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アベンジャー・マギア  作者: 彼岸花
白い軍勢

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25/62

白い軍勢9

「キィイイイッ!」


 女王の掛け声を合図に、背後に集結したレギオンが一斉に動き出した。

 ただし全部ではない。集結したもののごく一部だけが動いている。

 それでも、ざっと数百体がウラヌスに押し寄せてきたのだが。


「くっ……!」


 迫りくる大群に顔を一瞬顰め、されど即座に笑みを浮かべ直すウラヌス。一騎当千の戦いが、今こそ行える。それは戦士として最高の誉れだ。

 ウラヌスは後退せず、前に向かって踏み出した。


「っがああああああああッ!」


 迫るレギオンに対し、ウラヌスは拳を繰り出す。

 スピカのように『格上』の生物ばかり相手してきた者なら兎も角、恐らく普通の人間であれば視認も難しいような高速の鉄拳だ。それはレギオン達にも当て嵌まるようで、やってきたレギオンは拳を躱す動きすら取らない。

 ウラヌスの拳はレギオンを直撃。顔面の甲殻が潰れ、内臓まで一気に貫通する。これでこの個体は間違いなく死んだが、しかしやってきたレギオンは一体だけではない。後ろに何百と控えている。

 そこでウラヌスは突き刺したレギオンごと、腕を横に振るう。

 薙ぎ払う一撃により、肉薄してきたレギオン数体を纏めて殴り飛ばす。そうして開けた空間に、また次のレギオンが雪崩れ込む。倒しても倒しても切りがない。

 前に出たからには、今更退きたくない。だがこのままでは埒が明かない。戦闘においてウラヌスが最も重視するのは誇りであるが、次いで『勝利』が来る。逃げるつもりはないが、ここで距離を取らないのは勝利を掴む上で非合理であろう。


「むぅ……!」


 ウラヌスは跳んで後退。だがレギオン達は止まらず前進。簡単には距離を開けられない。

 ならばどうすべきか? 難しい判断をする必要はない。距離を詰められるというのなら、相手を止めてしまえば良いのだ。


「だあッ!」


 ウラヌスが繰り出した蹴りは、最も近付いてきたレギオンの身体を打つ。

 此度の蹴りは顔面でなく身体の方に当てた。巨体を支える甲殻は頭部よりも頑強で、ウラヌスの蹴りを受けても ― ヒビ割れて体液と内臓をぶち撒けたが ― 貫通はせず、後ろ向きに吹っ飛んでいく。

 その後方には仲間達が控えているにも拘らず、だ。

 吹き飛ばされたレギオンは仲間を巻き込んで転倒。巻き込まれた仲間も転び、その余波は石を投げ込まれた水面のように広がっていく。大群を止めるのに全てを相手取る必要はない。『間抜け』を一体作ればそれで十分なのである。

 更にウラヌスの方は蹴り飛ばした際の反動を利用し、遠くまで跳ぶ。足止めと後退を両立させた作戦で、無事安全圏まで退避出来た

 と、言いたいところだが、レギオンはもう一枚上手だった。

 後退したところの左右に、別の群れが既に待機していたのだから。


「くっ……これは……!」


 何をするつもりか。観察のため立ち止まっているウラヌスに、左右から迫るレギオンの一部が腹を高々と持ち上げてその先を見せてきた。次いで先がぷくりと膨らみ……放たれたのはどろりとした液体。

 先程足に巻き付いた糸だ。こちらの動きを止めるつもりらしい。

 この状況で身動きを封じられるのは極めて不味い。一旦此処からも逃げようと足に力を込める。常人であれば不味いと思った時にはもう糸が足に巻き付いているだろうが、ウラヌスにはまだ猶予が残っていた。再び跳んで糸を回避。身柄の拘束は辛うじて避ける。

 糸は喰らえば動きを止められる手痛い攻撃だが、躱せばウラヌスにとって好機となる。腹を持ち上げた不安定な体勢から走り出したところで、大した速さなど出せない。一旦下ろしてから、という動作を挟む以上、それは大きな隙だ。尤も挟み撃ちされた今回は、殴りに行くのは軽率というもの。ウラヌスは再び後ろに下がって体勢を立て直そうとした。

