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秘密はバックヤードに

双子が可愛い!!

 舞衣とのやりとりは、バイトを始めてからの人気のやり取りになっている。天然な舞衣のボケを僕がツッコミをするというやり取りは、普段家にいるときのやり取りと何も変わっていないような気がするのが、正直なところだ。

 ホールで注文を受け、キッチンスペースに帰ってくると、中から店長岩田 イサミが顔を出す。筋肉質で身長は190センチもあり、目つきも鋭く第一印象からはすごく怖い人だ。でも僕たちがここでバイトをする理由を受け入れてくれた人であり、なぜか僕が女装をしてバイトをすることを許可した人でもある。

 見た目にそぐわず、可愛い物好きということもあり僕の女装に必要なアイテムを一式用意してくれたのだ。

「あ、朝比奈ちゃんそろそろ上がる時間だから、気を付けてね」

 そう言って、すぐにキッチンに戻る店長。平日の夕方だが、今日はいつもよりお客さんが入っていて混雑していた。

 キッチンの横に細い通路があり、その奥がバックヤードとなっている。店長のこだわりでトイレなどは従業員とお客様とで別で、5階建てのビルの2・3階を店長が所有していると教えてもらったときは驚いた。

 しっかりと「男子用更衣室」と書かれた貼り紙の方に入る僕は、手慣れた手つきでウィッグを外す。店長がわざわざ用意してくれたものでお値段は結構高いらしいこの代物を、丁重に扱う。

 代金を支払う話をしたのだが、店の売り上げに繋がるなら先行投資、気にしないでと言われた。後でバイト歴の長い先輩・黒子に聞いたのは、店長の趣味はコスプレらしく、可愛い子を着飾るのが趣味だから気にしなくていいと言われた。季節のイベントでは本気の店長が見れるらしい。

「お客さん騙している気持ちになるのは、駄目だよなぁ」

 更衣室には十個ほどのロッカーがあり、丸椅子が二つだけあった。従業員の休憩所スペースはまた別にあるというとても働きやすい場所だ。

 丸椅子に座り、心を落ち着かせようとしていたら、ドアの向こうからドタバタと足音がする。

「ちょっと、舞衣ちゃん、今は朝比奈さんが入っているから……」

 止める黒子先輩の声と妹の声がする。何か間違いがあっては困るから……という理由でメンバー全員に僕の性別は知られている。

「大丈夫だよ、兄妹だもん、ね、おにぃ」

 勢いよく開く扉の向こうでは同僚の黒子 香織ちゃんが、僕の上半身裸なのを見て顔を真っ赤にして立ち去る。

「ごめんなさい!見るつもりはなかったんです」

 お詫びを入れる間も無く走り去っていく後ろ姿に視線を向けていると、店の方から店長の声が聞こえてきた。

「ちょっと、声が大きいわよぉぉぉ」

 これはまずい。お店の方まで今の呼び名が聞こえていたらさっき“姉妹”であると宣言したのが水の泡になってしまう。

「すみません、店長‼」

 舞衣がお店に向かって叫び返す。

 元気が取り柄ですっごく美人で可愛い妹を一人にさせられなくて同じバイト先を選んだんだけど、どうして僕が女装をしているのか分からない。

 だからお父さんに何のバイトをしているのか話せていない。

「えへへ、怒られちった」

 悪びれる様子もなく後ろ手でドアを閉める舞衣は、更衣室に二つあるうちの一つのパイプ椅子に腰を下ろした。

「と言うか僕、着替えてるんだけど?恥じらいって無いの?」

「何年一緒に生活してるの。今更恥じらう必要ある?」

 腰まである長い髪を耳の上で二つ縛りにしている妹の舞衣は僕の目から見ても可愛い。可愛いから許してしまうのが活けないのは重々承知しているハズなんだけど、甘やかしてしまう。

