしたが、

「ええ、そうですね……」

と、言った紅は俯いた。

「紅さん。どうかなされましたか?」

 すると、その紅を心配したミューの眉が下がってしまい、

「一三年前の出来事のせいでこういう技術がないとこの国は成り立ちませんから」

と、紅は俯いたまま話し、

「一三年前の出来事って大いなる災いの事ですか?」

と、ミューが聞くと、

「そうです。あの出来事のせいでヘルヘイムの人口の約半分は死にました。

 そして、その後もこの国はマナに恵まれておりません……。

 さらに、滅びの呪いやゴンズまで加わり、多くの人が死にました。

 だからこそ、ロボット達の力が必然的にいる様になったのですわ」

と、紅は俯いたまま答えた。

「そうだったんですか……。大変、苦労されたんですね」

 そして、そう言ったミューの眉がさらに下がると、

「ええ。そうですね。でも、もうそれも終わりですわ!

 帝様がゴンズを倒してくださったから、きっとこの国にも光とマナが戻ります!」

と、顔を上げて言った紅は微笑み、

「そうですね。きっと、良い方向にいきますよ!」

と、言ったミューも微笑むと、

「ありがとうございます。ミュー様!」

と、言った紅の声は明るくなった。

 そういった会話を続けている中、車は人通りのない街を通っていた。

「紅さん。この街はどうして人がいないんですか?」

 その街並みの様子がずっと気になっていたケレスが聞くと、

「代々の皇帝は御自身の街に人を住まわせていたのですが、

氷月様はその、人があまり好きではないのでして……。

 今は氷月様の屋敷付近には人は誰も住んでおりません」

と、紅は気まずそうに答え、

「ええっ⁉ こんな広い所に一人で住んでるんですか?」

と、仰天したケレスが大声を出すと、

「そうですわ。

 一二年前に帝都が移動しこの街は創られたのですが、

氷月様は代々受け継がれてきた自身の街に人を住まわせる事を拒んだのです」

と、気まずそうなまま紅は続け、

「何か寂しいですね……」

と、心が物寂しくなったケレスがぽつりと言うと、

「ええ。氷月様は一三年前のあの出来事以来、心を閉ざしておられます。

 そして、一人で全ての責を抱え込んでいらっしゃるみたいです」

と、紅はさらに物悲しくなる様な事を話したので、

「だからゴンズの時も一人だったのか……」

と、言ったケレスが溜息をつくと、

「ええ。もう少し誰かを頼ってくだされば……」

と、言った紅は少し頷き、物思いにふける様な顔になったので、

(もしかして、紅さんは帝様の事を……)

と、ケレスがそういう目で紅を見ていると、

「皆様、外を御覧ください。ニーズヘッグの街並みが見えてきましたよ」

と、言いながら窓を見た紅はケレス達に知らせた。

 紅に言われケレスが車窓を見ると多くの建物の中で多くの人が行き交い、

車の走行する音がほぼしないせいか、外の音まで聞こえた。

 そこからニーズヘッグの街並みは宝珠の国とはまた違った活気に溢れている事がわかった。

 すると、

「もうすぐヴィゾーヴニルタワーに到着します」

と、ケレスがニーズヘッグの街並みを眺めていると紅に言われヴィゾーヴニルタワーに車は到着した。

 そして専用の駐車場に車は止まり、紅の案内でヴィゾーヴニルタワーの一番高い展望台に着いたが、

そこには誰もいなかった。

「ここは他の人とかはいないのか?」

 そのガランとしたフロアを見渡しながらケレスが気になった事を聞くと、

「今の時間、貸し切りにしております」

と、答えた紅はにっこりと笑い、

「貸し切りですか⁉」

と、また仰天したケレスが大声を出すと、

「はい。帝様の言いつけですので」

と、言った紅はにっこりと笑ったままで、

「凄い気遣い‼」

と、思ったケレスの背筋は伸びてしまった。

 だが、

「まあ、ケレス。いいじゃないか! こんな経験なんて滅多に出来ないぞ?」

と、言ったジャップは平常通りで、

「おい、ミュー。見てみろ! スゲェ景色がいいぜ!」

と、言って、ミューを窓付近に誘うと、その誘いにミューはクリオネと一緒にのった。

 そして、二人とクリオネは楽しそうに話していたが、ケレスはその中に入れなかった。

(姉ちゃんも来れたら良かったのに……)

 それはケレスがそう思っていたからで、そんなケレスが俯くと、

「ケレス様。どうかなされました?」

と、心配した紅に聞かれ、

「何でもありません‼」

と、心配させまいとケレスはそう答え、ジャップ達の所へ行った。

 それから何を話したのかケレスはあまり覚えていなかった。

 何故なら、

(兄貴もミューもどうして楽しそうに出来るんだろう?)

という考えがケレスの心にずっとあって、上の空になり何も記憶に残らなかったからである。

 それでもケレスは次の目的地であるヴァルハラ教会に行く事となった。

 そして、車の中ではケレス以外、楽しそうに何かを離していた。

 そんな中、

「ケレス、聴いてるの?」

と、不意にミューに聞かれ、

「ああ、ごめん。何て言ったのか?」

と、聞いたケレスがミューを見ると、

「もうっ! ちゃんと聴いててよ!

 ヴァルハラ教会で昼食をとるんだけど、教会のカフェのメニューが四種類あるんだって!

 ケレス、何にする?」

と、聞き直したミューは、p?の画面をを見せてきた。

 そのp?の画面には食事のメニューが写し出されており、p?に触るとメニューが入れ替わり、

四種類のメニューの内容がわかった。

「そうだな。俺は、これにするよ」

 そして、その中からケレスが軽めのメニューを選ぶと、

「おい、ケレス⁉ そんな軽い食事でいいのか?」

と、ジャップに心配されたが、

「ああ。そんなに腹は減ってないしな」

と、ケレスは笑って答えた。

 そんなやり取りをしているとヴァルハラ教会に到着し、またそこも貸し切り状態だった。

 そして、バルハラ教会ではまず大聖堂に案内された。

 その大聖堂は天井にある大きなステンドガラスから太陽の光が下に流れ込んでおり、

その空間全体がステンドガラスからの美しい光で輝いていた。

(綺麗だ……)

