彼の名は
クオン・ハーロイ。
魔獣の暴走で故郷を失った亡国の元貴族である。
恋人にもなれるし彼の恋を応援するというサイドストーリーもある攻略キャラと言える少年(第二王子様と同じ歳)である。出会いはあと数年先の予定だったんだけど、同じ学内だもんなぁ。
「彼の用意は私と同じでいいと思うわ。メープルも同じにする?」
「遠慮いたします。それではゆっくりお越しくださいませ」
軽く頭を下げたメープルが早足で教室を出ていく。
先生を質問責めにしている集団に視線を送る。
クオン君(仮)が視線に気がついたらしく手に持った手帳を閉じ、先生に一礼して私のそばに向かってきた。
「友人が、いないようだが、声をかけても?」
「私がお誘いいたしました。メープルは手配を」
少し戸惑いを纏わせた彼はぎこちなく頷く。
「では、私はアガタ。アガタ・フローレンスと申します。家名で呼ばれるのも兄がおりますので、アガタとお呼びくださいませ」
メープルのためにもしっかり時間稼ぎはしなくてはね。
「クオンだ。家名はない。移民のクオンだ。伯爵家のお転婆お嬢さん」
「ではクオン様、食堂に向かいましょう。メープルがきっと個室を確保しているでしょうからそちらでお話しといたしましょう」
「クオン。と」
「年長のおにいさまを呼び捨てにはできませんわ」
家人使用人ならまだしも元とはいえ他国貴族様だし。笑顔で交わす会話が妙に空々しい。
「では、食堂までエスコートをお許しくださいますか。フローレンス嬢」
「ええ。お願いいたします」
ああ、やっぱり教育を受けた貴族だなぁとこんな振る舞いからわかる。
外ヅラとても大事。
「なにか、おかしいですか? フローレンス嬢」
あー、表情に出てたのか。
「きっと、故郷では名のあるお家の出身なのだなぁと思っていました。とても丁寧ですもの」
とても自然で。
おそらく他国の方だからほんの少しの違和感がある。それでも定められた形式の存在を感じ取るには十分だった。
少し困った表情がうかがえた。
私は別にクオン様を落とす気はない。
第二王子様の愛人を目指すのだから。
ただ、第二王子様の側近候補のクオン様といい関係は持っていたいとも考えている。仮初めの夫候補にあげられない程度のお付き合いで。
「フローレンス嬢がそう扱うからだろうな。そうか。普通ならきっと戸惑いが勝ってしまうのか」
「よくわかりませんがそうかも知れないですね」
人は外部からの影響を受けずにはいられないものだから。
「つまりフローレンス嬢はニオべねえさんと子供達にあんな扱いを受けたからあんなに自由に振る舞った。と言うことかな?」
この男、笑ってやがる。
「あら、私まだまだ子供ですもの」
十歳女児ですもーん。