№ 10 ケレス、祟り神の終焉を見る
ケレスは、寂れた家で会った少女に導かれ、フェンリル山へ向かう事となった。そして、フェンリル山で一夜を過ごす事になったケレス達の前に、また祟り神が出現した。ケレス達は、朱雀達の協力で祟り神を追い詰めるのだが……。
現れたのはニョルズで消えた少女だった。
「あ、あなた⁉ 何でここにいるの‼」
その少女を見るや否やミューが怒鳴りつけると、
少女は持っていた物をゴトンと落とし部屋から出て行こうとしたが、
「あっ、まって!」
と、ラニーニャがその少女が落とした物を拾いながら引き留めた。
ラニーニャが拾った物は、果物と牛乳の様な物が入った瓶だった。
「はい、これ。もしかして、君がクリオネを助けてくれたの?」
それからラニーニャが優しく話し掛けると、その少女は小さく頷き、
「やっぱり! そうだったの。クリオネが綺麗だった訳がわかった。
ありがとう。クリオネを助けてくれて。えっと、君、名前は? 私は、ラニーニャって言うの」
と、またラニーニャが優しく話し掛けると、
「パイ・ウェイライ……」
と、小さな声で少女は名乗り、
「パイ・ウェイライ? えっと、何て呼んだらいいのかな?」
と、首を傾げながらラニーニャが聞くと、
「ウェイライでいい」
と、俯いたまま少女は答えた。
ウェイライと名のった少女は、年は一五歳前後、髪は紫色のショートボブヘアーで瞳は黒色、
色白の肌に厚手の袖のある服を着てズボンをはいていた。
「ウェイライちゃん、改めて言わせてね。クリオネを助けてくれてありがとう。
ところで、この家は君の家なの?」
そして、ラニーニャから聞かれ、
「私のおじいちゃんの家だった。でも、今は誰も住んでいない」
と、首を横に振ったウェイライは答え、
「そうだったの……。じゃあ、この食べ物はどうしたのかな?」
と、ラニーニャから聞かれてもウェイライは口を閉ざしたままだったので、
「もしかして、これ、クリオネにあげるのかな?」
と、果物を持ってラニーニャが聞くと、
「そのコ、お腹、空いてるんじゃないかと思った。だから、果物と、牛乳を持って来たんだ」
と、顔を上げなかったがウェイライは答えたので、
「そう、わかった。じゃあ、これ、クリオネにあげるね!」
と、ラニーニャが言うと、ウェイライは、小さく頷いた。
それからアルトの支持通りにラニーニャがその果物を小さく切り、牛乳と混ぜ、
クリオネにラニーニャがスプーンを使い少しずつ食べさせた。
「クリオネ、おいしかった?」
そして、ラニーニャが聞くと、
「ワン」
と、クリオネは鳴き、その鳴き声は少しだが元気そうに聞こえた。
すると、またメタがラニーニャのリュックをあさり始めたので、
「メタ、どうした?」
と、そのメタを見ながら腕組みしていたジャップが聞くと、
「もしかして、リンゴをあげてって言ってるのかも!」
と、言ったラニーニャがリンゴを取り出すと、
クリオネは体を起こして、うさ爺のリンゴを欲しそうに、ヒューンと鼻で鳴いた。
「待ってね。今、切るから……」
そのクリオネを見てラニーニャはうさ爺のリンゴを切ろうとしたが、
「何?」
と、左横を見るとラニーニャの腰辺りで小さく真っ白な雪の様なウリ坊がリンゴを取ろうとしていた。
「ヨルちゃん、駄目!」
すると、その真っ白なウリ坊にウェイライが注意したが、
「もしかして、君も食べたいの? ちょっと待ってね……」
と、言ったラニーニャはそのリンゴを半分に切り、半分のリンゴをクリオネに与えた後、
「はい、これは、君の分だよ。食べてみて」
と、言って、残りのリンゴをそのウリ坊に与えるとそのウリ坊は、ガシガシっとそれを食べた。
そして、
「このコ、ウェイライちゃんの霊獣? 可愛いね」
と、言って、ラニーニャがそのウリ坊を撫でると、
「はい。私の霊獣、ヨルちゃんって言うの」
と、言ったウェイライはやっと顔を上げてくれ、
「そっか。ヨルちゃん。うさ爺のリンゴ、美味しかったんだね。良かった!」
と、言ったラニーニャがヨルに笑い掛けると、クリオネがラニーニャにじゃれてきたので、
「おっと! クリオネ。元気になったんだね!」
と、言ったラニーニャがクリオネを撫でた後、クリオネはヨルに擦り寄ったが、
「クリオネ‼ そんな事しちゃ、駄目‼」
と、ミューが怒鳴ってクリオネをヨルから引き離し、ウェイライを睨むと、
ウェイライはそれに怯みまた視線を落としてしまった。
「まあまあ、ミュー。落ち着けって! クリオネは見つかったんだし。
それよりどうやって宝珠の国に帰るか?」
すると、ジャップは陽気に言ってミューを宥め、
「そうだね。海は氷が熔けている可能性が高いから海は使えないだろうね」
と、アルトが分析した事を冷静に話すと、
「なあ、ウェイライ。この辺に街はあるか?」
と、ジャップはウェイライに聞いたが、
「ない」
と、ウェイライは俯いたまま答え、
「そっか。どうしたもんかな……」
と、困った顔のジャップが左手で後ろ頭を掻くと、
「街は、遠くにならある。
でも、街に行くにはフェンリル山を越えてそれから歩いて二日はかかる」
と、俯いたままのウェイライから教えられ、
「マジか⁉ そんなにかかるのか‼ はあ、あと何回野営しなきゃいけないんだ……」
と、ケレスが落胆すると、
「この国で野営なんて無理だ‼ 昼でも、夜でも魔物が出る!
それにお前達の様な服ではフェンリル山で凍死するぞ‼」
と、顔を上げたウェイライに教えられ、
「そんな⁉ どうしたらいいんだ?」
と、ケレスは頭を抱えてしまったが、
「ウェイライちゃん。私達、宝珠の国に帰りたいの。何か方法知らないかな?」
と、ラニーニャが優しい声でウェイライに聞くと、
「ある」
と、答えたウェイライはラニーニャを見て頷き、
「ウェイライちゃん、その方法を教えてほしいんだけど……」
と、ラニーニャが少し顔を右に傾けウェイライに頼むと、
「いいよ、お姉さん。付いてきて」
と、ウェイライは快く引き受けてくれた。
それからウェイライは部屋を出て行き、ラニーニャがそれに付いて行こうとした時、
「お姉ちゃん⁉ あんなコの言う事、信じていいの?」
と、ミューが大声でそれを止めた。
それに対し、
「大丈夫だと思うけど?」
と、答えたラニーニャは平気な顔をしていたが、
「何でそんな事を言えるの? あのコはクリオネが警戒してたんだよ?
