⑤
いつの間にやら十一月も後半が過ぎ、期末考査の時期となった。
中間テストで点を取れても、期末が悪ければ成績に響く。テストが近づくにつれ、音楽や美術の授業で内職――テスト勉強をしだすものが増えてきて、担当教師につるしあげられていた。
「英語の試験範囲広すぎじゃね?」
この時期の港の機嫌は悪い。港の誕生日がちょうど期末考査にぶちあたるからだ。
「それをいうなら社会の方が広いよ。覚えることが多すぎる」
「くっそ……部活が無くなるのはいいけどよーあー、期末は弱いんだよなあ」
凛の学校では期末考査前の一週間、テストの準備期間として部活動が中止になる。普段はなにがあっても練習をかかさない、野球部や吹奏楽部も静かなものだ。凛と港は授業を終えて帰りの途についている。港ははあー、と息を吐いて、
「少し白い。流石に寒くなったなーこんどマフラーださないと」
衣替えを終え、二人ともすでに学校指定の黒のPコートを着ている。このコートがみょうにぺろんとしており、冬コートのくせに非常に通気性が良く、不評だった。女子の中には何人か、よく似た他のコートを着ているものもいる。厚手のちゃんとした耐寒性のあるコートだ。生徒指導から見逃されているところを見ると、このコートの問題点は学校に理解されているようである。だが、なぜが男子が他のコートを着ると捕まる。そういった事情により、男子は皆ぺらぺらのコートなのだ。港はだせえ、といってかなり嫌っている。
「マフラー欲しい?」
「おう、欲しいぞ」
「じゃああげる」
そういって凛は鞄から袋を取り出して港に渡した。港が袋を開けるとちょっとしたいいブランドの、紺と白を織ったマフラーが入っていた。
「どうしたんだあ、これ? 高いんじゃないか」
「父さんが買ってきたんだ。海外の免税店でさ。いま安く買えるからって。僕に買ってきたんだけど、僕は去年買ってもらったのがあるからよかったらどうかと思って」
「なーんだ、おこぼれかよ。まあでもありがたい」
「ハッピーバースデー。毎年誕生日にテストが当たる港を憐れむ会」
「なんだそりゃ。お前は誕生日、春だもんな。でもよー、クリスマスが誕生日の奴よりかましだよな。クリスマスプレゼントも誕生日プレゼントも、場合によっちゃ正月のお年玉まで一緒くたにされたりするんだぜ。それに比べたらいいかなって。……そういえばさあ、花巻が真壁の奴が最近よく学校来てるって言ってたぜ。確か天文部に入ったんだろ。どういう風の吹きまわしかな。どうなんだよ、凛」
「なんか、面白くなさそうだな」
「別に。いままでぜんっぜんガッコー来てなかった奴が部活動をはじめるってなんなのかなって思って。べつに真壁が何をしようが知ったこっちゃないさ。でも内申でもあげるつもりできてるんならなんかむかつく」
「真壁は、結構いい奴だよ。テスト終わったら天体観測する予定なんだ」
「あいつ部活でなにしゃべってんの」
「橘さん」
「? あ、見ろよ、霜月だぜ」
通学路に隣接するドラッグストアから買い物袋を提げた渚が出てきたのだ。制服姿のままである。制服のまま店に出入りするのは禁止されているのだが……。
「ほれほれ、声をかけろよ凛」
港はニヤニヤしながらぐいぐいと凛を押す。凛は赤くなって、
「ばっ、ばか、別に話すことなんて――」
「放して下さい!」
強い渚の声で二人ははっとする。渚の隣に、凛の父と同じくらいの年の男性が立っていた。
「そう怒る事はないじゃないか。車で来たんだ。帰ろう」
「いいです。歩いて帰ります」
そういって渚はずんずん歩いていく。凛達に気付いて、ちょっと気まずそうに足早にその場を後にした。残された男性はまいったなあ、と笑いながら青い乗用車に乗るとエンジンをかけて走って行ってしまった。
「なんだ……もしかして痴漢だったのかな。学校に連絡した方がいいかな」
真面目な顔をして港が凛に話しかける。凛は渚に無視されたことがショックだったが、
「でもなんか知り合いっぽかったよ。痴漢ではないかも――明日聞いてみる」
凛が帰宅するといい匂いがしてきた。双葉が凛を迎える。
「おかえり。今日はおでんよ」
「おでんかあ。もう冬だなー」
「期末テストなんでしょ。ごはんになったら呼ぶから、勉強してなさいよ」
「はーいはいー」
凛は自分の部屋に入り、椅子に座ってカレンダーを見た。今月はテストの関係で空を飛ぶことが少なかったせいか、ほかのリトル・ウィッチと会う事が無かった。狙われているという割に拍子抜けだ。
(そういえばアンジェもずっと訪ねてこないな……)
よく考えればアンジェは西の良き魔女なのだ。なんだか偉そうだから、忙しいこととかあるのかもしれない。テストが終わったらまた飛ぶか……と思って凛は教科書を広げた。
翌日、港と共に登校した凛は教室の出入り口でばったりと渚に会った。港はさっさと自分の席へ歩いていく。渚は少しうつむきながら、
「おはよう五島君……あの、昨日はごめんなさい、変なとこ見せちゃって……」
「い、いいよ。それより霜月が痴漢にあったのかと思って心配したんだ、あの男」
「あ、あの人、義父なの。お母さんの、再婚相手なの」
「え、じゃあ痴漢じゃなかったんだー……ごめんね」
「ううん、いいの」
おはよーしもつきんー、と九条が話しかけてきた。
「今度作る部誌について役割決めたいんだけどー」
「わかった。じゃ、本当にごめんね五島君。鈴原君にもごめんねって」
そういって渚は九条に連れられて文芸部の連中の輪に入って行った。
(義父……再婚。そうか、それで霜月は引っ越してきたんだっけ)
リュックを机の上におろしてノートを引っ張り出す。
(もめている風だった……もしかして霜月、お義父さんとうまくいってないんだろうか)
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