 その光景にケレスが引き込まれている間に紅が説明をしていた様だったが、

ケレスの頭には全く入らなかった。

 そして、次はグリンカムビの鐘を下から見る事となった。

 そこから見てグリンカムビの鐘はいくつかの黄金の鐘が音を奏でている事がわかったが、

左程、鐘の大きさは大きくなかった。

「あの、紅さん。

 こんな小さな鐘だけで私達の泊まっている所まで本当に鐘の音が届いているんですか?」

 そのグリンカムビの鐘を見て不思議に思ったミューが紅を見て聞くと、

「はい。不思議でしょ? でも、聞こえるんですよ。

 そして、実はヘルヘイムからもニーズヘッグまで鐘の音は聞こえていたんですよ!」

と、紅は微笑んで答え、

「本当ですか⁉ 信じられない……」

と、驚いたミューがそう言いながら瞬きすると、

「本当です。

 一六年前の大恐慌が起こった時もこの鐘の音がこの国を優しく包んでくれたのです。

 ですからこの鐘の音でこの国は大恐慌の間も特に何事もなく過ごせました。

 そう、一三年前ヘルヘイムがあんな事にさえならなければ……」

と、言った紅は俯きかけたが、

「過ぎた事はやめますね。さあ、昼食に行きましょう!」

と、微笑んで言って、ケレス達をカフェに案内した。

 それからカフェで昼食を取る事となったが、そこには他の客の代わりに数羽の鶏がいた。

 いずれの鶏も動物ではなく霊獣の類で、

鶏達は羽ばたくと微量だが、バチバチと音を立て放電していた。

「あの、紅さん……。このコ達は一体?」

 その奇妙な鶏達を見たミューがおどおどすると、

「彼らが雷鶏です。特に危害等は加えたりはしませんよ。

 彼らはああやってこの国の重要な雷のマナを生み出してくれているんです。

 だから、大変重宝されているんですわ」

と、紅は説明し、

「そうなんですか⁉ 凄いコ達なんですね!」

と、雷鶏を見直したミューは言って雷鶏達を見つめると、

「はい。とても優秀なコ達ですわ」

と、言った紅も雷鶏達を優しく見つめた。

 それから談笑を交え昼食会は進んだ。

「皆様、如何でしたか?」

 そして、昼食会も終わり、紅からそう聞かれ、

「はい。とても楽しかったです!

 色々と学べる事も多かったですし、この国の素晴らしさがわかりました」

と、満足そうに笑っているミューは答え、

「ああ。俺も楽しかったです」

と、ジャップも笑って答えると、

「良かったですわ。まだまだお見せしたい所はありますけれど、今回はこの辺で終わりにします。

 また皆様、是非この国にいらしてくださいね」

と、言った紅に微笑まれ、

「はい。是非、行かせてもらいます」

と、言ったミューが頷くと、

「では、屋敷に戻りましょう。今宵はあなた方の為に盛大な花火が一万発打ち上げられます。

 この国の最後の良き思い出になると思いますよ?」

と、紅はにこっと笑いながら、p?には書かれていなかった事を発表した。

「スゲェ‼ 聴いたかケレス⁉

 一万発の花火だってよ! 俺、そんなに花火なんて見た事ねえぞ‼

 楽しみだな。みんなで見ようぜ‼」

 すると、興奮したジャップはそう言ったが、

「ああ、そうだな……。みんなで、見れるといいな……」

と、言ったケレスの心は、

(姉ちゃんも見れるといいな……)

だった。

 そんな心境のままのケレスが屋敷に戻る頃は時刻は夕暮れに近づいていた。

 そして、ケレスが屋敷に戻ると屋敷の庭から楽しそうな声が聞こえてきた。

(あの声は⁉)

 それから声の方にケレスが走って行くと、そこには何故か畳が敷かれており、

その上でラニーニャとアルト、それに たぬてぃが楽しそうに笑っていた。

 さらにその二人の前には茶碗があり、茶碗の横には小さな菓子までもが置かれ

アルトの前には茶釜と小さな柄杓までもが置かれており、二人でお茶会をしていた。

「姉ちゃん。体調、良くなったのか?」

 その二人に近づいたケレスがラニーニャを見て聞いたが、

「ケレス君。あの……」

と、ラニーニャは何かを言いかけ、それをやめてしまったので、

「姉ちゃん?」

と、ケレスが怪訝に思っていると、

「ごめん。アルト、戻るね。御馳走様でした……」

と、呟く様に言ったラニーニャは俯いて逃げる様に たぬてぃと屋敷に入ってしまい、

「先輩、待ってください‼」

と、アルトが呼び留めたが、ラニーニャはそのまま戻って来なかった。

「姉ちゃん。どうしたんだよ?」

 ケレスは何故ラニーニャが逃げたのかわからなかった。

 だが、

「君がそんな怖い顔をするから先輩が逃げたんだ‼

 どうして君はそんな事が出来るんだい?」

と、眉間にしわを寄せたアルトから睨みつけられた揚げ句怒鳴りつけられ、

「えっ⁉」

と、ケレスが、きょときょとすると、隣にいたミューが冷たい眼差しをしていたので、

「ミュー⁉ どうしたんだそんな顔をして?」

と、訳がわからなかったが聞くと、

「お姉ちゃんは私達よりアルトさんを択ぶんだね……」

と、答えたミューは冷たい眼差しのままクリオネを抱いて屋敷に入って行き、

「ミュー、待てよ‼」

と、ケレスは呼び止めたが、ミューはそのまま屋敷に入って行ってしまった。

「兄貴。どうしよう?」

 それからケレスがジャップに助けを求めたが、

「今、俺達に出来る事はなさそうだ。姉貴も意外と難しい所があるからな」

と、言ったジャップも良い考えがない様で、

「そんなぁ⁉ 本当に何とかならないのか?」

と、ケレスがもう一度ジャップに助けを求めると、

「まあ、ミューの機嫌が悪い訳がはっきりわかれば良いんだがな。

 訳を話せば、きっと姉貴なら許してくれると思うが……」

と、ジャップにはやはり、良い考えはなさそうで、

「そうかな……。何か今回はそうはいかない気がする……」

と、釈然といかないでいるケレスが呟く様に言うと、

「まあ、上手くいく様に俺達で何とかするしかないだろう。協力しろよケレス」

と、言って、ジャップはケレスの左肩に自身の右手を置き、

「こんな所にいても仕方がない。部屋に戻ろう」

と、提案してきたので、

「わかった……」

と、ケレスも部屋に戻る事にした。

 そして、部屋に戻ったケレスは窓の近くにある長椅子に座って外を眺めながら考えていた。

(協力って言っても何をすればいいんだ? それに、ミューは何で機嫌が悪いんだ?

