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アベンジャー・マギア  作者: 彼岸花
勇者

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59/62

勇者6

「キャアァーッ!」


 楽しげな笑い声。魔王がその声を上げるや、周囲に暴風が吹き荒れた。

 野宿中に嵐に見舞われる。長い事冒険家をしていれば、そんな目に遭う事も何度かある。だが、十年以上冒険家をしてきたスピカでも、魔王が引き起こした暴風は未経験の規模だった。

 周りの建物がガタガタと揺れるや、根本から吹き飛ばされる。重たい瓦礫が空高く舞い上がり、やがて雨のように落ちてくる。

 勿論冒険家達が投げた武器も、あっさりと吸い込まれ、空高く登る。巻き込まれて瓦礫共々空に飛んでいく人影もある始末だ。


「おおおおーっ!?」


 小さな身体のウラヌスもまた、瓦礫と共に飛ばされてしまう。


「う、ウラヌス!? ちょ、アンタが離れたら――――」


「大丈夫だぁ! 後は任せろぉぉ……」


 頼もしいのは言葉だけ。そのままウラヌスは何処かに飛ばされてしまった。何が大丈夫なんだと叫びたかったが、そうも言っていられない。

 吹き荒れた風魔法により、魔王を攻撃する手は止まってしまったのだから。


「っ……!」


 すかさずスピカは爆弾矢を放つ、が、その矢は魔王に命中しない。

 魔王の周りには見えないながらも、強烈な風が吹いていた。矢はその風に吸い込まれ、高々と舞い上がってしまう。空中で瓦礫にでもぶつかったのか、ボンッという音と共に爆発が起きるが……魔王から遠く離れた場所で炸裂しても意味がない。

 これでは弓矢による攻撃は当たらない。いや、大剣や斧を用いても、瓦礫すら巻き上げる暴風の前では無力。無駄な攻撃をしても武器を失うだけ。後の事を考えれば、闇雲な攻撃は出来ないのだ。

 一度に使える魔法は一つ。しかし魔王が用いる風は、自分の身体に纏わせた『後』のものだ。これならば守りを維持しつつ、攻撃にも転用出来る。

 今までそれを使わなかったのは、結局のところ魔王が本気を出していなかったからだ。


「キャアッ!」


 力強く鳴くのと共に、魔王の方から暴風が流れてくる!

 最初の風で吹き飛ばされていたスピカは、更に遠くへと飛ばされる。しかしそれは幸運だ。

 暴風と共に、巨大な瓦礫も飛んできたのだから。

 スピカはすぐに腕を体の前で構え、飛んでくる瓦礫を防ぐ。大きな瓦礫が当たると腕に痺れるような痛みが走ったが、これでもマシな方。離れていたお陰で、瓦礫が自分と激突するまでに時間があり、守りを固める事が出来たからである。

 近くで踏ん張っていた冒険家達に、そんな時間的余裕はない。


「ぐぅっ!?」


「がっ」


 飛んできた瓦礫が直撃し、冒険家達が次々と呻きを上げる。転ぶ程度ならまだ良い方で、中には気絶するように倒れる者までいた。

 傍に無事な仲間がいれば掴んでもらうなど助けてもらえるが、いなければそのまま風に運ばれていく。瓦礫と共に向かう場所が安息の地である筈もない。


「キャアァーッ!」


 更に魔王は激しく翼を羽ばたかせ、魔法の風を強めていく。

 魔王の周りに展開された巨大な風の流れはあらゆるものを破壊し、飲み込み、空へと打ち上げていく。最早風などという表現は生温い。

 竜巻だ。

 魔王が竜巻級の風を起こせる事は、初めて出会った時にも披露していたから分かっていた。だが魔王を囲うように展開された挙句、恐らく前回以上の威力で吹き荒れるところを目にしたら、覚悟も風と一緒に飛んでしまう。

