②
「東峰かがやきの丘」は凛の住む市から電車で二時間、バスで十五分ほどかかる距離にあった。
飛行機や新幹線を使わずにすんだのは助かった。――その距離なら、シグナスで飛んでいくつもりだったが。
やさしい乳白色の外観は心を落ち着かせる。バリアフリーの車椅子の出入り口を横目に凛は建物へと入った。面会時間だからか、入所しているお年寄りの親族と思わしき人が多い。凛はなんとなく真壁を思い出した。ロビーには車椅子のお年寄りが何人も孫や息子、娘と話している姿が見受けられた。凛は受付で名を名乗ると、白河紺之助さんはどこですかと聞いた。受付の女性から部屋の番号を聞くと急いで向かう。そこは「木蓮の間」としるされた部屋で、複数の御老体が生活を共にしていた。凛はあの、と声をかけて、
「白河紺之助さんはいらっしゃいませんか」
返事が無い。何人かがうろんそうな目で凛を見る。
「しらかわこんのすけさんはいらっしゃいませんか!」
こんどはゆっくり大きな声でいった。部屋にはベッドは六つあり、左右に三つずつ別れている。凛から見て左側の、奥から一つ手前のベッドに横になっていた男性が声を上げる。
「おおい、白河さんよ、お客さんだよお客さん。お孫さんかね」
そういってしきりのカーテンで見えなかった一番左側の奥のベッドに話しかける。ん~? と声がしてカーテンがシャッと取り払われた。すっかり禿げた頭で、しかし目が濁った様子もなくしゃんとした老人が藍色の作務衣の姿でベッドに座り、わずかに赤みがかった洒落た銀縁の眼鏡で本を読んでいた。
「孫が来る予定なんぞないわい」
「あの」
凛は部屋に入り、老人へと歩み寄った。
「白河紺之助さんですか。僕、五島凛といいます。五島雪之助の孫です」
「あー、ああ。そうだ。こっちくるとかいってた奴か。息子の嫁がなあ、返事を書いたとか何とか」
「はい。お忙しいなかすみません」
「忙しいもんかね。ジジイが暇潰してるだけじゃい。――雪助の事が知りたいとか?」
「はい。あの、祖父の若い時の事を知っていませんか。……たとえば、外国へ行った話」
紺之助は片方の眉をあげた。凛をじっと見て――そしてベッドからおりると杖を取り出して立ち上がった。
「中庭へ行こう――今日はいい天気なのでな」
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