また変な事をしたり、嘘をついてるかもしれない‼」
と、ミューは険悪な顔で訴え、
「今はクリオネは警戒してないよ。仲良くしたそうだったし。
それに、あのコは嘘をついてないと思う。信じていいと思うよ」
と、平気な顔のままのラニーニャがミューの意見を否定すると、
「お姉ちゃんは何も知らないからそんな事を言えるんだ‼
クリオネだって、私の方が気持ちがわかるし。私、あんなコなんて信じないから‼」
と、怒鳴ったミューは険悪の顔のままラニーニャを睨みつけ、
「ミューちゃん。どうしてそんな事を言うの?」
と、聞いたラニーニャがミューに近づこうとしたが、
ミューはラニーニャを睨みつけたまま何も言わず、ラニーニャはミューに近づけなかった。
すると、
「まあ、ミュー。そんなに心配しなくてもいいだろう。
それに、何かあっても俺がいるから任せろ!」
と、陽気に言ったジャップからミューは左肩に右手を置かれ、
あまり納得していなかった様だったがジャップに従った。
そして、ウェイライの祖父の家を出るとヨルの姿が変わっていた。
何と、ヨルは平屋ぐらいの高さで幅は数メートル程の姿に巨大化していたのだ。
「これは……、またデカくなったなぁ⁉」
その巨大化したヨルを見上げそう言ったケレスがあんぐり口を開けると、
「ヨルちゃんに乗れ。みんなが乗ってもいいぞ!」
と、ヨルの上に乗っているウェイライから元気良く言われ、
「乗れって、どうやって乗るんだ?」
と、ケレスがウェイライを見て聞くと、
「よじ登れ!」
と、ウェイライは右手を突上げ答え、
(随分荒っぽい乗り方を指示するもんだ……)
と、ケレスが呆れていると、
「うわあ! 温かくて、ふわふわしてるんだね!」
と、楽しそうなラニーニャと、たぬてぃがヨルの上に既に乗っていて、
「そうだろ? ヨルちゃんは凄いんだ!」
と、ウェイライは嬉しそうに自慢した。
「ははっ。姉ちゃん、意外と積極的だな! さて、俺達も乗るか?」
そして、ケレスはミューを見て誘ったが、
「私、乗らない」
と、ケレスを見ずにミューは不貞腐れた言い方をし、
「ヨルちゃんの傍にいないと凍死するぞ!」
と、ウェイライから説得されても、
「ララ達がいればそんなのに乗らなくても凍死なんてしないわ‼」
と、怒鳴ったミューはララに乗り、
「ケレス、ララに乗って‼」
と、ケレスに指示したが、
「えっ、でも……」
と、ケレスがララに乗れずにいると、
「ララ達のおかげでここまで寒くなかったんだよ‼
だから、これからもそんなのに頼らなくてもいい‼ 早く、こっちに乗って‼」
と、ミューはまだケレスにララに乗る様に指示し続けた。
それでもケレスがララに乗れずにいると、
「よっと! オルト、頼むぞ! ケレスもララに乗るんだ!」
と、そう指示したジャップはオルトに飛び乗り、
「あ、ああ。わかったよ兄貴……」
と、言ったケレスがもやもやしながらもララに乗ると、
「アルト、姉貴を頼んだ!」
と、ジャップに言われ、
「君に言われなくてもわかってるさ」
と、既にヨルに乗っていたアルトはそう言った後、
「ヨル君、頼んだよ」
と、言って、ヨルを優しく撫でると、
「ヒャーーーーーゴ!」
と、ヨルは辺りに轟く様な鳴き声を上げて動き出し、それにララ達も続いた。
ヨルの速さは平常時の朱雀達に比べると劣るが、そこそこ速かった。
(しかし、この辺りは本当に寂れているな……)
走っているララに乗って辺りを見渡しながらケレスはそう思った。
アルタルフは本当に寂れており、街だった形跡はあるが全く生活感はなく、
滅びに向かっているのが目に見えた。
(これが災いのせいなのか……)
そのアルタルフの光景を見続けているケレスに不安が過ったが、
地面に薄っすらと雪が積もっている場所になり、
(この辺りはまだ自然や雪が残っているんだ。良かった……)
と、ケレスはほっとした。
そして、さらにヨルが進んだ道は山道に繋がっている様でどうやらフェンリル山に着いた様だった。
フェンリル山は舗装等されておらず険しい山道だったが、その山道をヨルは軽々と登って行った。
一方、朱雀達は足下を雪や石で獲られ、登りにくそうだった。
「うわっ⁉ ララ、大丈夫か?」
すると、ララはグラつき、心配になったケレスが聞くと、
「大丈夫よ‼」
と、怒鳴ったミューが答え、
「でも、ララだけでも歩くのが大変なのに、俺達が乗ってていいのか?」
と、ケレスが聞くと、
「大丈夫だって言ってるでしょ‼」
と、ミューからきつい言い方をされ、
「ミュー……」
と、ケレスがそれ以上何も言えなくなると、
「おーい、ウェイライ。悪いが、俺達もヨルに乗せてくれないか?」
と、言ったジャップはオルトの足を止めさせた。
「いいよ、お兄さん」
そして、ウェイライがヨルの足を止めさせると、
「ケレス、ミュー。お前達ヨルに乗り換えるぞ!」
と、指示したジャップはオルトから降り、
「お兄ちゃん⁉ どうして?」
と、ララに乗ったままのミューから聞かれたが、
「ララ達は二日間走り続けてきたんだ。そんな奴らにこれ以上負担をかけさせる事は出来ない‼」
と、答えたジャップは語気を強め、
「おお! 本当に温かくて気持ちいいな!」
と、さっさとヨルによじ登ってそう言った後、
「早くヨルに乗るんだ!」
と、ケレス達を見ながらそう言って手を振ったので、
「ミュー、行こうか?」
と、ケレスは言ったが、ミューはララから降りなかった。
すると、ララが姿勢を低くし、ミューを降りる様にさせた。
「ララ、どうしたの?」
そのララに驚いたミューが聞くと、
「ミュー、ヨルに乗り換えるぞ!」
と、言ったケレスはミューの手を引いてララから一緒に降り、
「私、乗りたくない‼」
と、ミューはそう言ってヨルに乗る事を拒んだが、
「ミュー、兄貴の言う通りだ‼ ララ達にこれ以上負担をかけさせられない‼
みんなで宝珠の国に帰る為にはそうするのが一番だ‼」
と、ケレスから説得されたミューは不本意ながらもクリオネと共にヨルに乗り込んだ。
「いくぞ、少し急ぐから、しっかり捕まっていろ!」
それから全員ヨルに乗り込むとウェイライはヨルに急ぐように命令し、
ヨルはスピードを上げて走り出したがそれに朱雀達は遅れずに付いて来ていた。
「すっげぇ、速いな!」
そのヨルの上で風を感じているケレスが楽しそうに言うと、
「そうだ! ヨルちゃんは速く走れるんだ!」
と、満面の笑みのウェイライから自慢され、
