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アベンジャー・マギア  作者: 彼岸花
勇者

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54/62

勇者1

 大勢の人が行き交っている。

 そのような光景なら、どの国でも見られるものだ。しかしこの国で見られるものは、どんな国よりも賑やかである。

 果たして横に何人の人が並んでいるのだろうか。時折荷物を積んだ大きな馬車が通るが、人々が左右に少し避ければ、馬車は立ち止まる事もなく進んでいける。

 道の左右には店が立ち並び、どの店も大勢の人が覗き込んでいた。商売も活発なようだ。並ぶ商品も綺羅びやかな装飾品、美味な食材、一級冒険家でも簡単には仕留められない猛獣の牙など、多種多様かつ高品質。高級店だけでなく低所得者向けの店、例えば安くて美味くて量が多い飯屋も数多く並んでいる。選択肢の豊富さはそれだけ多くの産業を養う事が出来ているという意味であり、都市の経済的豊かさの指標と言えるだろう。

 また建物は煉瓦作りの豪勢なもので、非常に頑強な作りをしていた。道路も四角い煉瓦で舗装されていて、非常に歩きやすい。ただ煉瓦を焼くだけなら小さな部族にも出来るが、歩きやすい道や丈夫な建物を作るには、狂いない採寸で量産しなければならない。それには高い技術力が必要だ。

 何処を見ても、どの国よりも文明が発達している事が窺い知れる。しかしそれも当然であろう。

 此処こそが人類の誇る世界の中心にして、最も栄えている文明の本拠地――――王国の首都・王都なのだから。


「いやー、此処に来るのは久しぶりだけど、前より栄えてるんじゃないかしら」


 賑やかな都市の様相に、スピカはちょっとばかり興奮した口振りで語る。

 スピカは都市よりも自然が好きであるが、王都ほどの賑やかさには素直に感嘆する。人間が自然相手に戦い、勝利した結果がこの大都市だ。先人達の努力や苦労の結晶を、嘲笑ったり嫌ったりするような気持ちにはなれない。

 スピカですらこうなのだ。辺境出身のウラヌスは、さぞや大興奮……

 と思いきや、今日は妙に大人しい。

 不思議に思いながらちらりと横に目を向けると、ウラヌスはスピカの傍でおどおどしながら歩いていた。服の一部を指で摘み、見た目以上に幼い子供のような振る舞いをしている。

 可愛らしい姿であるが、どうにも様子がおかしい。『国境都市』では人の多さにはしゃぎ、単独行動を始めたぐらいなのに。


「どしたの? 体調でも悪い?」


 尋ねてみると、ウラヌスは目を伏した。しばし考え込み、それからぽつぽつと語る。


「……雰囲気が嫌だ。此処もピリピリしてる」


「成程ね」


 返ってきた理由に、スピカは納得した。

 王都は賑やかだ。人が大勢行き交っているのだから静かな筈もない。しかし人々の纏う雰囲気は、決して明るいものではなかった。

 あちこちで聞こえてくる噂をする声は、怯えたように潜めたもの。店からはあれが高いこれが高いと客が文句を言い、嫌なら買うなと罵声があちこちから聞こえてきた。並んでいる品は、確かに高級品が多いが、数が少ない。行き交う人々の顔は暗く、口論の声も絶えない有り様。

 それに――――


「がぅっ!」


「ひっ!?」


 不意にウラヌスが、獣のような声で吼える。

 吼えられたのは痩せ身で、ボロ服を着た、卑屈な笑みを浮かべている子供。スピカもそちらに視線を向け、子供と目が合う。すると子供は涙目になりながらバタバタと、大急ぎの足取りで離れていく。

 ウラヌスはなんとなく『嫌な感じ』を覚えて反射的に吼えたのだろうが、スピカは子供の目的を察した。恐らく、スリであろうと。

 王都は見た目同様に豊かな国だ。勿論だから貧困に喘ぐ子供がいない、とまでは言わないが……極めて少ないのは確か。しかも豊富な税収に物を言わせて、数少ない浮浪児を保護するための施設もあると聞く。