 特に姉ちゃんに対してあんなに強くあたるなんて。

 つい一か月前まであんなに仲が良かったのに……)

  悩んだがケレスにはミューの心の内はわからず、

(姉ちゃんも最近、変だ。昴であんな事もあったし。

 それに昨日のあの男の人とどういう関係なんだ? それから、フェイトにしたって……

 何で姉ちゃんは俺に嘘をついたんだよ……)

と、ラニーニャについてもケレスは悩んだが何も解決出来ず、

「だああぁぁ‼ 俺はどうしたらいいんだ‼」

と、叫ぶ事しか出来ないケレスは長椅子に寝転び、

(どうか、元の関係に戻りますように……)

と、天井を見つめ願った。

 それからケレスが悩み続けている間に時刻は夜を迎えようとしていた。

 すると、p?から「トゥルルル」と、ベルの音がして、

「ケレス様。紅様からお電話です。どうなされますか?」

と言う音声が流れたので、

「p?。電話に出てくれ」

と、言って、ケレスが起き上がると、

「ケレス様。夕食会の事でお電話したのですが、今、宜しいでしょうか?」

と、p?にそう言った紅が写し出され、

「大丈夫ですよ」

と、ケレスは答えた。

 紅の電話の内容は夕食会の事で、開始時間と会場、それに参加者の名だった。

 だが、その参加者の名の中に、遂に帝 氷月の名があったのだ。

(うわ⁉ 遂に帝様も来るのか‼)

 帝の名を聞いたケレスは体が硬直してきたが、参加者にはラニーニャの名はなかったので、

「あの、紅さん。姉ちゃんは参加しないんですか?」

と、ケレスが、p?に写る紅を見つめながら聞くと、

「あの方と連絡が取れないのです。p?の電源を切っておられるみたいでして」

と、言ったp?に写る紅は困った顔をしたので、

「そうなんですか⁉」

と、驚いたケレスが大声を出すと、

「最後の夕食会ぐらいは参加してほしかったのですが……」

と、p?に写る紅が寂しそうに言ったので、

「あの、俺。姉ちゃんに声を掛けてみますね。デザートぐらいなら食べれるかもしれないし!」

と、言って、ケレスが励ますと、

「本当ですか? 是非、お願いしますね!」

と、声が弾んだ紅はテレビ電話を切った。

 それから夕食会まであと一時間程あったので、

ケレスはラニーニャをどうやって夕食会に誘うかを考えていた。

(何て言おうか? ミューが仲直りしたいって言ってるとか?

 兄貴が姉ちゃんがいないと元気が出ないとか? アルトが何か伝えたいとか?……)

 等と色々とケレスは考えたがどれも言い訳っぽくなってしまったので、

(やっぱり、正直に言おう!)

と、決心したケレスは食事会の開始時間まであと三十分になった頃、

ラニーニャの部屋の前まで行きドアをノックした。

 しかし、

「姉ちゃん。俺だけど少しいいか?」

と、ケレスが声を掛けたが返事はなく、

(姉ちゃん。もしかして、無視してんのか?)

と、思いもう一度ノックし、

「姉ちゃん。開けてくれ!」

と、呼んだがやはり、返事はなかった。

 それに違和感を覚えたケレスがドアを開けると鍵はかかってはなく、ドアはそのまま開いた。

「姉ちゃん ?俺だけど……。入るよ!」

 それからケレスがそう言いながら部屋に入ったが部屋にはラニーニャの姿はなく、

「姉ちゃん⁉」

と、大きな声で呼んだが、どこにもラニーニャはいなく、

(おかしい……。たぬてぃはここで眠ってるし。まさか、あの人に会いに行ったのか⁉)

と、ケレスが考えていると、足元にラニーニャの風霊鈴がへこみがある状態で落ちていた。

(これって、姉ちゃんの大事な鈴だよな? 何で壊れてんだ……。

 嫌な予感がする……。姉ちゃん、ごめん‼)

 そして、それに危惧の念を抱いたケレスは罪悪感を感じつつも時読みを始めた。

 時読みは物体や生物のマナの痕跡を辿る事でその物の記憶を見る事が出来る。

 時読みの能力者の力量によってどこまで記憶を辿れるかは決まる。

(俺、どこまで見れるかな……)

 ケレスは瞳を閉じラニーニャの鈴を握る事で鈴に残っているラニーニャのマナから記憶を受け取り、時読みを始める事が出来た。

 まだ外は明るく、恐らく今日ラニーニャと別れた直後の事だろう。

 ラニーニャは備え付けの丸い鏡の前で化粧をし、たぬてぃはベットで眠っていた。

「酷い顔……。情けないな、化粧でもしなきゃ人様に見せられないや……」

 そう呟いたラニーニャがいつもより濃いめの化粧をし赤色の口紅を付け終わった後、

「ねえ、たぬてぃ。どう? 変じゃないかな?」

と、明るい表情で言いながら たぬてぃを見たが、たぬてぃは眠ったままで、

「たぬてぃ……。ごめんね。疲れてるよね」

と、言ったラニーニャは、たぬてぃの傍に徐に歩いて近づき、

「ねえ、たぬてぃ……。私、これからどうしたらいいのかな? あの人、今日も会えるかな?」

と、そう言いながらベットの傍でしゃがみながら言ったラニーニャの右目から涙が一粒流れ、

「何て言えばいいの? 私が答える前にあの人、私を攫っていってくれないかな?

