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アベンジャー・マギア  作者: 彼岸花
勇者

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勇者2

「出来ません」


 きっぱりと、突き放すように掛けられた言葉。コイツら何言ってんだと言いたげな、非難の眼差しまで付け加えて。

 スピカ達がいるのは、とある建物の中。天井にはシャンデリアが聳え、赤い染料で染められた絨毯が引かれている。柱や壁は恐らく大理石で出来ているようだが、どれもひび割れなどがない高品質なもの。豪華絢爛という言葉は、この建物のためにあるのだと思わせる。

 そして何より、広い。この場にはスピカとウラヌスのみならず、何十もの人々が行き交い、それでも狭さを一切感じない。小さな村であれば、此処だけで村長の家が数件入ってしまいそうだ。

 人々が向かうのは、ずらりと並んだ受付。スピカ達はその受付の一つの前にいて、そこにいる眼鏡を掛けた若い女性(眼鏡という高級品を身に着けている時点で彼女の豊かさが伺い知れる)が先の言葉を投げ掛けてきた人物だ。

 女性の言葉にスピカはやっぱり駄目かと、諦めたように笑う。対してウラヌスは納得出来ないようで、首を傾げながら尋ねてくる。


「駄目なのかー?」


「駄目です。規則で定められています」


「うーむ。しかし会えないと困るぞ」


「あなた方が困ろうとも、私はあなたを通せません。規則ですから」


 ウラヌスが粘るように話し掛けるが、それでも受付女性は意思を曲げない。ぷくりとウラヌスが頬を膨らませても、女性は凛とした顔立ちのまま。儘ならない状況にウラヌスはすっかり不機嫌な様子だ。

 しかし受付女性は決して意地悪でこんな言葉を返しているのではない。むしろ無作法なのはスピカ達の方だ。

 何しろスピカが求めているのは、この国の統治者である王との謁見なのだから。


「(すんなり行けば良かったけど、そんな訳もないよね)」


 予想通りの展開。悩むように自身の顎を触りながら、自身の言い分の非常識さを思い返す。

 王との謁見。

 国によって、その言葉の重さはそれぞれだ。例えば昔スピカが訪れたとある国では、旅行者であるスピカでも簡単に謁見出来た。その国がとても小さく、王と臣民の距離が極めて近い(そして暗殺されるとは夢にも思わないぐらい治安が良い)から叶った事である。

 しかし王国では、こんな簡単にはいかない。王は国の統治者。万が一王の身に何かあれば、政治に大きな乱れが生じてしまう。そもそも国民の数が膨大で、陳情を一つ一つ聞いていたら王の身体が幾つあっても足りない。

 そのため通常、王と直接会話が出来るのは貴族のみと決められている。どんな立場であろうと、基本的に一般市民が直接王に会う事は出来ない。ましてや冒険家などという流れ者に出会ってくれる可能性は極めて低い。気紛れな暗愚ならば兎も角、賢王ならば尚更に。

 スピカとしても、暗愚より賢王を望む。ではどうすべきか?

 方法は二つ。一つは貴族を介して王に伝えてもらうというやり方。これが王にこちらの言葉を送る正式な方法であり、この受付でも普通は貴族との謁見を求めるやり取りが行われる。

 貴族は臣民の声を聞き、自分に出来る範囲の問題ならば私兵を動かすなりして対応する。それが無理な、国単位の話だけが王に伝えられるのだ。この方法であれば、臣民は一人しかいない王と謁見するべく行列を作らなくて良いし、王が過労で倒れる心配もない。また貴族で解決可能な簡単な問題を上まで送った結果、国家運営を煩雑化させるような事態を起こさずに済む。平時では極めて効率的なやり方と言えよう。

 しかしこの方法の欠点として、時間がとても掛かる事が挙げられる。貴族を間に介し、貴族の判断を待つのだから当然の問題だ。勿論個々の問題には優先順位が付けられ、例えば隣国が攻めてきた、等の話は直ちに王へと伝えられる。だがこれは話を聞いた貴族の匙加減で変わってしまうもの。最悪、伝え忘れがあるかも知れない。

