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アベンジャー・マギア  作者: 彼岸花
勇者

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勇者7

「ぐぁっ!? かっ……!」


 魔王に張り付けたトリモチ、そこから伸びる縄を握り締めていたスピカだったが、襲い掛かる衝撃には耐えられず。突き飛ばされるように後ろに飛び、縄を手放してしまう。

 大地をごろごろと転がり、やがてスピカは瓦礫に身体を打つ。激しい痛みが背中から全身に広がり、それが身体の自由を奪った。

 けれどもどうにか頭だけは上げて、スピカは痛みで閉じそうになる瞼を開けて正面を見据える。

 そこには人間達の手により地上れと落とされた――――だが今や完全に自由を取り戻した魔王がいるのだから。


「……………」


 今まで喧しいほどに発していた笑い声を出さず、魔王は静かに首をもたげる。

 その動きを阻むものはない。何故なら全身に纏わり付いていたトリモチは、魔王の身体から吹き出した炎により溶けていたから。まるで氷が陽光で溶けるように液化し、粘着性は失われている。

 炎を纏う魔王はといえば、苦しんでいる様子はない。平然と、その場でじっとしている。魔物化したワイバーンは自らの身体が出す炎で藻掻き苦しんでいたのとは大違いだ。即ち、それは魔王が炎を完璧に制御している証と言えよう。

 一時は人知で魔王を大地に引きずり下ろした。だが、あくまでも一時に過ぎない。魔王が少し本気を出せば劣勢は覆り、人間達が、数多の命が積み重ねてきたものは無慈悲に崩れ去る。油断が消えた魔王は、人間や自然の力で抑えきれるものではないのだ。

 そして魔王は、もう油断するつもりはないらしい。


「……キャゥ」


 低い声で鳴きながら、魔王が視線を向けたのは冒険家達。武器こそ構えているが、身に纏った炎でトリモチを溶かした魔王の前で立ち尽くしている。

 魔王が冒険家達の方を見たのは、単純にそちらの方が人間の数が多かったからだろう。

 そこから『惨事』を連想するのは難しくない。


「に、逃げ」


 スピカは咄嗟に叫ぼうとした。だが、何もかもが手遅れだ。

 魔王が繰り出した()()()()()()は、直線上にいる全ての人間を巻き込んだ。

 悲鳴は上がらない。直撃を受けた人間達は、もう既に声を出せる状態ではないのだから。

 服などの装飾品や武器だけでなく、腕や足が飛び散る。これまで魔王は竜巻を幾度となく起こしてきたが、此度の竜巻の破壊力は段違いだ。人間が舞い上がるどころかバラバラになるなど、最早『風』の威力ではない。

 恐らく、これは魔王の本気。

 地上に引きずり下ろした事で、魔王もついに本気を出したのだ。これまでの遊びですら手が付けられなかったというのに、本気となった魔王の力は全くの未知数。このまま戦っても被害は大きくなるだけ。


「(不味い! 一旦体勢を)」


 整えなければ。迫る危険に対し即座に判断を下すスピカ。彼女の思考自体は決して遅いものではない。

 ただ、本気になった魔王の力が、素早い判断も無為にするほど桁違いなだけ。


「キャアアアアアアアアアアアアッ!」


 悲鳴染みた、されど激しい闘争心を聞く者に刻み込む雄叫びと共に、魔王は魔法の竜巻を()()()()

