表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アベンジャー・マギア  作者: 彼岸花
白い軍勢

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/62

白い軍勢10

「パパ! ママ!」


 フォーマルハウトの喜びに溢れた声が、響き渡る。

 走り出した彼女の行く先にいたのは、四人の男女。父親と母親、そして兄と姉だろう。四人はフォーマルハウトの下に駆け寄ると、彼女の身体を強く抱き締めた。

 無事に家族と再会出来た。これにてスピカが受けた依頼は完了と言えるだろう……いや、そもそもの依頼は町に送り届けるところまでだったが。


「全く。依頼外の仕事の代金、今から取れないかなー」


 ボロボロになったスピカは乾いた笑みを浮かべつつ、肩を竦めた。そして横に倒れている(パチリと目は開いていて、ニコニコと上機嫌だ)ウラヌスに視線を向ける。

 女王を打ち倒すまでに、相当の攻撃を受けていたらしい。ウラヌスの小さな身体は傷だらけだ。中にはかなり深い、それこそ肉が裂けたような傷もある。それらは適切な治療を行ったとしても跡が残るだろう。

 そして適切な治療そのものが今は難しい。

 レギオン達が退却したとはいえ、宝石都市は糸に包まれて未だ壊滅状態であり――――生き延びた人間は、何万もいたうちの僅か五千人足らずだったのだから。


「う、うぅ……」


「ぐす……」


 スピカの周りには、フォーマルハウトの家族達と同じく助け出された ― 町の中心に設置されたキノコの塔の下に『保管』されていた ― 人々がいる。半分ほどは助かった事を喜んでいたが、半分は未だ悲しみに暮れていた。

 レギオンはキノコの肥料にする人間を、特に選り好みしなかったという。そのため近くにいた人間を片っ端から使っていったらしい。無論、その人間に家族や恋人がいようとお構いなしに。

 あともう少し救出が早ければ、果たしてどれだけの人が助かったのだろうか。

 ……もしもを語っても仕方ないだろうと、スピカは考えを切り替える。そうしなければ、周りの人間の暗い感情に巻き込まれそうだと思ったがために。自分としては最善を尽くしたのだから、これ以上を望むのは傲慢というものだ。

 しかし頭の中でどれだけ考えても、簡単には割り切れないのが人間というもので。


「……ウラヌス。怪我は大丈夫?」


 仲間の怪我を、意識を逸らす口実に使う自分がほとほと嫌になる。

 そんなスピカに対し、ウラヌスは何も気にしてないとばかりに元気な声で答えた。


「うむ! 何も問題はないぞー。一人で勝てなかったのは悔しいが、楽しい戦いだった!」


「楽しいかどうかじゃなくて、怪我について聞いてんの。多分だけど幾つか残るわよ」


「む? そうなのか? ならば誇らしいものだ。傷は我等にとって勲章だからな!」


「わーお、野蛮ねー」


 煽るような言葉を返しつつ、ウラヌスが特段傷跡を気にしていないと分かってスピカは胸を撫で下ろす。強い奴との戦い大好きなウラヌスが腕や胸の傷を気にするとは思わなかったが、その戦いを頼んだのは自分だという負い目がスピカにもあるのだ。


「むしろこれぐらいの戦いなら、毎日したいぐらいだぞ!」


 ただ、その負い目はこの言葉で跡形もなく吹っ飛んだが。


「ウラヌス……アンタ、ほんと命知らずね」


「ふふん、そうだろうそうだろう。我等一族は誇り高い戦士だからな! また何処かでレギオンの群れと戦いたいものだ……」


「褒めてないから。あとこんな大規模なレギオンの群れが幾つもある訳ないでしょーが」


 ウラヌスの言葉をきっちりと窘めるスピカ。

 その時ふと、疑問が湧き出してくる。

 此度宝石都市クエンを襲ったレギオンの大群は、どう考えても異常だ。文献ではドラゴンも狩ると書かれていたが、普通はそこまでの大群ではない。精々数十体程度であるとスピカが読んだ書物には記されていた。

 何百年も前の昔話には「町を飲み込む」というものがあるので、過去に現れた事はあるかも知れない。だがそれは数百年に一度の出来事だ。滅多に起こるものじゃない。

 だとすると此度の巨大な群れが出来上がった理由は、スピカが考える限り二つある。

 一つは此度宝石都市を襲ったレギオンの群れが、やたらと幸運だったから。自然界でも幸運というのは生き残る上で大事なものだ。空腹の時に偶々餌が目の前を横切ったり、鉢合わせた恐ろしい天敵が偶々満腹で無視してくれたり、大きな災害や異様な暑さ寒さに見舞われず穏やかに過ごせたり……そうした幸運に恵まれた個体は、通常ではあり得ない大きさに育ったりする。レギオンの群れも数百年に一度と呼べるほど特大の幸運に恵まれて、あそこまで群れを大きく出来たのかも知れない。