 しかしレギオンはそれを許さない。

 何故なら糸を出すため立ち止まったレギオンの後ろから、控えのレギオンが現れ、ウラヌスを追ってきたのだ。更にウラヌスが後退した先には、既に陣取っているレギオンまでいる始末。

 どれだけ逃げても立ち止まれる場所がない。


「(むぅ……これは、やはり数が多いぞ……!)」


 動きの速さではウラヌスがレギオンを圧倒している。だがレギオン達はそれを莫大な数で補う。予め分散しておき、ウラヌスが来るのを待ち構える。

 勿論ウラヌスが来なければ、分散している個体はただ棒立ちで待つだけ。実際ウラヌスが見る限り、攻撃や突撃をしてきているのは全体の一割にも満たない。あまりにも無駄が多いように思えるが、その無駄を許容出来るぐらいレギオンの数は多いと言える。

 果たして一体どれだけいるのか。気配を探ってみようとするウラヌスだが、すぐに諦めた。あまりにも数が多くて判然としない。個々の小さな力が集まり、巨大な一つの力となっているように感じてしまう。まるで女王が二十体三十体と増えたかのようだ。言い換えれば、この大群と真正面から戦うのは、女王二十〜三十体と戦うのに等しい。

 一対一なら倒せそうだが、女王数十体分の戦力となれば流石のウラヌスも手に負えない。これでも自分一人であれば誇りを胸に突撃するところだが、此度の戦いはスピカから頼まれたもの。掛けられた期待には応えねばならない。それは仲間への信頼云々だけでなく、戦士としての矜持もある。


「(とはいえ数を減らさなければ、勝てるものも勝てんな!)」


 危険はあるが、ここで挑まねばいずれジリ貧になる。自分の予感を信じてウラヌスは立ち止まり、くるりとその身を翻して群れに立ち向かおうとした

 が、その動きは止まらざるを得ない。

 背後に迫る女王の存在によって。


「なっ、に……!?」


 女王の存在を感じた時、ウラヌスは驚愕した。

 レギオン達の中で女王は最も危険な存在だ。故にウラヌスは逃げ回っている時も意識し、注意していた。なのにどうして背後に迫るまで気付かなかったのか? 疑問を抱くウラヌスだったが、答えはすぐに分かった。

 周りにひしめくレギオン……その気配の中に女王は隠れていたのだ。女王に匹敵する気配が幾つもあったため、本当の女王がどれかよく分からなくなったのは確かだが、それを『蜘蛛()』が戦術的に利用してくるのはウラヌスも予想出来ず。

 並の人間ならここで後悔でもするだろうが、ウラヌスが行うのは純粋な驚きのみ。即座に女王の方に意識を向け、その攻撃に備えようとする。

 だが、これもまた失策だった。

 左右に展開したレギオンが、糸を飛ばしてきたのだから。女王に気を取られたウラヌスは、これに反応するだけの猶予がない。

 びしゃりと音を立て、糸がウラヌスの足に付着する。


「っ! ぬぅ……!」


 しまった、と思う間もない。ウラヌスの目の前にいる女王は、高々と前脚を振り上げ――――ウラヌス目掛け突き出す!

 足が動かないウラヌスにこの攻撃は躱せない。おまけに今度の狙いは頭ではなく腹だ。両手と顎でようやく止めた攻撃を、両手だけで止めるのは困難。

 ならば押し退けるしかない!


「ふっ、ぬぅあああっ!」


 ウラヌスは一旦大きく身を右斜め前に傾ける。普段ならば体幹を崩して倒れるような体勢だが、足が糸で固められているため早々倒れる事はない。女王が繰り出した脚は直撃せず、ウラヌスの背中を削っていく。

 次いでその身を大きく、鞭のようにしならせて、女王が繰り出した脚を打つ!