 魔王が首を動かすのに合わせ、横向きの竜巻もしなりながら動く。進路上には冒険家や兵士の姿があり、彼等は慌てて逃げるが……魔王の首の動きの方が速い。

 次々に竜巻は人間を飲み込み、赤黒い血飛沫に変えていく。途中家や瓦礫があったが、それらも竜巻は全て砕いた。何もかも破壊し、通り道の全てを更地に変えていく。

 魔王は魔法を放ったままぐるりと一周しようとしていると気付き、スピカは無我夢中で立ち上がるや走り出す。予想通り、魔王の繰り出す竜巻はスピカの方へと迫ってくる。

 横向きの竜巻は威力のみならず、長さも凄まじい。何十メトルと離れた位置も、比喩でなく殺人的な威力で何もかも破壊していく。このまま逃げても恐らく駄目だ。


「くっ……!」


 一か八か。スピカは家の瓦礫に身を隠し、竜巻を防ごうとした。

 結果は、半分成功しただけ。

 瓦礫は竜巻に接触した瞬間に砕け、守りとしての役割を失う。だがほんの一瞬でも竜巻を防ぎ、スピカに襲い掛かる風の勢いを弱めてくれた。また無駄だと思いながらも全力疾走し、少しでも距離を取っていたお陰で威力も多少なりと減衰していた。


「くぁっ……がふっ!?」


 しかしそれでもスピカの身体は竜巻に巻き込まれ、ぐるんと空中を一回転。これまで感じた事のない強さで地面に叩き付けられる。

 受け身も取れず、叩き付けられた腕から嫌な音が響く。間違いなく骨が折れた。全身を駆け回る激痛で声が出なくなり、頭の中も真っ白になる。

 幸運だったのは、それが一回で済んだ事。魔王が振り回した竜巻は、スピカの生死を確かめず通り過ぎていく。冒険家達を全て薙ぎ払うために。

 一通り周りの全てを破壊したが、未だ魔王は本気を出したまま。人間の生き残りがまだいる事を察している。


「キャアアアッ!」


 続けざまに放つは、身体からの雷撃だ。

 稲光を伴い、魔王の身体からのたうつように閃光が走る。雷と同じ力であろうそれは大地を満たすように、隙間なく飛んでいく。


「ひぎゃああっ!」


「ぎぁっ!?」


 魔王が思っていた通り、まだ生き残っている人間がいた。だが既に過去形だ。雷に打たれた不運な人間は、大概生きて帰る事は出来ない。


「キャアアッ!」


 雷を放っても魔王の攻撃は終わらない。再び横向きの竜巻が、魔王が翼を振るうのと共に放たれる。

 しかし今度の竜巻は、周囲を薙ぎ払う事はしない。全ての力を一直線に進む事に費やしているらしく、どんどん奥へ奥へと進んでいく。

 その竜巻の行く先にあったのは、城。

 王国の統治者である、王の居城だ。竜巻は何千メトルも離れた先にあったが、魔王が繰り出した極大の竜巻は遥か彼方まで伸びていき……頑丈な城壁を貫く。

 一ヶ所が貫かれたなら、それで全てが終わりだ。魔王が首を動かすのに合わせ、魔法の竜巻も動いて城に大きな傷跡を作る。まるで巨人が剣でも振るったような傷を城壁に掘られ、そこをきっかけに城は崩落を始めた。

 遠く離れたスピカの耳に届くほどの、大崩落。王は恐らくとうの昔に避難しているだろうが、されどだから壊れても安心などとはならない。王城は王国の象徴。王の存在を民衆に示す建造物の崩壊は、王国の『敗北』を示す。


