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アベンジャー・マギア  作者: 彼岸花
狂いし魔物

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狂いし魔物7

 最初、スピカは口を開けて呆けてしまった。ウラヌスの伝えたい事が分からず、思考が空白になったがために。

 しかし頭の中でウラヌスの声が反響する。

 怖がる事の、何が悪いんだ?

 スピカが隠そうとしていた想いへの、根本的な疑問だった。


「な、何が悪いって……アンタには分かんないでしょうよ! 強い敵と戦うのに何時もワクワクしてるアンタには! 怖いなんて、感じた事もない癖に!」


 真意が分からず、スピカは感情的な反論を言葉にする。

 考えなしに出てきた言葉だったが、自分なりに的を射ているとスピカは思った。ミノタウロスの攻撃を軽やかに、焦りも迷いもなく躱す様に恐怖はまるで感じられない。

 強い相手と戦う事にワクワクしている彼女に、強大な存在と戦う事を恐れている自分の気持ちなど分かるものか。


「何を言う。私は故郷では村一番の怖がりだぞ?」


 そう思って発した言葉を、まるで恐怖などない、能天気な顔をしながらウラヌスは否定した。

 いよいよ訳が分からない。こんな奴の何処が怖がりなのか。戸惑うスピカにウラヌスは更に話を続ける。


「今も怖いぞ! あの牛の突進は脅威だ。あの角で胸を突かれたら、きっと一発で死んでしまうだろうなー」


「え、それは、そうだろうけど」


「それにアイツの周りを吹いている風! もしも足下に吹き付けられたら、転ばされてしまうかも知れない! 怖いな!」


「た、確かにそれも怖いかもけど」


「あとアイツの目が怖い! 血走っていて、何処を見てるかいまいち分からん! 怖いぞ!」


 つらつらと語られる、ウラヌスが感じているという恐怖心。他にも鼻息が荒くて怖い、蹄が硬そうで叩かれたらと思うと怖い、ぶんぶん振り回している尻尾が痛そうで怖い……色々な『怖さ』が次々と出てくる。

 不思議な力である魔法、それ故の強さにはスピカも恐怖したが……ウラヌスが感じている恐怖は、普通の牛でも見られるものが多い。確かにどれも怖いと言えば怖いが、わざわざ言葉にするほど自覚する事は少ないだろう。

 怖いものがたくさんある。その意味では、確かにウラヌスは怖がりと言えるかも知れない。

 しかしウラヌスは、怖がりでは終わらない。


「つまり! 角は最優先に避けるべきであり、風による遠距離攻撃がある以上距離を取っても構えを弛めてはならない! 通り過ぎる時にも尻尾には注意が必要だ! 視線で相手の行動を読むのは難しいから、全身の筋肉でそれらを判断すべきだろう!」


 ウラヌスが辿り着いた答えに、スピカは大きく目を見開く。

 もしも、恐怖を感じない存在だったなら。

 ミノタウロスを前にして、何も恐れず突撃するだろう。そして胸を角で突かれ、風により立つ事も儘ならず、躱したと思ったら尾で叩かれ、動きの予想が出来ず全ての攻撃を喰らう。

 そうだ。敵を前にして恐怖を感じないなど論外。人間が羽虫の体当たりに何も感じないように、恐怖がなければ危険を躱そうという判断も出来ないのだから。


「長は言った! 自分も村で一番の怖がりだったと! 故にあらゆる敵から生き延び、勝利したと!」


 ウラヌスの故郷である村の長老。その人物の言葉は本当の事だろう。恐怖を知らぬ者を倒す事は難しくない。油断している時に、一発大きな攻撃を打ち込めば済む。

 臆病者相手にそれは出来ない。常に警戒し、常に最悪を考える者に隙はないのだ。ましてや実力を兼ね備えた臆病者となると、敵対する側としてはやり難い事この上ない。勿論、ただの臆病者では逃げ回るだけで戦力にならず、不利な状況に追い込まれてしまうが。

 ウラヌス達戦士の長は、そんな戦いの『基本』を熟知していた。


「長はこうも言った。大事なのは恐怖を感じながら、如何に乗り越えるかであると!」


「恐怖を、乗り越える……」


 恐怖を忘れる事も、否定する事も、逃げ出す事も、強さには繋がらない。

 恐怖を感じたまま、それを受け入れた上で前に進む事が強さなのだ。

 スピカは恐怖を否定した。怖がっていては、仇なんて討てないと思っていたから。しかしそれは恐怖から目を逸らしていただけ。心の奥底で野放しの恐怖は成長し、制御不能に陥ってしまう。

 自分は怖がっている。それを認めなければ、本当の意味で恐怖を克服するなんて出来っこない。

 だが、それからどうしたら良いのか? スピカには今の自分が感じている恐怖を抑え込む方法なんて、とんと思い付かない。ウラヌスのお陰で少しはマシになったが、未だ足腰には上手く力が入らない有り様だ。


