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ディルノ・ボウと接触しました。

 


 それは槍術の講座でのことでした。


 習いはじめの鍛錬。自身より長い棒を振り回すのはついつい先端があらぬところにもっていかれそうでふらつきます。

 練習用の木槍はけっこうしなるのです。

 すっぽ抜けるかと思った時、槍を止めてくれたのがディルノ少年でした。


「長槍じゃなくて練習用の短槍で安定感掴む練習の方がいいと思うよ?」

「ありがとう。まずそれを振り回してみるわね」


 ぶんっと振るとしなる感じが好きだ。

 落とさないようにぐるりと回してみたり。玩具ではないけれど、新しい玩具はひどく楽しいのです。確かに長い槍より短い槍の方が勢いがコントロールしやすいように思えます。

 土埃とじわりにじむ汗の匂い。髪の香油。靴に混じる青くさい森の匂い。手ににじむ汗が棒を持つその手を滑らせそうではらはらする。

 訓練場にはじめて入った時に感じた不快感はもう、私の集中の足しでしかない。

 動けるように。動かせるようになる楽しさは雑事を消すのです。楽しい。

 楽しい。楽しい。

 あー、もう最高!

 できないができるようには快感です。


「武人めざしているの?」

「まさか」


 ディルノ少年に聞かれて私は迷わず答える。めざしているのは王子様の愛人だ。もしもの自衛手段は必須である。


「まさか? え、なんでそんな嗜み以上に鍛えているの?」


 私はディルノ少年を見つめて頭を傾ける。


「え。貴族令嬢の嗜みって見せる見せないはあってもこのくらい当然なの?」


 ディルノ少年勝手に答えを出した。

 メープルの反応を見ている限り、この講座の入れっぷりは令嬢の嗜みではないと私でも理解してはいる。どちらかと言えば趣味である。むしろ、家人ににっこり笑って「ほどほどにね」と制止されるヤツ。知ってる。気がつかないフリしてるけどわかってはいる。

 だって、鍛えればどの方面にも成果が出る主人公体なんだからやってみたいというかなんというかである。

 成績上げすぎるのも問題あるからレベル調整していかないといけないんだけど、ステータス画面見れないのマジつらい。


「どうかしら? 魔物の暴走がおこった時、なにもできない自分ではいたくなくてできそうなことをしているの」


 それっぽい言い訳を口にしながら脳内で自己弁護に走る。お兄様に状況説明を求められた時に言い訳ができないと叱責されるか見捨てられるかだ。失敗できない。ラッキーリハーサル!

 第二王子様は辺境公として魔物の発生する迷宮都市の領主になるしね!

 前辺境公は部下と家族連れて王都貴族生活するから迷宮都市の自治は第二王子さまとその部下たちに一任されるっていう地獄の人手不足地帯なんだよね。(できる貴族女性を妻そして愛人にして仕事させろ方針推奨。純愛してたら苛烈な業務で詰む奴)

 愛人になったあとちょっとくらい迷宮で冒険してみたいという野望がある貴族令嬢アガタ。それが私である。

 適性があるなら冒険者も捨てがたいかもしれない。

 素養的にはなれるはずだしね。


「へぇ。戦う令嬢を目指すんだ?」

「いいえ、私はいざとなったら自衛できる女でありたいだけよ。できることなら大切なものを守るための余力は欲しいわ」


 だから魔法も練習しているしね。

 貴族令嬢に生まれてもいつまでも令嬢でいられるわけがないし。


 そう、いつまでも子供じゃない。

 いつまでも『お嬢様』じゃない。


 だから考える。

 好きな人に振り向いてもらえる私をつくるために。


 守られるだけの少女では私の目指すところへは届かない。


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