 私の世界が壊れる前にさ……」

と、言うと、また涙が流れラニーニャはベットに伏せてしまい、

「そんな訳、ないか……。でも、たぬてぃ、私……」

と、ラニーニャが何かを言いかけたその時、ドアをノックする音がした。

 すると、

「誰?」

と、言ったラニーニャが顔を上げドアの方を見ると、

「開けなさい。キチョウ。私だ」

と、中年ぐらいの男の声が聞こえ、

「ど、どうして、ここに?」

と、その声を聞いたラニーニャは青褪めふるえたが、

「な、何で⁉ 体が勝手に?」

と、言いながらラニーニャはドアの方へ徐に歩いて行き、鍵を開けドアを自身のその手で開けた。

 そのドアの前には深めの帽子をかぶった長い口髭のローブを纏った男性が立っていた。

「良い子だね。さあ、帰ろうか、キチョウ?」

 そして、そう言ったその男性を見るや否やラニーニャは首を横に振ったが、

「困った子だ……。私に逆らうとは‼」

と、怒鳴ったその男性は大きな溜息をついてラニーニャの左頬をバシッ!と、はつったので、

ラニーニャはそのまま床に倒れ込んだ。

 その時に鈴は壊れた様だった。

「たぬてぃ、助けて……」

 それからラニーニャが小さな声で助けを求めたが、

「あまり私の手を焼かせないでおくれ、キチョウ」

と、言いながらその男性はラニーニャに伸し掛かりラニーニャの自由を奪った。

 そして、その男性はローブの中から取り出した小瓶に入っていた布をラニーニャの口に押し当て、

「さあ、吸って。大人しく眠りなさい」

と、言いながら押し当て続けた。

 すると、ラニーニャはその手を退け様と抵抗したが、そのまま意識を失ってしまった。

「さあ、帰るぞ。キチョウ」

 そして、ラニーニャから離れたその男性がそう言うと、

何故かラニーニャは瞳を閉じたままその男性の言う通りに部屋を出て行った。

 ケレスが見れたのはここまでだった。

(どういう事だ? これは一体⁉ 姉ちゃんがさらわれた⁉)

 ケレスはどんどん血の気が引いていくのがわかり、

「たぬてぃ、起きろ! 姉ちゃんを探してくれ‼」

と、たぬてぃを叩き起こしたが、たぬてぃは寝惚けていて、

「たぬてぃ、しっかりしろ! 姉ちゃんが変なおっさんに攫われたんだ‼」

と、ケレスがもう一度怒鳴って起こすと、たぬてぃは、はっとして、辺りを見渡し、

ケレスを見つめ鼻息をフンと掛け合図を死たので、

「よし! たぬてぃ頼む‼」

と、言ったケレスは、たぬてぃを肩に載せラニーニャを探しに走った。

 そして、屋敷の外にでて人気のない街並みをケレスは駆け抜けた。

(姉ちゃん、どうか、無事でいてくれ……)

 そう願いながらケレスは全力で走った。

 それから人気のない街並みを抜けニーズヘッグの繁華街を月明かりが煌々と照らす中、

一時間程たぬてぃの言う通りに走るとケレスはある所に着いた。

(ここって、ヴァルハラ教会じゃないか?)

 そこはヴァルハラ協会だった。

「たぬてぃ、ここか?」

 そして、ケレスがヴァルハラ教会を見上げ たぬてぃを見て聞くと、

たぬてぃはブルブルふるえていたが頷いたので、

「何か昼間見た時は綺麗だったけど、今は気味が悪いな……」

と、思ったケレスはヴァルハラ教会の中に入った。

 暗く明かりのないヴァルハラ教会を たぬてぃの指示通りに進むと大聖堂に案内された。

 その空間の光は月明かりからのものに変わっており、昼間とは違う美しさがあったが不気味だった。

 そして、その光の下にラニーニャは倒れていた。

「姉ちゃん⁉」

 ラニーニャに気付いたケレスはラニーニャの所に駆け寄り、

「姉ちゃん。しっかりしろ‼」

と、声を掛けながらラニーニャの体を揺すると、

「ケレス君? どうしたの?」

と、意識を取り戻したラニーニャは小さかったが声を発し、

「姉ちゃん、良かった! 心配した‼

 姉ちゃん、変なおっさんに攫われたんだ‼ それからヴァルハラ教会に連れて来られたみたいだ‼」

と、ケレスは説明したが、

「変なおっさん?」

と、状況を飲み込めないラニーニャが首を傾げると、

「こんな夜更けに何用かね? 迷える子羊よ」

と、闇からステンドグラスの輝きの下にラニーニャを攫った中年の男性がそう言いながら現れた。

「お前は⁉ 姉ちゃんを攫った奴‼」

 そして、その男性を睨みながらケレスは怒鳴ったが、

「迷える子羊よ。今宵は先客があってな。お引き取り願おうか?」

と、言ったその男性は髭の間から歯を覗かせ、にやりと笑い、

「何言ってんだ? 変なおっさん‼ 人を攫っていてさ‼」

と、怒鳴ったケレスがラニーニャの前に立ち塞がると、

「キチョウ。お前の口からいいなさい。お前は大罪人だと。そして、私の下で、罪を償うのだと」

と、ケレスを見た後にその男性はラニーニャを睨みつけそう言ったので、

「姉ちゃん。こんな奴の言う事なんか無視しろ‼

 それに人違いだ。姉ちゃんは、キチョウなんて名前じゃない‼」

と、怒鳴ったケレスは体を拡げさらにラニーニャを見えなくしたが、

「お、お父様。私……」

と、ふるえたラニーニャの声が聞こえ、

「お父様? だって、姉ちゃんの父親って死んだんじゃ……」

と、言ったケレスは振り返ったが、

「姉ちゃん。行こう‼」

と、大声で言いながらラニーニャの腕を引っ張って大聖堂から逃げ出した。

 ケレスに考えている余裕はなかった。

 唯、この状況がヤバいという事だけはわかっていたので逃げるより他はなかった。

(あの変なおっさんから姉ちゃんを離さなきゃ‼)

