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アベンジャー・マギア  作者: 彼岸花
勇者

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勇者5

 天幕が張られた後方から出たスピカ達は、王都をぐるりと囲う防壁の傍までやってきた。

 近くには次々と冒険家達が集まり、そこで立ち止まる。同じく此処に留まる兵士達も大勢居たが、半分以上の兵士はそのまま前進。防壁の外へと出ていく。

 スピカ達はそのまま待機。しばらくすると、防壁に設置された大砲の発射音が場に響く。防壁に阻まれて外の様子は見えないが、戦いが始まったらしい。

 それでもスピカ達は動かない。まだその時ではない。

 王国側が立案した作戦はこうだ。まず一般兵及び第二〜第五騎士団が魔王との戦闘を行う。冒険家達は後方に控えておき、万一騎士団の攻撃を突破した魔王を叩く。

 このような作戦になった理由は、まず王国としての『威信』を見せるため。魔王により第三騎士団が全滅した事で、騎士団の威信に大きな傷が付いた。威信というのは何も矜持云々の話ではない。「あの国の騎士団ってもしかすると弱いのでは?」と思われた場合、侵略戦争を招く恐れもあるのだ。魔王にも勝てると証明する事は、国防上重要な事である。

 もう一つの理由は、市民を戦いの場に出したくないため。冒険家といえども立場上は一般市民だ。これを魔王の戦いに出すのは、市民を戦争に動員するのと変わらない。周辺国から非難されたり、国民から反発が出たりする可能性がある。相手が相手だけに仕方ないと思うが、声が大きい人間というのは大概相手の事情など気にしないものだ。よって反論出来る状況を作らねばならない。

 つまり騎士団が先に出て、どうにもならなくなってから冒険家(市民)も協力するという流れが必要なのだ。


「(要するに、政治的な理由な訳だ)」


 兵士達を見送ったスピカは、呆れてため息を吐く。

 政治自体をくだらないとは言わない。政治というのは本来、権力や支配に関わるもの。適切な政治は社会を安定させ、人々の安寧と繁栄をもたらす。実際此度の王国の考えも、国防や治安維持の観点から見れば正しい判断だ。

 されどこれは人間の都合である。人間社会だけで完結する話なら良くても、自然がそこに混ざると思うようにはいかない。自然は、政治という『理性的』なものの対極に位置するのだから。

 ましてや超常的な力を持つ魔王が相手では……


「俺達の出番、あると思うか?」


「どうだろうな。流石に三騎士団も行けば、十分じゃないか?」


 心配するスピカだったが、傍にいる冒険家達からは楽観的な言葉が聞こえてくる。甘く見るなと窘めたくなるが、彼等は魔王の実力を知らない。それに、彼等の考え自体はスピカも納得出来る。

 確かに第三騎士団は魔王により呆気なく壊滅した。しかし今回はそれを上回る実力の第二騎士団、そして僅かに劣るとはいえ匹敵する騎士団が二つ、合計三騎士団が応戦する。兵力というのは数が多いと、数以上の力を発揮するという。一人では抑えられない死角や攻撃間隔を、仲間が補ってくれるからだ。三騎士団で一斉に挑む事は、第三騎士団の三倍以上の力で魔王に立ち向かうのと同義。

 いくら生態系の頂点であるドラゴン相手とはいえ、騎士団一個ですら普通ならば過剰戦力。ましてやその三倍の戦力ならば、常識的に考えて勝負は見るまでもない。

 魔王の実力を考えると楽観は出来ないが、意外と拮抗した戦いになるかも知れない。


「……段々近付いてきているなー」


 一瞬そんな希望を抱いたスピカだったが、ウラヌスの言葉で『現実』に引き戻される。

 近付いてきている。

 何が、とは問わない。ただ耳を澄ますだけで、聞こえてくるのだから。

 憐れみすら覚える悲鳴が。

 無慈悲な破壊の音が。

 最初から覚悟していたスピカ達は、誰よりも早くその音を聞き付けた。だが周りに知らせる必要はない。音はどんどん大きくなり、スピカ以外の冒険家達も気付き始める。城壁の上で大砲を構えていた兵士の動きも慌ただしくなり、尋常でない事態が起きていると物語る。