「速いね。しかもヨルちゃんは、ふわふわしてて温かくて気持ちいいよ」
と、言ったラニーニャの顔も笑顔だった。
ヨルは見た目通り体毛がふわふわして温かく、ヨルの毛の間にいると寒さを全く感じなかった。
「本当だ! ララとは違う温かさだ⁉」
そのヨルの体毛にケレスが不思議がると、
「ヨルちゃんの体毛は寒さを弾き返すんだ!」
と、ウェイライから教えられたが、
「寒さを弾き返す?」
と、ケレスがさらに不思議がると、
「ヨル君は、フヴェリゲルミル族だ。
彼女の一族は極寒の寒さを生きぬく為、体毛がそれに適応し、
温かいだけでなく寒さを受け入れない様に進化しているんだ。
だから、彼女達の毛は剣の国では大変重宝されている」
と、アルトから享受され、
「ほう、さすが博識のアルト! と言うか、ヨルは雌なのか⁉」
と、ケレスが感心し驚くと、
「そうだ! ヨルちゃんは女のコだ。だから、特に毛は ふわふわしてる!」
と、ウェイライからまた自慢され、
「ははっ! それはわからなかった。何にせよ、温かいな。ミュー?」
と、ケレスがミューに話をふると、
「クリオネだって女のコだよ‼
しかも、炎のマナのおかげでそんなコよりずっと、温かいんだから‼」
と、語気を強め言ったミューはクリオネを抱きしめて剥れてしまった。
(ミューの奴、何か変だ……)
ミューの態度にケレスは心に何かつっかえるものをかんじた。
それでもヨルはフェンリル山をどんどん登って行った。
そして、フェンリル山を登り始めて一時間程すると辺りは暗くなってきた。
そんな中、
「もうすぐ、私の家に着く。今日は、そこで泊まってくれ」
と、ウェイライが提案し、
「えっ⁉ ウェイライちゃん、いいの?」
と、言ったラニーニャは戸惑ったが
「勿論だ!」
と、言ったウェイライは嬉しそうにラニーニャに寄り添い、
「何か悪いな……。クリオネを助けてもらった上に色々と世話になっちゃって」
と、言ったラニーニャは右隣にいるウェイライを見て眉を下げ、
「気にするな。それにお姉さんは、ヨルちゃんにリンゴをくれた。私、嬉しかった!」
と、言ったウェイライはラニーニャを見上げにっこりと笑い、
「リンゴって言ってもあのくらいしかあげれなかったのに……。
そうだ! 無事に宝珠の国に帰ったらもっとあげるね。
勿論、ウェイライちゃんにもあげるから私の家に来てよ!」
と、眉が戻ったラニーニャが誘うと、
「うん。行く! お姉さんの家に。約束だ!」
と、嬉しそうに言ったウェイライは目を輝かせた。
(姉ちゃん。いつの間にウェイライと仲が良くなったんだろう?)
ケレスがそんな二人を見て少し寂しさを感じていると、
「着いたぞ、あれが私の家!」
と、ウェイライがある家を指で指した。
その家は家というより牧場で、広い敷地に柵がありその敷地に平屋があった。
しかし、柵の中には特に動物等は見当たらなく、鳴き声も聞こえなかった。
(何の動物を飼っているんだ?)
それからケレスがそう思いながらウェイライの家の入り口に近づくと、
「帰った!」
と、言って、ウェイライは家に入った。
すると、
「何処に行ってたんだ、ウェイライ?」
と、家の中にいた中年の女性に聞かれ、
「母さん、遅くなってごめん。それと、客人だ」
と、ウェイライが答えると、
「客人?」
と、言ったウェイライの母は不思議そうな顔をしケレス達を見つめてきた。
ウェイライの母は、痩せ型で、年齢は四〇代前半、
身長はミューと同じくらいで、色白、髪の色と長さはウェイライと同じだった。
そして、服装もウェイライと同じ様な厚手の物を着ていた。
「そう……。皆さん、とりあえず、お入りなさい。霊獣の方もね」
すると、ウェイライの母はそう言って会釈した後、ケレス達を招き入れてくれ、
「お邪魔します」
と、言って、ラニーニャが軽く頭を下げると、
「お姉さん、遠慮は無用だ! こっちに来て、暖炉があるんだ!」
と、言ったウェイライが嬉しそうにラニーニャの手を引っ張って暖炉の傍に連れていってしまい、
「すみません、家の子が⁉」
と、ウェイライの母は焦ったが、
「いえ。こちらこそ、すみません。いきなりこんな大勢で押し寄せてしまって。ご迷惑をかけます」
と、言ったジャップが頭を下げ、ケレス達はウェイライの家に入る事となった。。
ウェイライの家の中はケレス達が全員入っても余裕がある広さだったが、
暖炉の温かさが充満しており、その温かさでケレスは何か背負っていたものが消え、ほっとした。
それは朱雀達も同じ気持ちだった様で、メタは腹を出し転がり、
そのメタにパラが覆いかぶさってじゃれだした。
それをララとオルトは温かく見守っていた。
そして、
「あなた達は何処から来たの?」
と、ウェイライの母から聞かれ、
「宝珠の国です」
と、ラニーニャが答えると、
「宝珠の国⁉ どうやってそんな処から来たの?」
と、驚いたウェイライの母からまた聞かれ、
「凍った海を渡って来ました」
と、今度はジャップが答えると、
「海が凍っていた⁉ どうして?」
と、言ったウェイライの母は一瞬顔を曇らせ、
「俺達、猪の祟り神を追ってここまで来たんだ。
そいつは俺達の国も凍らせちまって、それをクリオネが追い払おうとしたんだが……」
と、ジャップが説明すると、
「猪の祟り神が……⁉」
と、言葉をつまらせたウェイライの母はふらついた。
「大丈夫ですか⁉」
すると、ラニーニャが慌ててウェイライの母を支え、
「母さん、どうしたの? まさか⁉」
と、言ったウェイライの顔は今にも泣きそうになったが、
「ウェイライ、唯の立ち眩みよ。心配しないで」
と、言ったウェイライの母は一人で立ち、
「皆さん、お疲れでしょう? 何か温かい物を作りますね。その間、部屋で寛いでいてください」
と、笑いながら優しく言った。
「そんな⁉ お体が悪いのでは?」
そして、ラニーニャはウェイライの母を支え様としたが、
「心配しないで」
と、ふふっと笑ったウェイライの母はそれを拒絶し、部屋を出様としたので、
「じゃあ、せめて手伝わせてください!」
と、言ったラニーニャはウェイライの母に付いて行き、それに たぬてぃも付いて行くと、
「私も手伝う!」
と、言いながらウェイライも付いて行った。
ラニーニャが部屋を出て行ってからケレスはソファーに座っていた。
そして、ジャップはアルトと朱雀達と戯れていて、
ミューはクリオネと一緒にケレスとは別のソファーに座っていた。
(しかし、無事に帰りつけるのか?)
