図書館での出会いはベタでした。
「ごきげんよう」
一冊の本の背表紙に同時に指先があたった。
すらりとした身長。無駄を省いたシンプルラインの制服には改造痕は少なくひたすらに上質な素材を感じるレディである。
つまり、私(身分の低い)が譲るべきである。
「ごきげんよう。失礼いたしますね」
そっと本の背表紙から指をひき、軽く膝を曲げる。私は同系統の本か他学科の本を借りればいいでしょうし。急ぎではありません。
「ありがとうございます。読み終わりましたらお伝えいたしますね」
「お気遣いありがとうございます」
お互い名乗らず穏やかにわかれました。
あんな上品美人もモブなのかと思うとつい鏡に愚痴をこぼしたくなります。
本を胸元に抱えた赤毛のレディ(おそらく高位貴族)の笑顔はけっこうな推しでした。作画が好みの世界は心臓に痛すぎるっ!
あー。今日もいい一日だぁ。
ところで翌日『読み終わりましたので図書館に返却いたします』というメッセージカードを受け取りました。お互い名乗らずにわかれましたよね? 記憶に間違いはないはずです。
赤毛のレディはマリーとだけ名乗られたので私もアガタとだけ名乗ります。図書館で返却手続き後、即私が借りる手続きへと流れます。その後流れるようにお茶に誘われました。読みたい本でしたからね。見事に誘い出されましたね。私ちょろすぎでは?
そんな私の内心なぞ知らぬとばかりにのほのほとした笑顔で「お友達は増やしたいんですもの」とおっしゃいました。あー、はい。学園は友人及び縁を結び繋げるための場所ですね。
そのお茶の席にマリー嬢のフレンドが突入してきました。
ピンクの髪のゲルト嬢と淡い金髪のマーゴット嬢が。
すわ、企まれたかと思ったらゲルト嬢とマーゴット嬢が苦虫を噛み潰したような表情になりましたね。誘き出されたのは三人なのか私なのか誰なのかわからないですね。帰ってよろしいでしょうか?
あ、お茶とお菓子がきましたね。
食べてから帰ります。
「アガタさま、こちらおともだちのマーゴットさまとゲルトさまですの」
「ごきげんよう」
お久しぶりともお名前だけはとも言えず愛想笑いを浮かべる。あちらのご令嬢おふたりも微妙に引き攣った笑顔である。
「私、王子殿下に色目を使う下品な方と同席などできません」
マーゴット嬢が笑顔を消して立ち上がり、それを止めるようにゲルト嬢も立ちあがる。
マーゴット嬢意外にもキッパリした性格らしい。
「まぁ! マーゴットさまは殿下をお慕いしてますのね」
ぱちりと軽く手を打ち合わせる音に私を含む三人はマリー嬢に注目した。険悪風な空気を何事もないかのようににこにこと笑顔で『素敵』と呟くマリー嬢の感性がよくわかりません。笑顔の美少女眼福なはずなんですが、なんというかちょいコワですね。ええ、チョットヒクワーという空気感が私達三人に妙な連帯感を押し付けてきますね。無理です。ゲルト嬢とは冷戦中ですからね。ええ。
「ふんわり春の野花のようなマーゴットさまも気遣い上手なゲルトさまも気兼ねなく談笑できるアガタさまも殿下をお慕いなさっておられるんですよね。殿下の人徳ですね」
チラチラとゲルト嬢とマーゴット嬢が視線を交わし合う。
「殿下はお優しくて素敵な方ですもの」
「すべき事をなされる意志の強さは憧れております」
ここで『魔境で苦労なされる予定とはいえ、偽装愛人としての条件最高なんですよね』と本音をこぼすような真似はできない私はそっと微笑むに留めた。でなきゃ、お優しい。つまり優柔不断。意志の強さ。脈なし婚約者を手放さない粘着質な気質(私も他人のことは言えない)。気兼ねない談笑は基本恋愛愚痴とつっこみたくなってしまう。
「本当に。王族に課せられた多妻を受け入れて辺境を治める人材取得育成に励まれる姿勢は素晴らしいですわ」
にこりとマリー嬢が微笑む。
「多くの女性に愛を捧ぐということですの?」
「あら、殿下が多くの方に愛を捧げられるのですわ。王族の愛はすべての民のもとにそそがれるものですもの」
すこしムッとした表情のマーゴット嬢、困惑と不審感を気持ちのせるゲルト嬢。(私もたぶんゲルト嬢寄りの表情だ)
いや、まあ、なんというか、マリー嬢はマリージア嬢でおーじさまの婚約者さま当人だったんですけどね!
マーゴット嬢とゲルト嬢ににこにこと『殿下の御心を慰めるためにもおそばに侍ってくださいませね』なんて発言なさるのはさすがにゲームからずいぶんとズレてらっしゃいませんか?
っていうか超美少女ではありませんか。
ゲームグラフィックの名残りがありませんよ!?
ゲルト嬢が超小声で「ゲームと違いすぎる」とこぼしたのを私はとりあえず聞かなかったことにしました。