 しばらくすれば悲鳴がハッキリと聞こえてくる。大地を抉るような音も、爆発するような音も、どんどん大きくなる。

 その音は、更に時間が経つと今度は一気に静まり返った。

 ごくりと、誰かの息を飲む音が聞こえてくる。それだけ一人として声を出しておらず、動けなくもなっていた。『最悪』がスピカの脳裏を過り、きっと他の冒険家の頭も満たしているだろう。

 そんな時である。

 防壁の扉が勢いよく開かれるや、雪崩込むように大勢の騎士団員や兵士達が入ってきたのは。生きている兵士の姿に、冒険家達は驚きと安堵の顔を浮かべる。


「に、逃げろ! あ、あれは悪魔――――」


 しかしそんな冒険家達に向けて、兵士の一人が泣きそうな声で何かを言おうとした

 この瞬間を狙っていたのだろうか。

 開かれた扉から、稲光が炸裂した。

 兵士達が稲光に飲み込まれ、一瞬で焼き焦げた姿に変わる。バタバタと倒れていき、一人として動かない。

 冒険家の多くは扉から離れていて無事だったが、それを喜ぶ声はない。そして再び沈黙が広がる。

 誰も何も話さない。だからこそスピカは直感的に理解した。

 先陣を切って魔王に挑んだ第二・第四・第五騎士団及び一般兵は、この短時間のうちに全滅したのだと。


「キャーッキャッキャッキャッ」


 楽しげな笑い声が、静寂を打ち破る。

 次いでぬるりと、開かれた防壁の門を潜るようにそいつは現れた。

 長い首をゆっくりと伸ばし、翼状に変化した腕を器用に使って四足歩行をしている。青い鱗に覆われた身体から、バチバチと稲光が走っているのは魔法の残渣か。その身体には小さな傷はおろか、土汚れすらろくに付いていない。

 騎士団や兵士に驕りがなかったとは言わない。だが世界最大の国が動員した大戦力を相手にして、それは殆ど傷付いてもいない。

 魔王ワイバーン。『準備運動』を終えた奴が、再びスピカの前に姿を現した。王都内部、煉瓦造りの大都市内に悠然と立つ姿を見せつけるようにしながら。


「魔王よ! みんな、作戦通りに!」


 誰もが唖然とする中、スピカが真っ先に声を上げた。立ち止まっていては魔法の的になるだけだ。

 スピカの掛け声もあって冒険家達も次々と我に返り、各々の武器を構える。しかし騎士団三つを易々と壊滅させた魔王を前にして、誰もが動きを鈍らせていた。闇雲に突撃すれば命を落とすのは明白なのだから。

 魔王はその隙を見逃さない。まるで見せ付けるように大きく翼を広げるや、バチバチと稲光を放ち――――


「はあああああっ!」


 されどその輝きが冒険家達を焼き尽くす前に、雄叫びが魔王に迫る。

 魔王はハッとしたように雄叫びの方を振り向く。そこは空中だったが、稲光の輝きで眩くなった夜空には人影が浮かび上がった。

 大剣を構え、空高くから下りてくる男。仰々しい鎧に身を包み、遠目からでもハッキリ分かるほど大柄で屈強な肉体を持つ。スピカが知る限り、そんな人物は一人しか知らない。

 第一騎士団団長にして王国最強の男、アルタイル。

 彼が何故空中にいるのか? 答えは単純なもので、傍にある防壁から跳び下りただけである。しかし誰にも、魔王にさえもその予兆を捉えさせなかったのは、優れた足運びの賜物だ。力を持てども驕らず、敵の一瞬の隙を突く様は正に達人。

