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アベンジャー・マギア  作者: 彼岸花
魔王顕在

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魔王顕在9

 雷撃が迸った時間は、ほんの僅かなものだった。

 雷の眩しさが辺りを包み、白く染め上げる。これは雷の魔法を使った魔王も例外ではなく、目を回したようにくるくると回転しながら降下……いや、墜落。頭から地面に落ちた。


「キュゥー……キィィ」


 そのまま墜落死すれば兵士達も報われただろうが、魔王は全くの健在。ぽりぽりと翼の先で頭を掻くだけで、堪えた様子はない。

 平然としたまま、魔王は辺りの様子を窺う。

 ……そこに生きるものの姿は見られない。

 仰向けやうつ伏せに倒れる人間達。魔王に歯向かっていた全ての者達が、息をしていなかった。焼き魚のように白濁した目で空を見つめ、口からぷすぷすと微かな煙を立ち昇らせる。

 全滅していた。帝国から集められた大勢の兵士達と、王国で三番目の実力を持つ生粋の戦闘集団が。連戦状態とはいえものの数分で、相手に大した傷も与えられずに。


「キャッキャッキャッ」


 倒れた兵士を見て、魔王は喜ぶように笑う。

 それから首を伸ばし、一人の兵士の身体を噛む。バリバリと鎧を砕き、中身である人間を引きずり出すと、優しく咥えた。そして頭を上向きにして、人間一人を口の中に放り込む。

 味わうように咀嚼し、堪能するように舌を口の中で動かす。じっくりと人間を味わったところで、魔王は眉間に皺を寄せた。


「ペッ」


 そして吐き出す。

 味が気に入らない。そう言わんげに、魔王は蔑むような眼差しを人間達に向けた。

 食べても美味しくないなら、もう人間に固執する理由はないらしい。魔王は最後にぐるりと辺りを見回し、生きた人間がいない事を確認。用は済んだとばかりに、翼を広げて空に浮かび上がる。

 その飛び方も、普通のものではない。羽ばたきもしていないのに、ふわふわと、まるで水中から浮かび上がるかのように等速で浮上しているのだ。

 恐らくは魔法の力で飛行しているのだろう。


「キャーッ!」


 そしてある程度の高度に達した瞬間、魔王はその口から炎を吐き出した。

 ブレスだ。吐き出された火炎が向かうのは、人のいなくなった要塞都市。空を飛びながら都市を満遍なく焼いていく。

 数分ほど火を吐き続け、町を粗方燃やすと満足したのか。魔王はブレスを止め、一直線に、白い『煙』を残すほどの速さで飛び去る。これもまた魔法の力なのか。瞬く間に彼方へと飛んでいき、魔王の姿はすぐに見えなくなってしまった。

 ……そうして何もいなくなったところで、もぞりと動く者がいる。

 スピカが倒したワイバーンの翼だ。


「ぷはぁ。ふぅ、危なかったなぁ」


 正確には、その下に隠れていたウラヌス、そして彼女に連れられたスピカであるが。

 魔王が雷撃を放つよりも前に離れたウラヌスは、稲光が辺りを包んだ間に魔物化したワイバーンの翼の下に潜り込んだ。

 ワイバーンの翼が屋根の役割を果たし、その下は雨水で濡れていなかった。お陰で魔王が放った雷が伝わる事もなく、スピカ達は難を逃れたのである。ワイバーンの翼が大きく、スピカ達の姿をすっぽりと覆い隠したのも良かった。


「……本当に、危なかったわ」


 ウラヌスに続いて出てきたスピカも、同意するように呟く。生きている事に安堵するウラヌスと違い、俯き、暗い表情を浮かべながらではあるが。

 何も、出来なかった。

 簡単に勝てる相手とは端から思っていない。二体の魔物と戦った事で、魔法の恐ろしさは嫌というほど分かったつもりだった。けれども実際には、その認識すら甘かったと言わざるを得ない。魔王は圧倒的な力の魔法を、なんの苦もなく繰り出している。

 正に御伽噺の存在だ。そして古来の人間と同じ言葉がスピカの脳裏を過る。


「(悪魔が如く力、か)」


 文献に度々出てきたという、魔王を例える言葉。

 今ならば分かる。あのような不条理に、現実的の言葉を当て嵌めたところで本質からズレるだけ。ありのままを伝えるには、非現実な言葉を用いるしかなかったのだ。


「なぁ、スピカ。これからどうするんだ?」


 唖然としながら空を眺めていたスピカに、ウラヌスが尋ねてくる。

 その問いの『意味』を考えてしまい、スピカは呆けたように固まった。そうしているとウラヌスは、とある方を指差す。

 魔王が飛んでいった方角だ。


「アイツを倒すつもりなら、追わないとな。何処に行くかは分からんが、多分アイツ、色んなところで暴れるぞ」


 ウラヌスが言うように、魔王は暴れ続けるだろう。魔物と違い、自分が享楽的に楽しむために。

 そして魔王が向かったのは、方角からして王国だ。王国の軍事力は帝国を上回るが、ここで見た魔王の強さを鑑みるに、まともに戦っても人類に勝ち目はあるまい。


「逃げるなら、あっちに行けば良いんじゃないか? この町にいた奴等も、あっちに逃げたからなー」


 次にウラヌスは、魔王が行ったのとは別方向……要塞都市の人々が避難した方角を示す。

 あちらに逃げれば、少なくともしばらくの間は魔王に襲われる事もないだろう。最後に見せた飛行速度からして、世界中を回るのに大した時間も掛からないだろうが、わざわざ一人の人間を追ってくる事もあるまい。王国の抵抗も、最終的に負けるとしても、それなりには粘る……筈だ。

