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アベンジャー・マギア  作者: 彼岸花
砂漠巨獣

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29/62

砂漠巨獣3

 砂漠は確かに生き物が少ない、過酷な地だ。

 一番の理由は乾燥である。大地が干からび、砂となってしまうほど雨が振らない。この世に存在する(人間が知る限りの)全ての生物は、水を必要としている。勿論他にも空気の綺麗さや、栄養も必要だが、それらは水と比べれば然程重要ではない。

 水が少ないほど生命の姿は露骨に減る。では水が干からびた砂漠に、生物はいないのか? 答えは勿論、いいえ、だ。

 例えば多肉植物。分厚い身体の中にはたくさんの水を蓄えられている。砂漠にも年に一度ぐらいは大雨が降るもので、多肉植物はその際一年分の水を身体に蓄えているらしい。

 この多肉植物を、草食性のドラゴンが食べる。ドラゴンは基本的に乾燥に強い生物だ。程々に乾燥した……木が疎らに生えている草原のような……環境が特に好みであるが、草も生えていないような砂漠でもその姿はよく見られる。

 この砂漠で見られる草食性ドラゴンと言えば、ファフナーが有名だ。


「お、早速発見」


 ウラヌスに釣り竿を渡した後、砂漠に生きる生物を探していたスピカは、そのファフナーを見る事が出来た。

 遥か遠く、とはいえ地平線近くではない程度の位置にある砂丘。そこにファフナーの姿がある。

 体長二メトルほどのファフナーは砂地の上をずるずると、這うように進んでいた。白く細長い身体は一見して蛇のようにも見えるが、胴体の側面には小さな足が生えていて、背中には棘のような突起が二本生えている。突起は恐らく翼が変化したもので、足はなくなる過程と学者には考えられているらしい。頭はドラゴンにしては丸みがあり、どちらかと言えばトカゲに似ていた。

 翼が棘状なので空は飛べないし、足は小さいので素早く駆ける事も出来ない。だったらコイツは何が出来るんだと思えば、暑さと乾燥に極端に強い。昼間の砂漠は人間なら足の裏が火傷するぐらい熱くなるのだが、ファフナーはなんの苦もなく活動出来る。

 足が小さいのは、砂から伝わる熱の量を減らすため。腹這いの姿勢に見えるが、腹には逆立った鱗が無数に生えていて、身体を砂から浮かせているという。直に触れていないため、熱い場所でも難なく生きていける訳だ。また白い身体も、直射日光で身体が熱くならない仕組みと考えられている。

 耐熱性そのものも高い。寝ているファフナーの周りに薪を起き、一晩燃やしても、翌朝普通に目覚めて活動するという。火攻めは多くの猛獣退治に使われる策だが、ファフナーには通じないのだ。


「(餌を探してるのかなー。うろうろしていて可愛いかも)」


 ファフナーは身体に毒を持つ。食べ物である多肉植物由来のもので、そのため食用にはならないが……故に向こうも人間を恐れない。このため愛玩動物として飼われる個体もいるという。野生でもその可愛らしさを振りまくように、ちょこまかと動いていた。

 生き物大好きなスピカにとっては、何時までも見ていられる姿だ。しかし船は容赦なく前進しており、ファフナーの姿は遠く離れていく。

 もっと見ていたかったが、個人の所有物なら兎も角、公共の船で我儘を言う訳にはいかない。気持ちを切り替え、次の生き物を観察しようと視野を広く持つ。そうするとすぐに次の動物が現れた。

 今度もまたファフナーだった。


「……んぇ?」


 まさか二回もファフナーが見られるとは思わず、スピカは呆けてしまう。

 船の移動速度は速い。ぼんやりしていたらあっという間に彼方まで移動してしまう。今回のファフナーはろくに観察出来ないうちに、そのまま景色と共に流れてしまった。

 だが、すぐに三度目のファフナーが現れた。


「……!? 何、これ……」


 困惑しているうちに、三体目のファスナーの横を船は通り過ぎる。今度はしばし砂だけの大地が続いたが……数分もすれば四体目のファフナーが観察出来た。

 生き物がたくさんいる。生き物好きからすれば夢のような展開なのは否定しない。

 だが、生き物好きだからこそ違和感に気付く。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。というのもファフナーは毒を持つため、捕食者からはあまり狙われないが……同じく多肉植物を食べる他の草食動物からは普通に嫌われ、踏み潰されたりして殺されているからだ。ファフナーは毒以外の武器を持たないので逃げるしかないが、逆立った鱗で浮いた姿勢は素早く動くのに向いていない。ファフナーの全力疾走は、人間の小走り程度と言われている。

