年越しの夜は
例年通り王都のタウンハウスで静かに過ごします。
おかあさまとお兄様は王城の年越しの宴に参加中ですがアレに参加できるのは十六歳からです。
昼に行われる参賀にいきます。
おかあさまが「社交を分けあえる第二夫人が欲しい」と月に願いをかけながら年越しの宴に出かける姿を見送りました。
深夜に帰ってきて休む間もなく昼の新年参賀に私を連れて行き王城で執務から抜けてきたお父様、お兄様も伴って陛下へのご挨拶。
ブラックだなぁ。
眺めているかぎり、フローレンス伯爵家は基本的にブラック労働だと思われます。
お兄様によると青の派閥は自ら仕事を抱え込む人間が多いのだとか。だから人事にもそれを加味された上で配置されているらしい。
お兄様、将来我が子に「だぁれ?」とか言われちゃう。私もお父様のお顔覚えていませんよ。数年会ってなくない?
あ、去年の昼の参賀の時には会ってるか。
で、なんですか。第二王子殿下。
え。サーティオ公爵令嬢にファーストダンス断られた?
え。私は踊りませんよ。ファーストダンスは。
ツワト様かスヴィーナおねえさまをお誘いくださいね。
今回のファーストダンスはお兄様と踊りますから。
愛人以上にはなりたいと思ってないんですよ。私。
え、スヴィーナおねえさまもツワト様も殿下より確かに背がお高いですね。あ、気を使われるのがお嫌なんですね。
あ、あちらでチラチラなさっているのは辺境公の孫娘キャスティリア様では?
「お誘いなさってはいかがでしょうか?」
「あたりまえのていで追い払うね。また後で」
気のおけない友人の会話を楽しんだ後、軽食の並ぶコーナーに足をむける。
陛下やおかあさまが必要だと考える挨拶巡りは終わらせたし、スヴィーナおねえさまとツワト様はそれぞれの取り巻きに守られてるし、なんていうかコンカツに巻き込まれるのシンドイしなぁ。
あ、ダンスフロアで踊っている二人ってニオベ様とリチャーズ・ベクスだ。
彼がなんで……、あ。ベクスって一応この国の貴族位持ってるんだ。
殿下も別の方と踊ってらっしゃるし。
「貴女、わたくしに料理をよこしなさい」
あ、はい。
お皿に小さなパイをのせて小さな暴君をテーブルに誘導する。目配せ合図で対応してくださるウェイターカッコいい。
「わたくしはキャスティリアです。名乗ることをゆるしましょう」
「はい。キャスティリア様、私はアガタ・フローレンス。フローレンス伯爵家の一女です。お見知りおきを」
テーブルについたキャスティリア様は可愛らしい。
「アガタ……覚えやすいお名前ね! ハーベイン様と馴れ馴れしいのは不愉快ですけど、ええ。いいお名前ね」
入学前の少女になにを言われても痛くはない。むしろかわいい。
パイにあとのせしたクリームに目をキラキラさせた天使がここにいる。
「ありがとうございます」
ふふんと得意げな少女はクリームをフォークで上手にすくって口に運ぶ。ぱくんと閉ざされた口と瞳。つつきたくなるふっくらほっぺが動く。
「美味しいわ。流石陛下の料理人ね! アガタ、貴女の選択も正しいわ」
「ありがとうございます。他のものも選んでまいりますね」
「ええ。アガタも同席をゆるすわ。ハーベイン様のコトお話してさしあげてよ」
パイ本体も食べてね。キャスティリア様。と思いつつ、一緒に食事はおーけーだ。でも、第二王子殿下の話題は要らない。私が妙なこと口走ってフラグがフラグになったらいやじゃないか。
料理のテーブルに戻ると料理人のおじさん(一年に一度の顔馴染み)と見覚えのない給仕のおにいさんが待っていた。
「フローレンス嬢、いつものお薦めプレートだ」
「ありがとう。グスタフ。キャスティリア様用にも可愛らしいプレートを特別にお願いしてもかまわないかしら?」
「お任せを。フローレンス嬢」
私に返事をしつつ、視線を向けるのは見覚えのない給仕にだ。辺境公関係者かな?
「キャスティリア様、クリームに目を輝かせておいででしたわ。私も食べることがとても楽しみ。毎年の楽しみなの」
料理人のグスタフを持ち上げつつ出来上がるプレートを見つめる。
たまごのソースをたっぷり挟んだ魚のサンド。バターたっぷりのプチパイの中身は多種多様。サラダより温野菜を好む私のために注がれているスープは今年は黄色。
「きっと美味しいから食べ過ぎてしまうわね。キャスティリア様にお嫌いなものが少なければ良いのだけど」
グスタフは同じメニューを分量減らしてセットしているから。
キャスティリア様はかわいい。
年下ツンデレ枠かなとゲーマーな私が意識の底で呟いてる。
いわゆる仲良くなると対応している攻略対象との仲を後押ししてくれそうな妹役系の子供でもある。
年上騎士にして現辺境公の孫、第一王子殿下の側近なお兄様が落とせるんだったかな。確か結婚までいくエンドではなかったと思うけど。
ああ、たぶんその妹がキャスティリア様か。
年下少女の憧れの親戚のお兄ちゃん素敵談をめっちゃ聞かされました。
ツワト様とスヴィーナおねえさまがにっこり笑って向こうへ行ったのは避けられているのではありませんか? キャスティリア様。
私は弱み掴めたらラッキーなので聞いていますけどね。
「あら、アガタ、このお料理はなぁに?」
「バロナケーキですね。魔獣のお肉なんですけどクセがなくて美味しいんですよ。あと体力がとてもつきやすくなります」
とっても効率的!
しかも王室料理人のアレンジが加えられておいしさ激上がり。幸せぇ!
「……太るのは、困るわよ」
「なら、食休みを挟んでダンスにまいりましょう」
ランニングするわけにもいかないからね!
第二王子殿下を引っ張ってきて踊るもよし、ダンスマナー黙殺して二人で踊るもよし。
「新年ですもの。楽しく過ごしましょうね。キャスティリア様」
ああ、ディルノ君、引っ張ってきてもいいわね。ダンス覚えはじめでキャスティリア様に気まずい思いさせない生け贄として。