そんな中、窓の外を見ながらぼんやりとケレスが考えていると、
ジャップがミューに声を掛け朱雀達との輪に入らせ、
「ケレス、こっちに来いよ! 暖炉が滅茶苦茶温かいぞ!」
と、ジャップはケレスも誘ってきたので、
(兄貴は余裕あんな……)
と、眉が下がっているケレスは思いながらジャップの所に行った。
だが、暖炉はジャップの言う通り温かく、少しだがケレスの気持を落ち着かせてくれた。
「はあ、何か、落ち着く……」
その暖炉の温かさで思わず心の声が漏れたケレスに、
「だろ? いいよな、暖炉って!」
と、陽気な声でジャップは言って、ケレス達が暫く暖炉に当たっていると、
「夕食、出来たよ!」
と、言いながらラニーニャが丼を持って来て、そこから湯気と共に食欲が出る匂いが漂ってきたので、
「美味そうな匂いだな。姉貴、何だそれは?」
と、鼻をひくひくさせながらジャップが聞くと、
「チャンポンだ!」
と、答えたウェイライの右手にも丼があり、
人数分の丼が机に並べられ食事の準備ができたが、
「なあ、この二本の棒は何だ?」
と、ケレスは二本の棒を見ながら聞いた。
「これは、箸だ。これを使って食べるんだ!」
すると、ウェイライはそう答えたが、
「箸ってこれなのか⁉ で、これをどう使うんだ?」
と、目を丸くしたケレスがウェイライを見て聞くと、
「こういう風に持って使うんだよ」
と、言ったラニーニャは箸を右手に持って器用に動かし、
「姉ちゃん⁉ よく、そうやって使えるな‼」
と、驚いたケレスがラニーニャを見て聞くと、
「俺も、使えるぜぃ!」
と、言ったジャップも同じ様に箸を持っており、アルトまで使える様だったので、
「マジか⁉ そんなの、出来っこない‼」
と、焦ったケレスが軽蔑する目で箸を睨みながら言うと、
「これをお使いなさい」
と、言ったウェイライの母から救いのフォークを差し出され、
「ありがとうございます!」
と、ケレスは食事に有り付く事が出来た。
チャンポンは小さく切った豚肉に、キャベツとニンジン、それに、もやしが具としてあり、
それがスープに浸かった中太麺の上にのっていた。
スープは白濁し湯気が出ており、その匂いは食欲をそそるものだった。
「いただきます!」
まず、そう言ったケレスがチャンポンを口に入れると、
「美味い‼」
と、思わずその言葉が出た。
チャンポンは味は濃く、スープと麺がよく絡んで絶妙な味を醸し出していた。
しかもケレスにとって久しぶりの普通の食事だったのでどんどん腹にチャンポンは入っていった。
そして、ケレスと同様にチャンポンをジャップは勢いよく食べていたが、
アルトは上品に箸を使いゆっくりと食べていた。
「お姉さん、料理、上手だ!」
一方、ウェイライは嬉しそうにラニーニャを見ながらチャンポンを食べていて、
「そう? ウェイライちゃんのお母さんの教え方が良かったんだよ」
と、言ったラニーニャは笑って食べていたが、ミューは食べておらず、
「ミューちゃん、美味しくないの?」
と、心配したラニーニャは聞いたが、ミューから何故か無視され、
「ミューちゃん?」
と、またラニーニャが声を掛けると、ミューは、バンッ‼とフォークを強く机に叩きつけた。
「ミューちゃん、何かあったの?」
それからラニーニャが聞いても、
「別に」
と、ミューはラニーニャを見ずに冷たく答え、
悲しそうな顔のラニーニャが何も言えずにいると、
「お前、お姉さんに冷たくないか?」
と、言って、ウェイライがラニーニャを庇ったが、
「あなたには関係ない事よ。黙って‼」
と、ミューから怒鳴なれそれにウェイライが怯み泣きそうになると、
「ミューちゃん、そんなに怒鳴らないで。ウェイライちゃんがかわいそうよ」
と、ウェイライを庇ったラニーニャの言葉は、ミューをさらに怒らせてしまった。
「何でお姉ちゃんはそんなコを庇うの? それに、何で赤き女王をそのコの霊獣なんかにあげたの?
そのコ達のせいで蕾とやどり木の家は焼けちゃったんだよ‼
所詮、お姉ちゃんは蕾とやどり木の家の子供じゃないからわからないかもしれないけど、
私はそのコを許せない‼
まして、そんなコと仲良くするお姉ちゃんなんか、大嫌い‼」
ミューはラニーニャを睨みつけ、感情をぶつける様に怒鳴りつけた。
すると、ラニーニャはケレスが一度も見たことのない悲しそうな顔をした。
「ミュー、言いすぎだ‼」
そのラニーニャの顔を見たケレスが怒鳴るとミューは、はっとした顔をしケレスを見たが、
「ケレス君、いいの。その通りだから……」
と、ふるえたラニーニャの声がした。
そして、ケレスがラニーニャを見るとラニーニャは俯いておりその顔を見る事は出来なかった。
「ごめんね、ミューちゃん……。私、ミューちゃんの気持、考えなかった。
配慮が足りなかった……。姉として、失格だね」
それからラニーニャは言葉を絞り出しケレス達から顔を背けたが、
「ウェイライ、帰った。何か食わせろ」
と、言いながら少年が部屋に入って来ると、
「あっ、お前は⁉」
と、その少年を見たケレスは思わず叫んだ。
何故なら、その少年は昴で暴れた少年だったからである。
「な、何で⁉ あんたがここにいるんだ‼」
しかし、その少年はケレスを無視しラニーニャを見て叫んだので、
(何だ、この二人⁉ やっぱり知り合いだったのか?)
