⑥
「夜中に天体観測すんの? 学校で? きいてない」
気だるげに真壁が机に突っ伏す。凛は日誌を書く手を止めてドン、と机を叩く。
「期末が終わったらやるっていっただろ! 真壁もうんって返事したじゃないか」
「そうだっけ。でも学校でやると思わなかった。どっか出かけんのかと思ってた」
「学校の天体望遠鏡を借りるんだ。屋上でやる。夜中っていうほど遅くはないよ」
「春にしようよ……期末終わったあとなんて寒すぎ」
「だーめーだ! 一度決めたらやりとおせ! じいちゃんの格言だ」
「しったこっちゃないけど……考えとく」
「ったくもう」
真壁は話をするのは嫌がらないけど、何か行動する事に対してすごく億劫だ。日誌も凛がつけたままだし、副部長の座も一度断られてしまった。最近やっと副部長になってくれたのだが特にやることはない。シグナスの心配通りになってしまった。
(でも、前よりか来ている)
真壁は橘さんが編集した本をぺらぺらとめくりながら見ている。たまにしか来なくても、真壁は立派な天文部員なのだ。
――期末考査の準備期間はあっという間に過ぎ、テスト本番となった。今回はひっかけ問題が多く、あちこちで生徒たちの悲鳴があがった。凛は数学でミスをし、港は相変わらず英語に苦戦したようだ。それでも善戦し、なんとかテストを終えた。答案が返ってきて褒められるもの、励まされるもの、悲喜こもごも。中間・期末考査はそれぞれのクラスで各教科の上位五名が張り出される決まりになっていて、国語・古典は文芸部のメンツが軒並み名を連ねている。渚の名も見つけた。港は英語以外の教科すべてに名があがっていて、ますます女子の声が大きくなりそうだ。凛といえば全体的に点数は悪くなかったが、突出したものは少なく社会に名がのったくらいだった。
(期末も終わった。久しぶりに飛んでみようかな)
冬の深夜だというのに凛は全く寒さを感じない。むしろ熱いくらいだ。こんな露出の多い服を着ているのに不思議なものである。これもリトル・ウィッチの力なのだろうかと思いながらベランダの手すりから飛び立つ。
「また誰かと勝負するかもしれないな。もっとたくさんのリトル・ウィッチに挑まれるかと思ったんだけど……」
「そりゃ挑んでくる連中は限られてまんがな」
シグナスが答える。
「凛の知らんとこでも戦いは繰り広げられとるんや。西の魔女が推すリトル・ウィッチなんて流石に警戒するやろ。実際はただのぺーぺーやけど、みんなすごい力をもった魔女だとおもっとるに違いないで。最期に凛にたどり着くのはとんでもなく強い奴やで」
「おどかすなよ……ん?」
凛は遠い視線の先に空を飛ぶなにかをとらえた。
「なんだろう……近寄ってみよう、シグナス」
凛が音もなく飛んでいくと、やがて視界に箒に乗ったつばひろの帽子をかぶった――誰かがうつった。きらきらと輝いて、服装だけははっきりと見える。ホログラムをまとったような派手な服だ。凛の服に似ているようにみえるが、なにせ動きが速くてよく見えない。空中をあちこちかけめぐっている。
(やはり魔女――。? なにか焦っている? ――追われているのか!)
もっと近くへ、そう思って箒をすすめたところでヴ……ン、と空気を裂く音がしてホログラムの魔女に赤い光が炸裂した。
「きゃああああ!」
箒から落ちて地上へまっさかさまに墜落していく。手から離れた心の深淵に、どこからか飛んできた赤い火の玉のようなものがぶつかりこなごなに砕け散った。そして火の玉に案内されるように、遠くから音もなく――新たな魔女が箒に乗ってやってきた。凛のすぐ近くまでやってくる。
――真っ黒のつばひろのぼうしに真っ黒の夜会服のようなドレス。帽子には深紅のリボンが結ばれていて、ドレスの腰あたりにも同じ色のリボンが巻かれ、後ろで大きく結ばれている。マントはつけているようだが流れるような黒い髪と一体化しているように見えてよくわからない。透き通ったような白い肌。
そしてその両目は――光っている。
赤く、燃えて炎が宿っている……緋色に焼けた炭の様な。
これは異質だ――これまで見てきたリトル・ウィッチのなかで、とても「違うもの」に見える。箒にまたがり、右手には曇ったガラスのような心の深淵を携えている。凛に気付いたのか、正面までゆっくりと飛んでくると、じっと見つめたまま、
「おまえ……」
そう呟くとマントを翻し、あっというまにどこかへ飛んでいってしまった。
凛は強い衝撃でしばしその場から離れることができなかった。あの赤い瞳。リトル・ウィッチなのか、それとも。いや、それより。
凛は愕然とした。
(……あれは、あれは確かに霜月だった……!)
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