 それに冒険家であるスピカなら、一般人と違い自然の中での過ごし方を身に着けている。魔王が現れそうにない、自然の中へと逃げるなら、今までの冒険家業と然程変わらない日々になるだろう。

 追うべきか、逃げるべきか。

 条件を並べれば、明らかに逃げる方が『得』だ。魔王の強さは圧倒的で、スピカとウラヌスがどう挑んでも勝てるものではない。逃げれば今後一生魔王に会わずに済むかも知れないし、不運にも出会ったところで強さを知った今なら逃げ方も分かる。生き残るだけなら、逃げ一択だ。それが合理的というもの。

 だが、スピカが見たのは魔王が向かった先。


「――――追う。アイツを野放しになんて、我慢ならない」


 スピカが下した決断は、仇討ちだった。

 正直に言えば、まだ怖い。あれほど出鱈目な力を発揮した存在に挑むなんて、考えるだけで足が竦みそうだ。ミノタウロス、ワイバーンと戦って、慣れた筈の心すらも震え上がっている。

 しかし、それでも心の奥底にぐつぐつと煮え滾る想いがあった。

 復讐心。どう足掻いても、スピカはこの感情から逃れる事は出来なかった。怖くても、絶望しても、魔王を見逃すなんて出来ない。


「分かった。私も負けっぱなしは性に合わないからな! 今度はギャフンと言わせるぞ!」


 ウラヌスもスピカの意見に賛同する。戦士として気高くあろうとする彼女にとって、戦わずに敗北を認めるなど我慢ならないのだ。

 相棒と意見が合ったなら、迷う事は何もない。スピカは魔王の追跡を改めて決意した。

 ――――とはいえ、だ。

 魔王を追うのは良いとしよう。しかし大きな問題がある。

 魔王の倒し方が、まるで分からない事だ。


「(竜巻並の威力の魔法に、雷を自在に操る魔法……炎の魔法についても、似たような規模で使えると考えるべきか)」


 恐るべき攻撃力。あの技を受けたら、人間など簡単に吹き飛ぶ。

 加えて身に纏う風の防御も圧倒的だ。大砲すらも防ぐ守りをどうにかしなければ、攻撃を届かせる事も出来まい。

 どれだけ都合良く考えても、スピカとウラヌスの二人だけで勝てる相手ではない。口惜しい事だが、まずは現実を認めなければどうにもならないだろう。

 つまり、今の自分達に必要なのは戦力だ。一人二人でどうにもならないなら、十人二十人の手練を用意する。それでどうにかなるとは思えないが、用意しなければ話は始まらない。

 しかし魔王を相手にして、それなりにでも戦える人間などごく僅かだ。ある程度優秀な人材を集められなければ、犠牲者が増えるばかりとなるだろう。

 では、そのために必要な事は何か? どうやればその人材を手に入れられる?


「……答えから逆算すれば、道のりは見えてくる。どれだけ困難でも、ね」


「スピカ?」


 ぽつりと呟いた言葉の意味を、尋ねるようにウラヌスはスピカの名を呼ぶ。

 その問いに関する答えとして、スピカが向かったのは、兵士達の屍が転がる場所。

 魔王による攻撃で、誰一人として動かなくなった場所に訪れたスピカは、ざっとその亡骸を見渡す。兵士達の倒れ方は仰向けだけでなくうつ伏せもいて、一目見ただけでは全ての顔は分からない。

 しかし鎧の『派手さ』はそれぞれ違う。

 帝国兵士にしても王国騎士団にしても、銀以外の色や突起などがある鎧は、基本的に地位の高い人間しか許されていない。それは見た目の派手さで、相手の地位を一目で理解するための工夫だ。これで誰が上官かすぐに分かり、指揮の混乱を減らせる。

 つまり派手であればあるほど、より地位の高い兵士だという事。ならば一番派手な鎧を着ている者が、一番地位の高い兵だ。

 例えば、王国騎士団団長、とかの。


「……呆気ないなぁ」


 うつ伏せに倒れる『彼女』を見下ろしながら、またスピカは呟く。

 そう、呆気ない。人間の死に様としてはあまりにも。

 けれども、野生の世界では死ぬ時なんてこんなものだ。どんな強大な生物でも、どれほど過酷な危機を生き延びた熟練冒険家でも、ふと気を抜いた瞬間に死ぬなど珍しくない。

 見慣れたものだ。だから心を平静に保つ方法は分かってくる。

 深呼吸一回で気持ちを整理したら、スピカはうつ伏せの鎧をひっくり返す。見慣れた顔を見てまた込み上がってきたものを飲み込んだら、その亡骸を弄るように触る。

 そして一つの、大きな装飾品を取り出した。

 お洒落、とは言い難い無骨な一品。ドラゴンを模した形のそれは、着飾るためのものではない。


「なんだー? 追い剥ぎかー?」


「流石に此処でそれをやるほど人間の心は捨てちゃいないわよ……これがないと、多分どうにもならない」


「んー? お金が必要なのか?」


「だから追い剥ぎじゃないって言ってるでしょうが」


 しつこいウラヌスの質問だが、実際傍目には追い剥ぎ以外の何物でもない。

 故にスピカは掴んだ装飾品をウラヌスに見せ付けながら、こう答えるのだった。


「王国騎士団階級章。これで、王国に示すのよ――――アンタの国で三番目に強い奴が負けたってね」

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