「長から助言をもらった私は、考えて、私なりの恐怖の乗り越え方に辿り着いた」


 そんなスピカにとって、ウラヌスの辿り着いた答えは一筋の光明である。同じ方法は使えないかも知れない。けれども自分なりのやり方に対する、何かしらの助けにはなるかも知れない。

 今の状況を打破するには、ウラヌスの言葉が必要だ。そう感じたスピカは真剣な眼差しを向けてウラヌスの言葉を待つ。

 そしてウラヌスは堂々と、自らが用いる恐怖の乗り越え方を教えてくれた。


「怖いなら殴って倒せば良いと!」


 ……予想以上にどーしようもない答えを。

 道理でアンタはよく真正面から突撃してる訳だ、つかそれじゃあ何も怖がってないのと同じじゃん、長の話が全部無駄になってるじゃん――――項垂れながら、スピカは大きなため息を吐く。

 しかし伏せた顔には、自然と笑みが浮かんでいた。やがて腹の底から、笑いが込み上がってくる。

 流石にこれは止めたいが、努力も虚しく口から噴き出した。一度出てしまった笑いは止める気にもならず、ゲラゲラとスピカは大笑い。


「あっはははははは! あははははは! 成程ねぇ、確かにそれが一番良い解決法かも知れないわね」


「だろう? そう話したら長老も言ってくれだぞ! まぁそれで良いやって!」


 胸を張りながら、ウラヌスは笑う。自分を()()()()()()長老の言葉をとても嬉しく思っているのだろう……スピカの脳裏に浮かんだ見知らぬ長老は、とても疲れた顔をしていたが。胸中はさぞや複雑だったに違いない。

 しかしこの阿呆をそのままにしてくれたから、スピカは新しい道を見付けられた。

 怖いから倒してしまえ。それは古くから人間が繰り返してきた、忌まわしき衝動だ。数多の民族を虐殺し、大きな猛獣を根絶やしにしようとしてきた。それは成功しても失敗しても色々な大問題を起こしてきたが、今でもそれを唱える人間というのは少なからずいる。

 何度痛い目を見ても繰り返してしまう。きっとこれは人間の本能なのだろう。どうしようもなく阿呆で、醜悪で、されど強固な心の持ちよう。

 恐怖を否定せず、それでいて自分の力に変えるのに、これ以上ないほど打って付けの考えではないか。

 理性ある人間としてそれはどうなんだ? という想いもスピカの中にはある。それに対する自問自答の結果は、クソ喰らえ、だ。命を賭けた闘争の前で綺麗事を語る余裕なんてないし、そもそも理性だのなんだのは人間が勝手に作り上げたもの。自分達を襲うミノタウロスに理性の輝きを説いたところで、角の一撃で大地の肥やしにされるだけ。

 だったらこっちも理性なんてかなぐり捨てて、想いに従ってぶち殺すのが礼儀というもの。

 そうすれば、恐怖は自分達の味方だ!


「ははははっ! よっしゃ、私もそれでいこう! あんな恐ろしい牛が野放しとか怖くて堪んないし!」


「うむ! 倒して焼肉にして食べてしまうか!」


「あー、焼肉かぁ。焼肉怖いなーほんとこわーい」


 意味が全く違う事をぼやき、スピカとウラヌスは笑い合う。

 もう、身体を支配しているのは子供染みた衝動ではない。異物を排除しようとする原始的な闘争心(恐怖)と、ほんのちょっぴりの食欲。

 ウラヌスに抱えられたまま、スピカは真っ直ぐに前を見据えて……そこにいるミノタウロスを指差す。


「今度こそ! アンタを倒す!」


 告げた言葉は、宣戦布告。


「ブゥウウモオオオオオオオオッ!」


 返ってきたミノタウロスの返事は、猛々しい雄叫び。

 ミノタウロスはスピカとウラヌス目掛け再び突撃する! 頭から流れる血を軌跡のように滴らせながら、人間を凌駕する速さで向かってくる。そこに恐れは一切感じられない。

 スピカとウラヌスは互いに目を合わせた。言葉は必要ない。スピカの伝えたい事は、ただ少し身体を動かせば一瞬で、正確に伝わるのだから。

 そう、自分の腰を優しく撫でるように触るだけで。

 ウラヌスは力強く頷くと、くるりとミノタウロスに背を向けた。その腕で抱えているスピカの望んでいた通りに。


「まずは一時退却! 足腰がガッタガタな私の体勢を立て直す!」


「あい分かったー!」


 恐怖をひしひしと感じる二人に、逃げる事への嫌悪など微塵もなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >>「怖いなら殴って倒せば良いと!」 脳筋の極みな考えだけど、ある意味究極の真理で悟りの境地だ(*_*)
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