 ウラヌスの全身を使った打撃に、女王の脚は弾かれた。女王は驚いたように身を強張らせ、弾かれた脚を見ている。どうにか難を逃れたが、しかし脚が擦れていったウラヌスの背中の皮は裂け、鮮血が流れ出す。

 いや、痛みはウラヌスにとって大した問題ではない。むしろ闘争心を掻き立てる、香辛料が如く存在だ。だが現状は良くない。

 突き出す攻撃が通じないとなれば、打撃に変わる事が予想出来るからだ。


「キィイィイィイイイイッ!」


 思った通り、女王は脚を薙ぎ払うように横向きに振るってきた。

 身体を傾け、ウラヌスは全身で脚にぶつける。女王の脚は打撃で大きく飛ぶように弾かれた……否、弾く事が出来たというのが正しい。受けた衝撃を、大きな動きによって流せる。

 対してウラヌスはろくな身動きが取れず、打撃の衝撃を流しきれない。筋肉と内臓が揺さぶられ、苦痛により体力と思考を奪われていく。

 女王は即座に二回目の打撃を放つ。ウラヌスは即座に迎え討つが、先の打撃の余韻がまだ残っている。力強い反撃にはならず、ウラヌスの身体に先程よりも大きな衝撃が走った。堪らえようとしたが抑えきれず、口から胃の中身を吐き出す。

 それを汚いと思って躊躇ってくれれば良かったのだが、残念ながら野生動物が気にする筈もない。女王の攻撃は留まらず、再びウラヌスの身体を打つ。


「ぐ、ぎ……おの、れ……!」


 ウラヌスの闘志は消えない。それどころか一層激しく燃え上がる。だがどれだけ燃えようとも、身体がボロボロになれば力が入らない。

 女王が繰り出した四度目、五度目の打撃を、ウラヌスは殆ど無抵抗で受けてしまう。これでもまだウラヌスの意識はハッキリしているが、身体に出来た打撲痕と血が受けた傷の深さを物語る。口から出てくるものも吐瀉物から血反吐に変わった。

 もしも対決相手が人間なら、そろそろ油断してくれるかも知れない。だが女王達レギオンは獣だ。獣は手を抜かない。


「キキィイー!」


「キィィ!」


 ウラヌスの背後からレギオン二体が近付き、ウラヌスの腕に鋏脚()で噛み付く。

 レギオンは毒などを持ち合わせていないようで、噛まれた部分が痺れるという事もない。しかし牙のように鋭い先端が刺さり、腕に大きな穴が二つ開いた。

 尤も、そんなのは自由だった上半身が拘束された事に比べれば、遥かにマシであろうが。


「ぐ、ぎ、ぎ、ぎ……!」


 どうにか振り解こうと、ウラヌスは身を捩ろうとした。その動きでレギオン達はずりずりと引きずられたが、離れる事はない。牙はウラヌスの肌に突き刺さったままだ。

 ウラヌスが本気の力を出せば、小さなレギオン達は粉々に砕け散っていた。

 それをやれない時は二つだけ。ウラヌスが手加減しているか、或いはウラヌスの身体にもう力が入らないか。此度は後者だ。女王の打撃を何度も受けた身体は傷だらけで、何時もの力を出す事が出来なくなっている。

 スピカ含めた普通の人間なら、女王が繰り出したただ一発の攻撃で命を落とすだろう。その意味では、ウラヌスは善戦した。だがどれだけ奮闘したところで、負けは負けである。

 ウラヌスは誇り高く、諦めも悪いが、現実を認められないほど非合理でもない。


「……私の負け、か……!」


 にやりと、ウラヌスは笑みを浮かべる。

 強い者との戦い。それこそがウラヌスの求めるもの。此度の戦いも己の未熟さを痛感し、実りあるものとなった。さぞや強くなったに違いない。

 惜しむらくは、女王達は決して再戦を許してくれない事だろう。


「キギィィィィィィ……」


 ゆっくりと女王は前脚の一本を掲げた。この一撃で終わらせるつもりなのだ。

 仮にこれをやり過ごしたとして、女王は終わるまで何度も攻撃してくる筈だ。疲労困憊のウラヌスに抵抗する力はないのだから。

 避けられない死がやってくる。

 後悔はない。ぬるい戦いを繰り返したところで、得られるのは傲りだけだ。成長するためには、死の危険があるのは致し方ない。そうして自分達の一族は強くなってきたのだ。自分もまた、礎の一つになる事をウラヌスは恐れない。