 もう一つは、数百年に一度の出来事に『便乗』して大繁殖した可能性だ。例えば数百年に一度の大雨で湿気に強い草ばかりが繁殖すれば、その草を餌にする虫が大量発生するだろう。この場合大雨は虫に直接利益をもたらす訳ではないが、間接的に増殖の要因となっている。この例と同じようにレギオンも、何らかの自然現象から巡り巡って利益を得た可能性はあるだろう。

 もしも前者が答えであれば、人間に対処する術はない。大仰な言い方だが所謂運命みたいなもので、幸運の化身に襲われるのはそれだけで不運としか言いようがない事だ。前向きに考えるなら、そんな伝説的な不運、普通なら生きている間に二度目と遭遇する事はない。対策せずともその後の暮らしは安泰だ……世の中には三度落雷に打たれた人間もいるというので、絶対とは言えないが。

 しかし後者であれば、必ずしも対処出来るとは限らないが、もしかすると対策があるかも知れない。そして連鎖的な出来事の結果だとすれば、その根源的な現象が起きればまた必ず同じ事が起きる。生きている間に二度目三度目が起きてもおかしくない。

 此度のレギオンの発生は、果たして偶然か必然か。こればかりは考えても答えは出てこない。地元民でないスピカには情報が圧倒的に足りないからだ。


「(つまり、今必要なのは生存者からの聞き込みね)」


 やるべき事を決めたスピカは、きょろきょろと辺りを見渡す。

 誰が何を知っているか分からない以上、出来れば片っ端から話を訊きたい。とはいえ時間は有限であるし、誰もがお喋りという訳でもない。家族を失って悲しみに暮れている人に不躾にも尋ねようものなら、極端な話逆上して襲い掛かってくる事もあるだろう。

 尋ねるなら、情報通らしさがあり、悲しみに暮れていない、それでいてこちらの話を聞いてくれそうな人が良い。しかしそんな好都合な人間が、果たして簡単に見付かるだろうか?


「……人間、何が巡ってくるか分からないもんねぇ」


 独りごちたスピカには、心当たりが一つだけあった。

 立ち上がり、ウラヌスを置いてゆったり歩いた彼女が見据えるのは……フォーマルハウトの家族。


「すみません。今、お話を窺ってもよろしいでしょうか?」


「うん? おお、あなたは……!」


 スピカが話し掛けると、フォーマルハウトの父親は大仰に両腕を広げながら笑顔を見せた。

 恩を売る訳ではないが、命を助けた者から話し掛けて、無下にするような人間は早々いまい。加えて大富豪であるからには、商売で財を築いた筈であり、商売に必要な対人能力に優れていると考えるのが妥当である。

 思った通り、フォーマルハウトの父親は人となりが(表向きは)良く、話しやすそうな人物だった。それに商売をしている身なら、地域や交易路の話はよく耳にしているに違いない。何か異変があれば、把握している可能性が高い。

 早速、スピカは本題を切り出す事にした。


「尋ねたい事があります。この町を襲ったレギオンに関して調べたいと思いまして。何か、この辺りでおかしな出来事は起きていないでしょうか?」


「おかしな出来事? ……いや、ないな。レギオンについては、この周辺に暮らす住人でも滅多に目撃例がない。基本的に奴等は、もっと南側の乾燥地に生息している動物なんだ。あのレギオン達が普段と様子が違っていても、我々にもよく分からない」


「レギオンに限った話でなくて良いんです。小さな虫が大量発生した、雨がやたらと多かった、地震があった……関係なさそうな事でも構いません」


 改めて尋ねてみるが、フォーマルハウトの父親は腕を組み、悩ましげに唸るばかり。彼が諸悪の根源でもない限り隠す理由もない筈なので、本当に心当たりがないのだろう。

 残念には思うが、情報というのはなんやかんや巡り合せが大事なものだ。努力をすれば触れられる数と質は格段に良くなるが、大事な情報を絶対に取り零さないという保証は決して得られない。仮に、零していなくても……人間なのだから忘れてしまう事だってある。

 だからこそ、色んな人の意見というのが必要なのだ。


「あら、あなた。南から来た生き物の群れについては話さないの?」


 もしも彼の妻が此処にいなければ、スピカはこの話を聞く事が出来なかっただろう。


「ん? ……おお、そういえばあったな。いや、しかしそれはもう二年も前の事で……」 


「いえ、むしろそのぐらい前の方が良いです。生き物が増えるのには、時間が掛かりますから」


「確かに、言われてみればその通りだ……分かりました、その時の事を話します。とはいえ私は取引先から噂で聞いただけですが……」


「構いません。是非、教えて下さい」


 スピカに後押しされ、フォーマルハウトの父は少し息を整えた後、こう話しを切り出した。

 曰く、二年前――――南から大量の生き物達がやってきた。

 生き物の種類は千差万別。ウサギも鹿も鳥も、虫も大蛇もドラゴンも、北を目指すように押し寄せてきたのだ。

 生き物達は宝石都市クエン(正確には都市を囲う防壁)を避けていったが、交易路にいた商人や冒険家に大きな被害が出たという。お陰で食料品不足による価格高騰や、社会不安が起きたらしい。