 多くの動物が天敵に殺されて数を減らすように、ファフナーも適度に殺されて個体数は一定で保たれている。また多肉植物を他の動物が食べるという事は、その分ファフナーが食べる分も少なくなるという事。そもそも餌である多肉植物の数自体が少ない。

 ファフナーは砂漠でも良く見られる動物だと、書物には書かれている。しかしこうも頻繁に見掛けるのはおかしくないだろうか? 考えられるとすれば餌である多肉植物がなんらかの要因で大量発生し、有り余る餌を糧に増殖したという流れだが……それなら他の草食動物も見られる筈。多肉植物を食べる動物は他にもジェニーハニヴァーや、フェニックスなどが挙げられる。

 しかし、探せど探せど他の動物の姿は見られない。

 それどころか捕食者(大型の獣であるマンティコアやヒュドラなど)もいない。獲物がいないから捕食者もいない、と考えれば不自然ではないかも知れないが……

 起きている異変はそれだけでない。スピカのすぐ横でも起きていた。


「おー、凄いぞスピカ! 大漁だ!」


「――――は? 大漁?」


 なんの事だと思い、ウラヌスの方に振り返る。

 それだけで答えはすぐに明らかとなったが、しかしスピカは呆けたように固まってしまう。

 ウラヌスの傍に十匹以上の巨大芋虫……オルゴイホルコイが転がっていたのだから。


「ちょ、何その数!?」


「んぁ? ふつーにしてたらこれだけ釣れただけだぞ?」


 驚くスピカにウラヌスはなんて事もないかのように首を傾げる。だが、これは異常事態だ。確かにオルゴイホルコイは砂漠の至るところに棲んでいる虫だが、しかしそれでも砂漠を埋め尽くすほどいる訳ではない。理由は単純に餌が少なく、また天敵に食べられているからだ。

 そのオルゴイホルコイが大発生しているという事は、何かしらの要因で天敵が減り、餌がたくさん供給されたという意味になる。天敵は砂漠にいる肉食獣ほぼ全てであり、一種二種の数が減ったところで大きな変化は起こるまい。大部分の肉食動物が、一斉に数を減らしたと考えるのが自然である。

 しかしそれはあまりに不自然だ。生物の関係は喰う喰われるだけではない。同じ食べ物を巡って争う事もある。そのためある種の肉食獣が減ると、同じ獲物を食べていた肉食獣が増えるというのはよくある出来事だ。草食動物でも同じ事は起きるので、大半の生物が同時に数を減らすというのは極めて稀だ。

 何かがおかしい。

 この砂漠の普段の姿を知らぬ以上、スピカには断言など出来ないが……これまでに積んできた経験から覚える違和感は無視出来ない。


「……ウラヌス。警戒してて」


「む? 警戒? 何か来るのか!?」


「来るかも知れないってだけ。変に騒がないでよ?」


 地平線の彼方をじっと見つめ、如何にも「警戒しています」という態度を取るウラヌスをスピカは窘める。

 警戒するよう促しておいて言うのも難だが、結局のところこれは余所者であるスピカが抱いた違和感に過ぎない。ただの勘違いという可能性は残っているし、仮に異変が事実だとして……それが自分達に危害を加える形で現れるとは限らないのだ。自然は人間に優しくないが、人間を積極的に殺そうともしない。見くびるのは論外であるが、無闇に恐れるのも正しい行いではないのだ。

 勿論、些末な変化も見逃さない、という事は忘れてはならないが。


「むむっ! 何か大きな生き物がいるぞ! こっちに向かってきている!」


「っ!」


 故にスピカはウラヌスの言葉にすぐに反応。ウラヌスが何を見ていたかすぐに確かめる。

 それは、ウラヌスの言葉通り巨大な生物だった。

 砂漠の砂が、まるで水飛沫のように跳ねている。いや、まるで、というのは正しくない。そいつは砂の中を()()()()()のだから。

 体長はざっと四十メトル以上あるだろうか。スピカ達が乗る船より遥かに巨大な存在だ。砂上に覗かせている身体は白く、鱗や毛に覆われていない肌を露わにしている。尤も砂に揉まれた身体は傷だらけで、巨山に転がる岩のように無骨な雰囲気を纏っていたが。

