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アベンジャー・マギア  作者: 彼岸花
白い軍勢

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白い軍勢6

 宝石都市、だった筈の場所に辿り着いたスピカ達が向かったのは、都市から少し離れた山だった。

 山と言っても木は一本も生えていない。岩と砂の塊のような場所だ。フォーマルハウト曰く、宝石都市が所有している鉱山の一つらしい。実際、道中には小屋が建っていたり、手押し車やツルハシなどの仕事道具が置かれていたりしていた。

 見た限り、今も採掘を続けている鉱山のように見える。ならば働いていた人間達もいた筈で、宝石都市クエンから離れていた事で難を逃れていそうなものだが……そんなスピカの疑問に答えたのはフォーマルハウト。曰く、安全性の観点から鉱山内での仕事は夕方までで、夜には全員町に帰っているという。仮にレギオンが真夜中に町を襲ったなら、鉱山労働者とて逃れる事は出来なかっただろう。

 そして襲われた町は――――もう、人間の町の姿をしていなかった。


「……あれがレギオン、の巣かな」


 山の上から見下ろしながら、スピカはぽつりと独りごちる。

 スピカ達が山頂付近に辿り着いた、今の時刻は昼間。大地は明るく、地上の様子はよく見えた。故に山の麓に広がる町こと宝石都市の様子を観察するのに支障はない。

 だから全てが真っ白に染まった宝石都市の姿がよく見えた。

 寒い地域に降る『雪』が積もっている、という訳ではない。白いものの正体は真っ白な糸だ。その糸は太さも長さも様々であるが、家と家の間を横断するほど立派なもの。それが町の端から端まで、全てを覆い尽くしていた。

 更に町の中心には、巨大な白い塔がそびえている。

 塔の高さは、ざっと()()()()()()はあるようだ。人間が建てたどんな建造物よりも巨大なそれは、石や木で出来ていない。遠目からなのでハッキリとは分からないが、柔らかで生物的な質感で出来ている。風が吹くと微かにしなるが、倒れる気配はなく、かなり丈夫なようだ。

 そんな糸と塔の町を闊歩している無数の生物……それがレギオンなのだろう。


「(私が読んだのは絵図も何もない本だったから、文章でしか知らなかったけど……確かに、これは今まで出会った生物の中で特にヤバい見た目だなぁ)」


 数多の生物を冒険の中で見てきたスピカすら、顔を顰めてしまう。

 レギオンの外見を一言で言うならば、蜘蛛である。

 ただし人間一人分ほどの大きさがある、巨大蜘蛛だ。身体は町を覆う糸と同じ真っ白なもので、頭にある赤い八つの目玉が鮮やかに浮かび上がる。口許に生えている大顎は人の手の倍以上の長さがあり、アレに首でも噛まれれば間違いなく失血死すると予感させる。胴体から生える八本の脚も人間の腕ほどに太く、巨体をしっかりと支えていた。

 レギオンは張り巡らされた糸の上を歩き、縦横無尽に町を行き来している。地面を歩いている個体もいるが、建物の上を歩いている個体もかなり多い。尤も、姿が見えてもその群団の規模を把握するのは困難だが。

 理由は簡単だ。数が多過ぎる。

 百や二百なんてものではない。見える範囲だけで、数千はいるように思えた。物陰に隠れている個体を含めたら恐らく数万体……宝石都市の人間以上の数がいそうだ。

 スピカが想定していた群れの規模は、ドラゴンすら喰らう数百体程度、或いはその十倍程度の軍勢だった。しかし宝石都市にいるのは推定でその十~百倍。ドラゴン百体分の戦力とは、あまりにもハチャメチャだ。この数が警備の手薄な深夜に都市を包囲し、一気に攻め込んだとすれば、成程確かに人一人逃さないだろう。先日助けた大富豪は余程幸運だったと思われる。


「おー、これは凄いなー」


 ちなみにスピカより目が良いウラヌスは、脳天気な感想を述べた。巨大蜘蛛への嫌悪は特にないらしい。ある意味とても頼もしい。

 しかしこの頼もしさを、十歳の少女に期待するのは酷というものだろう。


「……大丈夫?」


「う、うん……」


 スピカは隣にいるフォーマルハウトに声を掛ける。なんとか返事をするフォーマルハウトだったが、その声は震えていた。

 付け加えると、フォーマルハウトは身体も小刻みに震わせている。顔はすっかり青くなり、今にも嘔吐しそうだ。町のあまりの変わりように、そしてレギオンのおぞましい姿に、心が恐怖に支配されたのだろう。