 そう、恐れはしない。

 恐れないから彼女は掴めるのだ――――ほんの僅かな幸運すらも。

 遥か遠くで炸裂した閃光。

 そして僅かに時間を置いてやってきた、()()を……






 時は少し遡り、場所は移る。


「レギオン達が、いない……?」


 町中を走り回っていたスピカが、異変を感じ取った。

 ウラヌスと別れた後、スピカはずっとレギオンの群れに追われていた。路地裏、煙幕、悪臭など、あらゆる手を使って翻弄してきたが……大群であるレギオンは止まらない。いくら逃げても増援が現れ、スピカ達を殺そうとしてくる。

 身体能力自慢のウラヌスと違い、スピカは道具がなければ戦えない。爆弾矢と薬が尽きてきて、いよいよどうしたものかと思った矢先、何故かレギオン達がいなくなったのだ。


「や、やった! 振り切ったのね!」


 フォーマルハウトは大いに喜んだ。命の危険がなくなったのだから、それは自然な反応と言えるだろう。

 しかしスピカは違う。これは非常に不味い。


「(侵入者を放ったらかし? つまり、もっとヤバい方に集結してるって事じゃない!)」


 レギオン達の最優先事項は、女王の存続であろう。子を産む女王がいなければ、巣そのものが存続出来なくなってしまう。巣の破壊や食糧の強奪などは、女王に比べればどうでも良い事だ。

 恐らくウラヌスは女王を見付け、戦っている。それは良いのだが、しかしウラヌスが優勢だったために、女王は配下を呼び戻したに違いない。

 ウラヌスは町を占拠するレギオンを見て、こう言っていた。この数を相手するのは無理だ、と。共に旅をしていたから分かる。彼女は謙遜も誇張もしない。やれるならばやれると言うし、無理だと思えば無理だと言う。配下のレギオンが集結すれば、ウラヌスに勝ち目はないのだろう。

 このままではウラヌスの命が危ない。しかしどうすべきか? 陽動のため動き回った結果、スピカ達は町の中心から大きく離れてしまった。ウラヌス並の身体能力があれば直ちに駆け付ける事も出来ただろうが、生身の人間では果たして何時間掛かるか分かったものじゃない。


「(何か、手を打たないと不味い……!)」


 やるとしたら陽動。ウラヌスの下に集まっているであろうレギオンを、より大きな脅威を示す事で動かす。

 しかしウラヌス以上の脅威など、どうすれば良い?

 ……一つ、答えは出た。確証はないが、此処は宝石都市。鉱山で使用するであろう『アレ』の保管場所が何処かにある筈だとスピカは考えた。それを纏めて使えば、恐らくレギオンの注意を引ける。

 問題は余所者であるスピカにその場所の心当たりすらない事だが……分からないなら訊くのが一番だ。此処には、この町に詳しい女の子がいるのだから。


「ねぇ! ()()の保管場所って知らない!?」


「えっ!? か、火薬?」


 スピカの問いに、フォーマルハウトはキョトンとしながら言葉を繰り返す。

 多くの国々で火薬は、兵器としての需要が一番多い。しかし他の用途がない事もない。

 その一つが鉱山での採掘。勿論宝石や鉱石の傍で火薬を使えば、それらも吹き飛ばしてしまう。だから大抵は粗方掘り尽くした後の鉱脈で、人力ではどうにもならないほど硬い岩盤を砕くために使われる。使った後は崩落の危険があり、管理が杜撰で大惨事という事も昔はあったらしいが……今では法整備や技術発展により安全性が高まった。今では世界中のどの鉱山でも、大なり小なり火薬は使われているという。

 宝石都市というぐらい宝石が有名な町であるクエンは、同時に鉱山採掘も盛んな都市だ。新たな鉱脈を探すべく、連日大量の火薬を使っている筈である。スピカは宝石都市の採掘業の実情を知らないため、これは完全な推測であるが……フォーマルハウトが目を泳がせた事で確信した。


「ぅ……」


 フォーマルハウトは口を噤み、迷っている様子。余所者には話すな、と教育されているのだろう。極めて正しい教えだ。狼藉者達に火薬庫を占拠されたら、どう考えてもろくな事にならない。


「……あっち!」


 それでもフォーマルハウトが力強く口を開いてくれたのは、スピカを信用しての事。

 信用には応えねばならない。

 なんとも()()()な考えだ。しかし都市一つ助け出そうという時点で、論理も何もあったもんじゃない。最早阿呆は確定なのだから、途中で正気に戻らず、最後まで阿呆で居続ける方が『合理的』というもの。

