地獄と炎
夢の中どこまでも闇の中を駆けてゆく
先生あの手紙、庭先で焼いてしまいました
郷愁は炎の悋気と共に黒い煤となる
道路の真ん中では赤信号が妖魔となり彼岸へと誘う
最後の刻は見ていてください
紅い紐が、川を流れてゆき
やがて妊娠の言伝
人はひとりではないのよ
そう云って、街に消えてゆく女の陰
春はまだかと嘯いて
雪の中で胎児となる
夢は荒野を駆け抜けて
真っ暗な部屋でひたすら桜の花弁を食べる夢
街の灯りに誘われて
鬼のバーで血のワインを飲む
人生色々だよね
蔵の裏の人魚が嗤う頃
チンドン屋が終戦屋の開店の
ちらしを撒いている
そこには、終戦の文字が載っている
昭和は終わらない
夜に灯りを
そう云って
彼は燐寸で線香花火に火を
蛍が誘われて飛んできた
棚田は、静かに眠っている
こんな夜は考えるんだ
戦争で亡くなった人々で埋め尽くされた大地を
涙で覆われた海に漁火が
おうい、おういと、海鳴りがする
夜の星は静かに二人を
運命論の世界へ連れてゆく
置いていかないでくれ
夜の唄は彼岸の唄だ
常世の向こうにあるという極楽浄土
あんまり七福神のことを唄っていると
耳からお金を入れられるよ
本当は、神様だって怖い
蔵の裏の人魚と酒を飲もうとしたら
旅の雲水がいかん奴だ
と錫杖で人魚を叩いている
風呂でも入ろうと、風呂桶を覗くと
蝸牛でぎっしり敷き詰められていた
雨は夜半には止んだ
夜空には星が瞬き
失くしたはずの父の外套を思い出す
風の音が、そっと煙草の火を消してゆく
あの鳥居の内側にあった
狐の赤い眼は、きっと水晶でできていたんだ
呼ばれていたんだよ、と
切ったばかりの西瓜を頬張る
夏の終わりにはヒグラシの鳴き声
チンドン屋さんも還る頃
雨は冬にしてはいささか暖かく
夢ぎわまで押し寄せるまどろみに
メロウな音楽みたいに
ずっとざあざあ鳴っている
電柱の傍に黒い影が立っていたよ
夜になって電柱を見ると
仄暗い中着物の少女が踊っている
信号機の化け物が
木枯らしに吹かれて燐寸を欲しがっている
旅に出ようか
温泉街は静かに雪に
冬の路地は何処までも木枯らし
雪の積もった新雪に足跡を残して
殺人犯のような気分
通りでは灯りにむらがる人影
其れに混ざる人ではないモノ
知ってる?冬でも幽霊は出るんだよ
冷たい足元に這い上ってくる真っ黒い手が
あの世を教えようとしている
こういう日は温泉だ
父親の背中に縋りつく子供たち
あの夏にまた逢いたくなっている
麦わら帽子の下のビー玉
お座敷に転がっている和人形
真夏の日差しの下で、目が光っている
ほらご覧、あそこの辻堂で、人影が蠢いている
家の塀を登っていく蜥蜴を、串刺しにして
妖女は笑ってゐる
蔵の裏の川で、人魚と酒盛り
綺麗な琥珀蝶が、戯れにキス
夏は遠い幻
遠い日差しの下で
旅の雲水は、鈴を鳴らして托鉢を
あの切符は、地獄まで続く列車の最後の一枚
赤い紐を親指に絡めた少女が
神隠しに逢う夏祭りに
鬼が出てきて、遠いしじまへ連れてゆかれる
夏とは、そうひとつの哲学
運命論も輪廻説も夜の布団の裏側へ
泡沫を浮かべた鉢の中で泳ぐ金魚は
夢の向こう
人影の見当たらない宿場町で
鬼に取り憑かれて苦しむ娘がいる
胸を掻きむしって
此処から鬼を引き摺りだしてと泣きわめく
遠い処からやってきた鬼やらいが
事を終え静かに眠る娘をあとに
彼岸花をお地蔵さまにあげて
還って行く
その眼は何処までも寂しそうで
苦しそうだ
人は弱い生き物
心に花を
旅人は行く西へ東へ
燐寸は緑色の燐光を放っている
小さな女の子が不思議そうに燐寸の匣を見ている
何も入ってゐないよと振ってみると
中には小さな喉仏の骨が入ってゐた
女の子はひょいっとその骨を取り上げると
ぱくりと食べてしまった
そしてにやりと笑ってゐる
おのれ、人外の者であったか
電車は月待ち通りで停まった
ここでは湖から月が生まれるのを眺められるという
…まったくうちにいる月といったら
中年太りの腹を隠そうともせず
裸で歩き回りながら歯磨きをするのだ
ここの月はさぞかし美しいだろうと
写真を構えて夜を待っていたら
湖から出てきた月は大あくびで嫌な予感がした
あの角を曲がったお寺に
古庫裏婆は棲んでいる
人の血肉を壺に入れて
肝臓の弱い金持ちに売っている
どうして鬼なんて
この世にいるんだろうね
君を苦しめる
それは人の因果が生み出した
業苦の果ての怖ろしい魔物
外灯に灯りが燈るころ
街角から這いまわる黒い影
お願いだから姉様をとっていかないで