「……キキ、キキャーッキャキャキャキャッ!」


 その光景の意味を、果たして理解しているのか。単に壊れる様子を楽しんでいるのか。魔王はここでようやく、心底嬉しそうに笑った。

 これで攻撃の手が弛めばまだ良かった。国が滅べども、合わせて人まで滅びる訳ではない。生きていれば反撃の機会もある。

 しかし魔王の攻撃は止まない。


「キャアッ!」


 咆哮と共に放たれる竜巻。


「キャキャキャキャキャッ!」


 笑い声と共に走る雷撃。


「キャーッキャッキャッキャッ!」


 楽しげな叫びに合わせ、全身から噴き出す紅蓮の炎。

 魔王は余裕を取り戻している。だが、それでいて油断はしていない。楽しんではいても弄びはせず、敵である人間を皆殺しにしようとしている。

 そしてそれを止める術は、今の人間にはない。


「く、ぅ、うぅ……!」


 腕を折ったスピカにも打てる手立てはない。

 ただただ瓦礫の影で、魔王の気が済むのを待つ事しか出来なかった……

 ……………

 ………

 …

 果たして、どれだけの時間があったのか。

 十分か。一時間か。或いは一晩か。時間の感覚が今のスピカにはなくて、全く分からない。

 現実には三分も経っていなかったが、長い時間のように思えていたスピカは無意識に閉じていた目を開けた。

 目に映ったのは、地平線まで開けた大地。

 竜巻に飛ばされて荒野にまで投げ飛ばされたのか? 一瞬脳裏を過った馬鹿げた考えを、思わず信じそうになる。それを信じなかったのは単にスピカが聡明だっただけでなく、過酷な自然界に身を置いてきた事で『辛い現実』にある程度慣れていたからだ。

 それでも逃避したい気持ちが、ひしひしと湧いてくる。


「嘘、でしょ……まさか、此処、王都……?」


 此処は平野などではない。かつて大勢の人々が暮らし、王城がそびえていた王都だ。

 しかし今、その原型は何処にもない。周りの家々は全て、瓦礫よりも細かな砂に変わった。王城は跡形もなく消えた。人の姿も残っていない。

 正直なところ、視覚的には今でも信じられない。

 しかし鼻に付く臭いで分かる。ぷんぷんと漂う煉瓦の臭い……作戦前に町中で感じたものと同じだ。此処が王都だったと、今でも訴えるように漂っている。

 間違いなく此処は王都。そして今では跡形もなく滅びた。それは王国の滅亡を意味している。

 人間達の繁栄を示す大都市も、魔王からすれば瞬く間に消してしまえる程度のものだったらしい。いくら獣達の力が凄まじいとはいえ、都市の一つをこうも破壊する事は出来ない。

 悪魔が如く力。

 古代人達が文献に残した言葉の意味を、ようやくスピカは理解する。こんなのは生き物が出来る事ではない。御伽噺で語られる、悪魔としか言いようがないではないか。

 これが魔王の実力。

 人間がどうこうという話ではない。『生物』に勝てる相手ではないのだ。


「っ、魔王は……!?」


 そう考えて、スピカはようやく魔王の存在を思い出す。我ながら間抜けと思いつつも、辺りを見渡した

 直後、スピカは背中を押された。

 いや、押し倒されたというのが正しい。凄まじい力であり、抵抗もままならない。地面に倒れた後も力は加わり、みしみしと背骨が音を鳴らす。

 骨折には至っていない。だがそれは『相手』が手加減をしているからだと、スピカは背中に加わる力が小刻みに、強まったり弱まったり変化している事から察した。

 余裕ぶっている。

 しかしそれも無理ないと、スピカは思う。王都を消し飛ばし、王国軍と冒険家を纏めて打ち倒した存在なのだ。たった一人の人間に対して余裕を見せたからといって、どうしてそれを驕りだの隙だのと言えるのか。

 背中に伸し掛かる足――――魔王であれば、それも許される。


「ぐ……ぅ……!」


 踏み付けによる拘束から逃れようと、スピカは藻掻く。されど魔王はその動きに対し、ゆっくり足に力を込めてきた。逃がすつもりはないらしい。余裕は見せても、隙は晒してくれなかった。

 それでもスピカは足掻きとして、腰に手を伸ばして一本の硝子瓶を取る。透明な液体が溜まったそれを魔王にぶつけようと振り上げ……ようとしたが、突如吹いた風が腕を()()()()()

 不自然に腕だけを襲う、不自然なまでに強い風。魔王の魔法によるものだ。

 尤も気付いたところで何が出来る訳もなく。風により振り下ろされた腕は、地面に叩き付けられた。同時に持っていた硝子瓶も叩き付けてしまい、瓶が割れて中身がぶち撒けられる。これではもう、魔王に液体を掛ける事は出来ない。


