⑤
新年は母、双葉の実家へ年始回りに行き、早速お年玉をもらった。
総一はフライトの関係で元日から出かけている。二日には港の家に年賀のお菓子をもって遊びに行った。どうせ学校が始まれば嫌でも顔を合わせるのだが、すでに雑煮とおせちと大量の餅に飽きている港にとって、凛が毎年持ってくる菓子はお年玉と同じくらい貴重なものなのだ。流石にお互いいくらもらったか聞くような下世話なことはしないが、港はお年玉に不満があるらしい。なんでも、もらえる金額は白雪が昔いくらもらっていたかで決まっているという。つまり増額は見込め無いということだ。大学生で働いてるくせにまだお年玉もらってるんだぜ、と港は愚痴る。港の家では二十歳になるまでもらえるらしい。これは凛の家でも同じ約束事だ。凛は中身の抜けたぽち袋をいじりながら、昔はもっと大きい包みを貰っていた事を懐かしく思う。祖父の雪之助はお年玉のほかに図書券を毎年きっちり三千円くれた。本以外には使わない約束である。この三千円で凛は高価な天文の専門書を買うことができたのだ。
年明けて始業式。凛は渚の姿を探したが見当たらない。「霜月は欠席」とだけ宮川から伝えられた。めずらしく真壁が学期初めからきていたらしいが花巻委員長から風邪気味なので部活は休むそうだと言われた。
「あー、ホントに風邪だったのかあ……」
「なにかプリントがあれば届けるぞ」
「え、だって帰っちゃったんでしょ」
「家に届ければいいだろう。どうせ家にいるんだし」
ないんならいい、と言って花巻は凛の席から離れた。意外に委員長は真壁をよく理解している一人なのかもしれない。
二月に入っても渚は登校してこず、ただ寒い日々が過ぎる。そういえばアンジェとも去年会ったきりで、凛を訪ねてくる気配はなかった。そのためなんとなく変身しないまま過ごす。バレンタインデーを近くにして男子は浮足立っていたが、どうせクラス中のチョコの行先は港なんだからいまさら何を言わんやである。啓蟄を過ぎ、季節は春へと変わっていく。
とうとう三学期の終了式を迎えたその日、宮川が口を開いた。
「突然だが霜月は家庭の事情で転校する事になった。残念だが今日もこられない。だが皆によろしくとのことだ。急だが何か手紙などあれば放課後までに持ってきてくれ。本人に渡す」
えーっ! という主に女子からの声が教室に響いた。凜は自分自身意外に思ったが余り驚かなかった。事情を考えるとそうなるかもしれないという予感があったからだ。九条が漫研の連中と話をし、何か便箋の様なものを貰っている。きっとたくさんのお別れの手紙が届けられるだろう。凛は書かない。手紙よりずっと直接のさよならを言えるから。
きっと霜月も飛んでいる。
そう確信して凛は夜空を飛んだ。前に出会った、高層ビルの集まる場所へと。
そして待っていた――渚の姿。
凛は笑顔で深紅の魔女に話しかけた。
「今日は会えるんじゃないかって思ったんだ」
「私もそう思ったの」
渚が微笑み返す。
「先生から聞いたよ。引っ越すんだって」
「うん」
渚はうなずきながら、
「じつはね、伯母さんの家にいくことになったの。ママのお姉さん。伯母さんと伯父さんには子供がいなくて、昔から私をかわいがってくれたの。……先生に話して、色々あって、そこにいくのが一番いいって、決まったの」
渚は行き先の地名を上げた。ここからとても遠いところだ。
「ママがね……すごいショックをうけてね……ちょっと、まだ、立ち直れそうにないの。だから伯母さんがおいでって。伯母さんはママのことすっごい怒ってたけど、ママもかわいそうだから……あの人は、よくわからないけど……先生が捕まるかもって言ってた。あのね、私にだけそういうことをしていたんじゃないみたいなの。ひどいよね……公務員の人? とかきて結構大変だった。でもしゃべってよかった……私よりずっとひどい目にあっていた子がいたんだもの。五島君のおかげ、本当にありがとう」
「いやあ」
「これからもずっと友達でいてくれる?」
凛は頭にガン、と金属のたらいが落ちた様な気がした。
(ああ~やっぱり友情なのか……)
凜は苦笑いで失恋の痛手を隠しつつ、
「も、もちろんだよ霜月」
「ふふ、「スカーレット」よ。五島君の魔女の名は何?」
「え、と、アリス」
「アリス! いい名前ね。スカートをはいているのが不思議だったけど、リトル・ウィッチだし、そういうこともあるわよね。とっても似合ってると思うわ。女の子にしか見えないもの! アリス君って呼ぶわね」
それは喜んでいいのかよくないのか複雑な気持ちのまま凛はぎこちなく笑う。
「引っ越した先でも私、「スカーレット」でいるつもりよ。新しい仲間に会えるかもしれないし。箒で飛べばすぐアリス君にも会いに行けると思うの」
私そろそろいくわ、と渚がいった。
「夜中、時々ママが私を確認しに来るの。今日は合い間を縫ってきたわ」
「うん、……また会おう、スカーレット」
ええ、と渚は手を振って上昇する。
「私、西の良き魔女がアリス君を推す理由がよくわかったわ。たんに身内びいきじゃないんだって。同じシリウスの光でもアリス君はまた別の輝きなのね」
――渚の言葉が凛の耳を駆け抜ける。
今、なんといった?
「やっぱり血筋とかあるのかな。がんばって東の良き魔女になってね。応援してるわ」
じゃあね、と笑顔を向けると渚は前を向き加速して飛んでいった。
ぽかんと口をあけたまま凛はその場に取り残される。渚は確かに言った――
同じシリウスの光だと。
星の加護は血縁者でもないかぎり、かぶることはないわ
(なら)
アンジェ――お前は一体、何者なんだ。
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