 大きな被害が出たので当時はそこそこ騒がれたが、その後はこれといって何も起こらず。徐々に人々も忘れていき……今に至るという。


「……成程」


「スピカ。何か分かったの?」


 話を聞いて頷くスピカに、フォーマルハウトが尋ねてくる。

 何か分かったかといえば、残念ながら確実な事は何も分からない。

 しかし仮説であれば、大きな収穫を得られた。生き物の大量移動。それも多種多様な生物種の混成となれば、かなり大きな異変が起きたと考えられる。恐らく火山の噴火や地震のような、天変地異に匹敵する出来事だ。

 その結果が、レギオンの大群を生み出したのだろう。


「(さぞや餌が豊富だったでしょうね。何しろ南から続々と生き物がやってきたんだから)」


 レギオンの生息地は、宝石都市よりもやや南の方だという。つまり二年前に宝石都市の近くまでやってきた動物達は、レギオンの住処を通過した筈だ。レギオン達からすれば餌が大量に押し寄せた状況。より良い餌を選ぶ余裕もあったに違いない。

 そして生き物の大移動は、恐らく何度か起きている。たった一度の大移動で、レギオンの群れが町一つに匹敵する大群団まで育つほど、大量の餌を確保出来るとは思えないからだ。それに先日出会ったキマイラとヴァンパイアの存在がある。南に生息地がある彼等も、恐らく何度目かの大移動の参加者なのだろう。

 ただ、二回目以降はレギオン達の群れが大きくなったため、やってきた動物達の大半は宝石都市に辿り着く事すら出来なかった。キマイラ達はウラヌスを凌駕する強さの持ち主だったので、一直線に突破するだけならなんとか出来たに違いない。そうした大移動という名の餌の供給が何度も何度も繰り返され、レギオンの群れはどんどん大きくなっていく。

 しかし何事にも終わりは来る。

 ついに南の地の生き物がいなくなって大移動が途切れたのか、最早大移動でも賄いきれないぐらい群れが大きくなったのか。確実な事は言えないが、なんにせよレギオンの群れは食糧不足に陥ったのだ。レギオンの群れは食べ物を探してあちこち歩き回り――――人間が大勢いる大都市クエンに辿り着いた。


「(正直、これは結構ヤバい事が起きてるかも)」


 スピカがこの宝石都市を訪れたのは、元を辿ればキマイラ達が何故帝国に現れたのか、という疑問だ。その時は火山などの自然災害が原因だと考えていた。宝石都市が遭遇した生き物の大移動も、それら自然災害の産物ならばあり得る。というよりそれぐらいしか起こせる『力』の候補がない。

 しかし火山にしろ地震にしろ、二年もだらだらと続くものだろうか?

 そういうものもあるかも知れない。だが早々あるものではない筈だ。勿論滅多にない事というのは、起こらないという意味ではないが……何かもっと、『恐ろしい事』が起きていると考える方が自然な気がする。

 天災に匹敵する、されど天災ではない何か。

 知らないというのは、それだけで我が身を危険に晒す事だ。知らないよりも知っている方が遥かに良い。だが、常軌を逸した何かを探りに行くのは、果たして賢明な判断なのだろうか……?


「スピカ!」


 考えていたところ、すぐ傍から声を掛けられる。

 思わず視線を向ければ、フォーマルハウトがスピカの足に抱き着いていた。真っ直ぐ、迷いなく、スピカの顔を見つめている。

 そしてにこりと、あどけなく微笑んだ。


「ありがとう! あなたのお陰で、みんな助かったわ!」


 止めに、屈託のない感謝の言葉。

 それを受けたスピカの心には、もう迷いなんてなくて。


「……アンタ、そのまま育てば大物になるわよ。或いは絶世の大悪女」


「そう? へへへー……悪女って何よ」


「人を誑かす才能があるって事よ。色々便利だから誇っておきなさい……それはそれとして、次の旅の支度をしないと。南に行くのに、一度食糧と水を補給しないとだし」


「また南に行くの? しばらく休んでいけばいいのに。そりゃ町は滅茶苦茶だけど、私が観光案内ぐらいしてあげても……」


「ん? ああ、そういう意味じゃないのよ。ただ少し、急いだ方が良いかもって思って」


「急ぐって、なんで?」


 フォーマルハウトから投げ掛けられた疑問の言葉に、スピカは口を閉ざす。しばらくそのまま押し黙っていたが、やがて口を開き、


「……苦労して助けたもんが無駄になるとか、ごめんでしょ?」


 あまりにも感情的な理由を言葉にする。

 普段なら自己嫌悪するような、合理性の欠片もないような意見。

 けれどもフォーマルハウトとその家族を視界に入れているスピカの胸に、後悔の念は、何時までも湧いてこないのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