と、そう思ったケレスが二人を見ていると、
「こっちに来い‼」
と、少年はラニーニャの腕を掴んで何処かに連れて行ってしまい、
「あっ、フェイトちゃん。待ってよ‼」
と、言ったウェイライと、たぬてぃが二人を追いかけた。
そして、三人と たぬてぃがいなくなった部屋は静まり返った。
「御馳走様でした」
すると、そう言ったアルトが静かに席を立ちその場から離れ、ケレスが呆然となっていると、
「ケレス、まあ、食事をすまそうぜ。せっかくのチャンポンが冷める。
ミューも食べれるだけ食べとけ。ずっと、まともな食事をしてなかったんだ。
それに明日以降も何があるのか、わからねえし」
と、ジャップから言われミューは小さく頷きチャンポンを食べだし、
ケレスも残りのチャンポンを食べる事にした。
そして、食事を済ませると男三人で一つの部屋に招かれた。
「今日はここでソファーでお休みください」
それからウェイライの母はそう言いながら毛布を持ってきてくれ、
「ありがとうございます」
と、言って、ケレスが毛布を受け取ると、それはとても暖かく軽かったので、
「これ、凄く温かいんですね!」
と、言ったケレスがその毛布を体に絡ませ笑うと、
「これはフヴェリゲルミル族の毛を編み込んであるの
とても軽いけど温かくて、これ一枚あればこの地の寒さなんて平気なのよ」
と、ウェイライの母は言った後、
「ごめんなさいね。ウェイライがあなた達に迷惑掛けたみたいで……」
と、言って、頭を下げた。
「うわわ⁉ そんな事しないでください‼ それに、ミューだって言い過ぎたんだし!」
そのウェイライの母の行動に驚いたケレスが思わず毛布を手放し叫ぶと、
「あなた達は早くここを立ち去った方がいい。ここにいたら良くない事ばかり起きるわ……」
と、顔を上げて言ったウェイライの母は静かに部屋を出て行った。
「良くない事って何だ?」
そして、ウェイライの母が出て行ったドアを見ながらぼんやりとケレスが言うと、
「さあな。まあ、とりあえず今日は休んで明日みんなで帰る事を考え様ぜ」
と、欠伸をしているジャップから言われ、
「そうだな。なあ、兄貴。姉ちゃん大丈夫かな?」
と、ジャップを見ながらケレスは聞いたが、
「姉貴は大丈夫だ‼ いいから早く寝ろ‼」
と、怒鳴ったジャップは毛布を頭まで掛け横になってしまった。
(何か兄貴、変だ……)
ケレスはジャップのその態度が気になったが疲れからかすぐに眠る事が出来た。
しかし、深夜帯になるとケレスは目が覚めた。
(今、何時だ? 時計なんてないし、一応トイレにでも行っておくか!)
そう思ったケレスは毛布をどけたが、
(ひええ‼ 滅茶苦茶、寒い‼)
と、また毛布を頭まで掛け、
(悪いけど、このままトイレに行こう!)
と、考え、ケレスは毛布を体に巻いて行動した。
そして、ケレスが用を済ませ部屋に帰ろうとした時、
「君、何してるのさ? そんな格好で……」
と、呆れているアルトに声を掛けられた。
「アルト⁉ お前こそ何をしてんだ?」
驚きながらもケレスが毛布を手放さずに聞くと、
「僕が先に質問してるんだけど……。まあ、いいさ。
僕はヨル君に頼まれて彼女の家族の様子を診せてもらっていたんだ」
と、アルトは溜息交じりに答え、
「ヨルの家族? どうかしたのか? と言うか、ヨルと、アルトは話せるのか?」
と、ケレスがそのままの状態で聞くと、
「話せないけど僕は彼女達の気持は、わかる。
君もヨル君の家族を見てみるかい? 僕が話すより、早いから」
と、答えた後、アルトは何処かに歩いて行ってしまい、
「おい、待ってくれ、アルト⁉」
と、毛布を巻いたままケレスはそう言って付いて行った。
そんなアルトは外に出て行き、そして、広い小屋の前で泊まった。
それから、アルトはその中に入りケレスがそれに続いて中に入ると、そこは畜舎だった。
そこには数体の猪の霊獣が寝ていたが、その猪の霊獣は痩せ細って毛艶が悪く、
そして中には膿んだ傷を持ったものもいた。
「この霊獣達がヨルの家族なのか⁉ だけど、何か弱ってないか?」
その霊獣達を見たケレスが寒気を感じ体から毛布がするっと落ちたのも気付かない程愕然となると、
「ああ、そうだね。彼らはヨル君の家族で、手の施しようがない程弱っている」
と、話したアルトは一つ息を吐き、
「何かの病気なのか?」
と、ケレスはアルトを見て聞いたが、
「病気と言えばそうなのかもしれないが、これは滅びの呪いだ」
と、溜息混じりのアルトの答えに、
「滅びの呪いだって⁉ じゃあ、こいつらはもう……」
と、ケレスはそれ以上言葉が出なかった。
何故なら、滅びの呪いは治す方法がなく唯、死を待つだけだからである。
一六年前、世界を襲った大恐慌。
そこで世界を滅びに向かわせようとした要因の一つが滅びの呪いだった。
滅びの呪いは、生きとし生けるもののマナを滅ぼし、多くの命を奪っていった。
そして、人々の恐怖心を煽り、争いを齎した。
「アルト、お前でも呪いを何とか出来ないのか?」
そして、アルトを見ずに俯いているケレスが聞くと、
「無理だね。
僕が出来る事と言えば彼等の傷を治して少しでも負の気持を減らしてあげる事ぐらいだ。
そうする事で彼らを魔物や祟り神にする可能性を減らす事が出来るかもしれないからね」
と、答えたアルトは一体のフヴェルゲルミルに治癒術を施した。
すると、そのフヴェルゲルミルの膿んでいた傷は癒えて言った。
「なあ、アルト。
一三年前の事もあるけど、災いはアマテラス様によって全て消えたんじゃないのか?
