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アベンジャー・マギア  作者: 彼岸花
狂いし魔物

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39/62

狂いし魔物4

 何かがおかしい。スピカがそう思い始めたのは、夜も更けてきた頃であった。

 スピカは今、要塞都市シアンを囲む防壁にある、『客間』にてベッドに寝そべっている。普段は同盟国の兵士などが寝泊まりするための場所で、要人用の部屋と比べると些か質素なもの。灯りも牛の脂(安物燃料)を使ったランタンしかない。

 とはいえスピカは自身の好みの都合、野営をよくする。彼女にとってベッドとは基本草や土。灯りは月と星しかなく、無論身を守る壁なんて大抵はない。部屋があるだけで上等な暮らしなのだ。

 それに食事も豪勢だった。この地で育てられたミノタウロスをふんだんに使った肉料理は、大衆的な(安っぽい)大味ではあるが、だからこそ親しみのある味覚を楽しめた。

 一つ欠点を挙げるなら風呂に入れなかった事だが、要塞都市シアンは水の乏しい乾燥地に位置する。いくら騎士団の客人といえども、水を存分には使えないのだから仕方ない。

 かくして、総合的にはまぁまぁ堪能して夜になった訳だが、そこでスピカはようやく違和感を覚え始めたのだ。

 ウラヌスが、妙に大人しいと。


「(なーんかずっと静かなのよねぇ)」


 ベッドの上に座っているスピカは、ちらりとウラヌスの方を見遣る。

 ウラヌスもベッドの上に座っていた。膝を縦に折り曲げたなんとも大人しげな(どこぞの地域では『タイイクズワリ』と呼ぶらしい)座り方だ。口に少し力を入れているようできゅっと閉じ、顔はやや伏せ気味。

 ウラヌスは普段から色々喧しい。迷惑な酔っ払いの如く夜中にぎゃーぎゃー騒ぐ訳ではないが、起きているなら元気な声でよく話し掛けてくる。

 こんな姿は、今まで見た事がない。


「(そりゃまぁ、夜なんだから五月蝿いよりはマシだけど……)」


 滅茶苦茶怒鳴り散らした後なら兎も角、叱ってもいないのにいきなり振る舞いが変わるとどうにも居心地が良くない。

 アルファルドも言っていたが、体調が悪いのだろうか? しかし普段のウラヌスなら、それならそうと言いそうなものだ。体調が悪くなったら休むという、旅の大原則を破るとは思えない。何か他の理由があるように思える。

 その理由を尋ねて良いものか。スピカはしばし考え込んで……訊く事にした。体調が悪い訳ではないかも知れないが、理由があるなら知っておくべきだろう。


「ねぇ、ウラヌス。なんか今日は妙に静かだけど、何かあった?」


「うむ。びっくりさせないようするためだぞー」


 なので尋ねてみると、ウラヌスは何時もより大人しい声で、あっさりと答える。

 しかし答えられてもスピカの疑問は残ったままだ。

 びっくりさせないため、とはなんの事だ? スピカはそんな指示を出した覚えはないし、そもそも誰を、何故びっくりさせてはいけないのか。

 一つだけだった疑問が、一気に三つも増えてしまった。数が増えてはますますそのままにはしておけない。一つ一つ、丁寧に解決させようとする。


「びっくりさせるなって、誰かに言われたの?」


「違うぞー」


「あら、自発的な行動なの。じゃ、誰をびっくりさせないようにしてるの?」


「スピカだ」


 質問していくと、ウラヌスはあっさりと答える。だから疑問の数は減ったが、しかし余計に訳が分からない。

 何故ウラヌスは、自分を驚かさないようにしているのか? 無論びっくりしたい訳もないが、気を遣われるほど弱々しいつもりもない。


「なんで私を驚かせないようにしてる訳?」


 あまりにも意味が分からず、スピカは考える前にウラヌスに問う。


「だってスピカ、ずっと怖がってるじゃないか」


 返ってきたその一言により、スピカの思考は少しの間止まった。

 怖がっている? 自分が?


