ドーピング剤を買うには世間知らずな私はもう少し周囲をみようと思います。
周りを見ましょう。というのはメープルの提案です。
同じ年も年上も学園にいるはずなのに遭遇しません。まぁ、力尽きて筋肉痛で潰れてましたけど。
平民な攻略対象に会えるかと思って教養講座多めにとったんですけど、クラスには男爵家子息とか平民でも高名な学士の子弟。騎士の家の子もいません。あれー?
「お嬢様、みっともないですよ」
私の分も教材を持つメープルが鉄仮面並みの冷たい表情と声で注意してくる。ブラウンのワンピースに白いエプロンに蜂蜜色のウェーブヘアをブラウンのリボンでハーフアップしている十歳女児がメープルだ。笑えばいいのに。
「んー、ほら、平民の子も受講するって聞いていたのにあまり見かけないような気がして」
「初等基礎講座を受けている最中だからじゃありませんか? 文字数字、守らなければならない決まり事最低限のマナー。クラスとしては初等基礎講座はⅠ、Ⅱ、Ⅲまでありますし。私もⅢからはじめたかったです」
教養講座と礼法講座は私と共に受講するようにおかあさまに言付けられているとのことだった。私が他の講座を受講している間に使用人用の講座を受講しているはず。好奇心で私も受けてみたいと言ったら、有り得ません。とこれ以上ないほど拒否られました。
国の識字率は学園のおかげでそこまでは低くない。
この国にいる十歳から十七歳の子供にはこの学園で一年間学ぶ権利があり、初等基礎講座と寮費、いくつかの講座が格安で提供されている。二年目以降は実費になるけれど優遇措置は多いらしい。その中でも一番の売りは本人のステータスに合わせたバイト斡旋。安全で適性の高い職種が提示される。
誰でもできるバイトといえば教会での奉仕活動で知識パラメータで読み聞かせとか知識体力パラメータで書庫整理なんていうのもある。ステータスアップで紹介される職の幅が広がるのだ。バイトすればパラメータも上がるし。
同じ職を数こなしてひらくバイトもあったから信用パラメーターもあるんだろうな。
「お嬢様。お心を現実にお戻しください。食堂で昼食になさいますか? それとも」
それとも、お部屋に取り寄せますか。だけど、昼からは礼法講座。
「食堂で軽食がいいかしら」
いつもメープルの誘導で移動していた。なんの疑問も持たずに貴族用の食堂で優雅な軽食タイム。それぞれの会話のプライバシーを保つ距離をとったテーブル配置。案内のウェイターさんはお仕着せがよく似合っている。
侍従見習い講座の実習も兼ねているとメープルがそっと教えてくれた。メープルがこの実習を受講できるのはまだ先だとほんの少し憧れに頬に熱をのせていた。うちのメープルかわいい。
学園に入園してから私はメープルに食事を共にとることを強要している。メープルは侍女だけど男爵令嬢でもあるし、美味しいものを知っていれば美味しいものをもっと知っていけるだろうし。上質の給仕風景とかをみるとメープル嬉しそうだし。私、メープル親友だと思ってるし。
「メープル」
「はい。お嬢様」
「ねぇ、メープル。私ニエバのクレープって好きじゃないのだけど?」
舌に残る青くさいえぐみが苦手なのだ。
「お嬢様、ニエバは疲労回復、筋肉痛予防の効果があるそうです」
疲労管理されてる!?
メープルも同じメニューを食べていた。
諦めて食べた。
礼法講座は礼節とはなんのためにあるかの座学からふさわしい挨拶の動きの実習。職業によるむける挨拶の違いはなかなかに難解だと思う。
挨拶の受け方も自分の地位立場と相手によって変わる。手の甲への口付けだとか、ゆるしがあるまで頭を上げてはならないとか諸々。あと姿勢。
たぶん、めんどくせぇな。とか思っちゃダメなヤツなんだろうな。
「アガタさん、メープルさん」
教室を出る時に講師の先生に呼び止められてカードを一枚渡された。教室の数字が書かれているようだった。
「来週の礼法講座はこちらの教室へ向かうように」
にこやかに告げられたのは次の段階に進みましょうというクラスアップのお知らせでした。
「はい。ありがとうございました」
メープルが返事をする横で私は微笑んで目礼を。
同じ教養の講座を受講しているといってもワクごとに講師の先生は違い、ひとつの講座の続きは次の週の同じワク。週に四つも同じ講座を受講するとひとつくらいはかぶるかと思っていたのにかぶらなかったわ教養講座の講師の先生。
メープルによると好みの講師を選んで受講することも可能なんだとか。
「お嬢様はまずお会いになった方をちゃんと認識なさるところからはじめるべきでは?」
メープルが難しいことを言う。
「認識は、してるわ」
教養の先生とか礼法の先生とか。ちゃんと食堂でお顔を見た時や廊下ですれ違えば挨拶くらいしてるもの。
今日もゲームに登場したキャラは誰も見かけなかったなぁ。
同じ歳の子数人いたはずなのに。
「お嬢様。また心の中に閉じこもってらっしゃいますよ」
メープルに言われてそうかなぁと空を仰ぐ。まだ夕方にはほど遠く散歩するのも悪くないかもしれない。
探してみよう。
私はそう思いついたんだ。
一人は冒険者から男爵に迎え入れられた新興男爵令息ディルノ・ボウ。
それから商家の娘で未来の踊り子ゲルト・アードリー。
現第二王子婚約者マリージア・サーティオ公爵令嬢。
……第二王子婚約者。そう言えばヒロインと同じ歳だった。
「お嬢様!」
ちょっと強いメープルの声にビクッとした私はその手を引かれて貴族寮の自室に連行された。