それなのにこの国はどうしてまだこんなに土地も生き物も寂れていて、呪いがあるんだ?」
それから顔を上げたケレスがアルトの背に聞くと、
「アマテラス様は太陽の化身だ。
一二年前のアマテラス様の加護は君達の国や僕達の国を照らしたけど、
剣の国は照らさなかったんだ。
だから、この国は災いや呪いを享けたままみたいだね」
と、ケレスに背を向けたままアルトは答え
「はい、終わったよ。少しは痛みがとれたかい?」
と、そのフヴェルゲルミルに優しく聞くと、
「ひゃー……」
と、返事をする様にそのフヴェルゲルミルはか細い声で鳴き、
「君は、祟り神とか魔物になっちゃ駄目だからね」
と、言いながらアルトはそのフヴェルゲルミルの頭をを優しく撫でた。
「アルト。祟り神や魔物は普通の霊獣からなるのか?」
そして、アルトの背を見ていて心が苦しくなったケレスがそう聞くと、
「霊獣だけじゃないよ。どんな生き物からもそうなってしまう可能性はある。
災いが滅びの呪いを生む限り、それは避けれないんだ。
そして、弱く、清らかなものから呪いは侵し始める。このコ達みたいにね」
と、アルトはさらにケレスの心を苦しめる事を答えた後、
「そろそろ部屋に戻ろう」
と、ケレスを見て言ってから畜舎を出て行った。
ケレスは何も出来なかったが、猪の霊獣を優しく撫でた。
そして、
(どうか、助かってくれ……)
と、願い畜舎を出ると、そこにラニーニャと、たぬてぃ、それにフェイトまでもがいた。
「姉ちゃん⁉ どうしてここに?」
そのラニーニャを見たケレスが目を丸くして聞くと、
「お前には関係ねえだろ?」
と、フェイトが意地悪く答え、
「フェイト、あの……」
と、ラニーニャが何かを言おうとすると、
「あんたは黙ってろ‼」
と、怒鳴ったフェイトはラニーニャの前に立ち何も言わせず、
「お前、一体何者なんだ? 姉ちゃんの何なんだ?」
と、ケレスは一歩前に踏み出し睨んで聞いたが、フェイトは不敵に笑い何も答えなかった。
それからケレスとフェイトが睨み合っていると、地響きの様な唸り声がこの辺り一帯に轟いた。
「な、何だ⁉ 魔物か?」
その唸り声に驚いたケレスが辺りを見渡すと、
「いやぁ……。こいつは、アレのお出ましだ!」
と、言ったフェイトは笑みを浮かべ、
「あれ、だって?」
と、ケレスが言うと、朱雀達が集まり、
「おーい、ケレス、アルト!」
と、大声で言いながらジャップとミューが近づいて来た。
「兄貴、ミュー。どうしたんだ?」
そして、ケレスがジャップ達を見ながら聞くと、
「俺にも良くわからないが、朱雀達が警戒しだしてな。
だから、外に出てみたんだが……。何か、ヤバい事になりそうだ」
と、答えたジャップの顔が険しくなると、
畜舎から一際大きな猪の霊獣が出てきた。
「うわあ、デカい‼」
ケレスがその猪の霊獣を見上げ言うと、その猪の霊獣はケレスを見つめてきた。
その猪の霊獣は、大きさはヨルが大きくなった時よりも大きく、
額付近までの長さの立派な舌牙を生やしていた。
しかし、毛艶はあまり良いとは言えず、全体的に老いた感じがした。
(何でこいつは俺を見てるんだ?)
その猪の霊獣に見つめられているケレスは胸がドキドキし、胸を左手で抑えていると、
「エーリガルちゃん。どうした?」
と、声を掛けたウェイライがその猪の霊獣に近づいて行き、
「エーリガルちゃん? こいつもウェイライの霊獣か?」
と、ケレスがウェイライを見て聞くと、
「そうだ! エーリガルちゃんは私達の霊獣で、ヨルちゃんのお父さんだ。
そして、皆のリーダーだ!」
と、ウェイライはエーリガルを見て自慢する様に答え、
「リーダーねえ……。確かに頼りになる貫禄があるな!」
と、ケレスがエーリガルをまじまじと見て言うと、エーリガルは何処かに行こうとし、
「エーリガルちゃん⁉ 何処に行くんだ? 一人じゃ危ない‼ 行くな‼」
と、そう言ってウェイライは停めたが、エーリガルはそのまま行ってしまい、
「エーリガルちゃん待って‼」
と、叫んだウェイライが追い掛け様としたが、
「ウェイライちゃん待って! そんな格好で行くのは危険よ‼」
と、言ったラニーニャから止められた。
「お姉さん。私、エーリガルちゃんをほっとけない‼」
すると、ウェイライは眉を顰めラニーニャを見つめ訴え、
「わかってる。だから、ちゃんと準備してから行動しよう。私も一緒に行くから」
と、言ったラニーニャは優しくウェイライを見つめると、ウェイライは頷いた。
そして、ウェイライとラニーニャ、それに、たぬてぃは家に戻って行き、
それに笑いながらフェイトが付いて行った。
「おいおい、姉ちゃん⁉ 行く気なのか? 兄貴、どうしよう?」
その様子を見ていたケレスは狼狽えたが、
「仕方がない。俺も行くか」
と、ふぅーと息を吐いて言ったジャップも家に戻って行き、
「はあ、まあ、僕も付き合うよ」
と、溜息をつきながら言ったアルトまでも家に戻ってしまったので、
「何考えてんだ みんな⁉ なあ、ミュー?」
と、同意を求める様にケレスはミューを見て言ったが、
「私も行く」
と、ミューはエーリガルが消えた方をじっと見つめたままそう言った。
「なっ⁉ ミューまで何を言い出すんだ‼」
そのミューの思いも寄らない言動でケレスが動揺すると、
「恐らく、あの祟り神が近くにいるんだ。あいつをどうにかしないとこの世界をまた不幸にする‼
だから、私、あいつを倒すわ‼」
と、言ったミューは凛々しい顔でララを見て、
「ララ、クリオネ、行くよ‼」
と、ララに乗り込んで叫び、そのままエーリガルを追いかけてしまった。
「だわわわ⁉ ミュー、待て‼」
ケレスは止めたがミューを乗せたララはそのまま走り去ってしまった。
「くっそう、こうしちゃいられない‼ 兄貴達に知らせなきゃ‼」
そして、ケレスはウェイライの家に向かった。
「兄貴、大変だ‼ ミューの奴がエーリガルを追い掛けてララとクリオネと行ってしまった‼」
それからウェイライの家で身振り手振りを交えケレスが知らせると、
「何だって⁉ 何してんだミューの奴‼ 急いで追い掛けねえと‼」
と、大声で言ったジャップは防寒具を着ており、
「兄貴、その格好は?」
と、キョトンとしているケレスが聞くと、
「ウェイライの母さんが貸してくれたんだ。
フヴェリゲルミル族の毛が編み込まれていてとても温かいんだぜ!」
と、答えたジャップはケレスに全ての防寒着を見せつけたので、
「俺にも貸し手くれないか?」
と、ケレスがウェイライの母に頼むと、
「いいですよ」
と、快くケレスの頼みをウェイライの母は承諾してくれた。
そして、ケレスが防寒具を借りていると、
「あの、ミューちゃんのもお願い出来ませんか?」
と、泣きそうな顔のラニーニャから頼まれ、
「はい。彼女の分も用意します。気を確かにね。そして、必ず無事で帰って来てください」
と、ウェイライの母はラニーニャを見つめ、そう言いながら手を握り、
「ありがとうございます」
と、ラニーニャは礼を言って、ミューの分の防寒着を借りた。
そうしてケレスも防寒着を着込み準備は整った。
そして、ケレスが家を出るとまた大きくなったヨルが待っており、
その上にはケレス以外の者が既に乗っていた。
「ケレス、早く乗れ! 出発するぞ‼」
すると、ジャップに言われケレスもヨルに乗り込むと先頭にウェイライが一人で座っていた。
そして、その後ろにフェイトとラニーニャ、その後ろにジャップとアルトが座っていたので、
ケレスはジャップ達の後ろである最後尾に座る事となった。
「よし、ヨルちゃん、出発だ!」
それからウェイライの号令でヨルは動き出した。
ヨルは暗い中、迷う事なく凄い速さで進んでいたので、
「なあ、ちょっと聞くけど。ヨルは、前ちゃんと見えてるのか?」
と、不安になったケレスが聞くと
「ヨル君は目より鼻の方が良いから暗くても、ちゃんと目的地に向かっている」
と、アルトから冷静に答えられたので、
(相変わらずアルトは博識だ)
と、ケレスは感心し、ヨルの毛の間に埋もれていた。
そして、ヨルは月も星も輝いていない夜の山道を駆け抜け、
感覚だけでもケレスは山を登っている事だけはわかった。
(何処まで登るんだ?)