 僕は気にせず帰り支度を始める。はじめのうちは脱ぐのに時間のかかったメイド服、ストッキングなどなども、三か月も着ていれば手慣れたものだ。

「今日は助けて貰ったから早めにお礼を言いたくて。日替わりメニュー難しい」

「舞衣の場合は覚える気が無いんだろう?」

「あっ、バレてる?」

 控えめに言っても顔が良い妹。中身が少し抜けているからこそのその可愛らしさを他の男にくれてやるつもりは無い。

 可愛い制服を着るバイトをしたいという希望は叶えられるけど、その姿を誰かに見られるのも複雑な兄貴心。

 控えめなノックの後に、今度は違う先輩の声がする。基本的に可愛い洋服が好きな人が勤めていて、二十歳過ぎの人が多い。アイドルを目指している人もいるらしくて、勤めている人はみんな可愛い人ばかりだ。

「舞衣ぃ、今日も来ているよ。噂の王子様。まだ着替えてないなら見に行く?」

 ……舞衣がいるのは男子更衣室何だけど、着替えていなかったらって、先輩も結構混乱しているのかな?と言いつつも、基本的にこの店には裏方も女性の方が多く、僕と店長くらいしか男性はいない。

「行く行く」

「舞衣早く帰らないと父さん心配するから……」

 時計を見ると夜の八時を回っていた。男で一人で僕たち双子を育ててくれていて、滅茶苦茶心配性の父さん。僕と舞衣に護身術として空手を叩きこんでくれている。それに舞衣のカバンの中には防犯グッズが紛れ込まれている。 

「ちょっと見て直ぐ着替えてくるから、待ってて」

 上目遣いでおねだりをしてくる舞衣は、僕にどう頼めばいいか一番よく分かっている。周囲には“シスコン”と言われる僕。可愛い妹がいればこれくらいの思考回路になるのは当然だろうと思っているんだけど、誰も認めてくれない。僕が頷くと満面の笑みで舞衣は部屋を出て行った。

お兄ちゃんは着替えて待っているからな。

 最近この店に来る王子様は僕よりも身長が十センチは高くて、サラサラの髪の毛。中性的な顔立ちでいつも一人で来店する。声は少し高めだけど、優しい口調に店員の方がメロメロになっている。

 美味しくなる魔法を料理にかけてお客様を虜にしないといけないのに、逆に虜になっているなんて。木乃伊取りが木乃伊になるって、この事なのかなと思いながら従業員入口で舞衣の出を待っている。

 舞衣はそんなミーハーでなかった気がするんだけど、王子に対しては特別のような気がした。

 一応父さんに連絡を入れようとスマホを取り出す。治安が良い場所だが、これは念のためだ。従業員入口は、他の店の入り口とも近く、時折誰かとすれ違う。人が二人通れるくらいの幅しかない。従業員出口の隣に立つ。今日は私腹を忘れてしまったので、制服のままだった。店を出入りしていることを他の生徒に見られるのは恥ずかしかったので、できるだけ私服で帰るようにしていたのに。

「ねぇ、可愛いね」

 僕より少し年上っぽく見える男の人がポケットに手を突っ込みながら僕の方に近づいてくる。運悪くこの通路には僕以外誰もいなかった。僕は、スマホを握りしめたまま、男を睨みつける。

「僕、男なんですけど」

 お店で沢山可愛いと言われているけど、男の視線が気持ち悪いので、言われても嬉しくない。

「男の子だった?へぇ遠目で見たらショートカットの女の子かと思った。ねぇ、この後遊ばない?奢るよ」

 父さんから言われていた。変な人との間合いはしっかり取っておくことと。そうすれば何かあったときに、一撃で倒すことができるからと。

「何してるんですか?」

 店にいるはずの王子が慌てて、男を通り越して僕の元に駆け寄ってくる。

「げ」

 男は王子の登場に、足をクルっと反対方向に向け走り去っていった。

「おい、ちょっと待って」

 僕は男を追いかけようとしたが、王子はそんな僕の肩を掴み、不安そうに顔を近づけてくる。

 ふんわりと甘い花の香りが鼻をかすめる。柔軟剤の匂いかな?