 これが二度目の遭遇であるスピカすら、恐怖からまともに動けなくなるほどだ。初めて魔王を前にした冒険家達が固まってしまうのも仕方ない。

 その隙を魔王は見逃さない。笑うように口許を歪めるや魔王は翼を広げ――――力強く羽ばたく。

 そうすれば並のワイバーンを遥かに凌駕する巨体は、ふわりと大空に浮かび上がった。


「ああクソッ! 飛んだぞ!」


「これじゃあ届かない!」


 一瞬の隙を突かれた冒険家達の口から、次々と悪態が飛び出す。

 人間は空を飛べない。

 ごく当たり前の事であるが、だからこそ飛行するドラゴンは脅威だ。飛ばれてしまったら、もう大抵の攻撃は届かない。

 城壁に設置された大砲が魔王に向けて放たれるが、ワイバーンはそもそも大砲を喰らっても死なない程度には頑丈な生物だ。ましてや魔王は風の守りを纏っている。直撃を受けても魔王は蹌踉めきもせず、問題なく飛び続けている。

 魔王が纏う風の守りを揺らがせ、その奥にある頑強な表皮を貫けるのは、恐るべき獣達から得られた特別な武器だけ。しかし空を飛ばれた事で、それらはもう魔王には届かない。スピカが使う弓矢であれば辛うじて届くが、魔王の高さまでいく頃には減速し、硬い鱗に弾かれてしまうだろう。

 やがて魔王は城壁よりも高く飛び上がり、もうアルタイルの剣も掠める事すらない。万事休すという状況だ。

 危険な攻撃がなくなれば、風魔法に拘る理由はない。


「キャーキャー! キャキャキャキャ!」


 悔しげに立ち尽くす人間達を見下ろし、楽しげに笑う魔王の身体がバチバチと光り出す。暴風が止むのと共に稲光がその身体を迸り、力の高まりを見せ付けてくる。

 即座に雷魔法を打たないのは、地上から離れられない人間達に見せびらかすためか。はたまた力を溜め込むためか。

 いずれにせよ人間には打つ手がない。魔王は存分に力を溜め込み、望むがままの威力を出せる。

 十分力を高めたら後は自然の落雷のように、魔法の雷をあちこちに落とすだけ。それだけで、此処に集まった何十もの冒険家は全滅だ。

 防壁の外で立ち向かった騎士団や兵士も、魔王は同じ方法で打ち倒したのだろう。完璧な作戦である。今の人間達に、この無敵の戦法に打ち勝つ術はない。

 これで終いだ。

 ――――等と魔王は考えているかも知れない。そうでなければ悠々と空は飛ぶまいとスピカは思う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「――――ウラヌス!」


「準備は出来てるぞ!」


 スピカの声を出せば、何処からかウラヌスが答える。

 魔法の暴風に飛ばされた彼女は今、辛うじて無事だった屋根の上にいた。そこは魔王の背後であり、魔王からは見えない場所。

 そして彼女はその手に、細長い棒を握っている。

 魔王が振り向く事もしなかったために、ウラヌスは掴んでいた棒を高々と持ち上げる事が出来た。

 棒の長さは約十五メトル。とある樹木を加工して作り上げたそれは、普通の人間ならば一人では到底持ち上げられない大きさだ。しかし常人離れしたウラヌスならば、その巨大な棒を少しの苦労はあれども持ち上げ、振り回せる。この長さがあれば、魔王まで棒は届く。

 ウラヌスは棒を片腕で抱きかかえ、もう片方の手で掴んで振り回し――――魔王目掛けて振った。


「キャ?」


 ここで魔王はウラヌスの振り回す棒に気付いたが、回避しようともしない。ただの棒に何が出来るのかと言わんばかりだ。

 実際、その棒では魔王を倒す事はおろか、傷付ける事も出来ないだろう。確かに雷魔法を使い始めた事で、風魔法の守りは消えただろうが……棒の先に刃となるようなものは付いていない。仮に付いていたとしても、不安定な持ち方の棒を振り回しても大した切れ味にはならないだろう。剣や槍で物を斬り付けるのにも、相応の技術が必要なのである。