 体型は頭が極端に大きく、体長の四分の一を占めている。赤い目は小さく、頭部の異様さを強めていた。ぱくりと開いた口の中には、小さいながらも鋭い牙がずらりと並んでいる。身体の側面にあるのは巨大なヒレであり、横向きの平たい尾ビレを上下に動かす。

 多くの人間は、その生物を『怪魚』と呼ぶだろう。だがスピカはそれについて書かれた書物を読んだがために、正体を知っている。

 あれは魚ではなく獣の一種。仲間達が大海原を泳ぐ中、ただ一種陸地に暮らす巨大海獣。


「バハムート……!」


 ()()()とも呼ばれる、陸生の鯨がそこにはいた。

 バハムートはこの『世界』に生息する生物としては、最大の捕食者だ。巨体に見合った大食漢で、口に入る生物なら片っ端から襲って食べる。

 そしてその強さは巨体相応。いや、大陸最強と謳っても、そこに文句を付ける輩はそういまい。バハムートはこの大陸に存在するどんな生物よりも大きいのだから。分厚い表皮は剣どころか大砲も通じず、人間を押し潰すほどの大岩を小石のように跳ね飛ばす。人類の手に負えない生物は数多いるが、バハムートは特にどうしようもない存在だ。もしも襲われたなら、数千人規模の軍隊も瞬く間にやられるだろう。

 戦いになれば、の話だが。


「……ふぅ。バハムートなら安心ね」


「む? 安心なのか? あんなにデカいんだぞ? しかもこっちに来てるぞ?」


「デカいけど、あれで性格は大人しいからね」


 本に書かれていた内容曰く、バハムートは口に入る大きさの獲物しか襲わないらしい。気性も大人しく、満腹であれば人間が傍にいっても反応せず、触る事も出来るとか。桁違いに強いが故に、あらゆる存在に対して寛容なのだ。人間とは大違いである。

 そして人間が作り出した船は、バハムートほど巨大ではないが、その口に入る大きさではない。よって船が襲われる事はないのである。

 これらの知識は書物から得たものだ。書物に書かれている事の全てが真実とは思わないが、しかしその本は冒険家なら一度は読んでおけと言われるぐらい、信頼されているもの。全くの出鱈目はまず書かれていないだろう。

 無論、これだけで全面の信頼をするのは誤りだ。大人しいだのなんだの言われているが、実際のところバハムートの生態はよく分かっていない。繁殖期が何時なのか、その時の性格はどうなのか、雄雌で気性は異なるのか……それらが分からないのに『安全』というのは、バハムートを見くびるようなものだ。

 しかしそれでもスピカが安心しているのは、船も特段慌てた動きをしていないからである。

 船乗り達はこの砂漠を何度も往復している、所謂砂漠の専門家だ。砂漠の生き物に関する『実用的』な知識は、冒険家よりも上であろう。そして船に万一が起きないよう、常に周りを警戒している筈。スピカでも視認出来る位置に現れたバハムートなら船員は気付いているに違いなく、なのに特段船内が慌ただしくならないのだから、取り立てて対応する必要はないに違いない。

 異常事態と思われる状況でなければ、スピカとしてはのんびり観察していたいぐらいだ。強いて気になる点を挙げるなら、バハムートの生息地はこの辺りではないと本にはあった事か。だが遥か遠方なら兎も角、バハムートの住処はちょっと此処よりも砂漠の奥というだけ。偶には人が通る場所に姿を表す事もあるだろう。


「ふーむ。しかしアイツ、こっちに向かって突っ込んできてないか?」


 尤も、そんな暢気な考えは、ウラヌスの一言で吹っ飛んだが。

 一瞬の思考停止を挟んだ後、スピカは改めてバハムートを見る。

 バハムートは泳いでいる。力強く、かなりの速さで。何やら必死な様子で。

 猛然とこちらに向かいながら。


「……マジ?」


「私はさっきからそう言ってるぞ?」


 スピカの現実逃避の言葉を、ウラヌスはばっさりと切り捨てる。確かに言っていたなと納得しながら、スピカは思う。

 これは本当に、死んだかも知れない。

 地上最強の生物と戦って、そして生き延びた(勝った)人間なんて、御伽噺を含めても『一例』しか聞いた事がないのだから――――

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