9 TSだなんて!
かれこれ何十分か歩いたのち、他の家よりかは豪華なところへ。他の家は木造なのに対して石造りで、小洒落ている緑のツタ。まさしく格が違うと言ったところだ。
装飾された扉を、妙にベタついていた男は悠然と叩く。あの女性から離れた男…気持ち悪いベタつきがなくなっていた。
「村長~、犯罪者を連れてきやした。置いておく場所ないんでこっちに来やした。」
「おお、スティッキーよくやったな」
扉を開けた村長は、あの農道で話しかけてくれた老人だった。格好は異なり、首元はネクタイらしき物で締められている。農作業のあとだと気づけなかったが、眉も整えられ清潔感のある老人だ。しかも身長は、腰を伸ばせば私と同じくらいの170といったところか。
……村長のところへ行くという目的は達成してるけど、いろいろと大惨事だ。呪われた家から犯罪者が出たなんて、もうジュリナさんにも顔向けできない。
「こやつはワシが預かるから帰っていいぞ。引き続き見回りを頑張ってくれ」
「分かりやしたぃ! では失礼します!」
スティッキーを帰らせた村長は私に向かって手招きをしている。家に入れってことか? どんな処罰が待っているのか不安で仕方ない。こんなに心臓がバクバクうるさいのは久しぶりだ。
「え、っと。失礼します」
部屋の中は、外から見たより広く思えた。……それどこらか、一軒家だったはずなのに二階まであった。空間がねじ曲がっている……?
部屋の中心の机、そこに添えられた椅子に座っている村長は言う。
「そうじゃよ。空間魔法で捻じ曲げて広めに作った。異世界から来たというのになかなかの鋭さのようだな、カナエ殿」
思考盗聴なる魔法まであるのか……開いた口が広がらないほどの驚きだ。
「しかし謎だのう。冤罪だと言うのに、なんにも異議を唱えないなんて。村中を見通せるワシじゃなきゃ牢屋送り、ま牢屋は無いんじゃが」
「……いや、そんなことよりあの女性の方が気になっちゃって。あそこまでの怯え、村長ならご存知では?」
両親から殴られたことがトラウマの患者を診たとき、手を目の前に出されると怖いと感じるケースはあった。だけど、あの様子は見たことがない。あの怯え方は、私が診てきたケースとは違う。異議を唱えるよりそちらに意識が向かうのも仕方がない。
「ほうほう、その偏重な意識は異世界人というべきかな。かっかっか、男だった人間だからなレアケースだろう。しかも勇者だった……だが、性別が変わるとともに力は無くなってしまったがな」
性別が変わった勇者!? しかも力を失ってしまったというのか……いくら魔法と言えど、トンデモが過ぎないだろうか。
「そしてワシの息子であり、娘でもある」
情報が大渋滞を起こしそうだ。親元を頼るというのは想像に難くないが、性別変化し勇者だったしトラウマを抱えているし……カルテに書ききれないほどだ。
……あ、家ほしいってことも伝えないといけない。あっちの家庭は娘の独り立ち、こっちの家庭は勇者が力を失って娘になった……濃すぎるな。