 しかし今、その棒の先に付いているものを使うのに大した技術はいらない。棒が持てるのなら子供にだって扱える。

 だって、()()()()なのだから。


「キャ? ……キャ、キャーッ!?」


 ぺたりとお腹に張り付いたトリモチに、魔王は困惑した声を上げる。

 思っていたのと違う『攻撃』に大層驚いたらしい。慌てた様子で取ろうと藻掻くが、しかしトリモチが外れる気配はない。

 当然だ、とスピカはほくそ笑む。そのトリモチはとある植物の樹脂から生成したものだが、粘着力が強過ぎて事故が多発した結果、何十年も前に使()()()()となった違法物品だ。王国が回収後王城の倉庫にしまっていたものを今回引っ張り出し、王都の様々な物陰に隠しておいた。

 暴風により建物が壊れた時は万事休すかとスピカは焦ったが、ウラヌスは無事なものを探し出し、持ってきてくれたようだ。


「キ、キィ……!」


 暴れてもトリモチは取れないと考えたのだろう。魔王は身体に纏っていた稲光を消し、ごうごうと風の音を鳴らす。雷ではトリモチを剥がせないので、風で対抗しようというつもりか。

 小柄なウラヌスに風は危険だ。力はあっても、彼女の体重は見た目相応。暴風を受ければ先程のようにふっ飛ばされてしまうかも知れない。ましてや今は棒を両手で扱っている状態。いくらウラヌスが人間離れした怪力の持ち主でも、こんな体勢では魔王の力に抗える筈もない。

 ただし、一人だけなら、という前置きは必要だが。


「おっと、思惑通りになると思うなよ」


 ウラヌスの傍に現れたのはアルタイル。彼はウラヌスと共に棒を掴み、そして支えた。一人では簡単に飛ばされる風も、二人ならば絶えられる。

 勿論魔王が更に魔法の力を高めれば、人間の足掻きなど虫けらと大差あるまい。故に魔王もまだ冷静に、ウラヌス達に視線を向ける。大きく翼を羽ばたかせ、爆風を吹き荒れさせようとしていた。

 そうはさせまいと、スピカは駆ける。そして力強く弓を引く。

 普通の矢では、空高く飛ぶまでに勢いを失い、攻撃にもならないだろう。爆弾矢であれば爆発により打撃を与えられるだろうが、風魔法は守りの術でもある。今此処で喰らわせても、恐らく魔王は気にも留めない。

 だが、同じくトリモチのついた矢であれば、流石に不快に思うだろう。


「ふっ!」


「キャッ!?」


 スピカの放った矢ことトリモチが足に付着し、魔王は甲高い声を上げる。どうやら腹部のトリモチに夢中で、足の守りが疎かになっていたようだ。

 ただトリモチを付けただけでは終わらない。矢には細い縄を結び付けてあり、それはスピカの手許まで伸びていた。ぐるりと縄を手に巻き付けて、引っ張ればスピカの力も魔王に加わる。

 ウラヌスとアルタイルのみならず、スピカにも引っ張られる。魔王はまだ人間達の思惑に気付いていないのか、その場でバタバタと羽ばたくばかり。

 だが、瓦礫と化した周囲から次々とトリモチ付きの棒が上がれば、流石に状況を理解する。


「キャキャッ!? キッ……!」


 無数のトリモチを前に、魔王は睨み付けて風を纏う。再び竜巻が起こり、周囲の瓦礫を巻き込んでいく。

 危険を前にして守りの魔法を使う。それは魔王にとって必勝の手だったに違いない。事実どんな攻撃も風を纏う魔王には通じず、傷も付けられなかった。

 しかしトリモチ相手にそれは愚策だ。

 立ち上がった棒の下にいるのは冒険家や兵士。彼等は棒が飛ばされないよう力強く踏ん張った。ところが此処に一つ、踏ん張らない奴がいる。

 トリモチだ。

 暴風に吸い込まれ、棒先のトリモチはぐにょんと伸び始めた。魔王が自らの失策に気付いた時には既に手遅れ。伸びに伸びたトリモチが、魔王の周りをぐるぐると巻いて包囲する!

