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アベンジャー・マギア  作者: 彼岸花
勇者

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勇者3

「……以上が、私達の見たものです」


 魔王とカペラの末路について話し終えた後、スピカは室内を一望する。

 貴族達も、騎士達も、口を開かない。

 誰もが何かを考えていた。何を考えているのかと、聞くのを憚られるぐらい真剣な顔をしている。スピカも自然と口が閉じ、何も言わないまま席に座り直す。

 しばしの沈黙が流れた後、最初に話し始めたのはアルタイルだった。


「まずは、感謝を述べよう。ありがとう。君達が教えてくれた事で、第三騎士団が人々のために最後まで戦ったと証明された。彼女達の名誉は守られた」


「いえ……私も力及ばず、誰も助けられずに申し訳ありません」


 アルタイルの言葉に、スピカは頭を下げながら謝罪する。

 社交辞令、のつもりはない。自分が万能の存在になれるとはこれっぽっちも思っていないが、あと少し、何かが出来れば、違う結果があったかも知れないとは思う。

 かも知れないを語る事自体が無意味な事だとも思うが。終わった事についてあれこれ考えても、もうどうしようもない。それを糧にして、『次』をどうするのかが正しい(合理的な)行いだ。


「……悔やんでいるところ申し訳ないが、率直に聞こう。王国騎士団の戦力を全て投じたとして、魔王を打開出来ると思うか?」


 アルタイルからの問いに、スピカは僅かに息を詰まらせた。

 周りの視線が、突き刺さる。

 敵意、ではない。それは真剣さを露わにした眼差しだった。国難だからこそ、世辞を抜きに教えろと目で命じている。

 元より、スピカはそのつもりだ。でなければ此処まで来た意味がない。


「私見ですが、王国騎士団だけでは足りないと思います。第三騎士団と魔王の戦いは一方的なものであり、騎士団が幾つ集まっても、一方的に蹂躙されたでしょう」


「ふむ。具体的にどのような戦いだったか、聞いても良いか?」


 真偽を確かめるためか、アルタイルは詳細を訊いてくる。スピカにとっては想定内の問いだ。既にどう答えるかは頭の中に描いている。

 語るは、自分が体験した戦い。魔王が見せた数々の魔法を、誇張なく、ありのまま伝える。

 そう、誇張はしていない。だがそれでも魔王の力はあまりにも非常識なもの。語っているスピカ自身そう思うのだ。話を聞いていた貴族や騎士の顔付きが、少しずつ訝しむようなものに変わるのも必然だろう。


「成程。それは圧倒的だな、想像以上に」


 スピカの話をそのまま受け入れたのは、アルタイルだけだった。


「アルタイル。騎士団どころか王国所属でもない、一般冒険者の話を鵜呑みにするのは如何なものかと」


「そうだ。確かに魔法の存在は第三騎士団からも報告されていて、それが条理を覆す力なのも聞いている。だがこの娘の語る魔王の力は、あまりにも非常識だ」


「人々を巻き上げるほどの竜巻に、雷を自在に落とすなど最早『悪魔』の所業ではないか。魔王と魔物が別格だとしても、限度があろう」


 頷くアルタイルに対し、貴族や騎士達が次々と忠言してくる。スピカに直接言ってはこないが、要するに「お前の話は胡散臭い」という感想だ。

 正直に語っているスピカからすれば、なんとも失礼な話である。

 されど貴族達の立場からすれば、至極尤もな反応だろう。冒険者という仕事はしているが、立場的にスピカは一般市民。どんな人間が知れたものではない。極論、他国の間者が王国の混乱を目論んでいる疑いもある。国を統治する者として、最悪は想定しなければならない。


「だが、レグルスは彼女を信用した。私は仲間である騎士の感覚は、基本的に信頼しているんだ」


 しかしその当然を、アルタイルはこの真っ直ぐな言葉で反論した。

 気障ったらしい台詞なのに、嫌味に感じられないのは人徳からか。強くて紳士的なんて、こうも完璧な人間がいるのかとスピカはやや唖然としてしまう。

 貴族や騎士達にとっては日常なのか、誰もがやれやれと言わんばかりの空気を醸すだけ。それでいて反論がないのだから、アルタイルという人間を、騎士はおろか貴族達さえも信用しているらしい。


「大体、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは思えないからな。彼女の実力は、皆知っているだろう?」


 そしてその信用は、単に人徳だけでなく、論理的な思考にも裏打ちされているのだろう。

 ……信用や戦闘能力がそのまま権力に繋がる訳ではない。

 だが貴族達や王を説得する上で、アルタイルほど適任の人間はいないだろう。きっとアルタイルならば周りに政治的判断を促し、大軍を動かせる筈だ。魔王討伐のためには多くの戦力が必要であり、それを可能とする人材との繋がりをスピカは求めていた。それがこうも容易く接触出来るとは、かなりの幸運であろう。