「私も鬼じゃないからな! 怖がってる奴がいたら、ちゃんと静かにしているぞ! えっへん」


 困惑するスピカの前でウラヌスは胸を張る。自分の考えが間違っているとは露ほども思っていない、自信に満ち溢れた様子だ。

 だが、スピカからすれば認められない。

 だって自分は、ずっとどころか一度も、怖がってなんていない筈なのだから。


「……いやいや、何言ってんのさ。私が何時、怖がってるって?」


「そうだなぁ。今日は割とずっと怖がってるように見えたが、特に怖がっていたのは、話を聞いてる時だったな」


「話?」


「うん。まおーだかなんだかの話を聞いてる時、ずっと怖がってるように見えたぞ」


 ウラヌスは何一つ迷いなく、自身の感じた事を告げた。

 魔王の話で、自分が怖がっていた。

 他人から教えられた情報に、スピカの感情は真っ先に否定の念を抱く。自分が怖がっている筈がない。何故なら魔王は、魔王と呼ばれているワイバーンは、自分の故郷と家族を焼いた仇だからだ。

 その仇を討てる時が来て、どうして怖がるというのか。

 確かに魔王は恐るべき存在なのだろう。伝承に残るぐらいだ。しかしスピカはこの日に備え、様々な準備をしてきた。知識を積み上げ、技も磨いている。戦う術はちゃんと身に着けており、それを試す時が来るのを心待ちにしていたぐらいだ。

 もしも怖がっていたら、まるで自分があの時のまま、何も変わっていないと言われているのと同じ。そんな事は()()()()()()()()


「何言ってんの、魔王の話で怖がる訳ないでしょ。むしろワクワクしてるぐらいよ。この時のために、色んな道具や策を用意したんだから」


「そうかー? 汗の臭いとか、怖がってる人間のものだったぞ? 動物も人間も、怖がると汗が酸っぱくなるからな!」


 強気な言葉を返すも、ウラヌスはそれ以上の『証拠』を突き付けてくる。悪気のないその言葉が、スピカの意識を追い詰めているとも知らずに。

 ――――怖がった動物の汗の臭いなんて知らない。

 知らないから()()()()()()()()()とスピカは流す。しかしウラヌスを説得するための証拠なんて何もなくて、強気な笑みを、口許を強張らせながら浮かべる事しか出来ない。


「言い掛かりもそれぐらいにしなさいよ」


 せめてもの反撃にと窘めてみたが、これが悪手だった。

 自分の『肉体』に誇りを持つウラヌスにとって、この反論が逆鱗なのは容易に想像出来る事だったのに。


「む。それは聞き捨てならないぞ! スピカこそどうして怖いのを隠すんだ」


「隠してない。私は怖がってなんていない」


「私の鼻は誤魔化せないぞ! それに身体もよく震えていたし、顔色も良くないな。吐息が乱れていたし、声も微かに震えていた」


「五月蝿い五月蝿い五月蝿いっ!」


 目も鼻も耳も、全てに優れるウラヌスの指摘に容赦はない。スピカに出来るのは感情的な声で、黙らせようとする事だけ。

 しかしこんなので怯むのは、相手が大声に怖がってくれた時だけだ。勇ましい『戦士』の前に、そんなハッタリは通じない。


「あ、思い出したぞ。スピカは確か、ドラゴンに村を焼かれたんだったな。それを思い出して怖くなったのか?」


 ついにウラヌスは核心に触れてしまう。

 ぷつりと、スピカの中で糸が切れる音が聞こえた。


「……あんまり、人の事見くびらないでよ」


「見くびる? なんの話だ?」


「私が怖がってる訳ない! 良い? 私はアイツと再会出来ると分かって嬉しいの! この手で、みんなの仇を討てるから! アンタには分かんないでしょうけどね!」


「うむ、よく分からんぞ。だって――――」


 感情的な声を上げるスピカに対し、ウラヌスは何時までも冷静なまま。何かを告げようと口を開けた

 が、その小さな口が発した言葉をスピカは聞き取る事が出来なかった。

 何故ならその瞬間、身体が震えるほどの轟音が辺りに響き渡ったからである。


「きゃあっ!?」


「ぬぉ!」


 不意を突かれたスピカの口からは甲高い悲鳴が、ウラヌスの口からも驚きの声が溢れる。

 音に続き、激しい振動が二人を襲った。身体が浮かび上がるような、異様な揺れだ。地震のようにも思えたが、振動の響き方が違うとスピカは感じる。一瞬大きな揺れが起こり、急速に小さくなっていく……