 スピカ達にそんなのんびりとしている暇はない。魔王の存在と対応を、一刻早く、正確に伝える必要がある。

 だから二つ目の方法――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()しかない。王が謁見を許せば、流れ者でも謁見は可能だ。村を荒らす凶悪なドラゴンを倒した冒険家が、褒美を与えるという名目で謁見するというのは稀に聞く話である。

 スピカにそのような功績はない。だが必要なものは持っている。


「……受付さん。ならこれを、貴族の方に見せてください」


 スピカは今まで大事に持っていた、一つの装飾品を受付女性の前に出す。

 最初、受付女性は訝しげな眼差しで出された装飾品を見た。しかしすぐにその顔を青くし、スピカの顔を再び見る。

 スピカが真剣な面持ちで頷けば、受付女性は跳び上がるような勢いで立ち上がった。


「す、すぐに、上に掛け合ってきます!」


 そしてバタバタと、お世辞にも品のない走り方で去ってしまう。


「んー? どうしたんだ急に?」


「どうしたんでしょーね」


 分かっていないウラヌスは首を傾げ、分かっているスピカは誤魔化すようにオウム返しをする。

 これで、出てきた相手が王でなかったとしても、大した問題ではない。

 スピカが会いたいのは、厳密には王ではなく、魔王対策を行っている者なのだから。

 王国騎士団の階級章、カペラの『形見』を渡せば、きっとその人物が現れる筈だとスピカは確信しているのだった。

 ……………

 ………

 …

 受付にカペラの形見を渡してから、一時間ほど待たされただろうか。

 受付女性が戻ってきた時、ウラヌスはすっかり退屈していたが、スピカとしては思っていたよりも早いと思った。渡した階級章が本物であるか精査しなければならないし、本物だと分かっても誰が対応するかで揉めると予想していたからだ。

 正直、丸一日ぐらいなら待たされても仕方ないと考えていた。返事はまた明日、という返事が来るまで二時間は掛かるとも考えていた。

 故に一時間で受付女性が戻ってきた事に驚いたし、その女性から「一緒に来てほしい」と言われたのは少しばかり戸惑う。

 ましてや別室で、貴族やら騎士やらに囲まれている『現在』の状況は、スピカにとって完全に想定外だった。


「なーなー、スピカ。ここで王様と話が出来るのか?」


「そ、そうなんじゃ、ない、かな……?」


 椅子に座らされたスピカに、その隣に座るウラヌスが尋ねてくる。世間知らずなウラヌスは余裕があるようで、スピカの返事はぎこちない。

 勿論そんな自分の声はスピカの耳にも届いている。冷静さを失うのは良くない。冷静さを取り戻すためには、現状を正しく認識するのが重要だ。

 ちらりちらりと視線を左右に動かし、スピカは自分達の周りに座る者達を見遣る。

 絢爛豪華な衣服を着た者が五人、華美な装飾を付けた鎧を着込む者が八人。前者は恐らく貴族であり、後者は騎士団の団長だと思われる。貴族についても筋肉隆々な者、或いは鋭い目付きの者ばかりで、『武家』……戦で活躍した名門貴族だと思われる。つまり此処に集まっている面子は、いずれも優れた戦士という事だ。

 そんな戦闘集団の中で、特に目を引くのがスピカ達の真正面に座る者。

 身長二メトルを超えていそうな巨躯と、それに見合った横幅を持つ体格。腕の筋肉はクマのように太く、鎧を着込んだ胸板は獅子よりも逞しい。ヒゲを長く伸ばした顔立ちは、野獣染みた(それでいて丹精で割と美形に属する)ものをしている。

 彼との面識はない。だが、その名は恐らく聞いた事がある。


「(多分、あの人が王国第一騎士団団長……アルタイル、か)」


 若干十八で王国騎士団一番隊の隊長となり、以来三十年間一度もその地位を譲らなかった、名実共に最強と謳われる騎士。真偽不明の噂では、大陸最強と名高いバハムートを三日三晩の死闘の末に打ち倒したとかなんとか。

