1 彼女も出来ずに死ぬなんて!
いつものように見切り発車でスタート
「先生、お昼休憩はそろそろ終わりですよ」
私はとある病院で働く男である。どんなことをやっているかって? ま、簡単に言えば『心を落ち着かせようぜ』って感じの仕事。世間からは精神科とか、心療内科だとか言われているな。
さて、そんな私に地獄からのメッセージが届いているな。ええ? もう仕事しろと言うのか!
「フッ、湊くん。君は死g……いててて!」
「望月先生、わたしのこと死神だなんて呼びましたか? ふざけてないで仕事ですよ」
この真っ白い休憩室には私と、地味に力が強い看護婦の二人だけだ。よって、さきほどの情けない声は誰一人と聞いていない。ぐはは! 私の勝利だ! ……はぁ。とんでもないくらいに疲れているな。もうお仕事休みたい。
スマートフォンを覗き、髪型を確認してみる。……目の隈が酷いし、髪の毛の白髪も増えてるし! でも、私の二重まぶたが良いアクセントにはなっとらん。顎の無精髭が悪いアクセントにはなっとる。……髭も剃らないといけないな。
「ちゃんと仕事しますって……え?」
眼の前の景色は、到底現実とは思えないほど変わり果ててしまった。一面が赤黒い。
しかも、風景が歪んでしまっている。
頭も痛い。
「先生! 大丈夫ですか! しっかりして下さい!」
望月家の血、ここで途絶えてしまうのか……うぅ、彼女でも作ってイチャイチャしたかったぞ……!
あぁ、意識が飛んでしまう。
「ーー! ーー!」
湊くん……まさか遺言が君への悪口とはな。最後くらい感謝の言葉で終わらせてくれよ、神様……
・
・
・
……か、体が動かせない。背中には柔らかいものがあるけど、もしかして病院のベッドなのか? だけど、病院らしい機械とか薬品臭さは感じない。目だけは動けるが、一体何なんだここは?
テレビとかエアコンのような家電製品がないな……病院で倒れたのに、なぜこんな辺鄙なところにいるんだ?
「あら、目を覚ましたのね。どうしてあんな危ない野原に倒れていたの?」
その女性の格好は、子供のときにやっていたファンタジーのそれだった。なんだか妙にバタ臭く、古臭い感じがする。しかも、彼女の容姿は外国人のように彫りが深い。
「こ、ここは……?」
「キュリー王国の端っこの村で、ーー、ーー」
女性は聞き馴染みのない言葉を続けていた。30年ほど人生を過ごしてきたが、全くもって聞いたことがない単語ばかりだ。
「……はぁ、なるほど。それじゃあここは、日本でないということですか?」
ドッキリ番組なら早くネタバラシをして欲しいが、遅いぞ。目を開けたら海外でしたドッキリか? もう十分、驚いた反応は撮れただろう。
「日本? まだ疲れているのでしょう。とりあえず寝ててくださいな」
おいおいプロヂューサー! 本当に寝て大丈夫なのか? もうちょいリアクション取らなくて良いのか? 頭痛いし寝ちゃうぞ!
・
・
・
少し眠ったからか、頭がスッキリしたようだ。体の痛みも薄くなってきた。さて、これで目を開けたら湊くんが「ドッキリでした~」とか、どこかの芸人が「〇〇っていう番組でー」とかやるんだろ? いつでもいいぞ! ちゃんとリアクション取ってやるからな。
「……んーと、ドッキリじゃないの? いい加減ネタバラシしないとダメでしょ」
ネタバラシとは違い、先ほどの女性がこちらに向かってきた。なにやらいい匂いもする。
「はい、これ食べて寝て! 事情は明日聞くから!」
そう言い部屋から出ていった。彼女は食事を持ってきたらしく、ボロい机の上に置いていってくれた。シチューのようなものと、パンがある。だが、今まで食べてきたものと少し違う気がする。
しかし……エアコンがないせいか、寒い!
「寒いな……」
「はいこれ、ロウソク。魔法使うから離れてて……『小火魔法』少しは暖かいからね」
食べて寝よう。歯磨きもせずに寝よう。うん、それが良い。