 ケレスはそう思いながらラニーニャを必死に引っ張って走り大聖堂を抜け教会の庭園まで逃げた。

 そして、ケレス達は無事に教会を抜け出した。

 だが、突然グラグラと地面が揺れ出した。

「な、何だ⁉ 地震か?」

 すると、その振動でケレスはラニーニャの腕を離してしまい、

「姉ちゃん大丈夫か?」

と、言いながらケレスがラニーニャの方を見ると、

ラニーニャは地面から生えた鳥籠の中に閉じ込められていた。

「姉ちゃん⁉」

 そして、ケレスはその鳥籠をドンドンッと叩いたがその鳥籠はビクともせず、

「くそ‼ この鳥籠、何なんだ⁉」

と、怒鳴ったケレスがその鳥籠を叩き続けていると、

「無理だよ……。ケレス君、もう、あきらめて……」

と、言ったラニーニャはしゃがみ込んでしまい、

「姉ちゃん⁉ 何言ってるんだ?」

と、言ったケレスがその鳥籠を叩くのをやめると、

「もう、終わりなの……。私、お父様に見つかってしまった……」

と、呟く様に言ったラニーニャは啜り泣き出し、

「何、訳のわからない事を言ってんだ‼ みんなで宝珠の国に帰るんだろ‼」

と、ケレスが言っても、ラニーニャは泣いてばかりいた

 それからラニーニャは泣き続けケレスがどうする事も出来ずにいると、

静かな夜に足音がコツコツと響きその足音の主がケレス達に近づいて来るのがわかった。

 そして、

「もう、やめてくれないか? このは、私の下に帰らなければならない」

と、またラニーニャを攫った男性がそう言いながら歩いて近づいて来たので、

「お前、いい加減にしろ‼ 姉ちゃんは罪人なんかじゃない‼

 それに、キチョウなんて名前じゃない。ラニーニャだ‼」

と、ケレスが怒鳴ると、

「キチョウ。また嘘をついて罪を重ねたね? どうするつもりなのだ?

 早く、私の下で罪を償いなさい‼」

と、言ったその男性が大きな溜息をつくとケレスの体が急に痺れ出し、

「な、何だ⁉」

と、ケレスは言いかけたが痺れて上手く言えず、その場に倒れてしまった。

「ケレス君⁉ お父様、やめてください。ケレス君に危害を加えないで‼」

 すると、ラニーニャがその鳥籠を叩きながら訴えたが、

「キチョウ。いい加減にしなさい‼」

と、その男性の怒鳴り声がし、バチバチっという音と共にラニーニャの叫び声が月夜に響き渡った。

 そして、

「姉ちゃん……」

と、ケレスが絞り出す様に呼んだがラニーニャはぐったりとしてその場に倒れて動かず、

(ね、姉ちゃんを助けるんだ……。みんなで宝珠の国に帰るんだ……)

と、思ったケレスは手を伸ばしラニーニャの傍に行こうとしたが、

「君は、知りすぎた……。忘れてくれ」

と、その男性の静かな声を聞くとケレスは頭が割れそうになり、

(何だ⁉ この痛みは‼ 誰か、助けてくれ‼)

と、頭を押さえながら願っていると、

「だらしねえな……」

という聞き覚えのある女の声が聞こえ、ケレスの頭の痛みと体の痺れは消えた。

「どうなってるんだ?」

 それから自由になったケレスが立ち上がって辺りを見渡すと、

ケレスの目の前には昴で見た白い虎がいた。

「お前は、あの時の白い虎⁉」

 そして、その虎と目が合ったケレスが叫ぶと、

「お子ちゃまはそこで大人しくしてなぁ!」

と、言った白い虎は尻尾を横に優雅に振ってケレスを馬鹿にした後、

「おい、エテ公。いい加減にしな‼」

と、怒鳴り尻尾をピンっと真直ぐ張り姿勢を低くし金色に光る瞳を輝かせその男性を睨みつけたので、

「エテ公?」

と、不思議に思ったケレスがその光景を見ていると、

ラニーニャを取り囲んでいた鳥籠が黒い炎で燃え尽くされ壊れていった。

 そして、その炎の中にはまた昨日の男性がラニーニャを抱きかかえ立っていた。

「あなた様は……。どういうおつもりですか?」

 すると、そう言ったラニーニャを攫った男性は一歩後退りし、

「去れ」

と、一言だけ言ったラニーニャを助けた男性から月夜に生える茶色が買った黒い瞳で睨まれ、

「そうだ! 今の時間、俺様に逆らえるとでも思ってるんかい?」

と、牙を剥き出しにしながら怒鳴った白い虎からも威嚇されると、

「はあ……。わかりました。今宵はあきらめましょう」

と、溜息をつきながら言って、ラニーニャを攫った男性は静かに月夜に消えていった。

「良かった。姉ちゃん‼」

 それからケレスがラニーニャを見たが、

「キチョウ‼ すまない、遅くなった。しっかりしてくれ‼」

と、ラニーニャを助けた男性がラニーニャを抱きかかえたまましゃがみ必死に呼び掛けており、

「イェン? やっぱり、助けに来てくれた……。嬉しい。でも……怖かった」

と、その呼び掛けにラニーニャはそう言って目を開けたがすすり泣き出してしまい、

「すまない。だが、良かった、お前が無事で……」

と、ラニーニャを助けた男性はそう言ってラニーニャを優しく抱きしめ顔をラニーニャに近づけた。

「うわわわ⁉ 何だ、この人は⁉」

 それを目の当たりにしたケレスは恥ずかしくなり何処を見様かあたふたしていると、

ケレスは白い物で目を隠され、

「お前さあ……。いい加減にしなって。大人の邪魔をすんな‼」

と、言った白い虎の声が聞えたので、

「あの時の声⁉ お前が昨日の夜、邪魔をしたのか?」

と、ケレスは聞いたが、

「御名答! だが、お邪魔虫はお前の方だ♪」

と、茶化す様に白い虎から返答され、

「何だよそれ……」

と、ケレスが呆れると、

「まあ、お邪魔虫のおかげで嬢ちゃんを助けられたのは事実だがな。褒めてやるよん♪」

と、白い虎は横柄な態度で言ったが、

「偉そうな言い方……。しかし、あのおっさんは一体、何者なんだ?」

と、それを無視したケレスが首を傾げると、

「ははっ。お前は知らなくってもいーいこった! 関わらない方が身の為だよん♪」

と、白い虎からまた馬鹿にされたが、

「何だよそれ⁉ 俺は姉ちゃんの弟だ!