 恐らくこれは、大きな建物が倒壊した事を起因にするもの。

 そして此処要塞都市で、地震と間違うほど大きな揺れを起こす建造物は、スピカが知る限り一つしかない。


「っ!」


 スピカはウラヌスを置いて、部屋の外に飛び出す。後からウラヌスも追ってきたが、振り返る事もなく無視した。

 部屋を出た廊下には、外を覗くための窓がずらりと並んでいた。夜ではあるが廊下の壁には蝋燭の明かりがあるため、足下を心配する必要はない。スピカは素早くその窓の一つに肉薄し、外の景色を見る。

 何もなければ、そこに広がるのは暗闇だ。灯りを付けるには燃料が必要で、燃料の価格は(畜産が盛んで大量の牛脂が手に入る場所でも)安くはない。夜なべしても費用対効果が悪いので、どんなに貧しい家庭でも夕飯が終わった頃には明かりを消し、さっさと寝床に入る。勿論商売の多くも夜には終わりだ。日が沈んでから店を開き、夜更けまで営業しているのは酒場と賭博場ぐらいだろう。このため夜の町は一部を除いて真っ暗なものである。

 だが、此度の町は違った。

 遠くで赤い輝きが見える。ゆらゆらと揺れるそれは、燃え盛る炎だ。

 燃えているのは防壁。防壁自体は煉瓦で組まれているが、室内や廊下にはベッドや絨毯など燃えるものが置かれている。なんらかの理由で火が付けば、防壁といえども火事は起きる。

 しかし大きな炎が外から見えるという事は、中身が露出しているという事に他ならない。つまり、防壁の一部が崩れているのだ。


「あそこは、確か……」


「スピカ!」


 炎が出ている場所は『何処』なのか。それを知ろうとしたスピカに、答えを知っていそうな者が声を掛けてくる。

 カペラだ。スピカは窓から一旦離れ、カペラに問い詰める。


「カペラ! 防壁が燃えてる! あそこって確か……」


「ああ、君が思っている通り――――魔物と化したミノタウロスが保管されていた区画だ」


 カペラは隠す事もなく、答えを教えてくれた。

 何があったのかは分からない。事故かも知れないし、或いは事件かも知れない。

 だが確実に言える事として、あそこに閉じ込められていたミノタウロスは脱走しただろう。

 魔法の影響で凶暴化しているという、ミノタウロス。果たして大人しく人気のない場所に逃げてくれるだろうか? 再び窓から外を見れば、答えは明白だ。

 町から炎が噴き上がる。

 明らかに、『何か』が町の中心目掛けて移動していた。


「……丁度良い。試験にぴったりの相手ね」


「何? それはどういう――――」


 スピカが独りごちた言葉の真意を、カペラが尋ねてくる。しかしスピカがそれに答える事はない。

 スピカは一人で走り出したからだ。


「カペラ! 町の人の避難は任せた! 私は確かめたい事がある!」


「む! それなら私も、うおっ!?」


 一方的にカペラを突き放すスピカ。その後をウラヌスが追ってこようとした

 が、唐突に防壁内が激しく揺れる。

 そしてウラヌスとスピカの間の壁と廊下が崩落を始めた! 一部が崩れた事で防壁全体が歪み、遠く離れたこの付近の安定も崩れたのだろう。スピカは走り出した事で難を逃れ、カペラはウラヌスと一緒なので無事だろうが……道が崩れた事で彼女達とスピカは分断された。合流するには時間が掛かるだろう。

 それを待つ気は、今のスピカにはない。


「(やってやる……私が魔物を倒してやる!)」


 スピカはほくそ笑む。

 ウラヌスに話したように、スピカは仇であるワイバーンを倒すための道具を色々と作り出してきた。どれも自信作であるが、しかし本当に通じるかどうかは使ってみるまで分からない。普通の動物と『魔王』では、効きが違う可能性があるからだ。

 しかし此度暴れているのは、魔物と化したミノタウロス。魔法の使い手であり、恐らく魔王と(同等ではないにしても)近い実力を持っている筈だ。魔物に対して効果的であれば、魔王にも効くと思って良いだろう。

 試すには打って付け。それに準備は万端なのだから負ける筈がない。いや、それどころか此処で逃げたら、それこそ魔王に怯えていると認めるようではないか。

 魔物を倒して、自分が魔王を倒せると証明する。

 震える拳を握り締めて、スピカはミノタウロスがいるであろう場所に向けて走り出すのだった。

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