「大丈夫だった?」

 隣同士に立つと思った以上に王子の身長が高いことが分かる。

 僕が低めってこともあるけど「早く来い、成長期」って毎日願って牛乳を飲んでいるのに。

「ありがとうございます」

 男の姿は見えなくなっていたので、僕はその場でお辞儀をする。万が一またあの男がここに来ても困るから、後で店長に話しておかないと。

 僕に怪我がないとわかったからか、王子は口元に手を当て、何度か口をパクパクさせてから言葉を発した。

「君、メイド喫茶ステラで働いているよね?朝比奈さん、実は髪の毛短いんだ」

 そう言うと僕の前髪を左に分けるように触る。

 基本的にお店ではお触り禁止だった。

 同じ男にときめくなんて、僕の気持ちが許さない!

 僕がどう言い返そうか悩んでいたら、王子は更に髪の毛を触ってくる。

「こんなにサラサラな髪の毛を隠すの、勿体ないよ。どうしてウィッグ、付けてるの」

 コテンと効果音が付きそうな可愛らしい動きで、首を右に傾ける姿。僕じゃなかったら発狂して倒れちゃうね。

 ステラに来ているときにあまり気にしていなかったが、近くで見ると本当に顔が良い。

 どこまで事情を話そうかと思ったが、変に隠して後でバラされる方が面倒だと思ったから、僕は正直に打ち明けることにした。これも、店長に報告する必要があるかもしれない。

 制服ズボンだし、運よくフロアから外してもらえるキッカケになるかもしれない。

「店長が双子なら見分け付かないから、こっちの方が楽しいだろうって。従業員の皆にも僕らの区別がつかないと困るから、髪型とか、服の色とか変えて見分けられるようにしている」

 常連さんにしか気が付かれてない位の見分けるポイントで、それをわざわざ口に出すほどの野暮なお客様は来ていない。

 可愛い双子メイドを見間違えるのもまた楽しくて、と言って帰っている人は多いので、店長の戦略は成功していると言っても過言ではないのかもしれない。

「あの、すみません。助けてもらったお礼が遅くなって」

 こういう場合どうすれば一番いいんだ?次お店に来たときにサービスしてもらうのがしぜんかな?

 王子は僕の顔を見て、微笑んだ。

「ううん。私の方こそ、勘違いで二人の間に割って入ったんじゃなくてよかった」

「次お店に来た時にお礼します」

 うん、そうしよう。運よく王子には僕が男だとバレていないのかもしれない。女装をしてメイド喫茶で働いていることに対して何も言ってこないのが、証拠だ。

「お礼なら、別のが良いな」

 先ほどまでの優しい声音とは変わり、王子の声が低くなる。瞳も細くなり、草食動物を狩る肉食動物のように思えた。

「別の、ですか」

 嫌な予感がした。こういう時の予感って必ず当たるから、聞かずに逃げてしまおうかと思ったら、先に王子が口を開いた。

「うん。次の日曜にデートしてよ」

「……どうしてデートする必要があるんだ?」

 僕はお店に来たときにお礼をするって約束をしようとしたんだが??

女子社員に人気がある王子様は、僕が思ったよりも女の子とデートしたいってことかな。いや待てよ。僕は男だし、デートに誘われる意味が分からない。

もしかして舞衣のことを狙っているのか?先に僕に取り入って、舞衣を落とす気じゃあるまいな?!?それならお兄ちゃん全力で王子の秘密を探るの、頑張っちゃうんだけどね。

まず手始めに助けたお礼にデートに誘う男だということを、噂するか。

女性を口説くことに慣れている雰囲気なら、今後お店を出入り禁止にすることも視野に入れないと。舞衣だけじゃなくて、他の従業員の人に迷惑がかかっちゃまずい。

僕が固まっているのがお誘いの否定だと思ったのか、王子は恥ずかしそうに、前髪をクルクル触りながら目を泳がせる。

「私、朝比奈さんと仲良くしたくてお店に通ってたんだけど、私が来ると後ろに下がっちゃうでしょ?話しかけるタイミングが、今までなかったから。折角お話する機会ができたなら、これをきっかけに仲良くなりたいなって」

 前髪から手を離し、はにかむ笑顔。同性の僕でもキュンっとしてしまう。お店に来ているときは静かなお兄さんみたいな雰囲気を醸し出しているのに、年上かなと思っていたけど、実はそんなに歳は離れていないのかな。