 我ながらとんでもない理屈だと思いながら、スピカはフォーマルハウトが指差した方へと向かう。

 道中にレギオン達の姿はない。安全に、一直線に進めるのは有り難いが、その分ウラヌスに戦力が集中している事になる。猶予はないと、足に力が籠もる。

 やがてスピカが辿り着いたのは、周りに家がない広間の中心に建つ、大きな倉庫だった。

 倉庫もレギオンの糸で覆われていたが、レギオン達は倉庫の中身がなんであるかは知らなかったのだろう。扉は糸で封印されておらず、開けるのに支障はない。流石に錠前での施錠はされていたが……壊してしまえば良いのだ。


「ちょっと、中のものを使わせてもらうよ!」


 フォーマルハウトに一言断ってから(答えは待たないが)、旅道具として持っていた小さな金槌を錠前に振り下ろす。

 手加減なしに金槌を当てた事で、錠前の一部にヒビが入る。これなら行けると数度叩き込み、予想通り錠前の一部が砕けて外れた。

 扉を開け、中に入れば……そこに保管されていたのは、火薬の山。

 無造作に山積みで置かれている訳ではない。しっかりと作られた箱に、厳重に保管されている。とはいえ木箱だから、此処に火を付ければ燃え上がり、中の火薬に引火するだろう。


「……良し」


 今日が雨でなくて良かった。そう思いながらスピカは、火薬庫の扉を開けたまま離れる。

 火薬庫の正面には大通りがあり、一直線に、それなりの距離を離れる事が出来た。火薬庫を開けたまま離れるスピカの行動に、フォーマルハウトは首を傾げていたが……スピカが手にした矢に火を付けた事で、何をするつもりか察したらしい。


「ちょ……あ、危ないわよそれ!?」


「危ないけど、これやらないともっと危なくなると思うからね……耳、塞いでおいて」


 スピカがそう言うと、フォーマルハウトは素早く自らの耳を両手で塞いだ。

 これだけ『対策』すれば十分。火の付いた矢を弓の弦に引っ掛け、弓に燃え移らないよう慎重に引き……放つ。

 燃えた矢は真っ直ぐに飛び、扉を通って火薬庫の内側に侵入。

 それを確認した瞬間、スピカはフォーマルハウトを抱えて全力で逃げ出した。ちゃんと火が火薬庫の木箱などに当たったのか、確認しようなんて思わない。

 もしも成功していたなら、近くにいたら巻き添えを喰らうのだ。出来るだけ離れつつ、物陰に隠れなければ命が危ない。

 その判断は正しい。

 スピカ達が近くの建物の裏に隠れた次の瞬間、鼓膜が破れそうなほどの爆音が響き渡ったのだから――――






 女王は見た。空高く立ち昇る紅蓮の炎を。

 距離は遥か彼方。音こそ聞こえてきたが、身体を震わせるような事もない。

 人間であれば、気にはなるが一旦落ち着いて考えるだろう。目の前に生命の危機があるなら尚更に。

 しかし女王は、レギオンは虫だった。

 巨大な爆炎と聞こえてくる爆音。二つから推定される『力』の大きさはかなりのものだ。

 目の前にいる『人間』と爆発……レギオンの単純な本能は、どちらがより危険であるかを単純に比較した。答えは明白だ。そして感情を持たない虫である彼女達は、出てきた答えの選択を迷う事などしない。

 より大きな『脅威』に戦力を割くという判断を、躊躇いなく行える。


「キィィイイイイィィッ!」


 女王の甲高い叫びに反応し、レギオン達も動く。レギオン達も女王を放置する事に躊躇いなどない。愛情や敬愛ではなく、本能で『産卵担当』を守っているだけなのだから。

 残ったのは、ウラヌスの身を拘束していた二匹だけ。

 そしてこれはウラヌスに、逆転の機会を与えた。


「(まだ、一発、出せる……!)」


 止めを刺そうとしていた女王は今、爆発の方を見ている。

 それはほんの数秒の、僅かな時間だったが……ウラヌスの体力をほんの僅かでも回復する事が出来た。両手の拳を握り締め、身体の筋肉を張らせる。

 これでも繰り出せる全力は、右と左で一発ずつ。

 しかし二発あれば十分。


「キギキ……」


 女王が振り返る。今度こそウラヌスに止めを刺すために。

 その目がウラヌスを再び見た、瞬間、ウラヌスは右腕を大きく振り上げる! ただしこれは殴るためではない。

 腕を拘束している、レギオンを投げ飛ばすためだ!