 その達人の技を前にして、生きていられるものなどいやしない。

 ……これまでは。


「キャアッ!」


 楽しげにも聞こえる鳴き声と共に、魔王は広げていた翼を盾のように構える。その翼とアルタイルの振るう剣が激突した。

 通常ワイバーンの皮膜は、自らの巨体を浮かび上がらせるほどの強風を巻き起こす力を持つ。当然その力に耐える程度は丈夫だが、されど鱗に覆われている訳でもない。鋭い刃物であれば傷を付ける事は(あくまでも他の攻撃に比べればだが)容易い。

 にも拘らず、魔王の翼とアルタイルの剣がぶつかっても、切り裂くような音は聞こえてこない。

 それどころか激突したような音すらない。何があったのか、目の当たりにしていた冒険家達に困惑が広がっていく。

 事態を理解しているのは、剣を打ち込んだアルタイル自身と、魔王と対峙するのがこれで二度目のスピカだけだ。


「(風の魔法に切り替えたんだ!)」


 稲妻では翼を守れないと考え、風の魔法を起こす。空気の層が壁となり、アルタイルの剣を防いだのだろう。

 恐るべき防御力。これまで魔王の身体に傷も付けられなかったのは、この風魔法が圧倒的だったからだ。王国最強の剣すら防ぐ姿は絶望しかないようにも思える。

 だが、スピカは希望も見い出していた。

 魔王は今まで纏っていた稲光を、今はすっかり止めていたのだ。カペラとの戦いからそうではないかと疑っていたが、どうやら一度に使える魔法は一種だけらしい。そして雷の魔法は絶大な威力を持つが、身を守るのには向いていないのだろう。

 魔物達も魔法の力で身を守っていたが、身体そのものは強靭になっていた訳ではない。魔王も同じなのだ。それでも大砲や鉄剣程度なら難なく耐えるだろうが、獣から取り出した骨や特別な金属の武器なら傷を与えられる。そしてアルタイル達騎士団長が使う剣は、特に貴重な獣の素材で作られたもの。切れ味は折り紙付きだ。

 アルタイルの剣なら魔王を殺せる。故に魔王は必殺と言うべき雷魔法を使わない。いや、使えない。


「行くよウラヌス! アルタイルの援護をする!」


「おうともー!」


 ならば取るべき策は、攻撃を続ける事だ。魔王に雷魔法を使わせてはならない。攻撃を続けて疲弊させれば、きっと風魔法も何時か途切れる。

 スピカは走りながら、魔王に向けて弓を引く。その先にあるのは爆弾矢。物資豊かな王都で、大量に供与してもらえた。背負う矢筒の中には爆発する塊が山程ある。今までの戦いと違い、大盤振る舞いが可能だ。

 一発の矢が爆発するやすぐに次の矢を構え、放つ。狙いは魔王の胴体部分。細長い首を持つ頭はぐねぐねと動いて狙い辛いが、大きな胴体はそこまで機敏に動かない。狙いが外れる事はなく、矢は次々と命中して爆発を起こす。


「むん! むりゃあっ!」


 更にウラヌスは近くの民家に登ると、その屋根から剥がした瓦礫をぶん投げる!

 人間は投擲能力に優れる生物だ。人間一人簡単に捻り潰す力を持つ大猿でも、物を投げる力はそこまで強くない。野生動物相手に、人間が一方的に勝てる勝負の一つが投擲である。

 ウラヌスの投げ方は人間と同じもの。それでいて彼女の筋力は、並の人間を遥かに上回る。例えただの瓦礫だろうとも、矢のような速さで打ち込めるほどに。


「キャ……キャゥ……………!」


 スピカとウラヌスの猛攻に、魔王は少しばかり顔を顰めた。

 とはいえ魔王の身体に傷は出来ていない。本当に、ただ不快なだけ。しかし不快になれば集中力は途切れるというもの。


「はぁっ!」


 その隙を狙うように、アルタイルが魔王の足下に肉薄。剣を振るう。

 足まで魔法は及んでいるらしく、打ち付けた剣は風に阻まれて弾かれた。だがアルタイルの戦意を砕くには足りず、彼は何度も何度も剣を叩き込む。威力を重視してか、大振りで、しかし大地を叩き割りそうな印象を受ける切り方をしている。