 空高く昇ったものはやがて落ち、全てではないが魔王にも少なからず当たった。魔王の全身が、粘着いたトリモチに包まれていく。


「キャ、キャァーッ!?」


 笑い染みた鳴き声は、今や完全に悲鳴と化していた。だがどれだけ悲鳴を上げても、トリモチの包囲は終わらない。

 そして恐らく予想外の状況に慌てたのだろう。魔王が風魔法をパッと消せば、今度は舞い上がったトリモチが纏めてどっと落ちてくる。


「キャ――――」


 ヤバい、と思ったところでもう遅い。

 落ちてきたトリモチが、魔王の上半身をどっぷりと包んだ!


「キャ。キャ、キャーッ!?」


 羽ばたこうにも翼はもうトリモチ塗れ。それでも空を飛んでいられるのは、魔法の風で身体を浮かせているのだろう。

 これでもまだ魔王は落ちない。だが、最早それは些末な問題だ。今の魔王は落ちないために魔法を使っている。攻撃する余裕は恐らくない。

 今なら、人間の力で引きずり落とせる。


「今よ! みんな、コイツを引っ張って!」


「「おおおおおおーっ!」」


 スピカの掛け声に応じ、生き延びた冒険家達が次々と押し寄せる!

 全員その手に持つのはトリモチ付きの棒。力強く振るったそれを、トリモチ塗れの魔王には躱す術がない。驚き、戸惑う顔を浮かべるのが精々。

 次々とトリモチ付きの棒が魔王を叩き、張り付く。魔王に出来るのは長い首を動かし、顔面にトリモチが付くのを避ける事だけ。全身の至るところにトリモチが張り付き、人間達は棒を握り締める。


「落とせぇぇぇえええっ!」


 スピカは渾身の力を込め、棒を引き寄せる。冒険家達も、ウラヌスとアルタイルも、その手に掴んだ棒を引く。

 魔王の身体が、がくんと下がった。


「キャ、キャ、キャブギッ!?」


 それが見えた次の瞬間、魔王の身体は大地に叩き付けられる!


「キャッ!? キャァッ!?」


 まさか自分が捕まるとは、夢にも思っていなかったに違いない。魔王は目を白黒させていた。しかしそれでもトリモチは剥がれない。

 空を自由に飛ぶ魔王を、ついに人間は大地に叩き落とした。

 ただトリモチを持って突撃しても、引っ掛かりはしなかっただろう。人間が本気で挑んで、それでも全く叶わなくて……積み重ねた魔王の『自信』が、大きな隙を生み出したお陰だ。いや、これまで魔王は人間のみならず、数多の獣達とも戦ってきた筈である。そしてその全てで勝利してきた。

 犠牲になった命の数は如何ほどか。兵士や騎士の数は数えられても、道中で襲われた市民、恐怖で追われた生き物達……彼等の命は数えられない。しかしその死は無駄ではない。全ての積み重ねが、此処で魔王が地に伏す結果の布石となったのだ。

 これで、ようやく悪魔の力は終わりとなる。

 ――――等と感傷に浸っている場合ではない。


「誰か! 早くコイツの頭をぶっ潰して!」


 相手は魔法を自在に扱う魔王。トリモチが全身に張り付いたところで、問題なく攻撃する事が出来てもおかしくない。未だ人間達は優勢などではないのだ。

 冒険家達はそれを理解していた。野生の獣は死ぬまで決して油断してはならない。むしろ手負いの獣の方が恐ろしいぐらいだ。故に誰もが武器を持ち、魔王に止めを刺そうと駆け寄った。

 最後まで誰も油断などしていない。止めを刺すまで安心なんて出来ないのだから。

 人間は全力を尽くした。それだけは間違いない。

 故に、どうしようもない。

 魔王の身体から噴き上がる炎が、集まった人々を薙ぎ払うように吹き飛ばしてしまったのは――――

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