 姉ちゃんは最近、色々と変な奴に狙われているんだ。

 守りたいんだ‼ 何で狙われてんのか知ってるんなら教えてくれ‼」

と、ケレスが必死に頼むと、

「お前さあ……。本当に、何も知らねえんだな、あの嬢ちゃんの事を……。

 誰だって、あの嬢ちゃんの力を欲しがるさ!」

と、言った白い虎が何かを含ませる様な言い方を死たので、

「姉ちゃんの力? 何だそれ⁉」

と、ケレスが聞くと、

「あの嬢ちゃんはな……」

と、白い虎は何かを言いかけたが、

「ヘル、お喋りが過ぎるぞ‼」

と、ラニーニャを助けた男性から怒鳴りつけられ、

「ヤレヤレ……。お前のせいでイェン坊ちゃんに怒られたじゃないか!」

と、ヘルと呼ばれた白い虎が愚痴っぽく言うとケレスの白い目隠しは解かれた。

 そして、白い目隠しの正体はヘルの尻尾で、その白い尻尾に たぬてぃがじゃれていた。

 それから目の前がすっきりしたケレスがヘル達を見ていると、

「ケレス君。まき込んでしまってごめんなさい」

と、言ったラニーニャがイェンの傍で申し訳なさ気な顔でケレスを見つめていたので、

「姉ちゃん。そんな事言うなよ。俺達、家族だろ?」

と、言って、穏やかな顔でケレスがラニーニャを見ると、

「うん。だけどケレス君、お願いがあるの……」

と、言ったラニーニャは何かを言い難そうにしたので、

「お願い?」

と、言ったケレスはラニーニャの言葉を待った。

 すると、

「今日、見た事を誰にも言わないでほしい」

と、ラニーニャからケレスは思いも寄らない事を嘆願され、

「何でだよ⁉ あんな目に合ってさ。また、狙われたらどうすんだ?

 兄貴達に相談してみんなで守るから、そんな事、言うなよ‼」

と、ケレスも嘆願したが、

「お願い。言わないで」

と、ラニーニャはそれを頑なに言い続け、

「わかった……。姉ちゃん。誰にも、言わない。約束する」

と、ラニーニャの態度に負けたケレスのその言葉を聴いたラニーニャはほっとした顔をしたが、

「キチョウ。今日の所は返るんだ」

と、イェンの言葉を聞くと、

「えっ……イェン。そんなぁ⁉ 今日の約束は?」

と、言ったラニーニャの顔は泣きそうな顔に変わった。

 しかし、ラニーニャはイェンから着ていたコートを掛けられ耳元で何かを囁かれると顔は赤くなり、

へにゃっと笑い嬉しそうに頷いた。

 それからラニーニャはイェンの大きめのコートに手を通し袖先から自分の指を少しだけ出して、

幸せ一杯という顔で笑い指先で、コートの袖先を握った。

(姉ちゃん。あの人の事、好きなんだ……。俺が、入れる余裕はない……)

 そのラニーニャを見たケレスががっくりきていると、

「何だぁ? その情けない顔!」

と、たぬてぃを頭にのせたヘルから揶揄われ、

「仕方がないだろ? こんな顔にもなるさ‼」

と、怒鳴ったケレスはさらに肩を落とした。

 それからケレス達は屋敷に戻る事となった。

 幸せそうにくっついて歩く二人の後ろをケレスはたぬてぃを頭にのせたままのヘルと寂しく歩いた。

「はあ……」

 そんな二人の後ろ姿を見ながらケレスが何度も溜息をつくと、

「僕ちゃん? そんなに溜息をついたら、幸せが逃げるよん♪」

と、ヘルからまた揶揄われ、

「溜息ぐらい出るさ‼ それに、俺は幸せじゃないからどうでもいい‼」

と、自棄になったケレスが怒鳴ると、

「何 怒ってるんだい?」

と、言って、口を開けたままのヘルは首を傾げ、

「別に怒ってなんかはない……」

と、言ったケレスがじとんと幸せそうな二人を見ると、

「ははぁ~ん。そぉーういう事♪

 だぁ~て仕方がないでしょ? あの二人はずっと前からの良い仲さ!

 僕ちゃんが間に入れないのは当然なーの♪」

と、勝ち誇った様にヘルから、揶揄われ、

「だよなぁ……」

と、ケレスが幻滅すると、

「僕ちゃんが知らない事があったぐらいでそんなに落ち込んでどうするんだい?」

と、ヘルからさらに揶揄われ、

「そうだけどさ。何か、その……」

と、ケレスが言葉に詰まると、

「お前はそれぐらいの事であの嬢ちゃんを見捨てるのかい?」

と、言って、揶揄うのをやめたヘルはケレスを金色の鋭い目で睨みつけ、

「見捨てるわけないだろ‼」

と、怒鳴ったケレスが睨み返すと、

「じゃあ、見守ってやんな。嬢ちゃんが大事ならな。それが男ってもんだろ?」

と、言ったヘルは真面目な顔になった。

「うーん。何かそういうの恥ずかしい……」

 すると、ケレスは気恥ずかしがってしまい、

「まあ、僕ちゃんならそんなもんか♪ 嬢ちゃんを助けに行った事ぐらいは褒めとくよ♪

 だーが! 男としてはまだまだお子ちゃまだね‼」

と、真面目な顔のヘルから駄目だしされ、

「お子ちゃまだって? 失礼な奴‼ と言うか、お前は何者なんだ?

 霊獣? それとも精霊なのか? どちらにしても何故、話せるんだ?」

と、ケレスはヘルについて探究したが、

「僕ちゃん、今更そんな事がわからないのかい? 教えてやろうか? 俺様の事を……♫」

と、言って、ヘルが不気味に笑ったその時、空が一瞬明るくなり、そして大きな爆発音がした。

 その光と音にケレスは驚いたがそれは花火だった。

 夜空に打ち上がった何発もの花火は月夜を艶やかに彩り、

その光景をケレス達は足を止め眺めた。

 ケレスは花火を見ている間、相変わらず幸せそうなラニーニャ達を見た。

 しかし、今のケレスはその二人を見ると何故か幸せな気持ちになれた。

 そうやって三〇分程、皆で花火を楽しんだ。

 すると、

「ケレス君。花火、とっても綺麗だったね!」

と、嬉しそうなラニーニャから声を掛けられ、

「ああ。凄く綺麗だった。姉ちゃん、花火を見れて良かったな!」

と、穏やかな顔になれたケレスがそう言えると、

「うん。良かった!」

と、嬉しそうな顔のままのラニーニャはそう言って頷き、

「じゃあ、行こうか?」

と、言ったので、

「うん!」

と、言ったケレスはまた歩き出した。

 そして、帝の屋敷の近くまで帰り着くと夜も更けていた。

 そして、

「俺はここまでだ」

と、イェンから別れを告げられ、

「イェン。あの、ありがとう……」

と、ラニーニャは寂しそうに言ったが、

「約束は守る」

と、言ったイェンから優しい顔で見つめられると、

「うん。信じてるから」

と、言ったラニーニャは穏やかな顔になり、

「世話になった。感謝する」

と、イェンは爽やかにケレスに礼を言ってその場を去った。

(姉ちゃんが惚れる訳がわかった気がする!)