そんな中、ケレスがそう考えていると、ヨルが急に止まり、
そのせいでケレスはジャップの背中に顔をぶつけ、
「いってぇ! 鼻を打った‼」
と、鼻を抑えながら叫ぶと、
「ケレス、用心しろ‼ 囲まれてる‼」
と、ジャップから低い声で警告され、
「囲まれてるって、何に?」
と、涙目のケレスが周りを見渡しながら言うと、何かがケレス達を見ている感じがした。
「ウェイライ、ヨルを小さくしろ‼」
そして、ジャップが命令すると、
「わかった‼」
と、ウェイライの声がしてヨルはどんどん小さくなったので、ケレスは地面に尻もちをついてしまい、
「兄貴、一体どうしたんだ?」
と、今度は尻を摩りながらケレスが聞くと、
「ケレス、伏せろ‼」
と、ジャップはまた叫んだ。
何が何だかわからなかったがケレスは伏せた。
すると、ケレスの頭の上で、ゴギッと鈍い音と、
「グギャアァ‼‼」
という獣の声がし、ドサッと何かが地面に落ちる音がした。
そして、その音の方をケレスが見ると、人ぐらいの大きさの何かが数体倒れていた。
「何だ、あれ……」
それを見ながらそう言ったケレスが息を飲むと、
「魔物だ‼ まだ、かなりの数がいる。気を抜くな‼」
と、言ったジャップは警戒し、
「魔物だって⁉ さっきの囲んでいた奴は全部そいつらか‼」
と、言ったケレスが身構えると、
「恐らくな。すまん、ケレス。俺はお前を守ってやれる余裕がないかもしれん」
と、その言葉の通りジャップは余裕をなくしていて、
「そんなに状況は良くないのか‼ 俺はどうしたらいいんだ⁉」
と、ケレスが慌てふためくと、いきなりケレスの体は宙に浮いた。
「うわぁあぁ⁉ な、何だぁ‼」
何が起こっているのかわからないケレスが叫ぶと、
「うるせえな。黙れ」
と、声が聞こえ、ケレスは乱暴に地面におろされうつ伏せになり、
「何だ?」
と、起き上がったケレスが声の主を見上げ言うと、それはフェイトだった。
「邪魔だ。そこで大人しくしてろ。おい、ウェイライ! ついでにこいつも守れ‼」
すると、フェイトにそう言われ、
「はい、フェイトちゃん。任せて!」
と、返事をしたウェイライの傍にケレスはおろされており、
そこにラニーニャと、たぬてぃ、それに、ヨルもいた。
「姉ちゃん、大丈夫だったか?」
そして、ケレスがラニーニャの傍に駆け寄って聞くと、
「私は大丈夫。ケレス君も無事で良かった。でも、この魔物達は一体なんなのかな?」
と、答えたラニーニャから聞かれ、
「こいつ等ゴンズの手下共だ‼ 危険な奴等。気を付けて‼」
と、ウェイライが答えると、
「ゴンズ? 誰の事?」
と、ラニーニャは首を傾げ、
「この地に生まれた猪の祟り神だ」
と、厳しい顔のウェイライが言うと、
「猪の祟り神⁉ もしかして宝珠の国に来たあいつか?」
と、大声で言ったケレスは目を丸くし、
「多分、そう」
と、悲しそうな声でウェイライが言うと、
「そうか。でも、そいつは何で宝珠の国に来たんだ? 何がしたいんだ?」
と、ケレスに謎が増えてしまった。
すると、
「祟り神は自分の仲間を増やし、自分の世界を広める。そして、世界を滅びに導く」
と、言ったウェイライの声はふるえ出し、
「じゃあそいつは宝珠の国を滅ぼそうとしてんのか?