 これ以上この光景を見せるのは、彼女の精神上良くない。とはいえ故郷の惨状を前にして、休めと言っても休んではくれまい。

 そういう時は、別の仕事を与えるのが一番だ。


「ちょっと頼みたいんだけど、背後の警戒をしといてくれない? 町を観察している間、背後がお留守になって危ないから」


「……分かった」


 スピカが頼むと、一瞬迷いながらもフォーマルハウトは町から顔を背け、自分達の背後を見る。

 町を目に入れなければ、少しはフォーマルハウトの気分もマシになるだろう。それに ― スピカとしては素人に命を預けるつもりなんてないが ― 背後の警戒が必要なのも間違いない。

 これで眼下の町の観察に集中出来る。それと、今後についての作戦会議も。


「……ウラヌス。念のため確認だけど、あの数は相手出来る?」


「無理だなー。アイツ等がネズミぐらい弱いなら別だが、見た目ぐらいに強ければ数で圧倒される」


「そう。ま、予想通りだけど」


「でも行けと言うならやってみるぞ!」


「なんでちょっとワクワクしてんのよ」


 これだけの大群を前にして楽しそうなウラヌスに、スピカも呆れてしまう。とはいえウラヌスの正直な意見は参考になった。やはり真っ向勝負は論外である。

 そしてそれ以外の案は、今のところ何一つ思い浮かんでいない。

 それは自分達がレギオンについて、何も知らないのが大きな要因だ。逆にこの巨大な群れの仕組みを理解し、弱点を叩けば、勝機が見えてくるかも知れない。

 ……逃げる事ではなく勝つ事を考えている自分に、スピカはほとほと呆れ返った。無謀にも程がある。しかし考えを改める事はせず、レギオンの観察に勤しむ。

 とはいえ山の麓から見て、詳細を把握するのは人間の視力だと些か厳しい。

 そこでスピカは懐から、道具を一つ取り出した。片手に収まるほど小さな筒状のそれは、単眼鏡という。造り手曰く、ガラスやらなんやらを使い、遠くの景色を拡大して見る事が出来る道具だ。

 遠くの景色がハッキリ見えてとても便利、と言いたいが……何処から敵が現れる自然界では視野を広く持つ事が重要である。単眼鏡は覗き込んで使い、また一ヵ所の景色を拡大しているため、視野が普段の何百分の一にも狭まる。これでは危険を通り越して自殺行為だ。そのため中々使う機会がなかったのだが、ついに活躍の時が訪れた。


「(さぁーて、まず知りたいのはこの大群をどうやって維持してるのか、といったところかしら。普通の百倍以上の数って事は、百倍以上の餌が必要な訳だし)」


 軍隊にしろ、大群にしろ、まず考慮しなければならないのは兵站……つまり物資である。大群団が消費する食べ物の量は莫大であり、それを確保しなければ群れは飢え、やがて死に絶えていく。

 レギオンは時にドラゴンすら襲うほど強い肉食性と言われているが、何分群れの詳しい生態は分かっていない。食糧の安定した供給源があるなら、それを叩けば群れを壊滅させられるだろう。

 そう思いながら単眼鏡越しに観察していたスピカは、やがて答えを見付けた。ただし、望んでいたものとは少し異なる形だったが。


「(あれは……人間……!?)」


 町の中心付近を見ていたところ、一匹のレギオンが人間を引きずっている光景を目の当たりにする。

 引きずられているのは、大人の女性だろうか。驚くべきは、その人間が()()()()()()()()()()()事。即ち、まだ生きているのだ。

 レギオンは生きた人間を引きずっていく。暴れているため少し手間取っている様子だ。だが、何故生きたまま運ぶのか? 食べるためなら今此処で殺してしまえば、運ぶのはかなり楽になるだろうに。

 観察を続けていると、レギオンはやがて高くそびえる『塔』に辿り着いた。レギオンは女を咥えながら持ち替え、その女を塔に押し当てる。

 するとどうした事か。塔から白い何かが、にょきにょきと伸びて女に絡み付いたではないか。

 女は激しく暴れた。いや、暴れたというよりも『痙攣』と言うべきだろうか。普通でない様相を見せた後……その身体から、白い何かが生える。

 まるで人の腕のように長く伸びた、白い棒のようなもの。

 恐らく『キノコ』だとスピカは思った。女を連れてきたレギオンはそのキノコを咥え、千切り、食べてしまう。一本食べたら満足なのか、レギオンはその場を後にした。

 しかし女からは次々とキノコが生えてくる。何本どころか何十本も。更にキノコは女の身体のみならず、塔の全体からぼこぼこと生えてくる。生えてきたキノコを全部合わせたら、女の身体よりも多くなるように見えた。周りから集まってきた何十もの数のレギオン達は白い巨塔 ― 実際にはキノコの本体だろう ― に登り、次々とキノコを食べていく。