「キャーッキャッキャッキャッ!」


 スピカの気持ちを読んだかのように、魔王は楽しげに笑う。

 分かっていた事だが、魔王の知能はずば抜けて優れている。地べたを這いずるしかない相手を見下し、笑うなど人間でもなければしない事だ。相手を殺さずに痛め付けるだけなのも、知能が優れているからこそ楽しめるのだろう。

 そして人間並に賢いからこそ、人間のような考えも出来る。


「キャッキャッキャッ」


 笑いながらぐりぐりと、足でスピカを圧迫してくる。しかし止めを刺すような、強い力は使わない。あくまでも弄ぶだけ。

 どうにかこの油断に付け入り、一泡吹かせたい。だが魔王の足一本すら振り解けず、うつ伏せで藻掻くだけの存在に何が出来るというのか。

 それでもスピカは諦めず、どうにか拘束から逃れようと四肢を動かす。どうにもならない事に逆らう姿が面白いのか、単に無様な動きを楽しんでいるのか。なんにせよ魔王はしばしスピカの足掻きを許す。が、あくまでもしばしの間だけ。


「ぎぁっ!? が、ぁ……!」


 やがて飽きたのか、魔王は足先の爪をスピカの背筋に突き立てた。革の防具を突き破り、背中の肉に爪が突き刺さる。致命傷というほど深くはなく、脊椎なども傷付けられていないが……激痛でスピカは悶え苦しむ。

 こんな状態で脱出など出来る訳もなく、スピカは地面で苦痛に耐えるばかりになる。ろくに動かなくなれば、魔王としては満足したのかフンッと鼻息を鳴らした。


「……スゥゥゥー」


 そして深々と、大きく息を吸い込む。

 ただの深呼吸ではない、深く、溜め込むような呼吸。数多の生物の知識を持つスピカは、『ドラゴン』が行うその行動の意味も知っている。

 ブレスを吐くのだ。吸い込んだ息と共に体内に溜め込んだ可燃性ガスを放出。そのガスを歯で起こした火花により着火し、火炎として吐き出す……ドラゴンお決まりにして最大の技だ。

 魔王は焼き払うつもりらしい。この王都の残骸さえも。

 しかも息の吸い方は盛大に、長々としたもの。通常のワイバーンがブレスを吐く時、ここまで深く息を吸う事はない。恐らく魔王にとっても必要ない。きっと派手に、盛大に炎を吐くための準備なのだろう。

 ただ破壊するだけでは飽き足らず、豪快に燃やそうとまでしている。燃えているところが好きなのか、燃やしてしまうのが好きなのか。

 或いは、生きた人間に自分の力を見せ付けたいのか。


「(ほんと、趣味が、悪い……!)」


 スピカの村も、コイツは焼き尽くした。防壁都市も、魔王は炎により焼き払った。他にも数多の村や都市を焼いたと聞いている。勝利の印を刻み込むように、生き残った人間に自分の力を誇示するように。

 そして今度は、人間の繁栄の象徴を焼き払おうとしている。

 うつ伏せに倒されたスピカに魔王の顔は見えない。だが間違いなく、愉悦に染まった笑みを浮かべていると確信出来る。その顔に一発爆弾を投げ付けてやりたいが、うつ伏せではどうにもならない。今のスピカに出来るのは、ただ炎が吐かれるのを待つ事だけ。

 仮に何か出来たとしても、既に魔王は深々と息を吸い込んでいる。火花を起こすには歯と歯をぶつける必要があるが、ワイバーンの奥歯はぐらぐらと揺れ動くもので、強い『風』があれば簡単に隣の歯とぶつかる仕組みだ。要するにただ息を吐くだけで、火花は簡単に起きる。魔王を攻撃したところで、腹に溜め込んだ息が吐き出され、それは火炎となって一帯を焼き払う。

 もう、誰にも魔王は止められない。止める術などありはしない。

 スピカのそんな想いに応えるように、魔王は大きく首を振るい――――































 ぴたりと、炎を吐き出す直前の姿勢で固まった。

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