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「すっかり大事なこと忘れてたのよ」

 凛は両手を組んだまま苦い顔で珍客の来訪を迎えた。両親が寝静まった深夜である。またくる、という言葉を憶えていた凛はベランダで待っていたのである。そしてやはりアンジェはやってきたのだった。

 「連ちゃんの徹夜は辛いんだけど」

 「魔女といえば箒よね」

 話を聞いていない。アンジェは手すりに腰掛け、膝の上に置いた箒をやさしくさすった。

 「本当なら自分でつくるものなんだけど、君は初心者だから私からプレゼントするわ。ほら、これ」

 アンジェが手をかざすとポン、と一本の箒が凛の前に現れた。

 「シグナスよ。可愛がってあげてね」

 「おおきに」

 突然声がして凛は驚いた。

 「もうかってまっか」

 「なんだよそのエセ関西弁は。こいつしゃべるのか」

 凛は箒の柄の部分を握って持ちあげる。あちこちみたが、普通の箒だ。

 「そんなんいうても困るわ。日本来た時なんか中身が変わったような気がすんねん。どうなんアンジェ」

 「まあそういうこともあるかもね。でもエニシダの枝でつくった正統な魔女の箒なんだからちゃんとしてるわよ。私のヘルツほどじゃないけど」

 「まあそういうわけどす。よろしゅうな。えーと、リン? チャイニーズ?」

 「日本なのにどうして中国人だと思うんだ。中国のリンは名字だろ。僕は凛。凛々しい、の凛だよ。名前。わかる?」

 「合点承知。東は広くてかなわんわあ。わいはアンジェのいう通りシグナスや。ええ響きやろ」

 「シグナス……「白鳥座」ねえ。これに乗って飛べるの?」

 「リトル・ウィッチに変身したらね」

 アンジェがばちんと大げさなウインクをした。早くあの服を着ろと目が訴えている。

 「うー……」

 アレを着るのは気が引けるが、空を飛べるという好奇心に負けた。凛はややためらいがちに胸に手をあて、念ずる。

 (――こい、心の深淵)

 身体が一瞬熱くなったと思うと、ゆっくりと心の深淵が胸から出てくる。手にとって握ると身体全体がぱっと輝き、例のミニスカ服へとチェンジした。ずれる大きな帽子の角度を直しながら凛はよおし、とシグナスを握ると――、

 「ええと……どうやって飛ぶの?」

 「どうもこうも。魔女なんだから飛べるわよ。ぽーんと、飛んじゃえばいいのよ」

 凛はしばし考えてベランダの手すりにのぼり、シグナスにまたがった。

 「うう」

 地上は遥か遠くだ。この高さから落ちたら助かりはしまい。流石に十二階から飛び降りるのは勇気がいった。ドキドキと箒にまたがったまま硬直し、数分たったころ、

 「往生際が悪い!」

 どん、とアンジェが凛の背中を強く押した。

 「ひっ――」

 手すりから前のめりに落ちて逆さまになる。物凄い勢いで落下していく自身の姿がマンションの窓にうつった。

 「うああああ、――とっ、飛べっ! シグナス!」

 「合点」

 叫んだ途端急降下していた身体が突然ふわりと浮いた。まるでエンジンがかかった車のようにシグナスは動き出し、ゆっくりと上昇する。

 「お、おいシグナス! 飛べるなら最初から飛べよ」

 「そんなん言われても。凛をのせるのは初めてやさかい、凛の力を認証せんとできひんわ」

 「認証?」

 「わいは乗る魔女の力で動くんよ。今までアンジェしかのっけた事あらへんからアンジェの力で動く仕組みになってん。新たに誰かのっけるならそいつの力がわいに入らんと」

 「別に力って、なにもしてないけど」

 「飛ぶように強く念じる、それだけでええんや。わいは凛専用になったで。もう次からはパスしてええよ」

 「そんなもんかな……うわあ」

 深夜の空は星がよく輝いて見える。凛はシグナスにまたがってすでに凛の住むマンションの屋上よりも高い位置を飛んでいた。どこかを目指すわけでもなく、ただ飛んでいる。

 「どう?」

 はっとして横を向くと楽しそうな顔のアンジェがいた。

 「箒で空を飛ぶ快感はいかが?」

 「鳥になった気分だ」

 笑顔で凛は答える。不思議とさっきまであった高所への恐怖はない。シグナスは穏やかに飛び、受ける夜風が心地よい。ちょっと、リトル・ウィッチも悪くないな、と思えてしまう。このミニスカさえどうにかなれば。

 「ふふ、シグナスは優雅でしょ。まあ私のヘルツには負けるけど。――ああ、マントを忘れてたわね」

 アンジェが人差し指をちょちょいと凛に向かって動かすと、凛の両手の長手袋の肩に近い部分の後ろに、白いマントがくっついてひるがえった。服と同様、光沢がある。尻くらいまでの長さだ。伸縮性があるのか、凛が両腕をシグナスから放して動かしても支障はない。大きくあいた背中が少しでも隠れるのはありがたかった。

 「これがあると無いとじゃ浮遊感が全然違うもの。……さて、心の深淵を手にし、シグナスも乗りこなせる……リトル・ウィッチとしてのお仕事開始ね。君には東の良き魔女になってもらわなきゃいけないんだから。まあこれは東の良き魔女になる、ならないとは関係ない、リトル・ウィッチのお役目なんだけど」

 「仕事って、何するんだ? そういえば本で読んだけど、ヴァルプルギスの夜とかいう祭りがあるんだろ? リトル・ウィッチは関係ないの?」

 「ああ、あれ。今のブロッケン山はただの酒飲みとコスプレ祭りになってるわ。観光客が多いのよ。そんなところに近付くわけないでしょ。その代わり四月三十日は東西南北の良き魔女が集まって「お茶会」をするのよ。東の良き魔女になれたら君を連れていくつもりだから、そのつもりでいてね。――で話がそれたけど、リトル・ウィッチは白魔女。人々の願いをかなえるのがお仕事なのよ。リトル・ウィッチの到来を望む人はたくさんいるの。その人に適した願いを叶えてあげるのよ。そうすれば星の力がもっと輝くようになり、リトル・ウィッチとしての力も上がる。ウィン・ウィンでしょ?」

 「……リトル・ウィッチを知ってる奴っているの? 僕は知らなかったぞ」

 「知っている人は知っているし、知らない人は知らない。伝承とはそういうもの。それでいいのよ。知るべきでない人もいるしね。まあそうやって力を貯めるのよ。腕磨きだと思ってちょうだい。ただ――」

 「ただ?」

 「前にも言った通り私は君を東の良き魔女に推薦した――だから、その座を狙ってたくさんの東のリトル・ウィッチ達がやってくるわ――ほら」

 そういってアンジェは凛から視線をそらし、前を向く。つられて凛もその方向を見た。その視線の先。空中に何者かが浮いている。鳥ではない。大きなつばひろの帽子をかぶった鳥などいやしないだろう。

魔女だ。

アンジェがクスクスと笑う。

 「さてお手並み拝見といくわ五島凛君。強きシリウスの加護を持った君の力がどれほどのものか私に見せてちょうだい――東の良き魔女に勝手に推薦したのは私だけど、それほどの力を見込んでのことなのよ」

そう不敵に笑うと、

「――言ったでしょ。私を失望させないでよね」


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