 カペラこと王国第三騎士団団長レグルスのお陰と言っても過言ではない。命を賭けた彼女の行いは、決して無駄になっていない。

 無駄にしないためにも、スピカは身体を前に乗り出す。


「ありがとうございます。もう一つ私の意見として、様々な冒険家を集めるのが良いと思います」


「ドラゴン退治の専門家だけで事足りるのではないか?」


「お言葉ながら、魔王はドラゴン……ましてやワイバーンと思わない方が良いです。あれは魔王という存在であり、何をしてくるか予想も出来ません。奴が本気を出した時、様々な視点から意見を出せるようにすべきかと」


「ふむ、成程な。確かに、君の話が確かなら我々は魔王に対し、あまりにも知らない。何分情報も殆ど入っていないしな」


「……接敵したと思われる部隊が行方不明なのも、これで説明が付くか。単純に、跡形もなく吹き飛ばされたのだろう」


「いや、しかしなんのために? 食べるだけなら『残り』も出るだろうし、怒りを買ったにしても逃げた兵士すら逃さないのは異様だぞ。これではまるで」


「自分の痕跡を残さないため。だとしたら、まるで人間のような賢さだな」


 アルタイルの言葉を境に、場が沈黙する。スピカは飲み込んだ自分の息が、随分五月蝿く感じられた。

 そう、それもまた認識しなければならない事。

 生物というのは時として人間でも驚くような『知的』な行動を、考えなしの本能で成し遂げてしまうものだが……それは基本的に、生きていくために必要な技である。それ以外に知的な本能を見せる事はない。

 魔王は帝国軍と第三騎士団を全滅させた際、雨を降らせた後に雷を落とし、全員を焼き殺した。しかし空飛ぶワイバーンにとって、雷とは自分に当たりやすい危険な自然現象。逃げ出すなら兎も角、それを利用するような生態は考え難い。

 だとするとあの技は、魔王が自分の頭で考え出した筈だ。加えて単に雷を落とすだけでなく、水を使って影響範囲を広げている。水に濡れると雷が通りやすくなる事を理解するというのは、人間並の知能が必要だろう。

 それに……


「(アイツ、遊んでいた……殺しも、何もかも)」


 脳裏に浮かぶ、下品な笑い声を出す魔王の姿。冷静に考えてみれば、あれもまた優れた知能を示す仕草だ。犬猫が本能的に小動物を追い駆けるのとは違う、高度な『遊び方』を理解している証。

 獣相手に人間が優位に立てる点は二つ。一つは射程距離であり、もう一つは知能だ。この二つを如何に活かすかが、人間が大自然で生き抜くコツなのは今更言うまでもない。

 だが、魔王は魔法と知性によりこの二つに並び立つ。

 優位性が失われ、力では劣る状態。これでも勇気やら友情やらで勝てると考えているうちは、決して勝利は得られない。

 重要なのは認め、受け入れる事。無駄に高慢ちきな種族である人間には、中々難しい事であるが……スピカのみならず、王国最強の騎士であるアルタイルもそれが出来る人物だった。


「話は分かった。君の意見は尤もなものであると私も思う。可能な限りその意見は取り入れよう」


「ありがとうございます」


「さて、こちらとしては訊きたい事は終わった。そしてこの事は、まだ国民には知らせられない。混乱を招く恐れがある」


「……ええ、分かります。誰に聞かれても公言するな、という事ですね?」


「話が早くて助かる。勿論タダとは言わない。第三騎士団について教えてくれた事への謝礼もしよう。金と貴金属、望む形で与える」


 アルタイルはそう言いながら、スピカの目を見つめてくる。どのような答えを返してくるか、興味があると言わんばかりに。

 金品云々は報酬というだけでなく、口止め料も兼ねているのだろう。事が事だけに、相当の金額をぼったくれる筈だ。しかしあまり図に乗ったり、或いは脅すような真似をしたりすれば……この場にいる貴族や騎士達を敵に回す恐れもある。だからといって相手に一任すれば、しょうもない金額しか渡されない可能性も否定出来ない。言質は必要だ。

 普通ならば、交渉能力の見せ所というべきか。されどスピカは端から金品をもらうつもりなどない。

 その金額と引き換えに、欲しいものがあるのだから。


「金品はいりません。ですが、代わりに頼み事があります」


「頼み?」


 貴族や騎士達の視線がスピカに集まる。

 その視線に含まれているのは、恐らく疑問の感情。金以外に何を欲するのか、分からない様子だ。彼等はスピカの事など何も知らないのだから、分からなくて当然である。

 ただ一人、アルタイルだけは全てを見透かしているようであるが。

 流石は最強の騎士と言うべきか。或いは単なる演技なのか。いずれにせよ、スピカが返す言葉は決まっている。

 そのために此処まで来たのだ。


「私も、魔王討伐作戦に参加させてください。アイツとの決着だけは、見届けたいのです」


 自分の復讐は、まだ終わっていないのだから――――

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