それに、もしかして俺達を仲間にしようと考えてんのか?」
と、言ったケレスの声もふるえ出すと、
「かもな」
と、ふるえた声のままのウェイライは答えた。
ケレスとウェイライはまだ話していたが、
「ヒャーーーーーゴ!」
と、ヨルが何かを知らせる様に悲鳴を挙げ、
「ヨルちゃん。どうした?」
と、ウェイライがヨルを見て聞くと、空から ひらひらと雪が降ってきた。
すると、ラニーニャがその場に倒れた。
「お姉さん⁉ どうした?」
そして、ウェイライは呼び掛けたが、ラニーニャはふるえて何も言えず、
「まさか、この雪は⁉」
と、その雪を見たケレスが警戒すると、雪が集まり猪の化け物の姿となり、
その猪の化け物はケレス達に近づいて来た。
「ゴンズ⁉ お前、お姉さんに何をした‼」
その猪の化け物を見たウェイライはラニーニャを庇いそう叫んだ。
そのウェイライの叫びでケレスは宝珠の国で会った猪の化け物がゴンズであると確信した。
だが、ゴンズは無言でケレス達を睨んみ徐に近づいてきた。
すると、ケレスはまた背筋が凍る程の寒気を感じ金縛りにあった様に動けなくなった。
それはウェイライもヨルも同じで、ふるえて座りこんでいた。
(まただ……。こいつが近くに来ると怖くて動けなくなる。
何とかしなきゃいけないけどどうする事も出来ない‼)
ケレスは何も出来ずやきもきしていた。
すると、炎の壁が現れケレス達を守り、ケレス達の金縛りは解けた。
そして、
「ケレス、大丈夫?」
と、炎の壁からミューがララとクリオネと現れた。
「ミュー。助かったぜ!」
そのミューを見たケレスが顔を上げ言うと、
「後は私達に任せて! お兄ちゃん達の所にはオルト達が合流してる。
ララ、クリオネ、お願い‼」
と、ミューがララとクリオネに攻撃命令すると、
ゴンズは後ずさりしてケレス達から離れ、ケレスは、さらに動ける様になった。
しかし、ラニーニャだけはふるえたままだった。
「お姉さん、大丈夫?」
そのラニーニャの背をウェイライが摩りながら聞いたが、ラニーニャはふるえたまま何も言わず、
「姉ちゃん、どうしたんだ? 寒いのか?」
と、ケレスもラニーニャを見つめ声を掛けると、魔物が数体ケレス達に襲いかかってきて、
「げっ⁉ こっちに来んな‼」
と、ケレスが目を閉じ伏せると、
「はあぁ。だらしねえ奴……」
と、呆れたフェイトの声が聞こえ、ケレスが目を開けると数体の魔物達が近くで倒れており、
その傍には何故か瞳が金色に輝いているフェイトが立っており、ケレスを見ていた。
「フェイトちゃん、ありがとう!」
すると、そのフェイトを見たウェイライに笑顔が見えたが、
「おい、そこの雑魚‼ 見っともねえなぁ。お前じゃ女一人守れねえのか?」
と、そう言ってフェイトはケレスを馬鹿にし、
「お前に期待した俺が悪かった。ウェイライ‼ 今度こそしっかり守れ‼」
と、言い残し、また他の戦いに行ってしまった。
「何だ、あいつぅ‼ 人を馬鹿にして‼ だけど……」
拳をふるわせたケレスはラニーニャを見た。
ラニーニャはウェイライに支えられ、怯えてふるえていた。
「姉ちゃん……。俺、男の癖に、誰も守れない。ごめん……」
そのラニーニャを見たケレスは自分が情けなくなり涙が出そうになった。
すると、ケレスの背中に、トンッと衝撃が走った。
「何だ?」
そんなケレスが振り返ると、そこにエーリガルがいて、
「エーリガル⁉ 無事だったんだ!」
と、思わずケレスが言うと、エーリガルは何か言いたそうにケレスをじっと見つめてきて、
ケレスも視線を外さずに見つめていると、
「エーリガル、お前、ケガしてる⁉」
という事に気付いたが、
エーリガルは瞳を一度閉じまたケレスを見つめ何か言いたげにケレスを見つめ続けた。
「エーリガル、俺に何か言いたいのか?」
そして、ケレスがその瞳に聞くと、
「エーリガルちゃん、魔物は自分に任せろって言ってる!
お前に元気出せって言ってる! それから、お前にまだやれる事、あるって言ってる!」
と、ウェイライが元気良く答え、
「エーリガル、そうなのか?」
と、ケレスが聞くと、エーリガルは頷き、
「俺にやれる事……」
と、エーリガルの瞳に写る自分を見たケレスは少し考え、
「わかった、エーリガル! 俺に今やれる事は……」
と、言ったケレスは大きく頷き、
「姉ちゃん、大丈夫だ! みんながんばってる。だから、もう少し姉ちゃんもがんばってくれ‼」
と、ラニーニャを見て励ました。
「ケレス君? 怖い……」
すると、ラニーニャは青白い顔でふるえながら返事をして、
「大丈夫! みんな、いるから‼ しっかりしてくれ、姉ちゃん‼ みんなで宝珠の国に帰ろう‼」
と、ケレスが励ますと、
「お姉さん。フェイトちゃん、がんばってる! 信じろ!」
と、ウェイライも励まし、ケレスとウェイライ、たぬてぃとヨルでラニーニャの傍で声を掛け続け、
ラニーニャを励まし見守った。
そうする事でラニーニャのふるえは徐々に収まってきた。
「ケレス君、ウェイライちゃん、それにヨルちゃん、たぬてぃ、ありがとう」
そして、そう言ったラニーニャに笑顔が戻ると、
「お姉さん、良かった!」
と、言ったウェイライも笑ったが、
衝撃派と熱風がケレス達の所にまで伝わりまた恐ろしい悲鳴の様な鳴き声が轟いた。
「何だ⁉」
その衝撃派等でケレスが身構えながら声の方を見ると、ゴンズが炎の渦に巻かれており、
炎に包まれたゴンズはとても苦しそうだったが朱雀達は炎の攻撃を止めなかった。
「これで、祟り神を倒せるんじゃないか?」
その光景を見てケレスは安心した。
「駄目‼ 殺さないで‼」
だが、思わぬ事を言い出したラニーニャはゴンズの傍に行こうとし、
「えっ⁉ 姉ちゃん、今、何て?」
と、ケレスがラニーニャを見ると、最後のあがきに出たゴンズは炎を纏い見境なく暴れだしてしまい、
「うわあわあ⁉ 滅茶苦茶暴れだした‼ 早く、消えてくれ‼」
と、ケレスが願う様に叫ぶと、
「ごめんね。私のせいで。今、行くから……」
と、絞り出す様に言葉を発したラニーニャはそれでもゴンズの傍に行こうとしたので、
「姉ちゃん、駄目だ‼ じっとしてろ‼」
と、怒鳴ったケレスがラニーニャを抑えつけると、
「離して! 私、行かなきゃ‼」
と、言ったラニーニャは暴れて抵抗した。
「どうしたんだよ姉ちゃん⁉」
それでもケレスがラニーニャを離さずに言うと、
「ゴギャーーーーーーーーーーーゴオオ‼‼」
と、断末魔の叫びが響き渡り、そしてごんずは何故か氷漬けになって粉々になり、
粉雪の様になったゴンズは風に流され跡形もなく消えた。
「どうなってんだ? さっきまで炎まみれだったのに⁉」
そして、ほっとしたケレスが言うと、ゴンズが消えた辺りに見知らぬ男が立っていたが、
「何かまた変な奴が出てきたな。でも、祟り神は消えた。やった! 姉ちゃん……」
と、ケレスがラニーニャを見て言うと、
「ごめんなさい……」
と、ラニーニャは泣きながら言い続けた。
それからケレスやウェイライが声を掛けてもラニーニャはそのまま鳴き続けた。
(姉ちゃん、どうしたんだ? 祟り神は滅んで、みんな無事だったのに、どうして……)
そして、泣き続けるラニーニャを前に舌ケレスは唯、ラニーニャの傍にいる事しか出来なかった。
ケレス君……。
いくら、寒いからっていっても、あんな事をしちゃ、駄目じゃない‼
そんな事をするから、罰が当たったんだよ。 鼻と、お尻は大丈夫かい?
まあ、無事みたいだから、良かった。
そして、次の話に登場する彼は、怖いぞ‼
気をつける事だね!
あっ⁉
でも、次の投稿予定の話は、君じゃなく、
アルト君を主人公とした話し、【番外編 龍宮 アルトの憂鬱 1】だった……。
まあ、怖ぁ~い彼のお話は、その次って事で☆




