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アベンジャー・マギア  作者: 彼岸花
魔王顕在

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魔王顕在3

「ゴグワアアッ!」


 矢を放ったスピカに、クマは咆哮しながら突撃してくる。スピカの攻撃(返事)により、敵だと認めたようだ。

 スピカの放った矢はクマの腹に命中、したものの深く刺さるには至らず。当たった矢は弾かれてしまう。スピカはその結果に落胆はせず、飛び退いて突撃を躱す。

 再び弓を引きながら、考えを巡らせるスピカ。

 これまでスピカとウラヌスは、様々な猛獣と戦ってきた。スライム、キマイラ、ヴァンパイア、レギオン、バハムート、魔物ミノタウロス……いずれも強敵だ。恐らくこのクマは、それら猛獣と比べれば単純な『戦闘能力』では劣る存在であろう。

 しかしここで「私はあのバハムートを倒した」などと強がれば、野生の世界は容赦なく死を与えてくる。例え身体能力で劣ろうともクマにはクマなりの生き方があり、だからこそ今の自然界で生きているのだ。

 例えば矢を弾いた分厚い毛皮、その下にある脂肪の層も生き残る力の一つ。


「(クマの毛皮と脂肪は、炎も跳ね除ける。火矢は無駄になるだけか……!)」


 多くの動物は火を恐れるが、例外も存在する。火など全くへっちゃらなスライムやドラゴン……そしてクマもその例外の一つ。

 頑強な毛皮と皮下脂肪が熱を遮断するため、燃え盛る火の上を歩いても火傷すらしない。それどころか熱さもあまり感じないようで、好奇心から平気で焚き火を触るという。

 火矢や爆弾を使っても、クマに重篤な傷を与えるのは困難だ。強酸などの薬品も、毛皮により効果は薄くなるだろう。目などに当てれば流石に効くだろうが、人間以上の速さで動き回るクマの小さな目を狙い撃つのは中々難しい。

 それにクマはスピカ達を相手にしない。奴の目的は魔王から逃げる事なのだから。


「グルゥッ!」


 スピカに背を向けて走り出す事に、クマが躊躇する筈もない。 

 このまま逃せばクマと兵士達が激突してしまう。させる訳にはいかない。


「ウラヌス! アイツを止めて!」


「うむ! 任せろ!」


 スピカの指示により、ウラヌスはクマへと突撃。逃げる足を両手で掴んだ!

 普通の人間なら、例え大人の男でもクマの動きを阻むのは難しい。

 だがウラヌスの怪力は巨大なクマを大きく減速させる! これにはクマも驚いたようで、戸惑ったような声を漏らす。

 その原因であるウラヌスを排除しようと、即座に剛腕を振り下ろした! ウラヌスはクマから手を離して後退するが、クマの腕の方が速い。


「グゥッ!?」


 スピカの放った矢がクマの顔面に当たらなければ、その手はウラヌスを殴り飛ばしただろう。

 矢はまたしても毛皮により弾かれたが、クマの動きは止まった。ウラヌスはこの間にバク転をしながら後退。安全な位置であるスピカの下までやってくる。


「ふぅ! 危なかったな!」


「ええ、でも本当に危ないのはここからよ……アイツの目標が私達に移り変わったからね」


 スピカがその目で見据えるは、同じくこちらを見据えるクマ。

 クマはもう、逃げようとしない。しかしそれは魔王の恐怖を克服したからではない。

 スピカ達を倒さなければ、逃げる事も儘ならないと気付いたのだ。事実スピカはそうするつもりであり、クマの判断は至極正しい。

 ここからが本番だ。『準備運動』のお陰で身体も温まっており、戦いをするのに支障はない。


「ゴアアッ!」


「ウラヌス! 右に行って!」


「うむ!」


 スピカが指差した方に走るウラヌスを尻目に、クマはスピカ目指して突進してくる。司令塔がスピカだと理解したのか? いいや、単純に近い方から襲ったのだろう。

 そう、獣らしい単純な行動だ。だからこそ予想もしやすい。

 こうなる事を予測していたスピカは、既に小さな『玉』を掴んでいた。指と指で挟める大きさのそれは、少し力を込めれば簡単に潰れるほど柔らかい。


「ふっ!」


 後ろに下がりながら、スピカは掴んだ玉をクマの顔面に投げ付ける!

 玉はクマの顔に当たるや弾け飛ぶ。するとその中から、大量の煙を吹いたではないか。

 煙幕だ。灰などを混ぜ込んで作り出したそれは、あまり広範囲には散らばらない。反面濃度が非常に濃く、視界を完全に塞ぐ事が出来る代物だった。

 クマも視界がなくなった事に戸惑ったようで、暴れるように腕を振り回す。だがそこにはスピカもウラヌスもいない。どんな強力な打撃も、空振りに終われば痛くも痒くもない。

 その間にスピカはまた道具を取り出す。

 今度は火薬の一種だ。それをクマの周りに撒き散らす。時間は掛けられないので大雑把に。


「グ……グヌゥ……!」


 やがてクマが煙幕から顔を出した時、スピカは既に火薬を撒き終えていた。

 火や爆弾の効き目が悪いのは重々承知している。しかし悪いだけで、効かない訳ではない。

 撒き散らした火薬に向けて、スピカは火矢を撃ち込む。燃え移った火は即座に火薬と反応し、爆発を起こした!