 そんな王国でスリの子供を見た。一人ぐらいなら、そういう子もいるだろうと流しても良いのだが……


「全く。変な気配で近付くから、また吼えてしまったぞ。これで三人目だなー」


 滞在初日で三人もやってきたなら、偶然で片付ける訳にはいかない。

 親に養ってもらえない、或いは親に盗みを命じられた子供が、かなり多い。保護する施設がある事を鑑みれば、国の対応が間に合わないほど急激に増えたのだろう。道中の店の様子も含めて考えると、経済情勢の急速な悪化が窺える。

 治安と雰囲気と経済、何もかもが極めて悪い。国境都市も雰囲気が良かったとは言えないが、王都の空気の悪さはそれ以上だ。鈍感で能天気なウラヌスも、流石にこの空気は読まずにいられなかったらしい。


「(まぁ、普段ならこんな殺伐とした空気じゃなかったんだろうけどね)」


 そして都市の空気が悪化した理由に、スピカは心当たりがある。

 『魔王』だ。

 ――――魔王が王国に侵入してから、かれこれ一月の時が流れた

 国境都市から進み、スピカ達が王都へと辿り着くまで一ヶ月。魔王との戦いで倒れた兵士達から金品を拝借(結局追い剥ぎをした)した事で、金稼ぎなどの無駄な時間は費やさなかったが……何分旅をしていれば猛獣に出会う事や、大雨に遭遇する事もある。全体的に旅路は順調だったが、それでも短くない時間が掛かってしまった。

 この一ヶ月の間に魔王は様々な行動を起こしていたらしい。

 曰く、なんとか村が焼き尽くされて滅びた。

 曰く、森の守り神だったドラゴンの群れが虐殺された。

 曰く、何百といた家畜が無惨に殺された。

 曰く、訓練中の部隊が幾つも行方知れず。

 旅の中でスピカ達はそんな噂を幾つも聞いた。噂というのはドラゴンよりも速いもので、瞬く間に彼方まで飛んでいく。これらの噂は王都にも届き、市民に不安を与えているのだ。不安は買い占めなどの行動を誘発し、品不足を引き起こしているのも空気をピリ付かせている要因だろう。

 そして王国騎士団第三部隊が、未だ帰還してない事が『噂』の信憑性を高めている。

 王国で三番目に強い騎士団が連絡出来ないほどの『何か』がある……国民がこの国に迫る危機を予感するには、十分過ぎる出来事だ。それでいてハッキリとした原因が分からなければ、不安を解消する事は勿論、不安を誤魔化す怒りのぶつけ先も分からない。そうなると手近なものに発散するしかなく、理不尽な怒りをぶつけられた相手は別の相手に……そんな負の連鎖が社会の雰囲気を悪化させていく。そして根も葉もない噂ではなく本当に被害が出ているため、王都に運ばれる品の不足や品質悪化が起き、国民生活が危機を迎えているのだろう。

 不安に負けず冷静な対応を、と言葉で言うのは簡単だ。いや、こんな事を言う輩は()()()()()()()()()()()と言うべきか。根拠があるなら兎も角、根本の問題に手を付けていない以上、落ち着けという言葉自体が言い逃れでしかない。


「(この状況の打開策は一つ。魔王を打ち倒す事)」


 そのために必要な道筋は、既にスピカの頭の中には描けている。残る問題はそれを実現する事だ。

 無意識に、スピカは腰の袋にしまっている『装飾品』に手を伸ばす。確かにそれが自分の手許にまだある事を確かめ、深く息を吐く。流石にこれを盗まれると、もう本当に打つ手がないのだ。

 そしてここからが本番。魔王を倒せるかどうか、その一番重要な命運が、ここで決まる。


「……良し。行くよ」


「うん」


 素直な返事をするウラヌスと共に、スピカは人混みを掻き分けて前へと進む。

 目指すは眼前にそびえる、この国で最も大きな建物。

 統治者である王の居城へと、二人は迷いない足取りで進むのだった。

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