 お店のお客様と変に親密になるのは出来れば避けたいのだが、どうしたものか。

「本当は脅すような真似したくなかったんだけど、東条高校一年五組の朝比奈さんだよね?女装してバイトしているって学校でバラされたく無かったら、私の条件飲んだ方がいいよ」

 さっきまでの優しそうなお兄さんって思った自分が、馬鹿だった。

 一番最初に感じた、肉食動物みたいな人間なのかもしれない。

「お前同じ学校なのか?」

 さぁっと血の気が引いていくのを感じる。僕が一番恐れていたこと。

 学校の皆に僕の秘密がバレ、舞衣に迷惑をかけたくない。学生がメイド喫茶に来ることはあんまりないとか店長言っていたけど、そんなことないじゃん。

 学校の奴にバレっちゃったじゃん!

 王子は僕の反応が予想外だったのか、瞳が優しそうな色に戻った。

「あれ?気が付いていなかった?」

「気が付くも何も、顔覚えてられないよ」

 常連さんとか、王子みたいに印象に残る人じゃないと覚えられない。まだバイトを始めて三か月。やっと女装も一人で出来るようになってきたのに。

 王子パンと、手を叩いた。

「そしたらゲームをしようよ。私は透って言うんだ。学校で私のこと見つけてみてよ」

 これまでの努力が無駄になるかもと思ってたのに、どこか楽しそうな王子改めトオル。

「そのゲームに僕が乗ったとして、何のメリットがあるんだ」

 自分に不利なことだったら、店長も巻き込んでトオルを口止めしないといけないかもしれない。

 トオルはニコニコ笑っている。

「ゲームには褒賞がつくから、朝比奈さんのお願いなんでも一つ聞いてあげる」

「そういうことなら、女装してバイトしていることは黙っておいてくれ」

 相手の気が変わらないうちに条件を口にする。どちらかと言えば自分が凄く不利な気もするが、少しでも時間が稼げるならいい。そのうちに別の打開策を考えることだってできる。

 トオルは、胸の前で両手を合わせて嬉しそうに話し出す。

「約束は守るよ。……舞衣さんに睨まれるのは怖い、怖い」

 いつの間にか舞衣が僕の後ろに立っていた。従業員の入り口から出てきたのだろう。扉が開いたのに気が付かなかった。

「ちょっと、二人して何してるのよ!」

 少し不機嫌な舞衣。舞衣は制服が気に入っているので、バイトをしていても私服を持ってくることはしていない。

 舞衣の登場にトオルは手を振りながら走り始めた。

「じゃ、私は帰るね」

「ちょ、まだ聞きたいことが」

 僕の叫び声は届かず、トオルが走り去ってしまったので僕は不機嫌な顔をしている妹に事情を説明することにした。

 勿論賭けのことも。

 舞衣に迷惑をかけるのは不本意だけど。

「学校の人に女装してバイトしているのが、バレてその口封じをしたいと」

 トオルが走り去ったほうを見ながら舞衣は呟いた。

「王子の名前はトオルって言うらしい」

 先ほど教えてもらった新鮮な情報を舞衣に教える。舞衣も王子が来るといつも嬉しそうにしていたので、個人情報が知れて嬉しいだろう?

「ちょっと、名前だけで探すって言うの?」

 僕の予想とは裏腹に舞衣は特別嬉しそうじゃない。むしろそれ以外の情報聞いてないの?と副音声が聞こえてくる。可愛い見た目だけど舞衣の内面は僕よりしっかりしていると、時々思う。

「ヒントはそれしかないんだ。……学校にイケメンいたかな?」

「朝比奈の馬鹿。もっと情報収集するべきだよ」

 舞衣は僕の先を歩き始める。どうしよう。これは学校で「トオル」を探すことになったんだが、学校にキラキラ輝く王子様みたいな人いた記憶が全くない。

「朝比奈、いつまでそこに突っ立ってるの?お腹空いたから早く帰ろうよ」

 先を歩いていた舞衣が僕の方を振り返り、名を呼ぶ。謎が残ったままだが僕は妹の後を追う形で帰路についた。

まだまだ続きます。

よろしくお願いします!

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