「グゴアアッ!?」


「くっ……!」


 爆発はクマを囲うように炸裂。衝撃の大きさにクマは呻きを漏らす。スピカは爆風で吹っ飛ばされたが、クマと距離を取るならむしろ好都合。

 そして飛ばされながら、更に道具を投げ込む。

 此度撒いたのは金属で出来た棘状のもの。『マキビシ』と呼ばれるそれは、足裏に刺さる事で相手の足止めを行う道具だ。人間は靴を履いているので効果が薄く、馬やイノシシは蹄があるので全く効かないが……クマのように足裏が地面に付く生物には効果覿面である。

 このクマにも効果はあり、逃げるスピカをすぐには追えず。マキビシを踏んだ瞬間、怯んだように動きを止めた。

 その隙をスピカは見逃さない。


「ウラヌス! 動きを止めて!」


「っしゃあああっ!」


 スピカの求めに応じ、横に陣取っていたウラヌスがクマに組み付く!

 組み付かれた衝撃でクマは大きく身体を強張らせ、ウラヌスを払おうと腕を振り回す。それでもウラヌスは中々離れず、がっちりと掴んだまま。

 お陰でクマの意識は、完全にウラヌスの方を向いていた。

 この好機を逃すまいとスピカは駆け出し、クマの懐に跳び込む!


「グッ……!?」


 肉薄してきたスピカにクマは顔を顰めたが、しかし優先して攻撃しようとはしてこない。上回るものではないが、自身に匹敵する力を持つウラヌスの方が危険だと判断したのだろう。

 油断ではなく適切な判断の結果であるが、残念ながらそれは失敗だとスピカとしては言ってやりたい。確かにスピカの方が肉体的にはひ弱だが、その手にはウラヌスよりも遥かに強大な『武器』がある。


「爆発は耐えたみたいだけど……毒はどうかしら! ウラヌスも息を止めて離れて!」


 スピカが叫ぶと、ウラヌスは素早く跳んで離れる。更にスピカも離れた。

 突然『敵』が距離を取り、クマは困惑したように立ち止まる。その胸に、接着剤で貼り付けた液体入りの瓶が入っている事も気付かずに。

 その瓶の中には、ある植物から絞り出した『汁』が二種類混ぜられている。

 汁はどちらも単体では無害で、美味しくはないが非常食にもなる代物。しかし二種を混ぜると……ぶくぶくと泡立つ。さながら自ら燃えるように。

 そうして発生した泡は瞬く間に瓶を膨らませ、その圧力で破裂させる!

 クマの胸に付けた瓶が破裂。その中にある白煙を撒き散らした!


「ゴフッ!? グッ……」


 突然の白煙に驚くクマ。威嚇のためか、大きく口を開ける。

 ここで勝負が決した。

 白煙には猛毒が含まれているのだから。一吸いすれば人間など白目を向いて昏倒する。薬物耐性の強さは生き物によって大きく異なるが、クマは吼えるために大きく息を吸い込んだ。

 ぐりんとその目が白目を向き、倒れ伏すのに、然程時間は掛からなかった。


「……もう息して大丈夫。あの煙、空気に触れるとすぐに無害化するから」


「ぷはぁ! ちょっとしんどかったなー」


 大きく息をするウラヌス。激しい運動をすると息が激しくなるように、ウラヌスの呼吸は普段から激しい方なのかも知れない。彼女は窒息にも強くはないようだ。

 何度か深い呼吸をして体調を調えてから、スピカとウラヌスは互いに手を伸ばし、手のひらを軽く叩き合う。

 ウラヌスがいなければ、スピカはクマの懐になど入れなかった。先程述べたように毒の煙は空気に触れると急速に効果を失うので、狙って当てる事は難しい。胸に瓶を貼り付けて破裂させる以外のやり方は困難。スピカ一人ではどうにもならなかっただろう。ウラヌスも力の強さでは一応クマに分があった。素早さで翻弄するにしても、一対一の戦いで何処まで戦えたか分からない。

 二人で掴んだ勝利と言えるだろう。勝利の余韻は気持ちを昂らせ、新たな闘争心を生み出す。


「さぁ、このまま奥へと突っ込んで魔王を倒すぞ!」


 ウラヌスがそう言い出す気持ちはスピカにも分かる。この勢いのまま行ってしまいたいところだ。

 しかし、それをやる訳にはいかない。


「行くな馬鹿。もっと自分の状況をちゃんと見なさいっての」


 走り出そうとするウラヌスの服を掴み、その動きを止めるスピカ。ウラヌスはキョトンとしていて、何故止められたか分かっていない様子だった。

 しかしその身体は、小さな切り傷が幾つも出来ている。クマの爪が掠めたり、激しい動きで何処かを擦ったりしたのだろう。軽傷の類だが怪我は怪我。消毒などの治療は早めにした方が良い。何より肉体を酷使しているため、疲労が蓄積している筈だ。

 スピカも同じくかなり疲れが溜まっている。身体は十分温まったが、これでは万全とは言い難い。

 それとスピカの場合、クマ相手にかなり道具を使ってしまった。次の戦いが出来ないとは言わないが、強敵相手には足りない可能性がある。こちらもまた万全とは言い難い状態だ。

 何時も万全の状態で戦えるとは限らない自然界。だから万全でない事を言い訳にするなんて出来ないが、万全で挑む事を怠って良い理由にはならない。退くべき時は冷静に見極める必要がある。

 今がその時だとスピカは考えていた。


「前線は兵士の人に任せて、私らは一度下がるわよ。長丁場なんだし、あの人達にも活躍の場を与えないとね」


「む。確かにそうだな! 戦果の独り占めはいかん!」


 その長々とした説明はせず、ウラヌスでも納得出来る理由をスピカは語る。ウラヌスは疑いもせず同意した。

 二人揃って前線を下がる。

 スピカは最後にくるりと振り返って……くすりと自嘲した。

 ――――今ワイバーンの姿が見えたら、きっと自分の言った事を全部忘れて突っ込むんだろうな。

 脳裏を過った自分の姿が現実にならないよう、再び前を向き、天幕の設置された後方へとスピカは走るのだった。

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