 ケレスがそう思いながらイェンを見送っているとラニーニャもイェンの背を見つめ見送っていた。

 それからラニーニャはイェンが見えなくなってもずっと見つめていた。

 すると、

「じゃあな。俺様もおさらばするわ♪」

と、言ったヘルは闇へ消え、

「えっ、消えた⁉ てか、お前は何者なんだ‼」

と、ケレスはヘルに言ったが無視されてしまい、

「姉ちゃん!」

と、気を取り直してラニーニャに声を掛けると、

「ケレス‼」

と、ケレスを呼ぶミューの声がした。

「ああ、ミュー。どうした?」

 そのミューの声でケレスがミューの方を見ると、

「どうした、じゃないでしょ‼ 何処に行ってたの? 心配した‼

 何で何も言わずに夕食会を欠席したの?」

と、怒鳴ったミューの顔は今にも泣きそうだったので、

「ああ、ごめん。悪かったよ」

と、ケレスが謝ると、

「悪かったじゃ、ない……。ケレス⁉ その右手、怪我してるじゃない。どうしたの?」

と、ミューに言われケレスは自身の右手の甲に傷がある事に気付き、

「ああ、怪我をしてたんだ。こんなの大した事ないさ!」

と、言ったケレスが右手を振ると、

「大した事あるよ! 血が出てる‼」

と、大声で言ったミューはケレスの右手を押さえ、

「お姉ちゃん‼ 何してたの? ケレスが怪我してるじゃない‼」

と、怒鳴り、その声でラニーニャは振り返りケレスを見た。

 すると、

「嘘⁉ ケレス君、ごめんね。気付かなかった。今、治すから‼」

と、言ったラニーニャは慌ててケレスの傍に駆け寄り治癒術をケレスに施そうとしたが、

「お姉ちゃん、ケレスに触らないで‼」

と、怒鳴ったミューはラニーニャの手を払い、

「ミューちゃん?」

と、そのミューの態度にラニーニャがキョトンとすると、

「お姉ちゃん今まで何をしてたの?」

と、聞いたミューはラニーニャを睨み、

「それは、その……」

と、答えられなかったラニーニャはミューから顔を背けた。

「言えないの? へぇ……」

 そのラニーニャの態度でミューが冷ややかに言ったので、

「ミュー。そんな言い方をするな‼ 姉ちゃんは……」

と、言って、ケレスはラニーニャを庇おうとしたが、

「ケレスは黙って‼」

と、怒鳴ったミューはケレスに何も言わせず、

「お姉ちゃん変だよ……。私達に何か言えない事があるんじゃないの?」

と、ミューはラニーニャを追及し、

「言えない事って言われても。その……」

と、呟く様に言ったラニーニャが俯くと、

「やっぱりね……。疚しい事があるんだ。嘘をついてるんだもんね?」

と、ミューは意地の悪い言い方をし、

「ミューちゃん聞いて。私、嘘なんてついてないよ?」

と、顔を上げて言ったラニーニャの目が泳ぐと、

「どうしてそんな言い方しか出来ないの? やっぱり、何かあるんだ‼」

と、怒鳴ったミューはラニーニャを追い詰めてしまい、ラニーニャはまた俯いて黙り込んだ。

 それでもミューは追及の手を緩めなかった。

「お姉ちゃん、最近変だよ。何か私達に隠してる。どうして言ってくれないの?」

 そんなミューの問いかけにラニーニャが俯いて黙ったままでいると、

「やっぱり……。お姉ちゃんは、悪い事をしてるんだ。言えないんだものね?

 あんな昴で暴れた人とか私達の蕾とやどり木の家を滅茶苦茶にした悪い人と仲良く出来るんだもの‼」

と、ミューが続けると、

「ミューちゃん、いい加減にして! フェイトやウェイライちゃんの悪口を言わないで!」

と、顔を上げたラニーニャは反論したが、

「お姉ちゃん、まだあんな悪い奴等を庇うの? どうかしてる‼

 そう言えばさっきの人は誰? どうせ言えない程、悪い人なんだろうけどね‼」

と、ラニーニャを睨みながらミューが言い返すと、

「いい加減にしなさい‼」

と、ラニーニャは怒鳴り返し、それにミューは怯んだ。

 そして、

「私の事はどんな事を言ってもいい。でもね、私の大切な人達を悪く言わないで‼

 これ以上言ったら、いくらあなたでも許さないから‼」

と、怒鳴ったラニーニャはミューを睨みつけたので、

「なあ、二人共、もうやめないか?」

と、言って、ケレスは事態を納め様としたが、ミューもラニーニャを睨み返し、

(どうしよう……)