 それでいて彼の身のこなしは素早い。魔王は足踏みでアルタイルを踏み潰そうとしているが、全て回避されていた。

 スピカとウラヌスの攻撃も続いている。身体に傷は付いていないが、やはり不快ではあるらしい。魔王から笑い声が消え、目に苛立ちが現れてくる。それで良いとスピカは思う。元より目的は最悪の魔法である雷魔法を使わせない事なのだから。

 そして魔王の攻撃を止めていれば、他の人間達も士気を回復してくる。


「お、俺達も行くぞっ!」


「手柄を渡すもんか!」


 スピカ達に当てられたように、冒険家達も次々と戦闘に参加してきた。

 ある者は小さな刃物を投げつける。獰猛な獣の骨から作り出したそれは、ドラゴンの鱗でも切り裂く。

 ある者は懐にしまった薬瓶を投げていた。強酸を含んだ液体が中から飛び出し、舗装された道をじゅうじゅうと焼いていく。

 ある者は長く伸びる鎖鎌で攻撃した。鎖を作るのはとある植物の蔓。長くて丈夫なそれは大男が振り回しても千切れず、先にある巨大な鎌を叩き付けるのに支障ない。

 ある者は大きな斧を投げ付けて叩き割ろうとする。斧はとある生物の背びれから作り出したもの。赤々としたそれは岩よりも硬く、生物の血肉を切り裂くのに向いている。


「キャ、キュゥ……!?」


 冒険家から繰り出される攻撃に、魔王が唸る。驚いたように目を見開き、明らかに動じていた。

 魔王がこれまで戦ってきた人間は、兵士。戦うための訓練を積んできた彼等は、勿論極めて強いが……その訓練は対人を想定したものだ。人間と動物では、何処への攻撃を躊躇うか、何を気にするかも違う。兵士達の戦闘技術は、ドラゴン相手に有効とは言い難い。数と身体能力で押そうとしたが、桁違いの力を持つ魔王には通じなかった。

 されど冒険家は違う。

 彼等が日夜相手するのは、自分より圧倒的に格上の生物。そしてあらゆる生物と生存競争を繰り広げ、日々を生きている。ドラゴンへの対処法も頭にしっかりと入っていた。

 そして彼等が使う装備。兵士達が使うような量産品ではない、獣達の身体を用いた専用装備は鉄の剣など比にならない切れ味を持つ。魔王相手にもこれは有効だ。人間の力は及ばずとも、()()()()()()()が合わされば、魔王の身体に大きな負荷を与えられる。

 魔王の身体には未だ傷も付いていない。だが魔王が雷の魔法を使う事もない。どれだけこちらを見下していても、自分の身体が『ただのワイバーン』である事を奴は理解しているのだ。人間が加工した自然の力相手に、迂闊に風の魔法を解く訳にはいかない。

 このまま集中攻撃を続ければ、疲弊させて討ち取る事も出来るのではないか?

 ……そんな甘い考えがスピカの脳裏を過る。他の冒険家達の頭にも、同じ考えが浮かんだ事だろう。しかし熟練の冒険家であるほど、その表情は弛むどころか強張っていく。

 集中攻撃によって疲弊させる――――そんなのは大軍で挑んだ騎士団と兵士と同じ作戦だ。即ち魔王は、これを打ち破る術を持っている。

 魔王の顔がにやりと歪んだ時、その術を使うつもりなのだとスピカは察した。


「っ! 不味い! みんな離れ」


 咄嗟にそう叫ぼうとしたが、魔王の方が早い。

 突如として吹き荒れた暴風。

 魔王が少しだけ『本気』を出したと分かった時、スピカは遠くに飛ばされた。華奢な身体は暴風を耐えるには少々力不足だったのだ。

 だからこそ、幸運だったと言える。

 これから始まる魔王の大蹂躙に、巻き込まれずに済んだのだから……

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