 よもやそんな大物が現れるとは思っておらず、スピカはますます身体が強張るのを感じた。傍にいるウラヌスがアルタイルに熱い視線を送っていたが、間違いなく強さにキュンキュンしているだけ。頭空っぽな彼女がいきなり彼に殴り掛からないか、不安になってくる。


「……さて、そろそろ話をしよう」


 その不安は、アルタイルらしき人物が発した一言で更に強まる。

 重々しい言葉遣い。どしんっと胸に何かが伸し掛かったような、そんな感覚を覚えた。どうにかスピカは背筋を伸ばし、「はい」と返事だけはする。


「まずは自己紹介をしよう。私は王国第一騎士団団長、アルタイルだ」


「おー。スピカ、確か第一騎士団は一番強いんだよな? コイツ、一番強いのか?」


 アルタイルが名乗ると、ウラヌスが空気を読まない発言をした。周りからの視線が一気に集まり、スピカは息が詰まる。

 それを弛めたのは、ある意味元凶の一人であるアルタイル自身だ。


「まぁ、そういう事になっているがね。しかし他の皆もそれぞれ強いし、速さや力では私以上の者も少なくない。あまり持ち上げられると、少し気後れしてしまうよ」


「そうなのか? でもお前、私が会った中じゃ二番目に強いぞ! 私の村の村長より、多分強い! 村長は村で一番強いのに、お前凄いなー!」


「ははは。それは光栄な事だ……ところで一番強いのは誰だったのかな?」


 強面の口から出てくるのは、割と砕けた話し言葉。意外と話しやすい人物なのだろうか? そう感じたスピカはまた少し、身体の強張りが解ける。


「魔王だぞ! アレはお前より何十倍も強いな!」


 尤も、ウラヌスの迂闊な発言を境に、また空気がピリピリとひりつき出したが。


「……魔王。そうか、魔王か」


「あれは凄かったぞ。何しろ」


「ウラヌス、ちょっと黙ってて」


 空気を読まず語り続けようとするウラヌスを制止。ウラヌスは目をパチクリさせながらも押し黙るが、空気のひりつきは収まらない。

 静かに、アルタイルが息を吐く。

 アルタイルの纏う雰囲気に、スピカは思わず息を飲んだ。襲われる、なんて感覚は抱かない。しかし明らかに行き場を見失っている力の昂ぶりに、緊張感を覚えてしまう。

 やがてアルタイルは首を横に振り、また息を吐く。今度は深々と、それでいて力を抜くように。


「我々も、勿論魔王について把握はしている。第三騎士団に調査を命じたからね。しかし彼女達だけで行かせたのは、彼女の能力ならばそれが十分可能だと判断したからだ。勿論彼女の部下達が一騎当千の働きをする強者なのも、その判断の材料になっている」


 絞り出した声は、微かに震えていた。悔やむような、堪らえようとして堪えきれなかったような、そんな声色。


「我々は知らねばならない。何故、彼女達が失敗したのか。知らなければ同じ過ちを繰り返し、また犠牲を出してしまう。彼女達の死が無意味になってしまう」


 続けた言葉は、力に満ちていた。決意するように、或いは自分を鼓舞するように。


「だから聞かせてほしい。第三騎士団に何があったのかを」


 そしてスピカ達に投げ掛けた言葉は、心から懇願するようなもの。

 人の心というのは、分からない。純粋な本能で行動する野生動物と違い、技術一つで何もかも偽る事が出来る。詐欺師は得意とする事だし、政治に関わる者なら必須の技能と言えよう。王国最強という『政治的肩書き』を持つアルタイルも、きっと身に着けている筈だ。

 ただ、此度のアルタイルの言葉に嘘はないと、スピカはなんとなくそう感じた。確証はなくとも、確信はしている。仮に演技の類だとしても、どの道全て話すつもりだったのだから問題はない。隠しておこうという気は一切湧かず。

 求められるがまま、スピカは語った。

 第三騎士団(カペラ)との出会い、関わり、そして終わりを――――

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