と、間に挟まれたケレスが途方に暮れていると、

「おーい。ケレス!」

と、言いながらジャップが近づいて来た。

「兄貴!」

 すると、ジャップを見たケレスはほっとし、

「心配したぞ二人共。ん? どうした?」

と、ジャップはこの状況を見て聞いてきたが、

「私、頭を冷やしてくる」

と、答えたラニーニャはこの場を去ってしまい、たぬてぃも付いて行き、

「あっ姉ちゃん。待って!」

と、言いながらケレスがラニーニャを追い掛け様としたがミューから左腕を引っ張られ、

「ミュー、離せ! 姉ちゃんが……」

と、怒鳴ったケレスはその手を払おうとしたが、ぽろぽろと涙を流しているミューを見ると払えず、

「ケレス、行かないで……」

と、ミューに縋る様に言われたケレスはその場から動けなくなってしまった。

 暫くケレスは動けずにいたが、

「まあ、姉貴なら大丈夫だろう。とりあえずお前ら帰るぞ」

と、言ったジャップは溜息をつき、

「兄貴、姉ちゃんが……」

と、少し動ける様になったケレスはジャップを見て言ったが、

「いいから、帰るぞ‼」

と、怒鳴ったジャップにケレスは逆らえなかった。

 それからケレス達はジャップに従い屋敷に戻る事になり、

いつの間にか傍にいた無言のアルトも合流し屋敷に辿り着いた。

「先輩も怪我をしてたみたいだけどね」

 そんなアルトはそう言いながらケレスに治癒術を施し、

「アルト、ありがとう」

と、ケレスは礼を言ったがアルトはケレスと目を合わさずに屋敷に入り、

アルトのその行為はこの場の空気をさらに気まずいものへと変えた。

「さあ、俺達も入ろう!」

 すると、ジャップに陽気に言われたがケレス達は中々屋敷の方へ足が向かわず、

「ほら二人共! 入りなって。紅さんには連絡しといたから、もう心配するな!」

と、言いながらケレス達の背を押したジャップは屋敷に入り、

「よおしお前ら! 俺の部屋に来い。とことん話し合おう!」

と、半ば強引に決め、その勢いにケレス達は逆らえずジャップの部屋に行く事となった。

 それからジャップの部屋の長椅子に窮屈だったがジャップを挟んで三人で座った。

 そして、

「さあ、お前ら。何があったか話せ!」

と、言ったジャップがケレス達の肩に手を置いたが二人共、何も話せずにいると、

「じゃあ、まずはケレスからだ。今まで何処にいた?」

と、ケレスを見たジャップから聞かれ、

「ごめん、兄貴。それは言えない」

と、答えたケレスは視線を落としたが、

「ふーん。そうか」

とだけでジャップはそれ以上追及せず、

「じゃあ、ミュー。どうして機嫌が悪いんだ?」

と、ミューを見て聞くと、

「機嫌悪くない‼」

と、答えたミューはジャップを睨み、

「いや、悪いな。いつものお前ならそんな事は言わない」

と、言ったジャップは首を横に振り、

「当ててみようか? お前は、姉貴に甘えたいんだ」

と、悪戯な顔になって少し低い声で言うと、

「そんな事はないよ……」

と、言ったミューのトーンは下がったが、

「いーや! お前は姉貴に色々と聴いてほしい事があるんだ。

 だが、諸々の事情でそれが出来てない。しかも、姉貴はウェイライ達と仲良くしていた。

 お前をもっと見てほしいのに姉貴はウェイライ達を見ていた。まあ、こんな所か?」

と、ジャップに図星を突かれると、

「お兄ちゃん……」

と、痛い所を突かれたミューは泣きそうになりながらジャップを見つめた。

「そうかもしれない……。私、王宮に戻って色々と学ばなければいけない事が多くて。

 だから、上手くいかない事もあって……。その、誰かにそれを聴いてほしくて……」

 そして、ふるえた声でミューがそう話すと、

「誰かじゃなくて、姉貴にだろ?」

と、ジャップに訂正され、

「うん……」

と、悄気たミューは大きく深呼吸した後、

「それだけじゃないの……。ケレスの二回目の誕生日会の時ね、サプライズで会を計画してたでしょ? 

 それを私は知らなかった……。教えてもらえなかった。家族から除け者にされた気がしたの。

 いつもならお姉ちゃんは私には絶対に言ってくれたのに……」

と、言って、さらに悄気てしまい、その顔は悲しみに満ちていた。

 その時、ケレスは少しだけミューの気持がわかった。

 何故ならケレスもミューの事を家族で自分だけ知らず何とも言えない気持ちになったからだ。

「ミュー、お前の気持少しだけわかるよ。でも、ちょっと言いすぎだ」

 そう思ったケレスが話に入ると、

「うん、わかってる。言い過ぎた……」

と、言ったミューはさらに落ち込んで大きな溜息をつき、

「すまん。俺達も悪かった。お前に声を掛けるべきだった。嫌な思いをさせたな」

と、言ったジャップがミューの左肩に優しく手を置くと、

「お兄ちゃんが謝らないで。悪いのは私なんだから!」

と、言ったミューは顔を上げてジャップの目を見つめ、

「その気持ちを姉貴にも伝えろよ。そうすれば、きっと姉貴も謝ってくれるからさ。

 そうなったら帰りの飛行機の中でも姉貴に話をいっぱい聞いてもらえ!」

と、言いながらジャップが優しくミューを見つめると、

「お姉ちゃん、許してくれるかな……」

と、言ったミューはまた下を向いたが、

「姉貴なら許してくれるさ。俺も一緒に謝るから。ついでにケレスも謝るってさ!」

と、ジャップからまた強引に決められてしまった。

「そんな⁉ 悪いよ! 私、一人で謝ってみる!」

 すると、ミューはそう言って断ったが、

「いーや! これはもう決定事項だ。明日、朝一番でみんなで姉貴の所へ謝りに行くぞ!

 いいな、二人共‼」

と、ジャップからまた強引に決められ、

「ケレス、ごめんね。私のせいでお兄ちゃんの変な思いつきに付き合わせる事になっちゃって……」

と、言ったミューは申し訳なさ気にケレスを見たが、

「いや、構わない。俺も行くよ」

と、言って、ケレスがジャップの決め事に同意すると、

「よーし! 話合いはこれで、終わりだ。解散‼」

と、言ったジャップは満足していたので、

「兄貴。俺の事はいいのか?」

と、聞いたケレスは、ジャップを見ると、

「言いたくないんだろ? 無理に聞く事でもないし」

と、言ったジャップからふっと笑われ、

「それでいいのか⁉」

と、ケレスが瞬きしながら言うと、

「ああ。俺はお前達を信じてるから!」

と、言ったジャップは陽気に笑った。

「兄貴……」

 そして、ケレスはジャップを見つめ、

(兄貴もイェンさんとは少し違うけど……)

と、ある事を思い、

「兄貴、ありがとう!」

と、胸が熱くなったケレスはそう伝えた。

 それからケレス達はそれぞれの部屋に戻り剣の国の最後の朝を迎える準備に取り掛かった。

 



ケレス君、主人公らしく、がんばりました!

 でも、あまり、報われませんでしたね……。

 はっ⁉

  折角がんばったのに、それはないだろうだって?

 そんな事を言わないで!

 作者の私が言うのも、どうかと思うけど、がんばるんだ‼

 私は、そんな君を応援し続け、書き続けるのだから……。

 そうそう。次の話では、遂に、ケレス君が、ああなって……。

 さらに、久しぶりに、あのキャラと、感動の再開となるんだよん♪

 あっ⁉

 でも……。

 次回の投稿予定の話は、アルト君を主人公にした、【番外編 龍宮 アルトの憂鬱 2】だった……。

 ケレス君、ごめんなさーい!


 ちなみに、本編の次回の話のタイトルは、【ケレス、人の優しさを知る】なのだ☆


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