「キィイイッ!?」


「キギィイッ!?」


 投げ飛ばされたレギオンは女王の顔面に命中。ウラヌスの打撃を受けてヒビだらけの身体に衝撃が走り、余程痛かったのか女王は大きく仰け反った。

 この大きな隙にウラヌスは駆け出す。

 足を拘束する糸で動きが鈍る。もしも周りにレギオン達がいれば、簡単にまた糸で固められただろう。だが今、そのレギオン達はいない。もうみんな、爆発の方に行ってしまったのだから。

 ウラヌスが糸から抜け出すのを、阻むモノはいないのだ。


「ふっ、ぬぅうあああああっ!」


 雄叫びと共に、残る左腕を突き出すウラヌス。

 仰け反った女王にこの攻撃を躱す動きは出来ない。左腕を抑えるレギオンなど、全力を出したウラヌスの動きを止められるものではない。

 彼女が繰り出した拳は、レギオンの腹に打ち込まれた!


「ギブィッ!?」


 レギオンが呻く。それと同時に全身にヒビが入り、無数の体液が溢れ出す。

 ウラヌスの攻撃の威力が、全身に伝播したのだ。体液のみならず内臓も飛び出しながら、女王の身体は吹き飛ぶ。

 今度は防御も何もされていない、確かな手応えがある。その上で、ウラヌスは思う。


「(また、浅い……!)」


 これでは致命傷にならない、と。

 女王の甲殻は想像以上に分厚く、打撃が内臓を破壊するまで至らなかったのだ。或いは自身の受けた傷が深く、力を出し切れなかったのかも知れない。

 原因はなんにせよ、女王はまだ生きている。これからも生き続けるかは兎も角、しばらくは動き、数発の攻撃を繰り出す事は出来るだろう。

 対してウラヌスは、もう一歩も動けない。本当に、全ての力を振り絞ってしまった。今、大振りな一撃を放たれたら、何も出来ずにあの世行きだ。


「(役目を全う出来なかったのは悔しいが、うむ、仕方なし!)」


 敗北を忌む事はしない。戦士として戦った以上、どんな結果も受け入れる覚悟がウラヌスにはある。

 疲労からガクガクと震える足で立ち上がり、向き合った女王を見据えながら、誇り高い笑みをウラヌスは浮かべた


「キ、キキ、キィイイイイイィィィッ!」


 瞬間、女王が甲高い声で鳴いた。

 止めを刺してくるか――――と思いきや、女王は動かない。

 代わりに動いたのは、爆発から戻ってきた大勢のレギオン達。

 「ああ、止めは手下に任せるのか」とウラヌスは考えたが、しかしレギオン達はウラヌスの横を素通り。女王の下に集まると、傷付いた彼女を大勢で持ち上げた。更にその姿を隠すように、女王の周りにもレギオンが集まる。


「キッ、キッ、キィーッ!」


「「キキィーッ!」」


 そしてレギオン達はぞろぞろと移動を開始。女王を連れて、何処かに行ってしまう。

 残されたウラヌスは、ポカンと呆けた。何が起きたか分からず、棒立ちしながら考えて……気付く。

 女王は端から命なんて懸けていない。

 戦士の誇りを持つウラヌスは退却なんて頭にもないが、女王は違う。死にそうになったら逃げる事に躊躇いなんてない。良いとか悪いとかでなく、考え方が違うというだけの事。

 だから女王からすれば、逃げる事は勝利だ。自分を殺そうとする敵から、命を守りきったのだから。そして町からレギオンを()()()()()()スピカやフォーマルハウトにとっては、レギオン達が逃げ出せば勝利であろう。

 ならばスピカの指示を達成した自分もまた、勝者だ。


「……ふ、ふはははは! また戦おう! 今度も、私が勝つからな!」


 高笑いと自信満々な宣言を大声で叫ぶ。

 次の瞬間、ウラヌスは大きく両手と両足を広げながら、ばたりと仰向けに倒れるのだった。

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