 どうやらレギオンは直接獲物を喰らうのではなく、キノコを育てる肥料として使うらしい。本当の食性は肉ではなく、キノコ食という事だ。

 そのキノコは(もしかするとキノコではなく植物のようなものかも知れないが)獲物を養分にして大量に生え、よりたくさんの食糧を生み出す。そうしてレギオン達は、僅かな獲物で大きな群れを維持出来るのだろう。獲物の乏しい荒野で生き抜くためと思えば、成程、優れた生態だとスピカは思う。

 人間の感性で言えば、史上最悪な生き方だが。


「(遠目とはいえ、フォーマルハウトにあれを見せずに済んで良かったわね)」


 住民が生きたままキノコの苗床になる……常人なら気が狂いそうな光景だ。ましてやフォーマルハウトは小さな子供である。家族の安否もそうだが、家出していなかったら自分がああなっていたという予想も心を蝕む。あんなものを見たら、一生モノの傷を心に負うだろう。

 スピカも長く冒険家をしていて、顔面がぐずぐずに溶けた腐乱死体などを見ていなければ、吐き気の一つでも込み上がってきただろう。ウラヌスは見えているかどうか分からないが平然としていて、やはり彼女の『心理』は獣に近いとひっそり思う。

 さて。この惨たらしい光景を見た事で、一つ分かった事がある。それも人間にとって、極めて好都合な事実だ。


「(獲物は何処かに、生かして保存している訳ね)」


 キノコが生き餌以外好まないのか、単純に腐ったものを使いたくないだけなのか。理由は兎も角、キノコの肥料に使われた女は、まだ生きていた。暴れる程度には元気なほどに。

 恐らくそれは、レギオンが『世話』をしているからだ。人間が飲まず食わずで生きられる期間はざっと三日。乾燥した地域であるこの辺りなら、もっと短くなるだろう。先の女の元気さを思えば、肥料に使われる前でも水分ぐらいは与えていると思われる。

 この乾燥地で水分は貴重な筈。しかし塔のように巨大なキノコであれば、地下深くまで『根』を伸ばしていると思われる。その深さが十メトルを超えれば、地下水などに辿り着いてもおかしくない。そうした水を吸い上げていれば、肥料(人間)に分け与えるぐらいは出来そうだ。

 水さえ得られれば、健康的な人間なら二十日以上生きられる。フォーマルハウトが家出した時町はまだ無事だった事を思えば、どう長く見積もってもレギオンが襲来したのは十日以内の出来事。食べられてさえいなければ、相当数の住人がまだ生きている筈だ。

 フォーマルハウトの家族も、全員無事かも知れない。ただしその可能性は、時間が経つほど低くなる事を忘れてはならないが。


「(さて、どうしたものかな……)」


 助けるための作戦として、思い付くのは二つ。

 一つはレギオンの群れを壊滅させる事。住民を喰らう生物を倒せば、住民は自由を得られる。極々単純な理屈であり、やるべき事も明白。一番良い作戦だ……どう考えても勝ち目がない事に目を瞑れば。

 もう一つは住民達が『保管』されている場所を突き止め、安全な道を探して逃がす事。こちらは上手くやればレギオンと戦わずに済むかも知れない。しかしその安全な道を、どうやって探せば良いのか? 仮に住民がまだ何千人と生き延びていた場合、その大人数を動かしてレギオンが気付かないとは思えない。肥料を生きたまま保管しているなら、見張りがいる可能性もあるだろう。

 どちらの方針を選ぶにしても、レギオンの大群団との戦いは避けられそうにない。ならば一番安全なやり方は――――


「……ウラヌス。一つ頼みたい事があるんだけど」


「む、なんだ? あの大群に突っ込むのか? 良いぞ、望むところだ!」


 スピカの前置きに、ウラヌスは意気揚々としながら答える。

 ほぼ確実に負けると分かっていながら、衰える事のない闘争心。これが戦士なのかと、呆れを通り越して尊敬したくなってきた。

 それに、実際似たような事を頼むつもりなのだ。むしろこの心意気は買わねばならない。


「一応ね。ただ私も一緒に行くのと、狙う対象がある」


「狙う対象? 全員と戦うんじゃないのか?」


「私はアンタほど自分の命を軽く扱わないの。勝てない勝負をするつもりはないわ……勝負するなら、勝ち目のある方法を使う」


 数万体にもなる大群団。まともに挑んだなら、どうやっても人間の勝てる相手ではない。

 しかしその生態を少し理解していれば、その糸口は掴める。細く、不確かなものであったとしても。

 合理性はもう脇に置いた。やると決めたからには、突き進むのみ。故にスピカは閃いた作戦を言葉にする。


「作戦は簡単――――あの群れの何処かに、奴等を統率している女王がいる。ソイツを叩き潰せば、私らの勝ちよ」


 全く以て正気でない、一大作戦を……

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